説明

L−グルタミン酸生産菌及びL−グルタミン酸の製造方法

【課題】コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造において、L−グルタミン酸生産性がを向上させる技術を提供する。
【解決手段】L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって、mviN遺伝子内に、下記(A)〜(C)から選択される変異を有することを特徴とするコリネ型細菌を培地に培養し、該培地からL−グルタミン酸を採取する。
(A)前記遺伝子がコードするタンパク質において、197位のバリン残基が他のアミノ酸残基に置換される変異、
(B)前記遺伝子がコードするタンパク質において、260位のプロリン残基が他のアミノ酸に置換される変異、
(C)前記遺伝子がコードするタンパク質において、181位のアラニン残基が他のアミノ酸に置換される変異。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵工業に関し、詳しくは、L−グルタミン酸の製造法及びそれに用いる細菌に関する。L−グルタミン酸は調味料原料等として広く用いられる。
【背景技術】
【0002】
従来、L−グルタミン酸は、L−グルタミン酸生産能を有するブレビバクテリウム属やコリネバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いて発酵法により工業生産されている。これらのコリネ型細菌は、生産性を向上させるために、自然界から分離した菌株または該菌株の人工変異株が用いられている。
【0003】
コリネ型細菌の野生株は、一般的にビオチンが十分存在している条件ではグルタミン酸を生成しない。したがって、コリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産は、ビオチン制限、界面活性剤添加、ペニシリン添加等によってL−グルタミン酸生成を誘導した状態で行われる(非特許文献1)。また、これらの方法を適用しなくてもビオチンが十分存在している条件でL−グルタミン酸を生成できる株として、界面活性剤温度感受性株(特許文献1)、ペニシリン感受性株(特許文献2)、セルレニン感受性株(特許文献3)、リゾチーム感受性株(特許文献4)、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の欠損株(特許文献5)等が開発されている。
【0004】
しかし、これらの手法により開発されたL−グルタミン酸生産菌は、脂肪酸合成能の低下や細胞壁合成能の低下を伴っている場合が多く、浸透圧をはじめとする環境変化への適応力が低下し、L−グルタミン酸生成に伴い生育遅延が引き起こされるという問題があった。
【0005】
mviN遺伝子がコードするタンパク質は、ペプチドグリカン合成に関わる膜結合性タンパクと推定されているが、その機能の詳細は明らかにされていない(非特許文献2)。従って、同遺伝子とL−グルタミン酸生産性との関連も不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】欧州特許出願公開第EP1002866号
【特許文献2】特開平04-088994号公報
【特許文献3】特開昭55-124492号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第US2005054062号
【特許文献5】米国特許第US5977331号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Biosci.Biotech.Biochem.,61(7),1109-1112, 1997
【非特許文献2】J.Bacteriol., 190(21), 7298-7301, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造において、L−グルタミン酸生産性を向上させる新規な技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
コリネ型細菌のα−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ欠損株は、ビオチン存在下でもL
−グルタミン酸生産能を有するものの生育速度が低下することが知られている。本発明者らは、種々検討を行なったところ、ある変異を有する変異型mviN遺伝子を野生株に導入することにより、L−グルタミン生成条件下において生育速度が向上する株を構築できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下のとおりである。
【0010】
(1)L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって、mviN遺伝子内に、下記(A)〜(C)から選択される変異を有することを特徴とするコリネ型細菌。
(A)前記遺伝子がコードするタンパク質において、197位のバリン残基が他のアミノ酸残基に置換される変異、
(B)前記遺伝子がコードするタンパク質において、260位のプロリン残基が他のアミノ酸に置換される変異、
(C)前記遺伝子がコードするタンパク質において、181位のアラニン残基が他のアミノ酸に置換される変異。
(2)前記(A)〜(C)の変異が、それぞれ下記(a)〜(c)の変異である、前記細菌。
(a)197位のバリン残基がメチオニン残基に置換される変異、
(b)260位のプロリン残基がロイシン残基に置換される変異、
(c)181位のアラニン残基がグルタミン酸残基。
(3)前記変異が(a)の変異である前記細菌。
(4)前記変異を有さない前記タンパク質が、配列番号2のアミノ酸配列、又は、配列番号2において1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列を有する、前記細菌。
(5)ビオチン存在下でL−グルタミン酸を生産する能力を有することを特徴とする、前記細菌。
