説明

(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法

【課題】(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを純度よく、収率よく、簡便に、かつ工業的に製造することができる方法を提供すること。
【解決手段】(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元して反応溶液を得、次いで、得られた反応溶液に鉱酸とカリウム塩とを加えてpHを0.5〜4.0に調整し、析出物を除去して酸性溶液を得、次いで、得られた酸性溶液のpHを11.0〜12.5に調整する、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンをボラン還元して、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンは、抗鬱剤として使用される塩酸パロキセチンの有用な合成中間体である。
(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンは、例えば、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンをリチウムアルミニウムヒドリド(LAH)で還元することにより製造されることが知られている(特許文献1および2を参照)。
【0003】
しかし、LAHは高価であり、また、発火性であるために取り扱いが困難である。従って、工業的にはLAHを使用せずに還元することが望まれている。
【0004】
一方、塩酸パロキセチンの別の合成中間体である(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチル−N−メチルピペリジンは、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニル−N−メチルピペリジン−2,6−ジオンをボラン還元することにより製造されることが知られている(特許文献3を参照)。ここでは、ボランは、三フッ化ホウ素−エーテル錯体と水素化ホウ素ナトリウムとから、反応系内で生成される。
【0005】
この方法では、還元後、反応溶液を酸性にしてアミンボラン錯体を分解し、生成したホウ酸化合物(三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウム由来)を濾過し、得られた酸性の水溶液を塩基性にして有機溶媒で抽出し、有機層に貧溶媒を添加して目的生成物を結晶化させている。
【0006】
【特許文献1】特許第3446468号公報
【特許文献2】特開平10−291975号公報
【特許文献3】特表平8−507540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のホウ酸化合物は、ホウ酸、ホウ酸ナトリウム、メタホウ酸、ホウフッ化物等やこれらの加水分解物と考えられる。上記の方法を(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに適用すると、ボラン還元後、反応溶液を酸性にしてもホウ酸化合物は十分析出せずに水層部に溶解したまま残存する。この水層部を塩基性にすると、目的生成物とホウ酸化合物とが同時に析出し、抽出、濾過等の操作によっても目的生成物を純度よく単離・精製するのが困難であった。
【0008】
本発明の目的は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを、純度よく、収率よく製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を行った結果、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元した後の反応溶液に、鉱酸とカリウム塩を添加してpHをある範囲に調整し、次いで濾過後の酸性溶液のpHをある範囲に調整することにより、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを、純度よく、収率よく得られることを見出した。
【0010】
さらに、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの酸性溶液にカリウム塩が含まれることにより、グラスライニング(GL)製の反応容器の腐食が抑制されることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1](±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元して反応溶液を得、次いで、得られた反応溶液に鉱酸とカリウム塩とを加えてpHを0.5〜4.0に調整し、析出物を除去して酸性溶液を得、次いで、得られた酸性溶液のpHを11.0〜12.5に調整する、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法。
[2]カリウム塩が、塩化カリウム、臭化カリウムおよび沃化カリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記[1]に記載の製造方法。
[3]鉱酸が塩酸である、上記[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]酸性溶液のpH調整が、水を含む溶媒中に、系内のpHを11.0〜12.5に維持しながら、当該酸性溶液とアルカリとを添加することにより行われる、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の製造方法。
