説明

魚類GTHタンパク質および該タンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法

【課題】哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質の提供および該タンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法の提供。
【解決手段】哺乳類細胞を用いて魚類GTHタンパク質を発現させることにより、哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を得た。この哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質は、生体内寿命が延長化された魚類体内において長期間の安定性を有する分解されにくいタンパク質であり、該タンパク質は魚類の成熟誘導が可能であった。該哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を用い、魚類の成熟誘導を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類GTHタンパク質および該タンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法に関する。さらに詳しくは、哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質、および生体内寿命が延長化された該タンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類の完全養殖のためには人工種苗の生産が不可欠である。しかし、飼育環境下では、ある一定の段階から生殖腺が発達しなくなる成熟停止が起こりやすい。魚種によって成熟停止の段階は異なるが、いずれにおいても、人為催熟を続けるには、成熟停止に至った段階で、外因性の成熟誘導ホルモン(例えば、生殖腺刺激ホルモン Gonadotropin(以下、「GTH」とする)等)を投与することが必須となる。
しかし、GTHは複雑な構造を持つ糖タンパク質ホルモンであるため化学合成が難しく、哺乳類のGTH(ヒト絨毛性ゴナドトロピン、Human chorionic gonadotropin(以下、「hCG」とする))や魚のGTHを含む組織抽出物が代用品として用いられているのが現状である。
【0003】
ウナギ等の卵原細胞から卵黄形成の初期の段階で成熟停止してしまう魚種においては、このような人為催熟によって完全養殖を行うことがかなり難しく、より有効な方法の提供が望まれていた。
そこで、近年、海水養殖池環境中において、養殖関係を構成する水流や温度などの要素を周期的に変動させることによって、外因性の成熟誘導ホルモンを投与することなく、ウナギ雌魚を催熟する方法が開発されている(例えば、特許文献1参照)。
また、ゼブラフィッシュ由来の細胞を用いて、魚類のホルモンを産生する細胞を作製し、この細胞を移植することで、ウナギ等の魚類の成熟を促進する方法が開発されている(例えば、特許文献2参照)。さらに、金魚やウナギ由来の遺伝子からGTHを合成し、これを投与することでウナギの人為催熟を行う方法も検討されている(例えば、非特許文献1,2参照)。しかし、これらの方法においても、ウナギ等の人為催熟が困難な魚類においては、特に成熟誘導率が低い、卵質が不安定、仔魚の生残率が低い等、十分な結果が得られていない。
【0004】
ヒト、ラット等の哺乳類のホルモン合成において、糖鎖結合部位を付加した各ホルモン遺伝子をチャイニーズハムスター等の哺乳類を由来とする細胞で合成することにより、哺乳類型糖鎖が付加された哺乳類GTHやエリスロポエチン等を合成する方法が行われている。そして、この方法によって得られたホルモンが、ヒト、ラット等において生体内寿命が延長化され、生物活性が高められたことが確認されている(非特許文献3〜6)。
近年、魚類においても、糖鎖結合部位を付加したGTH遺伝子をマイクロインジェクション法により導入することで、魚類の成熟を調節する方法や、これを昆虫細胞に発現させて得た昆虫型糖鎖が付加された魚類GTHを魚類に導入することで、ウナギ等の人為催熟を行うことが検討されているが、十分な結果は得られておらず、有用な魚類の成熟誘導方法の提供が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−154459号公報
【特許文献2】特開2008−528207号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hayakawa et al., 2009
【非特許文献2】Kazeto et al., 2008
【非特許文献3】Devroey et al., 2004
【非特許文献4】Fuas et al., 1992
【非特許文献5】Fares et al., 2007