(6)α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下又は欠損した前記細菌。
(7)コリネバクテリウム・グルタミカムである前記細菌。
(8)前記細菌を培地に培養し、該培地からL−グルタミン酸を採取することを特徴とするL−グルタミン酸の製造法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、生育が向上したコリネ型L−グルタミン酸生産菌が提供される。好ましい形態においては、ビオチン存在下、かつ、界面活性剤やペニシリンのようなL−グルタミン酸生産を誘導する薬剤の非存在下で、効率よくL−グルタミン酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】プラスミドpBS4Sの構造を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
<1>本発明のコリネ型細菌
本発明のコリネ型細菌は、L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって、mviN遺伝子内に特定の変異を有することを特徴とするコリネ型細菌である。
本発明においてL−グルタミン酸とは、フリー体のL−グルタミン酸と、L−グルタミン酸塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩などを含む。
【0014】
本発明において、「コリネ型細菌」とは、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に分類された細菌も含み(Int. J. Syst. Bacteriol., 41, 255(1991))、またコリネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌及
びミクロバテリウム属細菌を含む。このようなコリネ型細菌の例として以下のものが挙げられる。
【0015】
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム
コリネバクテリウム・アルカノリティカム
コリネバクテリウム・カルナエ
コリネバクテリウム・グルタミカム
コリネバクテリウム・リリウム
コリネバクテリウム・メラセコーラ
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス (コリネバクテリウム・エフィシエンス)
コリネバクテリウム・ハーキュリス
ブレビバクテリウム・ディバリカタム
ブレビバクテリウム・フラバム
ブレビバクテリウム・インマリオフィラム
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)
ブレビバクテリウム・ロゼウム
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス
ブレビバクテリウム・アルバム
ブレビバクテリウム・セリヌム
ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム
【0016】
具体的には、下記のような菌株を例示することができる。
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム ATCC13870
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム ATCC15806
コリネバクテリウム・アルカノリティカム ATCC21511
コリネバクテリウム・カルナエ ATCC15991
コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13020, ATCC13032, ATCC13060
コリネバクテリウム・リリウム ATCC15990
コリネバクテリウム・メラセコーラ ATCC17965
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス AJ12340(FERM BP-1539)
コリネバクテリウム・ハーキュリス ATCC13868
ブレビバクテリウム・ディバリカタム ATCC14020
ブレビバクテリウム・フラバム ATCC13826, ATCC14067
ブレビバクテリウム・インマリオフィラム ATCC14068
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム) ATCC13869
ブレビバクテリウム・ロゼウム ATCC13825
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム ATCC14066
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス ATCC19240
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス ATCC6871、ATCC6872
ブレビバクテリウム・アルバム ATCC15111
ブレビバクテリウム・セリヌム ATCC15112
ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム ATCC15354
【0017】
これらを入手するには、例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションより分譲を受けることができる。すなわち、各菌株毎に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることができる。各菌株に対応する登録番号はアメリカ
ン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、AJ12340株は、1987年10月27日付けで通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現独立行政法人 産業技術総合研究所 特許微生物寄託センター)(〒305-5466 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)にFERM BP-1539の受託番号でブダペスト条約に基づいて寄託されている。
