説明

TH2媒介炎症症状治療のためのTSLPワクチン

本発明はTH2媒介炎症症状の治療組成物に関する。本組成物は、非霊長類TSLPあるいはそのフラグメントから成るワクチンであり、過剰なTH2によって媒介される炎症症状を発症したヒトの治療のためのワクチンとして用いられる。ヒト以外の哺乳動物におけるTH2媒介炎症症状の治療のためには、ワクチン注射の対象となる動物種のTSLPが抗原として用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイトカインTSLP(胸腺ストローマリンフォポイエチン)をターゲットとすることによる、TH2媒介炎症症状の緩和方法、あるいは該炎症の誘発抑制方法に関する。本発明は、概して哺乳動物に用いられるワクチンに関するものであるが、本発明の好ましい実施態様は、ヒト、犬、猫、または馬に用いられるワクチンに関する。以下において、ヒト、猫、馬、あるいは犬用ワクチンに言及しながら本発明について概括的に説明する。
【背景技術】
【0002】
過去数10年間において、免疫系機能不全によって生ずる数種疾患が現代医療における主要な課題となっている。このような疾患の一つとしてアレルギー疾患がある。ヒトにおけるアレルギーは過去20〜30年間においては殆ど流行病的であり、中でも著しい疾患はアトピーあるいは免疫グロブリン(IgE)媒介アレルギーである。アレルギーは、犬、猫、馬などの多くの飼育動物にとっても同様に重大な疾患である。しかしながら、これら飼育動物に関し、IgEの関与に関する報告はあまり為されていない。ヒトの場合における一般的なアトピー性アレルギーとしては、毛皮アレルギー、枯草熱、ホコリダニアレルギー、昆虫毒アレルギー、外因性喘息、及び多種に亘る食品アレルギーがある。さらに、飼育動物の多くは同種のアレルゲンを原因としてアレルギーを起こしている。全人類人口のほぼ30%がアレルギーを患っていると推定されている。
【0003】
アレルギー疾患は免疫系の機能不全によって発症される。種々病原体に対する正常な免疫反応を調節する数種のサイトカインは、アレルギー疾患の過程においても直接関与していると考えられる。サイトカイン、あるいはヒトの免疫系の調節に重要な働きをもつ成長及び分化因子は、疾患介入の潜在的ターゲットとされるものである。
【0004】
動物薬分野における特に困難な問題の一つとして犬の重篤なアトピー性皮膚炎がある。獣医を訪ねる飼い主のほぼ50%は主としてこのようなアトピー性皮膚炎を原因とする皮膚病を抱えた者である。他方ヒトの場合、医療的に特に困難とされる病状は重篤な喘息である。極めて重篤なケースにおいては、既存のいかなる治療法によっても十分な臨床効果は得られない。犬の場合、重篤なアトピー性皮膚炎に罹患した状況においては、多くの犬は殺されざるを得ない。ここに一つのまだ対処されていない医学的な大きなニーズがある。
【0005】
本発明者らは、数年間に亘って、ヒト及び飼育動物におけるIgE媒介アレルギーに対して可能な治療方法、及びIgEに対するワクチン接種(注射)について研究してきた(文献1〜5参照)。しかしながら、犬のようにIgEレベルが例外的に高い場合には、この治療方法には明らかな限界があった(文献6参照)。このような限界は主として高濃度の循環性IgEによって引き起こされる強い耐薬性作用によるものである。さらに、大量のターゲット分子が除去されなければならない場合には、良好な臨床効果を得ることは困難である。それゆえ、犬の場合においては、IgEに対するワクチン接種によって我々の目標を達成することはほぼ不可能であることが分かった(文献6)。そこで新たな革新的方法の開発が必要とされる。本発明では、上記問題に対する一つの可能な解決策、すなわちヒトの免疫性を調節する重要なサイトカインの一種である胸腺ストローマリンフォポイエチン(TSLP)に対するワクチン接種(注射)を提供する。
【0006】
