説明

EBNA1変異体

【課題】oriP領域を複製起点として含むプラスミドの複製量を十分に増加させるための手段、ひいては当該プラスミドが細胞内において長期的に安定して保持されるための手段を提供する。
【解決手段】本発明にかかる組み換えタンパク質は、野生型EBNA1のアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又は前記置換されたアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EBウイルスがコードするEBNA1タンパク質の変異体に関する。
【背景技術】
【0002】
EBウイルス(EBV:Epstein-Barr virus;ヒトヘルペスウイルス4)は、γヘルペスウイルスファミリーに属するヒトヘルペスウイルスである。EBウイルスは、ヒトに感染すると、粘膜上皮細胞に感染した後にB細胞に移行し、そこで生涯に渡る潜伏感染を確立する。EBウイルス感染の多くは不顕性であり、健常人には無害である。EBウイルスのゲノムは約170kbpの線状二本鎖DNAであり、その塩基配列はすでに決定されている。潜伏感染期には、当該線状DNAはその末端反復配列が結合して環状二本鎖DNAとなり、核内において染色体外DNAとして保持される。
【0003】
EBNA1(EBV-encoded nuclear antigen 1)は、EBウイルスのゲノムにコードされているタンパク質であり、潜伏感染期のEBウイルスのゲノム(環状二本鎖DNA)を、その複製起点oriPから複製開始させるために必須のタンパク質である(非特許文献1参照)。EBNA1は、oriP(2.2kbp)中の特定の2つの領域DS,FRに結合する。DS領域は4ヶ所の、FR領域は20ヶ所のEBNA1結合配列から構成されており、それぞれ異なる機能を有する。DS領域は、複製開始に必要十分な最小配列であり、実質的な複製起点としての機能を有する。一方、FR領域は、DS領域を起点とする複製を促進する機能と、ウイルスゲノムを染色体へ結合させて細胞核内に安定に保持する機能を有する。
【0004】
なお、oriPからの複製機構の詳細は依然として不明であるが、これまでに、EBNA1以外にも細胞の複製開始因子であるORCやMCMが複製機構に関与することが示唆されている(非特許文献2,3参照)。これらの因子の関与も含め、一般に、oriPからの複製は、細胞の染色体の複製と同様に、細胞周期のS期に1回だけ行われることが知られている(非特許文献4参照)。
【0005】
ところで、複製起点となるoriP領域を含むプラスミドと、EBNA1をコードする遺伝子を含むプラスミドとを、同時に細胞に導入した場合、EBNA1の発現によりoriPを含むプラスミドが一過的に複製されることが知られており(非特許文献5)、これにより、EBNA1タンパク質が、oriP領域を起点とするDNA複製活性を有するものであることが確認されている。
【0006】
また、EBNA1をコードする遺伝子とoriP領域とを共に含むプラスミドに関しては、同様に細胞に導入した場合、細胞内で自立的に複製し染色体外DNAとして保持されることが知られている。この自立複製可能なプラスミドは、染色体に組み込まれる危険性が極めて低いことがその特徴であり、有用であると考えられ、既に、遺伝子発現用ベクター等の研究試薬として開発販売されている。また、遺伝子治療を目的としたベクターの研究開発においてもその利用が多く提案され、実用化が期待されている。
【非特許文献1】Yates and Sugden, Nature, vol.313, p.812−815, 1985
【非特許文献2】Dahr et al., Cell, vol.106, p.287−296, 2001
【非特許文献3】Shepers et al., EMBO Journal, vol.20, p.4588−4602, 2001
【非特許文献4】Shirakata et al., Virology, vol.263, p.42−54, 1999
【非特許文献5】Shirakata et al., Journal of Biochemistry (Tokyo), vol.123, p.175−181, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般に、プラスミドの複製と各細胞への分配の効率が100%であるか、あるいはそれを超えていなければ、細胞あたりのコピー数は1回の細胞増殖(細胞分裂)の度にある割合で必ず減少していくことになり、いずれプラスミドが完全に脱落してしまう。したがって、上述した自立複製可能なプラスミドが導入された細胞に関しても、細胞増殖に伴って徐々にプラスミドのコピー数が減少していくという問題があった。
【0008】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、oriP領域を複製起点として含むプラスミドの複製量を十分に増加させるための手段、ひいては当該プラスミドが細胞内において長期的に安定して保持されるための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その過程において、oriP領域を複製起点とするDNA複製に関し複製活性を有する“EBNA1”に着目し、このEBNA1に変異を導入することで当該複製活性を向上させることができないか試みた。その結果、EBNA1を構成する641のアミノ酸のうち、ある一ヶ所のアミノ酸を別のアミノ酸に変えるようにすれば、当該複製活性を飛躍的に高めることができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)野生型EBNA1のアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又は前記置換されたアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有する、組み換えタンパク質。
(2)以下の(a)又は(b)の組み換えタンパク質。
【0011】
(a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1に示されるアミノ酸配列において第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有するタンパク質