【0018】
本発明において、「L−グルタミン酸生産能」とは、本発明のコリネ型細菌を培養したときに、培地中にL−グルタミン酸を蓄積する能力をいう。このL−グルタミン酸生産能は、コリネ型細菌の野生株の性質として有するものであってもよく、育種によって付与または増強された性質であってもよい。
【0019】
育種によってL−グルタミン酸生産能を付与または増強するための方法としては、例えば、L−グルタミン酸生合成に関与する酵素をコードする遺伝子の発現が増強するように改変する方法を挙げることができる。L−グルタミン酸生合成に関与する酵素としては、例えば、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、グルタミンシンテターゼ、グルタミン酸シンターゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、アコニット酸ヒドラターゼ、クエン酸シンターゼ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ、ピルビン酸カルボキシラーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ、エノラーゼ、ホスホグリセルムターゼ、ホスホグリセリン酸キナーゼ、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ、フルトースビスリン酸アルドラーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼなどが挙げられる。
【0020】
これらの遺伝子の発現を増強するための方法としては、これらの遺伝子を含むDNA断片を、適当なプラスミド、例えばコリネ型細菌内でプラスミドの複製増殖機能を司る遺伝子を少なくとも含むプラスミドベクターに導入した増幅プラスミドを導入すること、または、これらの遺伝子を染色体上で接合、転移等により多コピー化すること、またこれらの遺伝子のプロモーター領域に変異を導入することにより達成することもできる。(国際公開パンフレットWO95-34672号参照)
【0021】
上記増幅プラスミドまたは染色体上で多コピー化させる場合、これらの遺伝子を発現させるためのプロモーターはコリネ型細菌において機能するものであればいかなるプロモーターであっても良く、用いる遺伝子自身のプロモーターであってもよい。プロモーターを適宜選択することによっても、遺伝子の発現量の調節が可能である。以上のような方法により、クエン酸シンターゼ遺伝子、フォスフォエノールピルベートカルボキシラーゼ遺伝子、及び/又はグルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が増強するように改変された微生物としては、WO00-18935等に記載された微生物が例示できる。
【0022】
L−グルタミン酸生産能を付与するための改変は、L−グルタミン酸の生合成経路から分岐して他の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性を低下または欠損させることにより行ってもよい。L−グルタミン酸の生合成経路から分岐してL−グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素としては、イソクエン酸リアーゼ、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ、リン酸アセチルトランスフェラーゼ、酢酸キナーゼ、アセトヒドロキシ酸シンターゼ、アセト乳酸シンターゼ、ギ酸アセチルトランスフェラーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、グルタミン酸デカルボキシラーゼ、1−ピロリン−5−カルボキシレートデヒドロゲナーゼなどが挙げられる。
【0023】
上記のような酵素の活性を低下または欠損させるには、通常の変異処理法によって、染色体上の上記酵素の遺伝子に、細胞中の当該酵素の活性が低下または欠損するような変異を導入すればよい。例えば、遺伝子組換えによって、染色体上の酵素をコードする遺伝子
を欠損させたり、プロモーターやシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変したりすることなどによって達成される。また、染色体上の酵素をコードする領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、また終始コドンを導入すること(ナンセンス変異)、一〜二塩基付加・欠失するフレームシフト変異を導入すること、遺伝子の一部分を欠失させることによっても達成出来る。(Journal of biological Chemistry 272:8611-8617(1997))また、コード領域が欠失したような変異酵素をコードする遺伝子を構築し、相同組換えなどによって、該遺伝子で染色体上の正常遺伝子を置換することによっても酵素活性を低下または欠損させることができる。
【0024】
例えば、遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能する酵素タンパク質を産生しないように改変した欠失型遺伝子を作製し、該遺伝子を含むDNAで細菌を形質転換して、欠失型遺伝子と染色体上の遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の遺伝子を欠失型遺伝子に置換することができる。欠失型遺伝子によってコードされる酵素タンパク質は、生成したとしても、野生型酵素タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、温度感受性複製起点を含むプラスミド、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で複製起点を持たないスイサイドベクターを利用する方法などがある(米国特許第6303383号、または特開平05-007491号)。
