説明

2ワイヤ溶接の溶接開始方法

【課題】2ワイヤ溶接をスムースに開始するとともに、溶接ビードの開始端に溶接欠陥が生じることを防止することが可能な2ワイヤ溶接の溶接開始方法を提供すること。
【解決手段】ワイヤWAからアーク2を発生させながら溶接方向に進行させるとともに、溶接方向後方からフィラーワイヤWBを供給する2ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、フィラーワイヤWBと溶接母材Pとの間に検出電圧Vtを印加した状態で、フィラーワイヤWBを溶接母材Pに接近させるステップと、フィラーワイヤWBと溶接母材Pとが通電した以降に、フィラーワイヤWBの接近を停止するステップと、アーク2の点弧とワイヤWAおよびフィラーワイヤWBの溶接方向への進行とを始めるステップと、フィラーワイヤWBを溶接母材Pに向けて送給し始めるステップと、を有する。このような構成により、フィラーワイヤWBの折損や溶接ビードWpの開始端に溶接欠陥が生じることを防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた2ワイヤ溶接の溶接開始方法に関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた2ワイヤ溶接は、溶接速度を向上させ、かつ溶接ビードの美観を良好とするのに適した溶接方法として知られている(たとえば、特許文献1)。図3は、従来の2ワイヤ溶接の一例を示している。同図に示された2ワイヤ溶接には、コンタクトチップ91A,91Bを備える溶接トーチが用いられる。コンタクトチップ91Aを通して、ワイヤWAが供給される。また、ワイヤWAに対して溶接方向後方から、コンタクトチップ91Bを通してフィラーワイヤWBが供給される。
【0003】
コンタクトチップ91Aは、溶接電源(図示略)に接続されている。この溶接電源は、コンタクトチップ91Aと溶接母材Pとの間に電圧を印加する。これにより、ワイヤWAから溶接母材Pに向かうアーク92が発生する。ワイヤWAは、アーク92の強さに応じた速度で、供給装置(図示略)から送給される。一方、フィラーワイヤWBは、アーク92によって生じた溶融池Mpに向けて送給装置(図示略)によって送給される。フィラーワイヤWBは、溶融池Mpの熱によって溶解される。この結果、溶融したワイヤWA、フィラーワイヤWB、および溶接母材Pが合金状態で凝固することにより、溶接ビードWpが形成される。このような2ワイヤ溶接によれば、溶接速度を比較的高速としても、溶接ビードWpが極端に痩せてしまうことを防止できる。また、アークを発生させない状態でフィラーワイヤWBを送給することにより、溶接ビードWpの外観を良好にすることができる。
【0004】
しかしながら、2ワイヤ溶接を開始するときには、溶接ビードWpの開始端が肉痩せなどの溶接欠陥とならないようにスムースに溶接を開始することが必要である。特に、アーク92の点弧によって形成され始めた溶融池MpにフィラーワイヤWBを正確に送給し始めることが重要である。フィラーワイヤWBの送給開始タイミングが早すぎると、溶融池Mpが形成されていない溶接母材PにフィラーワイヤWBが衝突してしまう。これは、フィラーワイヤWBの座屈や折損を生じるおそれがある。一方、フィラーワイヤWBの送給開始タイミングが遅すぎると、溶融池Mpが形成されたにもかかわらずフィラーワイヤWBが供給されない箇所ができてしまう。この箇所に形成された溶接ビードWpは極端に肉痩せすることとなり、割れの原因となってしまう。
【0005】
【特許文献1】特開2006−175458号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、2ワイヤ溶接をスムースに開始するとともに、溶接ビードの開始端に溶接欠陥が生じることを防止することが可能な2ワイヤ溶接の溶接開始方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によって提供される2ワイヤ溶接の溶接開始方法は、消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する2ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、上記フィラーワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加した状態で、上記フィラーワイヤを上記溶接対象物に向けて接近させるステップと、上記フィラーワイヤと溶接対象物とが通電した以降に、上記フィラーワイヤの接近を停止するステップと、上記消耗電極ワイヤからのアーク点弧と上記消耗電極ワイヤおよび上記フィラーワイヤの溶接方向への進行を始めるステップと、上記フィラーワイヤを溶接対象物に向けて送給し始めるステップと、を有することを特徴としている。
