説明

高誘電性樹脂組成物

【課題】高誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくい、実用に耐えるアンテナを得るための高誘電体樹脂組成物を提供する。
【解決手段】複数のピークを有する粒度分布をもつxBaO・yNd・zTiO・wBi系で示される元素を基本成分とし、その他の成分としてSm、ZnO、SrO、Nbの少なくとも1種類を含むセセラミックス粉体と、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)とを混合した樹脂組成物では、高い誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくい高誘電性樹脂組成物となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高誘電性樹脂組成物に関し、特に高周波通信機のアンテナ等高周波帯で使用される電子電気部品用高誘電性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高周波通信技術の向上により携帯電話、無線LAN、RFID(Radio Frequency Identification:無線通信を使用する識別技術)等に用いるパッチアンテナ、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)等に用いるマイクロストリップアンテナ、電波望遠鏡やミリ波レーダ等のレンズアンテナ等が普及している。また衛星通信機器の著しい発達に伴い、通信信号の周波数の高周波化および通信機器のさらなる小型化が望まれている。
【0003】
アンテナ用の誘電体材料においては、比誘電率(ε)と誘電正接(tanδ)の2種の誘電特性が重要である。特に比誘電率(ε)が大きくなるとアンテナ回路基板及び電波レンズの小型化が可能となり、また誘電正接はより小さいことにより伝送損失(P)が小さくなり受発信の感度が上がり、ノイズが小さくなる。(例えば特許文献1参照)。
【0004】
これまで高周波用のアンテナ回路基板や電波レンズ用の材料としては樹脂系材料やセラミックス系材料が検討されている。従来、樹脂系材料は低価格であり加工性には優れていたが、比誘電率が小さいという問題点があった。一方、セラミックス系材料は誘電特性に優れているが、高価格であり、なおかつ脆いために難加工性で、部品の形状制御が困難であった。
【0005】
そこで樹脂中に無機誘電体を分散して比誘電率を大きくした複合化技術が検討されている(例えば特許文献2、3参照)。
【0006】
特に通信機器の使用態様が多様化につれ、低温から高温度領域まで誘電特性の変化の少ない通信機器が求められている。しかし、従来の高誘電性樹脂組成物では、使用温度領域が広い電子部品に使用した場合、誘電特性が大きく変化するという問題があった。(例えば特許文献4)
【特許文献1】特開平11−323046号公報
【特許文献2】特開平05−98069号公報
【特許文献3】特開平09−205320号公報
【特許文献4】特開号09−147626公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで、高誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくい高誘電性樹脂組成物は得られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、高誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくいxBaO・yNd・zTiO・wBiで示される元素で構成されるセラミックス粉末とポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)を配合してなる高誘電性樹脂組成物では、特に優れた高誘電率、低誘電正接が達成されることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0009】
本発明の高誘電性樹脂組成物はセラミックス粉末とポリフェニレンサルファイド(PPS)からなるが、セラミックス粉末としては、BaO、Nd、TiO及びBiを基本成分とし、その他の成分としてSm、ZnO、SrO、Nbの少なくとも1種類を含むセラミックス粉末が好ましい。
【0010】
セラミックス粉末の基本成分を、xBaO・yNd・zTiO・wBiで表した場合、それぞれの成分は以下の範囲であることが好ましい。
