説明

Tie2活性化剤及びリンパ管安定化剤

【課題】本発明は、新規なTie2活性化剤及び当該活性化剤を含んで成るリンパ管の安定化剤を提供することを目的とする。
【解決手段】ジフェンヒドラミン又は塩酸ジフェンヒドラミンを含んで成るTie2活性化剤及び当該活性化剤を含んで成るリンパ管安定化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジフェンヒドラミン又は塩酸ジフェンヒドラミンを含んで成る新規なTie2活性化剤及び当該活性化剤を含んで成るリンパ管の安定化剤を提供する。
【背景技術】
【0002】
血液は、心臓から送り込まれて毛細血管・静脈を経て心臓へもどる。この血管系とは別個に組織液の排水路を形成するものがリンパ管である。リンパ管は、末梢組織で血管から漏出した間質液、タンパク質、脂肪、細胞などを血管系へと環流することにより血液量を一定に保ち、閉鎖循環系を維持する。皮膚に存在する毛細血管では、内皮細胞の外側を基底膜が取り囲み、さらに周皮細胞が付着している。一方、毛細リンパ管では、内皮細胞の外には基底膜がほとんどなく、周皮細胞の付着もない。この構造が、効率よく間質から体液や細胞を取り込むために役立っている(非特許文献1)。これまでに、チロシナーゼ型受容体VEGFR(vascular endothelial growth factor receptor)-3がリンパ管内皮細胞に特異的に発現することが示され、そのリガンドであるVEGF-CおよびVEGF-Dがリンパ管の新生を誘導することが示された。また、VEGF-Aはリンパ管内皮細胞に発現するVEGFR2を介してリンパ管新生を誘導していることが明らかになった(非特許文献2)。さらに、リンパ管の機能に関しては、以下の報告がある。VEGF-Aを発現するアデノウイルスを感染させたマウス耳では、顕著なリンパ管新生が見られたが、構造的な異常とともに、コロイダルカーボンを耳に注入した実験から、リンパ管の回収機能も顕著に阻害されていることが明らかになった(非特許文献3)。つまり、リンパ管の機能にはリンパ管内皮細胞が適切に配置して裏打ちされていることが必要であると考えられる。これをわれわれは“リンパ管の安定化”と定義する。
【0003】
皮膚に対する物理的あるいは化学的刺激は血管新生やVEGF-Aなどによる血管透過性を誘導して、この結果組織液の貯留と浮腫が生じる。一方で、これらの刺激は直接的にリンパ管の新生・拡張を誘導することも知られている。これまでに、紫外線炎症によってリンパ管の拡張が観測され、染料を注入した実験からリンパ管の機能が障害されていることが明らかになった。血管拡張に伴う水分の真皮内への漏出にともない、リンパ管は拡張して間質液を回収しようとしていると考えられる。しかしながら、過剰なリンパ管の拡張はその回収機能を逆に低下させ浮腫を遅延していると考えられた(非特許文献4)。つまり、組織間液の速やかな回収には、リンパ管の過剰な拡張を誘導しないような“リンパ管の安定化”が必要であると考えられる。
【0004】
これまでに、リンパ管の機能不全が関与する病態としては、先天性リンパ浮腫とともに、フィラリア、手術、悪性腫瘍、炎症にともなう二次性のリンパ浮腫、が知られている。先天性のリンパ浮腫としてはMilroy病、Meige病、lymphedema-distichiasis症候群がある。Milroy病ではリンパ管の無形成や低形成が報告され、一方でlymphedema-distichiasis症候群ではリンパ管の過形成が報告されている。これらからも、リンパ管の新生だけではなくリンパ管の安定化によって回収機能を保持することが必要であると考えられる(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】実験医学 Vol. 24, No. 18 (2006), pp. 133-138
【非特許文献2】Jussila L and Alitalo K, (2006) Vascular growth factors and lymphangiogenesis. Phisiol Rev 82:673-700
【非特許文献3】Nagy et al., (2002) Vascular permeability factor/ vascular endothelial growth factor induces lymphangiogenesis as well as angiogenesis. J Exp Med 196: 1497-1506
【非特許文献4】Kajiya K., Hirakawa S., and Detmar M., (2006) VEGF-A mediates UVB-induced impairment of lymphatic vessel function. Am J Pathol 169: 1496-1503
【非特許文献5】実験医学 Vol. 24, No. 18 (2006), pp. 139-143
【非特許文献6】Kajiya K., et al., (2005) Hepatocyte growth factor promotes lymphatic vessel formation and function. EMBO J 24:2885-95
【非特許文献7】実験医学 Vol. 20, No.8 (2002), pp. 52-57
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、新規なTie2活性化剤の提供、延いてはリンパ管の安定化を図り、リンパ管の回収機能を維持・亢進するのに有効な薬剤の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
