説明

2液型の歯科用接着剤

【解決手段】疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)と、水溶性の重合性単量体(B)と、光重合開始剤(D)と、架橋性重合性単量体(F)と、有機過酸化物(G)とを含有してなるA液と、水(C)と、芳香族第3級アミン(E)と、芳香族スルフィン酸塩(H)とを含有してなるB液とからなる2液型の歯科用接着剤が提供される。
【効果】本発明に係る2液型の歯科用接着剤によれば、デュアルキュア型ゆえに優れた接着特性が発現されるとともに、1ステップ型ゆえに接着操作を簡便、且つ迅速に行うことができるので、その工業的価値は極めて大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2液型の歯科用接着剤に係わり、詳しくは、デュアルキュア型、且つ1ステップ型の2液型の歯科用接着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により損傷した歯質(エナメル質、象牙質及びセメント質の総称である)の修復には、通常、充填用コンポジットレジン、充填用コンポマー等の充填修復材料や、金属合金、陶材、レジン材料等の歯冠修復材料が用いられる。しかし、充填修復材料及び歯冠修復材料(この明細書においては、両者を「歯科用修復材料」と総称することがある)そのものには歯質に対する接着性がない。このため、従来、歯質と歯科用修復材料の接着には、接着剤を用いる様々な接着方法が採られている。而して、従来においては、歯質の表面に、リン酸水溶液等の酸エッチング剤を用いて前処理(エッチング処理)を施した後に、接着剤であるボンディング剤を塗布して、歯質と歯科用修復材料とを接着する、いわゆる酸エッチング型の接着方法が一般的に用いられていた。しかし、近年においては、酸エッチング剤を用いずに、歯質の表面に、酸性モノマーと親水性モノマーとを含有するセルフエッチングプライマーを塗布した後、水洗することなく、ボンディング剤を塗布する、いわゆるセルフエッチング型の接着方法が汎用されている。
【0003】
歯牙の修復に使用する歯科用接着剤としては、従来は、重合開始剤である酸化剤と還元剤を別包装にし、使用直前に両者を混和して重合させる化学重合型が主流であったが、最近は、さらに光重合触媒を配合して、光重合によっても硬化することができるようにした接着剤(デュアルキュア型)が提案されている。この種の接着剤は臨床上特に有用である。その理由は次のとおりである。
【0004】
すなわち、歯科用接着剤の重合方式は、化学重合型のものと光重合型のものとに大別される。化学重合型の歯科用接着剤としては、過酸化ベンゾイル等の有機過酸化物(酸化剤)とアミン等の還元剤を用いるレドックス系重合開始剤を配合したものが主流である。レドックス系重合開始剤を配合した歯科用接着剤には、有機過酸化物を含む組成物と還元剤を含む組成物とに分割して保管し、使用直前に両組成物を混合するタイプのものが多い。例えば、下記の特許文献1の請求項7には、リン酸基含有重合性単量体およびジアシルパーオキサイドを含有する第1液と、芳香族第3級アミン、芳香族スルフィン酸塩および水を含有する第2液とからなる2液型の歯科用接着剤が記載されている。
【0005】
しかし、化学重合型の歯科用接着剤には、分割保存していた有機過酸化物を含む組成物と還元剤を含む組成物とを混合するか、または、分割保存していた有機過酸化物を含む組成物と還元剤およびスルフィン酸またはその塩(以下、スルフィン酸またはその塩を「スルフィン酸(塩)」と記すことがある)を含む組成物とを混合すると、誘導期は実質的に重合が起きずに混合物はほぼ液状であるのに、誘導期を過ぎると重合が急激に進んで硬化してしまうので、接着操作時間の調整が困難であるという課題がある。
【0006】
一方、光重合型の歯科用接着剤としては、光重合開始剤であるカンファーキノンと、還元剤とを組み合わせた重合開始剤が汎用されており、光照射を行うと同時に重合が開始されるので、化学重合型の歯科用接着剤と異なり、誘導期の存在に起因して重合開始が遅延するという課題はない。しかし、金属製のクラウン、インレー、アンレーなどを合着する場合や、光が十分に届かない深い窩洞に対して修復を行う場合には、光の届く窩洞の表面付近の歯科用接着剤の重合は容易に進むが、光の十分に到達しない窩洞の深部の歯科用接着剤の重合は進みにくいという課題がある。
【0007】
このように、化学重合型の歯科用接着剤と光重合型の歯科用接着剤には、それぞれ一長一短がある。近年、それぞれの歯科用接着剤が抱える上述した課題を一挙に解決するために、化学重合性と光重合性とを併せ持ついわゆるデュアルキュア型の歯科用接着剤が提案されている。例えば、特許文献2の〔0030〕には、酸性基を有する重合性単量体(a)、水酸基を有する重合性単量体(b)および水(c)を含有してなるプライマー組成物と、重合性単量体(d)、光重合開始剤としてのアシルホスフィンオキサイド化合物(e)、レドックス系科学重合開始剤およびα−ジケトン化合物(f)を含有してなるボンディング組成物から構成されるデュアルキュア型の接着剤が記載されている。
【0008】
デュアルキュア型の歯科用接着剤によれば、接着操作時間の調整が可能となり、しかも修復物の表面部に対峙する歯科用接着剤の重合は光重合により高い重合率にまで進めることができる一方で、光が十分に到達しない修復物の深部に対峙する歯科用接着剤の重合は化学重合により進めることができる。
【0009】
【特許文献1】特開昭60−45510号公報、請求項7
【特許文献2】特開2000−212015号公報〔0030〕
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献2に記載のデュアルキュア型の接着剤は、プライマー組成物とボンディング組成物とから構成される。この接着剤を使用する接着方法では、セルフエッチングプライミング処理とボンディング剤塗布処理という2つの処理(2ステップ)が行われることとなり、接着操作を簡便、且つ迅速に行うことが困難であるという課題がある。
【0011】
本発明は特許文献2に記載のデュアルキュア型の接着剤が抱える上記の課題を解決するべくなされたものであって、その目的とするところは、デュアルキュア型の接着剤が有する上述した優れた接着特性を維持しつつ、接着操作を簡便、且つ迅速に行うことのできる、デュアルキュア型、且つ1ステップ型の2液型の歯科用接着剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するための請求項1記載の発明に係る2液型の歯科用接着剤は、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)と、水溶性の重合性単量体(B)と、光重合開始剤(D)と、架橋性重合性単量体(F)と、有機過酸化物(G)とを含有してなるA液と、水(C)と、芳香族第3級アミン(E)と、芳香族スルフィン酸塩(H)とを含有してなるB液とからなる。
【0013】
