説明

β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物

【課題】本発明は、癌細胞の細胞移動活性または転移活性、および/または細胞分化を調節する医薬組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の医薬組成物は、β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素VI(β3Gn−T6)タンパク質、または当該タンパク質をコードする核酸を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素(β3Gn−T6)タンパク質または当該タンパク質をコードする核酸を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
癌細胞では、細胞表面の糖鎖合成の異常から正常細胞と比べて異なる糖鎖構造を発現することが知られている。こうした癌細胞表面の異常な糖鎖構造に基づいて、有用な糖鎖関連腫瘍マーカー(糖鎖抗原)が見出されてきた。例えば、シアリルLe(NeuAcα2−3Galβ1−3(Fucα1−3)GlcNAc)、およびシアリルLe(NeuAcα2−3Galβ1−4(Fucα1−3)GlcNAc)エピトープは、既知の癌関連抗原であり、癌組織においてこれらエピトープが増加している。また、癌細胞の転移に関しては、シアリルLeおよびLeエピトープによるセレクチンへの結合を介して転移が行われると言われている。転移する癌細胞の細胞膜表面に発現した糖鎖構造は、ムチン型(またはO結合型)糖鎖の非還元末端だけでなく、糖鎖の根幹構造においても変化していることが知られている。
ここで、ムチン型糖鎖は、O−グリカンを有する糖タンパク質の異種のグループを構成し、そのうちいくつかは、上皮細胞における膜関連糖タンパク質であり、他は細胞から分泌される。ムチン型糖鎖は、生体内において様々な現象、例えば、癌転移、細胞接着、炎症などに関与する重要な役割を果たしている(Bresalierら、1996; Caponら、2001; Kim、1998; Lillehojら、2001; Mackら、1992; Phillipsら、1993; Prakobpholら、1999; Prakobpholら、1998; Sreejayanら、2001)。
ムチン型の糖タンパク質は、多くのO−グリカンのクラスターを有し、糖鎖合成は、多様なUDP−GalNAc:ポリペプチドGalNAc転移酵素(pp−GalNAc−T)によって開始される(図1)。pp−GalNAc−TによるGalNAc残基のセリンおよび/またはスレオニン残基への転移後に、このGalNAc残基にさらに糖残基が転移され、O−グリカンが形成される。O−グリカンは、各種のコア構造に従って分類することができる。コア1構造(Galβ1−3GalNAcα1−セリン/スレオニン)は、多くの細胞に見られるO−グリカンの主要構造である。コア3構造(GlcNAcβ1−3GalNAcα1−セリン/スレオニン)は、結腸のような分化した組織由来のムチンに限定される(Iwaiら、2002)。コア2構造(Galβ1−3(GlcNAcβ1−6)GalNAcα1−セリン/スレオニン)、及びコア4構造(GlcNAcβ1−3(GlcNAcβ1−6)GalNAcα1−セリン/スレオニン)は、それぞれ、コア1及びコア3上のGalNAcにβ1,6結合でGlcNAcの付加によって形成される。各種のコア構造は、細胞及び組織の分化や悪性への形質転換に関連して発現する(Brockhausenら、1995; Fukuda、1996; Pillerら、1988; Yangら、1994; Yousefiら、1991)。例えば、正常の結腸組織では、コア3構造が主要である(Brockhausenら、1985; Caponら、2001; Podolsky、1985a、1985b)。これとは対照的に、結腸癌組織および結腸癌細胞株においては、コア3構造の発現は下方制御され、代わってコア1構造およびコア2構造の発現が上方制御される(Brockhausen、1999; Kim、1998)。さらに、コア3シンターゼの活性は、これらの結腸癌組織および細胞株において検出できないレベルまで減少する(Vavasseurら、1994; Vavasseurら、1995)。これらの結果は、コア3シンターゼの発現の下方制御が、癌組織および癌細胞株におけるコア3構造の消失を引き起こす可能性があることを示唆している。また、O−グリカンのコア構造の合成に関与する多くの酵素は、基質としてのムチン上のGalNAcに集積する。コア1およびコア3シンターゼは、GalまたはGlcNAcをそれぞれβ1,3−結合でGalNAc残基に転移する。