[5]還元が、三フッ化ホウ素−エーテル錯体の存在下、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに水素化ホウ素ナトリウムを添加することにより行われる、上記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6](±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体またはシス体−トランス体混合物を塩基で処理して、シス体をトランス体に変換し、得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを還元する、上記[1]〜[5]のいずれか1つに記載の製造方法。
【0012】
本発明はまた、以下を含む。
[7](±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元し、次いで、得られた反応液に鉱酸とカリウム塩とを加えてpHを0.5〜4.0に調整して、三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウム由来のホウ酸化合物を塩の形態で析出させて除去し、次いで、得られた酸性溶液のpHを11.0〜12.5に調整して、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを結晶化させることを特徴とする、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法。
[8]カリウム塩が、塩化カリウム、臭化カリウムおよび沃化カリウムから選択される、上記[7]に記載の製造方法。
[9]鉱酸が塩酸である、上記[7]または[8]に記載の製造方法。
[10]酸性溶液のpH調整が、水を含む溶媒中に、系内のpHを11.0〜12.5に維持しながら、当該酸性溶液とアルカリとを添加することにより行われる、上記[7]〜[9]のいずれか1つに記載の製造方法。
[11]還元が、三フッ化ホウ素−エーテル錯体の存在下、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに水素化ホウ素ナトリウムを添加することにより行われる、上記[7]〜[10]のいずれか1つに記載の製造方法。
[12](±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体またはシス体−トランス体混合物を塩基で処理して、シス体をトランス体に変換し、得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを単離することなく還元する、上記[7]〜[11]のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを純度よく、収率よく、簡便に、かつ工業的に製造することができる。得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンは、抗鬱剤として使用される塩酸パロキセチンの合成における中間体として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
まず、本発明の原料となる(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンは、種々の方法、例えば、特許文献2に記載の方法等に従って製造することができる。当該文献には、(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体が塩基で処理することによりトランス体に変換(異性化)されることが開示されている。
【0015】
即ち、(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体またはシス体−トランス体混合物を原料とし、これを塩基にて処理することにより、そのトランス体が製造される。この異性化反応は、通常有機溶媒中で行われる。ここで、有機溶媒や塩基の種類や量、その他の反応条件は適宜選択することができる。
【0016】
例えば、塩基としては、ナトリウムメトキシド等の炭素数1〜6のアルカリ金属アルコキシド等が挙げられる。塩基の使用量は、上記シス体またはシス体−トランス体混合物1モルに対して、通常0.01〜0.1モル、好ましくは0.01〜0.03モル、より好ましくは0.02〜0.03モルである。
【0017】
有機溶媒としては、例えば、トルエン、キシレン、ベンゼン等の芳香族炭化水素溶媒;ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素溶媒等が挙げられるが、後の反応処理操作を鑑みて、芳香族炭化水素溶媒が好ましい。有機溶媒の使用量は、上記シス体またはシス体−トランス体混合物1モルに対して、通常0.5〜2.5L、好ましくは0.5〜1.0Lである。
【0018】
異性化反応は、(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体またはシス体−トランス体混合物を、有機溶媒中、通常40℃以上、好ましくは60〜114℃に加熱後、塩基を加え、通常80〜114℃、好ましくは96〜114℃で、通常0.5〜48時間、好ましくは1〜2時間加熱することにより行われる。なお、塩基は、室温下で加えてもよい。
【0019】
異性化反応後、反応溶液を冷却するが、この冷却は、1分間に、好ましくは2℃以下、より好ましくは1℃以下で徐冷することにより行うのがよい。通常、溶液の温度が10〜96℃まで下がるとトランス体が晶析し始め、0〜10℃で晶析が完了する。冷却は、反応溶液が室温になるまで放冷し、その後は氷冷することによって行うのがよい。
【0020】
また、トランス体の晶析は、反応溶液の冷却と加熱とを繰り返すスイング冷却によって実施してもよく、これによって、反応溶液のスラリー性をさらに向上させることができる。スイング冷却は、例えば、まず、反応溶液を96〜98℃で30分程度攪拌した後、約80℃まで1時間あたり約5℃の冷却速度で冷却する。次いで、約80℃で30分程度攪拌した後、約90℃に昇温し、同温で30分程度攪拌する。次いで、約40℃まで1時間あたり約8℃の冷却速度で冷却する。次いで、約40℃で30分程度攪拌した後、約60℃に昇温し、同温で30分程度攪拌する。次いで、2℃まで1時間あたり約10℃の冷却速度で冷却する、ことなどによって実施することができる。
【0021】
