説明

3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体、該糖鎖アスパラギン、該糖鎖およびそれらの製造方法

【課題】 アスパラギンのアミノ基窒素が脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 式(1)で表されるアスパラギンのアミノ基窒素が脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体。
【化1】




〔式中、RおよびRは異なって、水素原子あるいはガラクトースを示す。Qは脂溶性の保護基、ビオチン基またはFITC基を示す。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体、3分岐型糖鎖アスパラギン、3分岐型糖鎖およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、核酸(DNA)、タンパク質に続く第三の鎖状生命分子として、糖鎖分子が注目されてきている。ヒトの体は、約60兆個の細胞から成っている一大細胞社会であり、全ての細胞表面は糖鎖分子によって覆われている。例えば、ABO式血液型は細胞表面の糖鎖の違いにより決定されている。
糖鎖は、細胞間の認識や相互作用に関わる働きをもち、細胞社会を成り立たせる要となっている。細胞社会の乱れは、癌、慢性疾患、感染症、老化などにつながる。
例えば、細胞が癌化すると糖鎖の構造変化が起こることが分かっている。また、コレラ菌やインフルエンザウイルスなどは、ある特定の糖鎖を認識し結合することにより、細胞に侵入し感染することが知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
糖鎖は単糖の配列、結合様式・部位、鎖の長さ・分岐様式、全体の高次構造などの多様性から、核酸やタンパク質の構造と比べると非常に複雑な構造である。従って、その構造に由来する生物学的な情報は核酸やタンパク質に比べて多種多様である。糖鎖は、研究の重要性を認識されながらも、その構造の複雑さや多様性により、核酸やタンパク質に比べて研究の推進が遅れている状況にある。
【0004】
E.Meinjohanns(J.Chem.Soc.Perkin Trans1,1998,p549−560)らは、Bovine Fetuin(ウシ由来の糖タンパク質)から2分岐型糖鎖アスパラギンを合成している。最初の原料である2分岐型糖鎖を得るためにヒドラジン分解反応を利用している。このヒドラジンは毒性が高く、得られる糖鎖の誘導体を医薬品に応用する場合、微量のヒドラジン混入の可能性があるため安全性の点で問題がある。
【0005】
本発明の課題は、アスパラギンのアミノ基窒素が脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体およびその製造方法を提供することにある。
また、本発明の課題は、3分岐型糖鎖アスパラギン、3分岐型糖鎖およびそれらの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の発明に係る。
1. 式(1)で表されるアスパラギンのアミノ基窒素が脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体。
【0007】
【化1】

〔式中、RおよびRは異なって、水素原子あるいはガラクトースを示す。Qは脂溶性の保護基、ビオチン基またはFITC基を示す。〕
【0008】
2. 式(2)の3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギン残基を除去した3分岐型糖鎖。
【0009】
【化2】

〔式中、RおよびRは異なって、水素原子あるいはガラクトースを示す。〕
【0010】
3. ビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を結合させたマイクロプレート。
4. ビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を結合させたアフィニティーカラム。
【0011】
本発明者は、Bovine Fetuin(ウシ由来の糖タンパク質)から、種々の単離された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を容易かつ大量、高純度に得ることができる、3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体、3分岐型糖鎖の製造方法を開発した。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、医薬品開発等の分野において有用な単離された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を従来に比べて非常に容易かつ大量に得ることができる。また本発明によれば、3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体と共に有用な単離された3分岐型糖鎖アスパラギンおよび3分岐型糖鎖をそれぞれ従来に比べて非常に容易かつ大量に得ることができる。