最近、発明者らのグループは、UDP−GlcNAc−GalNAc−ペプチド β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素(β3Gn−T6)をクローニングすることに成功し、基質特異性、反応産物の結合様式、遺伝子発現プロフィールに基づき、β3Gn−T6がコア3シンターゼの最も有力な候補となることを突き止めた(国際公開WO03/033710)。また、β3Gn−T6に結合する新規なモノクローナル抗体(G8−144)を作製し、免疫組織化学的分析を行った。その結果、正常な胃および結腸では、β3Gn−T6は上皮組織のゴルジ領域において顕著に発現していた。対照的に、胃及び結腸の癌組織では、β3Gn−T6の発現は抑制されていた。また、家族性大腸ポリオーシス(FAP)の患者においては、β3Gn−T6の発現と形成異常/腫瘍形成の程度との間に明らかな相関関係があることを見出した。具体的には、FAPの組織の異型度から5つのグループに分類した場合に、悪性腫瘍と擬制されるか、または悪性腫瘍であるグループ4および5において、β3Gn−T6の発現が完全に消失していた(国際公開WO03/033710)。しかしながら、β3Gn−T6の生体内における機能はさらに解明する必要があった。
【特許文献1】国際公開WO03/033710
【非特許文献1】Bresalier,R.S.et al.,Gastroenterology,110,1354−1367(1996)
【非特許文献2】Capon,C.et al.,Biochem.J.,358,657−664(2001)
【非特許文献3】Kim,Y.S.,Keio J.Med.,47,10−18(1998)
【非特許文献4】Lillehoj,E.P.et al.,Am.J.Physiol.Lung Cell Mol.Physiol.,280,L181−187(2001)
【非特許文献5】Mack,D.R.et al.,Gastroenterology,102,1199−1211(1992)
【非特許文献6】Phillips,T.E.et al.,Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids,48,423−428(1993)
【非特許文献7】Prakobphol,A.et al.,Biochemistry,38,6817−6825(1999)
【非特許文献8】Prakobphol,A.et al.,Biochemistry,37,4916−4927(1998)
【非特許文献9】Sreejayan,N.et al.,Am.J.Physiol.Gastrointest.Liver Physiol.,280:G1043−1048(2001)
【非特許文献10】Iwai,T.et al.,J.Biol.Chem.,277,12802−12809(2002)
【非特許文献11】Brockhausen,I.et al.,Eur.J.Biochem,233,607−617(1995)
【非特許文献12】Fukuda,M.,Cancer Res.,56,2237−2244(1996)
【非特許文献13】Piller,F.et al.,J.Biol.Chem.,263,15146−15150(1988)
【非特許文献14】Yang,J.M.et al.,Glycobiology,4,873−884(1994)
【非特許文献15】Yousefi,S.et al.,J.Biol.Chem.,266,1772−1782(1991)
【非特許文献16】Brockhausen,I.et al.,Biochemistry,24,1866−1874(1985)
【非特許文献17】Podolsky,D.K.,J.Biol.Chem.,260,8262−8271(1985a)
【非特許文献18】Podolsky,D.K.,J.Biol.Chem.,260,15510−15515(1985b)
【非特許文献19】Brockhausen,I.et al.,Biochim.Biophys.Acta.,1473,67−95(1999)
【非特許文献20】Vavasseur,F.et al.,Eur.J.Biolchem.,222,415−424(1994)
【非特許文献21】Vavasseur,F.et al.,Glycobiology,5,351−357(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素VI(β3Gn−T6)タンパク質、またはそれをコードする核酸を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物を提供することである。さらに、本発明の目的は、本発明の医薬組成物を利用することにより、癌細胞の転移を抑制し、および/または癌細胞を分化した状態へと誘導することにある。なお、本明細書中において「β3Gn−T6」は、特に言及しない限りβ3Gn−T6タンパク質、または当該タンパク質をコードする核酸、あるいは、タンパク質と核酸の双方を示す。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前述したように、細胞膜表面に発現する糖タンパク質の糖鎖構造は、癌細胞の腫瘍マーカーとなるばかりでなく、癌細胞の転移と密接に関連している。そこで、本発明の医薬組成物を用いることにより、癌細胞に発現する糖鎖構造を改変させ、癌細胞の転移を抑制することが可能となる。また、本発明の医薬組成物により、癌細胞を分化した状態へと誘導することも可能となる。したがって、本発明は、糖鎖の発現、糖鎖構造の改変に関与する糖転移酵素を含む医薬組成物を提供することによって、医療分野における癌細胞の転移抑制、および癌細胞の分化誘導を目的とした癌治療を援助する。