(3)上記(1)又は(2)に記載の組み換えタンパク質をコードする遺伝子。
(4)以下の(a)又は(b)のDNAを含む遺伝子。
【0012】
(a) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、DNA複製活性を有し、かつ、第534番目のアミノ酸がスレオニン以外であるタンパク質をコードするDNA
(5)上記(3)又は(4)に記載の遺伝子を含む組み換えベクター。
【0013】
上記(5)の組み換えベクターは、例えば、oriP領域をさらに含むものであってもよい。
(6)目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、上記(3)又は(4)に記載の遺伝子と、oriP領域とを含むものである、遺伝子発現カセット。
(7)上記(5)に記載の組み換えベクターを含む形質転換体。
【0014】
上記(7)の形質転換体は、例えば、p38MAPキナーゼ活性が阻害されているものであってもよい。
(8)目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、請求項3又は4に記載の遺伝子と、oriP領域とを含む形質転換体を培養し、得られる培養物から目的タンパク質を採取することを特徴とする、目的タンパク質の製造方法。
(9)目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、請求項3若しくは4に記載の遺伝子又は野生型EBNA1をコードする遺伝子と、oriP領域とを含む形質転換体においてp38MAPキナーゼ活性を阻害することを特徴とする、目的タンパク質の発現を増強する方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、oriP領域を複製起点として含むプラスミドの複製量を十分に増加させるための手段、ひいては当該プラスミドが細胞内において長期的に安定して保持されるための手段を提供することができる。
【0016】
また、本発明によれば、目的タンパク質を効率的に製造する方法や、目的タンパク質の発現を容易に増強させる方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
1.概要
本発明は、1アミノ酸置換変異型のEBNA1(例えばEBNA1(T534A)等)をコードする遺伝子を含む組換えベクターを導入した細胞や、当該導入後の形質転換細胞を培養した培養物において、oriP領域を含むDNAの複製量を大幅に増加させることができることに基づくものである。
【0018】
具体的には、EBNA1のアミノ酸配列のうち、第534番目のスレオニン(Thr)を他のアミン酸(例えばアラニン(Ala)等)に置換することによって、当該複製活性向上の顕著性が認められた。これは、EBNA1の第534番目のスレオニンがその二量体形成とDNA(oriP領域)への結合の何れにも重要とされるドメインに存在すること、そして、EBNA1の結晶構造解析の結果によると二量体形成における結合面とDNAへの結合部のいずれにも近い位置に第534番目のスレオニンが存在していること、という二つの事実からみて、当該スレオニンが他のアミノ酸(例えばアラニン等)に置換されることで、EBNA1二量体の構造安定性が高まるとともに、DNAへの結合能も向上し結合状態が安定化され、その結果、複製活性が高まったものと考えられる。
【0019】
また本発明者は、p38MAPキナーゼを介するシグナル伝達経路が活性化されるとoriPからの複製が抑制され、結果としてウイルスゲノムが細胞から脱落するという、最近になって判明した研究報告(Shirakata et al., Journal of Virology, vol.75, p.5059−5068, 2001)にも着目した。上記研究報告では、当該シグナル伝達によるEBNA1の複製活性の抑制がその原因の一つと考えられており、実際のところ、HeLa細胞を用いた一過的な複製活性の解析によれば、基底レベルの低いp38MAPキナーゼ活性によってもoriPからの複製はその最高値の約30%にまで抑制されていることが明らかにされている。そこで本発明者は、逆に、このp38MAPキナーゼ活性を抑制するようにしたところ、驚くべきことに、当該複製活性を飛躍的に高めることができることを見出し、本発明を完成した。
【0020】
さらに、本発明において、当該複製活性を飛躍的に高めることができれば、それに付随するものとして、次のような飛躍的効果を得ることができる。つまり、oriP領域を含むプラスミドに、目的タンパク質をコードする遺伝子や、目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を挿入し発現ベクターとして用いれば、その複製量(コピー数)の増加により、細胞内での目的タンパク質の発現量を飛躍的に増強させることができ、そしてこのような細胞から目的タンパク質を採取(回収)するようにすれば、当該タンパク質の効率的な生産方法として工業的にも非常に有用性の高い手段となる。

2.EBNA1変異体(変異型EBNA1)
(1) 組み換えタンパク質
本発明の組み換えタンパク質は、EBウイルスゲノムにコードされているEBNA1タンパク質の変異体(EBNA1変異体)である。
【0021】
一般に、DNAの複製は、DNAの二本鎖の一部がほどけ、それぞれの一本鎖に相補的な新しいDNA鎖が合成されることにより行われるが、まず、第一段階として、複製開始点(複製開始反応が起こる特定のDNA領域)に特定のDNA結合タンパク質が結合することにより二本鎖がほどかれ複製フォークと呼ばれる部分が形成されることが重要である。
【0022】
EBNA1は、上記複製開始点に結合し得るDNA結合タンパク質の一種であり、oriP領域を複製起点とするDNA複製反応を開始させる活性を有することはもとより、oriP領域を含むDNAを宿主細胞の染色体に結合させて核内に安定に保持させる活性をも有するDNA結合タンパク質である(なお、本明細書ではこれら両活性を含め「複製活性」又は「DNA複製活性」と称する。)。
