説明

α−グルコシダーゼ活性阻害剤

[解決手段] 植物の中からハスに注目し、ハス抽出物を作製した。α−グルコシダーゼおよびその基質であるスクロースと反応させ、ハス抽出物添加による酵素反応への影響を算出したところ、ハス抽出物にα−グルコシダーゼ阻害活性があることが明らかになった。さらに、ハス抽出物およびショ糖をマウスに投与し血糖値を測定したところ、ハス抽出物により血糖値が抑制されていることが明らかになった。すなわち、ハスの抽出物がα−グルコシダーゼ阻害作用を有することを明らかにするとともに、該ハスの抽出物が血糖値のコントロールに使用できることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病と呼ばれる糖尿病患者は増加傾向にある。わが国の「糖尿病が強く疑われる人」は推計690万人、「糖尿病の可能性を否定できない人」を含めると約1370万人にものぼり(厚生労働省平成9年糖尿病実態調査)、糖尿病改善の選択肢が広く求められている。糖尿病は、インスリン供給低下または作用不足による慢性高血糖を特徴とし、種々の代謝異常を伴う疾病群である。代謝異常の程度によって,無症状からケトアシドーシスや昏睡に至る幅広い病態を示す。代謝異常が長期間持続すると、網膜、腎、神経に特有の合併症を来たしやすく、また、動脈硬化も促進される。糖尿病の治療は、食事療法、運動療法、薬物療法によって血糖値をコントロールすることにより行われる。
【0003】
糖尿病の経口剤には、スルホニルウレア(SU)剤、ビグアナイド(BG)剤、インスリン抵抗剤、α−グルコシダーゼ阻害剤などがある。このうちα−グルコシダーゼ阻害剤は、小腸粘膜微絨毛に存在するマルターゼやスクラーゼ等の糖質水解酵素を競合的に阻害し、腸管内における糖質の吸収を遅延させる薬剤である。既にアカルボースやボグリボースといったα−グルコシダーゼ阻害剤が、臨床で使用されている。α−グルコシダーゼ阻害剤には、食後の著しい血糖上昇を抑制するとともに、血糖日内変動幅を小さくする効果があり、さらには、インスリン依存型糖尿病患者にも適応可能であると考えられている(日医大誌 1999 第66巻 第3号)。アカルボースは、放線菌Actinoplanes strain SE 50の培養液から見出され、ボグリボースは、放線菌Streptomyces hygroscopicus sub sp.limoneusの培養液から発見された。
【0004】
一方これまでに、植物中に存在するα−グルコシダーゼ阻害作用を有する物質の報告がある(特開2003−81858、特開2000−229875)。
【特許文献1】特開2003−81858
【特許文献2】特開2000−229875
【特許文献3】特開平8-198769
【非特許文献1】日医大誌 1999 第66巻 第3号 p.195-198
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は植物由来の新規なα−グルコシダーゼ阻害作用物質およびα−グルコシダーゼ阻害作用物質を用いた糖尿病の治療または予防薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、植物からα−グルコシダーゼ阻害作用を有する物質を見出すべく、鋭意研究を行った。
【0007】
そこで、本発明者らはハス科の多年草であるハスに注目した。ハスは、その根が食用として利用される以外にも、種子や葉などは漢方薬の処方や健康食品などに広く用いられている。ハスの葉には肥満改善効果があることは公知であるが(特開平8-198769)、血糖値上昇抑制効果については知られていない。
【0008】
本発明者らは、ハス抽出物を作製し、α−グルコシダーゼおよびその基質であるスクロースと反応させ、生成されるグルコース量を測定した。ハス抽出物添加による酵素反応への影響を、グルコース測定値を用いて算出したところ、ハス抽出物にα−グルコシダーゼ阻害活性があることが明らかになった。本発明者らがハス抽出物およびショ糖をマウスに投与し血糖値を測定したところ、ハス抽出物により血糖値が抑制されていることが明らかになった。さらに本発明者らは、ハス抽出物を投与したヒトに対しグルコース負荷試験を実施し、ハスの抽出物により血糖値上昇が抑制されることを確認した。すなわち、本発明者らはハスの抽出物がα−グルコシダーゼ阻害作用を有することを明らかにするとともに、該ハスの抽出物が血糖値のコントロールに使用できることを見出した。
