説明

pH応答性リポソーム

【課題】酸性pH環境下で目的物質を保持し、塩基性pH環境下で目的物質を放出することができるpH応答性リポソームの提供。
【解決手段】カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種とを構成脂質として含み、水性媒体中に分散させたとき、該分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、且つ、該分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有するpH応答性リポソームを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH環境の変化によって目的物質の保持及び放出を制御することができるpH応答性リポソームに関する。より詳しくは、本発明は、酸性pH環境下で目的物質を保持し、塩基性pH環境下で目的物質を放出しうるpH応答性リポソームに関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームなどの分子集合体に目的物質を内包させ、その放出を制御する方法として、pH応答性が汎用されている。例えば、ホスファチジルエタノールアミン型リン脂質を用いたリポソームが知られている(例えば、D. Papahadjopoulosら Biochemistry, 24 (1985) 3091-3098(非特許文献1)、D. H. Thompsonら Langmuir, 19 (2003) 6408-6415(非特許文献2)参照)。これは、ホスファチジルエタノールアミン型リン脂質がpHに応答して集合構造が転移し、目的物質の膜透過性が変化する性質を利用したものである。しかし、Dioleoylphosphatidylethanolamine(DOPE)を含有するリポソームは、酸性環境(pH5以下)での内包物の放出に限られている。
【0003】
また、pH応答性リポソームとして、アニオン性脂質とカチオン性脂質とを混合したリポソームが知られている(G. Shiら、Journal of Controlled Release 80 (2002) 309-319(非特許文献3)参照)。しかし、この文献には、塩基性pH環境下でリポソームから内包物を放出したことについては記載されていない。また、構成成分として4級アミノ基を持つDidecyldimethylammonium bromide(DDAB)が使用されており、アミノ基のイオン化を利用した内包物の放出制御は想定されていない。また、従来知られていたカチオン性脂質は、細胞毒性が高く、人体に投与するには適さないという問題もある。
【0004】
本発明者らは、これまでに、親水部に両イオン性官能基を有する両親媒性分子を構成脂質として含むリポソームが、生理的なpH環境下で目的物質を内水相に保持し、酸性pH環境下で目的物質を放出させることを見出した(特開2007−210953号公報(特許文献1)、国際公開第2008/143339号パンフレット(特許文献2)参照)。
しかし、酸性pH環境下で目的物質を保持し、塩基性pH環境下で目的物質を放出させるpH応答性分子集合体はこれまでに得られていない。
【0005】
ところで、近年、カチオン性脂質単独またはそれを含むリポソームを用いて、遺伝子と複合体を形成させることによって細胞内に遺伝子を導入する研究が行われている。本発明者らも、このような用途に適した細胞毒性が低く、合成が容易なアミノ酸由来のカチオン性官能基を有する複合脂質の開発し、細胞内移行性の高い製剤が得られることを報告している(国際公開第2006/118327号パンフレット(特許文献3)参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−210953号公報
【特許文献2】国際公開第2008/143339号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2006/118327号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】D. Papahadjopoulosら Biochemistry, 24 (1985) 3091-3098
【非特許文献2】D. H. Thompsonら Langmuir, 19 (2003) 6408-6415
【非特許文献3】G. Shiら、Journal of Controlled Release 80 (2002) 309-319
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のとおり、酸性pH環境下で目的物質を保持し、塩基性pH環境下で目的物質を放出できるpH応答性分子集合体はこれまでに知られていない。このような目的物質の放出挙動を有するpH応答性分子集合体を得ることができれば、pH応答性リポソーム製剤の用途が一層広がるものと期待される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種とを構成脂質として含むリポソームを水性媒体中に分散させたとき、酸性pH環境下で、該リポソームがプラスのゼータ電位を有し、かつ、塩基性pH環境下で、該リポソームがマイナスのゼータ電位を有しており、該ゼータ電位が、該分散液のpHの増加に伴って、プラスからマイナスへと変化すると、保持していた目的物質が放出されることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下に示したpH応答性リポソーム及びその製造方法を提供するものである。
[1]カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種と、を含むリポソームであって、前記リポソームを水性媒体中に分散させたとき、前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有する、pH応答性リポソーム。
[2]前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下で目的物質を保持し、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でと目的物質を放出するものである、[1]記載のpH応答性リポソーム。