【0023】
本発明の組み換えタンパク質は、野生型EBNA1のアミノ酸配列における1アミノ酸置換変異導入により当該複製活性が高められたものである。
【0024】
具体的には、前述のとおり、野生型EBNA1のアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又は前記置換されたアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなる組み換えタンパク質であって、かつDNA複製活性を有するものであることを特徴とする。なお、EBNA1のアミノ酸配列は、例えばGenBank に公表されており(accession number:NP_039875)公知である。
【0025】
上記他のアミノ酸としては、スレオニン以外であれば特に限定はされず、残りの19種の生体内アミノ酸を挙げることができるが、例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、グリシン、メチオニン、ヒスチヂン、グルタミン、アスパラギン等を好ましく挙げることができ、なかでも、アラニン、バリン、グリシンがより好ましく、特に好ましくはアラニンである。
【0026】
なお、上記「アミノ酸の欠失、置換若しくは付加」に関しては、後述する(b)のタンパク質における説明が同様に適用できる。
【0027】
本発明の組み換えタンパク質はまた、以下の(a)又は(b)のタンパク質であることを特徴とする。
【0028】
(a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1に示されるアミノ酸配列において第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有するタンパク質
上記(a)のタンパク質は、配列番号1に示すように、EBNA1を構成する641個のアミノ酸からなる配列のうち、その第534番目のスレオニン(「Thr」又は「T」)が、スレオニン以外のアミノ酸(「Xaa」又は「X」)に置換されたタンパク質(EBNA1(T534X))である。EBNA1(T534X)としては、前述した他のアミノ酸に置換されたものが好ましく、特に、アラニン(「Ala」又は「A」)に置換されたもの(EBNA1(T534A))が好ましい。
【0029】
なお、アミノ酸のアルファベット表記は、一般に、3文字(「Thr」等)又は1文字(「T」等)で表し、数字(例えば「534」)の前に表示したアルファベットは、置換前のアミノ酸の1文字表記を、数字の後に表示したアルファベットは置換後のアミノ酸の1文字表記を示している。従って、第534番目のThrをAlaに置換した場合は「T534A」と表示するものとする。
【0030】
上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質を構成する641個のアミノ酸において、1個又は数個(例えば1個〜10個程度、好ましくは1個〜5個程度)のアミノ酸(ただし第534番目のアミノ酸「Xaa」を除く)が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有するタンパク質であればよく、限定はされず、例えば、第383番目のアミノ酸「Ser」が「Ala」に、第393番目のアミノ酸「Ser」が「Ala」に、第476番目のアミノ酸「Pro」が「Gln」に、置換されたもの等を好ましく挙げることができる。
【0031】
なお、上記(b)のタンパク質は、EBNA1のようにDNA複製活性を有するタンパク質であることが重要であるため、例えば、第1番目〜第84番目のアミノ酸や、第356番目〜第641番目のアミノ酸など、二量体形成やoriP領域への結合に重要と考えられる部分のアミノ酸配列は、EBNA1のアミノ酸配列から変異置換されていないものが好ましい。
【0032】
本発明の組み換えタンパク質であるEBNA1変異体のDNA複製活性は、oriP領域を有するDNA(プラスミドDNA等)を含む細胞においてEBNA1変異体を発現させた場合に、当該DNAの複製量を検出することにより測定することができる。EBNA1変異体の発現は、当該DNAにそれをコードする遺伝子を組み込んでおくことで発現させるようにしてもよいし、別のDNAに組み込んでおいて細胞に導入し発現させるようにしてもよい。DNA複製量の検出は公知の各種方法を採用できるが、例えば、培養後の細胞を回収し、細胞内のプラスミドDNA(染色体外DNA)等をHirt's法等の公知のDNA回収方法により回収する。必要であれば適当な制限酵素で消化した後、アガロースゲル等を用いた電気泳動で分離し、その後アルカリ液中でDNAをHybond N+ ナイロン膜等に転写し、oriP領域の適当なDNAを用いてハイブリダイゼーション及び検出を行う。

(2) 組み換え遺伝子
上述した本発明の組み換えタンパク質をコードする遺伝子としては、限定はされないが、以下の(a)又は(b)のDNAを含む遺伝子が挙げられる。
【0033】
なお、以下の(a)及び(b)のDNAは、いずれも本発明の組み換えタンパク質の構造遺伝子であるが、これらDNAを含む遺伝子としては、これらDNAのみからなるものであってもよいし、これらDNAを一部に含み、その他に遺伝子発現に必要な公知の塩基配列(転写プロモーター、SD配列、Kozak配列、ターミネーター等)をも含むものであってもよく、限定はされない。また、EBNA1をコードする塩基配列は、例えばGenBank に公表されており(accession number:V01555)公知である。
【0034】
(a) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、DNA複製活性を有し、かつ、第534番目のアミノ酸がスレオニン以外であるタンパク質をコードするDNA
上記(a)のDNAは、配列番号2に示すように、EBNA1をコードする塩基配列(DNA)のうち、翻訳後第534番目のアミノ酸がスレオニンからスレオニン以外の他のアミノ酸に置換されるように、塩基を置換変異させたものである。具体的には、第1600番目〜第1602番目の塩基について、上記他のアミノ酸のコドンに対応するように「aca」を「nnn」に変異させたものであり、例えば、アラニンに置換されるように変異させたものとして「aca」を「gca」となるように変異させたもの等が好ましく挙げられる。なお、スレオニン以外の他のアミノ酸としては、前述した例示が同様に適用でき、上記「nnn」は、当該他のアミノ酸のコドンに対応する塩基配列を意味する。
