説明

DPAAの測定方法

【課題】 本願発明の課題は、ジフェニルアルシン酸(DPAA)を分解することなく、親分子イオンを直接測定することである。
【解決手段】 液相リチウムイオン付着法により、ジフェニルアルシン酸(DPAA)を分解することなく親分子イオンを測定する。これにより、分子を壊さず親分子イオンのみの測定が可能となり、よって化学種の判別が可能となる。さらに、これらの操作には誘導体化などの複雑な前処理は、不必要であるため、操作の簡便迅速化とコンタミネーションの軽減が期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、脳障害、脳幹-小脳障害、脳萎縮による精神遅滞などの知的障害を引き起こすジフェニルアルシン酸(DPAA)を分解することなく、液相リチウムイオン付着法により親分子イオンを直接測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学兵器の原料やε-カプロラクタム合成触媒として用いられているDPAAによる土壌・地下水の汚染や、それに伴う健康被害が問題となっている。
【0003】
DPAAの測定法としては、従来は、総砒素量を吸光光度法、水素化物原子吸光法、誘導結合プラズマ(ICP)発光法やICP-質量分析(MS)法などにより測定し、無機イオンである砒素のみを評価する方法が用いられている。
【0004】
砒素の毒性は、化学形態により大きく異なるが、これらの手法は、砒素化合物を構成する砒素原子を検出するものであり、本来の化学分子種を知ることは出来ない。また、DPAAは、従来の方法であるマトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、並びにエレクトロスプレーイオン化(ESI)法等に代表されるソフトイオン化法による測定は、不可能であった。
【0005】
そのような状況の中で、ペンタフルオロチオフェノール(PFTP)誘導体化を用いた迅速かつ高感度な分析法を開発し、水中のジフェニルアルシン酸(DPAA)の検出に適用した例がある(非特許文献1参照)。その場合、測定は、誘導体をベンゼンへ抽出後、GC/MSのSIMモードで行われている。
【0006】
しかしながら、上記方法は、GC/MSで測定を行うので、検出される信号は、試料分子そのものの親ピークではなく、フラグメントのピークである。また、GCで分離するためには試料を気化しやすい物質とすべく、時間と手間を要する誘導体化が必要となり、コンタミネーションの原因ともなりうる。加えて、抽出操作に因る濃縮が行われているはずだが、感度が良くないという欠点がある。
【0007】
また、井戸水および海水中のDPAAを固相抽出と黒鉛炉原子吸光法(GFAAS)により測定した例もある(非特許文献2参照)。この場合、試料溶液を固相抽出カートリッジへ導入し、水で洗浄し、エタノールで抽出後、溶媒を除去し、残渣を水で溶かして調製した試料溶液に、マトリクスを加えて測定が行われている。
【0008】
しかしながら、このGF-AASは、分子を黒鉛の電気炉を用いて高温で加熱し、目的元素を基底状態の原子に解離させて測定を行う方法であるため、検出される信号は、ICP法と同様に試料分子そのものの親ピークではなく、砒素原子を検出することになる。また、砒素が含まれていれば、DPAAであるか否かにかかわらず原則的に検出されるため、他の砒素化合物と分離するためには、手間と時間のかかる濃縮・分離精製(この場合汎用性の高い樹脂を用いて固相抽出)が必要となる。
【非特許文献1】Kim, KS. etal. “A rapid and sensitive analysis of diphenylarsinic acid in water by gaschromatography/mass spectrometry.” Anal.Sci. 2005, 21,513-516.
【非特許文献2】Kitamura T etal. “地下水及び海水中の微量ジフェニルアルシン酸の固相抽出−黒鉛炉原子吸光法による定量” 分析化学 2005, 54, 701-706
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願発明の課題は、ジフェニルアルシン酸(DPAA)を分解することなく、親分子イオンを直接測定することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
液相リチウムイオン付着法により、ジフェニルアルシン酸(DPAA)を分解することなく親分子イオンを測定することに成功した。塩化リチウム等をDPAAと混合し調製した測定用試料にレーザーを照射してイオン化を行った。
【発明の効果】
【0011】
本願発明においては、分子にリチウムイオンを付着させてイオン化を行うため、分子を壊さず親分子イオンのみの測定が可能となり、よって化学種の判別が可能となる。さらに、これらの操作には誘導体化などの複雑な前処理は、不必要であるため、操作の簡便迅速化とコンタミネーションの減少が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本願発明を実施するための最良の形態を示す。
【0013】
測定用試料は、リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、塩化リチウム又はヨウ化リチウム等のリチウム化合物をDPAAと混合し調製した。該測定用試料を試料台に載置し乾燥させて、質量分析計(実施例においては、飛行時間型質量分析装置)へ導入した。試料台にレーザー(実施例においては、窒素レーザー)を照射してイオン化を行いリチウムイオン付加DPAA親分子の信号を得ることができる。
【0014】
測定装置の概要を説明する。
図1に示すように、リチウムの付着した試料を試料台(サンプルホルダー)に保持する。該試料に、レーザー光を照射し、分子にリチウムイオンを付着させて、試料をイオン化する。
【0015】
上記レーザー光は、波長337nmの窒素レーザー、波長1064nm、532nm、355nm若しくは266nmのNd:YAGレーザー、波長1047nm若しくは524nmのNd:YLFレーザーが望ましいが、その他の光であってもよい。
【0016】
実施例においては、リチウムカチオンが付着し正の電荷を帯びたイオンが生じる。イオン化した試料は、試料台および加速電極に印加された電位差により、図の右方向に引き出されて加速されて図の右方向に飛ばされる。イオン発生時の初期エネルギー分布の分散を打ち消すために、イオン反射器によりイオン源方向へと反転され、検出器により飛行時間を計測される。質量電荷比(m/z)の小さい(軽い)ものほど高速で飛行し、より早く検出器に到達するので、m/zの小さい順に時間軸上に分離することが出来る。
【実施例1】
【0017】
試料としては、ジフェニルアルシン酸(DPAA)水溶液1.0mMと、塩化リチウム水溶液40mMを体積で等量(5.00μL)を混合、攪拌した後、2.50μLを試料として試料台に載せ、風を送り乾燥させた。飛行時間型質量分析計へ導入し、窒素レーザー(波長337.1nm)を照射して試料分子にリチウムイオンを付加させることでイオン化させ、測定を行った。
【0018】
その結果、図2の下段に示すように、リチウムイオンを付加しないDPAA分子は、ほとんど信号を示さないが、上段に示すように、リチウムイオン付加DPAA分子においては、きわめて大きな信号を得ることができた。また、結果の一例を中段に示したように、既存のマトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法でも、DPAAの信号を明瞭に得ることは出来なかった。このMALDI法の例では、10.0μg/Lのマトリクス溶液と1.00mMのDPAA溶液の等量を混合し、1.00μLを試料台に添加して測定を行った。

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本願発明に係る測定方法である飛行時間型質量分析法の原理を説明するための概略説明図
【図2】本願発明の方法による液相リチウムイオン付着DPAA測定グラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフェニルアルシン酸(DPAA)の測定方法であって、液相において、DPAAとリチウム化合物を混合し、乾燥させた後、光を照射し、リチウムイオンの付加されたDPAAを測定することを特徴とするDPAAの測定方法。
【請求項2】
上記リチウム化合物は、リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ヨウ化リチウム又は塩化リチウムであることを特徴とする請求項1に記載のDPAAの測定方法。
【請求項3】
上記リチウムイオンの付加されたDPAAの測定方法は、質量分析法であることを特徴とする請求項1又は2に記載のDPAAの測定方法。


【図1】
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【図2】
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