説明

5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法

【課題】キラリティーが選択的に制御された5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法の提供。
【解決手段】X線構造解析におけるb軸に沿った一方向に電場を作用させた硫酸トリグリシン結晶の存在下において、ピリミジン−5−カルバルデヒド化合物とジイソプロピル亜鉛とを反応させることにより、特定のキラリティーを有する下記式(2)で表される5−ピリミジルアルカノール化合物を得る製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不斉開始剤を用いた不斉自己触媒反応による5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸や糖類に代表される生体関連化合物の多くのものは、存在が可能な2つのエナンチオマーのうちの一方のみから成り立っている。このホモキラリティーは、生命の起源と密接に関連していると考えられており、ホモキラリティーの起源解明のために多くの研究がなされてきた。
生体関連化合物がホモキラリティーの状態に到達する過程では、何らかのキラル要因による鏡像対称性の破れ、および、生じた極微小不斉を高鏡像体過剰率へと引き上げる増幅プロセスが存在したと考えられる。円偏光や、水晶などの不斉結晶、統計的ゆらぎなどの考えうるキラル要因によって誘起された極微小不斉を元にして高い鏡像体過剰率の不斉化合物を得る増幅プロセスの具現化は、不斉起源とホモキラリティーとを結び付けるうえで重要な知見となりうる。
【0003】
そして、不斉起源から生体関連化合物のホモキラリティーに至るプロセス、とりわけ増幅プロセスのモデル反応として、キラル化合物が自己を合成する反応における不斉自己触媒として作用し、さらにその増殖過程で自己の鏡像体過剰率を著しく増幅させる不斉自己触媒反応が検証されている。
このようなモデル反応においては、あるキラリティーを有する不斉開始剤の存在下で不斉化合物の合成を行うことにより、初期に生成する不斉化合物に、不斉開始剤のキラリティーに相関する僅かな不斉の偏りが誘起され、さらに、反応系中における不斉自己触媒反応により不斉の偏りが著しく増大し、不斉開始剤と相関したキラリティーを有する不斉化合物が高い鏡像体過剰率で得られると考えられている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0004】
このようなモデル反応に関して、一方および他方のキラリティーの不斉化合物を作り分けるためには、不斉開始剤として、一方および他方のキラリティーに係るものをそれぞれ用意する必要があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ファインケミカル、2008年5月号、Vol.37、No.5、5〜16ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであって、その目的は、キラリティーが選択的に制御された5−ピリミジルアルカノール化合物を容易に製造することができる5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法は、X線構造解析におけるb軸に沿った一方向に電場を作用させた硫酸トリグリシン結晶の存在下において、下記式(1)で表されるピリミジン−5−カルバルデヒド化合物とジイソプロピル亜鉛とを反応させることにより、特定のキラリティーを有する下記式(2)で表される5−ピリミジルアルカノール化合物を得ることを特徴とする。
【0008】
【化1】

【0009】
【化2】

【発明の効果】
【0010】