更に本発明によれば、ビオチン・アビジンの結合特異性を利用し、ビオチン化した複数の糖鎖をアビジン化されたマイクロプレート上で反応させるだけで簡単に糖鎖マイクロチップを製造することができる。これにより、特定の糖鎖と結合能を有するタンパク質を解明することができる。
また、ある特定のタンパク質を分離精製する目的で、アビジン化したアフィニティーカラムに特定のビオチン化した糖鎖を結合し固定化し、そこに、ビオチン化した糖鎖と特異的結合能を有するタンパク質を含む混合物を通すことにより目的とするタンパク質のみを単離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造方法は、例えば、天然の糖タンパク質に由来する糖鎖アスパラギン、好ましくはアスパラギン結合型糖鎖から得られる糖鎖アスパラギンの混合物に含まれる当該3分岐型糖鎖アスパラギンに脂溶性の保護基を導入(結合)して3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の混合物を得た後に当該混合物を各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体に分離することを1つの大きな特徴とする。なお、本明細書において、「糖鎖アスパラギン」とはアスパラギンが結合した状態の糖鎖をいう。また、「アスパラギン結合型糖鎖」とはタンパク質のポリペプチド中のアスパラギン(Asn)の酸アミノ基に、還元末端に存在するN−アセチルグルコサミンがN−グリコシド結合した糖鎖群であって、Man(β1−4)GlcNac(β1−4)GlcNacを母核とする糖鎖群をいう。「糖鎖アスパラギン誘導体」とはアスパラギン残基に脂溶性の保護基が結合した状態の糖鎖アスパラギンをいう。また、化合物の構造式中、「AcHN」はアセトアミド基を示す。
【0014】
前記するように、天然の糖タンパク質に由来する糖鎖は非還元末端の糖残基がランダムに欠失した糖鎖の混合物である。本発明者らは、意外にも天然の糖タンパク質に由来する糖鎖、具体的には糖鎖アスパラギンの混合物に含まれる当該3分岐型糖鎖アスパラギンに脂溶性の保護基を導入することで、当該保護基が導入された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の混合物を公知のクロマトグラフィーの手法を用いて容易に個々の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体に分離することができることを見出した。それにより、本発明の構造を有する3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を大量に調製することが可能となった。
【0015】
このように、3分岐型糖鎖アスパラギンに脂溶性の保護基を導入して誘導体化することにより個々の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の分離が可能となったが、これは、脂溶性の保護基を導入したことにより3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の全体の脂溶性が高まり、例えば、好適に使用される逆相系カラムとの相互作用が格段に向上し、その結果、より鋭敏に糖鎖構造の差を反映して個々の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体が分離されるようになったことによると考えられる。例えば、本発明において好適に使用される脂溶性の保護基であるFmoc基の脂溶性は非常に高い。すなわち、Fmoc基のフルオレニル骨格は、中心の5員環にベンゼン環が2つ結合した非常に脂溶性の高い性質の構造をとっており、例えば、逆相系カラムの1つであるODSカラムのオクタデシル基と非常に強い相互作用を生み、似た構造の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の分離が可能になったものと考えられる。
【0016】
さらに本発明によれば、後述するように、得られた3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の保護基を除去することにより種々の3分岐型糖鎖アスパラギンを、また、得られた3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギン残基を除去することにより種々の3分岐型糖鎖を、容易かつ大量に得ることができる。
【0017】
本発明の脂溶性の保護基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造方法は、具体的には、
(a)1種もしくは2種以上の3分岐型糖鎖アスパラギンを含む混合物に含まれる該3分岐型糖鎖アスパラギンに、脂溶性の保護基を導入して3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物を得る工程、ならびに