請求項2記載の発明に係る2液型の歯科用接着剤は、請求項1記載の2液型の歯科用接着剤において、芳香族スルフィン酸塩(H)が、下記化1で表されるベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)と、下記化2で表されるベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)とからなる。
【0014】
【化1】

【0015】
〔式中、R1 及びR5 は各独立して炭素数1〜6の置換基、R2 、R3 及びR4 は各独立して重合性単量体に対して不活性な原子又は置換基、Mn+はn価のカチオン、nは1〜4の整数である。〕
【0016】
1 及びR5 は、芳香族スルフィン酸塩のスルフィネート基(−SO2 M)に対してオルト位に位置し、そのスルフィネート基が重合性単量体(A液中の成分(A)、(B)、(F)など)の炭素−炭素二重結合に付加する反応に対して立体障害を及ぼす程に嵩高い置換基である。ここでR1 およびR5 は嵩高い基であることが重要であり、何れか一方のみが嵩高い基である場合にはスルフィネートの二重結合への付加反応に対する立体障害が十分ではなく本発明の目的を達成することはできない。R1 及びR5 の炭素数が1、すなわちメチル基の場合でも上記の付加反応は抑制されるが、有意な程度の効果が得られるのは炭素数が2以上の場合、とりわけ3以上の場合であり、炭素数が大きいほど付加反応はより効果的に抑えられる。尤も、ある程度嵩高さが確保されるとそれ以上炭素数を多くしても付加反応抑制効果の増大は見込めず、また原料入手の容易さの点も考慮すると、炭素数6までが現実的である。当然のことながら、R1 およびR5 は重合性単量体の二重結合に対して不活性のものでなければならない。すなわち、R1 およびR5 は炭素数1ないし6の、水素原子がハロゲン原子によつて置換されていてもよい炭化水素基である。かかる炭化水素基の具体例としてはエチル基、2−クロロエチル基、2−ブロモ−2−クロロエチル基、プロピル基、イソプロピル基、パーフルオロプロピル基、アリル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、シクロヘキシル基、フェニル基、4−ブロモフェニル基が挙げられる。R2 、R3 及びR4 は重合性単量体の二重結合に対して不活性な原子または置換基であればよく、その種類が本発明の効果に影響を及ぼすものではない。重合性単量体の二重結合に対して不活性な原子または置換基の具体例としては、水素原子、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基、メチル基、エチル基、2−クロロエチル基、2−ブロモ−2−クロロエチル基、プロピル基、イソプロピル基、パーフルオロプロピル基、アリル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、シクロヘキシル基、フェニル基、4−ブロモフェニル基が挙げられる。Mn+はスルフィン酸アニオンの対イオンとしてスルフィン酸塩を形成する1ないし4価のカチオンであり、その具体例としては、Li+、Na+、K+ 、Rb+、Cs+等のアルカリ金属イオン、Be2+、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+等のアルカリ土類金属イオン、Cr2+、Cr3+、Mn2+、Fe2+、Fe3+、Co2+、Co3+、Ni2+、Cu2+、Zn2+、Rh2+、Pd2+、Ag+、Cd+、Ir3+、Ir4+、Hg2+等の遷移金属イオンおよびNH4+ 、(CH3CH23NH+ 等のアンモニウムイオンが挙げられる。これらの中でも、Li+、Na+、K+ 、Mg2+、Ca2+を対イオンとして用いた場合がとりわけ重合性単量体中での貯蔵安定性の点で優れており、さらに重合性単量体への溶解性の点でも好ましい。
【0017】
【化2】

【0018】
〔式中、R6 及びR10は水素原子、R7 、R8 及びR9 は各独立して重合性単量体に対して不活性な原子又は置換基、Mn+はn価のカチオン、nは1〜4の整数である。〕
【0019】
7 、R8 及びR9 は、重合性単量体の二重結合に対して不活性な原子または置換基であればよく、その種類が本発明の効果に影響を及ぼすものではない。具体例としては、水素原子、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基、メチル基、エチル基、2−クロロエチル基、2−ブロモ−2−クロロエチル基、プロピル基、イソプロピル基、パーフルオロプロピル基、アリル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、シクロヘキシル基、フェニル基、4−ブロモフェニル基等が挙げられる。Mn+はスルフィン酸アニオンの対イオンとしてスルフィン酸塩を形成する1ないし4価のカチオンであり、その具体例としては、Li+、Na+、K+ 、Rb+、Cs+等のアルカリ金属イオン、Be2+、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+等のアルカリ土類金属イオン、Cr2+、Cr3+、Mn2+、Fe2+、Fe3+、Co2+、Co3+、Ni2+、Cu2+、Zn2+、Rh2+、Pd2+、Ag+、Cd+、Ir3+、Ir4+、Hg2+等の遷移金属イオンおよびNH4+ 、(CH3CH23NH+ 等のアンモニウムイオンが挙げられる。これらの中でも、Li+、Na+、K+ 、Mg2+、Ca2+を対イオンとして用いた場合がとりわけ重合性単量体中での貯蔵安定性の点で優れており、さらに重合性単量体への溶解性の点でも好ましい。
【0020】
請求項3記載の発明に係る2液型の歯科用接着剤は、請求項1または2記載の2液型の歯科用接着剤において、水溶性揮発性有機溶剤(I)をさらに含有してなるものである。
【0021】
請求項4記載の発明に係る2液型の歯科用接着剤は、請求項1〜3のいずれか1項記載の2液型の歯科用接着剤において、フィラー(J)をさらに含有してなるものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る2液型の歯科用接着剤によれば、デュアルキュア型ゆえに優れた接着特性が発現されるとともに、1ステップ型ゆえに接着操作を簡便、且つ迅速に行うことができる。特に、芳香族スルフィン酸塩(H)として、上記化1で表される特定のベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)と上記化2で表される特定のベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)とを併用することにより、環境光に対する優れた安定性と高い接着強度とを両立させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明に係る2液型の歯科用接着剤は、A液とB液とからなる。A液は、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)と、水溶性の重合性単量体(B)と、光重合開始剤(D)と、架橋性重合性単量体(F)と、有機過酸化物(G)とを含有してなる。