[3]前記カチオン性両親媒性分子を、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して5〜95モル%含み、前記アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子を、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して合計で5〜95モル%含むものである、[1]又は[2]記載のpH応答性リポソーム。
[4]前記分散液のpHが7.0以上8.0未満の範囲で、前記pH応答性リポソームのゼータ電位がpHの増加とともにプラスからマイナスに変化するものである、[1]〜[3]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
[5]前記ゼータ電位がプラスからマイナスに変化すると、保持していた目的物質を放出するものである、[1]〜[4]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
[6]前記カチオン性両親媒性分子は、前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でイオン化し易く、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でイオン化し難い、カチオン性官能基を含むものである、[1]〜[5]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
[7]前記カチオン性官能基は、アミノ基、グアニジノ基、イミダゾール基及びこれらの誘導体からなる群より選ばれるものである、[6]記載のpH応答性リポソーム。
[8]次式で示されるカチオン性両親媒性分子の少なくとも1種を構成脂質として含む、[1]〜[7]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【化3】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数であり、m又はkは、それぞれ独立して、1〜14の整数である。]
[9]次式で示されるアニオン性両親媒性分子又は両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種を構成脂質として含む、[1]〜[8]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【化4】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数である。]
[10]コレステロール分子をリポソームの構成脂質の合計モル数に対して5〜50モル%含むものである、[1]〜[9]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
[11]ポリエチレングリコール結合両親媒性分子をリポソームの構成脂質の合計モル数に対して0.01〜30モル%含むものである、[1]〜[10]のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、リポソームの分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、該pHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有するpH応答性リポソームを提供することができる。本発明の好ましい態様によれば、本発明のpH応答性リポソームは、酸性pH環境下で目的物質を保持し、塩基性pH環境下で目的物質を放出させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のpH応答性リポソーム及びその製造方法について以下に詳細に説明する。
本発明のpH応答性リポソームは、カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種とを含み、水性媒体中に分散させたとき、該分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、該分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有するものである。すなわち、本発明のpH応答性リポソームは、該分散液のpHが6.5以上8.5未満の範囲で、pHの増加とともに、ゼータ電位がプラスからマイナスに変化するものである。本発明の好ましい態様では、本発明のpH応答性リポソームは、該分散液のpHが7.0以上8.0未満の範囲で、pHの増加とともに、ゼータ電位がプラスからマイナスに変化する。
【0013】
以下、本発明のpH応答性リポソームの構成脂質及びpH応答性リポソームの製造方法について説明する。
【0014】
(カチオン性両親媒性分子)
本発明に用いられるカチオン性両親媒性分子は、カチオン性官能基を親水部に有する両親媒性分子であれば特に制限されない。カチオン性両親媒性分子は、前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でイオン化し易く、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でイオン化し難い、カチオン性官能基を含むものであることが好ましい。例えば、該分散液のpHが6.5未満の酸性環境下で、膜成分に含まれるカチオン性官能基の90%以上がイオン化し、該分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下で、膜成分に含まれるカチオン性官能基の50%以下がイオン化するものが好ましい。
【0015】
本明細書において、「カチオン性官能基」は、水溶液中でカチオン性を示す基であれば特に制限されないが、生体適合性の観点からは、アミノ酸由来のものが好ましく、特に、アミノ基、グアニジノ基、イミダゾール基及びこれらの誘導体が好ましい。