(b)該3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物、または該3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物に含まれる3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を加水分解して得られる混合物を、クロマトグラフィーに供して各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を分離する工程、を含むものである。
【0018】
工程(a)において使用される1種もしくは2種以上の3分岐型糖鎖アスパラギンを含む混合物としては、アスパラギンの結合した状態の糖鎖を1種もしくは2種以上含む混合物であれば特に限定されるものではない。例えば、アスパラギンが1または複数個結合した糖鎖を1種もしくは2種以上含む混合物であってもよい。中でも、入手の容易性の観点から、還元末端にアスパラギンが結合した糖鎖を1種もしくは2種以上含む混合物が好適である。なお、本明細書において「糖鎖」とは、任意の単糖が2以上結合したものをいう。
【0019】
かかる3分岐型糖鎖アスパラギンの混合物は、公知の方法により、好ましくは天然の原料、例えば、ウシ由来フュチュインから糖タンパク質および/または糖ペプチドの混合物を得、当該混合物に、例えば、タンパク質分解酵素、例えば、プロナーゼ(和光純薬社製)、アクチナーゼ−E(科研製薬社製)や、一般のカルボキシペプチダーゼ、アミノペプチダーゼなどの酵素を添加して、公知の反応条件下に反応を行ってペプチド部分を切断し、当該反応後の反応液として、または反応液より糖鎖アスパラギン以外の成分を公知の方法、例えば、ゲル濾過カラム、イオン交換カラムなどを用いた各種クロマトグラフィーや、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた精製法に従って除去することにより、得ることができる。
【0020】
以上のようにして得られた3分岐型糖鎖アスパラギンを含む混合物を用い、それに含まれる3分岐型糖鎖アスパラギンに脂溶性の保護基の導入を行う。当該保護基としては特に限定されるものではなく、例えば、Fmoc基やt−ブチルオキシカルボニル(Boc)基、ベンジル基、アリル基、アリルオキシカーボネート基、アセチル基などの、カーボネート系またはアミド系の保護基などを使用することができる。得られた3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を直ちに所望の糖ペプチドの合成に使用できるという観点から、当該保護基としては、Fmoc基またはBoc基などが好ましく、Fmoc基がより好ましい。Fmoc基はシアル酸など比較的酸性条件に不安定な糖が糖鎖に存在する場合に特に有効である。また、保護基の導入は公知の方法(例えば、Protecting groups in Organic Chemistry,John Wiley & Sons INC.,New York 1991,ISBN 0−471−62301−6を参照)に従って行えばよい。
【0021】
例えば、Fmoc基を用いる場合、3分岐型糖鎖アスパラギンを含む混合物に対し水およびDMFを適量加えた後、さらに9−フルオレニルメチル−N−スクシニミヂルカーボネートと炭酸水素ナトリウムを加えて溶解し、25℃にてアスパラギン残基へのFmoc基の結合反応を行うことにより、当該3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギン残基にFmoc基を導入することができる。
以上の操作により、脂溶性の保護基が導入された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の混合物が得られる。
【0022】
次いで、上記脂溶性の保護基が導入された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物を公知のクロマトグラフィー、特に分取型のクロマトグラフィーに供して各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体に分離する。各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体のクロマトグラフィーによる分離は、適宜、公知のクロマトグラフィーを単独でまたは複数組み合わせて用いることにより行うことができる。
【0023】
例えば、得られた3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物をゲル濾過カラムクロマトグラフィーで精製後、HPLCを用いて精製する。HPLCにおいて用い得るカラムとしては逆相系のカラムが好適であり、例えば、ODS、Phenyl系、ニトリル系や、陰イオン交換系のカラム、具体的には、例えば、ファルマシア社製モノQカラム、イヤトロン社製イアトロビーズカラムなどが利用可能である。分離条件等は適宜、公知の条件を参照して調整すればよい。以上の操作により、3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物から所望の各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を得ることができる。