【0011】
0.15≦x≦0.20
0.05≦y≦0.15
0.50≦z≦0.70
0.05≦w≦0.10
x+y+z+w=1(モル比)
基本成分に対して、添加されるその他の成分としてはSm、ZnO、SrO及びNbの少なくとも1種類以上であることが好ましく、その添加量としてはSmで5〜10重量%、ZnO、SrO及びNbの場合は各々0.1〜0.5重量%の範囲が好ましい。(前記基本成分を含めてセラミックス全体で100重量%)
また、上記セラミックス粉末は、粒子径(メジアン径:D50)が1〜3μmと40〜70μmにある粉末を重量比1:1〜1:3の割合で混合し、複数のピークを有する粒度分布をとるように混合したものであることが好ましい。
【0012】
上記の条件で混合して得られたセラミック粉末の粒子径(メジアン径:D50)は0.1〜150μmが好ましい。粒子径が0.1μmより小さい場合、粉末の取り扱いが困難であり、150μmより大きい場合、成形体内での誘電特性のばらつきを引き起こすおそれがある。より実用的な好ましい範囲は0.1μm〜120μmである。
【0013】
上記セラミックス粉末は、−30℃〜80℃の温度範囲において、25℃を基準とする該セラミックス粉末の比誘電率の温度係数τε(単位:ppm/℃)が−100≦τε≦0の範囲である。比誘電率の温度係数とはτε(ppm/℃)は、τε={(ε(t)−ε(t))/[ε(25)×(t−t)]}×10で定義される値をいう。ε(t)は、−30℃〜25℃の範囲における任意の温度t℃での比誘電率、ε(t)は、25℃〜80℃の範囲における任意の温度t℃での比誘電率、ε(25)は25℃での比誘電率をそれぞれ表す。(t<25℃<t
上記のセラミックス粉末とPPS樹脂との配合割合量は、高誘電性樹脂組成物の比誘電率を20以上、誘電正接を0.0103以下に維持でき、かつ高誘電性樹脂組成物の比誘電率の温度係数τεを−50≦τε≦0の範囲にでき、かつ、アンテナなどの電子部品の成形性を保持できる量であるが、例えば、PPS樹脂30〜50容量%に対して、セラミックス粉末が50〜70容量%配合することが好ましい。
【0014】
本発明では、本発明の効果を妨げない範囲で(1)PPS樹脂とセラミックス粉末の界面の親和性や接合性を向上させ、機械的強度を改良するためのシラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤、ジルコニアアルミネート系カップリング剤等のカップリング剤、(2)電極形成のためのメッキ性を改良するためのピロリン酸カルシウム、タルク等の微粒子性充填剤、(3)熱安定性を一層改善するための酸化防止剤、(4)耐光性を改良するために紫外線吸収剤等の光安定剤、(5)難燃性を一層改善するためのリン系もしくはハロゲン系等の難燃助剤、(6)耐衝撃性を改良するための耐衝撃性付与剤、(7)着色するための染料、顔料などの着色剤をそれぞれ配合しても良い。
【0015】
また、本発明の高誘電性樹脂組成物は、本発明の目的を損なわない範囲内でガラスファイバー、チタン酸カリウムウィスカ等のチタン酸アルカリ金属繊維、酸化チタン繊維、ホウ酸マグネシウムウィスカやホウ酸アルミニウウムウィスカ等のホウ酸金属塩系繊維、ケイ酸亜鉛ウィスカやケイ酸マグネシウムウィスカ等のケイ酸金属系繊維、カーボンファイバ,アルミナ繊維、アラミド繊維等の各種有機または無機の充填剤を併用してもよい。
【0016】
本発明の高誘電性樹脂組成物の製造方法は特に制限はなく、各種の混合成形方法を用いることができる。例えば、2軸押し出し機で混錬して製造する方法などが用いられる。直ちに射出成形や押し出し成形等により成形品としてもよいし、ペレットや棒状物、板状物等の成形用材料としてもよい。
【0017】
本発明の高誘電性樹脂組成物は、ギガヘルツ帯の高周波領域および温度25℃において、該組成物の比誘電率が20以上、誘電正接が0.003以下、−30℃〜80℃の温度範囲において、25℃を基準とする該組成物の比誘電率の温度係数τε(単位:ppm/℃)が−50≦τε≦0の範囲となり、周波数100MHz以上の電気信号を取り扱うための電子部品材料に適用することが可能である。
【0018】
一般に誘電性樹脂組成物をアンテナ材料として使用する場合、使用温度の変化に伴い樹脂組成物の比誘電率が変化し、その結果アンテナの共振周波数の変動が生じ易い。例えば、温度上昇に伴い、樹脂組成物の比誘電率が低い場合、アンテナの共振周波数は高周波側にシフトする。
【0019】
アンテナの共振周波数(f)は次式(1)で与えられる。
【0020】
【数1】