ここで「誘導体」としては、アミノ基、グアニジノ基、イミダゾール基に含まれる水素原子が、低級アルキル基(メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル等)、アミノアルキル基(アミノメチル、アミノエチル、アミノプロピル、アミノブチルなど)又は対応するオリゴアミノアルキル基、水酸基、ヒドロキシアルキル基(ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピルなど)、オリゴオキシアルキル基(オリゴオキシメチル基、オリゴオキシエチル基、オリゴオキシプロピルなど)などの置換基で置換された化合物が挙げられる。置換基の数は特に制限されない。
カチオン性両親媒性分子に含まれるカチオン性官能基の数は、特に制限されなく、1個又は複数有していてもよいが、原料入手が容易であることから、1個又は2個が好ましい。カチオン性両親媒性分子にカチオン性官能基が複数含まれる場合、それらは同一でも異なっていてもよい。
【0016】
カチオン性両親媒性分子としては、一般式(I-a)〜(I-c)
【化5】

(式中、R1は、それぞれ独立して、アミノ酸由来のカチオン性官能基を有する炭化水素基であり、R2及びR3は、それぞれ独立して、鎖状炭化水素基であり、A1及びA2は、それぞれ独立して、−COO−、−OCO−、―CONH−、及びNHCO−からなる群から選択される結合基であり、pは、それぞれ独立して、2〜4の整数であり、mは、1〜14の整数であり、kは、1〜250の整数である。)
で示される化合物を用いることが好ましい。
【0017】
上記式(I-a)〜(I-c)で表される化合物は、原料の調達及び合成が容易であり、リポソーム形成能が高いため、目的物質を安定にその内水相に保持することができる。また、該化合物は、生分解性が高く、分解物もアミノ酸またはその誘導体、あるいは長鎖アルコールなどであるので低毒性であるといった利点もある。
【0018】
上記式中、R1は、それぞれ独立して、アミノ酸由来のカチオン性官能基を有する炭化水素基である。
1は、カチオン性官能基を少なくとも一つ有していればよいが、カチオン性官能基を二つ以上有していることが好ましい。特にカチオン性官能基を二つ以上有している化合物は、生理的環境下にて生体組織又は細胞への静電的な相互作用が強い点で好ましい。カチオン性置換基を二つ以上有している場合は、カチオン性置換基の組み合わせは特に制限されない。
【0019】
例えば、R1としては、次式(a)、(b)または(c)のいずれかで表される基であることが好ましい。
【化6】

【0020】
上記式中、R2及びR3は、それぞれ独立して、鎖状炭化水素基である。「鎖状炭化水素基」は、結合基A1またはA2に共有結合にて導入できる疎水性の基であれば特に制限されない。鎖状炭化水素基は、直鎖または分岐鎖のいずれであってもよいが、直鎖が好ましい。鎖状炭化水素基の主鎖の炭素数は、12〜30が好ましく、12〜22がより好ましい。このような鎖状炭化水素基に二重結合または三重結合などの不飽和結合がある場合、その数は1〜4であることが好ましい。鎖状炭化水素基の主鎖としては、アルキル鎖、アルケニル鎖またはアルキニル鎖が好ましく、アルキル鎖がより好ましい。
【0021】
鎖状炭化水素基は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、イソプレノイド基、カルボキシル基、水酸基、アミノ基、及びメルカプト基からなる群から選択される置換基を有していてもよい。ここで、アルキル基としては、炭素数1〜6のアルキル基が好ましく、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。アルケニル基としては、炭素数1〜6のアルケニル基が好ましく、例えば、ビニル基、アリル基、プロペニル基、イソプロペニル基、2−ブテニル等が挙げられる。アルキニル基としては、炭素数1〜6のアルキニル基が好ましく、エチニル基、プロピニル基、ブチニル基等が挙げられる。
これらの鎖状炭化水素基の中でも、R2及びR3としては、置換基を有していてもよい、炭素数12〜22のアルキル鎖が好ましい。
【0022】
また、上記式中、A1及びA2は、それぞれ独立して、−COO−、−OCO−、―CONH−、及びNHCO−からなる群から選択される結合基である。A1及びA2の組み合わせは特に制限されないが、原料入手が容易であることから、A1及びA2が、いずれも、−COO−であることが好ましい。
【0023】
上記式中、pは、それぞれ独立して、2〜4の整数である。pが2〜4であると、二分子膜中で式(I)の化合物の鎖状炭化水素基を膜平面に対して略垂直に配向させることができる点で好ましい。また、pが2〜4であると、水溶液中でカチオン性両親媒性分子が集合して形成する二分子膜の親−疎水界面が安定であり小胞体構造を形成しやすいため、小胞体構造ならびに分散状態を安定化させる効果を期待できる。特に、pが2であると、グルタミン酸やその誘導体を原料にできるため、低価格や低毒性の点でより好ましい。
【0024】
上記式中、mは、1〜14の整数である。mは1〜11が好ましく、1〜8がより好ましく、1〜5がさらに好ましいい。
また、上記式中、kは、1〜250の整数である。kは1〜120がより好ましく、1〜10がさらに好ましい。
【0025】
上記式(I-a)〜(I-c)で示される化合物の具体例としては、次式で示される化合物を好ましく挙げることができる。
【化7】

[式中、nは、それぞれ独立して、7〜21の整数であり、mは、1〜14の整数であり、kは、1〜250の整数である。]
【0026】
上記式(I-a)〜(I-c)で示される化合物は、公知の反応を組み合わせることによって簡便な方法で製造することができる。例えば、次式
【化8】

[式中、A11及びA12は、それぞれ独立して、カルボキシル基、水酸基、またはアミノ基であり、nは、2〜4の整数である。]
を有する三官能性コア化合物に、鎖状炭化水素基の供給源及びカチオン性官能基を有する炭化水素基の供給源を順次反応させることによって製造することができる。なお、製造方法の詳細については、国際公開第2006/118327号パンフレットを参照されたい。
【0027】
カチオン性両親媒性分子は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0028】
本発明に用いられるカチオン性両親媒性分子としては、次式で示される化合物群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。
【化9】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数であり、mは、1〜14の整数であり、kは、1〜250の整数である。]
