説明

魚病防除剤及びその製造方法ならびに飼料

【課題】 養殖業における細菌感染による病害防除対策ができ、エドワジエラ症の魚病に対して、優れた防除効果を有する魚病防除剤及びその製造方法、ならびにこの魚病防除剤を含有する飼料を提供することを目的とする。
【解決手段】 甘草の中性乃至アルカリ性水抽出液を酸処理することにより生成した沈殿物のエタノール抽出液の活性炭脱色液より、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液からなることを特徴とするエドワジエラ症の魚病に対する防除剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の甘草由来成分を有効成分とするエドワジエラ症の魚病防除剤及びその製造方法、ならびにこの魚病防除剤を含有する飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
甘草(Licorice)は生薬として知られ、現在では主に食品用甘味料や医薬品・医薬部外品等の原料として使用されている。特に、その水溶性成分であるグリチルリチンには、免疫賦活作用、抗炎症作用及び抗アレルギー作用等の優れた薬理作用があることから、広く食品、医薬品及び化粧品等に利用されている。一般の甘草抽出物といわれているものは、熱水又は含水アルコール抽出によるものであり、グリチルリチン含量として5〜25%程度、フラボノイド含量として1〜5%程度のものが多い(非特許文献3、4参照)。
【0003】
一方、養殖業における細菌感染による病害防除対策として、免疫賦活作用のある素材が提案されている(特許文献1、特許文献2、非特許文献1、非特許文献2参照)。さらに、甘草末を配合した養魚用飼料(特許文献3参照)及び甘草末を含有する養魚用飼料添加物組成、それを用いた養殖魚類の生長促進方法及び飼料(特許文献4参照)が提案されている。
しかしながら、養殖業において、特に魚病の一つであるエドワジエラ症に対して防除効果を有するものは提案されておらず、優れた防除剤が望まれていた。なお、本発明に関連する先行技術文献としては下記が挙げられる。
【0004】
【特許文献1】特開平5−262658号公報
【特許文献2】特開平2−250832号公報
【特許文献3】特開平2−283247号公報
【特許文献4】特開平11−169099号公報
【非特許文献1】渡辺和浩、「サイエンス」、1989年8月号、p42−44
【非特許文献2】片山友子、生駒一正、横田芳武、中井益代 「MINOPHAGEN MEDICAL REVIEW」、33(3)、1988年、p54−57
【非特許文献3】第十四改正日本薬局方解説書、廣川書店、平成13年6月27日出版
【非特許文献4】食品添加物公定書解説書 第7版、廣川書店、平成11年6月9日出版
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、養殖業における細菌感染による病害防除対策ができ、エドワジエラ症の魚病に対して、優れた防除効果を有する魚病防除剤及びその製造方法、ならびにこの魚病防除剤を含有する飼料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、魚類における病害防除作用について鋭意研究を重ねてきた結果、甘草を中性乃至アルカリ性下で水抽出し、この抽出液を酸処理することにより得られる沈殿物をエタノール抽出し、得られたエタノール抽出液に対し活性炭脱色処理を施した後、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液に、魚病の原因菌に対する抗菌作用、特に、エドワジエラ症の病原菌であるエドワジエラ タルダ(Edwardsiella tarda)、に対する顕著な抗菌作用を見出し、本発明をなすに至ったものである。
【0007】
従来、グリチルリチンの誘導体を製造するために使用されている方法は、アルカリ抽出を行い、晶析を行った結晶物を使用し、結晶物を取り除いた母液は廃棄されるのが通常であった。これに対し、これまで廃棄されていた母液が、魚病の原因菌に対し抗菌作用、特に、エドワジエラ症の病原菌であるエドワジエラ タルダ(Edwardsiella tarda)に対する顕著な抗菌作用を有し、これらが原因となる魚病防除剤として有用であることは、本発明者による新知見である。
【0008】
従って、本発明は下記発明を提供する。
[1].甘草の中性乃至アルカリ性水抽出液を酸処理することにより生成した沈殿物のエタノール抽出液の活性炭脱色液より、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液からなることを特徴とするエドワジエラ症の魚病に対する防除剤。
[2].[1]記載の防除剤を含有する飼料。