なお、上記異性化反応によって得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンは、必要に応じて、濾過することによって単離・精製することができるが、反応混合物をそのまま次の還元反応に供するのが簡便であり、好ましい。
【0022】
次いで、このようにして得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元することにより、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンが製造される。ここで、三フッ化ホウ素−エーテル錯体と水素化ホウ素ナトリウムにより、系内でボランが生成し、これが還元剤となる。この三フッ化ホウ素−エーテル錯体と水素化ホウ素ナトリウムによる還元は、LAHとは異なり、安価で、また、取り扱いが安全である。
【0023】
本発明で使用される三フッ化ホウ素−エーテル錯体としては、三フッ化ホウ素−テトラヒドロフラン(THF)錯体、三フッ化ホウ素−ジメチルエーテル錯体、三フッ化ホウ素−ジエチルエーテル錯体、三フッ化ホウ素−ジブチルエーテル錯体等が挙げられ、中でも、取り扱いの容易さ、経済性等の点から、三フッ化ホウ素−THF錯体が好ましい。三フッ化ホウ素−エーテル錯体の使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対し、通常2.67〜4.0倍モル、好ましくは3.16〜3.5倍モルである。三フッ化ホウ素−エーテル錯体の使用量が2.67倍モル未満であると、還元反応速度が低下し、逆に、4.0倍モルを超えると、経済的に不利である。
【0024】
本発明で使用される水素化ホウ素ナトリウムの形態は、特に限定されるものではなく、例えば、粉末状、カプレットタイプ等の形態であり得る。水素化ホウ素ナトリウムの使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対し、通常2.0〜3.0倍モル、好ましくは2.37〜2.63倍モルである。水素化ホウ素ナトリウムの使用量が2.0倍モル未満であると、還元反応速度が低下し、逆に、3.0倍モルを超えると、経済的に不利であり、また、過剰の水素化ホウ素ナトリウムにより、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのトランス体の一部が経時的にシス体へ異性化する。
【0025】
還元反応は、通常、有機溶媒中で行われる。有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、t−ブチルメチルエーテル(MTBE)、ジオキサン、ジエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル溶媒;トルエン、シクロヘキサン、ヘプタン、ヘキサン等の炭化水素溶媒;およびこれらの混合溶媒が挙げられ、中でも、取り扱いの容易さの点から、THFが好ましい。有機溶媒の使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対して、通常1.2〜2.0L、好ましくは1.3〜1.8Lである。なお、上記したように、(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンの異性化反応後、単離・精製することなく反応混合物をそのまま当該還元反応に供した場合には、当該反応混合物(異性化反応で使用した溶媒を含む)に上記の有機溶媒が追加される。
【0026】
還元反応は、三フッ化ホウ素−エーテル錯体の存在下、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに水素化ホウ素ナトリウムを添加することにより行うのが好ましい。(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンと水素化ホウ素ナトリウムとの混合物中に三フッ化ホウ素−エーテル錯体を添加すると、水素化ホウ素ナトリウムのアルカリにより、当該トランス体の一部が経時的にシス体へ異性化する虞がある。還元反応は、例えば、まず、使用する三フッ化ホウ素−エーテル錯体の約1重量%の量を(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに添加し、その後、水素化ホウ素ナトリウムと残りの三フッ化ホウ素−エーテル錯体とをそれぞれ添加すること、などによって実施される。なお、水素化ホウ素ナトリウムおよび三フッ化ホウ素−エーテル錯体は、通常0〜70℃、好ましくは20〜50℃で添加される。
【0027】
還元反応の温度は、通常20〜80℃、好ましくは30〜55℃である。
還元反応の時間は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン、三フッ化ホウ素−エーテル錯体、水素化ホウ素ナトリウムおよび有機溶媒の使用量や、三フッ化ホウ素−エーテル錯体および有機溶媒の種類等にもよるが、通常1〜18時間、好ましくは2〜10時間である。
【0028】
次いで、低級アルコールを添加する。低級アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどが挙げられ、後処理の観点よりメタノールが好ましい。低級アルコールの使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対して、0.1〜1モルでよい。低級アルコールの添加は、滴下により行うことが好ましい。低級アルコールの添加の温度は、0〜10℃が好ましい。
【0029】
上記の還元反応後、反応溶液に鉱酸とカリウム塩とを加えて、三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウム由来のホウ酸化合物の大半を塩の形態で析出物として析出させて除去する。
【0030】
この鉱酸およびカリウム塩の添加は、反応溶液のpHが0.5〜4.0、好ましくは0.5〜2.3、より好ましくは1.0〜2.0となるように行われる。
【0031】
