説明

tRNA依存性アミドトランスフェラーゼの微生物検定法とこれを利用した活性阻害物質スクリーニング法

【課題】
tRNA依存性アミドトランスフェラーゼの活性を特異的に阻害する物質を探索するスクリーニング方法を構築すること。基質調製など酵素反応系の構築が難しいGatCABの活性低下を簡便に測定し、医薬として見込まれるこの酵素特異的阻害物質を効率的にスクリーニングすること。
【解決手段】大腸菌RNAポリメラーゼにより転写開始し、ndGluRS遺伝子の発現を厳密に制御できるプラスミドとGatCAB遺伝子を恒常的に発現させることのできるプラスミドの大腸菌共形質転換体を構築した。この大腸菌を被験菌とし、酵素活性測定に必要な基質及び酵素タンパク質を調製することなく、大腸菌の生育測定によって、GatCABの活性低下を容易に検出することが可能となった。非形質転換体への影響がなく被験菌の生育を阻害する物質をスクリーニングすることによりGatCABに特異的な阻害物質を簡便に探索することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GatCAB活性測定に使用する大腸菌形質転換体の製造とこれを利用した活性測定法、及びこの大腸菌を用いた活性阻害物質のスクリーニング方法全般に関する。
【背景技術】
【0002】
GatCABは、グルタミンとそれに対応するtRNAGlnを結びつけるグルタミニルtRNA合成酵素(GlnRS)を持たない多くの細菌において、重要な役割を示す。
即ち、これらの細菌では、グルタミルtRNA合成酵素(以下GluRS)はtRNAGluだけでなくtRNAGlnをも認識し両方のtRNAにグルタミン酸を付ける。tRNAGlnに付けられたグルタミン酸はGatCABにより、グルタミンに変換される。この反応によって正常なGln‐tRNAGlnがこれらの細菌内においてタンパク合成に利用される (非特許文献1、2,および3)。これらの細菌においてGatCABの反応が阻害されると、Glu‐tRNAGlnが細胞内に蓄積し正常なタンパク合成が行われなくなって、その発育を阻害することが予想される。従って、多剤耐性が問題となるStaphylococcus aureus MU50などの細菌においてGatCAB阻害剤は、新しい標的、新しい作用機構を持った新規抗菌活性物質となりうる。
【0003】
GatCAB酵素の選択的阻害剤をスクリーニングするには、スクリーニング系の構築が重要課題である。簡便な反応系及び低下した活性の測定系構築や、大量の基質であるGlu‐tRNAGln及びATP、基質を準備するための大量な酵素GlnRSとtRNAGlnの調製が必須となる。
【0004】
これまで、新規抗生物質の標的とされてきたGatCABの阻害物質の探索に対しては種々の方法が考えられてきた(特許文献1,2)。しかし、ドラッグデザインから生みだされた産物のGatCABに対する活性阻害効果や、GatCAB変異体の活性低下を迅速簡便にかつ大量に判定できる手段がなかった。
【0005】
また、最近の報告では、アスパルチルtRNA合成酵素(以下AspRS)、tRNAAsnとGatCABは、トランスアミドソームと呼ばれる安定なRNAタンパク複合体の状態で存在し、Asp‐tRNAAsnはGatCABにより速やかにAsn‐tRNAAsnへ変換することが明らかにされた (非特許文献4)。GluRS、tRNAglnとGatCABがAspRSと同様にトランスアミドソームの状態で存在するかどうかまだ明らかにされていないが、このような一連の反応は、細菌細胞内の活性でみることがより実際的であり、それに合った活性の測定法が必要であった。
【0006】
Bacillus subtilisでは、一種類のndGluRSがtRNAGluだけでなくtRNAGlnにグルタミン酸を付加する。このndGluRSは、in vitroの系で、Escherichia coli tRNAGlnにグルタミン酸を付加するが、E.coli tRNAGlnとtRNAGluには付加しない (非特許文献5)。B.subtilis由来ndGluRS遺伝子の、E.coliへのクローニングの試みは当初成功しなかった。インタクトなB.subtilis由来ndGluRS遺伝子の過剰発現はE.coliにとって致死的であった (非特許文献6)。B.subtilis由来ndGluRS遺伝子の発現を制御できるベクターをE.coliに形質転換することにより、E.coliの生育の低下はグルタミン酸がtRNAGlnに誤って付加した結果起こることがコロニー形成によって確認された。が、B.subtilis由来ndGluRS遺伝子およびGatCAB遺伝子がタンパク質として発現するのを確かめた上で、GatCABがこの生育低下を相補し、GatCAB活性が低下することの影響を数値として測定をすることはされていない。(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開番号 WO99/18239
【特許文献2】特表2001−519171
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Wilcoxら、Proc. Natl. Acad. Sci.USA. 1968年61巻、ページ229−236.