【0009】
本発明は、具体的には、
(1)ハス科植物の調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤
(2)上記(1)に記載のα−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用医薬組成物
(3)上記(1)に記載のα−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用食品組成物
を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】ショ糖負荷マウスにおけるハスの葉抽出物の血糖抑制作用を示す図である。平均値±S.D.(n=4)
【図2】ハスの葉抽出物投与群(ヒト)とコントロール群(ヒト)のグルコース負荷試験の結果を示す図である。グルコース負荷前の血糖値に対する各経過時間後の血糖値をグルコース相対値(%)とした。平均値±S.D. S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、ハス科植物の調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤を提供する。実施例のとおり、ハス調製物にα−グルコシダーゼ阻害活性があることが明らかになった。本発明は、二糖類を単糖類に分解するα−グルコシダーゼ(マルターゼ、スクラーゼ等)の作用阻害を期待する用途であれば、いかなる用途にも使用し得る。特に、α−グルコシダーゼ活性阻害剤の動物への投与は、小腸内マルターゼ等による二糖類から単糖類への分解を阻害し、腸管内における糖質の吸収を遅延させ、結果として血糖値上昇抑制効果をもたらすことが期待できる。本発明α−グルコシダーゼ活性阻害剤による血糖値上昇抑制効果は、実施例のとおり動物実験において実証されている。
【0012】
ハス科植物には、ハス(Nelumbo nucifera)、キバナバスなどがある。α−グルコシダーゼ活性阻害作用は、ハスのみならず、他のハス科植物や、近縁のスイレン属、オニバス属、コウホネ属、ジュンサイ属の調製物にも存在すると考えられる。したがって、α−グルコシダーゼ活性阻害作用物質は、これら植物から得ることもできる。本発明において、植物の調製物とは、植物の全体または部分について何らかの加工を施したものをいう。例えば、植物抽出物、植物の搾汁、植物エキス、乾燥させた植物、植物を細断したものは、本発明における植物の調製物に含まれる。また調製物の製造に用いる植物の部位は、その部位から得られた調製物にα−グルコシダーゼ活性阻害作用がある限り、限定されない。ハスの場合、葉は好適に用いることのできる部位の一例である。植物の調製物の製造方法は、特に限定されず、α-グルコシダーゼ活性阻害作用を引き出せる方法であればよい。溶媒による抽出や、植物を粉末状にする方法でもよい。抽出に使用する溶媒は、水(酸類、塩基類、塩類、界面活性剤類を含んでもよい)や、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール等のアルコール類の他、酢酸エチル、アセトン、テトラヒドロフラン、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリル等の、抽出操作において一般的に用いられる有機溶媒を選択することができ、これらを単独あるいは複数の混合溶媒として用いることができる。また超臨界流体であってもよい。水は、溶媒として好適な例の一つである。具体的な例を示せば、実施例の方法により製造することができる。
【0013】
α−グルコシダーゼ活性阻害剤であることの確認は、α−グルコシダーゼおよびその基質である二糖類に被験物質を添加して酵素反応試験を行い酵素反応の阻害率を求めることで評価することができる。阻害率を求めるには、基本的には、酵素反応によって基質から生じた生成物の量を被験物質存在下および非存在下で測定し、両測定結果の差を被験物質非存在下の測定値で除すればよい。基質から生じた酵素反応生成物の量は、当業者の技術常識である様々な方法によって測定可能である。例えば、グルコースであれば、吸光度測定、電極法、グルコース酸化酵素法、HK/G-6-PD法、液体クロマトグラフィー、等の方法から適宜選択して測定することが可能である。