【0024】
また、上記で得られた種々の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体に糖転移酵素により、種々の糖(例えば、シアル酸)を転移することにより所望の糖鎖構造を有する3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を効率的に得ることができる。例えば、糖転移酵素によりシアル酸を転移することによりシアル酸を含む所望の糖鎖構造を有する3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を得ることができる。また、使用する糖転移酵素により、結合様式の異なった所望の糖鎖構造を有する3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を得ることができる。
【0025】
シアル酸としては、一般に市販されているシアル酸あるいは化学合成したものを使用することができる。
シアル酸転移酵素としては、一般に市販されているもの、天然由来のもの、遺伝子組換えにより生産されたものを用いることができ、転移させるシアル酸の種類により適宜選択することができる。具体的には、α2,3転移酵素であるRat Recombinant由来のもの、α2,6転移酵素であるRat Liver由来のもの等を挙げることができる。また、シアル酸加水分解酵素を用いてpH調整等により平衡をずらすことにより、シアル酸を転移させてもよい。
【0026】
また本発明は、種々の単離された3分岐型糖鎖アスパラギンを大量に得ることができる3分岐型糖鎖アスパラギンの製造方法を提供する。当該方法は、前記3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造方法に従う3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造工程に続き、さらに、得られた3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体から保護基を除去する工程を含むものである。
3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体からの保護基の除去は、公知の方法に従って行うことができる(例えば、Protecting groups in Organic Chemistry,John Wiley & Sons INC.,New York 1991,ISBN 0−471−62301−6を参照)。例えば、保護基がFmoc基である場合、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)中、3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体にモルホリンを加えて反応を行うことによりFmoc基を除去することができる。また、Boc基は弱酸を反応させることで除去することができる。保護基除去後、所望により適宜、公知の方法、例えば、ゲル濾過カラム、イオン交換カラムなどを使用する各種クロマトグラフィーや、HPLCによる分離という方法によって精製することにより、3分岐型糖鎖アスパラギンを得てもよい。
【0027】
また、保護基がベンジル基である場合、ベンジル基の除去は、公知の方法に従って行うことができる(例えば、Protecting groups in Organic Chemistry,John Wiley & Sons INC.,New York 1991,ISBN 0−471−62301−6を参照)。
【0028】
本発明では、3分岐型糖鎖アスパラギンのアミノ基窒素をビオチン化またはFITC化した糖鎖アスパラギンを提供する。
上記ビオチン化とは3分岐型糖鎖アスパラギンのアミノ基と、ビオチン(ビタミンH)のカルボキシル基の反応によりアミド結合を生成させることである。
また上記FITC化とは3分岐型糖鎖アスパラギンのアミノ基と、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)のイソチオシアネート基の反応によりイソチオアミド結合を生成させることである。
【0029】
また本発明では、3分岐型糖鎖アスパラギンのアミノ基窒素をビオチン化またはFITC化した糖鎖アスパラギンの製造方法を提供する。
本発明のビオチン化またはFITC化3分岐型糖鎖アスパラギンの製造方法としては、例えば、上記の単離された3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギンのアミノ基窒素をビオチン化又はFITC化することにより得ることができる。
