説明

高純度の4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法

【課題】粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン(F−EC)から、不純物である「塩素根」を効果的に除去し、電気デバイス用に供するに適合する、高純度F−ECを製造する方法を提供する。
【解決手段】粗F−ECを比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒中から再結晶する。該有機溶媒としては、芳香族系炭化水素が好ましく、トルエンが特に好ましい。本発明によれば、系内に数千ppmの塩素根が共存した粗F−ECからも、1回〜数回の再結晶操作によって、塩素根濃度が100ppm以下(再結晶の条件、回数次第で20ppm以下)の高純度F−ECを得ることができる。本発明は、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをフッ素化して、粗F−ECを合成した場合に、特にその利点を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池用の溶媒や添加剤、医農薬製造用の中間体等に有用な4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンはリチウムイオン電池等の二次電池、あるいは電気二重層キャパシタ用の溶媒、添加剤として有望な化合物である。例えば、特許文献1には、該化合物を溶媒として用いたリチウムイオン二次電池が、フッ素置換されていない溶媒を用いた二次電池に比較して、充放電の電流効率が優れ、良好な充放電サイクル特性を示すことが開示されている。
【0003】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法としては、次のものが知られている。
[1]4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンに、乾燥条件下で等モルのフッ化カリウムを加え反応させ、次いで蒸留する方法(特許文献2)。本方法によれば、70%以上の収率で4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンが得られると記載されている。
[2]「エチレンカーボネートの融解液か、エチレンカーボネートの無水HF溶液」に、「F2ガスまたは、F2ガスと不活性ガスの混合ガス」を導入し、温度−20〜100℃で反応させる方法(特許文献3)。該文献によると、無水HFを過剰に共存させた条件下では比較的高い選択率で目的化合物が得られる。さらに、該反応をアセトニトリル溶媒中で行う方法も知られている(特許文献4)。
【特許文献1】特開昭62−290072号公報
【特許文献2】国際公開98/15024号パンフレット
【特許文献3】特開2000−309583号公報
【特許文献4】特開2004−161638号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記[1]の方法によれば、安価に入手できるフッ化カリウムをフッ素化剤として、高収率で4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを製造できる。フッ素化剤が固体であるため、操作も比較的容易である。しかしながら、この方法では、原料として4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを使用するために、反応終了後の粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン中に、「塩素根」が共存するという問題があった。ここで「塩素根」とは、原料である4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オン、ならびに副生する塩化水素(HCl)、さらには4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オン中に不純物として共存し得る塩素(Cl2)など、「塩素原子(Cl)または塩化物イオン(Cl-)を含む化学種」を総称する。「塩素根」が残留した4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを電気デバイス用途に使用すると、電気デバイスのサイクル特性が低下することがある。しかしながら、特許文献2に開示されている、反応後の蒸留精製では「塩素根」を十分に除去することができなかった。また該フッ素化は、反応変換率を完全に100%にすることは困難で、原料の4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを反応によって完全に消費することも難しい。
【0005】
これに対し、上記[2]の方法は、エチレンカーボネートを、フッ素(F2)ガスで直接フッ素化するため、「塩素根」が系内に混入する恐れはない。しかしこの方法は、高価なフッ素ガスをフッ素源とするため、経済的には不利である。さらに、この直接的なフッ素化は、元来選択率の低い反応で、目的物の他に、異なる部位がフッ素化を受けた化合物、複数部位がフッ素化を受けた化合物が副生しやすく、系内の不純物プロフィールが複雑になる。選択性を高めるためには、大過剰量のHFを共存させて反応を行う必要があり、反応後の精製が煩雑になるという問題があった。
【0006】
このように、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを製造するための従来の方法は、大規模で製造するためには十分とはいえず、改善が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、かかる問題点に鑑み、高純度の4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを工業的に生産するための方法につき、鋭意検討をした。その結果、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶すると、不純物として共存する「塩素根」を、著しく高い効率で除去でき、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを製造できるという知見を得た。該有機溶媒としては、トルエン、ベンゼン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン等の芳香族系炭化水素が、特に好ましいことも見出した。