【0035】
このような変異置換型DNAは、一般には、Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987-1997)等に記載の部位特異的変位誘発法に準じて調製することができる。具体的には、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuickChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて調製することができる。
【0036】
また、後述する実施例1に記載のPCRプライマー(合成オリゴDNA)を用い、EBNA1をコードする塩基配列を含むDNA等を鋳型として適当な条件下でPCRを行うことにより調製することもできる。PCRに用いるDNAポリメラーゼは、限定されないが、正確性の高いDNAポリメラーゼであることが好ましく、例えば、Pwo DNA(ポリメラーゼロシュ・ダイアグノスティックス)、Pfu DNAポリメラーゼ(プロメガ)、プラチナPfx DNAポリメラーゼ(インビトロジェン)、KOD DNAポリメラーゼ(東洋紡)等が好ましい。PCRの反応条件は、用いるDNAポリメラーゼの最適温度、合成するDNAの長さや種類等によって異なるが、90〜98℃で5〜30秒(熱変性)、50〜65℃で5〜30秒(アニーリング)、65〜80℃で30〜1200秒(伸長)のセットを1サイクルとして20〜200サイクル行うようにすることが好ましい。
【0037】
上記(b)のDNAは、上記(a)のDNA若しくはそれと相補的な塩基配列からなるDNA、又はこれらの断片をプローブとして用い、コロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーション、およびサザンブロット等の公知のハイブリダイゼーション法を実施し、cDNAライブラリーやゲノムライブラリーから得ることができる。ライブラリーは、公知の方法で作製されたものを利用してもよいし、市販のcDNAライブラリーやゲノムライブラリーを利用してもよく、限定はされない。
【0038】
ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed. (Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)等を適宜参照することができる。
【0039】
ハイブリダイゼーション法を実施における「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件であって、バッファーの塩濃度が15〜330mM、温度が25〜65℃、好ましくは塩濃度が15〜150mM、温度が45〜55℃の条件を意味する。具体的には、例えば、80mMで50℃等の条件を挙げることができる。さらに、このような塩濃度や温度等の条件に加えて、プローブ濃度、プローブの長さ、反応時間等の諸条件も考慮し、上記(b)のDNAを得るための条件を適宜設定することができる。
【0040】
ハイブリダイズするDNAとしては、上記(a)のDNAの塩基配列に対して少なくとも40%以上の相同性を有する塩基配列であることが好ましく、より好ましくは60%、さらに好ましくは90%以上である。
【0041】
なお、上記(b)のDNAは、DNA複製活性を有するタンパク質をコードするDNAであることが重要であるため、翻訳後のアミノ酸配列を考慮したときに、例えば、第1番目〜第84番目のアミノ酸や、第356番目〜第641番目のアミノ酸など、二量体形成やoriP領域への結合に重要と考えられる部分のアミノ酸配列が、EBNA1のアミノ酸配列から変異置換されないような、塩基配列を有するものが好ましい。特に、上記(b)のDNAは、翻訳後のアミノ酸配列における第534番目のアミノ酸がスレオニン以外のアミノ酸であるタンパク質をコードするDNAであることが重要であるため、上記(a)のDNAと同様に、EBNA1をコードする塩基配列(DNA)のうちの第1600番目〜第1602番目の塩基をスレオニン以外のアミノ酸に翻訳されるように変異させたものであることが重要である。
【0042】
上記(b)のDNAとしては、例えば、上記(a)のDNAと完全に同一のものではないが、EBNA1をコードする塩基配列(DNA)のうちの第1600番目〜第1602番目の塩基のみを、上記(a)のDNAと同じアミノ酸に翻訳されるように変異させたもの(アミノ酸「Xaa」は同じであるがそれに対応するコドンのみが異なる塩基配列のDNA)が好ましい。
【0043】
本発明の組み換えタンパク質をコードする遺伝子としては、アミノ酸に対応するコドンは、特に限定はされないので、転写後、ヒト等の哺乳類において一般的に用いられているコドン(好ましくは使用頻度の高いコドン)を示すDNAを含むものであってもよいし、また、大腸菌や酵母等の微生物や、植物等において一般的に用いられているコドン(好ましくは使用頻度の高いコドン)を示すDNAを含むものであってもよい。この点は前述した「nnn」の塩基配列についても同様である。

(3) 組み換えベクター
本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)を発現させるためには、発現ベクターに、上述した本発明の組み換えタンパク質をコードする遺伝子(必要に応じ、当該遺伝子の上流に転写プロモーターやSD配列(宿主が原核細胞の場合)やKozak配列(宿主が真核細胞の場合)を、下流にターミネーターを、PCR等により付加しておく)が含まれるように挿入して構築される、組み換えベクターが用いられる。上記転写プロモーター等、タンパク質の発現に必要な各要素は、当該遺伝子に含まれていてもよいし、発現ベクターにもともと含まれている場合はそれを利用してもよく、限定はされない。発現ベクターに当該遺伝子を挿入するには、制限酵素を用いる方法や、トポイソメラーゼを用いる方法等を利用する。