[3].甘草を中性乃至アルカリ性下で水抽出し、この抽出液を酸処理することにより得られる沈殿物をエタノール抽出し、得られたエタノール抽出液に対し活性炭脱色処理を施した後、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液を採取することを特徴とする[1]記載の魚病に対する防除剤の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、エドワジエラ症の魚病に対して、優れた防除効果を有する魚病防除剤及びその製造方法、ならびに魚病防除剤を含有する飼料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の魚病防除剤の原料となる甘草は、マメ科グリチルリイザ(Glycyrrihiza)属に属する植物で、例えば、グリチルリイザ グラブラ(G. glabra)、グリチルリイザ ウラレンシス(G.uralensis)、グリチルリイザ インフラータ(G.inflata)等が使用可能であるが、グリチルリイザ インフラータ(G.inflata)を使用することが好ましい。また、使用部位は根、根茎、葉、茎のいずれの部位でも原料として使用することができるが、根及び/又は根茎を原料として使用することが好ましい。また、これらは生のものを使用しても乾燥させたものを使用してもよいが、工業的に製造されているグリチルリチンの抽出原料となっている乾燥根及び乾燥根茎を原料として使用することができる。なお、甘草は生産地の名前を冠して呼ばれることが多く、例えば、東北甘草、西北甘草、新疆甘草、モンゴル産甘草、ロシア産甘草、アフガニスタン産甘草等を挙げることができる。
【0011】
本発明の魚病防除剤を得るための抽出条件としては、上記の甘草に対し中性及至アルカリ性下で水抽出するが、通常、水抽出液のpHは7〜11、特に9〜10が好ましく、抽出温度は、冷水、温水及び熱水いずれでもよいが、5〜100℃、特に50〜100℃が好ましい。pHの調整には、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を用いることができる。抽出時間は抽出温度によって異なるが、通常1〜72時間であり、特に2〜24時間が好ましい。
【0012】
次に、上記抽出液を酸処理することにより得られる沈殿物をエタノール抽出し、得られたエタノール抽出液に対し活性炭脱色処理を施した後、グリチルリチンを晶析させた後の結晶母液を得る。
【0013】
酸処理は、硫酸、塩酸、硝酸等の酸性溶液にて、pH2.0〜4.0の酸性で析出処理を行い、グリチルリチン等を沈殿させる。濾過により沈殿物と濾液に分ける。得られた沈殿物100質量部に対して2〜10質量部のエタノールを加え、エタノール抽出物を得る。この抽出液を撹拌し、濾過する。得られた濾液に対して2〜10質量%の活性炭を加え、還流抽出を行う。その後、セライト、珪藻土、パーライト等の濾過助剤を用いて濾過を行い、アンモニア水、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ水を加えてpH4.0〜7.0、好ましくはpH5.0〜5.5に調整する。さらに、3〜10℃、好ましくは5℃で1〜5日間、好ましくは2日間静置することでグリチルリチンを晶析させた後、濾過して、晶析したグリチルリチンを除去する。
【0014】
この場合、上記エタノール抽出液を乾燥して得られた抽出物中のグリチルリチン量は、固形分あたり10〜30質量%である。上記晶析工程で、このグリチルリチンの20〜50質量%、特に30〜40質量%が晶析され、除去されるように晶析を行い、晶析工程後の晶析母液を乾燥して得られた抽出物中のグリチルリチン含有量は、固形分あたり5〜20質量%、特に8〜15質量%であることが好ましい。
【0015】
本発明の魚病防除剤は上記晶析母液からなるものであるが、晶析母液をそのまま使用することもでき、さらに、常法により濃縮して使用することもできる。また、適当な方法で抽出液を乾燥させることにより、黄褐色の甘草抽出物の粉末又は固形物として用いることもできる。
【0016】
本発明の魚病防除剤のグリチルリチン含有量は、固形分あたり5〜20質量%、特に8〜15質量%が好ましく、フラボノイド類の含有量は、固形分あたり5〜25質量%、特に10〜20質量%が好ましい。本発明の魚病防除剤のフラボノイド類含量は水産飼料用で使われている甘草末及び従来の甘草抽出物と比較して2〜20倍程度、高含量である。
【0017】
本発明は、特定の製法で得られた甘草由来成分を有効成分とするエドワジエラ症の魚病防除剤である。上記エドワジエラ症の原因菌として、エドワジエラ タルダ(Edwardsiella tarda)が挙げられる。本発明の特定の製法で得られた甘草由来成分はこれらの菌に対して優れた抗菌作用を有することから、これらの原因菌に対する抗菌剤としても最適である。
【0018】
上記の魚病は、ヒラメ、タイ類、ブリ、ボラ、カレイ、アイナメ、ウナギ、コイ、ティラピア等の広範囲な種類の魚介類に発生する上記記載の病害に有効である。
【0019】
本発明の魚病防除剤は、甘草から得られる抽出物を用いるため、抗生物質による薬剤耐性菌の出現や副作用の問題がなく、安心して投与することができる。さらに、薬剤の残留による人体や環境へ影響の心配がないため、特に、養殖魚に対する魚病の防除剤として好適である。
【0020】
