説明

mRNA発現を指標にしたMAPキナーゼシグナリングのリアルタイム測定法の開発と抗がん剤探索法

【課題】酵母のMAPキナーゼシグナル伝達系にルシフェラーゼ遺伝子を組みあわせた、キナーゼ阻害剤の新しい評価方法を提供する。
【解決手段】(1)CRE塩基配列および/またはRLM1結合配列と、その下流にルシフェラーゼ遺伝子を有するベクターを調製し、(2)前記ベクターを酵母に導入し、(3)供試化合物存在下または非存在下で前記酵母を培養して発光強度を測定する工程を含む、キナーゼ阻害剤の評価方法。制癌剤のスクリーニングなどに応用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はキナーゼ阻害剤の評価方法に関する。より詳しくは、新しい制癌剤として注目されるキナーゼ阻害剤を、酵母MAPキナーゼ系のシグナル伝達阻害活性を指標として評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の研究により、がんは遺伝子の異常によっておこる疾患であることが明らかになってきた。ヒトの体を構成する細胞には、細胞の増殖を促進する働きを持つ遺伝子群と、細胞の増殖を抑制する遺伝子群が存在し、通常はこれら2つの遺伝子群の働きのバランスがとれているため、正常な状態が維持されている。一方、がん細胞では、細胞増殖を促進する遺伝子群が過剰に働くことにより、あるいは細胞増殖を抑制する遺伝子群の機能が減弱することにより、両遺伝子群間の働きのバランスが崩れ、細胞の増殖が過剰に促進されていると考えられている。細胞増殖を促進する遺伝子群としては、例えばMAPキナーゼ、src、ras、mycなどがあり、細胞増殖を抑制する遺伝子群としては、例えばp53、Rbなどがある。
【0003】
ヒトのMAPキナーゼタンパク質にはERK、p38、JNKの3種類が存在し、細胞の増殖、分化、発生などの生命現象に重要な働きをしている。特に、ERKはp90RskやElkなどの基質をリン酸化することによって、細胞の増殖を促進する。一方、ERK自身はMAPキナーゼキナーゼであるMEKによってリン酸化されることによって活性化され、MEKはMAPキナーゼキナーゼキナーゼであるRafによってリン酸化されて活性化する。このようにMAPキナーゼはリン酸化を介して次々にシグナルを伝達しており、MAPキナーゼシグナル伝達系と呼ばれている。MAPキナーゼシグナル伝達系は細胞増殖に重要な役割を果たしているため、本伝達系の異常はがん疾患と深く関わっている。
【0004】
疾患の病態に関わる特定のタンパク質の活性を抑制あるいは促進する分子標的治療薬は、奏功メカニズムが明らかなために、強い薬効が期待できる一方、副作用も予見可能な軽微なものになると考えられる。がんの薬物治療においてMAPキナーゼシグナル伝達系は創薬ターゲットして有望なものと考えられ、分子標的治療薬として多くの物質が探索および検討されている。例えばMAPキナーゼキナーゼキナーゼ阻害剤であるソラフェニブ(BAY43−9006)が新たな抗がん活性を有する分子標的治療薬として、注目を集めている(後記特許文献1)。
【0005】
しかし、ヒトの細胞ではMAPキナーゼ以外にも増殖に関与するシグナル伝達系が存在するため、MAPキナーゼシグナル伝達系を抑制あるいは促進する薬の効果は、他のシグナル伝達系によってマスクされることが多く、MAPキナーゼシグナル伝達系をターゲットとする分子標的治療薬を開発するのには困難を伴った。一方、ヒトの約1/10の遺伝子数を有する分裂酵母もMAPキナーゼシグナル伝達系を持つが、遺伝子数が少ないためにその他のシグナル伝達系はシンプルであり、ヒトの細胞を用いた場合と比較してハイスループットであるため、MAPキナーゼシグナル伝達系をターゲットとする分子標的治療薬の開発には適したモデル生物である。
このような観点から、酵母を利用した薬剤のスクリーニング方法が既に提案されている(後記特許文献2)。ここでは、ヒト転写因子の阻害活性を酵母で評価するため、その転写因子が結合するプロモーター配列とアッセイレポーター導入のためのベクターのほか、該転写因子を発現するベクターを併せて用いている。
また本発明者等は本願発明を既に文献にて公表済みである(下記非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第00/41698号
