説明

MALDI質量分析におけるマトリックスとしてのシアノ桂皮酸誘導体の使用

本発明は、分析物のMALDI質量分析におけるマトリックスとしてのシアノ桂皮酸誘導体の使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析物のMALDI質量分析におけるマトリックスとしてのシアノ桂皮酸誘導体の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
MALDI(マトリックス支援レーザー脱離/イオン化)は、分子のイオン化のためのプロセスである。1980年代に開発されて以来、それは巨大分子およびポリマーおよび生体高分子の質量分析に特に効果的であることが示されている。MALDIは、マトリックスおよび異なるモル過剰のマトリックスを含む分析物の共結晶化に基づく。選択されるマトリックス物質は、使用されるレーザー波長でエネルギーを吸収する小型の有機分子である。マトリックスは、不揮発性であって熱的に不安定な大型の化合物、例えば、ペプチド、タンパク質、オリゴヌクレオチド、合成ポリマーおよび大型の無機化合物などから大規模の無傷気相イオンを生成することを容易にする。マトリックスは、MALDI−MSでの分析に適した事実上全ての物質に、すなわち、大型および小型の、不揮発性であって熱的に不安定な化合物、例えば、生物学的高分子など、例えば、タンパク質および脂質、ならびに小型の、有機および無機分析物、例えば、薬物、植物代謝産物および同類のものなどについて使用することができる。主な使用分野はペプチドの分析である。レーザービーム(UVまたはIR−パルスレーザー)を、脱離およびイオン化のためのエネルギー源として使用する。
【0003】
マトリックスは、レーザー光線エネルギーを吸収し、そのプローブ分子が気相に入る結果として、励起状態でマトリックス−分析物共結晶の一部分を除去するという点で、重要な役割を果たす。マトリックスと分析物との間の相互作用の結果として、分析物イオンが生じ、この分析物イオンは、それらの形成後に静電気によって質量分析計に移され、質量分析計でマトリックスイオンから分離し、個々に検出することができる。
【0004】
今までは、小型の有機分子は、マトリックス物質として、例えば不安定なプロトンを含む化合物、例えばカルボン酸などとして使用されてきた。最もよく知られたマトリックス化合物は、最も一般的に使用されるα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCAまたはHCCA)である。MALDI−MSで使用されるその他のマトリックスの例はシナピン酸(4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシ桂皮酸)または2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)である。
【0005】
Beavis,R.C;Chait,B.T.:Cinnamic Acid Derivatives as Matrices for Ultraviolet Laser Desorption Mass Spectrometry of Proteins.Rapid Communication in Mass Spectrometry(1989),Vol.3,No.12,pages 432−435には、ヒドロキシもしくはメトキシ置換桂皮酸のMALDI質量分析におけるマトリックスとしての使用が記載されている。相当するα−シアノ桂皮酸の使用は、US 2002/0142982 A1号から導くことができる。DE 101 58 860 A1号およびDE 103 22 701 A1号には、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸または3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシ桂皮酸の使用が記載されている。最後に、US 2006/0040334 A1号およびWO 2006/124003 A1号には、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸の分析物共役誘導体もしくはポリマー共役誘導体に基づくMALDIマトリックスが開示されている。
【0006】
MALDI質量分析に使用することのできるマトリックスは、多数の要件を同時に満たさなければならない。まず、マトリックスは、分析物を(共結晶化により)マトリックス結晶の中に組み込むことができ、かつ、それらをその他の分析物から単離することができなければならない。その上、該マトリックスは、分析物に相溶性であって、真空で安定し、使用するレーザーのレーザー波長を吸収できる溶媒に溶解性である必要がある。さらに、該マトリックスは、レーザー照射によりマトリックスと分析物の同時脱離を引き起こし、分析物イオン化を促進するべきである。
【0007】
