説明

髪菜細胞の固体培養方法

【課題】髪菜細胞の固体培養方法を提供する。
【解決手段】本発明は髪菜細胞の固体培養方法を開示し、人工的に制御された条件下或いは自然条件下で髪菜をより速く成長させるという課題を解決した。その技術的手段は、髪菜細胞懸濁液を固体培養基の表面に接種し、事前に調製しておいた培養液を一定量吹き付けながら、人工的に制御された条件下或いは自然条件下において、乾湿が交互に繰り返されるようにして髪菜細胞を培養するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養技術、特に髪菜細胞の培養技術に関し、具体的には砂、或いは荒漠した土壌のような天然砂土の表面において直接栽培することが可能な髪菜細胞の固体培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
髪菜(Nostoc flagelliforme)は原核生物であり、原核生物界(Procaryotae)、藍藻門(Cyanophyta)、藍藻綱(Cyanophyceae)、連鎖体目(Hormogonales)、ネンジュモ科(Nostocaceae)、ネンジュモ属(Nostoc)に属する。髪菜は栄養が豊富なうえに一定の薬用価値があり、その開発の経済的価値及びポテンシャルは非常に高いものがある。さらに髪菜はその発音が「発財」(金持ちになる)と似ていることから、長きにわたって多くの人に好まれている。髪菜は中国の西北と華北の一部の省及び自治区の砂漠又は半砂漠地帯に分布している。髪菜は光合成能に加えて窒素固定能も有し、特殊な生態的条件のもとで生活する陸生の藍藻である。乾燥、高温、紫外線、痩せた地味などの劣悪な環境に対して髪菜は非常に高い適応性を有している。髪菜は荒漠した生態環境における主要な窒素固定資源であり、自然生態の回復にとって重要な働きをもつ。野外での髪菜の成長は非常に遅く、そのうえ大規模かつ無節制な壊滅的な採集が行われてきたことにより、その資源量は激減しており、草原の生態系は著しく破壊されている。髪菜資源と生態環境を保護するために、人工培養により髪菜の生物量と資源量を増大し、日増しに高まっている市場ニーズに応える試みが長きにわたって行われている。また多くの生理生態学的な研究も行われている。例えば、特許文献1,2では髪菜細胞の液体浮遊培養が行われており、若干の進展が見られている。しかし、完全な人工培養は未だ実現されていない。現状では基本的には野外で採集した髪菜の藻体を材料として培養が行われており、髪菜細胞を利用した固体培養の報告はこれまでにはない。
【特許文献1】中国特許公開第1392245号明細書
【特許文献2】中国特許公開第1530439号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、絶滅寸前の種である髪菜の保護及び人工生産を簡便に行うことができる髪菜細胞の固体培養方法を提供することにある。すなわち、髪菜の藻体を用いた培養の進展が遅いという現状下で、完全な人工培養を実現し、さらには自然に近い条件下あるいは砂や荒漠した土壌のような天然砂土の表面での拡大生産することができ、髪菜の成長をより速めることができる髪菜細胞の固体培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の目的を達成するために、本発明では以下の技術的手段を講じた。
1.培養液:
0.5〜1.5g/LのNaNO、75mg/LのMgSO・7HO、30〜40mg/LのCaCl・2HO、55〜65mg/LのNaSiO・9HO、及び35〜40mg/LのKHPOを含有してpHが7.5〜8.0を示す培養液を調製する。化学的純品を培養液の栄養塩として使用してこれを水道水に溶かすだけでもよい。培養液の調製時には、できるだけ沈殿が生じないようにするのが好ましいが、多少の沈殿が析出してもよい。培養液を高温滅菌する必要はない。
【0005】
2.髪菜細胞液の準備:
