説明

SREBP1発現抑制剤

【課題】本発明は、ラクトフェリンのsterol regulatory element binding protein 1(SREBP1)に対する作用を利用した新規な薬剤、およびその医薬並びに食品としての用途を提供することを目的とする。
【解決手段】ラクトフェリンを有効成分とするSREBP1発現抑制剤、ラクトフェリンを有効成分とする、SREBP1の発現に起因する疾病の予防および/または治療剤、あるいは食品を提供すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、sterol regulatory element binding protein 1(以下、SREBP1と略記する。)発現抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトフェリンは、分子量約8万の鉄結合性糖タンパク質である。ラクトフェリンは哺乳動物の乳中に含有されており、ヒトでは初乳中に最も多く含まれる。
【0003】
国際公開第2003/057245号(特許文献1)には、ラクトフェリン群タンパク質を有効成分とする組成物が、食事性脂質の消化管吸収を阻害することにより脂質代謝を改善し摂取エネルギーを減少させること、そしてこれにより、高コレステロール血症などの生活習慣病の処置に有用であること、さらに、基礎代謝量を向上させうること、が記載されている。
【0004】
Br J Nutr.2004 Apr;91(4):533−8.(非特許文献1)には、マウスにウシラクトフェリンを投与すると、肝臓のコレステロールとトリアシルグリセロール量が減少し、また血漿中のトリアシルグリセロールと遊離脂肪酸も減少することが記載されている。
【0005】
J oral Sci.2008 Dec;50(4):419−25.(非特許文献2)には、ラクトフェリンが、マウスの前駆脂肪細胞であるMC3T3−G2/PA6細胞の、脂肪細胞への分化を抑制することが記載されている。
【0006】
「ラット腸間膜前駆脂肪細胞に対するラクトフェリンの効果」、日本肥満学会要旨、2008年10月発表(非特許文献3)および「ラクトフェリンの体内動態と内臓脂肪細胞への作用について」日本フードファクター学会要旨、2008年11月発表(非特許文献4)には、ラクトフェリンがラット腸間膜前駆脂肪細胞の分化を制御することにより、脂肪の蓄積を抑制することが記載されている。
【0007】
一方、sterol regulatory element binding protein 1(SREBP1、ステロールレギュラトリーエレメントバインディングプロテイン1)は、核内受容体型の転写因子であるsterol regulatory element binding protein(以下、SREBPと略記する。)の1種である。SREBPにはSREBP1a、SREBP1c、SREBP2の3種のアイソフォームがあり、SREBP1aとSREBP1cはスプライシングバリアントである。SREBP1aは広範な臓器で微量に発現しており、コレステロール合成経路や脂肪酸・中性脂肪合成経路に関わる遺伝子群を制御し、細胞増殖との関連が指摘されている。SREBP1cとSREBP2は肝臓や脂肪組織で多く発現しており、SREBP1cは脂肪酸・中性脂肪合成経路に関わる遺伝子群を、SREBP2はコレステロール合成経路に関わる遺伝子群を制御している。エネルギー過多の状態では、肝臓のSREBP1cが過度に増加し脂肪肝をきたし、トリグリセリドリッチなVLDLの生成、分泌が促進されレムナントリポタンパクの血中増加など、高脂血症につながる。またSREBP1cは、肝臓インスリンシグナルの中心的なメディエーターであるIRS−2(insulin receptor substrate-2)の発現を抑制し、肝臓におけるインスリン抵抗性機序のひとつとして報告されている。このように肝臓のSREBP1cは、栄養過多状態において脂肪酸合成活性化による脂肪毒性機序を介してメタボリックシンドローム形成など生活習慣病形成に一役かっていると考えられる。さらに、脂肪肝は肝臓における単なる脂質の蓄積であるだけでなく、炎症の機転が働き肝炎、繊維化、肝硬変、汗ガンへのリスクを増加させる原因でもある(「5.加齢とメタボリックシンドローム」日老医誌 2008;45:299−301(非特許文献5))。このSREBP1の発現に対し、魚油が阻害作用を有するとの報告がある(特開2008−184429号公報(特許文献2))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2003/057245号
【特許文献2】特開2008−184429号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Br J Nutr.2004 Apr;91(4):533−8.
