説明

V型エンジンの燃焼制御装置

【目的】 V型エンジンにおいてエンジン出力を極力下げずに、振動、騒音を効果的に抑制する。
【構成】 左右各列に並べられた気筒C1〜C12における点火時期を個別に制御する燃焼圧力制御手段を備える。この燃焼圧力制御手段は、上記気筒C1〜C12のうち、クランク回転方向上流側の気筒であって、最も前端及び最も後端に位置する気筒である気筒C1,C11のみその点火時期のみを遅らせる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、エンジン、特にV型エンジンの振動、騒音を低減させるための燃焼制御装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】一般に、自動車等のエンジンでは、クランクシャフトの後端側にフライホイールが設けられるとともに、前端側にカムシャフト等を駆動するためのクランクプーリが取付けられる。このようなエンジンにおいては、気筒内の燃焼圧力を受けてクランクシャフトが曲げ変形し、これに起因して上記フライホイール等に振れが生じることにより、振動騒音が発生する。
【0003】そこで、このようなエンジンの振動、抑制を図る手段として、特開平3−281967号公報には、クランクシャフト各端部における共振周波数及びエンジンの振動特性に基づいて振動制御条件を設定し、この条件に基づいて前端側の気筒及び後端側の気筒の燃焼状態を制御するようにしたものが示されている。このような装置によれば、エンジンの振動発生状況に応じた適切な燃焼制御を行うことにより、不必要な出力低下を招くことなく有効に振動、騒音を低減することが可能となる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】上記公報に示される装置は、エンジン中央に直線状に気筒が並べられるいわゆるI型エンジンの振動、騒音を低減させるものであるが、これと同様、いわゆるV型エンジンにおいてもその振動、騒音を低減させることが望まれる。ここでV型エンジンは、左右に配せられたコンロッドが中央の共通のクランクピンに結合された構造であるため、上記I型エンジンとは異なる振動特性を有しており、このような固有の振動特性も考慮した適切な燃焼制御を行うことが大きな課題となる。また、このV型エンジンで振動、騒音抑制の制御を行う際にも、これに伴うエンジン性能の低下を可及的に低く抑えることが重要である。
【0005】本発明は、このような事情に鑑み、V型エンジンの振動、騒音を効果的に抑制しながら、エンジン性能に与える影響を最小限にとどめることができるV型エンジンの燃焼制御装置を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は、左右の気筒に対応するコンロッドがクランクにおける同一のクランクピンに連結されたV型エンジンにおいて、上記気筒のうち上記クランクの回転方向上流側の気筒のみその燃焼圧力を低下させる燃焼圧力制御手段を備えたものである(請求項1)。
【0007】ここで、燃焼圧力を低下させる気筒は、クランクの回転方向上流側の気筒の全部でもよいし一部でもよい。例えば上記V型エンジンに上記左右の気筒が前後方向に複数対並べて設けられている場合には、上記気筒のうち最も前側に位置する気筒の燃焼圧力や、最も後側に位置する気筒の燃焼圧力を低下させるのがより効果的である(請求項2,3)。
【0008】また、実際に燃焼圧力を制御する手段としては、該当する気筒の点火時期を遅らせるもの等が好適である(請求項4)。
【0009】また、上記V型エンジンの回転数を検出する回転数検出手段を備え、この回転数が予め設定された値以下の場合にのみ上記クランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力を低下させるように上記燃焼圧力制御手段を構成してもよい(請求項5)。
【0010】
【作用】上記V型エンジンにおいて、共通のクランクピンに連結される左右コンロッドの合成加速度は、後述のようにクランク回転方向上流側の気筒の上死点を過ぎてからクランク回転方向下流側の気筒の上死点を迎える前に下向きに最大となる。一方、各気筒内の燃焼圧は、一般に、その気筒の上死点から僅かな角度(約10°〜30°)経過した時点で最大となる。すなわち、左右両気筒の合成加速度が下向きに最大になる時点と、上記クランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧が最大となる時点とはほぼ合致し、この時点で各コンロッド及びクランクピンが最も強く下方に押付けられ、振動、騒音を促すことになる。