【0025】
L−グルタミン酸生産能を付与または増強する別の方法として、有機酸アナログや呼吸阻害剤などへの耐性を付与する方法や細胞壁合成阻害剤に対する感受性を付与する方法も挙げられる。例えば、ベンゾピロンまたはナフトキノン類に耐性を付与する方法(特開昭56-1889)、HOQNO耐性を付与する方法(特開昭56-140895)、α-ケトマロン酸耐性を付与する方法(特開昭57-2689)、グアニジン耐性を付与する方法(特開昭56-35981)、ペニシリンに対する感受性を付与する方法(特開平4-88994)などが挙げられる。
【0026】
このような耐性菌の具体例としては、下記のような菌株が挙げられる。
ブレビバクテリウム・フラバムAJ11355(FERM P-5007;特開昭56-1889号公報参照)
コリネバクテリウム・グルタミカムAJ11368(FERM P- P-5020;特開昭56-1889号公報参照)ブレビバクテリウム・フラバムAJ11217(FERM P-4318;特開昭57-2689号公報参照)
コリネバクテリウム・グルタミカムAJ11218(FERM-P4319;特開昭57-2689号公報参照)
ブレビバクテリウム・フラバムAJ11564(FERM P-5472;特開昭56-140895公報参照)
ブレビバクテリウム・フラバムAJ11439(FERM P-5136;特開昭56-35981号公報参照)
コリネバクテリウム・グルタミカムH7684(FERM BP-3004;特開平04-88994号公報参照)
【0027】
本発明においては、コリネ型細菌は、ビオチン存在下でL−グルタミン酸を生産する能力を有する菌株であることが好ましい。ビオチン存在下とは、例えば、好ましくは10μg/L以上、より好ましくは20μg/L以上、特に好ましくは30μg/L以上のビオチンが培地に存在することをいう。また、ビオチン存在下でL−グルタミン酸を生産する能力とは、ビオチン存在下、かつ、界面活性剤やペニシリンのようなビオチン存在下でのL−グルタミン酸生産を誘導する薬剤の非存在下で、コリネ型細菌を培養したときに有意な量のL−グルタミン酸を培地に蓄積する能力をいう。有意な量は、例えば、好ましくは0.5g/L以上、より好ましくは1.0g/L以上、特に好ましくは5.0g/L以上である。
【0028】
ビオチン存在下でL−グルタミン酸を生産する能力を有する菌株には、例えば、界面活性剤温度感受性株(欧州特許出願公開第1002866号)、ペニシリン感受性株(特開平04-088994号)、セルレニン感受性株(特開昭55-124492号)、リゾチーム感受性株(米国特許出願公開第2005054062号)、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下又は欠損した株(米国特許第5977331号)等が含まれる。本発明においては、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下又は欠損した株が好ましい。α−ケトグルタル酸デヒドロゲナ
ーゼ活性は、例えば、ReedとMukherjeeの方法(Reed, L. J. and Mukherjee, B. B. 1969. Methods in Enzymology 13: 55-61)に従って測定することができる。
【0029】
コリネ型細菌においてα−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を欠損もしくは低下させる方法は、米国特許第5977331号に記載されている。例えば、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を低下させるには該酵素のE1oサブユニットをコードするsucA(odhA)遺伝子を改変すればよい。α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下した株として、例えば、以下の株が挙げられる。
【0030】
コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ΔS株(米国特許第5977331号)
コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)AJ12821(FERM BP−4172;フランス特許公報9401748号明細書参照)
ブレビバクテリウム・フラバムAJ12822 (FERM BP-4173;フランス特許公報9401748号明細書参照)
コリネバクテリウム・グルタミカムAJ12823(FERM BP-4174;フランス特許公報9401748号明細書参照)
コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13869 OAGN、OA2-2、OAGN2-2(国際公開パンフレット2006/028298号参照)
【0031】
本発明のコリネ型細菌は、上記のようなL−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって、染色体上のmviN遺伝子内に、下記(A)〜(C)から選択される変異を有する。
(A)前記遺伝子がコードするタンパク質において、197位のバリン残基が他のアミノ酸残基に置換される変異、
(B)前記遺伝子がコードするタンパク質において、260位のプロリン残基が他のアミノ酸に置換される変異、
(C)前記遺伝子がコードするタンパク質において、181位のアラニン残基が他のアミノ酸に置換される変異。
【0032】
前記(A)の変異において、他のアミノ酸残基は、メチオニン、イソロイシン又はロイシンが好ましく、メチオニンが特に好ましい。
前記(B)の変異において、他のアミノ酸残基は、ロイシン、イソロイシン、又はバリンが好ましく、ロイシンが特に好ましい。
前記(C)の変異において、他のアミノ酸残基はセリン又はスレオニンが好ましく、セリンが特に好ましい。
【0033】