【非特許文献2】J oral Sci.2008 Dec;50(4):419−25.
【非特許文献3】「ラット腸間膜前駆脂肪細胞に対するラクトフェリンの効果」日本肥満学会要旨、2008年10月発表
【非特許文献4】「ラクトフェリンの体内動態と内臓脂肪細胞への作用について」日本フードファクター学会要旨、2008年11月発表
【非特許文献5】「5.加齢とメタボリックシンドローム」日老医誌 2008;45:299−301
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記先行技術の内容は、食事摂取後における肝臓や血漿における脂質成分の量の増減に対するラクトフェリンの作用や、脂肪細胞の分化に対するラクトフェリンの作用を述べるものに過ぎず、ラクトフェリンのSREBP1に対する作用をはじめとする脂肪酸合成、蓄積に関しては、まったく記載されていなかった。また、上記のとおりSREBP1の発現を抑制する物質として魚油が知られているが、そのSREBP1発現阻害効果は弱いという問題があった。
【0011】
本発明は、ラクトフェリンのSREBP1に対する作用を利用した新規な薬剤、およびその医薬並びに食品としての用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、SREBP1の発現に対するラクトフェリンの作用について、本発明者らは網羅的遺伝子発現解析を含めた検討を重ねた。その結果、ラクトフェリンがSREBP1の発現に対し顕著な抑制効果を示すことを見出した。さらに、SREBP1の発現抑制に伴い、脂質合成に関する各酵素についても発現抑制効果を示すことを見出した。本発明は係る知見に基づくものである。
【0013】
本発明は、以下の発明を提供する。
〔1〕ラクトフェリンを有効成分とするSREBP1発現抑制剤。
〔2〕ラクトフェリンを有効成分とする、SREBP1の発現に起因する疾病の予防および/または治療剤、または食品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、SREBP1の発現を顕著に抑制するSREBP1発現抑制剤が提供される。かかるSREBP1発現抑制剤は、SREBP1の発現に起因する疾病の予防、治療や、脂肪細胞における脂肪の合成過多に起因する疾病の予防、治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、実施例1における脂肪の定量結果を示すグラフである。
【図2】図2は、脂肪細胞における脂肪の生合成経路を示す説明図である。
【図3−1】図3−1は、実施例2における培地中の残存グルコース濃度を示す図である。
【図3−2】図3−2は、実施例2における培地中の残存遊離脂肪酸濃度を示す図である。
【図4】図4は、実施例3における脂肪酸合成に関与する酵素の遺伝子発現変化を示すグラフである。
【図5】図5は、実施例4におけるSREBP1の遺伝子発現変化を示すグラフである。
【図6】図6は、実施例5におけるSREBP1の遺伝子発現変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において用いられるラクトフェリンは、その由来、生成方法に特に制限はなく、ラクトフェリンであればいずれも用いることができる。例えば、哺乳類の乳由来のラクトフェリン、植物由来のラクトフェリン、人工的に製造されるラクトフェリンなどが挙げられる。また、市販のラクトフェリンを使用してもよい。
【0017】
哺乳類の乳由来のラクトフェリンにおいて、哺乳類としては例えばヒト、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ等が挙げられる。哺乳類の乳からラクトフェリンを生成する方法としては、例えば、哺乳類の初乳、移行乳、常乳、末期乳等の乳、またはこれらの乳の処理物である脱脂乳、ホエー等から、常法(例えば、イオン交換クロマトグラフィー)により分離する方法等が挙げられる。
【0018】
植物由来のラクトフェリンとしては例えば、植物(トマト、イネ、タバコなど)から生産されたラクトフェリンが挙げられる。
【0019】
人工的に製造されるラクトフェリンとしては、遺伝子組み換え技術等の生物学的手法、化学合成等の化学的手法、などの人工的な方法により製造されるラクトフェリンが挙げられる。
また、ラクトフェリンは鉄を含有していても良く、鉄の含有量も特に限定されない。すなわち本発明においてはラクトフェリンとして、アポラクトフェリン(鉄を含有していないラクトフェリン)、ホロラクトフェリン(ラクトフェリン1分子中に2分子の鉄を持つラクトフェリン)、および鉄ラクトフェリン(ラクトフェリン1分子中に3分子以上の鉄を持つラクトフェリン)のいずれも使用し得る。
【0020】
