説明

2−ブタノールの製造方法及び2−ブタノール生産能を有する組換え微生物

【課題】発酵プロセスを利用して優れた生産性で2-ブタノールを製造する。
【解決手段】アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子と、アセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する一群の酵素をコードする遺伝子群(2-プロパノール合成関連遺伝子群)とを導入した組換え微生物を培養することで培地に2-プロパノールのみならず2-ブタノールを高生産する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2-ブタノール(Sec-ブチルアルコール)生合成に関連する遺伝子群が組み込まれたブタノール生産能を有する組換え微生物を利用したブタノール製造方法及び組換え微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の枯渇、地球レベルの炭酸ガス発生量の削減が叫ばれており、今後、石油価格の高騰が予想され、石油代替材料の開発が求められている。例えば、太陽エネルギーにより水と炭酸ガスから植物が作り出したバイオマス、糖、澱粉、油脂、タンパク等をバイオコンバージョンし、石油代替材料として利用する試みが実用化されている。一例として、石油を使用するプラスチックの代替物質として、植物由来のポリ乳酸やポリブチレンサクシネートを生産する技術開発が取り組まれている。また、米国・ブラジル等では糖、澱粉などからエタノールを発酵生産し、石油から精製される自動車燃料にブレンドして用いることも行われている。
【0003】
また、燃料と樹脂原料のどちらにも使える重要な化合物として2-ブタノールがある。2-ブタノールは、オクタン価の高い自動車燃料、プロピレン等の樹脂の原料として重要な物質である。従来、2-ブタノールは、石油を原料として合成されていたが、石油の枯渇、大気中へのCO2量の増加の問題から発酵プロセスを利用して合成することが望まれている。
【0004】
これまで、特許文献1には、カルボニルレダクターゼを利用して2-ブタノンから2-ブタノールを合成する方法が開示されている。また、特許文献2には、発酵プロセスにより2,3-ブタンジオールを合成し、その後、2,3-ブタンジオールを化学変換することで2-ブタノールを合成する方法が開示されている。さらに、特許文献3には、2,3-ブタンジオールを経由して発酵プロセスにより2-ブタノールを直接合成する方法が開示されている。
【0005】
ところが、特許文献1に開示された方法では、ケトン類が同時に生成してしまうため高純度の2-ブタノールを得ることはできない。また、特許文献1に開示されたカルボニルレダクターゼの酵素反応においては、量産が困難で非常に高価であるNADHが必要となる。反応系に2級アルコールを添加してその酸化反応によって生じるNADHを利用することもできるが、目的産物である2-ブタノール以外のアルコール、さらには当該アルコールの酸化物が混入するといった問題もある。
【0006】
また、特許文献2に開示された方法では、反応系に白金やルビジウム等の希少金属を含む触媒を高濃度(例えば5重量%)で必要とする上、反応全体に水素化触媒及び酸触媒が必要となる。また、特許文献2に開示された方法では、2-ブタノールへの化学返還効率が高くても70%程度であり生産性が低いといった問題がある。
【0007】
さらに、特許文献3に開示された方法では、解糖系で生成したピルビン酸2分子より合成されたアセト乳酸がアセトイン、2,3-ブタンジオール、2-ブタノンを経由して2-ブタノールに変換される経路であり、多くの反応ステップを経由しており、生産性が悪いといった問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】US 20070265477
【特許文献2】WO 2008/098227
【特許文献3】WO 2008/137403
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、上述したような実情に鑑み、発酵プロセスを利用して優れた生産性で2-ブタノールを製造する方法を提供するとともに、2-ブタノール生産能に優れた組換え微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子と、アセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する一群の酵素をコードする遺伝子群(2-プロパノール合成関連遺伝子群)とを導入した組換え微生物を培養したところ、驚くべき事に2-プロパノールのみならず2-ブタノールを高生産することを見いだし、本発明を完成するに至った。本発明は以下を包含する。
【0011】
(1) アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子、及びアセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する代謝経路に関連する2-プロパノール生合成関連遺伝子群が導入された組換え微生物を培養し、培養物から2-ブタノールを取得することを特徴とする2-ブタノールの製造方法。
(2) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、2分子のアセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換する反応を触媒する酵素をコードすることを特徴とする(1)記載の2-ブタノールの製造方法。
(3) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のチオラーゼ遺伝子(thlA遺伝子)であることを特徴とする(2)記載の2-ブタノールの製造方法。
(4) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号2記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号2のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、2分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする(3)記載の2-ブタノールの製造方法。
(5) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、アセチルCoAとマロニルCoAとをアセトアセチルCoAに変換する反応を触媒する酵素をコードすることを特徴とする(1)記載の2-ブタノールの製造方法。
(6) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、Streptomyces属の微生物由来の遺伝子(orfN遺伝子)であることを特徴とする(5)記載の2-ブタノールの製造方法。
(7) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号1記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号1のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする(6)記載の2-ブタノールの製造方法。
(8) 2-プロパノール生合成関連遺伝子群は、アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子、アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子及びイソプロパノール脱水素酵素遺伝子からなる群のなかから選ばれる遺伝子であり、上記組換え微生物は、これら2-プロパノール生合成関連遺伝子群の遺伝子のうち内在しない遺伝子が導入されたものであることを特徴とする(1)記載の2-ブタノールの製造方法。
(9) アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子及びctfB遺伝子であることを特徴とする(8)記載の2-ブタノールの製造方法。
(10) アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のadc遺伝子であることを特徴とする(8)又は(9)記載の2-ブタノールの製造方法。
