説明

3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法

【課題】 ポリイミド原料として有用な2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルの原料となる3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを、m−ニトロベンゾトリフルオリドを出発原料として、安定した形態で、一段で製造する方法を提供する。
【解決手段】 m−ニトロベンゾトリフルオリドを、有機溶媒及びアルカリ水溶液の存在下に亜鉛還元して、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを製造し、還元反応終了後、反応液をpH6〜11に調整することを特徴とする3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリイミド原料として有用な2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルの原料となる3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを、m−ニトロベンゾトリフルオリドを出発原料として、有機溶媒およびアルカリ水溶液の存在下に亜鉛還元して、安定した状態で、一段で製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、m−ニトロベンゾトリフルオリドを原料として、還元反応とベンジジン転位反応を順次実施して2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニル(以下、TFMBと略称することがある)を製造する方法はすでに知られている(例えば非特許文献1及び2参照)。これらの提案においては、還元反応において、一旦、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼン(以下、アゾ体と略称することがある)を製造した後、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼン(以下、ヒドラゾ体と略称することがある)を製造するという2段階の工程が採られている。すなわち前者の文献においては、m−ニトロベンゾトリフルオリドを、メタノール溶媒中、水酸化ナトリウム水溶液共存下に亜鉛で還元してアゾ体を生成させ、脱溶媒、クロロホルム抽出、濃縮晶析を順次行ってアゾ体を分離している。次いで、分離したアゾ体をアセトン溶媒中、亜鉛及び塩化アンモニウムで還元することによってヒドラゾ体を生成させている。生成したヒドラゾ体は、還元反応混合物をアンモニア水中に投入し、クロロホルムで抽出、脱溶媒することによって分離している。次いで得られたヒドラゾ体をエタノールに溶解し、TFMBを合成すべく、転位反応に供している。
【0003】
また後者の文献においては、m−ニトロベンゾトリフルオリドを、亜鉛と水酸化ナトリウムにより還元するかあるいは電解還元することによりアゾ体を合成し、次いでナトリウムアマルガムで還元してヒドラゾ体を合成している。このヒドラゾ体をアルコールに溶解して転位反応に供しているが、ヒドラゾ体の分離方法については報告していない。
【0004】
【非特許文献1】Journal of Polymer Science: Part A: Polymer Chemistry 37巻、937〜957頁(1999年)
【非特許文献2】Journal of Chemical Society 1994〜1998頁(1953年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記両文献に記載された方法によれば、還元工程が2段階あり、非常に煩雑な操作が必要であった。このため本発明者らは、先に、m−ニトロベンゾトリフルオリドを原料として、より簡単な方法でしかも収率よくTFMBを製造する方法を見出すべく検討を行い、m−ニトロベンゾトリフルオリドの還元によって直接ヒドラゾ体を製造する工程と、転位反応収率を高めた転位工程からなる2段階法を見出し、特願2004−305566として提案した。この提案によれば、ヒドラゾ体は、m−ニトロベンゾトリフルオリドを有機溶媒及びアルカリ水溶液の共存下に亜鉛還元することによって直接得ることができ、還元反応後は、反応液から酸化亜鉛や未反応亜鉛等の固形物を濾別した反応濾液を、そのままあるいは一部溶媒を留去した後、転位反応に使用することができるものであった。
【0006】
この先願の提案では、ヒドラゾ体を製造した後、転位反応を行うに際して、ヒドラゾ体を含有する反応液の貯蔵、反応液からの固形物の濾別や一部溶媒の除去などの過程で、ヒドラゾ体が僅かでも空気に接触すると容易に酸化されてアゾ体に変化し、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルの収率が低下する。このため厳重に酸素を遮断しなければならないという問題点があった。そこで本発明者らはヒドラゾ体を含有する反応液中におけるヒドラゾ体の変質を避けるべく検討を行った。その結果、反応液中のpHを厳密に調整することにより、酸化安定性が顕著に改善され、ヒドラゾ体の酸化が効果的に防止できることを見出すに至った。したがって本発明の目的は、上記ヒドラゾ体を含有する反応液の品質安定性を高めるための処方を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち本発明によれば、m−ニトロベンゾトリフルオリドを、有機溶媒及びアルカリ水溶液の存在下に亜鉛還元して、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを製造する方法において、還元反応終了後、反応液をpH6〜11に調整することを特徴とする3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法が提供される。m−ニトロベンゾトリフルオリドの還元に使用される有機溶媒としては、水と非混和性の有機溶媒、アルコール、又はこれらの混合溶媒が好適である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、m−ニトロベンゾトリフルオリドの亜鉛還元によって得られる反応液の安定性が高められ、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの変質による損失が実質的に無いので、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルを高収率で製造することができる原料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明においては、m−ニトロベンゾトリフルオリドを、有機溶媒及びアルカリ水溶液の存在下に亜鉛還元して、直接3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを製造する。