【特許文献2】特開2002−306171号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Takada等、Molecular Biology of the Cell, Vol.21, 674-685(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、新規でよりシンプルなMAPキナーゼ阻害剤の評価系を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
分裂酵母には、Pmk1、Sty1、Spk1の3種のMAPキナーゼが存在し、ヒトのERKの分裂酵母ホモログ(構造および機能が類似したもの)はPmk1、ヒトp38の分裂酵母ホモログはSty1であるとされている。本発明者らはこれら酵母のMAPキナーゼに着目し、これらが結合する転写因子とルシフェラーゼ(マーカー酵素)を組み合わせることにより図1で示される新しいMAPキナーゼ阻害剤評価系を確立した。
【0010】
Pmk1はMAPキナーゼキナーゼであるPek1によってリン酸化され、Pek1はMAPキナーゼキナーゼキナーゼであるMkh1によってリン酸化される。また、Pmk1は転写因子であるAtf1とMbx1をリン酸化する。一方、Sty1はMAPキナーゼキナーゼであるWis1によってリン酸化され、Wis1はMAPキナーゼキナーゼキナーゼであるWin1およびWis4によってリン酸化される。また、Sty1は転写因子であるAtf1をリン酸化する。Atf1はDNA上に存在するプロモーター配列であるCRE配列(cAMP-responsive element-binding sequence:TTACAGTAA)を認識して結合し、下流に存在する遺伝子を活性化する。もうひとつの転写因子であるMbx1はプロモーター配列であるRLM1配列(GTATATATAG)を認識して結合し、下流の遺伝子発現を誘導することが知られている。
【0011】
本発明の一つの態様は、転写因子Atf1がCRE配列およびRLM1配列に結合することを利用してPmk1とSty1の活性化を測定するシステムである。ここでマーカー酵素としてルシフェラーゼを用いているが、これは安定型でも不安定型でもよく、安定型を用いた場合には分裂酵母細胞内でのAtf1とCRE配列の結合の長時間変化を測定することができ、不安定型を用いた場合には細胞内の変化をリアルタイムで測定することができる。ここで、不安定型ルシフェラーゼとは分解されやすく、安定性の低いルシフェラーゼをいう。
【0012】
1個あるいは複数のCRE配列があり、その下流にルシフェラーゼ配列を有するようにプラスミドを構築する。このプラスミドに転写因子Atf1が結合すると、CREがプロモーターとしての活性を発揮し、下流に存在するルシフェラーゼ遺伝子の転写が活性化され、ルシフェラーゼタンパク質が生成する。ルシフェラーゼタンパク質はルシフェリンなどの発光基質を酸化することによって光を放出させるため、光の有無あるいは強度を測定することによって、Atf1とCRE配列の結合の状況を知ることができる。
【0013】
Atf1はPmk1によってリン酸化を受けて活性化するため、Atf1活性を測定することによって間接的にPmk1のリン酸化活性を知ることができる。Pmk1のシグナル伝達系はリン酸化によって順に情報伝達がなされるため、Atf1の活性を測定することによって、Pmk1のみならず、さらにシグナル伝達系として上流に存在するPek1やMkh1の活性も知ることができる。また、Atf1はSty1によってもリン酸化を受けて活性化するため、Atf1の活性を測定することによって、シグナル伝達系として上流に存在するWis1やWin1およびWis4の活性を知ることもできる。Pmk1のシグナル伝達系とSty1シグナル伝達系が同時に活性化している場合には、Atf1活性を測定することによって、Pmk1シグナル伝達系の活性とSty1シグナル伝達系の活性の和を知ることができる。尚、CRE配列の個数を増加させると、生成するルシフェラーゼ量も増加し、高感度にAtf1活性を測定することができる。後記実施例1では、3個のCRE配列を配置することにより、鋭敏なAtf1活性測定系を構築している。