【0012】
(11) イソプロパノール脱水素酵素遺伝子は、Clostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子であることを特徴とする(8)乃至(10)いずれかに記載の2-ブタノールの製造方法。
(12) 上記組換え微生物は、大腸菌を宿主とした組換え微生物であることを特徴とする(1)記載の2-ブタノールの製造方法。
(13) 上記大腸菌はK株であることを特徴とする(12)記載の2-ブタノールの製造方法。
(14) Streptomyces属の微生物由来のアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子(orfN遺伝子)、及びアセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する代謝経路に関連する2-プロパノール生合成関連遺伝子群が導入された組換え微生物。
(15) 上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号1記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号1のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする(14)記載の組換え微生物。
(16) 2-プロパノール生合成関連遺伝子群は、アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子、アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子及びイソプロパノール脱水素酵素遺伝子からなる群のなかから選ばれる遺伝子であり、これら2-プロパノール生合成関連遺伝子群の遺伝子のうち内在しない遺伝子が導入されたものであることを特徴とする(14)記載の組換え微生物。
(17) アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子及びctfB遺伝子であることを特徴とする(16)記載の組換え微生物。
(18) アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のadc遺伝子であることを特徴とする(16)又は(17)記載の組換え微生物。
(19) イソプロパノール脱水素酵素遺伝子は、Clostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子であることを特徴とする(16)乃至(17)いずれかに記載の組換え微生物。
(20) 上記組換え微生物は、大腸菌を宿主とした組換え微生物であることを特徴とする(14)記載の組換え微生物。
(21) 上記大腸菌はK株であることを特徴とする(20)記載の組換え微生物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、2-ブタノール生産能を有する組換え微生物を利用することで生産性に優れた2-ブタノールの製造方法を提供できる。すなわち、本発明に係る2-ブタノールの製造方法によれば、燃料や樹脂原料として使用される2-ブタノールを製造する際の生産性を向上させることができ、ブタノール生産コストを低減させることができる。
【0014】
また、本発明に係る組換え微生物は、従来のブタノール生産能を有する組換え微生物と比較して優れたブタノール生産能を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】組み換え大腸菌を培養した培養液を、GC-MSによって分析した結果を示す特性図である。
【図2】標準物質についてGC-MS分析した結果を示す特性図である。
【図3】組み換え大腸菌E/BL21における2-ブタノール等の生産量を定量した結果を示す特性図である。
【図4】組み換え大腸菌E/NBにおける2-ブタノール等の生産量を定量した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る2-ブタノール(Sec-ブチルアルコール)の製造方法は、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子、及びアセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する代謝経路に関連する2-プロパノール生合成関連遺伝子群が導入された組換え微生物を培養し、培養物から2-ブタノールを取得するものである。
【0017】
アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子
アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子とは、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する活性、又は二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する活性を有する酵素をコードする遺伝子である。なお、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する活性を有する酵素をチオラーゼと称する場合もある。
【0018】
マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する活性を有するタイプのアセトアセチルCoA合成酵素をコードする遺伝子は、例えば、Streptomyces属の放線菌において見いだされており(特開2008-61506号公報)、例えばStreptomyces属の放線菌由来の遺伝子を使用することができる。
【0019】
このアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、例えば、配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子を挙げることができる。配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質は、放線菌Streptomyces sp. CL190株において見いだされたマロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する活性を有し、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する活性を有しないアセトアセチルCoA合成酵素である(特開2008-61506号公報)。
【0020】
配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子は、特開2008-61506号公報を参照して設計した一対のプライマーを用い、放線菌Streptomyces sp. CL190株から得たゲノムDNAを鋳型とした核酸増幅法(例えばPCR)により取得することができる。
【0021】
一方、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する活性を有するタイプのアセトアセチルCoA合成酵素(チオラーゼ)をコードする遺伝子は、従来公知の遺伝子、すなわち各種の生物において同定された本タイプのアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子を使用することができる。なお、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、多くの生物種に存在するメバロン酸経路に含まれる遺伝子である。
【0022】
一例としては、Clostridium acetobutylicum(ATCC824として寄託されている)由来チオラーゼ遺伝子を挙げることができる。Clostridium acetobutylicum由来のチオラーゼ遺伝子は、thlA遺伝子と表記され、配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードしている。また、チオラーゼ遺伝子としては、例えばSchizosaccharomyces pombe、Saccharomyces cerevisiae、Escherichia coli、Macaca mulatta、Bos taurus、Drosophila melanogaster、Oryza sativa、Aspergillus oryzae、Bacillus amyloliquefaciens及びClostridium kluyveri由来の遺伝子を使用することができる。