Cは光速、εはアンテナ基板の誘電率、dはアンテナ基板上の電極の一辺の長さ(mm)である。ここでアンテナのfとCは一定のため、式(1)に従えば、アンテナの大きさ(d)は基板の誘電率に依存する。即ち、比誘電率の高いアンテナ材料が使用できれば、高周波化、ひいては回路の短縮化および通信機器の小型化が図れる。
【0021】
また、使用周波数をf、25℃での比誘電率をε25、温度が△T変化した後の比誘電率をεΔTとした場合、アンテナの共振周波数fΔTは、下記の次式(2)で表される。
【0022】
【数2】

温度変化を△Tとすれば、共振周波数の変動△fは、下記の次式(3)で表される。
【0023】
【数3】

共振周波数の変動率(%)は下記の次式(4)で表される。
【0024】
【数4】

式(2)、(3)、(4)から温度に対する比誘電率の変化が大きい場合、共振周波数の変動△fは大きくなり、共振周波数の変動率(%)が大きくなるため、実用上好ましくない。共振周波数の変動率(%)が、±1%以上変化する場合、アンテナとしての特性が大きく劣化するため特に問題となる。
【0025】
上述したように、アンテナ材料としての誘電性樹脂組成物は、その比誘電率の温度係数τεの小さいものが好ましく、高誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくいセラミックス粉末をPPS樹脂に配合し、高誘電性樹脂組成物の比誘電率の温度係数τεを小さくした本発明の高誘電性樹脂組成物が特に好ましい。
【0026】
本発明では、−100≦τε≦0の範囲にあるセラミックス粉末を使用することにより、高誘電性樹脂組成物の比誘電率の温度係数τεを−50≦τε≦0にすることを可能とし、高誘電性樹脂組成物としての比誘電率の温度係数τεを、−50≦τε≦0にすることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の高誘電性樹脂組成物は、−30℃〜80℃の温度範囲において、比誘電率の温度係数τε(単位:ppm/℃)が−50≦τε≦0の範囲にあり、従来の誘電性樹脂組成物に比較して、高誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくい高誘電性樹脂組成物である。
【0028】
本発明の高誘電性樹脂組成物では、高周波通信機のアンテナ等、特に周波数100MHz以上の電気信号を取り扱うための電子部品材料に高周波帯で広い温度範囲にわたって使用できる電子部品とすることができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
なお、各実施例および比較例にて得られる高誘電性樹脂組成物の比誘電率、誘電正接および比誘電率の温度係数τεは以下の方法で測定した。
【0031】
比誘電率および誘電正接の測定
高誘電性樹脂組成物を、加熱圧縮成形した成形体から、10mmφ×5mmの試験形状を切り出し、両端短絡型共振法(JIS R 1627)により、−30℃、25℃、80℃の温度で比誘電率およびその誘電正接を測定した。両端短絡型共振法に用いた測定装置はネットワークアナライザー(8757A 日本ヒューレットパッカード(株))、シンセサイズドスイーパー(8340B 日本ヒューレットパッカード(株))、コントローラー(モデル300 日本ヒューレットパッカード(株))、密閉型恒温槽(ETAC社製)を用いた。
【0032】
実施例1〜実施例3
PPS(東ソー製 商品名 サスティール B−100)と、比誘電率の温度係数τε(単位:ppm/℃)が−60.4のチタン酸バリウム・ネオジム系セラミックス粉末(共立マテリアル社製:HF−120、比誘電率:120.5、誘電正接:0.00135)とをそれぞれ表1に示す配合割合(容量%)で混合し、加熱圧縮成形体を加工し、10mmφ×5mmの成形体を得た。該セラミックス粉末は平均粒子径(D50)1μmと60μmの2種類を重量比1:3の割合で混合したものを使用した。
【0033】
得られた成形体の比誘電率および誘電正接を測定した。また、各温度での比誘電率から比誘電率の温度係数(τε)、周波数変動率を表1に示す。
【0034】
実施例4〜実施例6
セラミックス粉末を、比誘電率の温度係数τεが−36.7のチタン酸バリウム・ネオジム系セラミック粉末として富士チタン社製:NP0−S(比誘電率:96.7、誘電正接:0.00177)を用い、該セラミックス粉末は平均粒子径(D50)1μmと50μmの2種類を重量比1:3の割合で混合したものを使用したに以外は、実施例1と同一の条件および方法で成形体を得た。得られた成形体を実施例1と同一の条件で評価した結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