【0029】
上記式中、nは、11〜21が好ましく、11〜17がより好ましく、13〜17がさらに好ましい。mは、1〜11が好ましく、1〜8がより好ましく、1〜5がさらに好ましい。kは、1〜250が好ましく、1〜120がより好ましく、1〜10がさらに好ましい。
【0030】
本発明のpH応答性リポソームにおいて、カチオン性両親媒性分子の含有量は、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して5モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましく、30モル%以上がさらに好ましい。また、80モル%以下が好ましく、50モル%以下がより好ましく、30モル%以下がさらに好ましい。
【0031】
(アニオン性両親媒性分子)
本発明に用いられるアニオン性両親媒性分子は、親水部にアニオン性官能基を有する両親媒性分子であれば特に制限されない。本発明において、「アニオン性官能基」は、水溶液中、塩基性pH環境下でアニオン性を示すものであれば特に制限されない。例えば、このようなアニオン性官能基としては、カルボキシル基及びリン酸基が好ましく挙げられる。
【0032】
アニオン性両親媒性分子の具体例としては、ジアシルホスファチジルグリセロール、ジアシルホスファチジン酸、ジアシルホスファチジルイノシトール、ジアシルホスファチジルセリン、脂肪酸、カルボン酸型両親媒性分子、アニオン性アミノ酸型両親媒性分子などが挙げられる。
アニオン性両親媒性分子は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0033】
(両イオン性両親媒性分子)
本発明に用いられる両イオン性両親媒性分子は、親水部にカチオン性官能基及びアニオン性官能基を併有する両親媒性分子であれば特に制限されない。
両イオン性両親媒性分子としては、一般式(II)
【化10】

[式中、q、rはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]で表される化合物が好ましく用いられる。
【0034】
式(II)中、q、rはそれぞれ独立して2または3であることが好ましい。また、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であるが、末端カルボキシル基から数えて3番目または4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaが水素原子であることが好ましい。より具体的には、式(II)中、qが3であり、rが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである両イオン性両親媒性分子;qが2あり、rが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRがHである両イオン性両親媒性分子;qが3であり、rが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである両イオン性両親媒性分子;qが2であり、rが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである両イオン性両親媒性分子が好ましく挙げられる。
【0035】
RbおよびRcは、それぞれ独立して、炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である。「鎖状炭化水素基」は共有結合にて導入できる疎水性の基であれば特に制限されない。鎖状炭化水素基は、直鎖または分岐鎖のいずれであってもよく、直鎖であることが好ましい。また、鎖状炭化水素基は、アルキル鎖、アルケニル鎖、アルキニル鎖、イソプレノイド鎖、ビニル基、カルボキシル基、水酸基、アミノ基、およびメルカプト基からなる群から選択される置換基を有していてもよい。鎖状炭化水素基の炭素数は、好ましくは12〜20であり、より好ましくは14〜18である。また、鎖状炭化水素基は二重結合や三重結合などの不飽和結合を有していてもよく、その場合にその数は1〜4であることが好ましい。これらの中でも、RbおよびRcとしては、直鎖または分岐鎖の炭素数12〜20のアルキル基であることが好ましく、直鎖の炭素数14〜18のアルキル基であることが特に好ましい。
【0036】
上記式(II)で表される化合物は、特開2007−210953号公報に記載の方法またはそれに準じた方法に従って製造することができる。製造方法の詳細は、特開2007−210953号公報を参照されたい。
【0037】
これらの両イオン性両親媒性分子は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0038】
本発明においては、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子を組み合わせ用いてもよいし、これらのいずれか1種のみを用いてもよい。本発明においては、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子のいずれか少なくとも1種を構成脂質として含むことにより、弱塩基性環境下にてリポソームを構成する分子集合状態が変化してリポソームの膜透過性を変化させ、内包する目的物質を放出させることができる。
【0039】
中でも、本発明のpH応答性リポソームは、次式で示されるアニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種を構成脂質として含むことが好ましい。
【化11】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数である。]
【0040】
これらの化合物は公知であり、Cholesteryl hemisuccinate(CHEMS)並びにHexacosanoic acid (式中n:24)はSigma-Aldrich (St Louis, MO, USA)から容易に入手できる。
【0041】
本発明のpH応答性リポソームにおいて、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の含有量は、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して合計で5モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましく、30モル%以上がさらに好ましい。また、80モル%以下が好ましく、50モル%以下がより好ましく、30モル%以下がさらに好ましい。
アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子を組み合わせて用いる場合、アニオン性両親媒性分子と両イオン性両親媒性分子の混合モル比(アニオン性両親媒性分子/両イオン性両親媒性分子)は、10/1〜1/10が好ましく、5/1〜1/5がより好ましく、2/1〜2/1がさらに好ましい
【0042】
本発明のpH応答性リポソームは、ステロイド類をさらに含むことができる。ステロイド類としては、ステロール、胆汁酸、プロビタミンD、ステロイドホルモンなど、ペルヒドロシクロペンタノフェナントレンを有する全てのステロイドが挙げられる。中でもステロール類を用いることが好ましい。ステロール類としては、例えば、エルゴステロール、コレステロール等が挙げられる。中でもコレステロール分子が好ましい。
ステロイド類の含有量は、特に制限されるものではないが、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して、0.01モル%以上が好ましく、0.05モル%以上がより好ましく、0.1モル%以上がさらに好ましい。また、30モル%以下が好ましく、10モル%以下がより好ましく、5モル%以下がさらに好ましい。ステロイド類は、分子集合体の安定化剤として作用することができ、所望の放出速度および放出率などによって適宜調整することができる。ステロイド類は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0043】
また、本発明のpH応答性リポソームは、ポリエチレングリコール結合両親媒性分子をさらに含むことができる。本発明に用いられるポリエチレングリコール結合両親媒性分子は、両親媒性分子の親水部にポリエチレングリコールが結合したものであれば特に制限されない。ポリエチレングリコール部の分子量は、200〜5万程度であることが好ましく、1000〜1万程度であることがより好ましい。
【0044】
ポリエチレングリコール結合両親媒性分子としては、例えば、次式(III)で示される化合物が好ましく用いられる。
【化12】

[式中、sは、3〜250の整数であり、tは1〜4の整数であり、R4およびR5はそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である。]
【0045】
上記式(III)中、sは、ポリエチレングリコール部の分子量が上記の範囲になるように選択すればよい。また、tは、2または3であることが好ましい。R4及びR5の鎖状炭化水素基の具体例は、式(II)のRa及びRbで例示したものと同じものを挙げることができる。
【0046】
ポリエチレングリコール結合両親媒性分子を含むことにより、リポソームの凝集が抑制され、生体内に投与した後の血中滞留時間を増大させることができる。ポリエチレングリコール結合両親媒性分子は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0047】
本発明において、ポリエチレングリコール結合両親媒性分子の含有量は、特に制限されるものではないが、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して、0.1モル%以上が好ましく、0.2モル%以上がより好ましく、0.3モル%以上がさらに好ましい。また、50モル%以下が好ましく、10モル%以下がより好ましく、5モル%以下がさらに好ましい。
【0048】
本発明のpH応答性リポソームは、上記成分のほか、本発明の目的を損なわない範囲で、 卵黄レシチン、大豆レシチン、水添卵黄レシチン、水添大豆レシチン、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、多種の糖脂質などのリポソームの構成脂質として知られているリン脂質を1種または2種以上含んでもよい。
【0049】
本発明のpH応答性リポソームの製造方法は特に制限されるものではなく、公知の方法に準じて製造することができる。例えば、カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種と、その他の任意成分とを含む混合脂質の粉末もしくは薄膜を水和させ分散させた後、高圧押出し(エクストルージョン)法、超音波照射法、撹拌(ボルテックスミキシング、ホモジナイザー)法、高速攪拌法、フレンチプレス法、凍結融解法、マイクロフルイダイザー法などを用いて、pH応答性リポソームを製造することができる。あるいは、上記混合脂質を有機溶媒に溶解させた溶液を水相に注入した後、エタノールまたはエーテルなどの有機溶媒を減圧または透析で除去してpH応答性リポソームを製造することもできる。また、上記混合脂質をコール酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、Triton X、オクチルグリコシドまたはラウリルエーテルなどの非イオン性界面活性剤と共に水相に分散させてエマルジョンを形成させ、透析によって除去してpH応答性リポソームを製造することもできる。その他、逆相蒸発法、インキュベーション法などを採用してpH応答性リポソームを製造してもよい。
【0050】
こうして得られる本発明のpH応答性リポソームは、リポソーム分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、該分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有することができる。すなわち、本発明のpH応答性リポソームは、リポソーム分散液のpHが6.5以上8.5未満の範囲で、pH応答性リポソームのゼータ電位がpHの増加とともにプラスからマイナスに変化する。より好ましくは、本発明のpH応答性リポソームは、リポソーム分散液のpHが7.0以上8.0未満の範囲で、pH応答性リポソームのゼータ電位がpHの増加とともにプラスからマイナスに変化する。