【0023】
ところで、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、放線菌Streptomyces sp. CL190株由来の配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子に限定されず、配列番号1のアミノ酸配列に対して高い類似性を有するアミノ酸配列を有し、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。また、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、Clostridium acetobutylicum由来の配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするチオラーゼ遺伝子に限定されず、配列番号2のアミノ酸配列に対して高い類似性を有するアミノ酸配列を有し、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。ここで、高い類似性とは、例えば80%以上の一致度を意味し、好ましくは90%以上の一致度、より好ましくは95%以上の一致度、最も好ましくは97%以上の一致度を意味する。なお、一致度の値は、配列類似性を検索するプログラム(相同性検索プログラムと称される場合もある)を用いて、配列番号1又は2のアミノ酸配列と他のアミノ酸配列とをアライメントした際に、当該他のアミノ酸配列における、配列番号1又は2のアミノ酸配列に対して一致したアミノ酸残基の割合として算出される値である。
【0024】
また、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、配列番号1のアミノ酸配列における1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質であって、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。また、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、配列番号2のアミノ酸配列における1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質であって、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。ここで、複数個のアミノ酸とは、例えば2〜30個のアミノ酸を意味し、好ましくは2〜20個、より好ましくは2〜10個、最も好ましくは2〜5個のアミノ酸を意味する。
【0025】
さらに、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、配列番号1のアミノ酸配列をコードする塩基配列に対して相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチドの一部又は全部に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドであってもよい。また、本発明において、アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子としては、配列番号2のアミノ酸配列をコードする塩基配列に対して相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチドの一部又は全部に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドであってもよい。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下で結合を維持することを意味する。ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual,2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。
【0026】
上述したような、配列番号1のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列を有するアセトアセチルCoA合成酵素をコードする遺伝子は、例えば、Streptomyces sp. CL190株以外の放線菌から単離することができる。また、配列番号2のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列を有するアセトアセチルCoA合成酵素をコードする遺伝子は、例えば、Clostridium acetobutylicum(ATCC824)以外のClostridium属細菌から単離することができる。また、配列番号1又は2のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。塩基配列に変異を導入するには、Kunkel法またはGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-KやMutant-G(何れも商品名、TAKARA社製))等を用いて、あるいはLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット(商品名、TAKARA社製)を用いて変異が導入される。
【0027】
配列番号1のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列を有するアセトアセチルCoA合成酵素の活性は以下のように評価することができる。すなわち、先ず、評価対象のタンパク質をコードする遺伝子を発現可能なように宿主細胞に導入し、クロマトグラフィー等の手法によってタンパク質を精製する。得られた評価対象のタンパク質を含む緩衝液中に、基質としてマロニルCoAとアセチルCoAとを添加する。その後、例えば所望の温度(例えば10〜60℃)でインキュベートする。そして、反応終了後、基質の減少量及び/又は生成物(アセトアセチルCoA)の生成量を測定することで、評価対象のタンパク質について、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能の有無及びその程度を評価することができる。このとき、得られた評価対象のタンパク質を含む緩衝液中に、基質としてアセチルCoAのみを添加し、同様に、基質の減少量及び/又は生成物生成量を測定することで、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する活性の有無について検討することができる。
【0028】
配列番号2のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列を有するアセトアセチルCoA合成酵素の活性は以下のように評価することができる。すなわち、先ず、評価対象のタンパク質をコードする遺伝子を発現可能なように宿主細胞に導入し、クロマトグラフィー等の手法によってタンパク質を精製する。得られた評価対象のタンパク質を含む緩衝液中に、基質としてアセチルCoAとを添加する。その後、例えば所望の温度(例えば10〜60℃)でインキュベートする。そして、反応終了後、基質の減少量及び/又は生成物(アセトアセチルCoA)の生成量を測定することで、評価対象のタンパク質について、二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能の有無及びその程度を評価することができる。
【0029】
2-プロパノール生合成関連遺伝子群
2-プロパノール生合成関連遺伝子群とは、アセトアセチルCoAを出発化合物として最終生産物である2-プロパノールを生合成する代謝経路に関与する酵素をコードする複数の遺伝子からなる群を意味する。2-プロパノール生合成代謝経路に関与する酵素としては、アセトアセチルCoAを基質としてアセチル酢酸を合成するアセトアセチルCoA転移酵素、アセチル酢酸を基質としてアセトンを合成するアセト酢酸脱炭酸酵素及び、アセトンを基質として2-プロパノールを合成するイソプロパノール脱水素酵素を挙げることができる。
【0030】
