説明

Ti系被膜除去剤

【課題】母材へ与える影響をより低減させたTi系被膜除去剤、特に、その母材がコバルトを結合相とする超硬質材料である場合にも、コバルトの溶出が抑制でき、これにより従来の除去剤を使用した場合に生じていた再コーティングしたTi系被膜の膜剥がれの問題を解決できるTi系被膜除去剤の提供。
【解決手段】(A)塩化水素5〜20質量%、(B)フッ化アンモニウム、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム及びフッ化リチウムから選ばれる少なくとも1種のフッ化塩化合物0.5〜10質量%、(C)下記一般式(1)で表される化合物又はその塩を1〜10質量%含む水溶液からなるTi系被膜除去剤。
HS−X1−Y (1)
(式中、X1は、炭素数1〜4のカルボキシル基で置換されてもよいアルキレン基を表し、Yは、カルボキシル基又はアミノ基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ti系被膜の除去剤に関し、さらには、コバルトを結合相として構成される超硬質材料からなる母材表面に形成されているTi系被膜を除去するための被膜除去剤に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化タングステン(WC)などの超硬質粒子を、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)などを結合相として構成される材料は、従来から、超硬合金として知られており、超硬質材工具などに用いられている。これらの超硬質材料からなる工具は、耐摩耗性の向上および母材である超硬質材料を保護するため、硬質被膜によって母材表面をコーティングすることが行われている。特に、Ti系の硬質被膜(以下、Ti系被膜と呼ぶ)、詳しくは、Ti、TiC、TiN、TiCN、TiAl、TiAlC、TiAlN、TiAlCr、及びこれらが更に他の金属もしくは非金属元素を含有する材料、に代表されるチタニウムを含有する材料からなる硬質被膜を表面に有する切削工具は、耐摩耗性に優れるため、近年、多用されるようになってきている。
【0003】
このような切削工具においては、使用するにしたがって、刃部表面に設けたTi系被膜が他の箇所の被膜よりも早く摩耗してしまうことが起こる。このため、所定時間使用した場合に、Ti系被膜を一旦すべて除去し、刃部を研削加工して再調整した後、再びコーティングを施してTi系被膜を形成し、リサイクルすることが要望される。また、上記切削工具の製造の際のTi系被膜コーティング工程において、コーティングされたTi系被膜が規格値から外れた場合にも、Ti系被膜をすべて除去した後、再びコーティングすることが要望される。これらの場合に、Ti系被膜を精度よく再コーティングするためには、母材への影響を抑制した薬剤(除去剤)などによってTi系被膜を完全に除去する必要がある。
【0004】
これに対し、特許文献1には、超硬合金素地(母材)の劣化を抑制した、親プロトン性溶媒、フッ化アルカリ塩、リン酸アルカリ塩、次亜硫酸アルカリ、水溶性高分子、有機酸、イミン化合物からなる界面活性剤、過酸化水素を含有してなるチタンコーティング被膜の除去剤が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、過酸化水素と界面活性剤を含有するアルカリ性水溶液からなる、母材への悪影響を抑制した硬質被膜除去剤が開示されている。また、特許文献3には、過酸化水素、水酸化アルカリ及びアミノカルボン酸及び酒石酸塩あるいは安息香酸塩を含有してなるTi系被膜剥離剤が開示されている。該剥離剤は、超硬質材料中のコバルトの溶出が抑制され、Ti系被膜の剥離時間が短いとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−228778号公報
【特許文献2】特開2005−48248号公報
【特許文献3】特開2002−212764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者等の検討によれば、上記特許文献1〜3に開示された従来のTi系被膜の除去剤は、いずれも過酸化水素を含むアルカリ系の被膜除去剤であり、母材へ与える影響を充分に抑制するものではなく、改善の余地があった。特に、母材がコバルトを結合相としている超硬質材料である場合に、これらの被膜除去剤を使用すると、母材中のコバルトが溶出し、これに起因して母材の表面強度が低下するため、再度Ti系被膜を施した場合に、膜剥がれが発生するといった問題点があった。