ビオチン化としては、公知の方法に従って行うことができる。例えば、3分岐型糖鎖アスパラギンを水に溶かし重炭酸ナトリウムを加え、ここに、D−(+)−ビオチニルスクシンイミドを溶かしたジメチルホルムアミドを加え、室温で20分反応させ、ゲル濾過カラム等で精製し、ビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギンを得ることができる。
【0030】
本発明のビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギンを結合させたマイクロプレートは、市販のアビジン化したマイクロプレート(例えば、ピアス社製)に、ビオチン化した3分岐型糖鎖アスパラギンを反応させることにより製造することができる。
また、本発明のビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギンを結合させたアフィニティーカラムは、市販のアビジン化したアフィニティーカラムに、ビオチン化した3分岐型糖鎖アスパラギンを反応させることにより製造することができる。
本発明のFITC化としては、公知の方法に従って行うことができる。例えば、3分岐型糖鎖アスパラギンを水に溶かして、アセトン、重炭酸ナトリウムを加え、ここに、フルオレセインイソチオシアネートを加え、室温で2時間反応させ、ゲル濾過カラム等で精製し、FITC化3分岐型糖鎖アスパラギンを得ることができる。
【0031】
本発明で得られたFITC化3分岐型糖鎖アスパラギンは、例えば、生体組織中の糖類を認識する受容体の研究、レクチンの糖結合特異性の研究に有用である。
さらに、3分岐型糖鎖アスパラギンからのアスパラギン残基の除去は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、3分岐型糖鎖アスパラギンを無水ヒドラジンと反応させた後、アセチル化することによりアスパラギン残基を除去して3分岐型糖鎖を得ることができる。また、3分岐型糖鎖アスパラギンを塩基性水溶液で加熱還流後、アセチル化することによってもアスパラギン残基を除去して3分岐型糖鎖を得ることができる。アスパラギン残基除去後、所望により適宜、公知の方法、例えば、ゲル濾過カラム、イオン交換カラムなどを使用する各種クロマトグラフィーや、HPLCによる分離という方法によって精製してもよい。
このように、本発明によれば、3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体、3分岐型糖鎖アスパラギンおよび3分岐型糖鎖(以下、3つ併せて糖鎖類という場合がある)を安価かつ効率的に大量に製造することができる。
【0032】
かかる糖鎖類は医薬品開発等の分野において非常に有用である。例えば、医薬品開発における応用例としては、例えば、ガンのワクチン合成があげられる。細胞がガン化すると体内にはなかった糖鎖が発現することが知られている。また、当該糖鎖を化学的に合成し、ワクチンとして個体に投与すると、ガンの増殖が抑制されることも知られている。そこで、本発明により糖鎖類を製造することができれば、ガンの治療に有効なワクチンの合成を行うことが可能である。また、本発明により得られる糖鎖類を、さらに化学的な反応および糖転移酵素による反応などを組み合わせて新たな糖残基を結合させて誘導体化し、新規なワクチンの合成を行うことも可能である。
【0033】
また、例えば、糖タンパク質であるエリスロポエチン(EPO)が、その赤血球増殖能により貧血の治療薬として使われているが、このEPOは糖鎖が結合していないと活性がでないことが判明している。このように、タンパク質には糖鎖の結合によって生理活性を発現するものがあるので、例えば、糖鎖を結合させることができない大腸菌発現系によりタンパク質のみを大量に調製し、次いで所望の糖鎖構造を有する、本発明により製造した糖鎖を導入することにより生理活性の発現を付与したり、また、任意のタンパク質に種々の糖鎖構造を有する、本発明により製造した3分岐型糖鎖を導入することにより、新たな生理活性を有する新規な糖タンパク質を合成することも可能である。
【0034】
また、天然の糖タンパク質に存在する糖鎖を本発明により製造した3分岐型糖鎖と置換することにより新たな生理活性を付与することも可能である。糖タンパク質が有する糖鎖を本発明により得られた3分岐型糖鎖と置換する技術としては、例えば、P.Sears and C.H.Wong,Science,2001,vol291,p2344〜2350に記載の方法をあげることができる。すなわち、糖タンパク質をβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ(Endo−H)で処理してタンパク質表面のアスパラギン残基にはN−アセチルグルコサミン残基が1つだけ結合した状態にする。次いで、本発明により得られた所望の3分岐型糖鎖をβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ(Endo−M)を用いて、前記N−アセチルグルコサミン残基に結合させるという方法があげられる。また、tRNAにN−アセチルグルコサミンを結合させておいて、大腸菌などの発現系を利用してN−アセチルグルコサミン残基を有する糖タンパク質を合成後、本発明により得られた所望の3分岐型糖鎖をEndo−Mを用いて導入することも可能である。