これら酵素をコードする各遺伝子は、2-プロパノールの生合成能を有する微生物から単離することができる。2-プロパノール生合成能を有する微生物としては、特に限定されないが、細菌を挙げることができる。2-プロパノール生合成能を有する微生物としては、Clostridium属の微生物、特に限定されないが、Clostridium acetobutylicum、Clostridium beijerinckii、Clostridium saccharoperbutylacetonicum、Clostridium saccharoacetobutylicum、Clostridium aurantibutyricum、Clostridium pasteurianum、Clostridium sporogenes、Clostridium cadaveris及びClostridium tetanomorphumを挙げることができる。なかでも、全ゲノム配列が解析されているClostridium acetobutylicum及びClostridium beijerinckii由来の2-プロパノール生合成関連遺伝子群を使用することが好ましい。
【0031】
特に、アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子としては、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子及びctfB遺伝子を使用することができる。ctfA遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号3に示し、ctfB遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号4に示す。また、アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子としては、Clostridium acetobutylicum由来のadc遺伝子を使用することができる。adc遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号5に示す。さらに、イソプロパノール脱水素酵素遺伝子は、Clostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子を使用することができる。pdh遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号6に示す。
【0032】
上述したctfA遺伝子にもアセトアセチルCoA転移酵素(αサブユニット)遺伝子としては、例えば、Escherichia coli、Shigella sonnei、Pectobacterium carotovorum、Photorhabdus asymbiotica、Bacillus cereus、Citrobacter koseri、Streptococcus pyogenes、Clostridium difficile及びClostridium beijerinckii由来の遺伝子を使用することができる。また、上述したctfB遺伝子にもアセトアセチルCoA転移酵素(βサブユニット)遺伝子としては、Escherichia coli、Citrobacter koseri、Haemophilus influenzae、Nitrobacter hamburgensis、Streptococcus pyogenes、Clostridium difficile及びBacillus weihenstephanensis由来の遺伝子を使用することができる。さらに、adc遺伝子以外にもアセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子としては、Saccharopolyspora erythraea、Streptomyces avermitilis、Bradyrhizobium sp.、Rhizobium leguminosarum、Burkholderia mallei、Ralstonia solanacearum、Francisella tularensis、Clostridium botulinum及びClostridium beijerinckii由来の遺伝子を使用することができる。さらにまた、pdh遺伝子以外にもイソプロパノール脱水素酵素遺伝子としては、Rhodococcus ruber由来の遺伝子を使用することができる。
【0033】
また、2-プロパノール生合成関連遺伝子群としては、上述した遺伝子に限定されず、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子、ctfB遺伝子及びadc遺伝子、並びにClostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子に対する相同遺伝子であってもよい。相同遺伝子は、遺伝子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列が格納されたデータベースに対して、BlastやFasta等の公知のアルゴリズムを用いた相同性検索によって特定することができる。データベースを用いて特定した相同遺伝子は、公知の手法によって微生物から単離して使用することができる。すなわち、微生物から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、特定した相同遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いた核酸増幅法によって相同遺伝子を含む核酸断片を得ることができる。
【0034】
また、上述したような2-プロパノール生合成能を有するClostridium属微生物について公知の手法によってcDNAライブラリーを作製し、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子、ctfB遺伝子及びadc遺伝子、並びにClostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプローブと特異的にハイブリダイズするcDNAを特定することで、上述したような2-プロパノール生合成能を有するClostridium属微生物由来の相同遺伝子を得ることもできる。
【0035】
なお、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子、ctfB遺伝子及びadc遺伝子、並びにClostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子に対する相同遺伝子の取得方法は、上述した手法に限定されず、如何なる手法を適用しても良い。
【0036】
宿主微生物への形質転換
上述した「アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子」及び「2-プロパノール生合成関連遺伝子群」は、適当な発現ベクターに組み込まれ、宿主微生物に導入される。ここで、宿主微生物としては、本発明の遺伝子を発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)などのエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などのバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)などのシュードモナス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)などのリゾビウム属に属する細菌が挙げられ、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)などの酵母が挙げられる。
【0037】
大腸菌などの細菌を宿主とする場合、発現ベクターは、該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、上述した遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、発現ベクターには、プロモーター活性を制御する遺伝子が含まれていてもよい。
【0038】
大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリBL21(DE3)株、K12株、DH1株、JM109株など従来公知の如何なる菌株を使用することができる。大腸菌としては、特にK12株及びK12株から作製された株などの所謂K株を使用することが好ましい。また、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス168株などが挙げられる。