【0014】
本発明の別の態様は、転写因子Mbx1がRLM配列に結合することを利用してPmk1の活性を測定するシステムである。ここでもマーカー酵素としてはルシフェラーゼを用いているが、これは安定型でも不安定型でもよく、安定型を用いた場合には分裂酵母細胞内でのMbx1とRLM配列の結合の長時間変化を測定することができ、不安定型を用いた場合には細胞内の変化をリアルタイムで測定することができる。
一方、Mbx1はPmk1によってリン酸化を受けて活性化するため、Mbx1活性を測定することによってPmk1のリン酸化活性を知ることができる。
この態様においては、1個あるいは複数のRLM配列があり、その下流にルシフェラーゼ配列を有するようにプラスミドを構築する。このプラスミドに転写因子Mbx1が結合すると、RLM配列がプロモーターとしての活性を発揮し、下流に存在するルシフェラーゼ遺伝子の転写が活性化され、ルシフェラーゼタンパク質が生成する。ルシフェラーゼタンパク質はルシフェリンなどの発光基質を酸化することによって光を放出させるため、光の有無あるいは強度を測定することによって、Mbx1とRLM配列の結合の状況を知ることができる。
Mbx1はPmk1によってリン酸化を受けて活性化するため、Mbx1活性を測定することによって間接的にPmk1のリン酸化活性を知ることができる。Pmk1のシグナル伝達系はリン酸化によって順に情報伝達がなされるため、Mbx1の活性を測定することによって、Pmk1の上流に存在するPek1やMkh1の活性も知ることができる。
本発明のRLM配列の個数を増加させると、生成するルシフェラーゼ量も増加し、高感度にPmk1活性を測定することができる。後記実施例2では6個のRLM配列を配置することにより、鋭敏なMbx1活性測定系を構築している。
Atf1を含むプラスミドを用いることによってPmk1とSty1による活性の和を測定することができ、RLM1を含むプラスミドを用いることによってPmk1活性を測定することができるため、Atf1活性測定系とRLM1活性測定系の差をとることにより、Sty1活性を知ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、ヒトのがんなどMAPキナーゼ系の異常に関連する疾患の治療薬を創製に有用な、Pmk1およびSty1活性測定システムに関するものである。また、本発明ではマーカー酵素として不安定型のルシフェラーゼを用いることにより、リアルタイムで細胞内の変化を測定することができる。さらに本発明を用いることによりPmk1およびSty1活性に影響を及ぼす物質を探索することが可能となり、がんなどの疾患の創薬に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】Pmk1およびSty1活性測定システムの概略を表す図である。
【図2A】転写因子Atf1の試験系においてNaCl刺激によるレポーター活性の変化を表す図である。左端(wt/3×CREECM33)は本発明のCRE配列を持つプラスミドを含む野生細胞の試験系、中央(Δatf1/3×CREECM33)はCRE配列を持つプラスミドを含むatf1遺伝子欠損細胞、右端(wt/3×CREmECM33)はCRE配列に変異を導入したプラスミドを持つ野生細胞の結果を示す。
【図2B】転写因子Atf1の試験系においてNaCl刺激によるレポーター活性の変化を表す図である。左側(Δpmk1)はpmk1遺伝子欠損細胞、右側(Δsty1)はsty1遺伝子欠損細胞を用いた場合の結果を示す。
【図2C】転写因子Atf1の試験系においてPek1DDを用いてPmk1MAPKを活性化した上で、NaCl刺激によるレポーター活性の変化を示した図である。上段(basal)はNaCl刺激なし、下段(+500mM NaCl)はNaCl刺激を行った場合、そして左端は本発明の試験系、中央はpmk1遺伝子欠損細胞、右端はsty1遺伝子欠損細胞を用いた場合の結果を示す。
【図3A】転写因子Mbx1の試験系においてNaCl刺激によるレポーター活性の変化を表す図である。左端(wt/6×RLMECM33)はRLM配列を持つプラスミドを含む野生細胞の本発明の試験系、中央(Δmbx1/6×RLMECM33)はRLM配列を持つプラスミドを含むmbx1遺伝子欠損細胞、右端(wt/6×RLMmECM33)はRLM1配列に変異を導入したプラスミドを含む野生細胞の結果を示す。