【非特許文献6】Lapolt et al., 1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、魚類GTHタンパク質の提供および該タンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、哺乳類細胞を用いて魚類GTHタンパク質を発現させることにより、哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を得られることを見出した。この哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質は、生体内寿命が延長化された魚類体内において長期間の安定性を有する分解されにくいタンパク質であり、本発明者らはこのタンパク質を用いることによって魚類の成熟誘導が可能であることを見出し、本発明を完成方するに至った。
【0009】
即ち、本発明は次の(1)〜(9)の魚類GTHタンパク質、魚類の成熟誘導方法および成熟が誘導された魚類等に関する。
(1)哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
(2)糖鎖結合部位を付加した魚類GTHを哺乳類細胞によって合成することにより得られる哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
(3)糖鎖結合部位を2つ以上付加した魚類GTHを合成することにより得られる上記(2)に記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
(4)糖鎖結合部位が配列表配列番号1あるいは2で示されるアミノ酸配列またはこれらのアミノ酸配列が保存的修飾された配列からなる部位である上記(1)または(2)に記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
(5)魚類GTHがウナギ由来のGTHである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法。
(7)上記(6)に記載の魚類の成熟誘導方法によって成熟が誘導された魚類。
(8)上記(6)に記載の魚類の成熟誘導方法によって成熟が誘導されたウナギ。
(9)上記(8)に記載のウナギより得られる精子または卵。
【発明の効果】
【0010】
本発明の魚類GTHタンパク質は、魚類における生体内寿命が延長化されていることから、安定して魚類の性成熟を誘導することができる。本発明の魚類の成熟誘導方法を用いることにより、ウナギ等の人為催熟が困難であった魚種についても、人工種苗が生産でき、完全養殖を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】組換えGTHの発現を確認した図である(実施例1)。
【図2】精製組換えGTHの糖鎖解析の結果を示した図である(実施例1)。
【図3】精子形成誘導ステロイド産生量を示した図である(実施例2)。
【図4】精巣の組織観察の結果を示した図である(実施例2)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」とは、糖鎖結合部位を付加した魚類GTHを哺乳類細胞によって合成することにより得られる哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質のことをいい、哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質であればいずれのものも含まれる。
ここで、「GTHタンパク質」には、濾胞刺激ホルモン(Follicle stimulating hormone;以下、「FSH」とする)、黄体形成ホルモン(Luteinizing hormone;以下、「LH」とする)が挙げられ、これらのホルモンを分泌する魚類であればいずれの魚類由来のGTHタンパク質も含まれる。
また、「哺乳類型糖鎖」としては、哺乳類細胞がタンパク質合成を行う際に、タンパク質に付加する糖鎖であればいずれのものも含まれるが、例えば、マンノース、ガラクトース、N-アセチルグルコサミンおよびノイラミン酸で構成されるN型糖鎖、ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミンおよびノイラミン酸で構成されるO型糖鎖等が挙げられる。
【0013】
本発明の「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」は、糖鎖結合部位を付加した魚類GTHを哺乳類細胞によって合成することにより得られるものである。
「糖鎖結合部位を付加した魚類GTH」とは、タンパク質合成の対象となる魚類GTHの塩基配列に、糖鎖結合部位の塩基配列を付加したもののことをいう。
「糖鎖結合部位」には、哺乳類細胞が糖鎖を結合し得る部位であればいずれのものも含まれるが、例えば、配列表配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるCarboxyl-terminal peptide of human chorionic gonadotropin β(ヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモンβサブユニットC-末端ペプチド、以下「CTP」とする)(配列番号3にCTPの塩基配列を示す)や、配列表配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるGlycosilation site of rainbow trout polysialoglycoprotein(ニジマスポリシアロ糖タンパク質糖鎖結合部位)の糖鎖結合部位と推定された部分等が挙げられる。本発明においては、この配列表配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる糖鎖結合部位と推定された部分をPSGPとする。配列番号4にこのPSGPの塩基配列を示す。