【0039】
プロモーターとしては、大腸菌などの宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの大腸菌由来のものやT7プロモーターなどのファージ由来のものが用いられる。さらに、tacプロモーターなどのように人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。
【0040】
発現ベクターの導入方法としては、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法[Cohen, S.N.,et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110-2114 (1972)]、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
【0041】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロマイセス・セレビシエ、シゾサッカロマイセス・ポンベ、ピキア・パストリスなどが用いられる。この場合、プロモーターとしては酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーターなどが挙げられる。
【0042】
酵母への組換えベクターの導入方法としては、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法[Becker, D.M.,et al.: Methods. Enzymol., 194:182-187 (1990)]、スフェロプラスト法[Hinnen, A. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75:1929-1933(1978)]、酢酸リチウム法[Itoh, H.:J. Bacteriol.,153:163-168 (1983)]などが挙げられる。
【0043】
また、宿主微生物には、上述した「2-プロパノール生合成関連遺伝子」のうち少なくとも1以上の内在遺伝子を有するものであっても良い。この場合、上述した「2-プロパノール生合成関連遺伝子」のうち、内在遺伝子以外を導入すればよい。
【0044】
2-ブタノールの製造
上述した「アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子」及び「2-プロパノール生合成関連遺伝子群」が導入された微生物を、グルコース等の炭素源を含む培地で培養することによって、2-プロパノールの生合成のみならず、2-ブタノールの生合成が進行する。一般に、アセトアセチルCoAからブタノールを生合成するには、アセトアセチルCoAを基質として3-ヒドロキシブチルCoAを合成するβ-ヒドロキシブチリル-CoAデヒドロゲナーゼ、3-ヒドロキシブチルCoAを基質としてクロトニルCoAを合成する3-ヒドロキシブチリル-CoAデヒドラターゼ、クロトニルCoAを基質としてブチリルCoAを合成するブチリル-CoAデヒドロゲナーゼ、ブチリルCoAを基質としてブチルアルデヒドを合成するブチルアルデヒドデヒドロゲナーゼ、及びブチルアルデヒドを基質としてブタノールを合成するブタノールデヒドロゲナーゼといったブタノール生合成関連酵素が機能する必要があるとされる。しかし、本発明においては、これらブタノール生合成関連酵素が機能するかたちで導入されていないにも拘わらず、上述した「アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子」及び「2-プロパノール生合成関連遺伝子群」が導入された微生物により2-ブタノールが生合成される。
【0045】
なお、上述した「アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子」及び「2-プロパノール生合成関連遺伝子群」が導入された微生物を培養する際の培養条件としては、特に限定されず、宿主微生物の栄養要求性や薬剤耐性に合致した培地を使用し、嫌気条件とする以外は通常の条件で培養すればよい。
【0046】
また、合成されたブタノールは培地中に存在するため、遠心分離等の手段によって培地から菌体を分離した後の上清画分からブタノールを取得することができる。上清画分からブタノールを単離するには、例えば、上清画分に酢酸エチル及びメタノール等の有機溶媒を添加し、十分に撹拌する。水層と溶媒層とに分離し、溶媒層からブタノールを抽出することができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
〔実施例1〕
<Clostridium acetobutylicum のゲノムDNAの調製>
Clostridium acetobutylicum ATCC(824)株を常法に従い3mlのDifco社製クロストリジウム強化培地で30℃、2日間嫌気培養した。QIAGEN社製ゲノムDNA調製キット(Gentra Puregene Yeast/Bact.kit)を用いて培養液1.5mlからゲノムDNAを調製した。
【0049】
<pT7Blue-CAC2873の作製>
Clostridium acetobutylicum由来のチオラーゼ遺伝子であるthiA遺伝子を以下のようにクローニングした。先ず、以下のプライマーを用いてPCRを行った。
CAC2873-F:5'-ATG AAA GAA GTT GTA ATA GCT AGT GCA G-3'(配列番号7)
CAC2873-R:5'-CTA GCA CTT TTC TAG CAA TAT TGC TG-3'(配列番号8)
【0050】
PCRにおいて鋳型としては上記で調製したClostridium acetobutylicum ATCC(824)株のゲノムDNAを0.1μg使用した。また、上記一対のプライマーは50pmolとした。反応液組成は1x Pfu Ultra II reaction buffer(Stratagene)中に10nmolのdNTP及び1μlのPfu Ultra II fusion HS DNA polymerase (Stratagene)を含む50μl溶液とした。PCRのサーマルサイクルは、95℃で5分の後、95℃で30秒、60℃で30秒及び72℃で3分を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で3分とした。また反応終了後は4℃でストックした。
【0051】
PCRで増幅した約1.2kbの断片をNovagen社製Perfectly Blunt Cloning Kitを用いてpT7-Blueベクターにブラントエンドクローニングした。クローニングした配列をシークエンスし、Clostridium acetobutylicum ATCC(824)株のthiA遺伝子であることを確認した。こうして得られたプラスミドをpT7Blue-CAC2873と命名した。
【0052】
<pCDFDuet-thiAの作製>
大腸菌において上記thiA遺伝子を発現するための発現ベクターを以下のように構築した。先ず、以下のプライマーを用いてPCRを行った。
acat-NdeI-F:5'-AAA CAT ATG AAA GAA GTT GTA ATA GC-3'(配列番号9)
acat-XhoI-R:5'-AAA CTC GAG CTA GCA CTT TTC TAG CAA T-3'(配列番号10)
PCRにおいて鋳型としては上記で調製したpT7Blue-CAC2873を使用した。また、上記一対のプライマーは10pmolとした。反応液組成は1xPfu UltraTMII reaction buffer (Stratagene)中に12.5 nmolのdNTP及び1μlのPfu UltraTMII fusion HS DNA polymerase (Stratagene)を含む50μl溶液とした。PCRのサーマルサイクルは、95℃で2分の後、95℃で20秒、43℃で20秒及び72℃で40秒を1サイクルとして5サイクル行い、その後、95℃で20秒、50℃で20秒及び72℃で40秒を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で3分とした。また反応終了後は4℃でストックした。