【0024】
本発明における疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)とは、25°Cにおける水に対する溶解度が10重量%未満のものを意味する。同溶解度が5重量%未満のものが好ましく、同溶解度が1重量%未満のものがより好ましい。疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)は、歯質を脱灰しながら浸透して歯質と結合する。本発明において、水溶性の酸性基含有重合性単量体ではなく、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)を配合することとしたのは、水溶性の酸性基含有重合性単量体は、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)に比べて、歯質への浸透性には優れているものの、水溶性ゆえに重合硬化後の耐水性が悪いため、優れた接着耐久性(接着状態の持続性)が得られないからである。疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)は、1価のリン酸基〔ホスフィニコ基:=P(=O)OH〕、2価のリン酸基〔ホスホノ基:−P(=O)(OH)2〕、ピロリン酸基〔−P(=O)(OH)−O−P(=O)(OH)−〕、カルボン酸基〔カルボキシル基:−C(=O)OH、酸無水物基:−C(=O)−O−C(=O)−〕、スルホン酸基〔スルホ基:−SO3H、−OSO3H〕等の酸性基を少なくとも一個有し、且つアクリロイル基、メタクリロイル基、ビニル基、ビニルベンジル基等の重合性基(ラジカル重合可能な不飽和基)を少なくとも一個有する重合性単量体である。具体例としては、下記のものが挙げられる。なお、以下においては、メタクリロイルとアクリロイルとを(メタ)アクリロイルと総称することがある。
【0025】
リン酸基含有重合性単量体(a−1)としては、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、7−(メタ)アクリロイルオキシヘプチルジハイドロジェンホスフェート、8−(メタ)アクリロイルオキシオクチルジハイドロジェンホスフェート、9−(メタ)アクリロイルオキシノニルジハイドロジェンホスフェート、10−(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、11−(メタ)アクリロイルオキシウンデシルジハイドロジェンホスフェート、12−(メタ)アクリロイルオキシドデシルジハイドロジェンホスフェート、16−(メタ)アクリロイルオキシヘキサデシルジハイドロジェンホスフェート、20−(メタ)アクリロイルオキシエイコシルジハイドロジェンホスフェート、ビス〔6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル〕ハイドロジェンホスフェート、ビス〔8−(メタ)アクリロイルオキシオクチル〕ハイドロジェンホスフェート、ビス〔9−(メタ)アクリロイルオキシノニル〕ハイドロジェンホスフェート、ビス〔10−(メタ)アクリロイルオキシデシル〕ハイドロジェンホスフェート、1,3−ジ(メタ)アクリロイルオキシプロピルジハイドロジェンホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−2−ブロモエチルハイドロジェンホスフェート、(5−メタクリロキシ)ペンチル−3−ホスホノプロピオネート、(6−メタクリロキシ)ヘキシル−3−ホスホノプロピオネート、(10−メタクリロキシ)デシル−3−ホスホノプロピオネート、(6−メタクリロキシ)ヘキシル−3−ホスホノアセテート、(10−メタクリロキシ)デシル−3−ホスホノアセテート、2−メタクリロイルオキシエチル(4−メトキシフェニル)ハイドロジェンホスフェート、2−メタクリロイルオキシプロピル(4−メトキシフェニル)ハイドロジェンホスフェートが例示される。
【0026】
ピロリン酸基含有重合性単量体(a−2)としては、ピロリン酸ビス〔6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル〕、ピロリン酸ビス〔8−(メタ)アクリロイルオキシオクチル〕、ピロリン酸ビス〔10−(メタ)アクリロイルオキシデシル〕が例示される。
【0027】
カルボン酸基含有重合性単量体(a−3)としては、4−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルオキシカルボニルフタル酸、4−(メタ)アクリロイルオキシオクチルオキシカルボニルフタル酸、4−(メタ)アクリロイルオキシデシルオキシカルボニルフタル酸、及びこれらの酸無水物、5−(メタ)アクリロイルアミノペンチルカルボン酸、6−(メタ)アクリロイルオキシ−1,1−ヘキサンジカルボン酸、8−(メタ)アクリロイルオキシ−1,1−オクタンジカルボン酸、10−(メタ)アクリロイルオキシ−1,1−デカンジカルボン酸、11−(メタ)アクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカルボン酸が例示される。
【0028】
スルホン酸基含有重合性単量体(a−4)としては、スチレンスルホン酸、6−スルホヘキシル(メタ)アクリレート、10−スルホデシル(メタ)アクリレートが例示される。
【0029】
上記の疎水性の酸性基含有重合性単量体(a−1)〜(a−4)の中では、リン酸基含有重合性単量体(a−1)およびピロリン酸基含有重合性単量体(a−2)が歯牙に対して優れた接着力を発現するので好ましく、特に、リン酸基が2価のリン酸基〔ホスホノ基:−P(=O)(OH)2 〕であるリン酸基含有重合性単量体(a−1)が好ましい。その中でも、分子内に主鎖の炭素数が2〜40のアルキル基又はアルキレン基を有する2価のリン酸基含有重合性単量体がより好ましく、10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート等の分子内に主鎖の炭素数が8〜12のアルキレン基を有する2価のリン酸基含有重合性単量体が最も好ましい。
【0030】
疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)の配合量が過多及び過少いずれの場合も接着力が低下することがある。疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量(A液とB液の総量)に基づいて、1〜50重量%の範囲が好ましく、1〜40重量%の範囲がより好ましく、5〜30重量%の範囲が最も好ましい。
【0031】