本発明の「糖鎖結合部位」は、これらの配列表配列番号1または2に示されたアミノ酸配列のみならず、これらの保存的修飾されたアミノ酸配列によって示される、哺乳類細胞が糖鎖を結合し得る部位であってもよい。ここで「保存的修飾されたアミノ酸配列」とは、CTPまたはPSGPのアミノ酸配列において1個またはそれ以上のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列修飾を示し、かつ正常に哺乳類型糖鎖が付加されるアミノ酸配列のことをいう。
【0014】
更に、本発明の「糖鎖結合部位を付加した魚類GTH」には、タンパク質合成の対象となる魚類GTHの塩基配列に、上記の糖鎖結合部位の塩基配列を2種類付加したり、同じ糖鎖結合部位の塩基配列を2つ以上付加したりしたものも含まれる。
【0015】
「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を合成する「哺乳類細胞」は、「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を合成し得る哺乳類細胞であればいずれの細胞も用いることができる。例えば、ヒト腎臓由来293細胞またはチャイニーズハムスター卵巣由来の細胞(CHO)等が挙げられ、これらの細胞はさらに大量培養が可能であり好ましい。
【0016】
哺乳類細胞による「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」の合成においては、従来知られているいずれのタンパク質合成方法も用いることができる。
例えば、「糖鎖結合部位を付加した魚類GTH」を組み込んだベクターをリポソーマルまたはノンリポソーマルの市販のトランスフェクション試薬を用いる方法やDEAE-デキストラン法やリン酸カルシウム沈降法等によって哺乳類細胞に導入し、この哺乳類細胞を培養することで「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を合成する方法などが挙げられる。また、動物細胞のゲノム上に魚類GTHタンパク質をコードする遺伝子を組み込んだ哺乳類細胞(ステーブルセルライン)を作製し、この細胞によって恒常的に「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を合成させる方法なども挙げられる。
この方法において使用するベクターとしては、哺乳類由来の株化細胞で発現するタンパク質発現ベクターであればいずれのものも用いることができるが、例えば、pCAGGSベクター(Niwa et al. Gene 1991)、pcDNA6/V5-Hisベクター(Invitrogen社)等を用いることが好ましい。
【0017】
本発明の「魚類の成熟誘導方法」は、魚類の性成熟を誘導する方法のことをいい、「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を用いる方法であればいずれの方法も含まれる。本発明の「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」を、性成熟の対象とする魚類に投与することで、成熟誘導を行う方法等が挙げられる。
性成熟の対象となる魚種と、「哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質」におけるGTHの由来となる魚種が同一である方が、成熟誘導の効率がよく好ましい。
【0018】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが,本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
<哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質の産生>
1.発現ベクターの構築
1−1:サンプル
愛知県水産試験場より譲渡された実験用の雌ニホンウナギを用いて、サケ脳下垂体抽出液をウナギの体重1kgあたりサケ脳下垂体アセトン乾燥品20mgの割合で、週1回投与することにより、人為催熟を施した(参考文献1、参照)。人為催熟により成熟期に達したウナギおよび未処理の未熟なウナギから脳下垂体を摘出した。また、前卵黄形成期のニジマスより卵巣を摘出し同様にサンプルとした。
[参考文献1] Ohta H., Kagawa H., Tanaka H., Okuzawa K., Iinuma N., Hirose K., Fish Physiology and Biochemistry, 17:163−169,1997
【0020】
1−2:RNAの調整
未熟および成熟雌ウナギの脳下垂体、ニジマスの前卵黄形成期の卵巣から、TRIzol試薬(Invitrogen社)を用いて全RNAをそれぞれ抽出した(参考文献2、参照)。
[参考文献2] Chomczynski P, Sacchi N., Analytical Biochemistry, 162:156−159,1987
【0021】