【0053】
PCRで増幅した約1.2bpのDNA断片をMinElute PCR Purification Kitで精製し、Zero Blunt TOPO PCR Cloning Kitキットを用い、pCR-Blunt II-Topoベクターにクローニングした。得られたベクターをpCR-Blunt II-TOPO-thiAと命名した。pCR-Blunt II-TOPO-thiAをNdeIとXhoIで切断し、アガロースゲル電気泳動で約1.2KbpのDNA断片を精製し、pCDF-Duet(Novagen社製)のNdeI-XhoI部位に挿入した。得られたプラスミドをpCDFDuet-thiAとした。
【0054】
<pCDFDuet-orfNの作製>
Clostridium acetobutylicum由来であり、マロニルCoAとアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成するアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子を以下のようにクローニングした。先ず、以下のプライマーを用いてPCRを行った。
OrfN-NdeI-F:5'-AAA CAT ATG ACC GAC GTC CGA TTC CGC AT 3'(配列番号11)
OrfN-XhoI-R:5'-AAA CTC GAG TTA CCA CTC GAT CAG GGC GA 3'(配列番号12)
【0055】
PCRにおいて鋳型としてはpHISORFnを20ng使用した。pHISORFnは、特開2008-61506号公報に記載のものを使用した。また、上記一対のプライマーは15 pmolとした。反応液組成は1x PrimeSTAR GC Buffer(Mg2+plus) (タカラバイオ社製)中に10nmolのdNTP及び0.5μlのPrimeSTAR HS DNA Polymerase (タカラバイオ社製)を含む50μl溶液とした。PCRのサーマルサイクルは、94℃で1分の後、98℃で10秒、53℃で5秒及び72℃で1分を1サイクルとして5サイクル行い、その後、98℃で10秒、60℃で5秒、72℃で1分を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で5分とした。また反応終了後は4℃でストックした。
【0056】
PCRで増幅した約1KbpのDNA断片をMinElute PCR Purification Kitで精製し、Zero Blunt TOPO PCR Cloning Kitキットを用い、pCR-Blunt II-Topoベクターにクローニングした。得られたベクターをpCR-Blunt II-TOPO-orfNと命名した。pCR-Blunt II-TOPO-orfNをNdeIとXhoIで切断し、アガロースゲル電気泳動で約1KbpのDNA断片を精製し、pCDF-Duet(Novagen社製)のNdeI-XhoI部位に挿入した。得られたプラスミドをpCDFDuet-orfNとした。
【0057】
<pETDuet-ctfABの構築>
Clostridium acetobutylicum由来のアセトアセチルCoA転移酵素遺伝子であるctfA遺伝子及びctfB遺伝子をクローニングした。先ず、上述のように調整したゲノムDNAをテンプレートにして以下に示すPCRを行った。PCRではPfuUltra II fusion HS DNA polymerase(STRATAGEN社製)及び以下のプライマー(下線部は制限酵素サイト)を使用した。
ctfAB-NdeI-F:5’-ATT CAT ATG AAC TCT AAA ATA ATT AGA TTT GAA AAT TTA AGG TC-3’ (配列番号13)
ctfAB-NdeI-R:5’-AGA CTC GAG CTA AAC AGC CAT GGG TCT AAG-3’ (配列番号14)
PCRにおける反応液の組成は、下記の通りとした。
【0058】
【表1】

【0059】
PCRのサーマルサイクルは、95℃で2分の後、95℃で30秒、54.8℃で30秒及び72℃で2分を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で7分とした。また反応終了後は4℃でストックした。
【0060】
上記の条件でPCR(eppendruf社製)を行い、0.8%アガロースゲル電気泳動で1324bpの断片を切り出した。QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて切り出した断片を精製し、NdeI及びXhoIで消化した。さらにQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製した後、pETDuet-1(メルク社製)のNdeI、XhoIサイトに挿入した。得られた配列をシークエンスし、目的とされるプラスミドが作製されていることを確認した。こうして得られたプラスミドをpETDuet-ctfABと命名した。
【0061】
<pETDuet-ADCの構築>
Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子であるadc遺伝子をクローニングした。先ず、上述のように調整したゲノムDNAをテンプレートにして以下に示すPCRを行った。PCRではPfuUltra II fusion HS DNA polymerase(STRATAGEN社製)及び以下のプライマー(下線部は制限酵素サイト)を使用した。
adc-SalI-F:5’-CAC GTC GAC AAG GAG ATA TAA TGT TAA AGG ATG AAG TAA TTA AAC A-3’(配列番号15)
adc-NotI-R:5’-CAC GCG GCC GCT TAC TTA AGA TAA TCA TAT ATA ACT TCA GC-3’(配列番号16)
PCRにおける反応液の組成は、下記の通りとした。
【0062】
【表2】

【0063】
PCRのサーマルサイクルは、95℃で2分の後、95℃で20秒、54.8℃で20秒及び72℃で3分を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で3分とした。また反応終了後は13℃でストックした。
【0064】
上記の条件でPCR(eppendruf社製)を行い、1%アガロースゲル電気泳動で735bpの断片を切り出した。QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて切り出した断片を精製し、SalI及びNotIで消化した。さらに、QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製した後、pETDuet-1(メルク社製)のSalI、NotIサイトに挿入した。得られた配列をシークエンスし、目的とされるプラスミドが作製されていることを確認した。こうして得られたプラスミドをpETDuet-ADCと命名した。
【0065】
<pETDuet-ADC-ctfABの構築>
大腸菌において上記ctfA遺伝子、ctfB遺伝子及びadc遺伝子を発現するための発現ベクターを以下のように構築した。先ず、上記で作製したpETDuet-ADCをSalI及びNotIで消化し、0.8%アガロースゲル電気泳動でadc遺伝子を含む753bpの断片を切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて精製した。また、上記で作製したpETDuet-ctfABをSalI及びNotIで消化し、得られた6677bpと上記断片をライゲーションした。得られたベクターをpETDuet-ADC-ctfABと命名した。
【0066】
<pCOLADuet-PDHの構築>
Clostridium beijerinckii由来のイソプロパノール脱水素酵素遺伝子であるpdh遺伝子をクローニングした。
【0067】
先ず、GenBankに登録されているClostridium beijerinckii NRRL B593由来のpdh遺伝子の塩基配列を元にし、この塩基配列に含まれているSaccharomyces cerevisiaeにおけるレアコドンを出現頻度が高いコドンとするように設計した。また、本実施例では設計した塩基配列からなる核酸断片を合成した(配列番号17)。また、合成したpdh遺伝子の上流非翻訳領域にGGGGTTTCCGCGGTCTAGAGCCACC(配列番号18)、下流非翻訳領域にGGATCCGTCGACGGGG(配列番号19)の合成DNA配列を付与した。このプラスミドをpCR2.1-iPDHと命名した。