今まで使用したマトリックス化合物に関して、MALDI質量分析の特性およびそれに従った性能データは、特に陽イオン、陰イオンおよび二重電荷またはそれ以上の電荷を有するイオンに対するその検出および感受性に関して、なお改良が可能である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、MALDI質量分析においてマトリックスとして使用することができ、かつ、現状の技術から分かる欠点を少なくとも部分的に克服する化合物を提供することである。特に、課題は、陽イオン、陰イオンおよび二重電荷またはそれ以上の電荷を有するイオンに対する検出および感受性を改良することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題は、一般式:
【化1】

〔式中、Xは、Cl、F、Br、Iならびに置換および非置換C−C10アルキルから選択され;YおよびZは、独立に、H、Cl、F、Br、Iならびに置換および非置換C−C10アルキルから選択され;かつ、Rは、COOH、CONH、SOHおよびCOOR’(R’はC−C10アルキル)から選択される〕
で表されるシアノ桂皮酸誘導体の、分析物のMALDI質量分析のためのマトリックスとしての使用により解決される。示される構造式は、シアノ桂皮酸誘導体のあらゆる可能なシス/トランス異性体を含むことが意図される。
【0010】
Xは、F、Cl、メチルまたはC−C10アルキルから選択され、YおよびZは、独立に、H、FおよびClから選択されることが好ましい。
【0011】
また、シアノ桂皮酸誘導体は、2,4−ジフルオロ−シアノ桂皮酸、4−クロロ−シアノ桂皮酸または4−メチルシアノ桂皮酸であることが提案される。
【0012】
好ましい実施形態では、4−クロロ−シアノ桂皮酸は、陽イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである。
【0013】
さらに好ましい実施形態では、2,4−ジフルオロ−シアノ桂皮酸、4−クロロ−シアノ桂皮酸および4−メチル−シアノ桂皮酸は、陰イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである。
【0014】
その上、2,4−ジフルオロ−シアノ桂皮酸は、陰イオンおよび陽イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスであることが提案される。
【0015】
なおさらに好ましい実施形態では、4−メチル−シアノ桂皮酸および4−クロロ−シアノ桂皮酸は、二重荷電イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである。
【0016】
また、分析物は消化されたタンパク質またはペプチドであることが好ましい。とは言うものの、未消化のタンパク質、ポリ核酸、糖類および同類のものも分析物として考えられる。
【0017】
マトリックスが分析物と混合されていることも好ましい。
【0018】
その上、分析物のマトリックスに対するモル混合比は、1:1,000〜1:1,000,000,000,好ましくは1:100,000〜1:10,000,000であるべきであることが提案される。
【0019】
また、好ましくは、前記一般式に該当する様々なシアノ桂皮酸誘導体の混合物または前記一般式に該当する少なくとも1種類のシアノ桂皮酸誘導体の混合物が、さらなるマトリックスとともに使用されることも提案される。
【0020】
最後に、さらなるマトリックスは、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸またはフェルラ酸から選択されることが提案される。
【0021】
同様に、2−アザ−5−チオチミンまたは3−ヒドロキシピコリン酸をさらなるマトリックスとして使用してよい。
【0022】
使用されるマトリックス材料を不活性充填剤と混合することも等しく考えられる。
【0023】
驚くことに、上述されたシアノ桂皮酸誘導体をMALDI質量分析のマトリックスとして使用する場合、陽イオン、陰イオンおよび二重電荷またはそれ以上の電荷を有するイオンに対する検出および感受性は、実質的に改良され得ることが本発明に従って見出された。
【0024】
特に、生物学的ポリマー分析物、好ましくはペプチド分析物の感受性の明確な改良が達成された。さらに、本発明に従う使用は、様々なアミノ酸組成のペプチドに対して低い選択性を示し、従って、これまでの場合よりも多くの種類の分析物を分析物混合物中に検出することができることの結果として、MALDI質量スペクトルにおける、これまで使用されるマトリックスに対する差別効果を実質的に低下させる。上述のシアノ桂皮酸誘導体のマトリックス混合物を使用することにより、結晶化および分析物化合物のマトリックス結晶の中への組み込みおよび分析物のより効率的なイオン化に関して、特性を最適化することが可能となる。同様に、驚くことに、類似した電子特性をもつ置換基、例えばNO、CNまたはアセチルなどを含むシアノ桂皮酸誘導体は、本発明に従って使用されるシアノ桂皮酸誘導体ほど良好な結果を達成することがとてもできないことが見出された。
【0025】
本発明のさらなる特長および利点は、添付される図面とともに、以下の好ましい実施形態の詳細な説明から明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】これまで用いられたα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸および新しく使用されるα−シアノ−4−クロロ桂皮酸をマトリックスとして使用する比較において、BSAタンパク質消化(BSA:ウシ血清アルブミン)の質量スペクトルからの抜粋を示す図である。