この還元反応に使用される有機溶媒としては、水と非混和性の有機溶媒、アルコール又はこれらの混合溶媒を使用するのが好ましい。水と非混和性の有機溶媒としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタンなどの脂肪族炭化水素、シクロペンタン、シクロヘキサンなどの脂環族炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどの芳香族炭化水素などの炭化水素;メチレンクロライド、エチルクロライド、クロルベンゼンなどのハロゲン化炭化水素;イソプロピルエーテル、ブチルエーテルなどのエーテルなどを挙げることができる。これらの中では、炭化水素、とりわけ芳香族炭化水素を使用するのが好ましい。またアルコールとしては、炭素数1〜8のアルコール、好ましくはメタノール、エタノール、プロパノールなどの低級アルコール、とくに好ましくはメタノール又はエタノールを使用するのがよい。この還元反応においてはまた、上記した水と非混和性の有機溶媒、好ましくは炭化水素とアルコールの混合溶媒を使用してもよい。この混合溶媒においては、水と非混和性の有機溶媒とアルコールの混合割合は任意であるが、還元反応によって得られる反応液を転位反応の原料として使用する場合には、転位反応は水と非混和性の有機溶媒中で行うのが好ましいのでアルコールの使用量をあまり多量に使用するのは効率的でなく、例えば、炭化水素1重量部に対して、アルコールが0.1〜1重量部、とくに0.2〜0.5重量部の割合とするのが好ましい。還元反応において有機溶媒の使用量は、m−ニトロベンゾトリフルオリドを効率よく攪拌できる程度とすればよく、m−ニトロベンゾトリフルオリド1重量部に対し、通常1〜20重量部、好ましくは3〜10重量倍程度である。
【0010】
還元反応において使用されるアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムの水溶液を使用するのが好ましく、その濃度は10〜60重量%、とくに25〜50重量%のものが好適である。アルカリ水溶液は、水酸化アルカリとして、m−ニトロベンゾトリフルオリド1モルに対し、0.1〜1.0モル、とくに0.25〜0.8モルの割合で使用するのが望ましい。
【0011】
m−ニトロベンゾトリフルオリドの還元に使用される亜鉛は、反応率及び経済性を考慮すると、m−ニトロベンゾトリフルオリド1モルに対し、通常2〜10モル、好ましくは3〜8モル程度使用するのがよい。
【0012】
本発明の還元反応は、m−ニトロベンゾトリフルオリド、有機溶媒、アルカリ水溶液及び亜鉛を緊密に混合することによって行うことができる。反応は、不活性ガス雰囲気下に行うのが好ましく、また攪拌下に行うことが好ましい。反応温度は、例えば40〜110℃、好ましくは50〜70℃である。反応時間は、反応条件によっても異なるが、例えば4〜6時間程度である。
【0013】
本発明においては、反応終了後、反応液のpHが6〜11、好ましくは7〜11となるように調整される。反応液のpHが11より高くなると、酸化安定性が損なわれ、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの酸化損失が起こりやすくなるので好ましくない。またpHを上記範囲より小さくすると、未反応亜鉛が反応して水素を発生する恐れがあるので好ましくない。pHの調整は、好ましくは無機酸、例えば硫酸や塩酸などの一般的な中和剤の添加によって行うことができる。pH調整後は、反応液から反応で生成した酸化亜鉛や未反応の亜鉛等を濾別することによって得られる反応濾液を、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニル製造用の転位反応原料として使用することができる。転位反応は上述したように、溶媒として水と非混和性の有機溶媒を使用することが好ましいので、還元反応において、溶媒として水と非混和性の有機溶媒を用いた場合は、上記濾別を行って得られる反応濾液を、そのまま転位反応に使用することができる。また還元反応において、溶媒として水と非混和性の有機溶媒とアルコールの混合溶媒を用いた場合は、上記pH調整及び濾別を行って得られる反応濾液からアルコールを除去したものを転位反応に使用することができる。いずれの場合においても、任意に濃縮や水と非混和性の有機溶媒の新たな添加を行ってもよいことは勿論である。さらに還元反応において、溶媒としてアルコールを用いた場合には、上記pH調整及び濾別を行って得られる反応濾液からアルコールを除去し、それに水と非混和性の有機溶媒を添加したものを転位反応に使用することができる。勿論、所望に応じ、反応濾液から3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを単離することもできる。いずれにしてもpH調整された後の反応液は、酸化安定性に優れているので、貯蔵や後処理操作における3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの酸化損失を実質的に防止することができる。
【0014】
3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの転位反応は、還元反応によって得られる反応液をpH調整後、必要に応じ上述したような後操作を加えて得られる反応濾液を、無機酸中に滴下することによって行うことができる。滴下は、逐次的に行ってもよいし、一括に添加してもよい。転位反応に使用される3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの溶液として、5〜40重量%程度の濃度のものが好ましい。また無機酸としては、濃塩酸や硫酸を使用することが好ましく、とくに10〜80重量%、好ましくは20〜60重量%程度の濃度の硫酸水溶液を使用するのが好ましい。使用する無機酸の量は、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼン1モル当たり、1〜20モル、とくに2〜10モルの範囲が適当である。反応温度は0〜80℃、とくに5〜50℃の範囲が好ましい。反応時間は、反応が完結するまで、通常2〜10時間程度である。
【0015】
反応終了後は、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルの酸塩水溶液として分離した後、アルカリ処理することにより回収することができるし、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)−4,4’−ジアミノビフェニルを酸塩として晶析分離した後、アルカリ処理することにより回収することができる。その後は必要に応じ、再結晶等の手段で精製することにより、高純度品を得ることができる。
【実施例】
【0016】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。尚、実施例において濃度は重量%を示す。