本発明の細菌は、L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌の染色体上のmviN遺伝子に、上記変異を導入することによって取得することができる。導入される変異は、上記のいずれか1種の変異であってもよく、任意の2種、又は3種の変異が組みあわせて導入されてもよい。また、mviN遺伝子に上記変異が導入されたコリネ型細菌にL−グルタミン酸生産能を付与又は増強することによっても、本発明の細菌を得ることができる。
【0034】
変異が導入されるmviN遺伝子としては、コリネ型細菌がコリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)である場合は、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869株のmviN遺伝子を挙げることができる。具体的には配列番号2のアミノ酸配列をコードするDNA、より具体的には配列番号1の501〜3845位からなる塩基配列を有するDNAが挙げられる。また、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032のmviN遺伝子は、Genbank Accession No. NC_003450として登録されているゲノム配列中の3296064-3299408に相当し、NCgl2982とし
て登録されている。mviN遺伝子は、上記配列を有する遺伝子に限られず、そのホモログであってもよい。mviN遺伝子ホモログとは、ATCC13869株以外のコリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)又は他の種又は属に属するコリネ型細菌の遺伝子であって、ATCC13869株のmviN遺伝子と高い相同性を有し、かつ、ペプチドグリカン合成に関与する因子をコードする遺伝子をいう。具体的には、配列番号2のアミノ酸配列全体に対して好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するタンパク質をコードする遺伝子、又は、配列番号1の501〜3845位からなる塩基配列全体に対して好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有する遺伝子は、mviN遺伝子ホモログであると考えられる。尚、本明細書において、「相同性」(homology)」は、「同一性」(identity)を指すことがある。
【0035】
あるいは、上記変異が導入されるmviN遺伝子ホモログは、配列番号2のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有する保存的バリアントをコードする変異体であってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、特に好ましくは1から5個である。
【0036】
上記置換は機能的に変化しない中性変異である保存的置換が好ましい。保存的変異とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、phe,trp,tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、leu,ile,val間で、極性アミノ酸である場合には、gln,asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、lys,arg,his間で、酸性アミノ酸である場合には、asp,glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、ser,thr間でお互いに置換する変異である。より具体的には、保存的置換としては、alaからser又はthrへの置換、argからgln、his又はlysへの置換、asnからglu、gln、lys、his又はaspへの置換、aspからasn、glu又はglnへの置換、cysからser又はalaへの置換、glnからasn、glu、lys、his、asp又はargへの置換、gluからgly、asn、gln、lys又はaspへの置換、glyからproへの置換、hisからasn、lys、gln、arg又はtyrへの置換、ileからleu、met、val又はpheへの置換、leuからile、met、val又はpheへの置換、lysからasn、glu、gln、his又はargへの置換、metからile、leu、val又はpheへの置換、pheからtrp、tyr、met、ile又はleuへの置換、serからthr又はalaへの置換、thrからser又はalaへの置換、trpからphe又はtyrへの置換、tyrからhis、phe又はtrpへの置換、及び、valからmet、ile又はleuへの置換が挙げられる。
【0037】
尚、上記保存的バリアントにおけるアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加は、(A)〜(C)の変異とは異なる部位におけるものである。
【0038】
mviN遺伝子ホモログは、配列番号1の501〜3845位からなる塩基配列又はその一部に相補的な塩基配列を有するプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子であってもよい。ここでストリンジェントな条件としては例えば、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件が挙げられ、具体的には、60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
【0039】
前記(A)〜(C)の変異における197位、260位、又は181位とは、必ずしもmviN遺伝子がコードするタンパク質(MviN)のN末端からの絶対的な位置を示すものではなく、配列番号2に記載のアミノ酸配列との相対的な位置を示すものである。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するMviNタンパク質において、197位よりもN末端側の位置で一アミノ酸残基が欠失した場合、前記197位は196位となる。このような場