本発明で使用される鉱酸としては、例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸等が挙げられ、中でも、経済性の観点から、塩酸が好ましい。塩酸の場合、その使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対して、好ましくは1.0〜1.3モル、より好ましくは1.05〜1.1モルである。塩酸の使用量が1.0モル未満であると、目的生成物の水への溶解度が低下し、逆に、1.3モルを超えると、塩酸とカリウム塩による処理に用いる容器の腐食が早くなる。なお、鉱酸は水溶液の形態で使用するのが好ましく、例えば、塩酸の場合、その濃度は、好ましくは1〜36重量%、より好ましくは2〜5重量%である。
【0032】
本発明で使用されるカリウム塩としては、例えば、塩化カリウム、臭化カリウム、沃化カリウム等が挙げられる。これらカリウム塩は、単独で使用してもよく、あるいは2種以上を組み合わせて使用してもよい。中でも、経済性の点から、塩化カリウムが好ましい。カリウム塩の使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対して、好ましくは2〜5モル、より好ましくは3〜4モルあるいは2〜3モルである。カリウム塩の使用量が2モル未満であると、ホウ酸化合物の塩が析出せず、後述する結晶化(晶析)時の水への無機塩溶解量に対する負荷が高くなる。逆に、5モルを超えると、過剰のカリウム塩により、後述する結晶化(晶析)時の水への無機塩溶解量に対する負荷が高くなる。なお、カリウム塩は水溶液の形態で使用するのが好ましく、その濃度は、好ましくは5〜25重量%、より好ましくは12〜18重量%である。
【0033】
カリウム塩を添加することにより、グラスライニング(GL)製の反応容器の腐食を顕著に抑制することが可能となる。
【0034】
鉱酸とカリウム塩による処理は、例えば、次のように行われる。まず、還元後の反応溶液を鉱酸(好ましくは水溶液)に添加するか、あるいは反応溶液に鉱酸(好ましくは水溶液)を添加して、過剰のボラン(三フッ化ホウ素−エーテル錯体と水素化ホウ素ナトリウムとの反応により生成する)をクエンチする。このクエンチは、ボランが消失するまで行うが、好ましくは1〜10時間、より好ましくは3〜7時間である。
【0035】
次いで、クエンチした反応溶液にカリウム塩(好ましくは水溶液)を添加して、ホウ酸化合物を塩の形態で析出させる。あるいは、クエンチする際に、カリウム塩を添加した鉱酸水溶液を用いてもよい。
【0036】
この鉱酸およびカリウム塩の添加は、好ましくは0℃〜50℃、より好ましくは10〜40℃で行う。
【0037】
次いで、必要により、反応溶液中の有機溶媒を留去する。この有機溶媒がトルエン/THF混合溶媒である場合、約68℃に加熱することにより、トルエン/THF混合溶媒が水と共沸し、約96℃でほぼ全てのトルエン/THF混合溶媒を留去することができる。
【0038】
なお、有機溶媒の留去は、減圧下で実施してもよく、これにより留去温度を低下させることができる。この場合、グラスライニング(GL)製の反応容器の腐食をより顕著に抑制することができる。
【0039】
その後、好ましくは2〜25℃/時間、より好ましくは10〜15℃/時間の速度で5℃付近まで冷却し、好ましくは0〜5℃、より好ましくは0〜2℃で約1夜攪拌することにより、ホウ酸化合物の大半を塩の形態で析出させることができる。次いで、析出したホウ酸化合物の塩を濾過し、洗浄する。濾過は好ましくは0〜5℃、より好ましくは0〜2℃で行なう。洗浄には、水を使用するのが好ましいが、上記の処理で用いた鉱酸およびカリウム塩(それぞれ、用いた量の1〜2重量%)を含有する水で洗浄することがより好ましい。洗浄水の使用量は、通常、原料である(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン100gに対して、好ましくは100〜300g、より好ましくは150〜250gである。
【0040】
濾過により得られた酸性溶液には、未だ若干のホウ酸化合物(塩の形態を含む)が残存している。本発明では、この酸性溶液のpHを11.0〜12.5、好ましくは11.5〜12.0に調整して、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを結晶化(晶析)させて、残存するホウ酸化合物から分離する。pHが11.0未満であると、目的生成物が結晶化(晶析)せずに酸性溶液中に溶解したままであり、逆に、12.5を超えると、目的生成物と共に不純物(ホウ酸化合物、有機不純物など)が結晶化(晶析)し、得られる目的生成物(結晶)の純度が低下する。
【0041】
この結晶化(晶析)は、アルカリを用いて行うのが好ましい。アルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム等が挙げられ、中でも、経済性の点から、水酸化ナトリウムが好ましい。アルカリの使用量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン1モルに対して、好ましくは1〜3モル、より好ましくは1.2〜2.2モルである。アルカリの使用量が1モル未満であると、酸性溶液のpHが上記範囲を下回り、逆に、3モルを超えると、酸性溶液のpHが上記範囲を上回る。なお、結晶化(晶析)を促進させる点から、アルカリは水溶液の形態で使用するのが好ましく、その濃度は、好ましくは1〜48重量%、より好ましくは14〜35重量%である。
【0042】
アルカリによるpH調整は、例えば、以下のように行うことが好ましい。
まず、水を晶析用容器に加える。水の量は、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン100gに対して、好ましくは100〜350g、より好ましくは150〜300gである。また、トルエン等の有機溶媒を加えてもよく、その量は、好ましくは水と同容量以下で、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オン100gに対して、150〜250mlである。次に、この晶析用容器に、系内のpHを11.0〜12.5の範囲に維持しながら、酸性溶液とアルカリ(好ましくは水溶液)を添加する。この添加は、好ましくは5〜35℃、より好ましくは10〜30℃で行われる。