これらのラクトフェリンは1種単独で用いることができ、また2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。これらのラクトフェリンのうち、ウシの乳由来のラクトフェリン(ウシラクトフェリン)が好ましい。
【0021】
SREBP1は、核内受容体型の転写因子SREBPの1種である。SREBP1には、SREBP1aとSREBP1cとがあり、いずれも、脂肪酸合成に関連する酵素の発現調節に関与している。脂肪酸合成に関連する酵素としては、アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ(acetyl-Coenzyme A acyltransferase)、アセチルCoAカルボキシラーゼ(acetyl-coenzyme A carboxylase)、ATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)、2,4−ジエノイルCoAレダクターゼ(2,4-dienoyl CoA reductase)、エノイルCoAヒドラターゼ(enoyl Coenzyme A hydratase)、脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase)、ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素(hydroxyacyl-Coenzyme A dehydrogenase)、ステアロイルCoAデサチュラーゼ(stearoyl-Coenzyme A desaturase)、ソリュートキャリアーファミリー(solute carrier family)を挙げることができる。この中の代表的なものとして、アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ2(acetyl-Coenzyme A acyltransferase 2(mitochondrial 3-oxoacyl-Coenzyme A thiolase))、アセチルCoAカルボキシラーゼアルファ(acetyl-coenzyme A carboxylase alpha)、ATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)、2,4−ジエノイルCoAレダクターゼ1ミトコンドリア(2,4-dienoyl CoA reductase 1,mitochondrial)、エノイルCoAヒドラターゼショートチェイン1ミトコンドリア(enoyl Coenzyme A hydratase,short chain,1,mitochondrial)、脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase)、ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素(hydroxyacyl-Coenzyme A dehydrogenase)、ステアロイルCoAデサチュラーゼ1(stearoyl-Coenzyme A desaturase 1)、ステアロイルCoAデサチュラーゼ2(stearoyl-Coenzyme A desaturase 2)、ソリュートキャリアーファミリー25メンバー1(solute carrier family 25(mitochondrial carrier,citrate transporter,member 1))が挙げられる。本発明のSREBP1発現抑制剤は、これらの脂肪酸合成に関連する酵素群のうちから選ばれる1または2以上の酵素の発現調節を行うものであればよい。このうちアセチルCoAカルボキシラーゼアルファおよび脂肪酸合成酵素は、脂肪酸合成の律速酵素であるので、これら酵素の発現を抑制することにより脂肪酸合成が効率的に抑制されうる。また、脂肪酸合成酵素は、男性ホルモン存在下で前立腺がんのがん遺伝子として働くことが知られているので、本発明では前立腺がんの予防・治療のために用いられ得る可能性もある。
【0022】
本発明において、発現が抑制されるとは、生体におけるあるタンパク質の発現の程度が通常よりも低下することを意味し、より詳細にはタンパク質の遺伝子の発現の程度が通常よりも低下することを意味する。本発明のSREBP1発現抑制剤がSREBP1の発現を抑制することは、例えば、実施例のようにして行うことができる。すなわち、ラット腸間膜組織から調製した前駆脂肪細胞に対して、ラクトフェリンを添加した、或いは添加しない内臓脂肪分化メディウム(例えばプライマリーセル社の製品など)を添加して培養する。その後、細胞からRNAを抽出してGeneChip解析を行う。GeneChip解析は、GeneChipデータ解析システムGCOS(GeneChip Operating Software)などのソフトを用いてラクトフェリン添加と無添加のサンプルのComparison Analysisを行い、SREBP1遺伝子の増減判定を確認して行うことができる。また、SREBP1の代わりに脂肪酸合成に関与する酵素について同様の確認を行ってもよい。さらに、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物に実際にサンプルを投与して、サンプル投与前後の脂肪細胞における、SREBP1の発現量の変化や脂肪酸合成に関与する酵素の発現量の変化を確認したり、サンプル投与前後の脂肪細胞における脂肪酸の蓄積量の変化を確認してもよい。