【非特許文献2】Curnowら、Proc. Natl. Acad. Sci.USA. 1997年94巻、ページ11819−11826.
【非特許文献3】Ibbaら、Trends Biochem.Sci. 2000年25巻、 ページ311―316.
【非特許文献4】Baillyら、 Mol. Cell 2007年28巻、ページ228−239.
【非特許文献5】Lapointeら、J. Bacteriol.1986年165巻ページ88‐93.
【非特許文献6】Pelchatら、Can. J. Microbiol.1998年44巻、ページ378−381.
【非特許文献7】Baickら、 J. Microbiol. 2004年42巻、ページ111−116.
【非特許文献8】Sambrookら‘Molecular Cloning,a Laboratory Manual’3rd ed., Cold Spring Habor Laboratory, Cold Spring Harbor
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
解決しようとする問題点は、大量の基質調製が難しいがゆえに酵素活性測定が困難なGatCAB酵素において、GatCAB活性の低下の程度を簡便に測定し、又、医薬として見込まれるこの酵素阻害物質を効率的にスクリーニングする方法を提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、GatCAB活性の低下の測定を扱いやすい大腸菌の生育低下により測定することを可能にした。即ち、ndGluRS遺伝子およびGatCAB遺伝子を、ホストである大腸菌のRNAポリメラーゼにより転写が開始されが、異なるプロモーターを持つ2つのプラスミド上に別個につなげ、形質転換した大腸菌を作成し、ndGluRSおよびGatCABの発現を確認した。一方、プラスミド上にGatCAB遺伝子を持たない状態で、ndGluRS
のみを大腸菌に発現させると生育程度が90%ほど減少したが、GatCABを共発現させることによりこの生育阻害を相補することを確かめた。従って、GatCAB活性が低下すると相補されなくなり、生育低下が測定される。さらに、この形質転換体と何も持たない大腸菌に対する生育阻害の程度を比較することによりGatCAB特異的阻害物質のスクリーニング系を構築した。
【発明の効果】
【0011】
この発明の効果は、3種のタンパク質が複合体として、続けて反応を行うGatCABにおいて、その酵素活性の低下を大腸菌の発育すなわち吸光度の低下として測定できることにある。この酵素活性測定系では、大量の酵素ndGluRSや、GatCABをタンパク質として発現させる必要がない。従って、GatCABの変異体の活性を見たいとき、タンパク質としてそれぞれを精製することなく、活性低下変異体を選び出すことができる。吸光度を見る簡便な方法なので、GatCABのみをターゲットとした阻害物質のスクリーニングにおいて一度に多くのサンプルの取り扱いが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は構築したpBADndgluRSのベクターマップである。(実施例1)
【図2】図2は構築したpCTgatCABのベクターマップである。(実施例1)
【図3】図3は非形質転換体、ndGluRSのみ発現した大腸菌とndGluRS及びGatCABを共発現した3種の大腸菌の発現タンパク質を螢光発色とウエスタンブロットにより確認した結果を示した。(実施例1)
【図4】図4は上記3種の大腸菌の生育を、吸光度とコロニー形成数により示した物である。(実施例1)
【図5】図5は上記3種の大腸菌を96穴プレートで3反復ずつ培養し、吸光度を15分ごとに測定、記録したものである。(実施例3)
【発明を実施するための形態】
【0013】
共発現のための2つのベクターとして、それらの発現タンパク質が大腸菌の発育低下を引き起こす。これを利用するためには、ndGluRS遺伝子の転写を厳密に制御し、GatCAB遺伝子は恒常的に転写され、共通なRNAポリメラーゼにより転写が開始され、異なる複製起点と抗生物質耐性及び異なるプロモーターを持ち、かつコピー数も同様である2種のプラスミドであることがのぞましい。また、大腸菌の発育測定は、連続的に吸光度を記録できる機器を使用すると、発育低下の様子が判明しやすい。
【実施例1】
【0014】
供試菌株、および発現用ベクターの構築
