説明

5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の製造方法

【課題】
本発明は、前記従来技術に鑑み、環状オレフィンコポリマー(COC)などの熱可塑性樹脂用モノマーの合成中間体や、医薬品や化粧品などの合成中間体として有用なベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の工業的に有利な製造方法を提供することにある。
【解決手段】
フェノチアジン誘導体の存在下に、インデン誘導体と無水マレイン酸とを反応させることを特徴とする、5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インデン誘導体と無水マレイン酸との反応により5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を製造する方法に関するものである。本発明によって提供されるベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類は、環状オレフィンコポリマー(COC)などの熱可塑性樹脂用モノマーの合成中間体や、医薬品や化粧品などの合成中間体として有用である。
【背景技術】
【0002】
5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類は、インデン誘導体の熱異性化によって発生するイソインデン誘導体と無水マレイン酸とのDiels−Alder反応によって製造することができるが、例えば(1)J.Org.Chem.,32,1126(1967)や(2)Ber.Dtsch.Chem.Ges.,75,1501(1942)、(3)Eur.J.Org.Chem.,1405(2004)などに記載の方法が挙げられる。しかしながら、上記(1)〜(3)の従来技術においては、5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を工業的に有利に製造するという観点からは、充分満足のいく方法が提供されているとは言い難い。
【0003】
前記(1)においては、インデンを原料として、5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物が得られるが、収率が約30%と非常に低く、多量の重合物が生成する。また(2)においてもインデンを原料として、さらにヒドロキノンを重合禁止剤として用いているが、無水マレイン酸に対して5.5mol%量を用いても目的物の収率は36%に過ぎない。ハイドロキノンの使用量を無水マレイン酸に対して22mol%量に増やすことにより収率は65%にまで向上するが、使用量の増加に応じてコストがかかる上、得られる5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物は純度が低いため、生成物の分離精製が煩雑になるという問題を有しており、満足し得るものではない。前記(3)においてはインデン誘導体に3,4−ジメトキシインデンを用い、大過剰の無水マレイン酸の存在下に反応を行なっているが、収率は42%とやはり低い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかして、本発明の目的は、前記従来技術に鑑み、環状オレフィンコポリマー(COC)などの熱可塑性樹脂用モノマーの合成中間体や、医薬品や化粧品などの合成中間体として有用なベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を、工業的に有利に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記の課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、インデン誘導体と無水マレイン酸との反応により5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を製造する方法において、フェノチアジン誘導体を重合禁止剤として使用することにより、高い選択率で、高純度の5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を製造することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、フェノチアジン誘導体の存在下に、一般式(1)
【0007】
【化1】

(1)
(式中、R,R,R,R,R,R,およびRは水素原子またはヘテロ原子を有することのある置換基を表す。)で表されるインデン誘導体と無水マレイン酸とを反応させることを特徴とする、一般式(2)
【0008】
【化2】