合であっても、196位のアミノ酸残基は、本発明における「197位」のアミノ酸残基である。アミノ酸置換の絶対的な位置は、対象のMviNタンパク質のアミノ酸配列と配列番号2のアミノ酸配列とのアラインメントにより、決定することができる。
【0040】
mviN遺伝子への(A)〜(C)の各変異の導入は、例えば、実施例に詳細に記載した部位特異的変異法又はオーバーラップエクステンション法等により、野生型mviN遺伝子の変異に対応するコドンに所定の変異を導入することによって達成される。変異後のコドンは、所定のアミノ酸をコードするものであれば特に制限されないが、目的のコリネ型細菌で使用頻度の高いコドンを使用することが好ましい。
【0041】
細菌の染色体上のmviN遺伝子への前記(A)〜(C)から選択される変異の導入は、変異点を含む変異型mviN遺伝子又はその断片と、染色体上のmviN遺伝子の相当する部分とを置換することによって行うことができる。また、染色体上のmviN遺伝子を欠損させ、かつ、変異型mviN遺伝子を細菌に保持させてもよい。この場合、変異型mviN遺伝子は、染色体上に保持させてもよく、プラスミド上に保持させてもよい。
【0042】
染色体上のmviN遺伝子を変異型mviN遺伝子で置換するには、前記の相同組換えを利用した遺伝子置換と同様にして行うことができる。遺伝子置換は、具体的には例えば、レバンシュークラーゼをコードするsacB遺伝子を含むプラスミドを用いて行うことができる。レバンシュークラーゼをコードするsacB遺伝子は、染色体上からベクター部分が脱落した菌株を効率よく選択する為に使用される遺伝子である(Schafer,A.et al.Gene 145 (1994)69-73)。すなわち、コリネ型細菌では、レバンシュークラーゼを発現させると、シュークロースを代謝することによって生成したレバンが致死的に働き、生育することが出来ない。従って、レバンシュークラーゼを搭載したベクターが染色体上に残ったままの菌株をシュークロース含有プレートで培養すると生育できず、ベクターに搭載された遺伝子と染色体上の遺伝子との間で置換が生じ、かつ、ベクターが脱落した菌株をシュークロース含有プレートで選択することが出来る。sacB遺伝子を含むプラスミドとしては、pBS4S(国際公開2005/113745号パンフレット及び2005/113744号パンフレット)が挙げられる。
【0043】
ビオチン存在下、かつ、界面活性剤やペニシリンのようなビオチン存在下でのL−グルタミン酸生産を誘導する薬剤の非存在下でL−グルタミン酸を生産するコリネ型細菌は、L−グルタミン酸生成に伴い生育速度が低下する。これは、L−グルタミン酸蓄積による浸透圧上昇が一因であると推定される。
【0044】
本発明のコリネ型細菌のmviN遺伝子に前記変異を導入すると、同コリネ型細菌の野生株又は非改変株よりも、生育が向上する。特に、過剰量のビオチン存在下、かつ、界面活性剤やペニシリンのようなL−グルタミン酸生産を誘導する薬剤の非存在下でL−グルタミン酸を生産する能力を有するコリネ型細菌においては、本発明を適用することにより、L−グルタミン酸生成に伴う生育低下が低減又は解消される。その結果、L−グルタミン酸生産性が向上する。
比較対象となる野生型のコリネ型細菌とは、例えばコリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869である。
【0045】
<3>本発明のL−グルタミン酸の製造方法
本発明の細菌を培地に培養し、培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積せしめ、L−グルタミン酸を該培地から採取することにより、L−グルタミン酸が製造される。
【0046】
培養に用いる培地は、炭素源、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミン等の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。培地に使用される炭素源および窒素源は培養する菌株
が利用可能であるものならばいずれの種類を用いてもよい。本発明において特に好ましい培地は、ビオチンを好ましくは100μg/L以上、より好ましくは200μg/L以上、特に好ましくは300μg/L以上含む培地である。
【0047】
炭素源としては、グルコース、グリセロール、フラクトース、スクロース、マルトース、マンノース、ガラクトース、澱粉加水分解物、糖蜜等の糖類が使用でき、その他、酢酸、クエン酸等の有機酸、エタノール等のアルコール類も単独あるいは他の炭素源と併用して用いることができる。
【0048】
窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、りん酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用することができる。
【0049】
有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、更にこれらのものを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆たん白分解物等が使用でき、生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添することが好ましい。
【0050】
無機塩類としてはりん酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等が使用できる。
【0051】
培養は、好ましくは、発酵温度20〜45℃、pHを3〜9に制御し、通気培養を行う。培養中にpHが下がる場合には、例えば、炭酸カルシウムを加えるか、アンモニアガス等のアルカリで中和する。このような条件下で、好ましくは10時間〜120時間程度培養することにより、培養液中に著量のL−グルタミン酸が蓄積される。