【0023】
以下の実施例に示すように、ラクトフェリンを脂肪細胞に添加することにより、SREBP1の発現が抑制される。また、ラクトフェリンを投与することにより、脂肪酸合成に関連する酵素、すなわち上述したアセチルCoAアシルトランスフェラーゼ2、アセチルCoAカルボキシラーゼアルファ、ATPクエン酸リアーゼ、2,4−ジエノイルCoAレダクターゼ1ミトコンドリア、エノイルCoAヒドラターゼショートチェイン1ミトコンドリア、脂肪酸合成酵素、ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素、ステアロイルCoAデサチュラーゼ1、ステアロイルCoAデサチュラーゼ2、ソリュートキャリアーファミリー25メンバー1の中から選ばれる1または2以上の酵素の発現が抑制される。そして、ラクトフェリンを投与することにより、脂肪細胞などの細胞における脂肪生成を抑制させることができる。従って、ラクトフェリンを含有する薬剤は、SREBP1の発現に起因する疾患、例えばSREBP1の発現亢進に起因する疾患、脂肪細胞などにおける脂肪合成過多に起因する疾患に対する予防・治療等に用いることができる。SREBP1の発現亢進に起因する疾患としては、例えば、高脂血症、動脈硬化、耐糖能不全、β細胞死、糖尿病、糖尿病合併症(例えば腎症、神経障害、網膜症)、脂肪肝、肝炎、肝繊維化、肝硬変、肝ガン等が挙げられる。脂肪細胞などにおける脂肪合成過多に起因する疾患としては、例えば、肥満症、メタボリックシンドローム等が挙げられる。
【0024】
本発明のSREBP1発現抑制剤の対象は特には限定されない。ヒトまたはヒト以外の脊椎動物に対し有用である。また対象であるヒトまたはヒト以外の脊椎動物の健康状態についても特に問わないが、SREBP1の発現に起因する疾患の患者、脂肪酸合成に関連する酵素の発現に起因する疾患の患者に対しては、顕著な効果が期待される。本発明のSREBP1発現抑制剤が作用する細胞は特に限定されないが、代表的な細胞としては、脂質代謝の盛んな点で、脂肪細胞が挙げられ、中でも内臓の脂肪細胞が挙げられる。
【0025】
本発明のSREBP1発現抑制剤には、ラクトフェリンのほかに、薬学的に許容される担体が配合され得る。薬学的に許容される担体としては、例えば油性成分、滑沢剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤などが挙げられる。また、着色剤、色素、香料等の添加物を適宜、適量含有してもよい。
【0026】
油性成分としては、各種脂肪酸エステル、炭化水素、高級脂肪酸、高級アルコール等が例示される。滑沢剤としては、アラビアゴム、カカオ脂、カルナバロウ、含水二酸化ケイ素、乾燥水酸化アルミニウムゲル、グリセリン、ケイ酸マグネシウム、流動パラフィン、結晶セルロース、ショ糖脂肪酸エステル、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ゼラチン、乳糖、白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、フマル酸、ミツロウ糖等が例示される。賦形剤としては、アラビアゴム、エチルセルロース、カオリン、カカオ脂、果糖、二酸化ケイ素、キシリトール、クエン酸またはその塩、結晶セルロース、ステアリン酸またはその塩、デキストラン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、リン酸水素カルシウム、リン酸水素ナトリウム、ショ糖、グルコース、ソルビトール、ラクチトール、コーンスターチ、ポテトスターチ等が例示される。崩壊剤としては、セルロースまたはその誘導体、デンプンまたはその誘導体等が例示される。結合剤としては、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン、ビニルピロリドン、部分α化デンプン等が例示される。また、上記以外の具体例として、カロチノイド系物質(α−カロチン、β−カロチン、γ−カロチン、リコピン、ルテイン、アスタキサンチン、ゼアキサンチン等)、コエンザイムQ10、ビタミンE、トコトリエノール、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)等が例示される。