【0035】
また、現在、糖タンパク質を治療薬として利用する際の問題として、投与された糖タンパク質の代謝速度が速いことがあげられる。これは、糖タンパク質の糖鎖末端に存在するシアル酸が生体内で除去されると直ちに当該糖タンパク質が肝臓により代謝されることによる。そのため、ある程度の量の糖タンパク質を投与する必要がある。そこで、本発明により糖鎖の末端に除去されにくいシアル酸を新たに組み込んだ糖鎖を製造し、対象タンパク質に当該糖鎖をEndo−Mを利用して導入すれば、生体内での糖タンパク質の代謝速度を制御することが可能となり、投与する糖タンパク質の量を低くすることも可能である。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて説明するが、本発明は何らこれら実施例に限定されるものではない。
【0037】
実施例1
FETUIN(SIGMA社製、1g)を、リン酸緩衝液(pH=7.0,20ml)に溶解させた後、NaN(10mg)を加える。このものに、オリエンターゼONS(HBI社製、100mg)を加え50℃で約24時間静置させる。反応の終了をTLCにて確認した後、反応液をセライトにて濾過する。濾液を濃縮により減じ、ゲル濾過カラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,2.5×100cm,HO)で精製する。目的とする糖が含まれるフラクションを集めて濃縮、次いで凍結乾燥を行う。得られた残留物(約400mg)に、トリス−塩酸・塩化カルシウム緩衝溶液(pH=7.5,20ml)、NaN(20mg)を加え、溶解させる。このものに、アクチナーゼE(40mg)を加え12時間おきにpHをチェックしながら24時間静置させる。ここで、アクチナーゼE(20mg)をさらに追加して、12時間おきにpHをチェックしながら48時間静置させる。反応の終了をTLCで確認した後、セライトろ過を行い、濾液を濃縮して減じ、ゲル濾過カラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,2.5×100cm,HO)で精製する。目的とする糖が含まれるフラクションを集めて濃縮、次いで凍結乾燥を行う。
【0038】
得られた残留物(約250mg)に、水(1.25ml)、重炭酸ナトリウム(66mg)を加え溶解させる。反応液を、氷冷した後、DMF(1.75ml)を滴下させる。さらに、Fmoc−OSuを(130mg)を加え、室温で2時間反応させた。原料の消失をTLC(イソプロパノール:1M酢酸アンモニウム水溶液=3:2)で確認後、反応液を、アセトン(約60ml)中にゆっくりと滴下させる。析出してきた結晶を濾別したのち、乾燥させる。結晶を、水に溶解させた後、ODSカラム(コスモシール75C−OPN、nacalai tesque)にて、一度精製を行う。目的の糖鎖群が含まれるフラクションを、HPLCにて確認した後、それらを集め濃縮する。この液を、HPLC分取カラムにて精製した(YMC−Pack R&D ODS,D−ODS−5−A,20×250mm,AN/25mM AcONH buffer=18/82,7.5ml/min.,wave length;274nm)。15分付近に出てくる糖鎖群(1)、および20分付近に出てくる糖鎖群(2)を分取後、濃縮、次いでODSカラムにて脱塩処理を行う。これを分取後、ODSカラム(コスモシール75C−OPN、nacalai tesque)にて脱塩処理を行い、濃縮、凍結乾燥させる。
【0039】
それぞれの糖鎖群を、40mMのHCl溶液で2%濃度となるように溶解させ、50℃で、反応をHPLCでモニターしながら約34時間反応させる。それぞれ、原料がほぼ消失したのを確認した後、氷冷下に飽和重炭酸ナトリウム水溶液で中和する。反応液をメンブランフィルターでろ過した後に、濃縮を行う。それぞれの液を、HPLC分取カラムにて精製した(YMC−Pack R&D ODS,D−ODS−5−A,20×250mm,AN/25mM AcONH buffer=18/82,7.5ml/min.,wave length;274nm)。
糖鎖群(1)からは、37分後に得られるピーク、糖鎖群(2)からは、37分後に得られるピークを集め、それぞれ濃縮を行った後、ODSカラム(コスモシール75C−OPN、nacalai tesque)にて脱塩処理を行い、濃縮、凍結乾燥させると、糖鎖群(1)からは、化合物1が約3.8mg、糖鎖群(2)からは化合物2が約8.3mg得られた。
【0040】
【化3】

【0041】
得られた化合物のH−NMRデータは以下のとおりである。
H NMR(400MHz,DO,30℃,HOD=4.81)