本発明における水溶性の重合性単量体(B)とは、25°Cにおける水に対する溶解度が10重量%以上のものを意味する。同溶解度が30重量%以上のものが好ましく、25°Cにおいて任意の割合で水に溶解可能なものがより好ましい。水溶性の重合性単量体(B)は、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)、光重合開始剤(D)、芳香族3級アミン(E)、架橋性重合性単量体(F)、有機過酸化物(G)及び芳香族スルフィン酸塩(H)の歯質への浸透を促進するとともに、自らも歯質に浸透して歯質中の有機成分(コラーゲン)に接着する。水溶性の重合性単量体(B)は、B液に配合する芳香族スルフィン酸塩(H)の一種であるベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)と反応するので(二重結合への付加反応)、その配合先はA液でなければならない。
【0032】
水溶性の重合性単量体(B)としては、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、1,3−ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3−ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−トリメチルアンモニウムエチル(メタ)アクリルクロライド、ポリエチレングルコールジ(メタ)アクリレート(オキシエチレン基の数が9以上のもの)が例示される。
【0033】
水溶性の重合性単量体(B)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。水溶性の重合性単量体(B)の配合量が過多及び過少いずれの場合も接着力が低下することがある。水溶性の重合性単量体(B)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、1〜60重量%の範囲が好ましく、5〜50重量の範囲がより好ましく、10〜40重量%の範囲が最も好ましい。
【0034】
光重合開始剤(D)としては、公知の光重合開始剤を使用することができる。具体例としては、α−ジケトン類(d−1)、ケタール類(d−2)、チオキサントン類(d−3)、アシルホスフィンオキサイド類(d−4)、クマリン類(d−5)が挙げられる。中でも、アシルホスフィンオキサイド類(d−4)が、優れた接着力を歯科用接着剤に与えるので好ましい。青色LEDを搭載した光照射器を使用して本発明に係る歯科用接着剤を硬化させる場合には、光重合開始剤として、カンファーキノン等のα−ジケトン類(d−1)が、優れた硬化性を歯科用接着剤に与えるので、好ましい。
【0035】
α−ジケトン類(d−1)としては、カンファーキノン、ベンジル、2,3−ペンタンジオンが例示される。
【0036】
ケタール類(d−2)としては、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタールが例示される。
【0037】
チオキサントン類(d−3)としては、2−クロロチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントンが例示される。
【0038】
アシルホスフィンオキサイド類(d−4)としては、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド、ジベンゾイルフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド、トリス(2,4−ジメチルベンゾイル)ホスフィンオキサイド、トリス(2−メトキシベンゾイル)ホスフィンオキサイド、2,6−ジメトキシベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、2,6−ジクロロベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、2,3,5,6−テトラメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ベンゾイル−ビス(2,6−ジメチルフェニル)ホスホネート、2,4,6−トリメチルベンゾイルエトキシフェニルホスフィンオキサイドが例示される。
【0039】
クマリン類(d−5)としては、3,3’−カルボニルビス(7−ジエチルアミノ)クマリン、3−(4−メトキシベンゾイル)クマリン、3−チェノイルクマリンが例示される。
【0040】
光重合開始剤(D)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。光重合開始剤(D)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.01〜10重量%の範囲が好ましく、0.1〜7重量%の範囲がより好ましく、0.5〜5重量%の範囲が最も好ましい。
【0041】
本発明における架橋性重合性単量体(F)とは、分子内に、少なくとも2個の重合性基を有し、酸性基を有さず、疎水性、すなわち25°Cにおける水に対する溶解度が10重量%未満の重合性単量体を意味する。架橋性重合性単量体(F)は、重合硬化性に劣る疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)及び水溶性の重合性単量体(B)と重合して、優れた硬化性(特に、機械的強度及び耐水性)を硬化物に付与する。架橋性重合性単量体(F)は、B液に配合する芳香族スルフィン酸塩(H)の一種であるベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)と反応するので(二重結合への付加反応)、その配合先はA液でなければならない。架橋性重合性単量体(F)の具体例としては、ビスフェノールAジグリシジル(メタ)アクリレート、2,2−ビス〔4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル〕プロパン、2,2−ビス〔4−(メタ)アクリロイルオキシポリエトキシフェニル〕プロパン、[2,2,4−トリメチルヘキサメチレンビス(2−カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレートおよび1,10−デカンジオールジ(メタ)アクリレートが挙げられる。それらの中でも、優れた硬化性を得る上で、分子内に少なくとも3個の重合性基を有し、且つ炭素原子が環状又は直鎖状に少なくとも6個連続して結合した炭化水素基を有する化合物が好ましい。
【0042】
架橋性重合性単量体(F)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。架橋性重合性単量体(F)の配合量が過多な場合は、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)の歯質への浸透性が低下して、接着力が低下することがあり、一方同配合量が過少な場合は、組成物の硬化性が低下して高い接着力を発現できなくなることがある。架橋性重合性単量体(F)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、5〜60重量%の範囲が好ましく、10〜50重量%の範囲がより好ましく、20〜40重量%の範囲が最も好ましい。