【0008】
本発明が特にそのメリットを発揮するのは、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、MFで表されるフッ化金属(ここでMはカリウム、ナトリウム、リチウムの何れかを表す。)と、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを製造する場合である。前述のように、本反応は操作が容易であり、選択率、収率も高いというメリットを有する一方で、反応混合物中に「塩素根」が相当量混入する結果となる。しかし上述の再結晶を行うことにより、この「塩素根」をごく容易に、電気デバイス用途に要求される濃度以下に低減できることとなった。とりわけ、この再結晶操作を2回以上行うと「塩素根」低減の効果が著しいことも判明した。
【0009】
これらの知見の結果、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンが従来技術に比較して、経済的にも、操作的にも、有利に製造できることとなった。
【0010】
すなわち、本発明は、次の[発明1]〜[発明12]を骨子とする、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法である。
【0011】
[発明1]粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶し、共存する塩素根を除去することを特徴とする、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0012】
[発明2]発明1において、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒が芳香族系炭化水素であることを特徴とする、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0013】
[発明3]次の各工程を含む、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
第1工程(フッ素化工程):4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをMFで表される金属フッ化物(ここでMはカリウム、ナトリウム、リチウムの何れかを表す。)と、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
第2工程(精製工程):前記第1工程で得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶して、共存する塩素根を除去し、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
【0014】
[発明4]精製工程で使用される有機溶媒が芳香族系炭化水素であることを特徴とする、発明3に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0015】
[発明5]芳香族系炭化水素がベンゼン、トルエン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレンから選ばれるものであることを特徴とする、発明4に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0016】
[発明6]金属フッ化物がフッ化カリウムであることを特徴とする、発明3乃至発明5の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0017】
[発明7]再結晶を5℃以下の温度で行うことを特徴とする、発明3乃至発明6の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0018】
[発明8]再結晶を少なくとも2回行うことを特徴とする、発明3乃至発明7の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0019】
[発明9]フッ素化工程で有機溶媒を使用することを特徴とする発明3乃至請求項8の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0020】
[発明10]有機溶媒がアセトニトリルであることを特徴とする発明9に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0021】
[発明11]蒸留精製を併せて行うことを特徴とする、発明3乃至発明10の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【0022】
[発明12]次の各工程を含む、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
第1工程(フッ素化工程):4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをフッ化カリウムと、アセトニトリル中、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
第2工程(精製工程):前記第1工程で得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、トルエンを溶媒として、5℃以下の温度で少なくとも2回再結晶して、共存する塩素根を除去し、併せて蒸留精製を行う工程。
【発明の効果】
【0023】
本発明によると、塩素成分を含まない、高純度の4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、従来技術よりも効率よく製造できる。とりわけ、安価で入手できる4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをMFによってフッ素化して得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンから、不純物として共存する「塩素根」を容易に除去できるため、経済的にも大きなメリットを奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。まず本発明において、「高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン」とは、「塩素根」の含有量(4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン中の全塩素濃度)が概ね100ppm以下のものを指し、好ましくは50ppm以下のもの、さらに好ましくは20ppm以下のものをいう。本発明の再結晶は「塩素根」の含量を低減させるのに十分な効果があるため、再結晶の回数や条件を適宜調整することで、「塩素根」含有量がこれらの条件を満たす「高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン」を容易に製造できる。