【0011】ここで、請求項1記載の装置では、上記合成加速度が最大となる時期とほぼ同時期に最大となるクランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力のみを低下させるように燃焼圧力制御手段が構成されているので、クランク回転方向下流側の気筒の燃焼圧力は下げることなく、エンジンの振動、騒音を抑制することができる。
【0012】また、上記V型エンジンとトランスミッションとを含めたパワープラントの基本的な振動モードであるPPB(パワープラントベンディング)では、エンジンの前後端付近で腹となる(すなわち外部刺激に対して敏感となる)が、ここで請求項2,3記載の装置では、前後に並べられた気筒のうち最も前側の気筒や最も後側の気筒のみその燃焼圧力を低下させるようにしているので、エンジンの振動、騒音はより効果的に抑えられる。特に、クランク前端にはカム軸等の駆動用のクランクプーリ等が取付けられ、クランク後端にはフライホイール等が取付けられるのが一般的であるので、これらの部分に近い気筒の燃焼圧力を下げることは、クランクプーリやフライホイール等の面振れ振動を直接抑制することになり、非常に有効である。
【0013】請求項4記載の装置では、上記クランク回転方向上流側の気筒の点火時期を遅らせることにより、その燃焼圧力の低減が実現される。
【0014】また、請求項5記載の装置では、固有振動数等の関係から特にエンジンの振動、騒音が深刻となる低速領域もしくは中低速領域でのみ上記クランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力が下げられることとなる。
【0015】
【実施例】本発明の一実施例を図面に基づいて説明する。
【0016】図1,2に示すV型エンジン10は、その中央下部にクランク12を備え、このクランク12には、相互一直線上に並ぶクランク主軸14と、このクランク主軸14から径方向に外れたクランクピン16とが交互に形成されている。
【0017】このV型エンジン10の上部には、複数(図例では12)の気筒C1〜C12が設けられている。より具体的には、6つの気筒C1,C3,C5,C7,C9,C11が図1,2の左一列に、残りの6つの気筒C2,C4,C6,C8,C10,C12が図1,2の右一列にそれぞれ配列され、各気筒C1〜C12は上記クランク12にほぼ向かって傾斜している。各気筒C1〜C12にはピストン20が設けられ、各ピストン20にコンロッド18が連結されている。
【0018】図2,3に示すように、上記クランク12の前端にはカムシャフト駆動用のクランクプーリ22が取付けられ、後端にはフライホイール24が取付けられており、このエンジン後端部に変速機26が連結されている。
【0019】図4に示すように、上記クランク12の各クランク主軸14はエンジン本体側の軸受部28に回転可能に支持されており、各クランクピン16には、左右一組の気筒(図4では気筒C1,C2を示す。)におけるコンロッド18の下端部が共通して連結されている。
【0020】なお、図1においてM1,M2はエンジン側部に取付けられる第1マウント及び第2マウントであり、図3においてC3は変速機26の後端に取付けられる第3マウントである。
【0021】このV型エンジン10には、図5に示すようなエンジン回転数センサ(回転数検出手段)32やスロットルセンサ34等の各種検出器が設けられ、これらから出力される検出信号がECU(燃焼圧力制御手段)30に入力されるようになっている。
【0022】一方、各気筒C1〜C12には点火プラグ36が設けられ、各点火プラグ36には点火コイル37が接続されている。各点火コイル37にはイグナイタ38が接続され、各イグナイタ38が上記ECU30に接続されている。このECU30は、各イグナイタ38に制御信号を出力することにより各気筒C1〜C12における点火制御を行うが、ここで、上記エンジン回転数センサ32で検出されるエンジン回転数が予め設定された回転数以下の領域では、気筒C1及び気筒C11の点火時期を通常の点火時期よりも遅らせるようにECU30が構成されている。
【0023】このような装置において、各気筒C1〜C12内での燃焼によりクランク12が回転駆動される間、例えば図4に示すように最前位置の気筒C1,C2について着目すると、気筒C1でのピストン加速度、気筒C2でのピストン加速度、及び両ピストンの合成加速度はそれぞれ図6に示す曲線41,42,43で表される。この図から明らかなように、前記図4に示すような位置、すなわちクランク回転方向上流側の気筒C1で上死点P1(図6)を過ぎた後、クランク回転方向下流側の気筒C2で上死点P2を迎える前の間に両気筒C1,C2でのピストン20及びコンロッド18の合成加速度が下向きに最大となる点P3を迎える。一方、各気筒C1,C2で燃焼圧力が最大になるのは、各気筒C1,C2で上死点を過ぎてから10°〜30°ほど進角した時点である。従って、上記合成加速度が下向きに最大になる時点と、気筒C1で最大燃焼圧力が発生する時点とはほぼ合致し、この時点でクランク12に大きな下向きの押付け力が発生することになる。