【0043】
組成物の親水性/疎水性バランス、粘度の調整、機械的強度又は接着力の向上のために、A液に、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)、水溶性の重合性単量体(B)及び架橋性重合性単量体(F)以外の重合性単量体を配合してもよい。
【0044】
かかる任意的に配合する重合性単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、2,3−ジブロモプロピル(メタ)アクリレート、3−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、11−メタクリロイルオキシウンデシルトリメトキシシラン、10−ヒドロキシデシル(メタ)アクリレートが例示される。
【0045】
これらの任意的に配合する重合性単量体は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。これらの重合性単量体の配合量が過多な場合は、歯質への浸透性が低下して接着力が低下することがある。通常、これらの重合性単量体の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、40重量%以下が好ましく、20重量%以下がより好ましく、10重量%以下が最も好ましい。
【0046】
有機過酸化物(G)はレドックス重合開始剤の酸化剤である。有機過酸化物(G)としては、ジアシルパーオキサイド類、パーオキシエステル類、ジアルキルパーオキサイド類、パーオキシケタール類、ケトンパーオキサイド類、ハイドロパーオキサイド類が例示される。ジアシルパーオキサイド類の具体例としてはベンゾイルパーオキサイド、2,4−ジクロロベンゾイルパーオキサイド、m−トルオイルパーオキサイドが挙げられる。パーオキシエステル類の具体例としては、t−ブチルパーオキシベンゾエート、ビス−t−ブチルパーオキシイソフタレート、2,5−ジメチル−2,5−ビス(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、t−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、t−ブチルパーオキシイソプロピルカーボネートが挙げられる。ジアルキルパーオキサイド類の具体例としては、ジクミルパーオキサイド、ジ−t−ブチルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイドが挙げられる。パーオキシケタール類の具体例としては、1,1−ビス(t−ブチルパーオキシ)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンが挙げられる。ケトンパーオキサイド類の具体例としては、メチルエチルケトンパーオキサイド、シクロヘキサノンパーオキサイド、メチルアセトアセテートパーオキサイド等が挙げられる。ハイドロパーオキサイド類の具体例としては、t−ブチルハイドロパーオキサイド、クメンヒドロパーオキサイド、p−ジイソプロピルベンゼンパーオキサイドが挙げられる。
【0047】
一方、B液は、水(C)と、芳香族第3級アミン(E)と、芳香族スルフィン酸塩(H)とを含有してなる。
【0048】
水(C)は、A液中の疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)による歯質に対する脱灰作用を促進する。接着性に悪影響を及ぼす不純物を実質的に含有しないものを使用する必要がある。蒸留水又はイオン交換水が好ましい。水(C)の配合量が過多及び過少いずれの場合も接着力が低下することがある。水(C)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、1〜50重量%の範囲が好ましく、5〜30重量%の範囲がより好ましく、10〜20重量%の範囲が最も好ましい。
【0049】
芳香族第3級アミン(E)は、酸化剤である有機過酸化物(G)とレドックス反応してラジカル重合を開始させる還元剤として配合される。保存中の有機過酸化物(G)とのレドックス反応を禁止するために、芳香族第3級アミン(E)の配合先はB液でなければならない。芳香族第3級アミン(E)としては、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−3,5−ジメチルアニリン、N,N−ジメチル−3,4−ジメチルアニリン、N,N−ジメチル−4−エチルアニリン、N,N−ジメチル−4−イソプロピルアニリン、N,N−ジメチル−4−t−ブチルアニリン、N,N−ジメチル−3,5−ジ−t−ブチルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−3,5−ジメチルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−3,4−ジメチルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−4−エチルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−4−イソプロピルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−4−t−ブチルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−3,5−ジ−イソプロピルアニリン、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−3,5−ジ−t−ブチルアニリン、4−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル、4−N,N―ジメチルアミノ安息香酸メチル、4−N,N−ジメチルアミノ安息香酸n−ブトキシエチル、4−N,N−ジメチルアミノ安息香酸2−(メタクリロイルオキシ)エチル、4−N,N−ジメチルアミノベンゾフェノンが例示される。
【0050】
芳香族第3級アミン(E)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。芳香族第3級アミン(E)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.01〜10重量%の範囲が好ましく、0.05〜5重量%の範囲がより好ましく、0.1〜2.5重量%の範囲が最も好ましい。芳香族第3級アミン(E)の配合量が、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.01重量%未満又は10重量%を越えた場合は、接着力が低下することがある。
【0051】