本発明者らは、癌細胞に糖転移酵素をコードする遺伝子を組み込み、癌細胞表面に発現する糖鎖構造を改変することによって、癌細胞の移動活性、および転移活性を抑制することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明によれば、β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素VI(β3Gn−T6)を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物は、β3Gn−T6タンパク質を直接使用してもよいし、あるいは、β3Gn−T6をコードする核酸を例えば適切な発現ベクターに挿入したものを使用してもよい。
本発明の一態様において、本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質であるか、あるいは該配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換し若しくは欠失し、若しくは該アミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が挿入され若しくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。また、このようなアミノ酸配列は、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%、さらにより好ましくは少なくとも80%、最も好ましくは少なくとも90%の同一性を有することが好ましい。
あるいは本発明の一態様によれば、β3Gn−T6をコードする核酸を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物に使用される核酸は、好ましくは、配列番号2の塩基配列を有する核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸であってもよい。前記核酸は、好ましくは、配列番号2の塩基配列中の第1番目−第1152番目の塩基を有する核酸である。
本発明の一態様において、本発明の医薬組成物は、癌細胞の細胞移動活性を抑制するために使用することができる。癌細胞は、好ましくは、胃、結腸、直腸、食道、肺、肝臓、血液(例えば、骨髄、B細胞、T細胞)、または脳由来であり、より好ましくは、胃、結腸、直腸、食道由来であり、最も好ましくは、胃、結腸由来である。前記癌細胞による転移が抑制される転移先の臓器は、好ましくは、肺、肝臓、腹膜、より好ましくは、肺、肝臓であり、最も好ましくは、肺である。
本発明の医薬組成物は、細胞分化を誘導するために使用することができる。
あるいは、β3Gn−T6タンパク質または当該タンパク質をコードする核酸の、細胞分化のマーカーとしての使用も提供される。
本発明の医薬組成物は、コア3構造の発現と競合させることによって、コア1構造の発現を抑制することができる。
本発明によれば、配列番号1に記載されたアミノ酸配列、この配列において1またはそれ以上のアミノ酸が欠失、付加または置換しているアミノ酸配列、あるいはこれら配列において少なくとも50%の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質の遺伝子発現が、一部または完全に抑制されていることを特徴とするノックアウト動物が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下、本発明の説明のために、好ましい実施形態に関して詳述する。
(1)β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素(β3Gn−T6)
本発明者らのグループは、既に、β3Gn−T6をコードする遺伝子のクローニングに成功し、その塩基配列および推定アミノ酸配列を決定している(国際公開WO03/033710)。β3Gn−T6をコードする核酸の塩基配列、推定アミノ酸配列、β3Gn−T6の酵素としての基質特異性、β3Gn−T6に対するモノクローナル抗体、および組織における発現分布に関しては、国際公開WO03/033710に開示される。