【0068】
次に、pCR2.1-iPDHを鋳型に用いて以下に示すPCRを行った。PCRではPfuUltra II fusion HS DNA polymerase(STRATAGEN社製)及び以下のプライマー(下線部は制限酵素サイト)を使用した。
PDH-EcoRI-F:5’- GGA ATT CCA TGA AAG GTT TCG CAA TGT T-3’ (配列番号20)
PDH-PstI-R:5’- AAC TGC AGA ACC AAT GCA TTG GTT ACA AAA TGA CTA CGG -3’ (配列番号21)
PCRにおける反応液の組成は、下記の通りとした。
【0069】
【表3】

【0070】
PCRのサーマルサイクルは、95℃で2分の後、95℃で30秒、50℃で30秒及び72℃で2分を1サイクルとして30サイクル行い、その後72℃で7分とした。また反応終了後は4℃でストックした。
【0071】
上記の条件でPCR(eppendruf社製)を行い、0.8%アガロースゲル電気泳動で1056bpの断片を切り出した。MiniElute Gel Extraction Kit(QIAGEN社製)を用いて切り出した断片を精製し、EcoRI及びPstIで消化した。QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製した後、pCOLADuet-1(メルク社製)のEcoRI、PstIサイトに挿入した。得られた配列をシークエンスし目的とされるプラスミドが作製されていることを確認した。こうして得られたプラスミドをpCOLADuet-PDHと命名した。
【0072】
<組換え大腸菌作製>
上記で作製したpCDFDuet-thiA、pCDFDuet-orfN、pETDuet-ADC-ctfAB、pCOLADuet-PDHを下記表4に示すA〜Fの組み合わせで、タカラバイオ社製大腸菌BL21(DE3)を形質転換した。A〜Fの発現ベクターの組み合わせを大腸菌BL21(DE3)に形質転換した組み換え大腸菌を、それぞれA/BL21、B/BL21、C/BL21、D/BL21、E/BL21、F/BL21と命名した。
【0073】
【表4】

【0074】
得られた組み換え大腸菌を培養するに際して、先ず下記組成のトレースエレメントを調整した。
【0075】
【表5】

【0076】
また、培地としてSD-7培地を以下のように調整した。NH4Cl7.0g、KH2PO41.5g、Na2HPO41.5g、K2SO40.35g、MgSO4・7H2O0.17g、Difco社製酵母エキス5.0g、トレースエレメント0.8mlを0.8Lの脱イオン水に溶解した後、5M NH4OHでpH7.0に調整した。脱イオン水で全量を1Lにしオートクレーブ滅菌した。
【0077】
さらに、培地としてSD-8培地を以下のように調整した。NH4Cl7.0g、KH2PO47.5g、Na2HPO47.5g、K2SO40.85g、MgSO4・7H2O0.17g、Difco社製酵母エキス10.0g、トレースエレメント0.8mlを1Lの脱イオン水に溶解した後、オートクレーブ滅菌した。
【0078】
さらに、上述した各組み換え大腸菌をSD-7培地或いはSD-8培地で培養する際には、必要に応じて下記表に示す抗生物質を添加した。なお、表中、Amp:アンピシリン、Km:カナマイシン(SIGMA社製)、Str:ストレプトマイシン及びTet:テトラサイクリンを意味する。
【0079】
【表6】

【0080】
得られた組み換え大腸菌それぞれについて、最終濃度2%のグルコース(和光純薬社製)を含む5mlのSD-7培地に単一コロニーを植菌し、37℃で一晩培養した。次に、最終濃度2%のグルコースを含む50mlのSD-8培地を500mlのバッフル付三角フラスコに入れ、一晩培養した培養液500μlを植菌し、37℃、130rpmで培養を行った。O.D600が1.0以下のところで、最終濃度0.1mMのIPTGを添加し、さらに培養を続けた。IPTG添加後、0、3、6、9、24、30時間後に培養液5mlをスクリューキャップ付試験管に分注し、-30℃で保存した(一部、48時間後も実施)。なお、IPTG添加後24時間目に最終濃度が2%になるようにGlucoseを追添加した。
【0081】
その後、-30℃で凍結保存した培養液を室温で解凍した。Vortexでよく攪拌した後、予め重量を測定しておいたエッペンドルフチューブに培養液1mlを入れ、冷却小型遠心機(TOMY社製)を用いて、13000rpm、10分、4℃で遠心分離した。上清を除去したエッペンドルフチューブをSpeed Vac(SAVANT社製)を用いて、温度:Lowで約4時間乾燥させた。その後、エッペンドルフチューブの重量を測定し、あらかじめ測定しておいた重量を引いた値を、乾燥菌体重量とした。
【0082】
残りの培養液(4ml)が入ったスクリューキャップ付試験管を、卓上多本架遠心機LC-230(TOMY社製)を用いて、1000g、5分、室温にて遠心分離し、上清と菌体に分離した。上清2mlを20mlヘッドスペース用クリンプバイアルビンに入れ、キャップをして、60℃の温浴中に15分入れた。その後、GC-MS/HSSにて、2-ブタノール等について成分分析を行った。
【0083】
GC-MS/HSSは、HP6890/5973/7694 GC-MS/HSSシステム(Hewlett-Packard社製)を用いた。使用カラムはJ&W DB-624 (0.32mm×60m、フィルム厚1.8μm)であり、分析条件は以下の通りとした。
【0084】
<GC-MS分析条件>
[インレットパラメーター]
インレット温度:260℃
スプリット比:1/20
キャリヤーガス:ヘリウム 1.0ml/分
[オーブン加熱条件]
40℃で5分加熱
5℃/分で75℃まで加熱
100℃/分で260℃まで加熱
[ディテクター条件]
検出器温度:260℃
【0085】
<ヘッドスペースサンプラー条件>
[Zoom Temp]
Oven:60℃
Loop:150℃
Transfer Line:200℃
[Event Time]
GC Cycle Time:35分
Vial EQ Time:15分
Pressuriz. Time:0.5分
Loop Fill Time:0.2分
Loop EQ Time:0.2分
Inject Time:1.0分
[Vial Parameter]
Shake:HIGH
[その他]
バイアル加圧:15psi
【0086】
<標準物質>
エタノール(比重:0.789)
アセトン(比重:0.789)
イソプロパノール(比重:0.784)
2-ブタノール(比重:0.808)
酢酸(比重:1.05)
上記5物質を適当な濃度に調整し、検量線から%濃度(V/V)を算出し、さらに比重を考慮して重量濃度を計算した。組み換え大腸菌E/BL21の培養液を分析した結果を図1に示す。なお、図2には、上述した標準物質を分析した結果を示す。図1から判るように、同株は主としてイソプロパノールを生産するが、保持時間13.30分にピークが観測された。図2に示した標準物質として分析した2-ブタノールは保持時間13.32分にマスフラグメントパターンとして現れる。したがって、組み換え大腸菌E/BL21は著量の2-ブタノールを生産すると結論づけた。
また、本例で得られた各組み換え大腸菌の2-ブタノールの生産量を下記表7にまとめた。
【0087】
【表7】

【0088】
この結果から、2-プロパノール生合成関連遺伝子であるctfAB遺伝子、adc遺伝子及びpdh遺伝子に加えて、thlA遺伝子又はORF-n遺伝子といったアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子を発現させた組み換え大腸菌において、2-ブタノールが生産されることを確認できた。
【0089】
また、組み換え大腸菌E/BL21を培養し、培養液に含まれるアセトン、エタノール、2-ブタノール及び2-プロパノールを定量した結果を図3に示した。図3に示すように、組み換え大腸菌E/BL21は、ブタノール生合成関連遺伝子を発現していないにも拘わらず、2-ブタノールを生産できることが明らかとなった。
【0090】
〔実施例2〕
実施例2では、大腸菌K株に分類される大腸菌NovaBlue(DE3)を使用し、2-ブタノール生合成関連遺伝子であるctfAB遺伝子、adc遺伝子及びpdh遺伝子に加えて、thlA遺伝子を発現させた組み換え大腸菌(組み換え大腸菌E/NB)を作製した。この組み換え大腸菌を実施例1と同様に培養し、培養液に含まれる成分を分析した結果を図4に示した。