【0027】
本発明のSREBP1発現抑制剤の剤型は、特に限定されるものではなく、投与形態に応じて適宜選択され得る。経口投与の場合、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、シロップ剤、徐放性錠、タブレット、咀嚼錠剤またはドロップ剤等が挙げられる。
【0028】
SREBP1発現抑制剤の製造方法は、特に限定されるものではなく、剤型に合わせて適宜選択され得る。例えば剤型がタブレットの場合、ラクトフェリンおよび必要に応じて配合され得る任意の成分を混合した後この混合物を圧縮成形してタブレットを得る方法、さらに上記のように圧縮成形後に得られるタブレットを腸溶性成分によりコーティングする方法(腸溶剤とする方法)が挙げられ、後者の方法が好ましい。腸溶性成分としては、シェラック、ヒドロキシメチルセルロースフタレート、カルボキシメチルセルロース、アミノアルキルメタアクリレートコポリマー、ビール酵母細胞壁(例えば、商品名イーストラップなど)、タピオカデンプン、ゼラチン、ペクチン等が挙げられ、中でもシェラックが好ましい。なお、腸溶剤であるか否かは、第14改正日本薬局方 崩壊試験法により確認可能である。
【0029】
本発明のSREBP1発現抑制剤における、ラクトフェリンの配合量は、SREBP1の発現抑制効果、および/または、脂肪酸合成に関連する酵素の発現抑制効果に応じて適宜定めることができる。一般に、ラクトフェリンの配合濃度は10%以上であることが好ましく、30%以上であることがより好ましい。
【0030】
本発明のSREBP1発現抑制剤の投与量は、投与対象であるヒトまたはヒト以外の脊椎動物の年齢、体重、性別その他の条件、症状、疾患の程度等によって異なるが、上記作用が発揮でき、かつ、生じる副作用が許容し得る範囲内で適宜定めることができる。通常、ラクトフェリンの量として、1日当り150mg以上の量を投与することが好ましく、300〜450mgとなる量を投与することがより好ましい。
【0031】
投与方法は、ラクトフェリンの配合濃度や、剤型、投与対象者の年齢、体重、性別その他の条件、症状、疾患の程度により適宜定めることができる。例えば剤型がタブレットの場合、水等と一緒に服用することが好ましい。投与間隔は適宜定めることができ、食事の前、食事の後、および食間のいずれであってもよい。
【0032】
なお、本発明のSREBP1発現抑制剤の投与の他に、血行促進剤等の薬剤の投与や、食事療法、運動療法等を組み合わせてもよい。血行促進剤としては、コショウ科、ショウガ科、ナス科等の植物の植物体、それら抽出物などが好ましいが、これらに限定されるものではない。コショウ科、ショウガ科、ナス科の植物の好ましいものとしては、コショウ、ヒハツ、ヒハツモドキ、ショウガ、トウガラシが例示されるが、これに限定されるものではない。
【0033】
ヒトまたはヒト以外の脊椎動物に対してラクトフェリンを含有するSREBP1発現抑制剤を与えることは、SREBP1発現亢進に起因する疾患の予防および/または治療を可能にする。また、脂肪細胞における脂肪酸合成過多や脂肪の蓄積過多に起因する疾病の予防や治療を可能にする。よって、本発明のSREBP1発現抑制剤は医薬や食品としても有用である。
【0034】
医薬にはいわゆる医薬品のほか、医薬部外品が含まれる。また、食品にはいわゆる健康食品が含まれるほか、機能性食品、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能食品、栄養補助食品が含まれる。
【0035】
食品とする場合には、本発明の効果の表示を付しておくことが好ましい。本発明の効果の表示とは、SREBP1発現を抑制するために用いられるものである旨の表示;SREBP1発現亢進に起因する疾病のリスクを低減する可能性がある旨の表示などが挙げられる。
【0036】
ここで、SREBP1発現抑制食品は、例えば、SREBP1発現亢進に起因する疾病患者用の食事などに使用してもよい。
【0037】
このように、本発明の食品は、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物に投与し、摂取させることによって、脂肪細胞におけるSREBP1の発現を抑制する。従って、本発明の食品は、SREBP1発現亢進に起因する疾病、或いは脂肪細胞などの細胞における脂肪酸合成過多や脂肪蓄積の上昇に起因する疾病に対する予防および/または治療のための食品または機能性食品として有用である。また、食品とすれば日常的な摂取が可能となるので、上記疾病の日常的な予防策として極めて有用である。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0039】