本発明に係る製造方法によれば、硫酸トリグリシン結晶が強誘電性キラル結晶であり、電場の方向に基づいてそのキラリティーが選択的に制御される性質を有することを利用して、当該硫酸トリグリシン結晶にb軸に沿って一方向の電場を作用させたものをR体の5−ピリミジルアルカノール化合物を与える不斉開始剤として存在させることもでき、また、逆方向の電場を作用させたものをS体の5−ピリミジルアルカノールを与える不斉開始剤として存在させることもできることから、キラリティーが選択的に制御された5−ピリミジルアルカノール化合物を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】硫酸トリグリシン結晶の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0013】
本発明の5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法は、X線構造解析におけるb軸に沿った一方向に電場を作用させた硫酸トリグリシン結晶(以下、「キラル硫酸トリグリシン結晶」ともいう。)の存在下において、上記式(1)で表されるピリミジン−5−カルバルデヒド化合物(以下、「特定のピリミジン−5−カルバルデヒド化合物」ともいう。)とジイソプロピル亜鉛とを反応させることにより、特定のキラリティー(絶対配置)を有する上記式(2)で表される5−ピリミジルアルカノール化合物(以下、「特定の5−ピリミジルアルカノール化合物」ともいう。)を得ることを特徴とするものである。
【0014】
〔キラル硫酸トリグリシン結晶〕
本発明に係る不斉自己触媒反応において、キラル硫酸トリグリシン結晶は不斉開始剤として作用するものである。
【0015】
〔キラル硫酸トリグリシン結晶の作製方法〕
このようなキラル硫酸トリグリシン結晶は、硫酸トリグリシン結晶の、X線構造解析におけるb軸に沿った一方向に、例えば150〜200kV/mの電場を作用させることにより、作製することができる。
具体的には、例えば、ガラススペーサを挟んで互いに対向して配置された2枚の例えば厚さ0.2mm程度の銅板よりなる電極板間に、例えば7mm厚の薄片状に加工した硫酸トリグリシン結晶を、そのb軸が2枚の銅板の対向方向に沿う状態に配置し、2枚の銅板間に例えば1000Vの電圧を印加して硫酸トリグリシン結晶に対して電場処理を行うことにより、作製される。電圧の印加条件としては、例えば電圧の大きさが硫酸トリグリシン結晶の厚み1mm当たり100V以上、印加時間が例えば0.1秒間〜10分間程度、印加温度は常温とすることができる。
【0016】
このようにして得られたキラル硫酸トリグリシン結晶は、X線構造解析における結晶格子中のグリシン部分において、カルボキシル基を含む平面に対し、当該カルボキシル基のカルボニル基側から観察して、当該カルボキシル基の水酸基に対して、アミノ基が時計回りにねじれた状態で付されている構造を有する結晶(以下、「P体の硫酸トリグリシン結晶」ともいう。)、または、当該カルボキシル基のカルボニル基側から観察して、当該カルボキシル基の水酸基に対して、アミノ基が反時計回りにねじれた状態で付されている構造を有する結晶(以下、「M体の硫酸トリグリシン結晶」ともいう。)のいずれかとなる。
【0017】
このように得られたP体およびM体のキラル硫酸トリグリシン結晶は、メノウ乳鉢などによってすり潰されて微粉末状に加工されても、元のキラル硫酸トリグリシン結晶と同じキラリティーを示す。
本発明に係る不斉自己触媒反応において、キラル硫酸トリグリシン結晶は例えば平均粒径が10μm程度の微粉末状に加工されて触媒作用が発揮される表面積が増大された状態で使用されることが好ましい。
【0018】
キラル硫酸トリグリシン結晶を作製するための硫酸トリグリシン結晶([H2 NCH2 COOH]3 ・H2 SO4 )は、アキラルなグリシンの硫酸塩結晶であって、具体的には、グリシンを希硫酸に溶解し、ゆっくりと濃縮することによって生成することができる。
【0019】
以上のようなキラル硫酸トリグリシン結晶の存在下において特定のピリミジン−5−カルバルデヒド化合物とジイソプロピル亜鉛とを反応させて特定の5−ピリミジルアルカノール化合物を合成する反応は、キラル硫酸トリグリシン結晶を不斉開始剤とする不斉自己触媒反応であって、反応の進行中に得られた生成物である特定の5−ピリミジルアルカノール化合物自身が不斉触媒として作用して、極めて大きな不斉増幅が生じ、その結果、生成物について高い鏡像体過剰率(ee)が得られるものである。この反応における不斉増幅とは、生成物の鏡像体過剰率(ee)が、不斉触媒の鏡像体過剰率(ee)を上回ることをいう。