実施例1〜実施例3に示すように、成形体の25℃での比誘電率は20以上、誘電正接は0.003以下で、比誘電率の温度係数は−50≦τε≦0の範囲内であった。また、実施例4〜実施例6に示すように、25℃での比誘電率は20以上、誘電正接は0.003以下で、比誘電率の温度係数は−25≦τε≦0の範囲内であった。これらの値は、高誘電率かつ低誘電正接であり、かつ成形体の比誘電率の温度係数は−50≦τε≦0の範囲内であることから、アンテナ材料として用いた場合の共振周波数のずれが使用周波数の±0.2%以内と小さく、アンテナ材として優れていた。
【0036】
比較例1〜比較例3
PPS(東ソー製 商品名 サスティール B−100)と、比誘電率の温度係数τεが−3700のチタン酸ストロンチウム系セラミック粉末(共立マテリアル社製:ST−NAS、比誘電率:295.1、誘電正接:0.00206)とをそれぞれ表2に示す配合割合(容量%)で混合し、加熱圧縮成形にて、10mmφ×5mmの成形体を得た。該セラミックス粉末の平均粒子径(D50)1μmと50μmの2種類を重量比1:1の割合で混合したものを使用した。得られた成形体の比誘電率および誘電正接を上記試験法にて測定した。また、各温度での比誘電率および比誘電率の温度係数(τε)、周波数変動率をそれぞれ表2に示す。
【0037】
比較例4〜比較例6
セラミックス粉末を、比誘電率の温度係数τεが−1810ppm/℃のチタン酸カルシウム系セラミック粉末(富士チタン工業社製:CT、比誘電率:174.1、誘電正接:0.00047)を用いた以外は、比較例1と同一の条件および方法で成形体を得た。得られた成形体を比較例1と同一の条件で評価した。結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

比較例1〜比較例3に示すように、成形体の25℃での比誘電率は20以上であったが、誘電正接は配合量の多い比較例3において0.003以上であった。また、比誘電率の温度係数が−1000ppm/℃以下であり、−50≦τε≦0の範囲外であった。また、比較例4〜比較例6に示すように、25℃での比誘電率は20以上、誘電正接は0.003以下であったが、比誘電率の温度係数が−800ppm/℃以下であり、−50≦τε≦0の範囲外であるため、アンテナ材として用いた場合の共振周波数の変動率が大きくなり、アンテナとしての特性が大きく劣化するものであった。
【0039】
比較例7
実施例で使用したセラミックス粉末(共立マテリアル社製:HF−120、富士チタン社製:NP0−S)の小粒径、大粒径粉末をそれぞれ単独で60容量%配合してPPS樹脂と混練したが、成形できなかった。
【0040】
用いたセラミックス粉末の化学組成を表3に示す。
【0041】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0042】
PPS樹脂に高い誘電率、かつ低誘電正接であって、温度環境変化に対して誘電率が変化しにくい特定のセラミックス粉末を配合することで、比誘電率の温度依存性の少ない高周波通信機のアンテナ等の電子部品用複合材として好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両端短絡型共振法(JIS R 1627、温度範囲−30℃〜80℃)による比誘電率が25以上、誘電正接0.003未満、なおかつ比誘電率の温度係数τε(単位:ppm/℃)が−50≦τε≦0である高誘電性樹脂組成物。
【請求項2】
共振周波数の変動率(%)(25℃基準、範囲−30℃〜80℃)が±1の範囲内である請求項1の高誘電性樹脂組成物。
【請求項3】
BaO、Nd、TiO及びBiを基本成分とし、その他の成分としてSm、ZnO、SrO、Nbの少なくとも1種類を含むセラミックス粉末とポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)を含んでなる請求項1〜2のいずれかに記載の高誘電体樹脂組成物。
【請求項4】
セラミックス粉末が、xBaO・yNd・zTiO・wBi
ただし、
0.15≦x≦0.20
0.05≦y≦0.15
0.50≦z≦0.70
0.05≦w≦0.10
x+y+z+w=1(モル比)
で示される基本成分に対して、
Smを5〜10重量%、及び/又はZnO、SrO及びNbの少なくとも1種類を各々0.1〜0.5重量%(前記基本成分を含めてセラミックス全体で100重量%)の範囲含んでなる請求項1〜3に記載の高誘電体樹脂組成物。
【請求項5】
セラミックス粉末が、粒子径(メジアン径:D50)が1〜3μmと40〜70μmの粉末を重量比1:1〜1:3の割合で混合し、複数のピークを有する粒度分布をもつことを特徴とする請求項1〜4記載の高誘電性樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1〜請求項5の高誘電性樹脂組成物を成形してなる高誘電性樹脂成形体。

【公開番号】特開2007−227099(P2007−227099A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−45685(P2006−45685)
【出願日】平成18年2月22日(2006.2.22)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】