【図3B】転写因子Mbx1の試験系においてNaCl刺激によるレポーター活性の変化を表す図である。左側(Δpmk1)はpmk1遺伝子欠損細胞、右側(Δsty1)はsty1遺伝子欠損細胞を用いた場合の結果を示す。
【図3C】転写因子Mbx1の試験系においてPek1DDを用いてPmk1MAPKを活性化した上で、NaCl刺激によるレポーター活性の変化を示した図である。上段(basal)はNaCl刺激なし、下段(+500mM NaCl)はNaCl刺激を行った場合、そして左端は本発明の試験系、中央はpmk1遺伝子欠損細胞、右端はmbx1遺伝子欠損細胞を用いた場合の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明で使用する酵母は特に限定されないが、例えば以下の実施例で使用した細胞(表1)を例示することができる。
【0018】
【表1】

Schizosaccharomyces pombe 株
【0019】
培地としては例えば以下のものを使用することができる。
完全培地YPD(yeast extract-peptone-dextrose)
酵母抽出物 1%
ポリペプトン 2%
グルコース 2%
最少培地EMM(Edinburgh minimal medium)
組成は表2のとおりである。
【0020】
【表2】

【0021】
表2中、「20×溶液」、「50×塩」、「1,000×ビタミン」および「1,000×ミネラル」の組成は以下の表3のとおりである。
【0022】
【表3】

【0023】
クローニングは例えば以下のようにして行う。即ち、クローン化した標的遺伝子(insert DNA)を適当な酵素で切り出し、同じ酵素でベクターDNAも切断する。フェノール抽出、エタノール沈殿により精製した標的遺伝子を菌由来アルカリフォスファターゼ(BAP:Bacterial Alkaline Phosphatase)処理したベクターDNAと混ぜ合わせ、DNAリガーゼによってつなぎ合わせ大腸菌に形質転換しDNAをミニプレップ(Miniprep)にて抽出する。
【0024】
形質転換には酢酸リチウム法が好適に利用される。例えば、前日から液体培地で培養した細胞を集菌し、酢酸リチウムで懸濁し、27℃1時間インキュベートする。その後、懸濁液に目的のDNA及びポリエチレングリコール4,000(60%)を加え、さらに27℃、1時間インキュベートし遠心を行い、上清をアスピレートし細胞を滅菌水で懸濁させEMM培地に撒けばよい。
【0025】
遺伝子破壊株の作製は以下のとおりである。即ち、クローン化した標的遺伝子のコード領域内に選択マーカー(例えばura4+、 KanM×6)を挿入する。このプラスミドを用いて、適当な制限酵素により破壊遺伝子とベクター部分を切り離す。そして、フェノール抽出 エタノール沈殿により精製した切断DNAを酢酸リチウム法に従って細胞に形質転換させることによって、インテグレーションさせる(Beach et al., Mol. Gen. Genet. 1982; Rothstein et al., Methods Enzymol. 1983)。
本発明の形態を以下の実施例によって具体的に説明する。本発明がこれら実施例に限定されないことはいうまでもない。尚、以下の実施例ではキナーゼ阻害剤を添加する代わりに高浸透圧ストレスであるNaCl(500 mM)の添加を試みた。NaCl刺激によってAtf1の転写活性が上昇することが既に報告されているので(Wilkinson et al., Genes Dev. 1996)、該NaCl刺激でこのレポーター活性が上昇するのか否かを検証した。
【実施例1】
【0026】