芳香族スルフィン酸塩(H)は、A液とB液を混合後に、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)が存在しても速やかに重合が進行するようにするために配合される。すなわち、疎水性の酸性基重合性単量体(A)は歯質に対する接着性を向上させるために配合されるが、これを配合するとレドックス系重合開始剤((G)と(E))による重合速度が極めて遅くなる。しかし、A液中の有機過酸化物(G)とB液中の芳香族第3級アミン(E)に加えて、さらにB液に芳香族スルフィン酸塩(H)を配合することにより、疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)の存在下でも速やかに化学重合が進行するようになる。弱塩基である芳香族スルフィン酸塩(H)は酸である疎水性の酸性基重合性単量体(A)や、有機過酸化物(G)と反応するので、その配合先はB液でなければならない。
【0052】
芳香族スルフィン酸塩(H)としては、上記したベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)およびベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)が例示される。ベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)としては、2,4,6−トリメチルベンゼンスルフィン酸ナトリウム、2,4,6−トリメチルベンゼンスルフィン酸カリウム、2,4,6−トリメチルベンゼンスルフィン酸カルシウム、2,4,6−トリメチルベンゼンスルフィン酸リチウム、2,4,6−トリエチルベンゼンスルフィン酸ナトリウム、2,4,6−トリエチルベンゼンスルフィン酸カリウム、2,4,6−トリエチルベンゼンスルフィン酸カルシウム、2,4,6−イソプロピルベンゼンスルフィン酸、2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸ナトリウム、2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸カリウム、2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸カルシウムが例示される。また、ベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)としては、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、ベンゼンスルフィン酸カリウム、ベンゼンスルフィン酸カルシウム、ベンゼンスルフィン酸リチウム、トルエンスルフィン酸ナトリウム、トルエンスルフィン酸カリウム、トルエンスルフィン酸カルシウム、トルエンスルフィン酸リチウムが例示される。
【0053】
芳香族スルフィン酸塩(H)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。芳香族スルフィン酸塩(H)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.01〜10重量%の範囲が好ましく、0.05〜5重量%の範囲がより好ましく、0.1〜2.5重量%の範囲が最も好ましい。芳香族スルフィン酸塩(H)の配合量が、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.01重量%未満又は10重量%を越えた場合は、接着力が低下することがある。
【0054】
芳香族スルフィン酸塩(H)として、ベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)とベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)とを併用することにより、環境光に対する優れた安定性と高い接着強度とを両立させることができる。ベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)とベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)の併用の最も好ましい具体例としては、2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸ナトリウムとベンゼンスルフィン酸ナトリウムとの併用が挙げられる。
【0055】
ベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)およびベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)を併用する場合の両者の重量比は、接着力と環境光安定性との物性バランスに優れた接着剤を得る上で、(h−1):(h−2)=1:3〜1:0.2が好ましく、同1:2〜1:0.5がより好ましい。
【0056】
接着力、塗布性、歯質への浸透性、並びに、酸性基含有重合性単量体(A)、光重合開始剤(D)及び架橋性重合性単量体(F)の水(C)に対する溶解性を向上させるために、水溶性揮発性有機溶剤(I)を配合してもよい。水溶性揮発性有機溶剤(I)は、A液またはB液のいずれに配合してもよいが、芳香族第3級アミン(E)は水溶性揮発性有機溶剤(I)がなければ溶解しにくくなってB液が懸濁する傾向があるので、水溶性揮発性有機溶剤(I)はB液に配合することが好ましい。水溶性揮発性有機溶剤(I)としては、通常、常圧下における沸点が150°C以下であり、且つ25°Cにおける水に対する溶解度が5重量%以上、より好ましくは30重量%以上、最も好ましくは任意の割合で水に溶解可能な有機溶剤が使用される。中でも、常圧下における沸点が100°C以下の水溶性揮発性有機溶剤が好ましく、その具体例としては、エタノール、メタノール、1−プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、テトラヒドロフランが挙げられる。
【0057】
水溶性揮発性有機溶剤(I)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。水溶性揮発性有機溶剤(I)の配合量が過多な場合は接着力が低下することがある。水溶性揮発性有機溶剤(I)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、1〜70重量%の範囲が好ましく、5〜50重量の範囲がより好ましく、10〜30重量%の範囲が最も好ましい。
【0058】
接着力、塗布性、流動性、X線不透過性、機械的強度を向上させるために、フィラー(J)を配合してもよい。フィラー(J)は、A液またはB液のいずれに配合してもよい。フィラー(J)は、1種単独を配合してもよく、複数種類を組み合わせて配合してもよい。フィラー(J)としては、無機系フィラー、有機系フィラー及び無機系フィラーと有機系フィラーとの複合体フィラーが挙げられる。
【0059】