7.96,7.76(each d,each 2H,Fmoc),7.55,7.48(each t,each 2H,Fmoc),5.17(s,1H,Man−H1),5.05(d,1H,GlcNAc−H1),4.98(s,1H,Man−H1),4.66−4.58(m,4H,GlcNAc−H1×4),4.52(bd,3H,Gal−H1×3),4.37(bt,1H,Fmoc),4.26(bs,2H,Man−H2×2),4.16(d,1H,Man−H2),2.78,2.59(each bdd,each 1H,Asn−CH),2.13,2.10(each s,each 6H,Ac×4),1.94(bs,3H,Ac)
【0042】
【化4】

【0043】
得られた化合物のH−NMRデータは以下のとおりである。
H NMR(400MHz,DO,30℃,HOD=4.81)
7.98,7.77(each d,each 2H,Fmoc),7.57,7.49(each t,each 2H,Fmoc),5.17(s,1H,Man−H1),5.06(d,1H,GlcNAc−H1),4.98(s,1H,Man−H1),4.67−4.50(m,4H,GlcNAc−H1×4),4.54,4.52,4.50(each d,each 1H,Gal−H1×3),4.40(bt,1H,Fmoc),4.27(bs,2H,Man−H2×2),4.17(d,1H,Man−H2),2.78,2.59(each bdd,each 1H,Asn−CH),2.13,2.11(each s,each 6H,Ac×4),1.95(bs,3H,Ac)
【0044】
実施例2 (ビオチン化)
実施例1で得られた糖鎖アスパラギンFmoc体1μmolあたりに240μLのN,N−ジメチルホルムアミド、160μlのモルホリンを加え、室温下アルゴン雰囲気で反応させた。TLC(展開溶媒として1M 酢酸アンモニウム:イソプロパノール=8:5を用いた)にて反応終了を確認した後、氷水で冷却した。ここにジエチルエーテルを反応溶液の10倍量加えて15分間攪拌した後、析出した沈殿物をろ別した。得られた残渣を水に溶解させ、35℃でエバポレートした。更にトルエンを3ml加えエバポレートするという操作を3回繰り返した。残留物をゲルカラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,HO)により精製して、Fmoc基の除去された糖鎖アスパラギンを得た。
上記で得られた化合物(6mg,2.58μmol)を水(300μl)溶かし重炭酸ナトリウム(2.1mg,24.9μmol)を加えた。ここに、D−(+)−ビオチニルスクシンイミド(4.2mg,12.3μmol)を溶かしたジメチルホルムアミド(300μl)を加え、室温で20分反応させた。原料消失をTLC(イソプロパノール:1M 酢酸アンモニウム水溶液=3:2)で確認後、エバポレーターを用いて濃縮した。残渣をゲルカラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,HO)で精製し、下記に示すビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体(6.2mg,94%)を得た。
【0045】
実施例3 (ビオチン化)
化合物1を化合物2に変えた以外は、実施例2と同様にしてビオチン化を行った。
【0046】
実施例4 (FITC化)
実施例2と同様にして、Fmoc基の除去された糖鎖アスパラギンを得た。
上記で得られた化合物(1.4mg、0.60μmol)を、精製水 70μlに溶解させた。このものにアセトン70μl、NaHCO(0.76mg,9μmol)を加え、室温化に撹拌した後、Fluorescein isothiocyanate(FITC,0.95mg,2.4mmol,SIGMA社製)を加え約2時間撹拌した。2時間後、TLCにて反応の終了を確認した後、アセトンを減圧下に留去させ、残った水溶液をゲルカラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,HO)にて精製し目的物の含まれる分画を集めた。集めた分画を濃縮後、HPLC(YMC− Pack ODS−AM,SH−343−5AM,20×250mm,AN/25mM AcONH buffer=10/90,7.5ml/min.,wave length;274nm)で分取した後、濃縮、次いでゲルカラムクロマトグラフィー(Sephadex G−25,HO)にて脱塩処理を行った。目的物の含まれる分画を集め、濃縮後、凍結乾燥を行うと下記に示す蛍光標識化(FITC化)された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体(1.2mg,73.5% yield)が得られた。
【0047】
実施例5 (FITC化)
化合物1を化合物2に変えた以外は、実施例4と同様にしてFITC化を行った。
【0048】
実施例6 (マイクロプレートの製造)
96穴BDバイオコートストレプトアビジン(BDバイオサイエンス社製:バイオアッセイ用、結合能:5ng/1穴)に、実施例2のビオチン化糖鎖アスパラギン100μg(ビオチン結合能の約10倍相当量)を蒸留水に溶かし1000μlとした。この調整溶液を1穴当り10μlとなるように各ウェルに加え、蒸留水で3回洗浄し、マイクロプレートを製造した。各ビオチン化糖鎖アスパラギンの結合収率は、95%以上であった。固定化率の確認は、洗い出された非固定化糖鎖残量より算出した。