TSLP(胸腺ストローマリンフォポイエチン)はアレルギー炎症のマスタースイッチとなることが説明されている(文献7)。TSLPは、ヒトにおいて、主として上皮細胞及びマスト細胞によって生成されるIL−7様サイトカインである。このサイトカインはmDCを刺激し、投薬処理を受けたことのないCD4+細胞のTH2型エフェクター細胞への分化を促進する[文献7参照]。これらTH2細胞によってアレルギー助長サイトカインIL−4、IL−5、IL−13及びTNF−αが生成されるが、IL−10及びIFN−γは生成されない(文献8)。最近では、TSLPによって活性化されたDCがTH2感作だけでなく、アレルギー疾患におけるTH2中枢記憶細胞の維持及び分極化にも重要な役割を果たしていることが見出されている(文献9)。アトピー性皮膚炎の病変部分中の角化細胞によって高レベルのTSLPが発現されること、及びこの角化細胞がアトピー性皮膚炎進行中における主要サイトカインであることが示されている(文献8)。皮膚中に過剰のTSLPを発現するように遺伝子操作されたマウスもアトピー性皮膚炎を発症し、このマウスでは循環型TH2細胞の劇的な増加と血清IgEの上昇が起こる(文献10)。しかしながら、TSLPは末梢組織だけではなく、ヒト胸腺中のハッサル小体によっても発現される。この場合において、TSLPは胸腺DCの命令に関与して高親和性自己反応型T細胞をCD4+CD25+FoxP3+調節T細胞へと変換させる。そのレセプターに関し、異種二量体TSLPレセプターは骨髄樹状細胞(mDC)のみによって排他的に発現されるようである。
【0007】
TSLPはTH2媒介炎症症状の主要調節因子の一つであるとみられ、そのため治療介入にとって極めて重要なターゲットとなる可能性がある(文献11)。以下に、TSLPをターゲットとすることにより過剰なTH2媒介炎症症状を緩和することを目的としたワクチン接種方法(注射)について説明する。このワクチン接種方法は、ヒトにおける重篤な喘息の治療と、犬のアトピー性皮膚炎の治療において新たな重要ステップとなり得るものである。
これまでに、ヒトTSLPの活性をブロックするモノクローナル抗体及び水溶性レセプターの利用について記載した特許出願が為されている。これらTSLPをターゲットとする治療方法は、患者の余命の全期間に亘って2〜4週間ごとに高度に精製された組換え型タンパク質を注射することに依存するものである。本願記載のワクチンの場合、組換え型タンパク質の注射に対する依存度が従来技術よりもかなり少なっている点、おそらくモノクローナルあるいは水溶性レセプターを用いた治療に必要とされる量に比べて10,000倍程度まで少なくなっている点において大幅に改善されている。このワクチンは殆どの場合1年間に1〜4回投与を受けるだけで良いが、それに対して上述したモノクローナルあるいは水溶性レセプターの場合はもっと頻繁に投与を受ける必要がある。ヒト以外の霊長類のシーケンスを用いることによりヒトにおいて生ずるワクチン免疫力が増大する可能性もある。ワクチン以外の治療方法を行う場合には、注射された組換え型タンパク質の効果を大きく減ずるタンパク質に対する免疫反応が引き出されないように、変化の加えられていないTSLP(ヒトタンパク質)が用いられるべきである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hellman L. 「新アレルギーワクチン処理後におけるアレルゲン感受性の低下」, Eur J Immunol 1994; 24(2): 415-20.
【非特許文献2】Hellman L. 「IgEに対するワクチンは可能か?」, Adv Exp Med Biol 1996; 409: 337-42.
【非特許文献3】Hellman L, Carlsson M. 「アレルギーワクチン、開発のレビュー」、Clin Immunotherapeutics 1996; 6(2): 130-42.
【非特許文献4】Hellman L. 「アレルギーに対するワクチン」、In: Perlmann P, Wigzell H編、Handbook of Experimental Pharmacology, Vol 133, Vaccines. Berlin, Springer-Verlag, 1999: 499-526.
【非特許文献5】Vernersson M, Ledin A, Johansson J, Hellman L. 「IgEに対する治療抗体反応の誘導」、Faseb J 2002; 16(8): 875-7.