無機系フィラーとしては、シリカ;カオリン、クレー、雲母、マイカ等のシリカを基材とする鉱物;シリカを基材とし、Al23、B23、TiO2、ZrO2、BaO、La23、SrO2、CaO、P25などを含有する、セラミックス及びガラス類が例示される。ガラス類としては、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス、ソーダガラス、リチウムボロシリケートガラス、亜鉛ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、ホウ珪酸ガラス、バイオガラスが好適に用いられる。結晶石英、ヒドロキシアパタイト、アルミナ、酸化チタン、酸化イットリウム、ジルコニア、リン酸カルシウム、硫酸バリウム、水酸化アルミニウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化リチウム、フッ化イッテルビウムも好適に用いられる。
【0060】
有機系フィラーとしては、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、多官能メタクリレートの重合体、ポリアミド、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、スチレン−ブタジエンゴムが例示される。
【0061】
無機系フィラーと有機系フィラーとの複合体フィラーとしては、有機系フィラーに無機系フィラーを分散させたもの、無機系フィラーを種々の重合性単量体にてコーティングした無機/有機複合フィラーが例示される。
【0062】
硬化性、機械的強度、塗布性を向上させるために、フィラー(J)をシランカップリング剤等の公知の表面処理剤で予め表面処理してから用いてもよい。表面処理剤としては、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリ(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシランが例示される。
【0063】
フィラー(J)としては、接着力、塗布性の点で、一次粒子径が0.001〜0.1μmの微粒子フィラーが好ましく使用される。市販品としては、「アエロジルOX50」、「アエロジル50」、「アエロジル200」、「アエロジル380」、「アエロジルR972」、「アエロジル130」(以上、いずれも日本アエロジル社製、商品名)が挙げられる。
【0064】
フィラー(J)の配合量は、歯科用接着剤組成物の全重量に基づいて、0.1〜30重量%の範囲が好ましく、0.5〜20重量%の範囲がより好ましく、1〜10重量%の範囲が最も好ましい。
【0065】
A液またはB液に、歯質に耐酸性を付与することを目的として、フッ素イオン放出性物質を配合してもよい。フッ素イオン放出性物質としては、フルオロアルミノシリケートガラス等のフッ素ガラス類;フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化リチウム、フッ化イッテルビウム等の金属フッ化物;メタクリル酸メチルとメタクリル酸フルオライドとの共重合体等のフッ素イオン放出性ポリマー;セチルアミンフッ化水素酸塩等のフッ素イオン放出性物質が例示される。
【0066】
A液またはB液に、安定剤(重合禁止剤)、着色剤、蛍光剤、紫外線吸収剤等の添加剤を配合してもよい。また、セチルピリジニウムクロライド、塩化ベンザルコニウム、(メタ)アクリロイルオキシドデシルピリジニウムブロマイド、(メタ)アクリロイルオキシヘキサデシルピリジニウムクロライド、(メタ)アクリロイルオキシデシルアンモニウムクロライド、トリクロサン等の抗菌性物質を配合してもよい。
【0067】
次に、本発明に係る2液型の歯科用接着剤の使用方法の一例を説明する。先ず、A液とB液を混合し、混合液をスポンジ又はブラシを用いて治療すべき歯牙に塗布し、その状態で0秒(すなわち塗布後すぐに下記のエアーブローを行う)〜120秒間、好ましくは1〜60秒間、より好ましくは5〜30秒間、最も好ましくは10〜20秒間、静置するか、或いは、歯質表面上でスポンジ等を用いて60秒以内の範囲で擦り続ける。次いで、歯科用エアーシリンジを用いてエアーブローを行った後に、コンポジットレジン、セメント、小窩裂溝填塞材料等の充填修復材料を歯科用接着剤の塗布面に塗布して、両者を同時に硬化させる。尤も、本発明に係る歯科用接着剤には、光重合開始剤(D)が配合されているので、充填修復材料を塗布する前に、歯質表面に塗布した歯科用接着剤に歯科用可視光線照射器などを用いて光照射してこれを重合硬化させる方が、より優れた接着力が得られるので、好ましい。本発明に係る歯科用接着剤によれば、歯牙に適用する前に、リン酸エッチング剤やセルフエチングプライマーによる前処理を行う必要がなく、A液とB液の混合液を一度歯牙へ適用するだけで接着操作を完結することができる。
【0068】
本発明に係る歯科用接着剤は、歯質だけでなく、破折した歯冠修復材料(金属、陶材、セラミックス、コンポジット硬化物など)に対しても優れた接着力を発現する。本発明に係る歯科用接着剤を破折した歯冠修復材料の接着に用いる場合は、本発明に係る歯科用接着剤と、市販の金属接着用プライマー、陶材接着用のプライマー等のプライマーや次塩素酸塩、過酸化水素水等の歯面清掃剤とを組み合わせて用いてもよい。
【実施例】
【0069】
本発明を実施例により更に詳細に説明する。本発明は下記の実施例に限定されるものではない。以下に登場する略記号は、それぞれ次のものを表す。
【0070】
〔酸性基含有重合性単量体(A)〕
MDP:10−メタクリロリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
【0071】
〔水溶性の重合性単量体(B)〕
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
【0072】
〔光重合開始剤(D)〕
CQ:dl−カンファーキノン
TMDPO:2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド
【0073】
〔芳香族第3級アミン(E)〕
DABB;4−N,N−ジメチルアミノ安息香酸n−ブトキシエチル
DEPT:N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−p−トルイジン
【0074】
〔架橋性重合性単量体(F)〕
Bis−GMA:ビスフェノールAジグリシジルメタクリレート
【0075】
〔有機過酸化物(G)〕
BPO:ベンゾイルパーオキサイド
【0076】
〔芳香族スルフィン酸塩(H)〕
BSS:ベンゼンスルフィン酸ナトリウム
TPSS:2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸ナトリウム
【0077】
〔フィラー(J)〕
R972:アエロジル社製の微粒子シリカ
【0078】
〔その他〕
BHT:2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール(安定剤(重合禁止剤))
【0079】
(実施例1〜9および比較例1〜9)