Escherichia coli XL10GoldはStratagene (La Jolla, Calif.)から、Top10は Invitrogen
Corp. (Carlsbad, CA)より購入し、発現ベクターの構築に使用した。
Staphylococcus aureus Mu50より取得したゲノムDNAを鋳型とし、ndGluRS遺伝子全配列をPCRにより増幅した。この断片をpBAD/Myc−HisB (Invitrogen Corp.)のNcoI/XbaIサイトへつなぎ構築したベクターをpBADndgluRSとした(図1)。同様に増幅したGatCABオペロンは、GatB遺伝子のC末端にルミオペプチドタグ(Cys−Cys−Pro−Gly−Cys−Cys)遺伝子配列を融合させ、まずpTrcHis2A (Invitrogen)のNcoI/KpnI サイトにつなげクローニングした。さらに、pTrcHis2Aのtrcプロモーター・ターミネーターと共にルミオぺプチドタグのつながったGatCABオペロンをpCOLA(Novagen)のBamHI/XhoIサイトにつなぎ、pCTgatCABを構築した(図2)。
KOD−plus DNA polymerase(Toyobo、Osaka、Japan)およびT4−ligase(New England BiolabsInc.Beverly、MA)をPCRおよびライゲーション反応に用いた。そのほかの標準的な遺伝子操作は非特許文献8を参考にした。
【0015】
形質転換
前述のEscherichia coliTop10を共発現の宿主とし、エレクトロポーレーション法により先ずpBADndgluRSを形質転換した。さらに得られたE. coli Top10/pBADndgluRSからエレクトロポーレーション用コンピテントセルを調製し、pCTgatCABを形質転換してE. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCAB(FERM AP−21622 AHU1851)を得た。またpCTgatCABの代わりにpCOLADuet(Novagen)のみを形質転換し、E. coli Top10/pBADndgluRS/pCOLA(FERM AP−21623 AHU1852)を得た。
【0016】
共発現と発現の確認
形質転換体E. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCABを50μg/mlカナマイシン、50μg/mlカルベニシリン、0.2%アラビノースを含むLB培地に接種し、30℃で培養した。
上記培養液の溶解バッファー溶解産物をSDSポリアクリルアミドゲル上で泳動後Anti−His
Antibody (Invitrogen)を用い製品に添付のプロトコルに従って行ったウエスタンブロットによりndGluRSの発現を確認した。GatCABの発現は添付のマニュアルに従って行ったLumioTM Green Detection
Kit (invitrogen)による蛍光発色により確認した(図3)。
【0017】
共発現状態での大腸菌の生育曲線
非形質転換体E. coli Top10、ndGluRSのみを発現させたE. coli Top10/pBADndgluRS/pCOLA(FERM AP−21623 AHU1852)および共発現させたE. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCAB(FERM AP−21622 AHU1851)の発育を時間の経過と共に600nmの吸光度とコロニー形成単位により測定した(図4)。
【0018】
この結果、ndGluRSのみを発現させて起こる大腸菌の生育の低下は、GatCABタンパク質を共発現させることにより相補することが確かめられた。
【0019】
大腸菌細胞の生残率
生細胞を緑に、死細胞を赤に染め分けるLIVE/DEAD BacLight Bacterial Viability
Kitsを用い、上記3種の大腸菌細胞を染色し、顕微鏡下で比較し、生残数を計測したところndGluRSによる生育阻害がGatCABにより相補されていることが視覚的にも明らかになった。
【実施例2】
【0020】