VEGFが分子クローニングされたのを皮切りに血管形成に特異的に作用する因子としてVEGFファミリーとアンジオポエチン(angiopoietin;Ang)ファミリーの分子が次々に同定されてきた。VEGFとその受容体は脈管形成とよばれる血管の初期発生からその後の血管新生に至るまで非常に広い範囲の血管形成に関与する。一方、Angは脈管形成後、血管内皮細胞による発芽、分枝、嵌入、退縮などの細胞現象を伴った管腔形成において機能する。Angは血管内皮細胞に発現する受容体型チロシンキナーゼTie(tyrosine kinase with Ig and EGF homology domain)-2を介し、血管内皮細胞と、周皮細胞(ペリサイト)や血管平滑筋細胞のような血管壁細胞との接着を制御し、血管の構造的安定化に機能していることまでは理解されているが(非特許文献7)、Tie2とリンパ管との関係については十分には解明されていなかった。
【0008】
本発明者がAng-1とリンパ管内皮細胞で発現しているTie2との関係に着目してAng-1の機能について調べた結果、Ang-1はTie2の活性化を介してリンパ管の回収機能を促進することが明らかとなった(特願2008-159623号)。更に、本発明者がTie2活性化能を有する化合物についてスクリーニングを行ったところ、H1受容体拮抗薬であるジフェンヒドラミン及びその塩酸塩が、Ang-1と同様にTie2活性を有することを見出し、以下の発明を完成するに至った:
(1)ジフェンヒドラミン又は塩酸ジフェンヒドラミンを含んで成るTie2活性化剤。
(2)前記Tie2活性化剤を含んで成るリンパ管の安定化剤。
(3)(2)のリンパ管の安定化剤を適用することからなる、むくみを改善又は予防するための美容学的方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るリンパ管の安定化剤を使用することにより、むくみ等の改善・予防が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、ジフェンヒドラミンを添加した場合の、正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)におけるTie2量及びリン酸化Tie2量の変化を示すウェスタンブロット図並びにリン酸化Tie2量の変化を示すグラフである。
【図2】図2は、塩酸ジフェンヒドラミンを添加した場合の、HUVECにおけるTie2量及びリン酸化Tie2量の変化を示すウェスタンブロット図並びにリン酸化Tie2量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
Tie2活性化剤
1つの観点において、本発明はジフェンヒドラミン又はその塩酸塩を含んで成るTie2活性化剤を提供する。
【0012】
Tie2の活性化とは、Tie2をリン酸化することでその活性体(リン酸化Tie2)に変換できる能力をいう。Tie2の活性化剤として、アンジオポエチン1など、Tie2を活性化することが周知のものがある。
【0013】
ジフェンヒドラミン(2-ベンズヒドリルオキシ-N,N-ジメチルエタンアミン)は、H1拮抗薬として公知の化合物であり、以下の化学構造を有する:
【化1】

【0014】
また、塩酸ジフェンヒドラミンは通常抗ヒスタミン剤として用いられており、最近では、その誘眠作用に基づき、睡眠改善薬としても使用されている。しかしながら、ジフェンヒドラミン及びその塩酸塩はいずれも、Tie2活性を有することや、リンパ管を安定化させることは知られていない。今回、本発明者が種々の化学物質についてTie2活性を調べたところ、ジフェンヒドラミン及び塩酸ジフェンヒドラミンが血管内皮細胞のリン酸化Tie2量を増大させることを見出した。
【0015】
ジフェンヒドラミン及びその塩酸塩は、図1及び2に示すとおり、濃度依存的にTie2活性化作用を示す。従って、このような観点からは、本発明のTie2活性化剤中のジフェンヒドラミンの配合量は、剤全量中、0.0001〜10質量%、好ましくは0.001〜0.01質量%、より好ましくは0.001質量%である。塩酸塩の場合、0.001〜10質量%、好ましくは0.001〜0.01質量%、より好ましくは0.01質量%である。
【0016】
Tie2活性化剤に配合される薬剤としては、塩酸ジフェンヒドラミンが好ましい。しかしながら、他の無機塩又は有機塩、例えばクエン酸塩、サリチル酸塩、ラウリル硫酸塩等もTie2活性を示すものと考えられる。
【0017】
リンパ管安定化剤
別の観点において、本発明は、前記Tie2活性化剤を含んで成る、リンパ管安定化剤を提供する。
【0018】
本発明に係るリンパ管安定化剤はリンパ管の構造の不安定化を原因とするリンパ液の漏出による様々な皮膚疾患、例えば浮腫(むくみ)の治療・予防に有効な医薬品または化粧品として利用できる。浮腫には、例えば紫外線照射、フィラリア、手術、悪性腫瘍、炎症にともなう二次性のリンパ浮腫や、先天性リンパ浮腫、例えばMilroy病、Meige病、lymphedema-distichiasis症候群がある。
【0019】