【0043】
酸性溶液とアルカリ(好ましくは水溶液)の添加方法は、系内のpHが11.0〜12.5の範囲に維持される限り、特に限定されないが、少量ずつ分割して添加することが好ましく、滴下が特に好ましい。また、酸性溶液とアルカリ(好ましくは水溶液)の添加は、同時でも交互でもよいが、同時が好ましい。添加は、酸性溶液とアルカリ(好ましくは水溶液)がそれぞれ、連続的であっても断続的であってもよいが、断続的が好ましい。
【0044】
また、酸性溶液とアルカリの添加の途中で種結晶を少量加えてもよく、酸性溶液の5〜10重量%を添加した時点で加えるのがよい。
【0045】
添加完了後は、熟成し、結晶化(晶析)を完了させる。熟成は、通常5〜35℃、好ましくは10〜30℃で、通常1〜12時間、好ましくは1〜6時間行われる。あるいは、この熟成は、温度を上下させる所謂温度スイング法により実施することができ、これによって、濾過性がより良好な粒状の結晶を得ることができる。温度スイング法は、例えば、上記でアルカリを添加した酸性溶液を10℃付近に冷却後、48℃程度に昇温し、その後約10℃に冷却する、ことなどにより実施することができる。析出した結晶を濾取し、トルエン等の有機溶媒または水で洗浄し、乾燥する。
【0046】
このようにして得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンには、ホウ酸化合物がほとんど含まれず、純度が高く(好ましくは98〜100%、特に好ましくは99〜100%)、また、収率も高い(好ましくは88〜97%、特に好ましくは90〜97%)。
【0047】
なお、濾過液には、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンが理論収量の5重量%程度残存する場合がある。この場合、苛性アルカリで濾過液のpHを12〜13に調整し、有機層(トルエン層)に(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを抽出して分液し、得られる有機層に水と塩酸とを加えて分液し、水層を単離することによって、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジン塩酸塩を水溶液として回収して再使用することができる。
【0048】
また、上記の一連の処理による、ホウ酸化合物からの(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの分離は、簡便な方法であり、工業的製造に非常に適している。
【0049】
従って、このような(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法は、抗鬱剤である塩酸パロキセチンの合成に、非常に有用なものとなる。
【0050】
本発明によれば、安価な三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを還元剤として用いて、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを、純度よく、収率よく製造することができる。また、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの酸性溶液にカリウム塩が含まれることにより、グラスライニング(GL)製の反応容器の腐食を抑制することが可能となる。
【実施例】
【0051】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではないことは言うまでもない。
【0052】
なお、(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物は、特許文献2に記載の方法に従って製造した。また、HPLC分析の条件は以下の通りである。
(HPLC条件)
検出器:UV 210nm
カラム:TSK−GEL ODS−80TM(4.6mmφ×15cm)
カラム温度:40℃
移動相:12mM 1−ヘプタンスルホン酸ナトリウム、32mM KHPO/燐酸バッファー、pH3.0/アセトニトリル=80/20
流量:1mL/min
【0053】
グラスライニング(GL)製の反応容器の腐食は以下の条件で測定した。
約4モルスケールの(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物の反応溶液を使用し、反応溶液(液相部)中にGL製品メーカーから入手したテストピース(予め重量を測定したもの)を設置、攪拌し、一定時間後に洗浄、乾燥してテストピースの重量を測定し、その重量減(mg)を算出した。
年間腐食率は、以下の式により求めた。
年間腐食率(mm/年)=1.59×重量減(mg)/テスト時間(h)
【0054】
実施例1
窒素雰囲気下、コルベンにトルエン200mlと(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物100g(0.398モル)とを加え、約100℃に加熱した。この溶液にナトリウムメトキシド0.43g(8ミリモル)を加えて30分間加熱還流した。96℃まで冷却し、反応溶液の一部を採取し、窒素通気または加熱乾燥してトルエンを留去し、得られた種結晶を反応溶液に接種した。96℃で1時間熟成し、約1時間かけて80℃まで冷却した。80℃で1時間熟成した後、約10℃/時間の速度で20℃まで冷却した。約20℃で1夜攪拌し、次いで加温して、40℃で1時間攪拌した。4時間かけて2℃まで冷却し、1時間攪拌した。析出した結晶の一部を採取して、シス体がトランス体に異性化したことをHPLC分析によって確認した。
【0055】