本明細書においては、本発明の理解のために、本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6を以下に説明する。なお、本明細書において、ヒトβ3Gn−T6をコードしている核酸を配列表の配列番号2に記載し、該核酸がコードする推定アミノ酸配列を配列番号1に記載する。
本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6は、次の性質を有する酵素である。
触媒反応
N−アセチルガラクトサミニル(GalNAc)基にN−アセチルグルコサミンをβ1,3結合で転移する(EC2.4.1.147、Acetylgalactosaminyl−O−glycosyl−glycoprotein beta−1,3−N−acetylglucosaminyltransferase)。触媒する反応を反応式で記載すると、N−アセチル−D−ガラクトサミニル−R + UDP−N−アセチル−D−グルコサミン → N−アセチル−β−D−グルコサミニル−1,3−N−アセチル−D−ガラクトサミニル−R + UDP (GalNAc−R + UDP−GlcNAc → GlcNAcβ1−3GalNAc−R + UDP)となる。
受容体基質特異性
受容体基質は、本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6がN−アセチル−D−グルコース供与体基質からN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基を転移し得る基質である限り特に限定されないが、好ましくは、N−アセチルガラクトサミン(GalNAc)、例えばN−アセチルガラクトサミンα1−R(Rは、タンパク質中のセリンやスレオニン等の側鎖の水酸基やp−ニトロフェノール等の水酸基とエーテル結合した残基)である。
本発明によれば、β3Gn−T6を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物が提供される。ここで、β3Gn−T6は、本明細書に記載した特徴を有する限り、その起源、製法等は限定されない。即ち、β3Gn−T6は、天然産のタンパク質、遺伝子工学的手法により組換えDNAから発現されたタンパク質、または化学合成タンパク質の何れでもよい。
本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6は、典型的には、配列番号1に記載したアミノ酸残基384個からなるアミノ酸配列を有する。しかしながら、天然のタンパク質の中には、それを生産する生物種の品種の違いや、生体型(ecotype)の違いによる遺伝子の変異、あるいはよく似たアイソザイムの存在等に起因して、1から複数個のアミノ酸変異を有する変異タンパク質が存在することは周知である。なお、本明細書で使用する用語「変異タンパク質」とは、配列番号1に示されたアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換し若しくは欠失し、または該アミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が挿入され若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する機能を有するタンパク質等を意味する。ここで、「複数個」とは、好ましくは1−200個、より好ましくは1−100個、最も好ましくは1−50個である。限定されるわけではないが、部位特異的な変異によってアミノ酸が置換された場合に、元々のタンパク質が有する活性は保存される程度に置換が可能なアミノ酸の個数は、一般的には、好ましくは1−10個である。
本発明の医薬組成物に使用されるヒトβ3Gn−T6は、好ましくはクローニングされた核酸の塩基配列からの推定に基づいて配列番号1のアミノ酸配列を有するが、その配列を有するタンパク質のみに限定されるわけではなく、本明細書中に記載した特徴を有する限り全ての相同タンパク質を含むことが意図される。同一性は、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%、さらにより好ましくは少なくとも80%、最も好ましくは少なくとも90%である。
本明細書において、アミノ酸配列のパーセント同一性は、重複部分と同一性を最大化する一方で、配列ギャップを最小化するように並列した場合のタンパク質(またはポリペプチド)のアミノ酸配列を比較することによって決定される。2つのアミノ酸配列のパーセント同一性は、目視検査と数学的計算により決定可能であるか、またはより好ましくは、この比較はコンピュータ・プログラムを使用して配列情報を比較することによってなされる。当業者により使用される配列比較プログラムでは、例えば、国立医学ライブラリーのウェブサイト:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/bl2seq/bl2.htmlにより使用が可能なBLASTPプログラム(バージョン2.2.7)が使用可能である。プログラムによる同一性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳説されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。なお、当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた、使用可能である。