【0020】
そして、P体の硫酸トリグリシン結晶を不斉開始剤として用いた場合には、R体の特定の5−ピリミジルアルカノール化合物が、M体の硫酸トリグリシン結晶を不斉開始剤として用いた場合には、S体の特定の5−ピリミジルアルカノール化合物が、それぞれ高い鏡像体過剰率(ee)で得られる。
【0021】
以上のような5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法によれば、硫酸トリグリシン結晶が強誘電性キラル結晶であり、電場の方向に基づいてそのキラリティーが選択的に制御される性質を有することを利用して、当該硫酸トリグリシン結晶にb軸に沿って一方向の電場を作用させたものをR体の5−ピリミジルアルカノール化合物を与える不斉開始剤として存在させることもでき、また、逆方向の電場を作用させたものをS体の5−ピリミジルアルカノールを与える不斉開始剤として存在させることもできることから、キラリティーが選択的に制御された5−ピリミジルアルカノール化合物を容易に製造することができる。
【0022】
以上、本発明の実施の形態について具体的に説明したが、本発明の実施の形態は上記の例に限定されるものではなく、種々の変更を加えることができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の具体的な実施例について説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
〔実施例1P,1M〕
(1)キラル硫酸トリグリシン結晶の作製例1P,1M
グリシン3当量(45g)に対し、硫酸1当量(200mL)を用い、徐々に水を蒸発させることにより、硫酸トリグリシン結晶(10)を得た。この硫酸トリグリシン結晶(10)は、図1に示されるように、略ひしもち形の形状を有し、そのサイズは、ひし形の対角線がそれぞれ2.0cm、厚みが0.8cm程度であった。
この硫酸トリグリシン結晶(10)について、X線構造解析を行って面指数を決定し、b軸を確認した後、図1に示される破線x1〜x3に沿って切断することにより、厚み7mmの2つの硫酸トリグリシン結晶片(10A,10B)を得た。
そして、2枚の互いに対向して配置された厚さ0.2mmの銅板よりなる電極板間に、一方の硫酸トリグリシン結晶片(10A)を、そのb軸が2枚の銅板の対向方向に沿う状態に配置し、2枚の電極板間に1000Vの電圧を印加して電場処理を行うことにより、キラル硫酸トリグリシン結晶〔A〕を得た。
また、他方の硫酸トリグリシン結晶片(10B)を、一方の硫酸トリグリシン結晶片(10A)についての電場処理において、2枚の電極板の正負極を逆転させたことの他は同様にして他方の硫酸トリグリシン結晶片(10B)について電場処理を行うことにより、キラル硫酸トリグリシン結晶〔B〕を得た。
【0025】
得られたキラル硫酸トリグリシン結晶〔A〕についてX線構造解析を行ったところ、結晶格子中のグリシン部分において、カルボキシル基を含む平面に対し、当該カルボキシル基のカルボニル基側から観察して、当該カルボキシル基の水酸基に対して、アミノ基が時計回りにねじれた状態で付されている構造を有しており、P体の硫酸トリグリシン結晶であることが確認された。これをキラル硫酸トリグリシン結晶〔1P〕とした。
また、他方のキラル硫酸トリグリシン結晶〔B〕についてX線構造解析を行ったところ、結晶格子中のグリシン部分において、カルボキシル基を含む平面に対し、当該カルボキシル基のカルボニル基側から観察して、当該カルボキシル基の水酸基に対して、アミノ基が反時計回りにねじれた状態で付されている構造を有しており、M体のキラル硫酸トリグリシン結晶であることが確認された。これをキラル硫酸トリグリシン結晶〔1M〕とした。
【0026】
(2)5−ピリミジルアルカノール化合物の製造例1P