【0014】
本発明は、上記α−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用医薬品を提供する。上記α−グルコシダーゼ活性阻害剤の血糖値上昇抑制効果は上述のとおりヒトおよびマウスにおいて実証されており、上記α−グルコシダーゼ活性阻害剤をヒト、げっ歯類を含む哺乳類の糖尿病治療用または予防用医薬品として使用しうることは明白である。本発明における糖尿病の治療または予防には、糖尿病患者の治療、糖尿病発症の可能性がある者いわゆる境界群の発症予防のほか、糖尿病患者であるかを問わず、食後血糖上昇を抑制する目的で使用することが含まれる。
【0015】
本発明の糖尿病治療または予防用医薬組成物は、一般的な医薬製剤として調製される。例えば、上記α−グルコシダーゼ活性阻害剤を製剤上許容しうる担体(賦形剤、結合剤、崩壊剤、矯味剤、矯臭剤、乳化剤、希釈剤、溶解補助剤等)と混合して得られる医薬組成物または錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、注射剤等の製剤として経口投与または非経口投与に適した形態で処方される。賦形剤としては、例えば、乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、ソルビット、血漿セルロース等が挙げられる。結合剤としては、例えば、ポリビニルビアゴム、トラガント、ゼラチン、シュラック、ヒドロキシポロピル、セルロース、シドロキシプロピルスターチ、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0016】
薬剤が糖尿病に有効であるか否かは、例えば実施例のように、被験動物に給餌と同時に薬剤を投与し、給餌後経時的に血糖値を測定し、その血糖値の上昇抑制効果をみることで確認することができる。または、糖尿病を発症した動物に薬剤を投与し、該被験動物の血糖値を測定することにより確認することもできる。薬剤投与前後の随時血糖値を被験物質投与群と対照群の間で比較し、薬剤投与群の血糖値が対照群と比較して低下すれば、該薬剤は糖尿病に有効である。
【0017】
また本発明は、上記のハス科植物の調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用食品組成物を提供する。ハス科植物は従来から食品として摂取されており、安全性が高く、食品組成物に加工することが可能である。ハス科植物調製物には糖の吸収を穏やかにし血糖値の上昇を押さえる効果がある。糖尿病患者の治療に有用なことは勿論、糖尿病患者のみならず、いわゆる境界域や血糖が気になる糖尿病予備軍ともいえる人たちが本発明による食品を摂取することにより、医薬品以外の方法で血糖値を効果的にコントロールし、糖尿病の予防が可能となる点で、特に有用である。
【0018】
本発明の食品組成物として、例えば、糖尿病用食品、特別用途食品、特定保健用食品、血糖値上昇抑制作用、食後血糖値上昇抑制作用、血糖値降下作用を標榜可能な機能性食品、栄養機能食品、健康食品、栄養補助食品、経腸栄養食品、等を挙げることができるが、糖尿病の予防若しくは治療目的または血糖値上昇抑制目的で使用されるものであればこれらの食品に限定されない。一日の投与量または摂取量は、安全にかつ有効に摂取できる範囲であれば、特に制限はない。あえて摂取量の例を挙げるならば、ヒトの場合、0.01g/day‐100g/day、好ましくは0.1g/day‐10g/dayの摂取量を示すことができる。
【0019】
該組成物の製造方法は、当業者にとって周知慣用技術である。すなわち、本発明のα−グルコシダーゼ活性阻害剤と食品衛生上許容される配合物を混合して、糖尿病用食品、特別用途食品、特定保健用食品、血糖値降下作用を標榜可能な機能性食品、栄養機能食品、健康食品、栄養補助食品、経腸栄養食品等に加工することができる。既存の食品に本発明のα−グルコシダーゼ活性阻害剤を添加してもよい。例えば安定化剤、保存剤、着色料、香料、ビタミン等の配合物顆粒状、粉末状、カプセル状、液状、クリーム状、飲料等の組成物に適した形態とすることができる。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例によりさらに本発明を詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に制限されるものではない。