一般的に、同様の性質を有するアミノ酸同士の置換(保存的置換)(例えば、ある疎水性アミノ酸から別の疎水性アミノ酸への置換、ある親水性アミノ酸から別の親水性アミノ酸への置換、ある酸性アミノ酸から別の酸性アミノ酸への置換、あるいはある塩基性アミノ酸から別の塩基性アミノ酸への置換)を導入した場合、得られる変異タンパク質はもとのタンパク質と同様の性質を有することが多い。遺伝子組換え技術を使用して、このような所望の保存的変異を有する組換えタンパク質を作製する手法は当業者に周知であり、このような変異タンパク質も本発明の医薬組成物に使用することができる。
本発明の医薬組成物に使用されるβ3Gn−T6タンパク質は、例えば、後述の実施例1に従って、本発明の核酸による配列番号2の核酸(好ましくはDNA)を大腸菌、酵母、昆虫細胞、または動物細胞に、それぞれの宿主で増幅可能な発現ベクターを用いて導入および発現させることにより大量に得ることができる。
本明細書において、同一性のパーセントは、例えば、Altschulら(Nucl.Acids.Res.,25,3389−3402(1997))に記載されているBLASTプログラム、あるいはPearsonら(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2444−2448(1988))に記載されているFASTAを用いて配列情報と比較し決定することが可能である。当該プログラムは、インターネット上でNational Center for Biotechnology Information(NCBI)、あるいはDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから利用することが可能である。各プログラムによる同一性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳しく記載されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。なお、当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた使用可能である。
なお、本発明のタンパク質は、そのアミノ酸配列が上述した通りのものであり、後述する実施例1−3に記載したように、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する機能を有するものであれば、タンパク質に糖鎖が結合していてもよい。
(2)β3Gn−T6タンパク質をコードする核酸
本発明によれば、β3Gn−T6タンパク質をコードする核酸を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物が提供される。上記核酸は、一本鎖および二本鎖型両方のDNA、およびそのRNA相補体も含む。DNAには、例えば天然由来のDNA、組換えDNA、化学合成したDNA、PCRによって増幅されたDNA、およびそれらの組合せが含まれる。使用する核酸としては、DNAが好ましい。本明細書において、ある特定の塩基配列について記載する場合、特に言及しない限り、その相補鎖も含む。
本発明の医薬組成物に使用する核酸は、好ましくは配列番号1に示されるヒトのアミノ酸配列をコードする核酸(その相補体を含む)である。典型的には、配列番号2の塩基配列(その相補体を含む)を有する。天然の核酸の中には、それを生産する生物種の品種の違いや、生態型の違いに起因する少数の変異やよく似たアイソザイムの存在に起因する少数の変異が存在することは当業者に周知である。使用可能な核酸は、配列番号2に記載の塩基配列を有する核酸に限定されるわけではなく、β3Gn−T6タンパク質をコードする全ての核酸を包含する。本発明の医薬組成物に使用する核酸は、好ましくは、配列番号2の塩基配列の第1番目−第1152番目の塩基を有する。