キラル硫酸トリグリシン〔1P〕1.0mmolと、原料化合物:上記式(1)で表されるピリミジン−5−カルバルデヒド化合物(2−ターシャリーブチルエチニルピリミジン−5−カルバルデヒド)0.025mmolとを、メノウ乳鉢で5〜10分間すり潰しながら混ぜ合わせた後、丸型フラスコに入れ、密栓をして反応系内をアルゴンで置換した。この反応系をマグネティックスターラーバーで撹拌しながら0℃に冷却した後、トルエンを0.06mL注入し、30分間撹拌した。その後、シリンジでジイソプロピル亜鉛のトルエン溶液0.15mmolを2時間かけてゆっくりと注入しながら300分間撹拌し、さらに、原料化合物0.1mmolおよびジイソプロピル亜鉛0.3mmolを注入しながら60分間撹拌し、さらに、原料化合物0.4mmolおよびジイソプロピル亜鉛0.8mmolを注入しながら60分間撹拌して反応させることにより、上記式(2)で表される特定の5−ピリミジルアルカノール化合物(1−(2−ターシャリーブチルエチニルピリミジン−5−イル)−2−メチルプロパン−1−オール)〔1P〕を収率93%で得た。
得られた特定の5−ピリミジルアルカノール化合物〔1P〕について、R体のキラリティーを有するものの鏡像体過剰率(ee)が92%であった。
【0027】
(3)5−ピリミジルアルカノール化合物の製造例1M
5−ピリミジルアルカノール化合物の製造例1Pにおいて、キラル硫酸トリグリシン〔1P〕の代わりにキラル硫酸トリグリシン結晶〔1M〕を用いたことの他は同様にして、上記式(2)で表される特定の5−ピリミジルアルカノール化合物(1−(2−ターシャリーブチルエチニルピリミジン−5−イル)−2−メチルプロパン−1−オール)〔1M〕を収率94%で得た。
得られた特定の5−ピリミジルアルカノール化合物〔1M〕について、S体のキラリティーを有するものの鏡像体過剰率(ee)が91%であった。
【0028】
〔実施例2P,2M〜10P,10M〕
それぞれ、実施例1P,1Mの、キラル硫酸トリグリシン結晶の作製例1P,1Mと同様にして、キラル硫酸トリグリシン結晶〔2P〕,〔2M〕〜〔10P〕,〔10M〕の9対のキラル硫酸トリグリシン結晶を作製した。
次いで、それぞれ、実施例1P,1Mの5−ピリミジルアルカノール化合物の製造例1Pまたは5−ピリミジルアルカノール化合物の製造例1Mにおいて、硫酸トリグリシン〔1P〕または硫酸トリグリシン結晶〔1M〕の代わりに、表1に示されるキラル硫酸トリグリシン結晶を用いることにより、上記式(2)で表される特定の5−ピリミジルアルカノール化合物(1−(2−ターシャリーブチルエチニルピリミジン−5−イル)−2−メチルプロパン−1−オール)〔2P〕,〔2M〕〜〔10P〕,〔10M〕を得た。収率を表1に示す。
得られた特定の5−ピリミジルアルカノール化合物〔2P〕,〔2M〕〜〔10P〕,〔10M〕について、そのキラリティーおよびその鏡像体過剰率(ee)を解析した。このキラリティーおよび鏡像体過剰率(ee)を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
以上の実施例の結果から明らかなように、P体のキラル硫酸トリグリシン結晶を不斉開始剤として用いた場合にはR体の特定の5−ピリミジルアルカノールが、M体のキラル硫酸トリグリシン結晶を用いた場合にはS体の特定の5−ピリミジルアルカノール化合物が、それぞれ高い鏡像体過剰率(ee)で得られることが確認された。
【符号の説明】
【0031】
10 硫酸トリグリシン結晶
10A,10B 硫酸トリグリシン結晶片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線構造解析におけるb軸に沿った一方向に電場を作用させた硫酸トリグリシン結晶の存在下において、下記式(1)で表されるピリミジン−5−カルバルデヒド化合物とジイソプロピル亜鉛とを反応させることにより、特定のキラリティーを有する下記式(2)で表される5−ピリミジルアルカノール化合物を得ることを特徴とする5−ピリミジルアルカノール化合物の製造方法。
【化1】


【化2】





【図1】
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【公開番号】特開2011−184389(P2011−184389A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53107(P2010−53107)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】