【0025】
本発明の再結晶精製に供する粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンとしては、いずれの方法で製造された粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをも用いることができる。しかし「塩素根」を効果的に除去できるという、本発明の精製方法のメリットを生かすためには、安価に入手できる4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、MFで表されるフッ化金属(ここでMはカリウム、ナトリウム、リチウムの何れかを表す。)と、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得ることが好ましい。
【0026】
そこで本明細書では、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをフッ化金属と反応させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程(フッ素化工程)を「第1工程」と呼び、引き続いて、この粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、再結晶を含む精製操作に付す工程(精製工程)を「第2工程」と呼び、順に説明を加えることにする。
【0027】
本発明の概要を、下記のスキームにまとめる。
【0028】
【化1】

【0029】
まず第1工程について、説明する。第1工程は、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、MFで表されるフッ化金属(ここでMはカリウム、ナトリウム、リチウムの何れかを表す。)と、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程である。第1工程は、特許文献2に記載された条件にならって実施すればよいが、ここではその方法、条件を詳しく説明する。
【0030】
まず、第1工程の原料である4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法については、特別な制限はないが、エチレンカーボネートをラジカル開始剤の存在下、光照射下、または熱時条件下で、塩素ガス(Cl2)と反応させることで容易に得ることができ、それが最も経済的である。得られた4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンは、通常の有機合成に用いられる精製手段によって、純度を95%以上に高めた上で反応原料に供することが好ましい。
【0031】
第1工程における「無水条件」とは、フッ化金属等の試薬として無水の試薬を用い、かつ、脱水溶媒を使用することで達成される。具体的には水分が100ppm以下の条件を言い、50ppm以下がより好ましい。
【0032】
第1工程に用いられるフッ化金属とは、具体的にはフッ化カリウム、フッ化ナトリウムまたはフッ化リチウムをいい、前述のように無水試薬が好ましい。このうち、工業的に、しかも安価に入手できる無水フッ化カリウムが特に好ましい。無水フッ化カリウムの形状・製法に特に制限は無いが、スプレードライ品が最も良い結果を与えるので特に好ましい。フッ化金属の量は、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オン1モルに対して、通常1モル以上用いるが、十分な収率で目的物を得るためには、1〜2モルが好ましく、1〜1.5モルが特に好ましい。2モルを超えて用いると、反応に関与しないフッ化金属が増え、経済的に不利となるため、好ましくない。
【0033】
第1工程の反応は、酸性条件に耐える反応装置を用い、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンとフッ化金属をスラリー状にして攪拌しながら接触させると、特に円滑に実施できる。この際、副生物として塩化水素が発生するため、順次パージし、系内から除去することが好ましい。
【0034】
第1工程の反応は、原料である4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンも、生成物の4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンも液体であるため、無溶媒でも実施できるが、溶媒の存在下行うと、より円滑に行うことができるため、溶媒の存在下で実施することが好ましいことを本発明者らは見出した。溶媒としては、非プロトン性溶媒(プロトン性水素を有さない溶媒)であれば特に制限はないが、フッ化金属を溶解させる作用の高い、極性有機溶媒を用いると、特に反応速度が高まり好ましい。具体的には、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、塩化メチレン、クロロホルム、ニトロメタン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどが挙げられ、これらのうちアセトニトリルとN,N−ジメチルホルムアミドが安価であり、環境への負荷も少ないことから、好ましく、アセトニトリルが特に好ましい。
【0035】
第1工程の反応の温度は通常20℃〜150℃であるが、溶媒を用いる場合には20℃〜使用する溶媒の沸点までである。好ましくは40℃〜120℃、より好ましくは60℃〜100℃である。
【0036】
第1工程の反応の反応時間に特別な制限はないが、ガスクロマトグラフィー等の手法によって、原料の4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの消費が十分に進み、もはや反応が進行しないことを確認してから終了するのが望ましい。
【0037】