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、中程度または高程度にストリンジェントな条件においてハイブリダイズすることを意味する。具体的には、中程度にストリンジェントな条件は、例えば、DNAの長さに基づき、一般の技術を有する当業者によって、容易に決定することが可能である。基本的な条件は、Sambrookら,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第3版,第6−7章,Cold Spring Harbor Laboratory Press,2001に示され、そしてニトロセルロースフィルターに関し、5×SSC、0.5% SDS、1.0mM EDTA(pH8.0)の前洗浄溶液、約40−50℃での、約50%ホルムアミド、2×SSC−6×SSC(または約42℃での約50%ホルムアミド中の、スターク溶液(Stark’s solution)などの他の同様のハイブリダイゼーション溶液)のハイブリダイゼーション条件、および約60℃、0.5×SSC、0.1% SDSの洗浄条件の使用が含まれる。好ましくは中程度にストリンジェントな条件は、約50℃、2×SSCのハイブリダイゼーション条件を含む。高ストリンジェントな条件もまた、例えばDNAの長さに基づき、当業者によって、容易に決定することが可能である。一般に、こうした条件は、中程度にストリンジェントな条件よりも高い温度および/または低い塩濃度でのハイブリダイゼーション(例えば、約65℃、6×SSCないし0.2×SSC、好ましくは6×SSC、より好ましくは2×SSC、最も好ましくは0.2×SSCのハイブリダイゼーション)および/または洗浄を含み、例えば上記のようなハイブリダイゼーション条件、およびおよそ68℃、0.2×SSC、0.1% SDSの洗浄を伴うと定義される。ハイブリダイゼーションおよび洗浄の緩衝液では、SSC(1×SSCは、0.15M NaClおよび15mM クエン酸ナトリウムである)にSSPE(1×SSPEは、0.15M NaCl、10mM NaHPO、および1.25mM EDTA、pH7.4である)を代用することが可能であり、洗浄はハイブリダイゼーションが完了した後で15分間行う。当業者に知られていて、以下にさらに記載したように、ハイブリダイゼーション反応と二本鎖の安定性を支配する基本原理を適用することによって望ましい度合いのストリンジェンシーを達成するためには、洗浄温度と洗浄塩濃度を必要に応じて調整することが可能であると理解すべきである(例えば、Sambrookら、2001を参照されたい)。核酸を未知配列の標的核酸へハイブリダイズさせる場合、ハイブリッドの長さはハイブリダイズする核酸のそれであると仮定される。既知配列の核酸をハイブリダイズさせる場合、ハイブリッドの長さは核酸の配列を並列し、最適な配列相補性をもつ単数または複数の領域を同定することによって決定可能である。50塩基対未満の長さであることが予測されるハイブリッドのハイブリダイゼーション温度は、ハイブリッドの融解温度(T)より5−25℃低くなければならず、Tは、以下の等式により決定される。長さ18塩基対未満のハイブリッドに関して、T(℃)=2(A+T塩基数)+4(G+C塩基数)。18塩基対を超える長さのハイブリッドに関しては、T=81.5℃+16.6(log10[Na])+41(モル分率[G+C])−0.63(%ホルムアミド)−500/nであり、ここで、Nはハイブリッド中の塩基数であり、そして[Na]は、ハイブリダイゼーション緩衝液中のナトリウムイオン濃度である(1×SSCの[Na]=0.165M)。好ましくは、こうしたハイブリダイズする核酸は各々、少なくとも8ヌクレオチド(または、より好ましくは、少なくとも15ヌクレオチド、または少なくとも20ヌクレオチド、または少なくとも25ヌクレオチド、または少なくとも30ヌクレオチド、または少なくとも40ヌクレオチド、または最も好ましくは少なくとも50ヌクレオチド)、またはそれがハイブリダイズする核酸の長さの少なくとも1%(より好ましくは少なくとも25%、または少なくとも50%、または少なくとも70%、そして最も好ましくは少なくとも80)である長さを有し、それがハイブリダイズする核酸と少なくとも50%(より好ましくは少なくとも70%、少なくとも 75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも97.5%、または少なくとも99%、そして最も好ましくは少なくとも99.5%)の配列同一性を有する。ここで配列同一性は、上記により詳しく記載されるように、重複部分と同一性を最大化する一方、配列ギャップを最小化するように並列された、ハイブリダイズする核酸の配列を比較することによって決定される。
核酸増幅反応は、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(Saiki R.K.,et al.,Science,230,1350−1354(1985))、ライゲース連鎖反応(LCR)(Wu D.Y.,et al.,Genomics,4,560−569(1989); Barringer K.J.,et al.,Gene,89,117−122(1990); Barany F.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,88,189−193(1991))および転写に基づく増幅(Kwoh D.Y.