【0044】
発現ベクターとしては、本発明の組み換えタンパク質をコードする遺伝子を保持し得るものであれば、限定はされず、それぞれの宿主細胞に適したベクターを適宜選択して使用することができる。
【0045】
上記組み換えベクターは、本発明の組み換えタンパク質をコードする遺伝子のほかに、複製起点となるoriP領域をも含むものであることが好ましい。このような組み換えベクターを用いれば、発現されたEBNA1変異体により、当該組み換えベクター自身がoriP領域からの複製が活性化され、コピー数が大幅に増加するため、これに伴ってEBNA1変異体の発現量もさらに増加させることができる。

(4) 形質転換体
本発明の組み換えタンパク質の発現は、上記組み換えベクターを宿主となる細胞に導入して形質転換体を得、これを培養等することにより行うことができる。
【0046】
宿主細胞としては、上記組換えベクターが導入された後、本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)を発現し得るものであればよく、限定はされないが、例えば、ヒトやマウス等の各種動物細胞、各種植物細胞、大腸菌、枯草菌、酵母、カビ等が挙げられる。
【0047】
形質転換の方法は、限定はされず、宿主と発現ベクターの組み合わせを考慮し、適宜選択し実施することができるが、例えば、電気穿孔法、リポフェクション法、ヒートショック法、PEG法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法等が好ましく挙げられる。
【0048】
得られる形質転換体においては、実際に用いた宿主と、組み換えベクターに含まれるEBNA1変異体遺伝子のコドン型の宿主とが、一致していてもよいし、異なっていてもよく、限定はされない。
【0049】
上記形質転換体は、p38MAPキナーゼ活性が阻害されているものが好ましい。SB203580(イーエムディーバイオサイエンス社製)や、SB202190(イーエムディーバイオサイエンス社製)、SB239063(イーエムディーバイオサイエンス社製)、PD169316(イーエムディーバイオサイエンス社製)等のp38MAPキナーゼ阻害剤を、形質転換した細胞(具体的にはその培養液等)に添加しておくことにより、結果として、EBNA1変異体によるoriP領域からのDNA複製量をより一層増加させることができ、ひいては、EBNA1変異体の発現量をさらに増加させることができる。

2.目的タンパク質の製造方法
前述した本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)をコードする遺伝子と、oriP領域と、さらに、目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を含む、形質転換体(形質転換細胞(菌体))を用いることにより、大量生産等を目的とする所望のタンパク質(以下、目的タンパク質という)を、非常に効率的に製造することができる。
【0050】
製造する目的タンパク質としては、限定はされないが、例えば、公知の種々の酵素、ペプチドホルモン、リンフォカイン、血漿タンパク質、細胞増殖因子及び遺伝子転写制御因子等を挙げることができる。
【0051】
上記目的タンパク質の製造は、前述した本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)をコードする遺伝子と、oriP領域と、目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子とを含む発現カセットを用いて行うことができる。具体的には、まず、遺伝子組み換え法の常法に従い、前述した本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)をコードする遺伝子とoriP領域とを含む組み換えベクターに、目的タンパク質をコードする遺伝子を含むようにした組み換えベクターを新たに調製するか、あるいは目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を含むようにした組み換えベクターを新たに調製するようにする。後者の場合、目的タンパク質をコードする遺伝子は、他のベクターに組み込んで発現させるようにしたものであってもよいし、宿主細胞のゲノムにコードされていて発現し得るものであってもよく、限定はされない。
【0052】
また、他の製造形態としては、具体的には、まず、遺伝子組み換え法の常法に従い、前述した本発明の組み換えタンパク質(EBNA1変異体)をコードする遺伝子を含む組み換えベクターを調製しておき、これと組み合わせて用いるベクターとして、別途、oriP領域と目的タンパク質をコードする遺伝子を含むようにした組み換えベクターを新たに調製するか、あるいはoriP領域と目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を含むようにした組み換えベクターを新たに調製するようにする。この製造形態の場合は、2種のベクターの組み合わせで宿主細胞に導入して用いるようにする。
【0053】
なお、上記の発現誘導タンパク質としては、限定はされないが、例えば、遺伝子転写制御因子、シグナル伝達分子、細胞膜受容体、タンパク質リン酸化酵素等を挙げられる。また、当該組み換えベクターに組み込む遺伝子については、必要に応じ、当該遺伝子の上流に転写プロモーター、SD配列(宿主が原核細胞の場合)、Kozak配列(宿主が真核細胞の場合)を、下流にターミネーターを、PCR等により付加しておくこともできる。
【0054】
次いで、調製した組み換えベクターにより形質転換された細胞を培養し、得られる培養物から目的タンパク質を採取することができる。なお、宿主細胞や発現ベクターの種類等については、前述したものが同様に適用できる。
【0055】