続いて、第2工程について説明する。第2工程は、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの精製工程で、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶する操作によりなる。この結果として、「塩素根」が粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンから除去され、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得ることができる。
【0038】
第2工程の原料である粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法に特別な限定はないが、前述の第1工程の方法によって製造することが最も容易であり、それが本発明のメリットを活かすためにも、特に好ましい。
【0039】
第2工程の再結晶においては、比誘電率が2.0〜3.5の範囲内にある有機溶媒を用いる。この中でも、比誘電率が2.0〜3.0の範囲内にある有機溶媒を用いると、「塩素根」を効果的に除去できるだけでなく、再結晶を通じた回収率もごく高い値となるため、好ましい。そのような有機溶媒としては、ベンゼン(2.27)、トルエン(2.38)、p−キシレン(2.27)、四塩化炭素(2.24)、エチルベンゼン(2.40)、メシチレン(2.27)、m−キシレン(2.37)、p−ジオキサン(2.21)、o−キシレン(2.57)、ペンチルエーテル(2.77)、ナフタレン(2.54)、トリエチルアミン(2.42)、スチレン(2.43)、オレイン酸(2.46)等が挙げられる。
【0040】
これらの中で、芳香族系炭化水素は、化合物としての安定性も格段に高く、後処理によって容易に除去できる点で、特に好適である。中でも、ベンゼン、トルエン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレンが好ましく、これらのうちでもトルエンが特に優れた性能を示す。
【0041】
これらの溶媒は、単独で使用してもよいし、2種類以上のものを混合溶媒として使用してもよい。また上述の比誘電率が2.0〜3.5の範囲にある溶媒の他に、比誘電率が該範囲にから外れる溶媒が共存しても、該混合溶媒の比誘電率がこの範囲内にあるならば好適に使用できる。しかし、上記の条件を満たす溶媒を単独で使用するのが最も簡便である。
【0042】
上述の他に、比誘電率が2.0よりも小さい有機溶媒と、比誘電率が3.5よりも大きい有機溶媒が相互に混ざり合い、かつ得られる混合溶媒の比誘電率が2.0〜3.5となる場合には、そのような混合溶媒を使用することもできる。酢酸エチル(6.02)/ヘプタン(1.92)の混合溶媒が挙げられる。ただし、このような混合溶媒中に、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを溶解すると、両溶媒が二層分離して、再結晶を通じた「塩素根」低減の効果が低下することもある。したがって、本発明の再結晶に際しては、このような、極性の異なる溶媒どうしを混ぜた混合溶媒を用いるよりも、比誘電率が2.0〜3.5の範囲にある溶媒のみを用いた方が、安定した効果を期待でき、好ましい。
【0043】
これに対して、比誘電率が3.5よりも大きい有機溶媒を用いると、4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの溶解度が著しく増大し、再結晶が難しくなる。逆に比誘電率が2.0よりも小さい有機溶媒を用いると、4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの溶解度が極端に低下し、やはり再結晶操作が難しくなる。比誘電率が2.0〜3.5の範囲内にある有機溶媒を用いた場合に、特異的に良好な再結晶がなし得、「塩素根」の効果的な除去が達成できる。
【0044】
溶媒の使用量は、溶媒の比誘電率によって異なるが、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン1gあたり、通常0.5〜20gであり、0.7〜6gが好ましく、0.8〜3gが特に好ましい。
【0045】
再結晶の操作手順に特別な制限はないが、例えば次のように行うことができる。まず、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、20℃〜使用する溶媒の沸点(より好ましくは50〜100℃)の温度で、再結晶溶媒に攪拌しながら十分溶解させる。次いで、攪拌を維持したまま0.1〜10deg/hで徐々に降温する。所定の温度に達したら攪拌を維持したまま、結晶の成長を待つ。この温度は、通常10℃以下であるが、5℃以下とすると「塩素根」の除去効率が特に良好となる。なお、温度の下限値には特に制限がなく、各々の溶媒の融点以上であればよい。しかし、あまり温度が低くとも、再結晶の効率が向上するわけではなく、エネルギー的に不利なので、下限値は通常−50℃、より好ましくは−30℃である。以上のことから、再結晶の温度は通常−50〜+10℃、より好ましくは−30〜+5℃である。
【0046】
なお、再結晶に際しては、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの種結晶を加えることもできる。しかし本発明の再結晶は、極端な過冷却を伴わず円滑に進行するので、種結晶は必須ではない。
【0047】
第2工程の再結晶は1度行うだけであっても、十分大きな「塩素根」除去の効果を示す(実施例を参照)が、2回以上繰り返すと、特に大きな効果を生じる。したがって、要求される「塩素根」含量に応じて、2回以上、再結晶操作を繰り返すことが特に好ましい。
【0048】
このような方法で析出した結晶は、その後濾過等の手法により分取することができる。また、再結晶溶媒を除いた後、再度融解させて容器外に回収することもできる。回収された高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの結晶は低極性溶媒(例えば、ヘキサン、ヘプタン等)で洗浄することができ、その後、減圧脱気するなどの操作により、これらの低極性溶媒を除けば、電気デバイス用に適した4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製品を回収することができる。
【0049】
しかしながら、より安定した品質の4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得るためには、上記再結晶操作と併せて、精密蒸留を行うことが一層好ましい。精密蒸留は、上記再結晶の前後の何れに行っても良いが、溶媒成分、固形分を除去できるというメリットを活かすため、再結晶の後(精製の最終段階)に行うのが特に効果的である。精密蒸留は段数2〜10段程度、還流比3〜15程度で行うのが好ましい。精密蒸留は減圧下で行うのが好ましく、1kPa〜3kPaが特に好ましい。この圧力下では、4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンは70℃〜110℃で主留分として留出する。