[実施例1]ハス科植物の抽出物の調製
乾燥したハスの葉1kgに対し、水10Lを加える。pHを6.0に調整し、30分間室温にて静置する。その後、減圧下90℃で1時間沸騰抽出する。ろ液(i)残査に分別し、残査には10倍量の水を加え、減圧下90℃で1時間沸騰抽出する。ろ液(ii)と残査に分別し、ろ液(i)とろ液(ii)をあわせる。減圧下、加熱濃縮により、比重1.1まで濃縮後、スプレードライヤーで乾燥粉体約100gを得た。
【0021】
[実施例2]α−グルコシダーゼ酵素液の調製
凍結したラットの小腸組織片を液体窒素でさらに固化し、細かく粉砕する。これに対し、重量比で5倍量の50mMマンニトール/2mMトリス塩酸緩衝液を加え、氷冷下で2分間ホモジナイズ後、1M塩化カルシウム溶液を加えて、最終濃度を10mMとし、さらに4℃で20分間攪拌した。これを3000rpm、30分間遠心分離して上清をとり、この上清をさらに4℃、15000rpm、30分間遠心して沈殿物を回収する。この沈殿物を10mMマレイン酸水酸化ナトリウム緩衝液(pH5.8)で2回洗浄し、最終的に、10mMマレイン酸水酸化ナトリウム緩衝液10mLで懸濁したものをα−グルコシダ−ゼ酵素溶液とした。
【0022】
[実施例3]α−グルコシダーゼ阻害反応試験
α−グルコシダーゼ酵素溶液10μL、被験サンプル(種々の濃度のハスの葉抽出液)10μL、基質溶液(20mg/mLスクロース、20mMリン酸緩衝液)20μL、20mMリン酸緩衝液生理食塩水10μLを混合し、37℃で40分間インキュベートした。反応終了後、生成されたグルコース量をグルコースCII−テストワコー(和光純薬工業(株))を用いて測定した。試料溶液の色がグルコース測定の際の吸光度に影響を与える可能性があるので、ブランク(酵素反応後被験物を添加したもの)をとり、その値でグルコース値を補正し、次式により阻害率を算出した。
阻害率(%)=(酵素反応後被験物添加グルコース濃度−被験物添加グルコース濃度)/酵素反応後被験物添加グルコース濃度×100
【0023】
結果を表1に示す。ハスの葉抽出乾固物の最終濃度4mg/mLでスクロースを基質とするα−グルコシダーゼ活性を約50%阻害した。この結果より、糖の消化吸収に必須であるα−グルコシダーゼ活性を本発明の有効成分が阻害することにより、糖摂取後の血糖上昇を抑制することが証明された。
【0024】
【表1】

【0025】
[実施例4] ショ糖負荷マウスにおけるハスの葉抽出物の血糖抑制作用の検討
ICRマウス雄性5週齢を入荷し、1週間の予備飼育を行った。予備飼育後、マウスを体重により1群6匹ずつ4群に分けた。そのうちの2群について、ハスの葉抽出物をショ糖と同時に経口投与した。投与したハスの葉抽出物の濃度は1g/kgまたは2g/kg、ショ糖の濃度は2g/kgとした。また、対照群としてアカルボース3mg/kgを同様にショ糖と同時に経口投与した。残りの1群には、ショ糖のみを投与した。各群マウスについて、血糖値を測定した。血糖値測定は、被験物質経口投与直前および投与後30、60、90、120、180、240分に行った。測定結果を図1に示す。ショ糖のみを投与した群と比較して、ハスの葉抽出物投与群の血糖値上昇が抑制されていることが明らかになった。特に、ショ糖投与後30分の血糖上昇抑制効果が大きい。
【0026】
[実施例5]高脂肪食負荷肥満マウスに対するハスの葉抽出乾燥物による肥満改善効果の検討
5−(1) 実験材料および実験方法