【0052】
また、L−グルタミン酸が析出するような条件に調整された液体培地を用いて、培地中にL−グルタミン酸を析出させながら培養を行うことも出来る。L−グルタミン酸が析出する条件としては、例えば、pH5.0〜4.0、好ましくはpH4.5〜4.0、さらに好ましくはpH4.3〜4.0、特に好ましくはpH4.0を挙げることができる。
【0053】
培養終了後の培養液からL−グルタミン酸を採取する方法は、公知の回収方法に従って行えばよい。例えば、培養液から菌体を除去した後に濃縮晶析する方法あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によって採取される。L−グルタミン酸が析出するような条件下で培養した場合、培養液中に析出したL−グルタミン酸は、遠心分離又は濾過等により採取することができる。この場合、培地中に溶解しているL−グルタミン酸を晶析した後に、併せて単離してもよい。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0055】
〔実施例1〕mviN遺伝子の変異点同定
コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869株に由来する菌株AJ110125株から得られた、L−グルタミン酸存在下で生育が良好な菌株(B3株、AS2-3株、B13株)について、変異点の同定を行った。
CGHアレイ技術(array-based Comparative Genomic Hybridization)は、全ゲノム領域における変異、欠失等を検出することができる技術である。ジーンフロンティア社によって提供される、本技術を使用して、親株であるAJ110125とB3株、AS2-3株、B13株の染色体
DNAの塩基配列を比較し、これらの株が保有する変異点の同定を行った。その結果、いずれの株も、virulence factor(NCgl2982に対応、mviN)とアノテーションが付与されている遺伝子内に変異が見出された。B3株では、mviN遺伝子内に、197位のアミノ酸ValがMet(gtg→atg)に置換された変異が見出された。この変異型mviN遺伝子をmviN197と命名した。また、AS2-3株では、260位のアミノ酸ProがLeu(ccg→ctg)に、B13株では181位のアミノ酸AlaがGlu(gcg→gag)に、各々置換された変異が見出された。これらの変異を、それぞれmviN260、mviN181と命名した。
【0056】
〔実施例2〕V197M変異のL−グルタミン生産菌への導入
前記B3株の染色体DNAを鋳型とし、配列番号4及び配列番号7に示す合成オリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、mviN197を含むDNA断片を増幅した。この増幅断片をBamHIで処理し、pBS4S(国際公開2005/113745号パンフレット及び2005/113744号パンフレット)のSacI部位に挿入した。V197M変異を有するmviN断片がクローニングされたプラスミドをpBS4-MviNmと名付けた。pBS4Sは、pHSG299(タカラバイオ)に由来するプラスミドであり、sacB遺伝子及びカナマイシン耐性遺伝子を有している(図1)。本実施例では、遺伝子置換株からのプラスミドが脱落した株の選択に、sacB遺伝子を利用したが、公知の他の方法も用いて遺伝子置換を行ってもよい。
【0057】
また、上記変異型mviN遺伝子(mviN197)は、野生型mviNより当業者によく知られた方法により容易に取得することができる。具体的には、mviNのコード領域を含む断片を、例えばPromega社の部位特異的変異導入用ベクターpSELECTTM-1に組込み、同社の部位特異的変異導入キットAltered SitesTMを用いて部位特異的に上記変異を導入し、配列番号1の1089位のG(グアニン)をA(アデニン)に置換してmviN197遺伝子を得ることができる。このとき、例えば配列番号3に示す合成オリゴヌクレオチド(プライマーY)をプライマーに用いればよい。プライマーYの14番目の塩基は、野生型のmviN遺伝子において塩基置換される塩基である。
【0058】
またmivN197遺伝子は、PCR技術を用いたオーバーラップエクステンションによる部位特異的変異導入法、例えば、Hoらの方法(Ho, S. N. et al. Gene, 77, 51-59 (1989))によっても取得することができる。例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869株の染色体DNAを鋳型として、プライマーa1(配列番号4)およびプライマーa2(配列番号5)用いてPCRを行い、mviNの変異点よりも5'側の領域を増幅する。また、ATCC13869株の染色体DNAを鋳型として、プライマーb1(配列番号6)およびプライマーb2(配列番号7)用いてPCRを行い、変異点よりも3'側の領域を増幅する。次に、この両増幅断片を鋳型として、プライマーa1およびb2を用いて、第2のPCRを行うことで、V197M変異を有するmviN遺伝子全長断片を得ることが出来る。プライマーa1およびb2にはBamHIサイトが出来るようにデザインされている。また、このとき、プライマーa1およびb1の14番目の塩基は、野生型mviN遺伝子において塩基置換される塩基である。
【0059】
同様に、mviN181は、プライマーYの代りにプライマーf1(配列番号8)を用いて、前記部位特異的変異導入キットを用いて取得することができる。プライマーf1の16番目の塩基は、野生型のmviN遺伝子において塩基置換される塩基である。また、mviN260は、プライマーYの代りにプライマーg1(配列番号9)を用いて、前記部位特異的変異導入キットを用いて取得することができる。プライマーg1の14番目の塩基は、野生型のmviN遺伝子において塩基置換される塩基である。