【非特許文献6】Ledin A, Bergvall K, Salmon-Hillbertz N, Hansson H, Andersson G, Hedhammar A, et al, 「例外的に高いプラズマIgEレベルをもつ動物種としての犬におけるIgEに対する治療抗体反応の誘導」、Vaccine 2006; 24, 66-74.
【非特許文献7】Liu YJ. 「胸腺ストローマリンフォポイエチン:アレルギー性炎症のマスタースイッチ」、J Exp Med 2006; 203(2): 269-73.
【非特許文献8】Soumelis V, Reche PA, Kanzler H, Yuan W, Edward G, Homey B, et al. 「TSLP生成によるヒト上皮細胞トリガー樹状細胞媒介アレルギー炎症」、Nat Immunol 2002; 3(7): 673-80.
【非特許文献9】Wang YH, Ito T, Wang YH, Homey B, Watanabe N, Martin R, et al. 「胸腺ストローマリンフォポイエチン媒介樹状細胞によるヒトTH2中枢記憶T細胞の維持及び分極化」、Immunity 2006; 24(6): 827-38.
【非特許文献10】Yoo J, Omori M, Gyarmati D, Zhou B, Aye T, Brewer A, et al. 「特に皮膚中に誘導可能な胸腺ストローマリンフォポイエチン転換遺伝子を発現させるマウス自発性アトピー性皮膚炎」、J Exp Med 2005; 202(4): 541-9.
【非特許文献11】Huston DP, Liu YJ. 「胸腺ストローマケンフォポイエチン:アレルギー及び喘息の潜在的治療ターゲット」、Curr Allergy Asth ma Rep 2006; 6(5): 372-6.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は過剰なTH2型免疫によって生ずる種々の炎症症状を治療するための簡便かつコスト効率的方法を提供することを目的とする。TSLP(またはTSLPの一部)及び外来担体タンパク質から成る融合タンパク質を含んで成るワクチンを用いる治療により、遊離TSLPレベルが低下し、それによってサイトカインの過剰放出によって引き起こされる症状が緩和される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、本発明に従って提供される、(ヒトに用いられる場合には)ヒト以外の霊長類から得られるTSLPの全アミノ酸シーケンス、あるいは前記アミノ酸シーケンスの5を越えるのアミノ酸から成るセグメントをその元の形態あるいは多重結合された形態中にもつタンパク質が含まれるワクチンによって達成される。飼育動物に対して処理する場合には、上記ワクチンに代え、ワクチン化対象動物種から得られるTSLPシーケンスが用いられる。前記タンパク質は、任意であるがアジュバントを含有させることにより、1または2以上の異種担体タンパク質へ任意に結合させることが可能である。ワクチン抗原中に用いられるTSLP分子は、そのレセプターへの結合をブロックするため、1または数か所に突然変異を起こすことによって変更可能である。これにより、ホスト中へ注射された時にはタンパク質にTSLP活性はないが、生来のTSLPと反応する抗体を誘導するタンパク質の能力は猶維持される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】チンパンジーTSLPのヌクレオチド及び対応アミノ酸シーケンスを示した図である。
【発明を実施するための手段】
【0012】
能動免疫、つまりワクチン接種(注射)を行うことによりホスト中に抗TSLP抗体が生成される。修飾TSLP分子をホスト体内へ摂種(注射)することにより、ホスト免疫系によってそれ自身のTSLPに対するポリクローナル抗体反応が引き起こされ、それによって潜在的に過剰なTSLP生成の影響に対する下方調節が行われる。ホストの免疫系が、修飾された自己タンパク質が非自己タンパク質であると認識するように抗体を変化させることが最も重要である。それを達成するためには、非自己アミノ酸部分をTSLPへ、あるいは処理対象となる動物種から得られたTSLPの特定部分へ共有結合させることが必要である。これにより、前記非自己部分内にあるペプチドによって潜在的に自己反応性であるB細胞の働きを助ける非耐性型T細胞が誘引あるいは活性化される。