【図2】これまで用いられたα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸および新しく使用されるα−シアノ−4−クロロ桂皮酸をマトリックスとして使用する比較において、BSAタンパク質消化(BSA:ウシ血清アルブミン)の質量スペクトルからの抜粋を示す図である。
【図3】これまで用いられたα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸および新しく使用されるα−シアノ−4−クロロ桂皮酸をマトリックスとして使用する比較において、BSAタンパク質消化(BSA:ウシ血清アルブミン)の質量スペクトルからの抜粋を示す図である。
【図4】これまで用いられたα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸および新しく使用されるα−シアノ−4−クロロ桂皮酸をマトリックスとして使用する比較において、BSAタンパク質消化(BSA:ウシ血清アルブミン)の質量スペクトルからの抜粋を示す図である。
【図5】これまで用いられたα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸および新しく使用されるα−シアノ−4−クロロ桂皮酸をマトリックスとして使用する比較において、BSAタンパク質消化(BSA:ウシ血清アルブミン)の質量スペクトルからの抜粋を示す図である。
【図6】BSAタンパク質消化のあらゆる検出可能なペプチドを表の形式で記載する図である。
【図7】マトリックスとしてのα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸およびα−シアノ−2,4−ジフルオロ桂皮酸の陰イオンに対する質量スペクトルの比較を示す図である。
【図8】α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸およびα−シアノ−4−メチル桂皮酸を使用する二重荷電イオンに対する質量スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明に従って使用してよいシアノ桂皮酸誘導体は、例えば、クネーフェナーゲル縮合(Knoevenagel condensation)に従って、対応するアルデヒドとシアノ酢酸(誘導体)の縮合により調製することができる。
【実施例1】
【0028】
2gのシアノ酢酸(1当量、23.5mmol)、2.97gのクロロベンズアルデヒド(0.9当量、21.1mmol)および300mgの酢酸アンモニウム(酸に基づいて15%(m/m))を30mlのトルエン中で水分離器を用いて還流しながら加熱する。水分離の完了後(約3時間)、混合物を室温まで冷却する。その過程で、生成物は通常結晶形で沈殿する。濾過した後、粗生成物を十分な水で洗浄する。生成物が沈殿しない場合は、混合物を濃縮し、残った固体を十分な水で洗浄する。粗生成物は、アルコール(メタノール)と水の混合物から繰り返し再結晶化させる。さらなる精製は、50%アセトニトリルを溶媒として使用する、イオン交換(強力な陽イオン交換体)によって起こる。溶出液を室温にて濃縮する。その過程で精製された生成物が結晶形で沈殿する。濾過および真空乾燥後、3.35g(理論値の78%)のα−シアノ−4−クロロ桂皮酸が得られる。
【実施例2】
【0029】
アルデヒドの量に基づいて1.25倍の量のシアノ酢酸を、ビーカー中で30℃にて40mlの水に、シアノ酢酸の量に基づいて1.1倍の量のソーダとともに溶解する。溶液をフラスコに移し、続いて起こる反応は約30℃で行う。15mlの水に溶解した水酸化ナトリウム(シアノ酢酸の量に基づいて0.125倍の量)をこの溶液に添加する。アルデヒドを(アルデヒドが液体でない場合)できる限り少ない容積のアセトニトリルに溶解し、激しい攪拌を伴って約30分間にわたって徐々に添加する。2時間攪拌した後、溶液をビーカーに移し、濃塩酸で酸性化する;溶液を氷浴中で冷却し、吸引濾過する。沈殿物を少量の冷水およびトルエン(不溶性である場合)で洗浄し、40℃にて真空乾燥させる。精製は実施例1のように行う。収率は、理論量の約50〜70%である。
【0030】
シアノ桂皮酸誘導体は、MALDI質量分析の適したサンプルを調製するために、標準的な手順を用いて分析物と混合されてよい。
【0031】
混合の例示的な一方法は、液滴乾燥法(dried droplet method)である。この過程において、マトリックスと分析物を溶解し、同時に(事前混合により)または連続して任意の表面に適用する。溶媒の蒸発により、分析物化合物を含むマトリックスの結晶化がもたらされる。
【0032】
マトリックスまたはマトリックス混合物を溶解し、分析物を含まない任意の表面に適用する、表面調製法(surface preparation method)を用いてもよい。溶媒の蒸発によりマトリックス化合物の(共)結晶化がもたらされる。溶解した分析物を結晶母体に適用し、その過程で表面に近いマトリックス層だけが溶解することにより、再結晶化による濃縮形態の分析物化合物の封入が引き起こされる。
【0033】