実施例1 オイルレッドO染色による脂肪の定量
ラットから腸間膜脂肪組織を摘出し、前駆脂肪細胞を調製した。すなわち、SDラット(雄性12週齢)を屠殺して腸間膜脂肪組織を摘出した。組織をコラゲナーゼ処理し、その後遠心分離して前駆脂肪細胞画分を採取した。
【0040】
これを内臓脂肪分化メディウム(プライマリーセル社)に懸濁し、コラーゲンコートした細胞培養用24ウェルプレートに播種した。細胞の播種量は、6×106個/24ウェルプレートとした。培養開始時に、各プレートに、ウシラクトフェリン(和光純薬工業)を0.03mg/mL、0.1mg/mL、0.3mg/mL添加した。培養期間中2日に1度培地交換を行った。培養は8日間行った。
【0041】
また、対照として、ラクトフェリンを添加する代わりにウシ血清アルブミン(BSA)1mg/mLを添加、トランスフェリン1mg/mLを添加、或いは無添加、としたほかは同様の操作を行った。
【0042】
脂肪細胞における脂肪の蓄積量に対するラクトフェリン添加の影響を観察するため、オイルレッドO染色による脂肪の定量を行った。オイルレッドO染色は、常法に従い培養後の細胞を10%ホルマリン溶液で固定後染色液を加えて染色した。蒸留水で洗浄後、イソプロパノールにて検体中の色素を溶出して分光光度計による検出(OD550)を行った。
【0043】
図1にオイルレッドO染色の結果を示す。
【0044】
図1から明らかなとおり、ラクトフェリンの添加により濃度依存的な脂肪の蓄積抑制効果が認められた。一方、コントロールとして添加した、可溶性タンパク質であるBSAやトランスフェリンには、効果は認められなかった。
【0045】
実施例2 培地中の残存グルコース、遊離脂肪酸の測定
脂肪細胞は培地中のグルコースおよび遊離脂肪酸を材料にして、細胞中に中性脂肪を蓄積する(図2)。そこで、培地中のグルコースおよび遊離脂肪酸の蓄積量を測定した。
【0046】
実施例1において、前駆脂肪細胞を培養する際のラクトフェリンの量を0.01mg/mL、0.1mg/mL、1mg/mLとしたほかは実施例1と同様に行った。培養開始から2日目、4日目、6日目、および8日目に、培地中に残存するグルコースの量と脂肪酸の量とを測定した。測定は、グルコースの量はグルコースCII−テストワコー(和光純薬工業)を、遊離脂肪酸の量はNEFA C−テストワコー(和光純薬工業)を用いて行った。
また、対照として、ラクトフェリンを添加する代わりに無添加としたほかは同様の操作を行った。
グルコースの蓄積量、および遊離脂肪酸(NEFA)の蓄積量の結果をそれぞれ図3−1および図3−2に示す。図3−1および図3−2中、LFはラクトフェリンを添加した培地の結果を示す。
【0047】
図3−1および図3−2から明らかなように、培養後期における培地中の残存グルコース、遊離脂肪酸濃度は、ラクトフェリン添加により濃度依存的に増加した。このことから、培養後期においてグルコースと遊離脂肪酸の消費が抑制されていることが判明した。
【0048】
実施例3 脂肪酸合成に関与する酵素の発現抑制作用
実施例1および2の結果より、ラクトフェリンは脂肪細胞によるグルコースと遊離脂肪酸の消費を抑制することにより、脂肪の合成量を抑制することが判明した。脂肪酸の合成は、クエン酸回路から生じたクエン酸がアセチルCoA、マロニルCoAへと変換後、脂肪酸合成酵素の働きにより鎖長を伸ばしていき、長鎖脂肪酸へと合成される。そこでこの反応に関与する酵素群(表1および図4参照)の遺伝子発現変動について、GeneChip解析(網羅的遺伝子発現解析)を行った。
【0049】
実施例1において、前駆脂肪細胞を培養する際のラクトフェリンの量を0.3mg/mLとし、培養容器を75cm2フラスコとし、細胞の播種量は、1×107個/24ウェルプレートとしたほかは実施例1と同様に行った(ラクトフェリン添加群:LF)。また、対照として、ラクトフェリンを添加する代わりに無添加とした他は上記と同様の操作を行った(対照群:Control)。細胞を回収し、細胞からRNeasy Mini Kit(QIAGEN社)を用いてTotal RNAを抽出・精製し、Affymetrix社のプロトコルに従ってGeneChip工程およびArrayのスキャンを実施した。ChipはRat Expression Array 230 2.0を用いた。また、スキャンの際はGeneChip3000Scannerを用いて画像データを取得した。
【0050】