【0008】
このような構成によれば、上記アークによって上記溶接対象物に形成された溶融池の直上に上記フィラーワイヤが位置したときに、確実に上記フィラーワイヤの送給を開始することができる。したがって、上記フィラーワイヤの送給開始タイミングが早すぎるために生じうる上記フィラーワイヤの座屈および折損や、上記フィラーワイヤの送給開始タイミングが遅すぎることによる溶接ビードの開始端の極端な肉痩せを防止することができる。
【0009】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0011】
図1は、本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムを示している。本実施形態の溶接システムAは、溶接トーチB、ワイヤ送給装置WFA,WFB、溶接電源PS、検出用電源PTを備えている。溶接システムAは、消耗電極ワイヤとしてのワイヤWAとフィラーワイヤWBとを用いた2ワイヤ溶接を行う。
【0012】
溶接トーチBは、たとえば略円筒形状のノズルであり、一般的にロボット(図示略)に装着されている。溶接トーチBは、コンタクトチップ1A,1Bを有している。コンタクトチップ1Aは、ワイヤWAが挿通可能な貫通孔を有しており、ワイヤWAと導通している。コンタクトチップ1Bは、フィラーワイヤWBが挿通可能な貫通孔を有しており、フィラーワイヤWBと導通している。溶接トーチBを用いた2ワイヤ溶接においては、ワイヤWAが溶接方向前方に位置し、フィラーワイヤWBが溶接方向後方に位置した状態で、溶接トーチBが上記ロボットによって溶接方向に移動される。
【0013】
ワイヤ送給装置WFA,WFBは、それぞれワイヤWA,WBを送給するためのものであり、たとえばモータ(図示略)などの駆動源を有している。ワイヤ送給装置WFA,WFBは、溶接電源PSおよび検出用電源PTからの指令により、溶接条件にあった送給速度でワイヤWAおよびフィラーワイヤWBを送給する。
【0014】
溶接電源PSは、ワイヤWAにアークを発生させるための電源であり、出力制御回路INV、溶接電圧設定回路VS、溶接電流設定回路IS、および送給速度設定回路WSAを備えている。出力制御回路INVは、コンタクトチップ1Aと溶接母材Pとに導通しており、これらの間に溶接電圧Vwを印加する。溶接電圧Vwが印加された状態でアーク2が発生すると、溶接電流Iwが流れる。出力制御回路INVには、溶接電圧設定回路VSから溶接電圧設定信号Vsが送られる。送給速度設定回路WSAは、ワイヤ送給装置WFAに送給速度設定信号Wsaを送る回路である。
【0015】
検出用電源PTは、フィラーワイヤWBが溶接母材Pに接触したことを検出するための電源であり、出力制御回路INVT、検出器ST、および送給速度設定回路WSBを備えている。出力制御回路INVTは、コンタクトチップ1Bと溶接母材Pとに導通しており、これらの間に検出電圧Vtを印加する。検出電圧Vtが印加された状態でフィラーワイヤWBと溶接母材Pとが接触すると、検出電流Itが流れる。検出器STは、検出電流Itが流れていることを検出するデバイスである。検出電流Itが流れたことを検出すると、検出器STは、溶接電源PSに対して検出信号Stを送る。送給速度設定回路WSBは、ワイヤ送給装置WFBに送給速度設定信号Wsbを送る回路である。
【0016】
次に、溶接システムAを用いた2ワイヤ溶接の溶接開始方法の一例について、図2を参照しつつ以下に説明する。
【0017】
まず、時刻t0において、フィラーワイヤWBと溶接母材Pとの間に検出電圧Vtを印加する。次いで時刻t1において、同図(G1)に示すようにワイヤ送給装置WFBによりフィラーワイヤWBの送給を開始する。このときの送給速度Fwbは、定常溶接時よりも遅い速度としておく。
【0018】
次に、時刻t2において、同図(G2)に示すようにフィラーワイヤWBが溶接母材に接触すると、検出電流Itが流れ、検出電圧Vtが短絡電圧に低下する。検出電流Itが流れたことを検出器STが検出する。送給速度設定回路WSBからの送給速度設定信号Wsbによってワイヤ送給装置WFBがフィラーワイヤWBの送給を停止する。これにより、フィラーワイヤWBは溶接母材Pに接触した状態に保たれる。
【0019】
また、検出器STからの検出信号Stが溶接電源PSの出力制御回路INVに送られる。出力制御回路INVはあらかじめ設定された時間が経過した後に、時刻t3において検出電圧Vtの印加を停止するとともに、ワイヤWAと溶接母材Pとの間に溶接電圧Vwを印加する。これと同時に、同図(G3)に示すようにワイヤWAの送給を開始する。このときの送給速度Fwaは、定常溶接時よりも遅い速度としておく。
【0020】