【0024】ところが、この装置では、上記クランク回転方向上流側の気筒C1のみその点火時期がECU30の制御で遅延され、これにより同気筒C1での燃焼圧力が下げられるので、クランク回転方向下流側の気筒C2の燃焼圧力は下げることなく、すなわちエンジン全体の出力を必要以上に下げることなく、上記クランク12への下向きの押付け力を効果的に削減することができ、これに起因するV型エンジン10での振動、騒音を低減することができる。
【0025】しかも、この実施例では、V型エンジン10の前後方向についても、その最前端の気筒C1及び最後端の気筒C11のみその燃焼圧力を下げ、他の気筒の燃焼圧力は下げないようにしているので、エンジン出力を極力下げずにより効率良く振動、騒音の低下を図ることができる。その理由は次の通りである。
(a) 図3下側に示されるPPB(パワープラントベンディング)において、特に外力に影響を受けやすい(外力に敏感な)腹の部分は、一般にV型エンジン10の前端及び後端に位置している。従ってこの部分でのクランク12の押付け力を低減させれば、エンジン全体から発せられる振動、騒音を最も効果的に抑制できることになる。
(b) 同図に示すように、上記V型エンジン10の前端及び後端にはそれぞれクランクプーリ22及びフライホイール24が設けられており、これらの面振れ振動が上記振動、騒音の大きな要因となっている。従って、これらクランクプーリ22及びフライホイール24が位置するエンジン10前後端でクランク押付け力を削減することにより、上記振動、騒音を効果的に抑制することができる。
【0026】ただし、本願請求項1記載の発明において燃焼圧力低減の対象となる気筒は、クランク回転方向上流側の気筒であれば良く、図1に示すV型エンジン10の場合、全ての上流側気筒C1,C3,C5,C7,C9,C11の燃焼圧力を下げるようにしてもよいし、最前端の気筒C1のみ、あるいは最後端の気筒C11のみその燃焼圧力を下げるようにしてもよい。
【0027】また、この実施例では、固有振動数の影響等から特に振動、騒音の抑制が重要な低速領域(例では4000rpm以下の領域)でのみ燃焼圧力を低下させる制御を行っているので、高速領域でのエンジン出力は従来と同等に確保することができる。
【0028】*実験データ次の表1は、一定のエンジン回転数(2000rpm)による運転下で各気筒での燃焼圧力をそれぞれ個別に下げた時の各マウントM1〜M3の付け根における前後、上下、左右各方向の振動を音に変換してフィーリング評価し、効果度合いを判定した結果を示したものである。
【0029】
【表1】


【0030】この表1から、特に気筒C1,C11の燃焼圧力を下げた場合に大きな制振効果が得られることがわかる。
【0031】また、図7は、全負荷時(スロットル全開時)において、全気筒C1〜C12の燃焼圧を下げなかった場合、全気筒C1〜C12の燃焼圧を下げた場合、及び気筒C1,C11の燃焼圧のみを下げた場合の各マウントM1〜M3の振動レベルをそれぞれ実線、破線、及び一点鎖線で示したものであり、図8は、部分負荷時(スロットル半開時)において、全気筒C1〜C12の燃焼圧を下げなかった場合、全気筒C1〜C12の燃焼圧を下げた場合、及び気筒C1,C11の燃焼圧のみを下げた場合の各マウントM1〜M3の振動レベルをそれぞれ実線、破線、及び一点鎖線で示したものである。
【0032】これらの図から明らかなように、気筒C1,C11の点火時期を遅延しただけでも振動レベルを下げることができ、しかもその低下度合いは全気筒C1〜C12の点火時期を遅延した場合とほとんど変わらない。従って、前記実施例のように気筒C1,C11の燃焼圧力のみを低下させれば、エンジン出力を極力下げずに振動レベルを効果的に抑制できることがわかる。
【0033】また、図7,8を比較して明らかなように、上記気筒C1,C11の燃焼圧力を下げることによる制振効果は、全負荷時よりも部分負荷時の方が顕著であるので、例えば図5に示すスロットルセンサ34で検出されるスロットル開度が一定開度以下の場合にのみ上記点火時期遅延制御を行うようにしてもよい。
【0034】なお、本発明において燃焼圧力を下げる手段は、上記のように点火時期を遅らせるものに限らず、例えばインジェクタによる燃料噴射量を減ずるようにしてもよいし、気筒への吸入空気量を絞るようにしてもよい。この空気量の絞りは、各気筒別に設けられたスロットル弁を用いてもよいし、これに変わる流量制御弁を用いるようにしてもよい。