上記で得た反応溶液に、2℃で三フッ化ホウ素−THF錯体1.66g(0.012モル)を加えた後、THF300mlを加えた。さらに約20℃で三フッ化ホウ素−THF錯体185.53g(1.321モル)を滴下した。次いで、水素化ホウ素ナトリウム37.64g(0.995モル)のTHF(100ml)懸濁液を35℃で6時間かけて滴下した。74℃に加熱し、3時間攪拌した。反応溶液を約10℃に冷却し、メタノール3.83gを30分かけて滴下した。
【0056】
別のコルベンに水406g、35重量%塩酸44.09g(0.423モル)および塩化カリウム79.05g(1.060モル)を加えて混合し、7.9g(1.5重量%分)を抜き取った。残りの溶液に先の反応溶液を25℃で2時間かけて加えてpHを1.5とした。内温が96℃になるまで加熱して、メタノール、THFおよびトルエンを留去した。次いで、6時間かけて5℃まで冷却し、0〜5℃で一夜攪拌後、濾過した。先に抜き取った塩酸および塩化カリウムの水溶液に水を加えて200gとした水溶液で濾過残渣を洗浄した(濾過残渣を乾燥すると177gあった)。
【0057】
さらに別のコルベンに300mlの水と200mlのトルエンとを仕込み、pHを11.2〜11.5に維持しながら、濾液((±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸酸性溶液)と30重量%の水酸化ナトリウム水溶液106g(0.795モル)とを12℃で同時滴下した。この滴下の間、それぞれの溶液を約10重量%加えた時点で、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの種結晶を約1mg加えた。なお、滴下に要した時間は6.5時間であった。滴下完了後、約10℃で3時間攪拌し、析出した結晶を濾取し、トルエン100ml、次いで水100mlで2回洗浄した。減圧下、80℃で乾燥し、77.8gの結晶を得た。収率は93.4%であった。HPLC純度:99.7%。
【0058】
実施例2
窒素雰囲気下、反応容器にトルエン160mlと(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物80g(0.318モル)とを加え、111℃に加熱し、トルエン20mlを留去した。トルエン20mlを追加し、この溶液にナトリウムメトキシド0.34g(6.3ミリモル)を加えて30分間加熱還流した。反応溶液を97℃まで冷却し、この反応溶液の一部を採取し、加熱乾燥してトルエンを留去し、得られた結晶10mgを種結晶として反応溶液に接種した。96〜97℃で30分間熟成し、約2時間かけて80℃まで冷却した。80℃で30分間保温後、90℃まで加熱し、同温度で30分間熟成した。次いで40℃まで5時間かけて冷却した。さらに60℃まで加熱し、30分間保温した後、2℃まで6時間かけて冷却した。析出した結晶の一部を採取して、シス体からトランス体への異性化率が99.5%であることをHPLC分析によって確認した。
【0059】
上記で得た反応溶液に、2℃で三フッ化ホウ素−THF錯体1.3g(0.0094モル)を加えた後、30℃に加温し、THF240mlを加えた。さらに、32〜35℃で三フッ化ホウ素−THF錯体147g(1.047モル)と水素化ホウ素ナトリウム30.1g(0.796モル)のTHF(80ml)懸濁液とをそれぞれ併注滴下した(滴下時間3時間)。30分攪拌後、70℃に加熱し、70〜74℃で3時間攪拌した。反応溶液を10℃に冷却し、メタノール3.1gを滴下した。
【0060】
別の反応容器に水325ml、35重量%塩酸35.4g(0.400モル)及び塩化カリウム63.3g(0.849モル)を加えて混合し、6.4g(1.5重量%分)を抜き取った。残りの溶液に先のメタノールを加えた反応溶液を約20℃で50分かけて滴下した(得られた溶液を水解液という)。トルエン20mlで先のメタノールを加えた反応溶液が入っていた容器を洗浄し、この洗液を水解液に加えた。この水解液を55℃まで加熱して30分間保温後、80℃まで加熱して溶媒を留去した。次いで、75〜83℃、減圧度53.3〜73.3kPaで濃縮した(全留去量755ml)。得られた濃縮物に水80mlを加え、80℃で30分間保温した。次いで、3時間かけて5℃まで冷却し、2〜5℃で30分攪拌後、濾過した。水154mlと先に抜き取った塩酸および塩化カリウムの水溶液6.4gとを混合した溶液で濾過残渣を洗浄し、得られた洗液を濾過液と混合して、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液を得た。
【0061】
さらに別の反応容器に水216mlおよびトルエン160mlを仕込み、この溶液に20〜21℃で、上記で得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液42g分と26重量%水酸化ナトリウム水溶液3mlとを、系内のpHを11.2〜12.5に保ちながら、併注した。併注に要した時間は30分間であった。併注後、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの種結晶10mgを加え、30分間攪拌した。その後、20〜22℃で、残りの(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液557gと26重量%水酸化ナトリウム水溶液43mlとを、上記と同様に系内のpHを11.2〜12.5に保ちながら、併注した。併注に要した時間は3時間であった。併注完了後、約20℃で1時間攪拌し、析出結晶を濾取し、4〜5℃に冷却したトルエン80ml、次いで水80mlで3回洗浄し、湿結晶を得た。この湿結晶を減圧下、40〜80℃で乾燥し、58.95gの結晶を得た。収率は88.5%であった。HPLC純度は99.7%であった。
【0062】
実施例3
窒素雰囲気下、反応容器にトルエン530gと(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物306g(1.22モル)とを加え、110℃に加熱した。この溶液にナトリウムメトキシド0.7g(13ミリモル)を加えて30分間加熱還流した。97℃まで冷却し、反応溶液の一部を採取し、加熱乾燥してトルエンを留去し、得られた種結晶を反応溶液に接種した。97〜98℃で30分間熟成し、約2時間かけて80℃まで冷却した。80℃で30分間保温後、90℃まで加熱し、同温度で30分間熟成した。次いで2℃まで8時間かけて冷却した。析出した結晶の一部を採取して、シス体からトランス体への異性化率が99%であることをHPLC分析によって確認した。