既にtRNA結合能の低下をゲルシフトアッセイにより確かめている変異型GatCAB遺伝子をつなげたE. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCABを上記と同様に共発現し、この生育を計測した結果、野生型GatCAB遺伝子を共発現させた大腸菌に比べ生育が低下し、GatCABを発現させないものと同様の生育曲線を示した。
【実施例3】
【0021】
E. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCAB(FERM AP−21623 AHU1852)を試験菌とし、E. coli Top10/pBADndgluRS/pCOLA(FERM AP−21622 AHU1851)と非形質転換体E. coli Top10と共に、ハイスループットスクリーニング目指し、96穴プレート150μlの培養液中、30℃で培養し、15分間隔で12時間650nmの吸光度を測定した。実施例1と同様、ndGluRSのみを発現させて起こる大腸菌の生育の低下は、GatCABタンパク質を共発現させることにより相補することが確かめられた(図5)。
これらの培養液にGatCAB活性阻害が期待される物質を加え、生育を見ることにより
GatCAB活性のみを阻害し、非形質転換体Top10には影響を与えない特異的阻害剤のスクリーニングが可能となる。

【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明により、迅速に効率よくGatCAB活性低下を測定することができる。一次スクリーニングとしてハイスループットスクリーニング系への利用も可能である。なお、GatCAB阻害物質は多剤耐性菌に対する新規抗生物質として見込まれる。
【符号の説明】
【0023】
PBAD,Ptrc プロモーター名
Amp、Km 耐性遺伝子
― 非形質転換体(誘導なし)
RS ndGluRS発現大腸菌
Co ndGluRSおよびGatCAB共発現大腸菌
pBR322ori、ColAori 各プラスミド複製開始点遺伝子
A600、A650 波長600nm、650nmにおける吸光度
CFU コロニー形成単位


【特許請求の範囲】
【請求項1】
tRNA依存性アミドトランスフェラーゼの活性を特異的に阻害する物質を探索するスクリーニング方法に置いて、非特異的グルタミン酸(グルタミル)tRNA合成酵素(EC=6.1.1.7)(以下 ndGluRSと称する)とtRNA依存性アミドトランスフェラーゼ(以下 GatCABEC=6.3.5.)を形質転換によって導入し、共発現させた大腸菌を被験菌とし、形質転換していない大腸菌の生育と比較して、形質転換された大腸菌が、特異的に生育が落ちる仕組みを利用した抗生物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
請求項1において、被検菌としてE. coli Top10/pBADndgluRS/pCTgatCAB(FERM AP−21622 AHU1851)用いる抗生物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
大腸菌RNAポリメラーゼにより転写開始し、ndGluRS遺伝子の発現を任意に制御できるプラスミドとGatCAB遺伝子を恒常的に発現させることのできるプラスミドを共形質転換した大腸菌形質転換体。
【請求項4】
GatCABを恒常的に発現させることのできるプラスミドに変異型GatCAB遺伝子をつなぎ、その活性をndGluRS遺伝子の発現による発育の低下で測定できる大腸菌形質転換体。
【請求項5】
請求項4において、pCTgatCABの代わりにpCOLADuetのみを形質転換した、E. coli Top10/pBADndgluRS/pCOLA(FERM AP−21623 AHU1852)を用いる抗生物質のスクリーニング方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−158226(P2010−158226A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4141(P2009−4141)
【出願日】平成21年1月10日(2009.1.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年7月11日 社団法人日本生物工学会発行の「第60回日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【出願人】(593013074)
【Fターム(参考)】