本発明に係るリンパ管安定化剤は、その使用目的に合わせて用量、用法、剤型を適宜決定することが可能である。例えば、本発明のリンパ管安定化剤の投与形態は特に制限されるものではなく、経口、非経口、外用等であってよいが。好ましくは外用剤である。剤型としては、例えば軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、浴用剤等の外用剤、注射剤、点滴剤、若しくは坐剤等の非経口投与剤、又は錠剤、粉剤、カプセル剤、顆粒剤、エキス剤、シロップ剤等の経口投与剤を挙げることができる。
【0020】
本発明のリンパ管安定化剤中のTie2活性化剤の配合量は、用途に応じて適宜決定できるが、一般には剤全量中、0.0001〜20.0モル%、好ましくは0.0001〜10.0モル%である。
【0021】
また、本発明のリンパ管安定化剤には、Tie2活性化剤以外に、例えば、通常の食品や医薬品に使用される賦形剤、防湿剤、防腐剤、強化剤、増粘剤、乳化剤、酸化防止剤、甘味料、酸味料、調味料、着色料、香料等、化粧品等に通常用いられる美白剤、保湿剤、油性成分、紫外線吸収剤、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、粉末成分、色剤、水性成分、水、各種皮膚栄養剤等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0022】
さらに、本本発明のリンパ管安定化剤を皮膚外用剤として使用する場合、皮膚外用剤に慣用の助剤、例えばエデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属封鎖剤、カフェイン、タンニン、ベラパミル、トラネキサム酸およびその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、カリンの果実の熱水抽出物、各種生薬、酢酸トコフェロール、グリチルリチン酸およびその誘導体またはその塩等の薬剤、ビタミンC、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド、アルブチン、コウジ酸等の美白剤、グルコース、フルクトース、マンノース、ショ糖、トレハロース等の糖類、レチノイン酸、レチノール、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール等のビタミンA類なども適宜配合することができる。
【0023】
美容方法
更に別の観点において、本発明は、リンパ管の安定化剤を適用することからなる、むくみを改善又は予防するための美容学的方法、を提供する。
【0024】
本発明に係る美容方法は、むくみや目袋の軽減・予防を目的とするものである。この美容学的方法は、例えば本発明に係るリンパ管安定化剤をむくみなどのある部位に適用し、そのまま放置するか又は例えばリンパ管の流れの方向に即してマッサージなどを施し、リンパ管液の流れを促進するなどして行うことができる。この方法の適用箇所には顔面、首、手足、など、全身のあらゆる部位が挙げられる。
【実施例】
【0025】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0026】
血管内皮細胞のウエスタンブロッティング
Tie2を発現する正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)は、三光純薬より購入した。増殖因子などの添加因子を加えたEBM-2(Cambrex; Verviers, Belgium)中でHUVECを培養した後、各種濃度(0.01%〜0.0001質量%)のジフェンヒドラミン、塩酸ジフェンヒドラミン存在下でHUVEC内のタンパク質をPhosphosafe Extraction Reagent(Novagen, Madison, WI)で抽出した。コントロールとして溶媒エタノールを添加したHUVECも調製した。
【0027】
総タンパク量をRC DC Protein Assay Kit(BIO-RAD, Hercules, CA) にて定量し、以下のようにウエスタンブロッティングして検出した。等量の総タンパク量を7.5%アクリルアミドゲル(NPU-7.5L, ATTO, Japan)でSDS−PAGEを行い、Tie2およびリン酸化Tie2のタンパク質の発現は、抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA)を用いて、ECL Kitにより発色した。結果を図1及び図2に示す。
【0028】
図1及び図2の結果より、コントロールのエタノールと比較して、ジフェンヒドラミン及びその塩酸塩が顕著なTie2活性化作用を示すこと、また当該作用が濃度依存性であることが分かる。Tie2活性化能を有するAng-1がリンパ管の回収機能を促進することから、これらの薬剤もAng-1と同様にリンパ管の安定化作用を奏するものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフェンヒドラミン又は塩酸ジフェンヒドラミンを含んで成るTie2活性化剤。
【請求項2】
請求項1に記載のTie2活性化剤を含んで成るリンパ管の安定化剤。
【請求項3】
請求項2に記載のリンパ管の安定化剤を適用することからなる、むくみを改善又は予防するための美容学的方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−241712(P2010−241712A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−90364(P2009−90364)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】