本発明の好ましい態様によれば、本発明のpH応答性リポソームは、表面電荷がpH変化に応答してこのような挙動をもつために、リポソーム分散液のpHが6.5未満の酸性環境下で目的物質を保持し、該分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下で目的物質を放出することができる。本発明のさらに好ましい態様によれば、本発明のpH応答性リポソームは、前記分散液のpHが7.0未満で目的物質を保持し、前記分散液のpHが8.0以上で目的物質を放出することができる。
【0051】
なお、本明細書において「目的物質を保持する」というときは、水分散状態でリポソーム内水相に目的物質が保持されていることを意味するが、多少(好ましくは10%未満)の目的物質の放出が認められてもよい。例えば、蛍光物質であるカルセインを用いた場合、1時間後の放出率は10%未満であることが好ましく、5%未満であることがより好ましい。なお、カルセインの放出率は次式で求められる。
【数1】

【0052】
また、「目的物質を放出する」というときは、外水相のpHを変えて1時間以内に目的物質を好ましく10%以上放出することを意味する。例えば、上記式で求められるカルセインの放出率は10%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましい。
【0053】
リポソームに目的物質を保持させる方法は、目的物質の種類等に応じて適宜選択すればよい。例えば目的物質が水溶性薬物の場合には、リポソーム製造時に薬物を水相に溶解させて調製することができる。保持されなかった水溶性薬物はゲルろ過、超遠心分離または限外ろ過膜処理などにより目的物質を保持したリポソームと分離できる。他方、脂溶性薬物の場合には、混合脂質が有機溶媒に溶けている状態で薬物を混合して、上述した方法でリポソームを形成することにより、例えば二分子膜小胞体の疎水部に目的物質を保持させることができる。プローブ、核酸、タンパク質などの場合は同様の方法でリポソームに目的物質を保持させるか、あるいは二分子膜小胞体の外側表面上に目的物質を局在させることができる。
【0054】
本発明のpH応答性リポソームは、水性媒体に分散させたとき、酸性pH環境下でプラスのゼータ電位を有し、かつ、塩基性pH環境下でマイナスのゼータ電位を有するといった、従来にないpH応答挙動を示すことができる。本発明のpH応答性リポソームに目的物質を保持させることによって、pH応答性製剤の用途が広がるものと期待される。
【0055】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより制限されるものではない。
【実施例1】
【0056】
[1]混合脂質の調製
表1に示した各混合脂質をt-ブチルアルコールに溶解した後、凍結乾燥し、混合脂質粉末を調製した。カチオン性両親媒性分子として1,5-Dihexadecyl N-lysyl-L-glutamate (Lys-Glu2C16)、アニオン性両親媒性分子としてCholesteryl Hemisuccinate (CHEMS)又はパルミチン酸(PA)を用いた。PEG5000-GLu2C18の修飾量は、総脂質の0.3mol%とした。用いた脂質の化学構造を以下に示す。
【表1】

【化13】

【0057】
[2]リポソームの調製
各混合脂質20 mgを20 mMリン酸緩衝液(1 mL, pH6.5)に分散し、6時間攪拌後、高圧押出法(最終孔径0.22μm)にて粒子径200‐300 nmのリポソームを調製した。調製したリポソームの脂質濃度は、リポソーム分散液中のDPPC濃度より算出した。
【0058】
[3]ゼータ電位の測定
調製したリポソーム(10μL, [lipid]=10 mg/ml)を20 mM Tris-buffer 990μl(pH 7.0, 7.5, 8.0, 8.5, 9.0)に添加し、終濃度[lipid]=1 mg/mLとして37℃におけるゼータ電位測定を行った(Marvern Zetasizer)。その結果を図1に示す。
【0059】
図1に示されるように、DPPC/chol/PEG-Glu2C18からなるリポソームは、すべてのpHでマイナスのゼータ電位を示した。また、コントロールとして用いたPhytopresome組成のリポソームも同様に、すべてのpHでマイナスのゼータ電位を示した。両リポソーム共に、pH7.4以上でゼータ電位が小さくなった。これは、pHの上昇と共にリン脂質の親水部の極性頭部のアニオン性イオン化傾向が強まったためであると考えられる。
一方、DPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18又はDPPC/Lys-Glu2C16/CHEMS/PEG-Glu2C18からなる本発明のpH応答性リポソームは、pH値が7.4または7.5以下でプラスのゼータ電位を示し、それらの値よりもpHが高くなるとゼータ電位がマイナスの値に変化した。このpH上昇に伴うゼータ電位のプラスからマイナスへの変化は、膜成分に含有するLys-Glu2C16の脱プロトン化に伴う現象であると考察される。またアニオン性脂質の種類によってゼータ電位の変化挙動が異なることが示された。
【0060】
[4]粒子径の測定
調製したリポソーム(10μL, [lipid]=10 mg/ml)を20 mM Tris-buffer 990μl(pH 7.0, 7.5, 8.0, 8.5, 9.0)にそれぞれ添加し、終濃度を[lipid]=1 mg/mLとして粒子径測定を、動的光散乱法を用いて測定した(BECKMAN COULTER N4 PLUS)。その結果を図2に示す。
図2に示されるとおり、調製した4種のリポソームの粒子径は200-300 nm程度であり、測定したすべてpHにおける粒子径の変化は見られず、pH変化に対して安定であった。従って、各pHにおけるリポソームの粒子径はpH6.5で調製した時の粒子径にほぼ一致しており変化していなかった。
【0061】
[5]カルセイン内包リポソームの調製
4種類の混合脂質20 mgに1 mMのカルセイン水溶液(2 mL, pH6.5)を添加し、6時間水和攪拌を行った。その後エクストルージョン法(最終孔径: 0.22μm)により粒子径約200 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルろ過(Sephadex G-75)にて除去した。
【0062】
[6]カルセインの放出挙動