例えば、宿主にヒト培養細胞を用いる場合は、上述のように形質転換したヒト培養細胞を、適当な培地(MEM培地等)中で培養し、用いる発現ベクターによっては、テトラサイクリン等で目的タンパク質の発現誘導を制御する。そして、培養後に得られた培養物から、目的タンパク質を得ることができる。また、別の実施形態としては、上記において、組み換えベクターとして目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を用いた場合があり、当該遺伝子の発現によって、宿主細胞中のゲノム等に含まれる目的タンパク質をコードする遺伝子の発現が誘導される。そして、上記同様に、培養後に得られた培養物から、目的タンパク質を得ることができる。
【0056】
一般に、「培養物」とは、培養上清、培養細胞(菌体)、又は細胞(菌体)の破砕物のいずれをも意味するものである。目的タンパク質は、当該培養物中に蓄積される。形質転換体の培養方法は、宿主の培養に採用される通常の方法に従って行うことができる。
【0057】
形質転換体を培養する培地は、宿主細胞(宿主菌)が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であることが好ましく、天然培地及び合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、例えば、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース、デンプン等の炭水化物や、酢酸、プロピオン酸等の有機酸や、エタノール、プロパノール等のアルコール類等が挙げられる。窒素源としては、例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩や、その他の含窒素化合物が挙げられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が挙げられる。その他に、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、各種アミノ酸等を用いてもよい。
【0058】
培養は、一般には、振とう培養又は通気攪拌培養(ジャーファーメンター)などの好気的条件下、10℃〜40℃(好ましくは25℃〜37℃)で5〜100時間行うことができる。pHの調整は、適宜、無機酸、有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。
【0059】
目的タンパク質の収率は、SDS-PAGE等の公知のタンパク質検出方法により確認することができる。
【0060】
培養後、目的タンパク質が宿主細胞(菌体)内に生産される場合は、ホモジナイザー処理や超音波処理等により細胞を破砕する。また、溶菌により宿主細胞を破砕する場合は、Lysozyme処理、凍結融解処理、低張液処理等を施すようにする。破砕後の液を遠心分離した後の上清は、細胞抽出液可溶性画分であり、粗精製した目的タンパク質溶液として得ることができる。
【0061】
一方、培養後、目的タンパク質が宿主細胞(菌体)外に生産される場合は、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により細胞(菌体)を除去する。
【0062】
その後、硫安沈澱による抽出等により培養物中から目的タンパク質を採取し、必要に応じてさらに透析、各種クロマトグラフィー(ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等)を用いて、目的タンパク質を単離精製することができる。
【0063】
また、目的タンパク質の製造に関しては、上述したような形質転換体を用いたタンパク質合成系のほか、生細胞を全く使用しない無細胞タンパク質合成系を採用して行うこともできる。
【0064】
無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管等の人工容器内で目的タンパク質を合成する系である。なお、本発明において使用される無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
【0065】
この場合、使用する細胞抽出液の由来は、前述の宿主細胞であることが好ましい。細胞抽出液としては、例えば真核細胞由来又は原核細胞由来の抽出液、より具体的には、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、マウスL-細胞、HeLa細胞、CHO細胞、出芽酵母、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は、濃縮あるいは希釈されたものであってもよいし、そのままであってもよく、限定はされない。
【0066】
細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。
【0067】
このような無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。例えば、試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTM System(プロメガ)、合成装置のPG-MateTM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)等が挙げられる。
【0068】
無細胞タンパク質合成によって産生された目的タンパク質は、前述したようにクロマトグラフィー等の手段を適宜選択して、精製することができる。

3.目的タンパク質の発現増強方法
前述した目的タンパク質の製造方法において用い得る形質転換体と同様の形質転換体において、あるいは、当該形質転換体に含まれる変異型EBNA1をコードする遺伝子を野生型EBNA1をコードする遺伝子に代えるか又は両遺伝子を併用する以外は同様の形質転換体において、p38MAPキナーゼの活性を阻害するようにすれば、これら形質転換体における目的タンパク質の発現を効果的に増強させる(発現量を効果的に増加させる)ことができる。詳しくは、oriP領域を含むベクターは上記変異型や野生型のEBNA1の働きにより複製されるところ、本発明者は、細胞内のp38MAPキナーゼが、上記変異型や野生型のEBNA1の複製活性を少なくとも一部阻害する要因になっていると推測しており、このような系においてp38MAPキナーゼの活性を阻害することが目的タンパク質の発現増強効果を得るにあたって非常に重要になることを見出したのである。