ワイヤWAが溶接母材Pに接近すると、時刻t4において同図(G4)に示すように、アーク2が点弧し、溶接電流Iwが流れ始める。アーク2によって溶接母材Pには溶融池Mpが形成され始める。また、溶接電流Iwが流れ始めたことをもって、溶接トーチBを溶接母材Pに対して溶接速度Fで移動させ始め、ワイヤWAの送給速度Fwaを定常溶接時の速度に増速させる。
【0021】
時刻t4においては、フィラーワイヤWBはいまだ溶融池Mpに到達していない。ワイヤWAとフィラーワイヤWBの距離、および溶接速度Fが既知であることにより、時刻t4からフィラーワイヤWBが溶融池Mpに到達するまでに要する時間が算出できる。すなわち、時刻t4からこの算出された時間を経過させた時刻t5に、同図(G5)に示すようにフィラーワイヤWBが溶融池Mpに到達する。このタイミングでワイヤWBの送給を再び開始する。このとき、たとえば送給速度Fwbを0から定常溶接時の速度まで徐々に増速させる。以上の溶接開始方法を経ることにより、同図(G6)に示すように2ワイヤ溶接の定常状態への移行が完了し、溶接ビードWpが連続的に形成される。
【0022】
次に、本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法の作用について説明する。
【0023】
本実施形態によれば、フィラーワイヤWBが溶融池Mpの直上に位置したとき(時刻t5)に、確実にフィラーワイヤWBの送給を開始することができる。時刻t3から時刻t5にかけてはフィラーワイヤWBが溶接母材Pと接触した状態であるため、フィラーワイヤWBの送給を開始すると、直ちにフィラーワイヤWBが溶融池Mpに供給されることとなる。したがって、フィラーワイヤWBの送給開始タイミングが早すぎるために生じうるフィラーワイヤWBの座屈および折損や、フィラーワイヤWBの送給開始タイミングが遅すぎることによる溶接ビードWp開始端の極端な肉痩せを防止することができる。
【0024】
2ワイヤ溶接を複数個所に対して行う場合、溶接の開始と終了とが繰り返される。溶接終了時にフィラーワイヤWBがコンタクトチップ1Bからどの程度突出させるかをコントロールすることは困難である。このため、次の溶接開始時においては、コンタクトチップ1BからのフィラーワイヤWBの突出長さは様々である。本実施形態の溶接開始方法によれば、フィラーワイヤWBの突出長さにバラツキがあっても、溶融池Mpに対して正確にフィラーワイヤWBの送給を開始することができる。
【0025】
本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムの一例を示すシステム概略図である。
【図2】本発明に係る2ワイヤ溶接の溶接開始方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図3】従来の2ワイヤ溶接の一例を示す要部断面図である。
【符号の説明】
【0027】
A 溶接システム
B 溶接トーチ
F 溶接速度
Fwa,Fwb 送給速度
INV 出力制御回路
INVT 出力制御回路
IS 溶接電流設定回路
Is 溶接電流設定信号
It 検出電流
Iw 溶接電流
Mp 溶融池
P 溶接母材(溶接対象物)
PS 溶接電源
PT 検出用電源
ST 検出器
St 検出信号
VS 溶接電圧設定回路
Vs 溶接電圧設定信号
Vt 検出電圧
Vw 溶接電圧
WA (消耗電極)ワイヤ
WB フィラーワイヤ
WFA,WFB ワイヤ送給装置
Wp 溶接ビード
WSA,WSB 送給速度設定回路
Wsa,Wsb 送給速度設定信号
1A,1B コンタクトチップ
2 アーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、
上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する2ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、
上記フィラーワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加した状態で、上記フィラーワイヤを上記溶接対象物に向けて接近させるステップと、
上記フィラーワイヤと溶接対象物とが通電した以降に、上記フィラーワイヤの接近を停止するステップと、
上記消耗電極ワイヤからのアーク点弧と上記消耗電極ワイヤおよび上記フィラーワイヤの溶接方向への進行を始めるステップと、
上記フィラーワイヤを溶接対象物に向けて送給し始めるステップと、
を有することを特徴とする、2ワイヤ溶接の溶接開始方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−106984(P2009−106984A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−283011(P2007−283011)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】