昇華法は、マトリックスが溶液から結晶化せずに、昇華による気相からの析出により表面に適用されることを除いて、表面調製法に相当する。
【0034】
最後に、マトリックスおよび分析物を共通の溶媒(混合物)に溶解し、スプレー装置(エアゾール形成)を用いて分散して分布させる「エアブラシ法」が可能である。大きい表面積は、マトリックス/分析物結晶の形成に付随して溶媒の急速な蒸発をもたらす。あるいは、マトリックスを、分析物を含まずに溶解させて、スプレーまたはその他の手段によって調査する表面(織物の一部分など)に適用してもよい。
【0035】
新規な適用分野は、マトリックスのイオン液体としての調製である:この目的のため、溶解したマトリックスを等モル量のカチオン化可能な(cationisable)塩基、例えば、ピリジンまたはジエチルアミンなどと混合し、回転させ、その結果として液体イオンマトリックス膜が生じ、それを分析物溶液とともに任意の表面に適用することができる。
【0036】
以降、「消化」は、酵素によって特定のアミノ酸位置で切断され、多数の小型のペプチドを生じるタンパク質を意味するために使用される。
【0037】
Applied BiosystemsのVoyager−DE STR質量分析計を、行った実験に使用した。
【0038】
質量分析計は、異なる種類のイオン(分析物イオン、マトリックスイオン)をそれらの質量対電荷比に従って区別する。通常は、MALDI中のイオンは1つ(正または負)しか電荷を保有しないので、電荷が1である場合、質量対電荷比はイオンの質量に等しい。スペクトルの横座標は、イオンの質量対電荷比(および従ってほとんどすべての場合において質量)を示し、単位はダルトンまたはg/モルである。
【0039】
より強いシグナル(垂直の線で示され、該線(シグナル)の長さはそのシグナルを引き起こすイオン種の量に相関する)は、個別に質量または質量対電荷比で標識されている。
【0040】
縦座標のスケールは、関係するスペクトル内で最も強いシグナルによって決まり、最も強いシグナル(使用する機器によって決まる)の絶対値を示す。該スペクトルに示されるあらゆるその他のシグナルは、最も強いシグナルに対して引かれている(縦座標の左側)。縦座標の右側の値は、1つのスペクトルまたは同じ質量分析計のその他のスペクトル内のさらなるシグナルとの比較にのみ意味がある。例えば、図1〜5「BSA消化−効果的に適用された1fmol」の右上の数値は、各々の場合の最も強いシグナルの絶対強度を示す(図1中、新しいマトリックスα−シアノ−4−クロロ桂皮酸を使用する場合、上側のスペクトルにおいて、質量689.378)。質量m/z=927.495のペプチドの相対強度は、m/z=689.378の最も強いイオンの強度と比較して88%(縦座標のスケールの左側から読み取ることができる)であり、従って強度6,152絶対単位(abs.unit)を有する。既知のマトリックスα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸の下側のCHCAスペクトルにおいて、m/z=927.494の同じシグナルの絶対強度は、たった253.1単位である(m/z=675.635の最も強いシグナルと627.0単位に従って計算する。ここで、m/z=927.494でのBSAペプチドシグナルの相対強度は40.37%である)。この例示的なイオンによって、新規マトリックスは従って絶対強度を約25倍増大させることを可能にする。このことは、このペプチドが新規マトリックスと一緒に、相当に多くのイオンを形成し、従って測定の容易な著しく強いシグナルを引き起こすことを意味する。この利点は、これまで検出することのできなかった弱いシグナルを、今では例えば図2中のBSA消化−効果的に適用された1fmol(950−1,100)に見出すことのできる増幅によって測定することができることである。つまり、新規なマトリックス(上側のスペクトル)は、古いマトリックス(これまでの最良のもの−下側のスペクトル)で検出することができなかった分析物を検出することを可能にする。より正確に分類するため、関係するシグナルを生じるペプチドのアミノ酸組成も大部分のシグナルに加えた(アミノ酸修飾は通例の1文字記号に対応する)。起こり得るペプチド修飾は、後に続く括弧内に示される(CAM−C:システインのカルバミドメチル化、pGlu:ピログルタミン修飾、C−term.:C末端断片)。シグナルの後に続く、1Daの質量増加を伴う弱いシグナルは、関係するペプチドの13C同位体に起因する。改善された結果は図1〜5の全てから見出すことができる。
【0041】