調製した4種類のカルセイン内包リポソーム([lipid]=1 mg/mL, 30μL)を570μLの20 mM Tris-buffer(pH 7.0, 7.5, 8.0, 8.5, 9.0)に添加し、37oCで1時間静置した。その混合液100μLを1.9 mLの20 mM Tris-buffer(pH6.5)にて希釈し蛍光測定(λex: 490 nm, λem: 520 nm)を行った。カルセインの放出率は以下の式にて算出した。その結果を図3に示す。
【数2】

【0063】
図3に示されるとおり、DPPC/chol/PEG-Glu2C18からなるリポソームは、すべてのpHでカルセインの放出は認められなかった。また、コントロールとして用いたPhytopresome組成のリポソームについてもpHによる放出挙動の変化は認められなかった。しかしすべてのpHで40%程度のカルセイン放出が観察されたことから、内包安定性が低い膜であった。
一方、DPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18又はDPPC/Lys-Glu2C16/CHEMS/PEG-Glu2C18からなるリポソームでは、pH6.5でのカルセイン放出率は10%未満であるのに対し、pH上昇に伴いカルセインの放出が促進した。カルセインの放出率は、DPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18では、pH7.0で約10%、pH8.0で約35%、pH9.0で60%であった。またDPPC/Lys-Glu2C16/CHEMS/PEG-Glu2C18のリポソームでは、pH7.0で20%、pH8.0で約40%、pH9.0で60%であった。pH変化による粒子径の変化がないことから、カルセインの放出はリポソームのゼータ電位変化に伴って膜透過性が増し、カルセインが放出しやすくなったと考察される。またDPPC/cholesterol/PEG-Glu2C18からなるリポソームではカルセイン放出が起きないことから、内包カルセインの放出にはゼータ電位がプラスからマイナスに変化して二分子膜を構成する脂質分子の充填状態が変化する挙動が必要であることが明らかとなった。
【0064】
[7]カルセインの経時的放出挙動
次に、pH6.5、pH7.5、pH8.0におけるカルセインの放出速度に関する評価を行った。調製したそれぞれのカルセイン内包リポソーム([lipid]=1 mg/mL, 30μL)を570μLの20 mM Tris-buffer(pH 6.5, 7.5, 8.5)に添加し、37℃で混合した。各pHにおける所定時間経過後の放出率は、次式により算出した。その結果を図4に示す。
【数3】

【0065】
図4に示されるとおり、DPPC/Lys-Glu2C16/CHEMS/PEG-Glu2C18からなるリポソームは、48時間後にpH6.5で約30%、pH7.5で約55%、さらにはpH8.5で65%の放出率であった。
一方、DPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18では、48時間後にpH6.5で約40%、pH7.5で約65%、さらにはpH8.5で80%の放出率であったことから、DPPC/Lys-Glu2C16/CHEMS/PEG-Glu2C18のリポソームと比較して、各pHにおいて放出速度が高いことが示された。これはパルミチン酸(PA)が1本鎖の脂質であることから、二分子膜の分子充填状態が悪く膜透過性が高いためと考えられる。
【0066】
[8]クエン酸分散リポソームの調製
各混合脂質20 mgを20 mM クエン酸(pH2.2)に水和し、その後分散液をエクストルージョン法(最終孔径: 0.22μm)にて粒子径200-300 nmのリポソームを調製した。また必要に応じてこのリポソーム分散液([lipid]=55 mg/mL, 10μL)又はクエン酸(20 mM, 10μL)を4 mLの300μM水酸化ナトリウム水溶液(pH10.5)に添加した直後からのpH変化挙動をpHメーターにて測定した。その結果を図5に示す。
【0067】
図5に示されるとおり、水酸化ナトリウム水溶液にクエン酸を添加すると、瞬時にpHが7.0に低下した。このpH変化はクエン酸と水酸化ナトリウムの中和反応であると考えられる。次に、DPPC/chol/PEG-Glu2C18リポソーム分散液を添加すると、徐々にpHが低下し6時間後にはpH7.7に変化した。Phytopresomeも同様のpH変化を示したが、滴下直後のpH低下はDPPC/cholesterol/PEG-Glu2C18よりも早かった。クエン酸のみを添加すると、pHが瞬時に低下したのに対し、リポソーム分散系ではpHが徐々に低下した。これはリポソーム内にあるクエン酸が外水相とのpH変化によるプロトンの濃度勾配によって漏出し、pHを低下させているためにpH変化は遅くなっていると考察できる。
次に、DPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18からなるリポソームを添加すると、6時間後にpH7.5まで低下した。これはこのリポソームが外水相の弱塩基性環境に応答してクエン酸を放出するためにDPPC/cholesterol/PEG-Glu2C18やPhytopresomeよりも素早くpHが低下したものと考えられる。これらの結果から、pH変化に伴う内包クエン酸のリポソームからの放出挙動が示された。またDPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18リポソームが弱塩基性環境下で内包するクエン酸を放出しやすいことが示唆された。
【0068】
[9]弱塩基性環境下でのリポソームからのクエン酸の放出挙動
弱塩基性環境下でのリポソームからのクエン酸の放出挙動を検討した。まず、リポソーム分散クエン酸水散液([lipid]=250μM, 4 mL)又はクエン酸水溶液(30 mM, pH2.2、4 mL)に2M 水酸化ナトリウム水溶液170μLを加え、混合液のpHを6.5に調製した。その後、300 mMの水酸化ナトリウム水溶液60μLを添加し、混合液のpHを7.5-8.5に変化させた。その後のpH変化挙動をpHメーターにて経時的に測定した。その結果を図6に示す。
【0069】
図6に示されるとおり、クエン酸のみでは瞬時にpHが低下し、pH7でほぼ一定の値を示した。次にコントロールリポソームDPPC/cholesterol/PEG-Glu2C18やPhytopresomeでは、混合液pHを6.5から8に調製してもpHの変化がほとんど起きなかった。これは内包しているクエン酸(30 mM, pH2.2)が30分ではほとんどしないことを示していた。