【0049】
実施例7 (マイクロプレートの製造)
実施例2で得られた化合物を実施例3で得られた化合物に変えた以外は、実施例6と同様にしてマイクロプレートの製造を行った。
【0050】
実施例8 (アフィニティーカラムの製造)
アビジンコートビーズ(日立ソフトウェアーエンジニアリング社製、xMAP LumAvidin Development Microspheres 1ml)10mlと実施例2のビオチン化糖鎖アスパラギン30mgをスラリー状態で撹拌し、ビーズをろ過、洗浄した。洗浄は、ビーズ体積の2倍量の蒸留水を使用して、3回ろ紙上で洗浄した。固定化の確認は、洗浄回収されたビオチン化糖鎖アスパラギンの残量により確認した。次に上記のビオチン化糖鎖アスパラギン固定ビーズ10mlを30mlの蒸留水でスラリー状態のまま、ガラス製のオープンクロマトカラム(φ20mm、長さ300mm)に充填し、アフィニティーカラムを製造した。
【0051】
実施例9 (アフィニティーカラムの製造)
実施例2で得られた化合物を実施例3で得られた化合物に変えた以外は、実施例8と同様にしてアフィニティーカラムの製造を行った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表されるアスパラギンのアミノ基窒素が脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体。
【化1】


〔式中、RおよびRは異なって、水素原子あるいはガラクトースを示す。Qは脂溶性の保護基、ビオチン基またはFITC基を示す。〕
【請求項2】
脂溶性の保護基がFmoc基である請求項1記載の3分岐型糖鎖スパラギン誘導体。
【請求項3】
式(2)で表される3分岐型糖鎖アスパラギン。
【化2】

〔式中、RおよびRは異なって、水素原子あるいはガラクトースを示す。〕
【請求項4】
式(2)の3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギン残基を除去した3分岐型糖鎖。
【請求項5】
(a)1種もしくは2種以上の3分岐型糖鎖アスパラギンを含む混合物に含まれる該3分岐型糖鎖アスパラギンに、脂溶性の保護基を導入して3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物を得る工程、ならびに
(b)該3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物、または該3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体混合物に含まれる3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を加水分解して得られる混合物を、クロマトグラフィーに供して各3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を分離する工程を含むことを特徴とする、脂溶性の保護基を導入した請求項1に記載の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体(Qは脂溶性の保護基)の製造方法。
【請求項6】
式(2)の3分岐型糖鎖アスパラギンをビオチン化することを特徴とする、ビオチン基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造方法。
【請求項7】
式(2)の3分岐型糖鎖アスパラギンをFITC化することを特徴とする、FITC基により修飾された3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載の3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体の脂溶性の保護基、ビオチン基又はFITC基を除去することを特徴とする3分岐型糖鎖アスパラギンの製造方法。
【請求項9】
式(2)の3分岐型糖鎖アスパラギンのアスパラギン残基を除去することを特徴とする3分岐型糖鎖の製造方法。
【請求項10】
請求項1に記載のビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を結合させたマイクロプレート。
【請求項11】
請求項1に記載のビオチン化3分岐型糖鎖アスパラギン誘導体を結合させたアフィニティーカラム。

【公開番号】特開2006−22191(P2006−22191A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−201093(P2004−201093)
【出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(502244258)
【出願人】(302060306)大塚化学株式会社 (88)
【Fターム(参考)】