【0050】
ただし、精密蒸留それ自体の「塩素根」除去効果は小さい。特に、「塩素根」含量が低いサンプルを蒸留する場合、除去効果は一層小さい。すなわち本発明の対象とする、高純度の高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得るためには、再結晶が必須であり、精密蒸留はそれに付随して行われるべきものである。
【0051】
これまでに述べた知見から、本発明を次の2工程を組み合わせて実施することは特に好ましい態様の1つといえる。
第1工程(フッ素化工程):4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをフッ化カリウムと、アセトニトリル中、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
第2工程(精製工程):前記第1工程で得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、トルエンを溶媒として、5℃以下の温度で少なくとも2回再結晶して、共存する塩素根を除去し、併せて蒸留精製を行う工程。
【0052】
[実施例]以下、実施例により、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
なお、組成分析はガスクロマトグラフィーで実施した。ガスクロマトグラフ分析値(%)は、溶媒が残存している場合は溶媒をカットし、下記の数値として算出した。
【0054】
ガスクロマトグラフ分析値(%)
=(該当化合物のピーク面積)/(全面積−残留溶媒ピーク面積)×100
全塩素量(「塩素根」含量)は、フラスコ燃焼法により、反応混合物または4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン中に存在しているCl成分を全てCl-に変換した後、Cl-イオン濃度を陰イオン液体クロマトグラフィーによって測定し、下記の値として算出した。
【0055】
全塩素量(ppm):4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン1g中に含まれる塩素原子(Cl)のグラム数に106を乗じた値。
【実施例1】
【0056】
粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造(第1工程)
撹拌機能を備えた100Lの反応器に、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オン(「Cl−EC」と呼ぶ)11.56kg(94.4mol、1.0当量)とアセトニトリル45L、フッ化カリウム(スプレードライ品)6.60kg(114mol、1.2当量)を仕込み、内温80℃〜85℃で11時間攪拌した。反応液を冷却した後、反応で生じた塩化カリウムを濾別し、濾紙上の塩化カリウムはアセトニトリル12Lで洗浄した。濾液と洗浄液を混合し、濃縮して溶媒を留去し、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン(「F−EC」と呼ぶ)を10.0kg得た。この粗F−ECを分析したところ、目的とするF−ECの含量は87.5%であり、原料のCl−ECの含量は0.1%。副生物であるビニレンカーボネート(「VC」と呼ぶ)とエチレンカーボネート(「EC」と呼ぶ)の含量はそれぞれ5.9%、4.1%であった。反応混合物中の全塩素量は4500ppmであった。
【0057】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの再結晶(第2工程)
撹拌機能を備えた500mlの四つ口フラスコに、第1工程により得られた粗F−EC 100g(全塩素量4500ppm)と300gのトルエンを仕込み、70℃に加熱して完全に溶解させた。次いで撹拌しながら、1時間当り5℃の速度で5℃まで冷却した。その後0℃から5℃に維持したまま3時間攪拌し、目的物の結晶を成長させた。その後、結晶を濾別し、5℃のヘキサンで2回洗浄した後、加熱融解し、液体を回収した。その結果、72%の回収率でF−ECの結晶が得られた。当該結晶中のF−ECの純度は99.77%であり、全塩素量は65ppmであった。
【実施例2】
【0058】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの再結晶(第2工程)
実施例1(第2工程)と同一の装置を用い、溶媒として「トルエン300g」の代わりに、「トルエン280g」を用いた他は同一の条件で、粗F−EC 100g(塩素根含量4500ppm)の再結晶を行った。その結果、75%の回収率でF−ECの結晶が得られた。当該結晶中のF−ECの純度は99.48%であり、全塩素量は78ppmであった。
【実施例3】
【0059】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの再結晶(第2工程)
実施例1(第2工程)と同一の装置を用い、溶媒として「トルエン300g」の代わりに、「トルエン250g」を用いた他は同一の条件で、粗F−EC 100g(塩素根含量4500ppm)の再結晶を行った。その結果、73%の回収率でF−ECが得られ、当該結晶中のF−ECの純度は99.39%であり、全塩素量は80ppmであった。
【実施例4】
【0060】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの再結晶(第2工程)
撹拌機能を備えた100mlの四つ口フラスコにトルエン50gを仕込み、5℃まで冷却した。その後実施例3で得られたF−EC 20g(全塩素量80ppm)を撹拌しながら、0℃から5℃に温度を維持したまま滴下した。その後0℃から5℃に温度を維持したまま1時間攪拌した。そして固体を濾別し、5℃のヘキサンで2回洗浄した後、加熱融解し、液体を回収した。その結果、85%の回収率でF−ECが得られ、当該結晶中のF−ECの純度は99.92%であり、全塩素量は9ppmであった。
【実施例5】
【0061】
4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの再結晶(第2工程)