(2)
(式中、R,R,R,R,R,R,およびRは水素原子またはヘテロ原子を有することのある置換基を表す。)で表される5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、インデン誘導体と無水マレイン酸との反応により、環状オレフィンコポリマー(COC)などの熱可塑性樹脂用モノマーの合成中間体や、医薬品や化粧品などの合成中間体として有用な5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を提供することができる。本発明の方法によれば、重合禁止剤の使用量を大幅に低減し、かつ高い選択率で、高純度の5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類を製造することが可能であり、生成物の収率が低い、重合物などの副生物が多く分離精製が煩雑である、多量の廃棄物を排出する、などの公知の方法における問題点を解決できる。上記の理由から、本発明は5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の工業的製造方法として極めて有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0011】
本発明において原料として使用するインデン誘導体は一般式(1)で表される。R,R,R,R,R,R,およびRは、それぞれ独立に水素原子またはヘテロ原子を有することのある置換基を表すが、反応に不活性な置換基であれば特に制限はなく、例えばハロゲン、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基、アシル基、カルバモイル基、ホルミル基、ニトロ基、ニトロソ基、シアノ基、アルキルチオ基、スルフィニル基、スルホニル基、シリル基などが挙げられる。また、これらの置換基のうち、隣接する置換基が架橋されて、その結合炭素原子を含む環を形成しても良い。
【0012】
本発明において重合禁止剤として使用するフェノチアジン誘導体としては、例えば、フェノチアジン、2−クロロフェノチアジン、2−アシルフェノチアジン、2−プロピオニルフェノチアジン、2−メトキシフェノチアジン、2−トリフルオロメチルフェノチアジン、2−シアノフェノチアジン、2−メチルチオフェノチアジン、2−メチルスルフィニルフェノチアジン、2−クロロ−7−メトキシフェノチアジン、2−ニトロ−7−トリフルオロメチルフェノチアジンなどが挙げられるが、安価で入手が比較的容易なフェノチアジンが好ましい。フェノチアジン誘導体の使用量は、一般的には原料であるインデン誘導体と無水マレイン酸の1モルあたり0.1〜5モル%であり、好ましくは0.5〜2モル%である。
【0013】
反応温度は高いほうが反応速度の点では有利であるが、高すぎると重合などの好ましくない副反応を引き起こして選択率の低下を招く恐れがある。また低すぎてもインデン誘導体からイソインデン誘導体への異性化が起こらないため、反応が進行しない。したがって通常160〜300℃、特に180〜250℃で反応を行なうのが好ましい。
【0014】
反応に際しては、原料自身が溶媒の役割を担うことができる場合、それ以外に溶媒を用いることなく反応を行ってもよいが、必要に応じて新たに溶媒を用いても差し支えない。その際、原料に対して不活性な溶媒であれば、任意のものを使用することができるが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、アニソール等のエーテル類、酢酸エチルや酢酸ブチル等のエステル類、クロロホルム、四塩化炭素、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類、アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類、ニトロベンゼン等のニトロ化合物、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン、ジメチルイミダゾリジノン等の非プロトン性極性溶媒などが挙げられる。溶媒の使用量は特に限定されないが、目的化合物の良好な生産性を保持するという点から、通常、反応混合物中の10〜90重量%であるが、好ましくは30〜60重量%である。
【0015】
反応圧力は特に制限はないが、通常、大気圧から1MPaである。反応時間は、反応条件に大きく左右されるが、通常、0.5〜24時間、好ましくは1〜8時間である。
【0016】
反応は酸素や水分を除いた状態で行なうことが好ましく、通常、窒素あるいはアルゴンのような不活性雰囲気下で行なわれる。
【0017】
目的とする5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物誘導体は、一般的には、反応溶液からの晶析、濾過等により分離した後、適当な有機溶剤で洗浄することによって高純度のものを得ることができるが、必要に応じてカラムクロマトグラフィーなど他の公知の方法により精製してもよい。
【0018】
反応はバッチ方式、あるいは、フェノチアジン誘導体、インデン誘導体、無水マレイン酸、および必要に応じて溶媒を反応器に連続的に供給する連続式の何れの方式においても実施することができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例により本発明の有用性を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるのもではない。なお、分析はガスクロマトグラフィーで行い、転化率及び選択率は内部標準法(mol%)により、純度は面積百分率(%)により求めた。
【0020】
実施例1
SUS316製40mLシリンダーに、インデン(JFEケミカル製、純度96%)9.07g(75mmol)、無水マレイン酸6.75g(68mmol)、フェノチアジン0.136g(0.68mmol)を仕込み、220℃のオイルバス中で2時間加熱した。反応液を室温まで冷却した後、内容物を取り出した。析出した固形物は、マススペクトルによる分析を行った結果、ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物であった(EI m/z 214(M))。また、ガスクロマトグラフィーによる分析の結果、無水マレイン酸の転化率は100%、無水マレイン酸基準での選択率は91.7%、インデン基準での選択率は88.8%であった。
【0021】
実施例2
SUS316製1.5Lオートクレーブに、インデン(JFEケミカル製、純度96%)380.1g(3.14mol)、無水マレイン酸282.9g(2.88mol)、フェノチアジン5.69g(28.6mmol)、メチルイソブチルケトン501.5gを仕込み、220℃で4時間攪拌を行った。反応液を室温まで冷却した後、析出したベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物を吸引ろ過により分別し、メチルイソブチルケトンで洗浄した後、乾燥した(424.0g)。ガスクロマトグラフィーによる分析の結果、純度は99%以上であった(無水マレイン酸基準での単離収率69%)。また、濾液のガスクロマトグラフィー分析の結果とあわせて、無水マレイン酸の転化率は99.7%、無水マレイン酸基準での選択率は90.3%、インデン基準での選択率は91.0%となった。
【0022】
比較例1
SUS316製40mLシリンダーに、インデン(JFEケミカル製、純度96%)13.3g(0.11mol)、無水マレイン酸9.81g(0.10mmol)、ヒドロキノン0.115g(1.0mmol)を仕込み、220℃のオイルバス中で2時間加熱した。内容物のガスクロマトグラフィーによる分析の結果、無水マレイン酸の転化率は100%、無水マレイン酸基準での選択率は51.2%、インデン基準での選択率は50.3%であった。
【0023】
比較例2
比較例1において、用いる重合禁止剤を、ヒドロキノンモノメチルエーテル0.124g(1.0mmol)に変更する以外は、全て同様に操作した。内容物のガスクロマトグラフィーによる分析の結果、無水マレイン酸の転化率は100%、無水マレイン酸基準での選択率は45.5%、インデン基準での選択率は44.8%であった。
【0024】
比較例3
比較例1において、用いる重合禁止剤を、t−ブチルカテコール0.166g(1.0mmol)に変更する以外は、全て同様に操作した。内容物のガスクロマトグラフィーによる分析の結果、無水マレイン酸の転化率は100%、無水マレイン酸基準での選択率は55.3%、インデン基準での選択率は54.4%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノチアジン誘導体の存在下に、一般式(1)
【化1】

(1)
(式中、R,R,R,R,R,R,およびRは水素原子またはヘテロ原子を有することのある置換基を表す。)で表されるインデン誘導体と無水マレイン酸とを反応させることを特徴とする、一般式(2)
【化2】

(2)
(式中、R,R,R,R,R,R,およびRは水素原子またはヘテロ原子を有することのある置換基を表す。)で表される5,6−ベンゾノルボルネン−2,3−ジカルボン酸無水物類の製造方法。
【請求項2】
フェノチアジン誘導体としてフェノチアジンを用いる請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
一般式(1)においてR,R,R,R,R,R,およびRがすべて水素である請求項1記載の製造方法。