1−3:cDNAライブラリーの作製
ウナギ脳下垂体およびニジマス卵巣から得られた全RNAから、SuperScript II reverse transcriptase(Invitrogen社)を用いて逆転写を行い、それぞれのcDNAライブラリーを作製した。
【0022】
1−4:Polymerase chain reaction(PCR)によるcDNAの増幅および発現ベクターの構築
既に単離されている濾胞刺激ホルモンβサブユニット(以下、「FSHβ」とする:参考文献3、参照)をコードするcDNA(配列表配列番号5)を未熟脳下垂体cDNAから、黄体形成ホルモンβサブユニット(以下、「LHβ」とする)をコードするcDNA(配列表配列番号6)および糖タンパクホルモンαサブユニット(以下、「GPHα」とする:参考文献4、参照)をコードするcDNA(配列表配列番号7)をそれぞれ成熟脳下垂体cDNAから、AccuPrime Pfx DNA polymerase(Invitrogen社)を用いたPCRにより増幅した。またPCRの際に、GPHαに関してはC末端に6つのヒスチヂンからなるタグ(Hisタグ)を付加した。
【0023】
増幅されたFSHβをコードするcDNAまたはLHβcDNAをコードするcDNAと、GPHαをコードするcDNAとをそれぞれ混合して鋳型としたオーバーラッピングPCR(参考文献5、参照)により、FSHβをコードするcDNAまたはLHβcDNAをコードするcDNAの次にGPHαをコードするcDNAとなる順番で連結した一本鎖キメラcDNAを増幅した。
即ち、オーバーラッピングPCRによって、1)FSHβの配列より設計したフォワードプライマーと、これに連結したいGpHαの上流部分の配列より選択したリバースプライマーを用いてFSHβの最後にGpHαの配列が少し含まれるcDNAを増幅し、2)GpHαの前に連結したいFSHβの下流部分の配列より選択したフォワードプライマーと、GpHαの配列より設計したリバースプライマーを用いてGpHαの最初にFSHβの配列が少し含まれるcDNAを増幅し、3)これら2種のPCR産物を混合して、FSHβの配列のみ設計したフォワードプライマーとGpHαの配列のみで設計リバースプライマーを用いてPCRを行なうことにより、FSHβをコードするcDNAの次にGPHαをコードするcDNAが連結した一本鎖キメラcDNAを得た。以下、同様に、LHβcDNAをコードするcDNAの次にGPHαをコードするcDNAが連結した一本鎖キメラcDNAを得た。
これを、それぞれpCAGGSベクター(参考文献6、参照、大阪大学大学院医学系研究科の宮崎純一先生より譲受)に挿入し、魚類GTHタンパク質を発現するための発現ベクターとした。
【0024】
また市販のヒトゲノムDNA(Clontech社)からCTPをコードするcDNA断片(配列表配列番号3)を、ニジマス卵巣cDNAからはPSGP(参考文献7、参照(糖鎖結合部位))をコードするcDNA断片(配列表配列番号4)を同様にPCRにより増幅した。
得られたCTPをコードするcDNA断片またはPSGPをコードするcDNA断片を、上述のFSHβをコードするcDNAまたはLHβをコードするcDNAとGPHαをコードするcDNAとをそれぞれ混合して鋳型としたオーバーラッピングPCRにより、FSHβをコードするcDNAとCTPあるいはPSGPをコードするcDNAの次にGPHαをコードするcDNA、またはLHβをコードするcDNAとCTPあるいはPSGPをコードするcDNAの次にGPHαをコードするcDNAとなる順番で連結した一本鎖キメラcDNAを増幅した。これを、それぞれpCAGGSベクターに挿入し、哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を発現するための発現ベクターとした。
[参考文献3]
Yoshiura Y., Suetake H., Aida K., General and Comparative Endocrinology,114:121−131, 1999
[参考文献4]
Nagae M., Todo T., Gen K., Kato Y., Young G., Adachi S., Yamauchi K., Journal of Molecular Endocrinology, 16:171−181, 1996
[参考文献5]
Sugahara T., Pixley MR., Minami S., Perlas E., Ben-Menahem D., Hsueh AJW., Boime I., Proceedings of National Academic Science USA, 92:2041−2045, 1995
[参考文献6]
Niwa H., Yamamura K., Miyazaki J., Gene, 108: 193−200, 1991
[参考文献7]
Sorimachi H., Emori Y., Kawasaki H., Kitajima K.,Inoue S.,Suzuki K., Inoue Y., Journal of Biological Chemistry, 263:17678−17684, 1988
【0025】
2. 組換えGTHの発現、精製および性状解析
2−1:哺乳類細胞の培養および発現ベクターの導入