GeneChipデータ解析システムGCOS(GeneChip Operating Software)を用いて、取得した各サンプルのArray画像データを確認した。また、GeneChipデータ解析ソフトウェアExpression Consoleを用いて遺伝子発現量(Signal)を数値として抽出した。さらに、GCOSを用いて、ラクトフェリンを添加して培養した細胞と無添加で培養した細胞とのComparison Analysisを実施し、Signal Log Ratioを算出し、遺伝子発現変化とした。遺伝子発現変化の判定基準は、Comparison Analysisの結果から、ラクトフェリンにより統計的に有意に遺伝子発現が増加したものをI(Increase)、統計的に有意に減少したものをD(Decrease)、統計的に有意な変化が無かったものをNC(No Change)とした。表1と図5に培養5日目の遺伝子発現変化の結果をまとめた。なお、図5中のDは、対照群(Control)と比較してラクトフェリン添加群(LF)において統計的に有意に遺伝子発現が減少したことを意味する。
【0051】
【表1】

【0052】
表1および図4から明らかなように、ラクトフェリン添加によりacetyl-Coenzyme A acyltransferase 2(mitochondrial 3-oxoacyl-Coenzyme A thiolase)、acetyl-coenzyme A carboxylase alpha、ATP citrate lyase、2,4-dienoyl CoA reductase 1,mitochondrial、enoyl Coenzyme A hydratase,short chain,1,mitochondrial、fatty acid synthase、hydroxyacyl-Coenzyme A dehydrogenase、stearoyl-Coenzyme A desaturase 1、stearoyl-Coenzyme A desaturase 2およびsolute carrier family 25(mitochondrial carrier,citrate transporter),member 1の10個の遺伝子発現が抑制されることが判明した。
【0053】
実施例4 SREBP1の発現抑制作用
実施例3の脂肪酸合成酵素群の転写を制御することが知られているSREBP1について、その遺伝子発現量に対しラクトフェリンが与える影響を、実施例3と同様にGeneChip解析した。図5に、培養4時間後、1日後、3日後、5日後のシグナルの結果を示す。図5から明らかなように、ラクトフェリン添加により、SREBP1の遺伝子発現が抑制され、5日目にはその抑制効果は顕著であった。実施例3の結果とあわせると、SREBP1を抑制することにより、脂肪酸合成に関与する酵素の遺伝子発現が抑制されるものと推測された。
【0054】
実施例5 魚油とラクトフェリンのSREBP1の発現抑制作用の比較
SREBP1の発現を抑制することが知られている魚油と、ラクトフェリンの効果を比較した。魚油(Sigma社製)0.3mg/mLを添加して培養した群を追加し、培養5日目のサンプルのみをGeneChip解析した他は、実施例3と同様に実施した。図6に、ラクトフェリン、魚油のそれぞれを添加した場合のシグナルの結果を示す。
【0055】
図6から、SREBP1の遺伝子発現抑制効果は、魚油よりもラクトフェリンのほうが顕著に優れることが明らかとなった。なお、図6中のDは、対照群(Control)と比較してラクトフェリン添加群(LF)において統計的に有意に遺伝子発現が減少したことを意味する。また、図6中のNCは、対照群(Control)と魚油添加群との間に統計的な有意差が認められなかったことを意味する。
【0056】
以上の実施例の結果から、ラクトフェリンは、SREBP1の発現に起因する疾病の予防や治療に有用であることが明らかになった。また、脂肪細胞などの細胞における脂肪酸合成過多や脂肪の蓄積過多に起因する疾病の予防や治療にも有用であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンを有効成分とするSREBP1発現抑制剤。
【請求項2】
ラクトフェリンを有効成分とする、SREBP1の発現に起因する疾病の予防および/または治療剤、あるいは食品。

【図1】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−1334(P2011−1334A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−147711(P2009−147711)
【出願日】平成21年6月22日(2009.6.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月28日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2009年度大会」において文書をもって発表
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】