図6には、使用したBSA−タンパク質消化の検出可能なペプチドが全て記載される。検出可能なペプチドの量は、最初に使用されるタンパク質の量によって決まり、そのタンパク質の量はこの場合ごく少量の1fmolであった。上半分は、これまで用いられたCHCAマトリックス(HCCAまたはα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸と同義)を用いて検出可能なペプチドを示す。下半分には、上半分に加えて、新規マトリックスでのみ検出可能なペプチドが全て記載される。このことから、非常に多くの情報の増加が得られることがすぐに分かる。1列目には、関与するペプチドのアミノ酸配列が記載され、さらに2列目にはそれらの質量が示されている。この列では、シグナルの強度および検出能を示すS/N(シグナル対ノイズ)比が示される:種々の理由から、全スペクトルにはわずかなノイズが含まれる、ノイズはたとえ分析物を含まない場合にさえ常に生じるものである。検出されるには、シグナルはノイズよりも高い強度を有さねばならない;そうでなければシグナルを検出することはできない。S/N比はコンピュータにより計算され、シグナルがバックグラウンドノイズに対して何倍強いかを示す。これはつまり、S/N比が高いほど、シグナルを認識および検出することが容易になることを意味する。3列目には、古いマトリックスに対する新規マトリックスのS/N比が含まれ、1より大きい値は従ってこれらのシグナルのほうが強く、従って検出し易いことを示す。4列目には、絶対強度の比が示され、この場合もやはり原則は、絶対強度が大きいほど、シグナルをそのようなものとして認識することが容易であることである;新規マトリックスが古いマトリックスよりも相当に強いシグナルを生じることがはっきり見出すことができる。
【0042】
現状の技術よりも相当な改良を表す、図1〜5について考察した結果はまた、それぞれ陰イオンおよび二重荷電イオンに対する図7および8の質量スペクトルにおいても見出すことができる。
【0043】
上記の説明、請求項および図面に開示される本発明の特徴は、本発明をその最も変化した実施形態において個別にかつ組み合わせて実施するために必要不可欠であり得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

〔式中、Xは、Cl、F、Br、Iならびに置換および非置換C−C10アルキルから選択され;YおよびZは、独立に、H、Cl、F、Br、Iならびに置換および非置換C−C10アルキルから選択され;かつ、Rは、COOH、CONH、SOHおよびCOOR’(R’はC−C10アルキル)から選択される〕
で表されるシアノ桂皮酸誘導体の、分析物のMALDI質量分析のためのマトリックスとしての使用。
【請求項2】
Xが、F、Cl、メチルまたはC−C10アルキルから選択され、YおよびZが、独立に、H、FおよびClから選択される、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記シアノ桂皮酸誘導体が、2,4−ジフルオロ−シアノ桂皮酸、4−クロロ−シアノ桂皮酸または4−メチルシアノ桂皮酸である、請求項1または2に記載の使用。
【請求項4】
4−クロロシアノ桂皮酸が、陽イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである、請求項1〜3のいずれかに記載の使用。
【請求項5】
2,4−ジフルオロシアノ桂皮酸、4−クロロ−シアノ桂皮酸および4−メチル−シアノ桂皮酸が、陰イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである、請求項1〜4のいずれかに記載の使用。
【請求項6】
2,4−ジフルオロシアノ桂皮酸が、陰イオンおよび陽イオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである、請求項1〜4のいずれかに記載の使用。
【請求項7】
4−メチルシアノ桂皮酸および4−クロロ−シアノ桂皮酸が、二重電荷またはそれ以上の電荷を有するイオンのMALDI質量分析のためのマトリックスである、請求項1〜6のいずれかに記載の使用。
【請求項8】
前記分析物が、消化されたタンパク質またはペプチドである、請求項1〜7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
前記マトリックスが、前記分析物と混合されている、請求項1〜8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
前記一般式に該当する様々なシアノ桂皮酸誘導体の混合物または前記一般式に該当する少なくとも1種類のシアノ桂皮酸誘導体の混合物が、さらなるマトリックスとともに使用される、請求項1〜9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
前記さらなるマトリックスが、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸またはフェルラ酸から選択される、請求項10に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2010−537206(P2010−537206A)
【公表日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−522176(P2010−522176)
【出願日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際出願番号】PCT/DE2008/001149
【国際公開番号】WO2009/026867
【国際公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(504371664)ヨハン ヴォルフガング ゲーテ−ウニヴェルジテート フランクフルト アム マイン (5)
【Fターム(参考)】