高脂肪食負荷マウスに被験物質としてハスの葉抽出乾燥物を投与し、その影響を検討した。ICRマウス雌性6週齢を日本クレア株式会社から入手し、試験と同様の飼育環境下で14日間検疫・馴化飼育した。投与開始日に検疫・馴化期間中の体重増加が順調で一般状態にも異常を認めない動物40匹を試験に用いることとし、体重別層化無作為抽出法に準じた方法で群わけした。試験群構成は、A群:基本飼料摂取群、B群:高脂肪食摂取群、C群:ハスの葉抽出乾燥物2%含有高脂肪食摂取群、D群:ハスの葉抽出乾燥物5%含有高脂肪食摂取群の4群とし、1群あたり10匹とした。同じ群のマウスを5匹ずつ1ケージとし、各群2ケージで飼育した。基本飼料は、粉末飼料CE-2(日本クレア株式会社)を用いた。その他の飼料:高脂肪食、ハスの葉抽出乾燥物含有高脂肪食については、表2に示す。表中の数値は、混餌飼料を全量1kg調製する場合の各混合量を示す。
【表2】

全ての群において、給餌方法は、飼料を粉末給餌器に入れ、自由摂取とした。給水は、水道水を給水瓶に入れ、ノズルを介して自由摂取させた。上記条件でマウスへの被験物質投与を10週間継続し、該マウスに対し、一般状態観察、体重測定、摂餌量測定、解剖学的検査を行い、以下の結果を得た。なお、以下の結果に示すデータにおいて、体重、摂餌量および器官重量は平均±標準偏差(mean±S.D.)で表した。基本飼料摂取群と高脂肪食摂取群との有意差検定および高脂肪食摂取群と被験物質摂取群との有意差検定は、Student's t-testまたは多重比較検定(Dunnett's test)によって行った。
【0027】
5−(2) 一般状態観察
一般状態観察は、一日1回、ケージ毎に行った。試験期間中にわたり、各個体の一般症状に、何ら異常は認められなかった。
【0028】
5−(3) 体重
体重は、被験物質の投与直前および投与後1週間に1回、電子上皿天秤を用いて測定した。結果を各群別に表3に示す。
【表3】

【0029】
高脂肪食による影響を検討するためA群(基本飼料摂取群)とB群(高脂肪食摂取群)を比較すると、両群とも試験開始後順調に体重が増加したが、B群の体重はA群と比較してより大きく増加した。試験開始2週間後より終了時までに両群の体重値に有意差が認められ、試験終了時では両群の間に平均で6.9gの差が生じた(A群:39.3±3.0g、B群:46.2±5.6g:p<0.01)。
【0030】
ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討するためB群とC群(ハスの葉抽出乾燥物2%含有高脂肪食摂取群)、D群(ハスの葉抽出乾燥物5%含有高脂肪食摂取群)を比較すると、いずれの群も試験開始後順調に体重増加が認められたが、C群およびD群の体重増加量はB群よりも少ない傾向を示した。特にD群では、試験開始5、7、8、及び9週後の時点でB群との間に有意差が認められ、ハスの葉抽出乾燥物の体重増加抑制作用が確認された。
【0031】
5−(4) 摂餌量
摂餌量は、被験物質投与後1週間に2回、すなわち3日または4日毎に測定した。ケージ毎に電子上皿天秤を用いて給餌器を含めた重量として測定し、給仕量から残餌量を差し引くことにより算出した。
【0032】
ケージ別に算出した1匹当りの一日平均摂餌量を表4に示す。各ケージ:n=5、各群:n=10である。
【表4】

A群1匹あたりの一日平均摂餌量は、5.2〜7.9g/日、B群1匹あたりの一日平均摂餌量は、3.0〜6.8g/日、C群1匹あたりの一日平均摂餌量は、2.7〜6.1g/日、D群1匹あたりの一日平均摂餌量は、3.1〜5.6g/日であった。A群では明らかに他群と比較して多い摂餌量が確認された。B−D群では、試験開始前半(2週目当り)の摂餌量が多く、後半(6週目以降)の摂餌量が少ない傾向が見られるものの、B−D各群による特異的な変化は認められなかった。
【0033】
5−(5) 器官重量
試験開始から10週間後の観察期間終了時に、マウスを解剖し、器官重量(肝、腎、脂肪湿重量)を測定した。結果を表5に示す。各群はn=10である。
【表5】

【0034】
高脂肪食による影響を検討するためA群とB群を比較すると、肝臓重量については有意な差は認められなかったが、腎臓重量はB群で有意に軽く、脂肪重量はB群で有意に重い結果が認められた。
【0035】
ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討するためB群とC群、D群を比較すると、肝臓及び腎臓重量については有意な差は認められなかったが、脂肪重量はC群及びD群のいずれも低値を示した。特にD群においてはB群との間で有意差が認められ、脂肪減少作用が認められた。
【0036】
5−(6) まとめ