【0063】
上記で得た反応溶液に、0〜10℃で三フッ化ホウ素−THF錯体5g(0.036モル)を加えた後、THF816gを加えた。さらに、30〜40℃で三フッ化ホウ素−THF錯体562g(4.00モル)と水素化ホウ素ナトリウム115g(3.04モル)のTHF(272g)懸濁液とをそれぞれ併注滴下した(滴下時間3時間)。30分攪拌後、70℃に加熱し、70〜74℃で3時間攪拌した。反応溶液を10℃に冷却し、メタノール12gを滴下した。
【0064】
別の反応容器に水1224g、35重量%塩酸133g(1.28モル)及び塩化カリウム238g(3.19モル)を加えて混合し、先のメタノールを加えた反応溶液を10〜20℃で1時間かけて滴下した(得られた溶液を水解液という)。トルエン60mlで先のメタノールを加えた反応溶液が入っていた容器を洗浄し、この洗液を水解液に加えた。この水解液を55℃まで加熱して30分間保温後、80℃まで加熱して溶媒を留去した。次いで、83℃、減圧度56kPaで濃縮した(全留去量2300ml)。得られた濃縮物に水306gを加え、80℃で30分間保温した。次いで、4時間かけて5℃まで冷却し、0〜5℃で30分攪拌後、濾過した。水588gと塩化カリウム4g(0.0536モル)と35%重量塩酸4g(0.0384モル)とを混合した溶液で濾過残渣を洗浄し、得られた洗液を濾過液と混合した。これにより、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液2350gを濃度10.4重量%で得た。
【0065】
得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液を分割し、それぞれを以下の方法で晶析した。
【0066】
1)反応容器に水275mlおよびトルエン204mlを仕込み、この溶液に20℃で、上記で得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液40gと26重量%水酸化ナトリウム水溶液12gとを、系内のpHを12に保ちながら、併注した。併注に要した時間は30分間であった。併注後、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの種結晶0.05gを加え、30分間攪拌した。その後、20℃で、さらなる(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液(743g)と26重量%水酸化ナトリウム水溶液125gとを、上記と同様に系内のpHを12に保ちながら、併注した。併注に要した時間は3時間であった。併注完了後、20℃で1時間攪拌し、析出結晶を濾取し、5℃に冷却したトルエン102ml、次いで水102mlで3回洗浄した。得られた湿結晶の固形分率は57%であり、HPLC分析によれば、この湿結晶には(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンとトルエンとが1:0.25の重量比で含まれていた。この湿結晶のXRDは、乾燥後とは異なるパターンを示し、種々の機器分析より、この湿結晶は、トルエンが溶媒和した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶であると考えられる。この湿結晶を減圧下、40〜80℃で乾燥し、77.6gの結晶を得た。収率は91.3%であった。HPLC純度は99.7%であった。
【0067】
2)反応容器に水275mlおよびトルエン204mlを仕込み、この溶液に20℃で、上記で得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液40gと26重量%水酸化ナトリウム水溶液13gとを、系内のpHを12に保ちながら、併注した。併注に要した時間は30分間であった。併注後、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの種結晶0.05gを加え、30分間攪拌した。その後、20℃で、さらなる(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの塩酸水溶液(743g)と26重量%水酸化ナトリウム水溶液130gとを、上記と同様に系内のpHを12に保ちながら、併注した。併注に要した時間は3時間であった。併注完了後、系内のpHが11.5〜12に保たれるように26重量%水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、48℃まで昇温した。10℃に冷却後、析出結晶を濾取し、5℃に冷却したトルエン102ml、次いで水102mlで3回洗浄した。得られた湿結晶の固形分率は82%であり、HPLC分析によれば、この湿結晶に含まれる(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンとトルエンとの重量比は、1:0.04であった。この湿結晶を減圧下、40〜80℃で乾燥し、79.1gの結晶を得た。収率は93.1%であった。HPLC純度は99.8%であった。
得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶は、晶析において温度スイング法を用いたことにより、図7の顕微鏡写真から分かるように、アスペクト比(縦/横比)が約1である立方形の結晶であり、濾過性および純度が優れている。
【0068】
実施例4