【0008】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、母材へ与える影響をより低減させたTi系被膜除去剤を提供することを目的とする。特に、その母材がコバルトを結合相とする超硬質材料である場合にも、コバルトの溶出が抑制でき、これにより従来の除去剤を使用した場合に生じていた再コーティングしたTi系被膜の膜剥がれの問題を解決できるTi系被膜除去剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記問題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、特定の組成を有するTi系被膜除去剤が、上記問題を解決し得ることを見出して、本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明は、(A)塩化水素5〜20質量%、(B)フッ化アンモニウム、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム及びフッ化リチウムから選ばれる少なくとも1種類のフッ化塩化合物0.5〜10質量%、(C)下記一般式(1)で表される化合物又はその塩を1〜10質量%含む水溶液からなることを特徴とするTi系被膜除去剤である。
HS−X1−Y (1)
(式中、X1は、炭素数1〜4のカルボキシル基で置換されてもよいアルキレン基を表し、Yは、カルボキシル基又はアミノ基を表す。)
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、母材へ与える影響を低減させたTi系被膜除去剤を提供することができる。特に、本発明によれば、コバルトを結合相として構成される超硬質材料からなる母材表面に形成されているTi系被膜の除去に使用した場合にも、母材中のコバルトの溶出が抑制されるので、除去後の母材表面に、再度Ti系被膜を形成した際に膜剥がれが生じない優れたTi系被膜除去剤の提供が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】TiAlN被膜を形成しない状態の母材の表面のSEM写真。
【図2】実施例10のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後の表面のSEM写真。
【図3】比較例1のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後の表面のSEM写真。
【図4】比較例2のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後の表面のSEM写真。
【図5】未処理(Ti系被膜除去を行わない)のテストピースについて圧痕試験を行った後の表面状態を示す図。
【図6】実施例10のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去後、Ti系被膜を再コーティングした再被膜テストピース1について、圧痕試験を行った後の表面の状態を示す図。
【図7】比較例2のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去後、Ti系被膜を再コーティングした再被膜テストピース2について、圧痕試験を行った後の表面の状態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に好ましい実施の形態を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、Ti系被膜を超硬質材料表面から除去するための除去剤に関するが、具体的には、下記の(A)、(B)及び(C)の3成分を必須成分として含むことを特徴とする。すなわち、(A)成分として塩化水素を5〜20質量%、(B)成分として、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム、フッ化リチウムから選ばれる少なくとも1種類のフッ化塩化合物を0.5〜10質量%、(C)成分として、下記一般式(1)で表される化合物又はその塩を1〜10質量%含む水溶液である。