上記のとおり、2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群では体重増加抑制傾向をみられるものの有意な作用ではなかったが、一方の5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群では有意な体重増加抑制が認められた。しかし、摂餌量に若干の違いがあることから、体重減少が摂餌量によるものか、ハスの葉抽出乾燥物による効果であるかを検討する必要がある。そこで、各群で試験終了時の体重増加量と試験中の総摂餌量から体重1gを増加させるのに必要な餌の量を算出すると、高脂肪食摂取群で19.1g、2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群(高脂肪食+2%ハスの葉抽出乾燥物)で20.2g、5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群(高脂肪食+5%ハスの葉抽出乾燥物)で22,7gとなり、用量依存的増加傾向が確認された。したがって、本実施例で観察された体重増加抑制はハスの葉抽出乾燥物による効果であると結論することができる。また解剖時の脂肪重量は2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群で減少傾向、5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群で有意な脂肪重量減少が確認され、上記結論を裏付ける結果ということができる。
【0037】
[実施例6]ハスの葉抽出乾燥物のヒトに対する糖代謝と脂質代謝への作用
6−(1) 実験材料および実験方法
本実施例では、ハスの葉抽出乾燥物によるヒトの糖代謝および脂質代謝に対する影響の検討を目的とした。上記目的の検討を行うにあたり、ヒト被験者は一定の条件を満たすものに限定した。本実施例の被験者として満たすべき条件は以下のとおりとした。
1)いわゆる境界型であること、すなわち、空腹時血糖値110〜126mg/dlまたは75gグルコース負荷テスト(OGTT)の2時間血糖値が140〜200mg/dlであること。空腹時血糖値126mg/dl以上または75gOGTT 2時間値200mg/dl以上は糖尿病型となるため、本実施例の被験者からは除外した。
2)BMI (Body Mass Index)が22以上であること。BMIとは、体格指数とも呼ばれ、体重(kg)を身長(m)の2乗で除した数値である。BMI=体重(kg)÷身長(m) 2
3)糖尿病に対する薬物治療経験がないこと。
4)重篤な肝障害、腎障害、心血管障害、食物アレルギー疾患に罹患していないこと。
5)年齢が男性40-58歳,女性40-55歳で健康な者と同様の日常生活を営んでいること
6)一日の茶飲料が2L以下のもの
以上の6条件を満たした者の中から、アンケート等を実施して被験者を選抜した。アンケート及び問診表では、A.1日カロリー摂取量、B.食事の嗜好、C.既病歴,家族歴,仕事及び生活環境,運動習慣,喫煙及び飲酒について、質問した。
上記の被験者条件に適合する95名の被験者を選抜した。選抜した被験者を、年齢、性別、空腹時血糖値において差のないようにして、ハスの葉抽出乾燥物摂取群2群(T群、R群)、プラセボ摂取群(S群)の計3グループに群分けした。コントロール群として、蓮の葉抽出物を含まないベースの茶飲料(200ml/本)を摂取する群をS群、被験物質摂取群として、蓮の葉抽出乾燥粉末を0.5g/200ml含む茶飲料を摂取する群をT群、蓮の葉抽出乾燥粉末を1.0g/200ml含む茶飲料を摂取する群をR群とした。各群の構成および平均年齢を表6に示す。S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。
【表6】

試験は、プラセボを対照とした二重盲検法で行った。被験者には、被験食品摂取前に2週間の観察期間後、12週間にわたり、上記茶飲料を午前と午後に分けて1日2本(200mlx2/日)摂取させた。被験者に対し、身体測定および糖負荷試験を実施し、ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討した。
【0038】