他方、pH応答性リポソームDPPC/Lys-Glu2C16/PA/chol/PEG-Glu2C18では、pHが8.0となると混合液のpHが低下した。pH変化に伴い内包されていたクエン酸がリポソーム内水相から放出し、分散液のpHが制御されたものと考えられる。
【0070】
以上の結果より、リポソーム膜成分にカチオン性脂質;Lys-Glu2C16とアニオン性脂質; PAまたはCHEMSを用いると、リポソーム分散媒のpHが上昇した際にリポソームのゼータ電位がプラスからマイナスへの変化し、リポソーム分散状態を保持したままリポソームの膜透過性が上昇することがわかった。本発明によれば、内水相に蛍光物質やクエン酸などを内包させておくと、弱塩基性環境下で内包物を放出できることを示すことができた。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明のpH応答性リポソームは、薬物、プローブ、核酸及びタンパク質等の運搬体として有用であり、これまでにないpH応答性挙動を有することから、pH応答性製剤の可能性が広がるものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施例で得られたpH応答性リポソームのゼータ電位の測定結果を示したグラフである。
【図2】実施例で得られたpH応答性リポソームの粒子径の測定結果を示したグラフである。
【図3】実施例で得られたカルセイン内包リポソームにおけるカルセインの放出挙動を示したグラフである。
【図4】実施例で得られたカルセイン内包リポソームにおけるカルセインの経時的放出挙動を示したグラフである。
【図5】実施例で得られたクエン酸分散リポソームにおけるpH変化挙動を示したグラフである。
【図6】実施例で得られたクエン酸分散リポソームにおける弱塩基性環境下でのリポソームからのクエン酸の放出挙動を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン性両親媒性分子と、アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種と、を含むリポソームであって、前記リポソームを水性媒体中に分散させたとき、前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でプラスのゼータ電位を有し、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でマイナスのゼータ電位を有する、pH応答性リポソーム。
【請求項2】
前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下で目的物質を保持し、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でと目的物質を放出するものである、請求項1記載のpH応答性リポソーム。
【請求項3】
前記カチオン性両親媒性分子を、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して5〜95モル%含み、前記アニオン性両親媒性分子及び両イオン性両親媒性分子を、リポソームの構成脂質の合計モル数に対して合計で5〜95モル%含むものである、請求項1又は2記載のpH応答性リポソーム。
【請求項4】
前記分散液のpHが7.0以上8.0未満の範囲で、前記pH応答性リポソームのゼータ電位がpHの増加とともにプラスからマイナスに変化するものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【請求項5】
前記ゼータ電位がプラスからマイナスに変化すると、保持していた目的物質を放出するものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【請求項6】
前記カチオン性両親媒性分子は、前記分散液のpHが6.5未満の酸性環境下でイオン化し易く、前記分散液のpHが8.5以上の塩基性環境下でイオン化し難い、カチオン性官能基を含むものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【請求項7】
前記カチオン性官能基は、アミノ基、グアニジノ基、イミダゾール基及びこれらの誘導体からなる群より選ばれるものである、請求項6記載のpH応答性リポソーム。
【請求項8】
次式で示されるカチオン性両親媒性分子の少なくとも1種を構成脂質として含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【化1】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数であり、m又はkは、それぞれ独立して、1〜14の整数である。]
【請求項9】
次式で示されるアニオン性両親媒性分子又は両イオン性両親媒性分子の少なくとも1種を構成脂質として含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【化2】

[式中、nは、それぞれ独立して、8〜22の整数である。]
【請求項10】
コレステロール分子をリポソームの構成脂質の合計モル数に対して5〜50モル%含むものである、請求項1〜9のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。
【請求項11】
ポリエチレングリコール結合両親媒性分子をリポソームの構成脂質の合計モル数に対して0.01〜30モル%含むものである、請求項1〜10のいずれか1項に記載のpH応答性リポソーム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−209012(P2010−209012A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58063(P2009−58063)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【出願人】(000119472)一丸ファルコス株式会社 (78)
【出願人】(509071242)株式会社バイオナノシータ (2)
【Fターム(参考)】