HS−X1−Y (1)
(式中、X1は、炭素数1〜4のカルボキシル基で置換されてもよいアルキレン基を表し、Yは、カルボキシル基又はアミノ基を表す。)
必要に応じて、本発明の効果を阻害しない範囲で、上記に加えて添加剤を含有してもよい。本発明のTi系被膜除去剤は、上記(A)〜(C)の成分と、必要に応じて使用される添加剤とを含有し、残りは水で調整される。
【0014】
本発明のTi系被膜除去剤に含まれる(A)成分である塩化水素は、(B)成分であるフッ化塩化合物と共にTi系被膜を溶解し、実質的に除去する役割を果たしている。また、(A)成分である塩化水素は、母材である超硬質材料の腐食を抑制する効果を有している。特に母材がコバルトを結合相とする超硬質材料の場合、母材中のコバルトの溶出を抑制する効果が高い。(A)成分の含有量は、5〜20質量%、好ましくは、5〜15質量%である。(A)成分の含有量が下限よりも少ないと、母材である超硬質材料の腐食が大きくなり、Ti系被膜を除去後に、母材表面に再度形成したTi系被膜が膜剥がれを起こすおそれがある。一方、(A)成分の含有量を上限より多くしても、母材の腐食抑制に対するより高い向上効果が得られず、逆にTi系被膜を除去する処理時間が長くなる等の不具合を生じる。
【0015】
本発明のTi系被膜除去剤において、(B)成分であるフッ化塩化合物は、Ti系被膜を溶解し、実質的に除去する役割を果たしている。(B)成分であるフッ化塩化合物は、フッ化アンモニウム、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム、フッ化リチウムから選ばれるが、これらは1種類でもよく、2種類以上を混合して用いてもよい。これらの中でもフッ化アンモニウムは、Ti系被膜の除去時間が短く、母材の腐食抑制効果が良好なので、より好ましい。(B)成分の含有量は、0.5〜10質量%、好ましくは1.0〜7.5質量%である。(B)成分の含有量が下限よりも少ないと、Ti系被膜の除膜時間が長くなり、それに伴って、すでにTi系被膜が除去された部分から母材である超硬質材料の腐食が進行し、母材の腐食量が大きくなるといった不具合が生じる。一方、(B)の含有量が上限よりも多いと、Ti系被膜の除去が急激に進みすぎ、母材の腐食が大きくなるといった不具合が生じる。
【0016】
本発明のTi系被膜除去剤における(C)成分は、先に示した一般式(1)で表される化合物又はその塩であり、これらは1種類又は2種類以上混合して使用される。本発明者らの検討によれば、この(C)成分を含有させることによって、母材の腐食を抑制するより高い効果が得られるTi系被膜除去剤となる。特に、母材がコバルトを結合相とする超硬質材料を処理した場合に、母材表面からのコバルトの溶出を抑制する高い効果を得ることができる。上記一般式(1)で表される化合物の具体例としては、下記化合物No.1〜化合物No.16が挙げられる。
【0017】

【0018】

【0019】
上記一般式(1)で表される化合物の中でも、下記一般式(2)で表される化合物及びその塩は、母材の腐食を抑制する効果、特に、母材がコバルトを結合相とする超硬質材料である場合に、コバルトの溶出抑制効果に優れているので、(C)成分として、より好ましい。
HS−X2−NH2 (2)
(式中、X2は、カルボキシル基で置換されてもよい炭素数2〜4のアルキレン基を表す。)
【0020】
上記一般式(1)で表される化合物の具体例として挙げた上記16種の化合物のうち、化合物No.1〜化合物No.9が上記一般式(2)に相当する。
【0021】
上記、一般式(1)又は一般式(2)で表される化合物の塩としては、アミノ基と塩を形成したもの、例えば、塩酸塩、酢酸塩、炭酸塩、硝酸塩、又はCOOH基と塩を形成したもの、例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等が挙げられる。
【0022】