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86,1173−1177(1989))等の温度循環を必要とする反応、並びに鎖置換反応(SDA)(Walker G.T.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89,392−396(1992); Walker G.T.,et al.,Nuc.Acids.Res.,20,1691−1696(1992))、自己保持配列複製(3SR)(Guatelli J.C.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,87,1874−1878(1990))およびQβレプリカーゼシステム(Lizardiら、BioTechnology 6,p.1197−1202(1988))等の恒温反応を含む。また、欧州特許第0525882号に記載されている標的核酸と変異配列の競合増幅による核酸配列に基づく増幅(Nucleic Acid Sequence Based Amplification:NASABA)反応等も利用可能である。好ましくはPCR法である。
上記のようなハイブリダイゼーション、核酸増幅反応等を使用してクローニングされる相同な核酸は、配列表の配列番号2に示される塩基配列に対して少なくとも50%、好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%、さらにより好ましくは少なくとも80%、最も好ましくは少なくとも90%の同一性を有する。
核酸の同一性パーセントは、視覚的検査および数学的計算によって決定することが可能である。あるいは、2つの核酸配列のパーセント同一性は、目視検査と数学的計算により決定可能であるか、またはより好ましくは、この比較はコンピュータ・プログラムを使用して配列情報を比較することによってなされる。代表的な、好ましいコンピュータ・プログラムは、遺伝学コンピュータ・グループ(GCG;ウィスコンシン州マジソン)のウィスコンシン・パッケージ、バージョン10.0プログラム「GAP」である(Devereuxら、1984、Nucl.Acids Res.12:387)。この「GAP」プログラムの使用により、2つの核酸配列の比較の他に、2つのアミノ酸配列の比較、核酸配列とアミノ酸配列との比較を行うことができる。ここで、「GAP」プログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)ヌクレオチドについての(同一物について1、および非同一物について0の値を含む)一元(unary)比較マトリックスのGCG実行と、SchwartzおよびDayhoff監修「ポリペプチドの配列および構造のアトラス(Atlas of Polypeptide SequenceおよびStructure)」国立バイオ医学研究財団、353−358頁、1979により記載されるような、GribskovおよびBurgess,Nucl.Acids Res.14:6745,1986の加重アミノ酸比較マトリックス;または他の比較可能な比較マトリックス;(2)アミノ酸の各ギャップについて30のペナルティと各ギャップ中の各記号について追加の1のペナルティ;またはヌクレオチド配列の各ギャップについて50のペナルティと各ギャップ中の各記号について追加の3のペナルティ;(3)エンドギャップへのノーペナルティ:および(4)長いギャップへは最大ペナルティなし、が含まれる。当業者により使用される他の配列比較プログラムでは、例えば、国立医学ライブラリーのウェブサイト:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/bl2seq/bls.htmlにより使用が利用可能なBLASTNプログラム、バージョン2.2.7、またはUW−BLAST2.0アルゴリズムが使用可能である。UW−BLAST2.0についての標準的なデフォルトパラメーターの設定は、以下のインターネットサイト:http://blast.wustl.eduに記載されている。さらに、BLASTアルゴリズムは、BLOSUM62アミノ酸スコア付けマトリックスを使用し、使用可能である選択パラメーターは以下の通りである:(A)低い組成複雑性を有するクエリー配列のセグメント(WoottonおよびFederhenのSEGプログラム(Computers and Chemistry,1993)により決定されれ;WoottonおよびFederhen,1996「配列データベースにおける組成編重領域の解析(Analysis of compositionally biased regions in sequence databases)」Methods Enzymol.266:544−71も参照されたい)、または、短周期性の内部リピートからなるセグメント(ClaverieおよびStates(Computers and Chemistry,1993)のXNUプログラムにより決定される)をマスクするためのフィルターを含むこと、および(B)データベース配列に対する適合を報告するための統計学的有意性の閾値、またはE−スコア(KarlinおよびAltschul,1990)の統計学的モデルにしたがって、単に偶然により見出される適合の期待確率;ある適合に起因する統計学的有意差がE−スコア閾値より大きい場合、この適合は報告されない);好ましいE−スコア閾値の数値は0.5であるか、または好ましさが増える順に、0.25、0.1、0.05、0.01、0.001、0.0001、1e−5、1e−10、1e−15、1e−20、1e−25、1e−30、1e−40、1e−50、1e−75、または1e−100である。