実施例において、反応液pHは、生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を静置沈降させて、その上澄み液をpHメーターで測定した。また分析は、下記条件の高速液体クロマトグラフィにより行い、定量は東京化成工業(株)製試薬を標準物質として絶対検量線法で実施した。
測定条件
カラム:Intersil ODS 80A(ジーエルサイエンス社製)長さ250mm、内径4.2mm
移動相:メタノール/0.1%リン酸水
検出器:UV(254nm)
【0017】
[実施例1]
還流冷却器、温度測定管及び電磁攪拌機を備えた300mlのガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、m−ニトロベンゾトリフルオリド20g、トルエン38g及びメタノール29gを仕込み、さらに40%水酸化ナトリウム水溶液7.4gを添加した後、亜鉛末29gを仕込んだ。内温を65℃に昇温し、この温度で4.5時間反応させた。反応後、反応液の一部の分析を行ったところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は94.6%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は2.1%であった。
【0018】
上記反応液に20%塩酸水溶液を添加し、pH10.0に調整した後、生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を濾別した。得られた反応濾液を室温下、強制的に空気と接触させて3時間攪拌した。3時間後の反応濾液を分析したところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は94.5%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は2.0%であり、実質的に変化は認められなかった。
【0019】
[実施例2]
実施例1と同様に還元反応を行い、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度が95.1%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.8%での反応液を得た。この反応液に20%塩酸水溶液を添加し、pH10.2に調整した後、生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を濾別した。得られた反応濾液を70℃に加熱し、空気中で3時間攪拌した。加熱処理後の反応濾液を分析したところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は94.7%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.9%であり、実質的に変化は認められなかった。
【0020】
[実施例3]
実施例1と同様に還元反応を行い、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度が95.2%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.6%での反応液を得た。この反応液に20%塩酸水溶液を添加し、pH7.35に調整した後、生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を濾別した。得られた反応濾液を70℃に加熱し、空気中で3時間攪拌した。加熱処理後の反応濾液を分析したところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は94.9%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.9%であり、実質的に変化は認められなかった。
【0021】
[比較例1]
実施例1と同様に還元反応を行い、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度が95.2%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.6%での反応液を得た。この反応液中の生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を濾別した。得られた反応濾液を室温下、強制的に空気と接触させて2時間攪拌した。2時間後の反応濾液を分析したところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は1.8%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は96.4%であった。
【0022】
[比較例2]
実施例1と同様に還元反応を行い、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度が95.2%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は1.6%での反応液を得た。この反応液中の生成した酸化亜鉛及び未反応亜鉛を濾別した。得られた反応濾液を70℃に加熱し、空気中で3時間攪拌した。加熱処理後の反応濾液を分析したところ、生成物に占める3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの濃度は0.1%、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)アゾベンゼンの濃度は94.2%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
m−ニトロベンゾトリフルオリドを、有機溶媒及びアルカリ水溶液の存在下に亜鉛還元して、3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンを製造する方法において、還元反応終了後、反応液をpH6〜11に調整することを特徴とする3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法。
【請求項2】
有機溶媒が、水と非混和性の有機溶媒、アルコール又はこれらの混合溶媒である請求項1に記載の3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法。
【請求項3】
水と非混和性の有機溶媒が、炭化水素である請求項2に記載の3,3’−ビス(トリフルオロメチル)ヒドラゾベンゼンの製造方法。

【公開番号】特開2006−265129(P2006−265129A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−82943(P2005−82943)
【出願日】平成17年3月23日(2005.3.23)
【出願人】(000126115)エア・ウォーター株式会社 (254)
【Fターム(参考)】