液体培養した髪菜細胞液を回転速度4000rpmで遠心又が濾過して上澄みを除き、そこに新鮮な培養液を添加して該培養液中に髪菜細胞を浮遊させる。あるいは、乾燥髪菜細胞を培養液に浸して賦活する。かくして固体培養種を得る。
【0006】
3.砂の前処理:
40メッシュの篩いに通した砂を水で洗浄し加熱乾燥してから、厚さが約0.5〜1.5cmとなるように、皿の上に平らに広げる。
【0007】
4.髪菜細胞の培養:
髪菜細胞液を砂の表面に接種する。屋内培養の場合には、毎日の光照射期間の間は、1〜1.5L/mの培養液又は水を3回に分けて吹き付けるとともに砂の上に透明ビニールフィルムを被せて砂の表面を湿った状態に保つようにし、非光照射期間の間は、フィルムを外して砂の表面を乾燥に保つようにする。こうして乾湿が交互に繰り返されるようにして培養を行う。一方、屋外培養の場合には、日中の地表温度が40℃未満の間は、培養液又は水の吹き付けにより土層の表面を湿った状態に保つようにし、夜間及び地表温度が40℃を超える間は土層の表面を乾燥に保つようにする。
【0008】
5.培養条件:
屋内培養の場合は温度を24〜26℃、光照射時の光量子束密度を60〜180μmol・m−2−1、明暗周期12時間に設定し、屋外培養の場合は自然条件とする。
【0009】
6.採集:
砂の上で髪菜細胞がコロニーを形成したとき、或いは屋外培養の場合には採集時期が到来したときに、髪菜細胞を採集する。
【0010】
7.乾燥:
採集した髪菜細胞を45℃以下に晒して乾燥する。あるいは風乾又は加熱乾燥する。
8.保存:
室温でさらに乾燥させてから保存する。
【0011】
9.培養の継続:
乾燥した髪菜細胞を新しい培養液の中に戻して培養を継続して行う。
本発明の利点は、従来の藻体培養方式の代わりに細胞固体培養法を用いているために、培養を簡便に行うことができることである。また、培養液を高温滅菌する必要がなく、従来の髪菜藻体培養に比べて、髪菜の増殖速度が速く、絶滅寸前の種である髪菜の保護と人工生産に有用である。乾湿が交互に繰り返されるようにして培養が行われることにより、本発明の培養方法で得られる髪菜細胞の培養物は、野生の髪菜と同様の優れた耐乾燥性を有しており、乾燥条件下での長期保存が可能である。拡大培養すれば、直接に生産に使用することができ、砂或いは荒漠した土壌のような天然砂土の表面に接種することができる。この技術を応用して髪菜細胞を培養すれば、空気中の二酸化炭素の吸収及び窒素の固定、さらには大気中への酸素の放出により、空気を浄化する作用もある。また、現代の農業生産では農薬及び除草剤の使用が必然であるのに対し、生産中にいかなる農薬及び除草剤も必要とせず、その培養過程で有害物質が発生するおそれもない。この技術は従来の髪菜藻体培養方式に勝るものであり、その拡大培養は、乾燥地帯または半乾燥地帯の生態バランスの維持や荒漠した土壌の改良に有用であるとともに、草原の生態系のバランスにとって一定の現実的意義のあるものであり、その経済的価値と環境保全価は非常に高いものがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施例を説明する。ただし本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0013】
皿に盛られた砂の上で髪菜細胞を固体培養した。その具体的な方法は以下のとおりである。
A.培養液の調製:
0.5g/LのNaNO、75mg/LのMgSO・7HO、30mg/LのCaCl・2HO、55mg/LのNaSiO・9HO、及び35mg/LのKHPOを含有してpHが7.5を示す培養液を調製した。
【0014】
B.髪菜細胞液の準備:
髪菜細胞培養液を遠心するか或いは濾過して髪菜細胞を収集した。湿重量10gの髪菜細胞に対して培養液を1Lという比率で加えて該培養液中に髪菜細胞を浮遊させた。あるいは、乾燥髪菜細胞を培養液に浸して賦活した。かくして固体培養種を得た。
【0015】