【0069】
このように、p38MAPキナーゼの活性を阻害して目的タンパク質の発現を増強させることは、形質転換体を培養(分裂を伴う培養)しない系における一過性のものであってもよいし、形質転換体の培養系における連続性ものであってもよく、限定はされない。また、当該形質転換体を得る場合に用いる組み換えベクターを使用する場合は、細胞抽出液を利用した無細胞タンパク質合成系における一過性のものであってもよい。
【0070】
なお、形質転換体の培養に関しては、前述した、目的タンパク質の製造方法における説明記載が同様に適用できる。また、無細胞タンパク質合成系に関しても、前述した、目的タンパク質の製造方法における説明記載が同様に適用できる。
【0071】
p38MAPキナーゼの活性を阻害するための、p38MAPキナーゼ阻害剤としては、限定はされないが、例えば、SB203580(イーエムディーバイオサイエンス社製)や、SB202190(イーエムディーバイオサイエンス社製)、SB239063(イーエムディーバイオサイエンス社製)、PD169316(イーエムディーバイオサイエンス社製)等を用いることができる。
【0072】
p38MAPキナーゼ阻害剤は、一般には、目的タンパク質の合成が開始され得る時点から添加しておくことが好ましいが、必要に応じ適宜そのタイミングを調整することができる。例えば、形質転換体により目的タンパク質を産生させる場合は、宿主細胞に組み換えベクターを導入した時点又は直後から添加しておくことが好ましく、無細胞タンパク質合成系を採用する場合は、細胞抽出液中に組み換えベクターを添加する時点かその前に添加しておくことが好ましい。
【0073】
p38MAPキナーゼ阻害剤の添加量は、目的タンパク質の発現を良好に増強させ得る範囲で適宜設定すればよく、限定はされないが、例えば、HeLa細胞に対して、1〜100μMであることが好ましく、より好ましくは10〜40μMである。

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0074】
<プラスミドベクターの調製>
(1) oriP領域を含むプラスミド
遺伝子組み換え法の常法に従い、oriP領域を含むDNA断片として、EBウイルスB95-8株の塩基配列のうち第7315番目から第9312番目までの塩基からなる断片を単離し、これをpBluescript KSII(-)のEcoRIとXbaIの切断部位の間に挿入して、oriP領域を含むプラスミド(oriPプラスミド)を構築した。
(2) EBNA1(T534A)をコードする遺伝子を含むプラスミド
遺伝子組み換え法の常法に従い、以下の操作を行った。
【0075】
まず、EBNA1をコードする遺伝子を含むDNA断片として、EBウイルスB95-8株の塩基配列のうち第107950番目から第109875番目まで塩基からなる断片を単離し、これをpME18S(哺乳動物用遺伝子発現プラスミドベクター)に挿入して、EBNA1発現プラスミドを構築した。
【0076】
次に、所定の変異を導入したEBNA1遺伝子を作製するため、所定の変異を含むPCRプライマー(Fプライマー:配列番号3、Rプライマー:配列番号4)を用いて、上記EBNA1発現プラスミドを鋳型とし、ポリメラーゼとしてPfu polymerase(ストラタジーン社製)を使用して、PCRを行った。PCR条件は、94℃で30秒間の熱変性、47℃で15秒間のアニーリング、72℃で60秒間の伸長のサイクルを、25サイクル行った。
【0077】
PCRにより増幅されたDNA断片を、上記EBNA1発現プラスミドの相当する部分と入れ替えることにより、EBNA1変異体であるEBNA1(T534A)をコードする遺伝子を含む、EBNA1(T534A)発現プラスミドを構築した。
【0078】
Fプライマー:5'-GTCTTACACCATTGAGTC-3' (配列番号3)
Rプライマー:5'-GCTCGAGTCACTCCTGCCCTTCCTC-3' (配列番号4)
<プラスミドベクターを導入する細胞>
ヒト子宮体がん由来のHeLa細胞を用いた。当該細胞の培養は、10%牛胎児血清を含むダルベッコ変法MEM培地で行った。
<細胞の形質転換、細胞培養>
変異型であるEBNA1(T534A)発現プラスミド(2μg)とoriPプラスミド(2μg)とを、リン酸カルシウム法の常法に従い、60mm径の培養皿で培養しているHeLa細胞(2×106個)に導入して、形質転換を行った。その24時間後に細胞を培養皿から剥がし採り、100mm径の培養皿に移して、さらに2日間培養した(計3日間培養)。
【0079】
一方、比較対照実験として、EBNA1(T534A)発現プラスミドの代わりに、野生型EBNA1発現プラスミドを導入したこと以外は同様にして、形質転換および細胞培養を行った。また、ネガティブコントロール(Vector(−))として、EBNA1(T534A)発現プラスミドは用いず、oriPプラスミドのみ導入した以外は同様にして、形質転換および細胞培養を行った。
<プラスミド回収・検出>
培養後の細胞を、生理的緩衝液で洗浄したあと回収し、細胞内のプラスミド(染色体外DNA)をHirt's法(Hirt, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.55, p.997−1004, 1966)により回収した。
【0080】
回収したDNA試料は、最終的に20μLのTEに溶かし、その半量(約10μL)を制限酵素XbaI(20unit)とDpnI(20unit)を用いて37℃で2時間消化した。反応にはNew England Bio Labs社製の反応緩衝液4を用いた。
【0081】
消化産物を、緩衝液にTAEを用いた1%アガロースゲル電気泳動で分離した。泳動終了後に、アルカリ液中でDNAをHybond N+ ナイロン膜に転写した。oriPプラスミドの検出(複製量の検出)にはoriP領域のDNAを用いた。当該DNAを用いたプローブの作製、ハイブリダイゼーション、洗浄、および検出の方法は、GeneImages Random-PrimeLabelling and Detection System(アマシャムバイオサイエンス社)に準ずる方法を採用した。
【0082】