組換えGTHを発現させる細胞としてはヒト腎臓由来293F細胞(293細胞:Invitrogen社)を用いた。細胞は、37度、8%のCO2存在下、130回転毎分で、2-3x106細胞/ml-培養液になるまで懸濁培養し、適宜2-5倍に希釈することで経代を繰り返した。経代培養を5回以上行なった後、1x106細胞/mlに希釈した細胞に、FreeStyle Max Reagent(Invitrogen社)を用いて構築したウナギGTHの発現ベクターおよびウナギGTHの発現ベクターの発現活性を高めるために哺乳動物発現促進ベクターとしてpAdVantage Vector(Promega社)を導入した。遺伝子を導入した細胞を5-6日間懸濁培養した後、遠心操作により細胞と培養液に分離、得られた培養液を組換えGTHの精製のためのサンプルとした。
【0026】
2−2:組換えGTHの精製
組換えGTHを含む培養液を10kDa以下の物質を排除する限外濾過膜により濃縮し、高分子物質のみを含む濃縮培養液を調整した。得られた濃縮液は50mM NaH2PO4、300mM NaCl、10mM imidazole(pH8.0)で透析した後、Ni-NTA Agarose(Qiagen社)を用いた固相化金属アフィニティークロマトグラフィーに供し、組換えGTHを含むHisタグタンパク質を精製した。更に得られたサンプルを、50mM Phosphate Buffer Saline(PBS)、1.5M 硫酸アンモニウムで透析することにより塩析した。塩析後、析出したタンパク質を遠心分離し、得られた上清をPBSにより再度透析し、精製組換えウナギGTHとした。
【0027】
2−3:精製組換えGTHの生化学的解析
FSHβあるいはLHβとαサブユニットのみの一本鎖組換えGTH(FSHおよびLH)の生化学的解析の結果を一例として示す(図1)。先ず組換えFSHおよびLHをSodium Dodecyl Sulfate-Polyacrylamide Gel 電気泳動(SDS-PAGE)に供したのち、クマシーブリリアントブルーにより染色した(図1A)。その結果、FSH、LH共に30-35kDa程度のタンパク質が高度に精製されている事が示された。更に、独自に作製したαサブユニットまたは各βサブユニットに対する特異抗体を用いたウェスタンブロット解析を行なった。αサブユニットに対する特異抗体は、大腸菌で発現させた組換えタンパク(GpHα)を抗原として、各βサブユニットに対する特異抗体は、ショウジョウバエS2細胞で発現させた各組換えタンパク(FSHβ抗体またはLHβを抗原として、それぞれ家兎に免疫することにより作製した(参考文献8、参照)。
その結果、FSHおよびLHに共通して含まれるGPHαの抗体に対してはFSH、LH共に陽性反応を示した(図1B)のに対し、各抗β抗体を用いた場合では、それぞれ対応するGTHのみが陽性反応を示した(図1CおよびD)。以上の事から、組換えFSHおよびLHは設計通り正しく発現しており、且つ上述の方法で高度に精製される事が明らかとなった。また、CTPあるいはPSGPを各βおよびGPHαの間に挿入したFSH(FSH-CTPおよびFSH-PSGP)およびLH(LH-CTPおよびLH-PSGP)に関しても同様の解析を行なった結果、糖鎖結合配列を挿入したために分子量が5-10kDa程度大きくなるものの、同様の結果が得られた。
[参考文献8]
Kazeto Y., Kohara M., Miura T., Miura C., Yamaguchi S., Trant JM., Adachi S., Yamauchi K., Biology of Reproduction, 79:938−946, 2008
【0028】
2−4:精製組換えGTHの糖鎖解析
各種組換えGTHをSDS-PAGEに供したのち、DIG Glycan Differentiation kit(Roche Diagnostics社)を用いたレクチンブロットを行ない、付加されている糖鎖を解析した(図2)。
FSHおよびLHの糖鎖は、Sambucus nigra凝集素(SNA:下記(1)参照)およびDatura stramonium凝集素(DSA:下記(2)参照)に対し強い陽性反応を示したことから、ガラクトースあるいはN-アセチルガラクトサミンを含み、その末端にノイラミン酸が位置する糖鎖およびN-アセチルガラクトサミンを含み、その末端にガラクトースが位置する糖鎖など、哺乳類型の糖鎖を多く含むことが明らかとなった。
また、Galanthus nivalis凝集素(GNA:下記(3)参照)およびMaackia amurensis凝集素(MAA:下記(4)参照)に対しても弱いながら陽性反応を示したことから、無脊椎動物の糖タンパクに典型的なハイマンノース型の糖鎖や、ガラクトースに糖鎖の末端で結合しているノイラミン酸も存在することが示された。
また、FSH、LHともに脱ノイラミン酸処理の有無にかかわらずPeanut凝集素(PNA:下記(5)参照)に対しては陰性であることから、O-型糖鎖は含んでいないことが明らかとなった。一方、FSH-CTPおよびLH-CTPでは脱ノイラミン酸処理前はPNAに陰性であったのに対し、ノイラミン酸除去後は非常に強い陽性シグナルが検出された。このことから、挿入したCTPにN-アセチルガラクトサミンと結合しているガラクトースの末端にノイラミン酸が存在するO-型糖鎖が多量に結合していることが明らかとなった。
<参考>各凝集素の結合特異性