(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体−トランス体混合物1061kgを用い、実施例2と同様の条件で反応させ、析出結晶を濾取、洗浄、乾燥して(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶を得る。さらに、濾過液と洗液とを合一し、攪拌しつつ26重量%水酸化ナトリウム水溶液410kgを加えてpHを12.3とし、トルエン層を分液する。分液後の水層に更にトルエン1061Lを加え、分液抽出し、先に得られたトルエン層と合わせる。得られるトルエン層には、理論収量の5重量%相当の(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンが含まれている。このトルエン層に水を531kg加え、35重量%塩酸にてpHを7.5として分液し、水層を単離することによって、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジン塩酸塩を水溶液として回収することができる。
【0069】
グラスライニング(GL)腐食速度の測定
実施例1と同様の条件で得られた反応溶液を使用して96℃で24時間テストしたGLテストピースについて、年間腐食率は0.19mm/年であった。
塩化カリウムを使用しなかったこと以外は実施例1と同様の条件で得られた反応溶液を使用して96℃で24時間テストしたGLテストピースについて、年間腐食率は1.52mm/年であった。
実施例3と同様の条件で得られた反応溶液を使用して78〜83℃で15日間テストした(但し、反応溶液は5日ごとに入れ替えた)GLテストピースについて、年間腐食率は0.04mm/年であった。
以上のことから、塩化カリウムの使用によりGL腐食を顕著に抑制することができたことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の製造方法によれば、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンを純度よく、収率よく、簡便に、かつ工業的に製造することができる。得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンは、抗鬱剤として使用される塩酸パロキセチンの合成における中間体として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1は、特開2001−114764の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶のXRDパターンである。
【図2】図2は、実施例2と同様の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶のXRDパターンである。
【図3】図3は、実施例1と同様の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの、トルエン次いで水で洗浄して得られた乾燥前の結晶のXRDパターンである。
【図4】図4は、実施例1と同様の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの、トルエン次いで水で洗浄して得られた乾燥前の結晶の顕微鏡写真である。
【図5】図5は、実施例1と同様の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶の顕微鏡写真である。
【図6】図6は、特開2001−114764の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶の顕微鏡写真である。
【図7】図7は、実施例3の2)と同様の方法により製造した(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの結晶の顕微鏡写真である。
【図8】図8は、図4〜図7の顕微鏡写真に対応する0.1mmスケールである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを三フッ化ホウ素−エーテル錯体および水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元して反応溶液を得、次いで、得られた反応溶液に鉱酸とカリウム塩とを加えてpHを0.5〜4.0に調整し、析出物を除去して酸性溶液を得、次いで、得られた酸性溶液のpHを11.0〜12.5に調整する、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシメチルピペリジンの製造方法。
【請求項2】
カリウム塩が、塩化カリウム、臭化カリウムおよび沃化カリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
鉱酸が塩酸である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
酸性溶液のpH調整が、水を含む溶媒中に、系内のpHを11.0〜12.5に維持しながら、当該酸性溶液とアルカリとを添加することにより行われる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
還元が、三フッ化ホウ素−エーテル錯体の存在下、(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンに水素化ホウ素ナトリウムを添加することにより行われる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
(±)−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンのシス体またはシス体−トランス体混合物を塩基で処理して、シス体をトランス体に変換し、得られた(±)−トランス−4−(4−フルオロフェニル)−3−メトキシカルボニルピペリジン−6−オンを還元する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−50345(P2008−50345A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−187985(P2007−187985)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】