CRE配列を3つ持つDNAを調製するため、センスおよびアンチセンスDNA(センス:ggcttttacagtaaatacattacagtaaatacacattacagtaaatgcac アンチセンス:tcgagtgcatttactgtaatgtgtatttactgtaatgtatttactgtaaaagcctgca)を混合した後、95℃, 2分加温してDNAを変性させ、55℃, 3分加温してアニーリングを行うことで2本鎖DNAを調製した。同様に、6個のRLM配列を持つDNAを調製するため、センスおよびアンチセンスDNA(センス:ggcttgtatatatagatacagtatatatagatacacagtatatatagatacagtatatatagatacacagtatatatagatacagtatatatagatgcac アンチセンス:ggcttttacagtaaatacattacagtaaatacacattacagtaaatgcac)を混合した後、95℃, 2分加温してDNAを変性させ、55℃, 3分加温してアニーリングを行うことで2本鎖DNAを調製した。CRE配列あるいはRLM1配列を持つDNAとルシフェラーゼ遺伝子をpDS473aL(Forsburg, Sherman et al., Genetics 1997)に挿入し、これらプラスミドを形質転換させた細胞をEMM培地において27℃で対数増殖期まで培養し、新しいEMM培地で600nmの吸光度が0.15になるように調整した。その後27℃で3時間インキュベートし、最終600nmの吸光度が0.20になるように調整した。最終濃度が0.5mMになるよう50mMのD−ルシフェリンナトリウム(ナカライテスク)を加え、96穴プレートに細胞懸濁液を90μLずつ分注し、最終容量が100μLになるように試薬を加えた。コントロールとしては細胞懸濁液90μLに10μLの水を加えた。ルミネッセンサーJNRII(アトー)を用いて発光強度を12秒毎に3時間計測した。
【0027】
CRE配列を3回繰り返し持つプラスミド[3×CREECM33::luc(R2.2)]を用いて正常細胞を形質転換し、NaCl刺激によるAtf1の転写活性上昇がレポーター活性に反映されるか否か検証した。結果を図2に示す。
その結果、[3×CREECM33::luc(R2.2)]活性は、NaCl添加後すぐに一過性の上昇が認められ、その後、[3×CREECM33::luc(R2.2)]活性が一度低下した後、再びピークが認められるという特徴的な波形が認められた(図2A 左端)。一方、atf1遺伝子を欠損したatf1KO細胞では、NaCl刺激による[3×CREECM33::luc(R2.2)]活性の上昇は全く認められなかった(図2A 中央)。さらに、このCRE配列が、Atf1活性に機能的に関連する配列であるか否かを検証するために、CREモチーフに変異(TTACAGTAA→TTATTTTAA)を導入した配列を3回繰り返したものをルシフェラーゼ遺伝子に融合させた構築を作製し[3×CREmECM33::luc(R2.2)]、この構築を用いてNaCl刺激による活性を測定した。その結果、NaCl刺激による[3×CREmECM33::luc(R2.2)]活性の上昇は、ほとんど検出されなかった(図2A, 右端)。
【0028】
次に、[3×CREECM33::luc(R2.2)]レポーター活性が、Atf1の上流に位置し、Atf1をリン酸化することで制御する2つのMAPKであるSty1 MAPKとPmk MAPK経路に依存的であることを検証した。sty1KO細胞において、非ストレスおよびNaCl刺激時のいずれにおいても[3×CREECM33::luc(R2.2)]レポーター活性は、全く検出されなかった。また、pmk1KO細胞においては、正常細胞と比較して、[3×CREECM33::luc(R2.2)]レポーター活性は、顕著に低下していたが、NaCl刺激時においては、微弱な反応が認められた(図2B Δpmk1およびΔsty1)。そこで、Pmk1 MAPKの上流にあたるPek1 MAPKKの恒常的活性化型であるPek1DDを用いてPmk1 MAPKの活性化による[3×CREECM33::luc(R2.2)]レポーター活性を測定した結果、非ストレス条件下およびNaCl刺激時のいずれにおいても、顕著に活性が上昇していた(図2C wt-Pek1DD OP)。また、pmk1KO細胞においては、Pek1DDを過剰発現した影響はほとんど認められなかった(図2C Δpmk1)。これらの結果から、[3×CREECM33::luc(R2.2)]レポーター活性は、Sty1 MAPKとPmk1 MAPK活性を反映したものであることが示された。