(1)SNA:ガラクトースあるいはN-アセチルガラクトサミンに[2-6]の位置で結合しているノイラミン酸を認識する。
(2)DSA:N-アセチルグルコサミンに[1-4]の位置で結合しているガラクトースを認識する。
(3)GNA:ハイマンノース型糖鎖(無脊椎動物の糖タンパク質に典型的)を認識する。
(4)MAA:ガラクトースに[2-3]の位置で結合しているノイラミン酸を認識する。
(5)PNA:N-アセチルガラクトサミンとこれに[1-3]の位置で結合しているガラクトース(哺乳類のO-型糖鎖の典型的な核の構造)を認識する。
【実施例2】
【0029】
<組換えGTHの生物活性の検討>
3.生体外実験系における生物活性
3−1:未熟ウナギ精巣の培養
未熟なウナギの精巣、約30mgを、ホルモン未添加(対照群)あるいは様々な濃度の各種組換えGTH(FSH、LH、FSH-CTPおよびLH-CTP)を添加した培養液、L-15、10mM Hepes、pH7.4、250μl中で、20度、18時間培養した。
【0030】
3−2:精子形成誘導ステロイド産生量の測定
培養液中の精子形成誘導ステロイド、11-ケトテストステロン(11KT)量の測定は時間分解蛍光免疫測定法で行なった。その結果、FSHで200ng/mL、LHで500ng/mL以上の濃度で11KT産生が有意に促進された。また、CTPを挿入したGTHでも有意な11KT産生の促進効果が認められ、特にLH-CTPでは20ng/mLの低濃度でも効果が認められると共に、高濃度投与群では11KT産生量は対照群に比べ最高で100倍程度に達した(図3)。
【0031】
4.生体内実験系における生物活性
4−1:未熟雄ウナギへの組換えGTHの投与
未熟雄ウナギに対して、FSH-CTPを200μg/kg-体重で週1回、8週間投与した。また、対照群として、FSH-CTPを溶解しているPBSのみの投与も行なった。
【0032】
4−2:精巣のサンプリング、生殖腺体指数の算出および精巣の組織観察
投与実験終了3日後、実験魚の体重および摘出した精巣の重量を測定、生殖腺体指数(GSI:生殖腺重量/体重)を算定した。精巣に関してはブアン氏液により固定したのち常法により組織切片を作製、光学顕微鏡により観察を行なった。その結果、対照群のGSIは約0.2であったのに対し、FSH-CTPを投与した場合、そのGSIは約4.4と非常に高い値を示した。また、組織観察の結果、対照群の精巣では増殖前の精原細胞のみが存在するのに対し、FSH-CTPを投与した個体の精巣では精子を含む様々な発達段階の生殖細胞が観察された(図4)。この結果より、遺伝子工学的手法を用いて作製した魚類自身の組換えGTHがその人為催熟に有効である事が、本発明により初めて示された。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の魚類の成熟誘導方法を用いることにより、ウナギ等の人為催熟が困難であった魚種についても、人工種苗が生産でき、完全養殖を行うことが可能となる。また、本発明の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質は、生体内寿命が延長化された効果的なホルモンであることから、魚類の成熟誘導にも有効に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
【請求項2】
糖鎖結合部位を付加した魚類GTHを哺乳類細胞によって合成することにより得られる哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
【請求項3】
糖鎖結合部位を2つ以上付加した魚類GTHを合成することにより得られる請求項2に記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
【請求項4】
糖鎖結合部位が配列表配列番号1あるいは2で示されるアミノ酸配列またはこれらのアミノ酸配列が保存的修飾された配列からなる部位である請求項1または2に記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
【請求項5】
魚類GTHがウナギ由来のGTHである請求項1〜4のいずれかに記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の哺乳類型糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を用いる魚類の成熟誘導方法。
【請求項7】
請求項6に記載の魚類の成熟誘導方法によって成熟が誘導された魚類。
【請求項8】
請求項6に記載の魚類の成熟誘導方法によって成熟が誘導されたウナギ。
【請求項9】
請求項8に記載のウナギより得られる精子または卵。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−168562(P2011−168562A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36050(P2010−36050)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度ウナギの種苗生産技術の開発委託事業のうち「ウナギの新しい人為催熟技術の開発」(産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】