また、mviN181は、プライマーa2及びプライマーb1の代りに、各々プライマーd2(配列番号10)及びプライマーd1(配列番号11)を用いたオーバーラップエクステンションによっても、取得することができる。同様に、mviN260は、プライマーa2及びプライマーb1の代りに、各々プライマー e2(配列番号12)及びプライマーe1(配列番号13)を用
いたオーバーラップエクステンションによっても、取得することができる。
【0060】
前記pBS4-MviNmを、電気パルス法(特開平2-207791)にて、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ΔS株に導入し、カナマイシン25μg/mlを含むCM-Dex寒天培地上に塗布した。31.5℃にて培養後生育してきた株を、相同組換えによって染色体上にpBS4-MviNmが組み込まれた1回組換え株であることをPCRで確認した。ΔS株は、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869株より取得されたodhA欠損株である(米国特許第5977331号)。
【0061】
上記のようにして得られた一回組換え株をCM-Dex液体培地で一夜培養した懸濁液を、S10寒天培地上に塗布し31.5℃で培養した。
【0062】
〔S10寒天培地〕
スクロース 100g/L
ポリペプトン 10g/L
酵母エキス 10g/L
KH2PO4 1g/L
MgSO4・7H2O 0.4g/L
FeSO4・7H2O 0.01g/L
MnSO4・4-5H2O 0.01g/L
尿素 3g/L
大豆蛋白加水分解液 34ml/l
(総窒素 1.2 g/L)
寒天 20g/L
NaOHを用いてpH7.5に調整:オートクレーブ120℃20分)
【0063】
出現したコロニーのうち、カナマイシン感受性を示す株をCM2B寒天培地上で純化した。これらの株より調製した染色体DNAを鋳型とし、配列番号14と配列番号15に示す合成オリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行い、mviN遺伝子領域の周辺構造および染色体上のmviN遺伝子のDNA配列を確認した。mviN遺伝子にV197M変異が存在する株をΔS-MviNmとした。
【0064】
ΔS-MviNm株のL−グルタミン酸生産能を、以下の方法にて確認した。ΔS及びΔS-MviNm株を、培養開始時点での菌体量がほぼ同じになるように20mlのフラスコ培地に接種した後、予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを1g加え、31.5℃で振とう培養した。
【0065】
〔フラスコ培地〕
グルコース 30g/L
(NH4)2SO4 15g/L
KH2PO4 1g/L
MgSO4・7H2O 0.4g/L
FeSO4・7H2O 0.01g/L
MnSO4・4〜5H2O 0.01g/L
ビタミンB1 200μg/L
Biotin 300μg/L
大豆加水分解物0.48g/L(総窒素として)
(KOHを用いてpH8.0に調整:オートクレーブ115℃10分)
【0066】
経時的に培養液のサンプリングを行った。菌体量を620nmのOD値で測定し、また培地中に蓄積したL-グルタミン酸量を旭化成社製バイオテックアナライザーを用いて定量した。
それぞれの株について2回の独立した実験を行い、各2連の平行実験で行った。2回目の実験について、生育量の平均値と標準偏差を表1に示し、L-グルタミン酸の蓄積量を表2に示した。表1より、ΔS-MviNm株では、ΔS株より高い生育速度を示すことがわかり、mviN遺伝子の変異により生産性が向上することが確認できた。また、表2より、mviN遺伝子の変異によるL-グルタミン酸蓄積が確認できた。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって、mviN遺伝子内に、下記(A)〜(C)から選択される変異を有することを特徴とするコリネ型細菌。
(A)前記遺伝子がコードするタンパク質において、197位のバリン残基が他のアミノ酸残基に置換される変異、
(B)前記遺伝子がコードするタンパク質において、260位のプロリン残基が他のアミノ酸に置換される変異、
(C)前記遺伝子がコードするタンパク質において、181位のアラニン残基が他のアミノ酸に置換される変異。
【請求項2】
前記(A)〜(C)の変異が、それぞれ下記(a)〜(c)の変異である、請求項1に記載の細菌。
(a)197位のバリン残基がメチオニン残基に置換される変異、
(b)260位のプロリン残基がロイシン残基に置換される変異、
(c)181位のアラニン残基がグルタミン酸残基。
【請求項3】
前記変異が(a)の変異である請求項2に記載の細菌。
【請求項4】
前記変異を有さない前記タンパク質が、配列番号2のアミノ酸配列、又は、配列番号2において1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列を有する、請求項1に記載の細菌。
【請求項5】
ビオチン存在下でL−グルタミン酸を生産する能力を有することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の細菌。
【請求項6】
α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下又は欠損した請求項5に記載の細菌。
【請求項7】
コリネバクテリウム・グルタミカムである請求項1〜6のいずれか一項に記載の細菌。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の細菌を培地に培養し、該培地からL−グルタミン酸を採取することを特徴とするL−グルタミン酸の製造法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−161970(P2010−161970A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6496(P2009−6496)
【出願日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】