C.砂の前処理:
40メッシュの篩いに通した砂を水で洗浄し加熱乾燥してから、厚さが0.5cmとなるように、ガラス、プラスチック、金属または木製の皿の上に平らに広げた。
【0016】
D.細胞の培養:
髪菜細胞液を400ml/mの接種量で砂の表面に接種し(図1参照)、毎日の光照射期間の間は、1L/mの培養液又は水を3回に分けて吹き付けるとともに砂の上に透明ビニールフィルムを被せて砂の表面を湿った状態に保つようにし、非光照射期間の間は、フィルムを外して砂の表面を乾燥に保つようにした。こうして乾湿が交互に繰り返されるようにして培養を行った。
【0017】
E.培養条件:
培養温度を24℃、光照射時の光量子束密度を60μmol・m−2−1、明暗周期を12時間に設定した。
【0018】
F.採集:
髪菜細胞がコロニーを形成したとき、或いは砂の表面全体に成長したときに、髪菜細胞を採集した。
【0019】
G.乾燥:
採集した髪菜細胞を45℃以下に晒して乾燥した。あるいは風乾又は加熱乾燥した。
H.保存:
採集した髪菜細胞の培養物を室温で乾燥させてから風通しのよい環境下で保存した。
【0020】
I.培養の継続:
乾燥した髪菜細胞を新しい培養液の中に戻して培養を継続して行った。
図2は培養開始時(培養0日目)の髪菜細胞の顕微鏡写真を示し、図3は培養5日目の髪菜細胞の顕微鏡写真を示す。図2及び図3の比較から明らかなように、本実施例1での培養により細胞数の増加が認められた。
【実施例2】
【0021】
A.培養液の調製:
1.0g/LのNaNO、75mg/LのMgSO・7HO、35mg/LのCaCl・2HO、60mg/LのNaSiO・9HO、及び37.5mg/LのKHPOを含有してpHが7.25(又は7.8)を示す培養液を調製した。
【0022】
C.砂の前処理:
40メッシュの篩いに通した砂を水で洗浄し加熱乾燥してから、厚さが1.0cmとなるように、ガラス、プラスチック、金属または木製の皿上に平らに広げた。
【0023】
D.細胞の培養:
髪菜細胞液を600ml/mの接種量で砂の表面に接種し、毎日の光照射期間の間は、1.2L/mの培養液又は水を3回に分けて吹き付けるとともに砂の上に透明ビニールフィルムを被せて砂の表面を湿った状態に保つようにした。
【0024】
E.培養条件:
培養温度を25℃、光照射の光量子束密度を120μmol・m−2−1、明暗周期を12時間に設定した。
【0025】
その他は実施例1と同じである。
【実施例3】
【0026】
A.培養液の調製:
1.5g/LのNaNO、75mg/LのMgSO・7HO、40mg/LのCaCl・2HO、65mg/LのNaSiO・9HO、及び40mg/LのKHPOを含有してpHが8.0を示す培養液を調製した。
【0027】
C.砂の前処理:
40メッシュの篩いに通した砂を水で洗浄し加熱乾燥してから、厚さが1.5cmとなるように、ガラス、プラスチック、金属または木製の皿上に平らに広げた。
【0028】
D.細胞の培養:
髪菜細胞液を800ml/mの接種量で砂の表面に接種し、毎日の光照射期間の間は、1.5L/mの培養液又は水を3回に分けて吹き付けるとともに砂の上に透明ビニールフィルムを被せて砂の表面を湿った状態に保つようにした。
【0029】
E.培養条件:
培養温度を26℃、光照射時の光量子束密度を180μmol・m−2−1、明暗周期を12時間に設定した。
【0030】
その他は実施例1と同じである。
【実施例4】
【0031】
髪菜細胞を屋外培養した。その具体的な方法は以下のとおりである。
砂漠−半砂漠草原或いは丘陵の裸地の砂土表面に髪菜細胞液を500ml/mの接種量で吹き付け、自然条件下で培養した。毎年4月末から5月初めに播種し、11月末に採集した。夏季の高温の季節は培養地に日除けネットを被せることで、強い日照を遮って地表温度を下げるようにした。日中の地表温度が40℃未満の間は、培養液又は水を吹き付けて、土層表面を湿った状態に保つようにした。夜間及び地表温度が40℃を超えている間は、土層表面を乾燥に保つようにした。その他は、人工管理の培養条件、砂の前処理などの内容を除いて、実施例1と同じである。