【0091】
図4に示すように、実施例2で作製した組み換え大腸菌E/NBは、培養開始から48時間経過した段階で228.42mg/Lの2-ブタノールを生産できることが明らかとなった。また、組み換え大腸菌E/NBでは、実施例1で作製した組み換え大腸菌と比較すると、2-ブタノールの生産量が格段に優れることが明らかとなった。この結果から、大腸菌K株を宿主微生物とすることによって、2-ブタノールの生産性に優れた組み換え大腸菌を作製できることが判った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子、及びアセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する代謝経路に関連する2-プロパノール生合成関連遺伝子群が導入された組換え微生物を培養し、培養物から2-ブタノールを取得することを特徴とする2-ブタノールの製造方法。
【請求項2】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、2分子のアセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換する反応を触媒する酵素をコードすることを特徴とする請求項1記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項3】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のチオラーゼ遺伝子(thlA遺伝子)であることを特徴とする請求項2記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項4】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号2記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号2のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、2分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする請求項3記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項5】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、アセチルCoAとマロニルCoAとをアセトアセチルCoAに変換する反応を触媒する酵素をコードすることを特徴とする請求項1記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項6】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、Streptomyces属の微生物由来の遺伝子(orfN遺伝子)であることを特徴とする請求項5記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項7】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号1記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号1のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする請求項6記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項8】
2-プロパノール生合成関連遺伝子群は、アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子、アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子及びイソプロパノール脱水素酵素遺伝子からなる群のなかから選ばれる遺伝子であり、上記組換え微生物は、これら2-プロパノール生合成関連遺伝子群の遺伝子のうち内在しない遺伝子が導入されたものであることを特徴とする請求項1記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項9】
アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子及びctfB遺伝子であることを特徴とする請求項8記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項10】
アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のadc遺伝子であることを特徴とする請求項8又は9記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項11】
イソプロパノール脱水素酵素遺伝子は、Clostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子であることを特徴とする請求項8乃至10いずれか一項記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項12】
上記組換え微生物は、大腸菌を宿主とした組換え微生物であることを特徴とする請求項1記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項13】
上記大腸菌はK株であることを特徴とする請求項12記載の2-ブタノールの製造方法。
【請求項14】
Streptomyces属の微生物由来のアセトアセチルCoA合成酵素遺伝子(orfN遺伝子)、及びアセトアセチルCoAから2-プロパノールを合成する代謝経路に関連する2-プロパノール生合成関連遺伝子群が導入された組換え微生物。
【請求項15】
上記アセトアセチルCoA合成酵素遺伝子は、配列番号1記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする、又は配列番号1のアミノ酸配列に対して80%以上の一致度を有するアミノ酸配列を有し、マロニルCoAとアセチルCoAとからアセトアセチルCoAを合成する機能を有するタンパク質をコードするものであることを特徴とする請求項14記載の組換え微生物。
【請求項16】
2-プロパノール生合成関連遺伝子群は、アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子、アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子及びイソプロパノール脱水素酵素遺伝子からなる群のなかから選ばれる遺伝子であり、これら2-プロパノール生合成関連遺伝子群の遺伝子のうち内在しない遺伝子が導入されたものであることを特徴とする請求項14記載の組換え微生物。
【請求項17】
アセトアセチルCoA転移酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のctfA遺伝子及びctfB遺伝子であることを特徴とする請求項16記載の組換え微生物。
【請求項18】
アセト酢酸脱炭酸酵素遺伝子は、Clostridium acetobutylicum由来のadc遺伝子であることを特徴とする請求項16又は17記載の組換え微生物。
【請求項19】
イソプロパノール脱水素酵素遺伝子は、Clostridium beijerinckii由来のpdh遺伝子であることを特徴とする請求項16乃至18いずれか一項記載の組換え微生物。
【請求項20】
上記組換え微生物は、大腸菌を宿主とした組換え微生物であることを特徴とする請求項14記載の組換え微生物。
【請求項21】
上記大腸菌はK株であることを特徴とする請求項20記載の組換え微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−239692(P2011−239692A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112405(P2010−112405)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】