【実施例2】
【0029】
RLM1認識配列であるGTATATATAGを6回繰り返した配列をルシフェラーゼ遺伝子に融合させた遺伝子を作製し[6×RLMECM33::luc(R2.2)]、前記実施例1と同様の原理でMbx1の転写活性を生細胞でリアルタイムに測定することができるシステムを確立した(図3)。
[6×RLMECM33::luc(R2.2)]により形質転換した正常細胞を用いて、NaCl(500mM)刺激によるレポーター活性を測定した。その結果、[6×RLMECM33::luc(R2.2)]活性は、前述の[3×CREECM33::luc(R2.2)]活性同様、NaCl添加後すぐに一過性の上昇が認められ、その後、活性が一度低下した後、再び活性の上昇が認められた(図3A 左端)。一方、mbx1 KO細胞では、NaCl刺激による[6×RLMECM33::luc(R2.2)]活性の上昇は全く認められなかった(図3A 中央)。
さらに、このRLM認識配列に変異(GTATATATAG→GTGGGCCCAG)を導入した配列を6回繰り返したものをルシフェラーゼ遺伝子に融合させた構築を作製し[6×RLMmECM33::luc(R2.2)]、この構築を用いてNaCl刺激による活性を測定した。その結果、NaCl刺激による[6×RLMmECM33::luc(R2.2)]活性の上昇は、全く認められなかった(図3A 右端)。
次に、[6×RLMECM33::luc(R2.2)]レポーター活性が、2つのMAPKであるSty1 MAPKとPmk1 MAPK経路に依存的かを検証したところ、pmk1KO細胞において、非ストレスおよびNaCl刺激時のいずれにおいても[6×RLMECM33::luc(R2.2)]レポーター活性は、ほとんど検出されなかった(図3B Δpmk1)。一方、sty1 KO細胞では、NaCl刺激後すぐに認められる1相目のピークは、正常細胞と同様に認められたのに対し、正常細胞では認められる2相目のピークが、sty1KO細胞において全く認められなかった(図3B Δsty1)。したがって、NaCl刺激によって認められる[6×RLMECM33::luc(R2.2)]レポーター活性の1相目のピークは、Pmk1 MAPK経路の活性化を正確に反映していると考えられる。
また、Pek1DDを用いてPmk1 MAPKの活性化による影響を検証したが前記実施例1と同様の結果を得た(図3C)。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明を用いることにより酵母MAPキナーゼ系のシグナル伝達系を利用して、Pmk1およびSty1活性に影響を及ぼす物質を探索することが可能となり、制癌剤などのスクリーニングに応用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母MAPキナーゼ系のシグナル伝達阻害活性を指標とすることを特徴とする、キナーゼ阻害剤の評価方法。
【請求項2】
酵母MAPキナーゼがPmk1およびSty1から選択される、請求項1の方法。
【請求項3】
(1)CRE塩基配列および/またはRLM1結合配列と、その下流にルシフェラーゼ遺伝子を有するベクターを調製し、(2)前記ベクターを酵母に導入し、(3)供試化合物存在下または非存在下で前記酵母を培養して発光強度を測定する工程を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ベクターが、複数個のCRE塩基配列とその下流にルシフェラーゼ遺伝子を有するプラスミドである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記ベクターが、複数個のRLM1結合配列とその下流にルシフェラーゼ遺伝子を有するプラスミドである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【公開番号】特開2012−19763(P2012−19763A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162093(P2010−162093)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】