【0035】また、本発明では気筒全数を問わず、左右の列に気筒が並べられた種々のV型エンジンに本発明を適用することができる。
【0036】
【発明の効果】以上のように本発明は、上記合成加速度が最大となる時期とほぼ同時期に最大となるクランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力のみを低下させるものであるので、クランク回転方向下流側の気筒の燃焼圧力は下げることなく、エンジンの振動、騒音を効果的に抑制することができる効果がある。
【0037】さらに、請求項2,3記載の装置では、上記V型エンジンにおいてその基本的な振動モードであるPPB(パワープラントベンディング)で腹となる部分であり、かつクランクプーリやフライホイールの面振れ振動が生じやすいエンジン前端もしくは後端の気筒の燃焼圧力のみを低下させるようにしているので、より高いエンジン出力を確保しながら、エンジンの振動、騒音を効果的に抑制することができる効果がある。
【0038】また、請求項5記載の装置では、固有振動数等の関係から特にエンジンの振動、騒音が深刻となる低速領域もしくは中低速領域でのみ上記クランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力を下げるようにしているので、この重要な領域で振動、騒音を効果的に抑制しながら、中高速領域や高速領域では従来と同等のエンジン出力を確保することができる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例におけるV型エンジンの全体斜視図である。
【図2】上記V型エンジンを示すスケルトンである。
【図3】上記V型エンジン及びこれに連結された変速機の側面図及びこれに対応するBBDを示した図である。
【図4】上記V型エンジンにおける左右両コンロッドとクランクピンとの結合状態を示す一部断面正面図である。
【図5】上記V型エンジンに具備されるECUの入出力信号を示すブロック図である。
【図6】左右の気筒におけるピストン加速度及び両ピストンの合成加速度を示すグラフである。
【図7】全負荷時において点火時期を全く遅延しなかった場合、全気筒の点火時期を遅延した場合、及び第1気筒、第11気筒の点火時期のみを遅延した場合のそれぞれにおけるエンジンマウントの振動レベルを示すグラフである。
【図8】部分負荷時において点火時期を全く遅延しなかった場合、全気筒の点火時期を遅延した場合、及び第1気筒、第11気筒の点火時期のみを遅延した場合のそれぞれにおけるエンジンマウントの振動レベルを示すグラフである。
【符号の説明】
10 V型エンジン
12 クランク
16 クランクピン
18 コンロッド
20 ピストン
30 ECU(燃焼圧力制御手段)
32 エンジン回転数センサ(回転数検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】 左右の気筒に対応するコンロッドがクランクにおける同一のクランクピンに連結されたV型エンジンにおいて、上記気筒のうち上記クランクの回転方向上流側の気筒のみその燃焼圧力を低下させる燃焼圧力制御手段を備えたことを特徴とするV型エンジンの燃焼制御装置。
【請求項2】 請求項1記載のV型エンジンの燃焼制御装置において、上記V型エンジンに上記左右の気筒を前後方向に複数対並べて設けるとともに、上記気筒のうち最も前側に位置する気筒の燃焼圧力を低下させるように上記燃焼圧力制御手段を構成したことを特徴とするV型エンジンの燃焼制御装置。
【請求項3】 請求項1または2記載のV型エンジンの燃焼制御装置において、上記V型エンジンに上記左右の気筒を前後方向に複数対並べて設けるとともに、上記気筒のうち最も後側に位置する気筒の燃焼圧力を低下させるように上記燃焼圧力制御手段を構成したことを特徴とするV型エンジンの燃焼制御装置。
【請求項4】 請求項1〜3記載のV型エンジンの燃焼制御装置において、上記燃焼圧力制御手段は、上記クランク回転方向上流側の気筒の点火時期を遅らせるように構成されていることを特徴とするV型エンジンの燃焼制御装置。
【請求項5】 請求項1〜4記載のV型エンジンの燃焼制御装置において、上記V型エンジンの回転数を検出する回転数検出手段を備え、この回転数が予め設定された値以下の場合にのみ上記クランク回転方向上流側の気筒の燃焼圧力を低下させるように上記燃焼圧力制御手段を構成したことを特徴とするV型エンジンの燃焼制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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