その結果、図1A,Bに示されるように、変異型EBNA1(T534A)発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(T534A)(−))の方が、野生型EBNA1発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(−))に比べ、oriPプラスミドの検出量(複製量)は約3倍も多くなり、顕著な効果が認められた。なお、両形質転換細胞では、EBNA1(T534A)とEBNA1との発現量に、実質的な変化は無かった。
【0083】
通常、HeLa細胞の細胞周期は約24時間であるから、プラスミドを細胞に導入後培養して回収するまでの3日間に、細胞内でoriPプラスミドが複製する回数は最高でも3回である。この僅か3回の複製過程で生じた約3倍もの複製量の差は有意に大きいと言え、また長期的なプラスミドの保持を考慮すると、EBNA1とその変異体であるEBNA1(T534A)との差は拡大するものと推測できる。
【0084】
以上のことから、oriPプラスミドの複製量の顕著な増加は、EBNA1(T534A)の複製活性の亢進によると結論づけることができた。
【実施例2】
【0085】
本実施例は、プラスミドをHeLa細胞に導入した際に、培地にSB203580(p38MAPキナーゼ阻害剤、イーエムディーバイオサイエンス社製)を20μMの濃度で添加したこと以外は実施例1と同様にして、oriPプラスミドの検出を行った。
【0086】
その結果、図1A,Bに示されるように、変異型EBNA1(T534A)発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(T534A)(+))では、野生型EBNA1発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(+))に比べ、oriPプラスミドの検出量(複製量)は約2.5倍となった。さらに、変異型発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(T534A)(+))は、SB203580未処理の野生型EBNA1発現プラスミドを導入した細胞(図1:EBNA1(−))に比べて検出量は、約5倍となり、極めて顕著な効果が認められた。
【0087】
以上のことから、p38MAPキナーゼの活性を阻害することは、EBNA1を発現する細胞においてのみならず、その変異体であるEBNA1(T534A)を発現させるようにした細胞においても、複製活性の亢進作用の顕著性が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】oriPプラスミドの複製量を示すアガロースゲル電気泳動写真(A:絶対量)、及びグラフ(B:相対量)である。
【配列表フリーテキスト】
【0089】
配列番号1:Xaaはスレオニン以外のアミノ酸を表す(存在位置:534)。
配列番号2:nはa、g、c又はtを表す(存在位置:1600)。
配列番号2:nはa、g、c又はtを表す(存在位置:1601)。
配列番号2:nはa、g、c又はtを表す(存在位置:1602)。
配列番号3:プライマー
配列番号4:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型EBNA1のアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又は前記置換されたアミノ酸配列のうち第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有する、組み換えタンパク質。
【請求項2】
以下の(a)又は(b)の組み換えタンパク質。
(a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1に示されるアミノ酸配列において第534番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつDNA複製活性を有するタンパク質
【請求項3】
請求項1又は2に記載の組み換えタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)のDNAを含む遺伝子。
(a) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、DNA複製活性を有し、かつ、第534番目のアミノ酸がスレオニン以外であるタンパク質をコードするDNA
【請求項5】
請求項3又は4に記載の遺伝子を含む組み換えベクター。
【請求項6】
さらにoriP領域を含む請求項5に記載の組み換えベクター。
【請求項7】
目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、請求項3又は4に記載の遺伝子と、oriP領域とを含むものである、遺伝子発現カセット。
【請求項8】
請求項5又は6に記載の組み換えベクターを含む形質転換体。
【請求項9】
p38MAPキナーゼ活性が阻害されているものである、請求項8に記載の形質転換体。
【請求項10】
目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、請求項3又は4に記載の遺伝子と、oriP領域とを含む形質転換体を培養し、得られる培養物から目的タンパク質を採取することを特徴とする、目的タンパク質の製造方法。
【請求項11】
目的タンパク質をコードする遺伝子又は目的タンパク質の発現を誘導するタンパク質をコードする遺伝子と、請求項3若しくは4に記載の遺伝子及び/又は野生型EBNA1をコードする遺伝子と、oriP領域とを含む形質転換体においてp38MAPキナーゼ活性を阻害することを特徴とする、目的タンパク質の発現を増強する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−121995(P2006−121995A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316127(P2004−316127)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】