表1または表2に示す成分を混合してA液およびB液を調製し、両液を重量比1:1で混合して2液型の歯科用接着剤を調製した。各2液型の歯科用接着剤について、下記の試験方法により、光重合による接着強度、化学重合による接着強度および環境光に対する安定性を調べた。結果を表1または表2に示す。
【0080】
〈光重合による接着強度の測定方法〉
牛の前歯を#1000シリコン・カーバイド紙(日本研紙社製)で平滑に湿潤研磨してエナメル質表面又は象牙質表面を露出させた後、表面の水を歯科用エアーシリンジを用いて吹き飛ばす。露出したエナメル質表面又は象牙質表面に、直径3mmの丸穴を有する厚さ約150μmの粘着テープを貼着し、丸穴に歯科用接着剤組成物(非貯蔵品)を筆を用いて塗布し、20秒間放置した後、歯科用エアーシリンジを用いて当該歯科用接着剤組成物の流動性が無くなるまで乾燥する。次いで、歯科用光照射器(モリタ社製、商品名「JETLITE3000」)を用いて10秒間光照射を行う。次いで、その歯科用接着剤組成物の上にデュアルキュア型コンポジットレジン(クラレメディカル社製、商品名「クリアフィルDCコアオートミックス」)を載置し、離型フィルム(クラレ社製、商品名「エバール」)を被せた後、その離型フィルムの上にスライドガラスを載置して押しつけ、歯科用光照射器「JETLITE3000」を用いて20秒間光照射して、硬化させる。次いで、この硬化面に対して、歯科用レジンセメント(クラレメディカル社製、商品名「パナビア21」)を用いて、直径5mm、長さ1.5cmのステンレス製の円柱棒の一方の端面(円形断面)を接着し、30分間静置して、試験片とする。試験片は、全部で16個(エナメル質表面を露出させたもの8個、象牙質表面を露出させたもの8個)作製する。次いで、試験片を、サンプル容器内の蒸留水に浸漬した状態で、37°Cに設定した恒温器内に24時間放置した後、取り出して、接着強度を測定する。接着強度(引張接着強度)の測定には万能試験機(インストロン社製)を用い、クロスヘッドスピードを2mm/分に設定して測定する。
【0081】
〈化学重合による接着強度の測定方法〉
牛の前歯を#1000シリコン・カーバイド紙(日本研紙社製)で平滑に湿潤研磨してエナメル質表面又は象牙質表面を露出させた後、表面の水を歯科用エアーシリンジを用いて吹き飛ばす。露出したエナメル質表面又は象牙質表面に、直径3mmの丸穴を有する厚さ約150μmの粘着テープを貼着し、丸穴に歯科用接着剤組成物(非貯蔵品)を筆を用いて塗布し、20秒間放置した後、歯科用エアーシリンジを用いて当該歯科用接着剤組成物の流動性が無くなるまで乾燥する。次いで、その歯科用接着剤組成物の上にデュアルキュア型コンポジットレジン(クラレメディカル社製、商品名「クリアフィルDCコアオートミックス」)を載置し、離型フィルム(クラレ社製、商品名「エバール」)を被せた後その離型フィルムの上にスライドガラスを載置して押しつけ、30分間放置し硬化させる。次いで、この硬化面に対して、歯科用レジンセメント(クラレメディカル社製、商品名「パナビア21」)を用いて、直径5mm、長さ1.5cmのステンレス製の円柱棒の一方の端面(円形断面)を接着し、30分間静置して、試験片とする。試験片は、全部で16個(エナメル質表面を露出させたもの8個、象牙質表面を露出させたもの8個)作製する。次いで、試験片を、サンプル容器内の蒸留水に浸漬した状態で、37°Cに設定した恒温器内に24時間放置した後、取り出して、接着強度を測定する。接着強度(引張接着強度)の測定には万能試験機(インストロン社製)を用い、クロスヘッドスピードを2mm/分に設定して測定する。
【0082】
〈環境光に対する安定性の測定方法〉
液状の試料(接着剤)の表面が1000ルックスになるように光源と試料との距離を設定する。光源には15Wの蛍光灯を用い、照度計(トプコン社製、商品コード「IM3」)にて測定される照度が1000ルックスになるように、試料と蛍光灯の距離を設定する。A液およびB液を0.015gずつ量り採り、混合する。この混合物に上記の蛍光灯の光を10秒間照射した後、プラスチック製のスパチュラで混合物をつつき、ゲル状物の有無を確認することにより、固まり始めるまでの時間を計測する。固まり始めるまでの時間が長いほど環境光に対する安定性に優れ、良好な操作余裕時間を確保することができる。
【0083】
【表1】

【0084】
【表2】

【0085】
表1に示すように、実施例1〜9の歯科用接着剤は光重合および化学重合のいずれによる接着においても接着強度が高く、また環境光に対して優れた安定性を示した。また、芳香族スルフィン酸塩(H)として、BSSのみを配合した実施例7の歯科用接着剤は環境光に対する安定性には優れているものの、化学重合による接着強度が実施例1の歯科用接着剤と比べてやや低く、一方、TPSSのみを配合した実施例8の歯科用接着剤は化学重合による接着強度は高いものの、環境光に対する安定性が実施例1の歯科用接着剤と比べてやや劣ることが分かる。
【0086】
表2に示すように、比較例1〜3および5〜9の歯科用接着剤は、化学重合による牛歯象牙質に対する接着強度が実施例1〜9の歯科用接着剤と比べて極めて低かった。また、光重合開始剤を配合していない比較例4の歯科用接着剤は、光重合による牛歯象牙質に対する接着強度が実施例1の歯科用接着剤と比べて低かった。これらのことから、本発明における必須配合成分である(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)および(H)のうちのいずれか一成分でも欠けた場合には、優れた接着力を発現する歯科用接着剤を得ることができなくなることが分かる。なお、表2中に、「脱落」とあるのは、水中での保存中に被着体からステンレス製の棒が外れてしまい、接着強度を測定することができなかったことを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性の酸性基含有重合性単量体(A)と、水溶性の重合性単量体(B)と、光重合開始剤(D)と、架橋性重合性単量体(F)と、有機過酸化物(G)とを含有してなるA液と、水(C)と、芳香族第3級アミン(E)と、芳香族スルフィン酸塩(H)とを含有してなるB液とからなる2液型の歯科用接着剤。
【請求項2】
芳香族スルフィン酸塩(H)が、下記化1で表されるベンゼンスルフィン酸塩誘導体(h−1)と、下記化2で表されるベンゼンスルフィン酸塩またはその誘導体(h−2)とからなる請求項1記載の2液型の歯科用接着剤。
【化1】

〔式中、R1 およびR5 は各独立して炭素数1〜6の置換基、R2 、R3 及びR4 は各独立して重合性単量体に対して不活性な原子又は置換基、Mn+はn価のカチオン、nは1〜4の整数である。〕
【化2】

〔式中、R6 及びR10は水素原子、R7 、R8 及びR9 は各独立して重合性単量体に対して不活性な原子又は置換基、Mn+はn価のカチオン、nは1〜4の整数である。〕
【請求項3】
水溶性揮発性有機溶剤(I)をさらに含有してなる請求項1または2記載の2液型の歯科用接着剤。
【請求項4】
フィラー(J)をさらに含有してなる請求項1〜3のいずれか1項記載の2液型の歯科用接着剤。