自己タンパク質を修飾するためには少なくとも4つの方法がある。一つは、非自己タンパク質と、原核あるいは真核発現系中にある自己TSLPの全フラグメントまたは5を越えるのアミノ酸から成るフラグメントとの間に融合タンパク質を生成することである。次いで、まず図1の犬及びヒトTSLPによって例示されるTSLPの開放読み取り枠が、細菌、カビあるいは真核融合タンパク質ベクター中へクローンとして発生される。次いで所望される融合タンパク質を生成するため、この融合タンパク質構造体は哺乳動物あるいは原核ホスト中へトランスフェクションされる。この場合、融合対象物は、10個のアミノ酸ないし数百kDの大きさから成る何らかの非自己タンパク質であることができる。しかしながら、自己タンパク質とほぼ同じ大きさをもつ融合対象物を用いることが一般的に好ましい。
【0013】
あるいは上記に代わる2つ目の方法として、外来ペプチドの両側上へ自己TSLPシーケンスをもつ融合タンパク質を生ずるようにTSLP構造中へ免疫優性ペプチドを挿入することも可能である。
【0014】
3つ目の方法として、哺乳動物ホスト、あるいは原核ホストまたはホスト細胞株中において非修飾TSLpを生成し、次いで化学結合によって担体タンパク質へ共有結合させることも可能である。
【0015】
4つ目の方法として、若干好ましさには欠けるが、TSLPシーケンスの特定部分を合成ペプチドとして生成し、次いでこれらのペプチドを化学結合によって外来担体分子へ結合させる方法がある。この4つ目の方法によれば、通常、患者への注射後に、生来の適切に折り畳まれたタンパク質に対して低い結合活性を示し、従って臨床効果も低い抗体反応が引き起こされる。
【0016】
製造後、次いでワクチン抗原は精製され、発熱物質含量及び起こり得る他混入物質含量の検査が行われる。自己エピトープに対する十分に強い免疫反応を得るため、任意であるが、次いでワクチン抗原は患者へ注射される前にアジュバントと混合される。患者への投与後、ワクチンによってワクチン抗原に対する免疫反応が誘導される。ワクチン抗原中に自己エピトープが存在するため、このタンパク質によってターゲット分子、この場合ではTSLPに対する抗体反応も誘導され、それによって患者体内に存在するこのタンパク質レベルが減じられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト以外の霊長類あるいは他のヒト以外の哺乳動物から得られたTSLPまたはその少なくとも1個のフラグメントと、薬学的に許容されるアジュバントから成るワクチン。
【請求項2】
元の形状または多重結合された形状でTSLPの少なくとも1個のフラグメントが担体分子へ結合されていることを特徴とする請求項1項記載のワクチン。
【請求項3】
前記TSLPが、ヒト以外の霊長類、すなわち犬、猫、あるいは馬から得られるTSLPであることを特徴とする請求項1項または2項記載のワクチン。
【請求項4】
TSLPワクチンの医薬品としての使用。
【請求項5】
cDNA、またはTSLPのゲノムシーケンス、またはTSLPの5を越えるアミノ酸をエンコードする部分をクローンとして発生させること、この発生させたクローンを適当なベクター中へ連結させること、該ベクターを真核あるいは原核ホスト細胞へ転換させて融合タンパク質を生成させること、TSLPの全シーケンスあるいはその部分を元の形態のTSLP、突然変異させたTSLP、あるいは多重結合されたTSLP中へ含ませること、及び得られた融合タンパク質を精製し、及び任意であるが適当なアジュバントと混合させること、の各工程から成ることを特徴とする、請求項1項記載のワクチンの調製方法。
【請求項6】
治療対象となる動物種(あるいは近縁な動物種)から得られるTSLPの全体あるいは一部から成る融合タンパク質及び外来担体タンパク質の、医薬品として用いるワクチン製造への利用。

【図1】
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【公表番号】特表2010−510986(P2010−510986A)
【公表日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−538366(P2009−538366)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【国際出願番号】PCT/SE2007/001037
【国際公開番号】WO2008/066444
【国際公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【出願人】(509138280)セラヴァック ファーマスウティカルズ エイ ビー (2)
【氏名又は名称原語表記】THERAVAC PHARMACEUTICALS AB
【Fターム(参考)】