本発明のTi系被膜除去剤に含有させる(C)成分の、より好ましい化合物としては、下記のものが挙げられる。化合物No.1(2−アミノエタンチオール)、該化合物No.1の塩酸塩、該化合物No.1の酢酸塩、該化合物No.1の炭酸塩、該化合物No.1の硝酸塩、化合物No.9(システイン酸)、該化合物No.9の塩酸塩、該化合物No.9の酢酸塩、該化合物No.9の炭酸塩、該化合物No.9の硝酸塩、該化合物No.9のアンモニウム塩、該化合物No.9のナトリウム塩、該化合物No.9のカリウム塩、化合物No.9のリチウム塩である。対イオンの影響の排除及びコストの観点から、さらに好ましいのは、化合物No.1、化合物No.1の塩酸塩、化合物No.9、化合物No.9の塩酸塩である。
【0023】
本発明のTi系被膜除去剤における(C)成分の含有量は、1〜10質量%、好ましくは、2.5〜7.5質量%である。(C)成分の含有量が下限よりも少ないと、母材の腐食を抑制する効果、特に母材がコバルトを結合相とする超硬質材料の場合に、母材中のコバルトの溶出を抑制する効果が充分に得られない。一方、(C)成分の含有量を上限より多くしても、母材に対する腐食抑制のさらなる向上効果が得られず、逆にTi系被膜の除去速度が低下し、処理時間が長くなる等の不具合を生じる。
【0024】
また、本発明のTi系被膜除去剤には、上記(A)〜(C)成分のほかに、本発明の効果を阻害することのない範囲で、周知の添加剤を配合することができる。当該添加剤としては、Ti系被膜除去剤の安定化剤、上記(A)〜(C)各成分の可溶化剤、pH調整剤、比重調整剤、粘度調整剤、濡れ性改善剤、キレート剤等が挙げられる。これらを使用する場合の濃度は、一般に、0.001質量%〜10質量%の範囲である。
【0025】
本発明のTi系被膜除去剤は、Ti系硬質被膜がコーティングされた超硬質材料からなる切削工具における硬質被膜の除去、その後に行う再被覆に対し効果的である。Ti系被膜としては、例えばTi、TiC、TiN、TiCN、TiAl、TiAlC、TiAlN、TiAlCrなどを挙げることができ、また、これらが更に他の金属もしくは非金属元素(例えば、W、Mo、Si、O、Bなど)を含有する材料も例示することができる。本発明のTi系被膜除去剤は、これらのTi系被膜の中でも、特にTiAlN被膜の除去に有用である。
【0026】
上記のTi系被膜が施される超硬質材料からなる母材としては、一般に知られる超硬合金、例えば、炭化タングステン(WC)に代表される超硬質粒子を、コバルト、ニッケル、銅等を結合相として構成される材料が挙げられる。超硬質材料を構成する超硬質粒子として、上記炭化タングステンの他に、炭化タンタル(TaC)、炭化ニオブ(NbC)、炭化珪素(SiC)、炭化ジルコニウム(ZrC)、炭化チタン(TiC)、炭化ハフニウム(HfC)、炭化バナジウム(VC)等が添加される場合もある。本発明のTi系被膜除去剤は、コバルトの溶出抑制効果に特に優れるので、これらの超硬質粒子を、コバルトを結合相として形成した構成の超硬質材料を母材とする場合に、特に有用である。
【0027】
本発明のTi系被膜除去剤を用いて母材表面に形成されたTi系被膜を除去するには、対象となる部材を本発明のTi系被膜除去剤に浸漬、或いは該部材に除去剤をスプレー等すればよい。浸漬処理の条件としては、被膜を除去する対象となる部材の形状や、Ti系被膜の膜厚などによって異なるので、これらに応じて適宜選択すればよい。例えば、浸漬時にTi系被膜除去剤の温度があまり低温であるとTi系被膜の除去効率が悪くなり、温度があまり高いと該除去剤の自己反応により除去剤の濃度が急速に変わるおそれがあるので、浸漬処理の際に使用するTi系被膜除去剤の温度は、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜60℃の範囲とするとよい。なお、浸漬処理の際に、反応熱によりTi系被膜除去剤の温度は上昇するので、必要に応じて温度が上記範囲内となるように制御するとよい。
【0028】
Ti系被膜除去剤によってTi系被膜を部材表面から除去する際の、上記浸漬時間は、特に限定されるものではなく、該被膜が除去されるまでの時間行えばよい。例えば、通常の切削工具などの部材に設けられているTi系被膜は、その膜厚が1〜10μmであるが、この場合であれば、該部材の本発明のTi系被膜除去剤への浸漬時間を数十分〜十数時間とすればよい。なお、本発明のTi系被膜除去剤は、母材に対する腐食抑制効果が高く、母材への影響が極めて少ないので、被膜除去後に時間が経過して浸漬時間が過剰となっても、例えば、母材中のコバルトの溶出が小さい。このため、浸漬処理における浸漬時間の管理がし易いといった利点もある。また、本発明のTi系被膜除去剤は水溶液であるので、浸漬処理後に水などで容易に洗浄でき、その後に再度、Ti系被膜を形成すればよいので容易にリサイクル等することが可能である。