6−(2) 身体測定
各被験者について、摂取前、摂取6週間後、摂取12週間後の各時点で身体測定を実施した。測定項目は、身長,体重,ウエスト周囲長,BMI,ヒップ周囲長,体脂肪率,内臓脂肪レベルを測定した。体脂肪率および内臓脂肪レベルの測定は、オムロン体重体組成計HBF-352を用いて実施した。内臓脂肪レベル10は内蔵脂肪面積100cm2に相当する。結果を表7及び表8に示す。表7、表8ともに、S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。。
【表7】

【表8】

6及び12週間のハスの葉抽出乾燥物2g/day摂取により、体重,BMI,体脂肪率,内臓脂肪レベル,ウエスト周囲長,ヒップ周囲長が対照群と比較して有意に低下し、ハスの葉抽出乾燥物による低減作用が認められた。また、ハスの葉抽出乾燥物1g/dayの6週間の摂取により、対照群と比較して、体重,体脂肪率が有意に低下した。12週間の摂取では、体重,BMI,体脂肪率,内臓脂肪レベル,ウエスト周囲長が対照群と比較して、有意に低下していた。
【0039】
6−(3) 糖負荷試験
各被験者について、糖負荷試験(75gグルコース/body)を摂取前、摂取12週間後2回実施した。被験者には採血前夜21時以降の飲食を避けさせた。試験当日は、最初に空腹状態で採血し、グルコース負荷前の血液とした。続いて75gのグルコースを負荷し、経時的に負荷30,60,90分後の血液を採取した。試験は午前11時までに終了した。血漿中の血糖値を、日立自動分析装置7075を用いて測定した。
結果を図2に示す。図2において、グルコース負荷前の血糖値に対する各経過時間後の血糖値をグルコース相対値(%)として表した。また、各経過時間のグルコース相対値を基に0-120分のAUC (Area Under Curve)を算出した。S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。ハスの葉乾燥週出物を12週間摂取することにより、グルコース負荷30分後及び60分後の血糖上昇抑制が認められた。
【0040】
6−(4) まとめ
上記の通り、動物試験と同様に、ヒトにおいてもハスの葉抽出乾燥物による体脂肪低減作用が認められた。ヒトでは、1日摂取量として蓮の葉乾燥抽出物2g/dayを6週間摂取することにより体脂肪量が低下したことが、体重の低下に反映したと考えられる。また、1g/dayにおいては、12週間摂取により同様の効果が認められた。これらの効果とグルコース負荷試験の結果より、体脂肪量の低下と共にインスリン抵抗性の軽減作用があることが考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
ハス科植物調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤により、血糖上昇を抑制することが可能となった。患者増加傾向にある糖尿病について、治療または予防薬の選択肢の一つを新たに提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハス科植物の調製物からなるα−グルコシダーゼ活性阻害剤。
【請求項2】
請求項1に記載のα−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載のα−グルコシダーゼ活性阻害剤を含む糖尿病治療用または予防用食品組成物。

【図1】
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【図2】
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【国際公開番号】WO2005/041995
【国際公開日】平成17年5月12日(2005.5.12)
【発行日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515208(P2005−515208)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016333
【国際出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】