実施例1(第2工程)と同一の装置を用い、溶媒として「トルエン300g」の代わりに、「トルエン300gと酢酸エチル100gの混合溶媒」を用いた他は同一の条件で、粗F−EC 100g(塩素根含量4500ppm)の再結晶を行った。その結果、25%の回収率でF−ECが得られ、当該結晶中のF−ECの純度は99.50%であり、全塩素量は85ppmであった。
【0062】
このように、「トルエン/酢酸エチル混合溶媒」でも再結晶によって全塩素量は大幅に低減できたが、酢酸エチルの極性が相対的に高いことに起因して、回収率が低下した。
[比較例1]蒸留のみによる精製
実施例1(第1工程)で得られたF−EC(全塩素量4500ppm)200gを粗蒸留(94℃〜99℃/2.5kPa)して4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オン148g(回収率74%)を得た。この蒸留で得られた留分を分析したところ、目的とする4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの含量は93.0%であり、4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの含量は0.2%。副生物であるVCとECの含量はそれぞれ2.2%、1.9%であった。この留分を4段の蒸留塔を使用し、還流比2〜5で精密蒸留して、F−EC 99g(回収率67%)を得た。このF−ECを分析したところ、目的とするF−ECの含量は99.7%であった。全塩素量は197ppmであった。
【0063】
得られたF−ECに対し、同様の蒸留精製を繰り返し行ったが、全塩素量は156ppmにまでしか低減しなかった。
[比較例2]酢酸エチルを用いた再結晶
撹拌機能を備えた500mlの四つ口フラスコに、実施例1(第1工程)で得られた粗F−EC 10g(全塩素量4500ppm)と30gの酢酸エチルを仕込み、60℃に加熱して完全に溶解させた。次いで撹拌しながら、1時間当り5℃の速度で5℃まで冷却した。その後0℃から5℃に維持したまま3時間攪拌したが、結晶を得ることはできなかった。
【0064】
本比較例は、実施例1の1/10の規模で、トルエン(比誘電率2.38)の代わりに、極性がわずかに大きい酢酸エチル(比誘電率6.02)を用いて行ったものであるが、再結晶を効果的に行うことはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶し、共存する塩素根を除去することを特徴とする、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項2】
請求項1において、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒が芳香族系炭化水素であることを特徴とする、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項3】
次の各工程を含む、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
第1工程(フッ素化工程):4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをMFで表される金属フッ化物(ここでMはカリウム、ナトリウム、リチウムの何れかを表す。)と、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
第2工程(精製工程):前記第1工程で得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、比誘電率が2.0〜3.5である有機溶媒から再結晶して、共存する塩素根を除去し、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
【請求項4】
精製工程で使用される有機溶媒が芳香族系炭化水素であることを特徴とする、請求項3に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項5】
芳香族系炭化水素がベンゼン、トルエン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレンから選ばれるものであることを特徴とする、請求項4に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項6】
金属フッ化物がフッ化カリウムであることを特徴とする、請求項3乃至請求項5の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項7】
再結晶を5℃以下の温度で行うことを特徴とする、請求項3乃至請求項6の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項8】
再結晶を少なくとも2回行うことを特徴とする、請求項3乃至請求項7の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項9】
フッ素化工程で有機溶媒を使用することを特徴とする、請求項3乃至請求項8の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項10】
有機溶媒がアセトニトリルであることを特徴とする、請求項9に記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項11】
蒸留精製を併せて行うことを特徴とする、請求項3乃至請求項10の何れかに記載の、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
【請求項12】
次の各工程を含む、高純度4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンの製造方法。
第1工程(フッ素化工程):4−クロロ−1,3−ジオキソラン−2−オンをフッ化カリウムと、アセトニトリル中、無水条件下で接触させて、粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを得る工程。
第2工程(精製工程):前記第1工程で得られた粗4−フルオロ−1,3−ジオキソラン−2−オンを、トルエンを溶媒として、5℃以下の温度で少なくとも2回再結晶して、共存する塩素根を除去し、併せて蒸留精製を行う工程。

【公開番号】特開2007−8826(P2007−8826A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188381(P2005−188381)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)