【実施例】
【0029】
以下、実施例及び比較例により本発明を詳細に説明するが、これらによって本発明が限定されるものではない。
【0030】
[実施例1〜12]
(A)成分として塩化水素を9.0質量%、(B)成分としてフッ化アンモニウムを4.0質量%、さらに、(C)成分として表1に記載したそれぞれの化合物を、それぞれの量で使用して、全体が100質量%となるように残りを水で調整し、Ti系被膜除去剤No.1〜No.12をそれぞれに調製した。そして、これらを実施例1〜12のTi系被膜除去剤とした。
【0031】
[比較例1〜5]
過酸化水素を17質量%、水酸化ナトリウムを2質量%とし、全体が100質量%となるように残りを水で調整して比較用組成物1を調製し、比較例1の除去剤とした。また、塩化水素を9.0質量%、フッ化アンモニウムを4.0質量%とし、全体が100質量%となるように残りを水で調整して、比較例2の除去剤とした。該除去剤は、実施例と(C)成分を含有しない点で異なる。さらに、塩化水素を9.0質量%、フッ化アンモニウムを4.0質量%、さらに表2に記載した、従来の除去剤に使用されているそれぞれの化合物を、それぞれの量で使用して、全体が100質量%となるように残りを水で調整し、比較用組成物3〜5をそれぞれ調製した。そして、これらを比較例3〜5の除去剤とした。
【0032】
[評価例1]
大きさが1.2cm×1.2cm×5mmの、コバルトを結合相とした、WC、TiC、NbCの超硬質材料からなる母材(W;67質量%、Ti;7.9質量%、Nb;7.5質量%、C;7.0質量%、Co;9.6質量%)の片面に、硬質被膜としてTiAlN被膜(質量比;Al:Ti=2:1)を3μmの厚みでコーティングしたものを、テストピースとして用意した。そして上記のテストピースを、実施例1〜12の各Ti系被膜除去剤中に、それぞれ浸漬して、硬質被膜を除去した。表1に記載した処理時間は、それぞれ硬質被膜が除去されたと判断して浸漬を終了した時間である。各除去剤中から取り出したTi系被膜を除去後の各テストピースについて、表面のEDX分析によりコバルトの量(質量%)を測定した。そして、測定した結果を表1中に示した。EDX分析の測定条件は、加速電圧を20kV、W.D.(Working Distance)を15mmとした。なお、同様の条件で、TiAlN被膜を形成しない状態の母材表面について測定したところ、母材表面のコバルト量は9.6質量%であった。
【0033】
上記と同様に、実施例の評価に用いたと同じテストピースを、先に得た比較例1〜5の各比較用組成物中に、表2に記載の処理時間浸漬してTi系被膜を除去した。Ti系被膜を除去した後、それぞれのテストピースについて、実施例の場合と同様の条件で、表面のEDX分析によりコバルトの量(質量%)を測定した。そして、測定した結果を表2中に示した。
【0034】
表1に示したように、本発明の実施例のTi系被膜除去剤を用いた場合は、いずれも、Ti系被膜の除去後、硬質被膜処理によって生じることが懸念される母材表面のコバルト量の減少量が小さく、除去剤の使用によって生じる母材表面からのコバルトの溶出が抑制されていることが確認された。一方、表2に示したように、比較用組成物を用いてTi系被膜を除去した部材は、Ti系被膜の除去後の母材表面におけるコバルト量が0、或いは、コバルト量が大きく減少しており、コバルトが溶出し、母材表面にほとんどコバルトが存在していなかった。
【0035】

【0036】

【0037】
また、TiAlN被膜を形成しない状態の母材、実施例10のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後のテストピース、比較例1又は2の従来のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後のテストピース、のそれぞれについて、電子顕微鏡で表面を観察した。図1〜4に、3000倍のSEM写真をそれぞれ示した。