【実施例5】
【0032】
髪菜細胞を屋外培養した。その具体的な方法は以下のとおりである。
砂漠−半砂漠草原或いは丘陵の裸地の砂土表面に髪菜細胞液を750ml/mの接種量で吹き付け、自然条件下で培養した。その他は実施例4と同じである。
【実施例6】
【0033】
髪菜細胞を屋外培養した。その具体的な方法は以下のとおりである。
砂漠−半砂漠草原或いは丘陵の裸地の砂土表面に髪菜細胞液を1000ml/mの接種量で吹き付け、自然条件下で培養した。その他は実施例4と同じである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1における髪菜細胞の培養方法を説明する写真。
【図2】実施例1における培養開始時(培養0日目)の髪菜細胞の顕微鏡写真。
【図3】実施例1における培養5日目の髪菜細胞の顕微鏡写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体浮遊培養で得られた髪菜細胞の培養物を固体培養基の表面に接種し、人工的に制御された条件下或いは自然条件下で髪菜細胞を培養する固体培養方法であって、以下のA〜Iの工程を含むことを特徴とする固体培養方法。
A.培養液の調製:
0.5〜1.5g/LのNaNO、75mg/LのMgSO・7HO、30〜40mg/LのCaCl・2HO、55〜65mg/LのNaSiO・9HO、及び35〜40mg/LのKHPOを含有してpHが7.5〜8.0を示す培養液を調製する。
B.髪菜細胞液の準備:
髪菜細胞培養液を遠心又は濾過して髪菜細胞を収集し、これに新鮮な培養液を添加して該培養液中に髪菜細胞を浮遊させる。あるいは、乾燥髪菜細胞を培養液に浸して賦活する。かくして固体培養種を得る。
C.砂の前処理:
40メッシュの篩いに通した砂を水で洗浄し加熱乾燥してから、厚さが0.5〜1.5cmとなるように、ガラス、プラスチック、金属又は木製の皿の上に平らに広げる。
D.髪菜細胞の培養:
髪菜細胞液を固体培養基の表面に接種する。屋内培養の場合には、毎日の光照射期間の間は、1〜1.5L/mの培養液又は水を3回に分けて吹き付けるとともに砂の上にフィルムを被せて砂の表面を湿った状態に保つようにし、非光照射期間の間は、フィルムを外して砂の表面を乾燥に保つようにする。こうして乾湿が交互に繰り返されるようにして培養を行う。一方、屋外培養の場合には、日中の地表温度が40℃未満の間は、培養液又は水の吹き付けにより土層の表面を湿った状態に保つようにし、夜間及び地表温度が40℃を超える間は土層の表面を乾燥に保つようにする。
E.培養条件:
屋内培養の場合は培養温度を24〜26℃、光照射時の光量子束密度を60〜180μmol・m−2−1、明暗周期を12時間に設定し、屋外培養の場合は自然条件とする。
F.採集:
砂の上で髪菜細胞がコロニーを形成したとき、或いは屋外培養の場合には採集時期が到来したときに、髪菜細胞を採集する。
G.乾燥:
採集した髪菜細胞を45℃以下に晒して乾燥する。あるいは風乾又は加熱乾燥する。
H.保存:
室温でさらに乾燥させてから風通しのよい環境下で保存する。
I.培養の継続:
乾燥した髪菜細胞を新しい培養液の中に戻して培養を継続して行う。
【請求項2】
液体浮遊培養で得られた髪菜細胞の培養物を人工的に前処理された砂の表面に接種し、人工的に制御された条件下で髪菜細胞を培養することを特徴とする請求項1に記載の固体培養方法。
【請求項3】
液体浮遊培養で得られた髪菜細胞の培養物を天然砂土の表面に接種し、自然条件下で髪菜細胞を培養することを特徴とする請求項1に記載の固体培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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