本発明の魚病防除剤は、稚魚から成魚に投与することができ、投与方法は経口投与又は非経口投与が可能である。経口投与する場合は、魚病防除剤をそのまま又は任意の魚用飼料成分と混合し、魚用飼料として投与することが可能である。また、その投与量は、通常、魚体重1kgあたり5〜100mgであり、投与期間は特に限定されないが、1〜7日間で効果を得ることができる。
【0021】
魚用飼料成分としては、魚粉、小麦粉、でん粉、魚油等が挙げられ、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。飼料中の魚病防除剤の含有量は0.1〜5質量%が好ましく、より好ましくは0.2〜1質量%である。
【実施例】
【0022】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、下記の例において特に明記のない場合は、「%」は質量%を示す。
【0023】
[実施例1]
甘草(Glycyrrhiza inflata)の根茎を粉砕し、チップ状にした。この甘草チップ1.0kgを10Lの3%アンモニア水(pH10、温度室温)で一晩抽出した後、固液分離した。得られた抽出液に対し、1%硫酸溶液により酸性析出処理を行い、グリチルリチン等を沈殿させ、濾過により沈殿物及び抽出濾液に分けた。この内、沈殿物にエタノール1Lを加え、常温で1時間撹拌し、セライトを用いて濾過を行った。得られた濾液に活性炭60gを加え、常温で1時間、還流抽出を行った。その後、セライトを用いた濾過を行った。得られた濾液にアンモニア水を加えてpH5.0〜5.5に調整した。濾液を5℃で2日間、静置することでグリチルリチンを晶析させた後、遠心分離することで結晶と濾液に分けた。得られた濾液を減圧濃縮し、炭酸ナトリウムを用いてpH7.0程度に中和し、さらに減圧濃縮し、噴霧乾燥させることで、150gの黄褐色抽出物粉末である甘草抽出物を得た。この甘草抽出物のグリチルリチン含量は11%であり、フラボノイド類含量は15%であった。得られた甘草抽出物について、エドワジエラ症原因菌を用いて強制的な攻撃試験を行い、ヒラメの累積死亡率及び保菌率を測定して魚病防除効果確認試験を行った。結果を表2に示す。
【0024】
〈魚病防除効果の評価〉
市販のEP飼料(甘草末1%配合)に実施例1で得られた甘草抽出物、小麦グルテン及び水を添加し、表1の供試飼料を調製した。各区の飼料組成は表1に示したとおりである。
供試魚として市販のEP飼料(甘草末1%配合)を用い円形流水水槽(直径5m、水深0.5m)で予備飼育されたヒラメ(平均体重304g)を各試験区に34尾ずつ収容し、上記市販のEPを日間給餌率((給餌量(kg)/魚体重(kg))×100/試験期間(日))0.8%で給餌して試験環境に1週間馴致させた。
供試飼料の給餌は、馴致後2週間行い、実施例1の甘草抽出物の投与量が表1に示したとおりとなるよう日間給餌率を0.88%とした。
各試験区20尾の腹腔内にエドワジエラ タルダ(Edwardsiella tarda)ヒラメ由来NUF806株を1.54×104CFU/尾で攻撃して、流水水槽(2×1×1m、水温17.4−19.2℃)4基にそれぞれ収容し、無給餌で3週間観察した。死亡魚及び観察終了時の全ての生残魚について、SS寒天培地を用いて腎臓からの菌分離を試み、各試験区のヒラメ累積死亡率及びEdwardsiella tardaの保菌率を求めた。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
表2より、実施例1の甘草抽出物を配合して飼育した試験区2〜4(実施例)における累積死亡率は、甘草末のみを配合して飼育した試験区1(比較例)と比較して有意に低かった。
また、実施例1の甘草抽出物を配合して飼育した試験区2〜4における保菌率は、甘草末のみを配合して飼育した試験区1と比較して有意に低い。
これらの結果より、実施例1の甘草抽出物においては、甘草末と比較して、有意に強い病害防除作用を有していることが確認された。
【0028】
[配合例1]
下記表3に示す組成の魚用飼料を作製した。
【0029】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
甘草の中性乃至アルカリ性水抽出液を酸処理することにより生成した沈殿物のエタノール抽出液の活性炭脱色液より、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液からなることを特徴とするエドワジエラ症の魚病に対する防除剤。
【請求項2】
請求項1記載の防除剤を含有する飼料。
【請求項3】
甘草を中性乃至アルカリ性下で水抽出し、この抽出液を酸処理することにより得られる沈殿物をエタノール抽出し、得られたエタノール抽出液に対し活性炭脱色処理を施した後、グリチルリチンを晶析させた後の晶析母液を採取することを特徴とする請求項1記載の魚病に対する防除剤の製造方法。

【公開番号】特開2007−70240(P2007−70240A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−256052(P2005−256052)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【Fターム(参考)】