【0038】
図2に示すように、実施例10のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後のテストピースの表面は、結合相であるコバルトの溶出が僅かであることが観察された。一方、比較例1および2のTi系被膜除去剤でTi系被膜を除去した後のテストピース表面は、図3、4に示されるように、超硬質材料の母材から、結合相であるコバルトの溶出が大きく、隙間が多く、粒子が浸食されて丸みを帯びている様子が観察された。
【0039】
[評価例2]
TiAlN被膜をコーティングしていない母材に、PVD法により、TiAlN被膜(質量比;Al:Ti=2:1)を3μmコーティングしたものを、未処理のテストピースとした。また、上記で行った実施例10のTi系被膜除去剤によるTi系被膜の除去テストで得られたテストピースに、PVD法により、再度、TiAlN被膜(質量比;Al:Ti=2:1)を3μmコーティングしたものを、再被膜テストピース1とした。また、上記で行った比較例2の除去剤によるTi系被膜の除去テストで得られたテストピースに、PVD法により、再度、TiAlN被膜(質量比;Al:Ti=2:1)を3μmコーティングしたものを、再被膜テストピース2とした。これらの各テストピースについて、ロックウェル圧痕試験(条件;荷重150kg、圧痕径300μm)を行い、試験後の圧痕の様子を60倍の光学顕微鏡により観察した。図5〜7に、それぞれの圧痕の様子を示した。
【0040】
図5及び6に示されるように、再被膜テストピース1には、除去処理を経ていない未処理のテストピースと同様に、圧痕境界部に膜剥がれは存在しなかった。これに対し、図7に示されるように、比較例の除去剤を用いた再被膜テストピース2では、圧痕境界部周辺部に膜剥がれが確認された。表1及び2に示すように、比較例2の除去剤を用いた場合は、除去後の母材表面のコバルトが溶出してしまったのに対して、実施例10のTi系被膜除去剤を用いた場合は、母材表面のコバルトの溶出が抑制されたことが確認されている。このことから、再被膜テストピース1では、Ti系被膜除去剤による母材表面のコバルトの溶出が抑制され、これにより被膜の除去後の母材の表面強度の低下を抑制することができ、この結果、再コーティングされたTi系被膜の膜剥がれを防止できたと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)塩化水素5〜20質量%、(B)フッ化アンモニウム、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム及びフッ化リチウムから選ばれる少なくとも1種類のフッ化塩化合物0.5〜10質量%、(C)下記一般式(1)で表される化合物又はその塩を1〜10質量%含む水溶液からなることを特徴とするTi系被膜除去剤。
HS−X1−Y (1)
(式中、X1は、炭素数1〜4のカルボキシル基で置換されてもよいアルキレン基を表し、Yは、カルボキシル基又はアミノ基を表す。)
【請求項2】
前記一般式(1)が、下記一般式(2)で表される化合物又はその塩である請求項1に記載のTi系被膜除去剤。
HS−X2−NH2 (2)
(式中、X2は、カルボキシル基で置換されてもよい炭素数2〜4のアルキレン基を表す。)
【請求項3】
前記Ti系被膜が、少なくとも、Ti、TiC、TiN、TiCN、TiAl、TiAlC、TiAlN及びTiAlCrからなる群から選択される1種もしくは2種以上を含有する材料からなる請求項1または2に記載のTi系被膜除去剤。
【請求項4】
コバルトを結合相として構成される超硬質材料からなる母材表面に形成されているTi系被膜を除去するためのものである請求項1〜3のいずれか1項に記載のTi系被膜除去剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−36488(P2012−36488A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−180530(P2010−180530)
【出願日】平成22年8月11日(2010.8.11)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【Fターム(参考)】