(3)組換えベクターと形質転換体
プラスミド等のベクターにβ3Gn−T6タンパク質をコードする核酸のDNA断片を組込む方法としては、例えば、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,1.1(2001)に記載の方法などが挙げられる。簡便には、市販のライゲーションキット(例えば、宝酒造製等)を用いることもできる。このようにして得られる組換えベクター(例えば、組換えプラスミド)は、宿主細胞(例えば、大腸菌DH5α、DH10BAC、TB1、LE392、XL−LE392、またはXL−1Blue等)に導入される。
プラスミドを宿主細胞に導入する方法としては、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,16.1(2001)に記載の塩化カルシウム法または塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。
ベクターは、簡単には当該技術分野において入手可能な組換え用ベクター(例えば、プラスミドDNA等)に所望の遺伝子を常法により連結することによって調製することができる。用いられるベクターの具体例としては、大腸菌由来のプラスミドとして、例えば、pDONR(商標)201、pBluescript、pUC18、pUC19、pBR322、pTAPlus、pDrive、pETBlue−1等が例示されるが、これらに限定されない。
当業者であれば制限末端は発現ベクターに適合するように適宜選択することが可能である。発現ベクターは、β3Gn−T6を発現させたい宿主細胞に適したものを当業者であれば適宜選択することができる。このように発現ベクターは、β3Gn−T6が目的の宿主細胞中で発現し得るように遺伝子発現に関与する領域(プロモーター領域、エンハンサー領域、オペレーター領域等)が適切に配列されており、さらにβ3Gn−T6をコードする核酸が適切に発現するように構築されていることが好ましい。また、発現ベクターの構築は、制限処理および連結作業を必要としない、Gatewayシステム(インビトロジェン社)を用いても行うことができる。Gatewayシステムとは、PCR産物の方向性を維持したままクローニングができ、また、DNA断片を適切に改変した発現ベクターにサブクローニングを可能にした部位特異的な組換えを利用したシステムである。具体的には、PCR産物およびドナーベクターから部位特異的な組換え酵素であるBPクロナーゼによってエントリークローンを作成し、その後、このクローンと別の組換え酵素であるLBクロナーゼによって組換え可能なデスティネーションベクターにPCR産物を移入することにより、発現系に対応した発現クローンを調製するものである。最初にエントリークローンを作成すれば、制限酵素やリガーゼで作業する手間のかかるサブクローニングステップが不要である点を特徴の一つとする。
発現ベクターの種類は、原核細胞および/または真核細胞の各種の宿主細胞中で所望の遺伝子を発現し、所望のタンパク質を生産する機能を有するものであれば特に限定されないが、例えば、大腸菌用発現ベクターとして、pQE−30、pQE−60、pMAL−C2、pMAL−p2、pSE420等が好ましく、酵母用発現べクターとしてpYES2、pAUR123(サッカロマイセス属)、pPIC3.5K、pPIC9K、pA0815(以上ピキア属)、昆虫細胞用発現ベクターとしてpFastBac、pBacPAK8/9、pBK283、pVL1392、pBlueBac4.5、哺乳類細胞用発現ベクターとしてpDEST12.2、pcDNA3.1、pFLAG−CMV1、pFLAG−CMV3、pDON−AIなどが好ましい。
上記発現ベクターを宿主細胞に組み込み、形質転換体を得ることができる。上記「宿主細胞」として真核細胞(哺乳類細胞、酵母、昆虫細胞等)であっても原核細胞(大腸菌、枯草菌等)であっても使用することができる。該形質転換体を得るための宿主細胞は、特に限定されず、さらに、または、ヒト(例えば、HT1080 FP−10、293、293T、HeLa、SH−SY5Y)、マウス(例えば、Neuro2a、NIH3T3)等由来の培養細胞でもよい。これらはいずれも公知であり、市販されているか(例えば、大日本製薬)、あるいは公共の研究機関(例えば、理研セルバンク)より入手可能である。あるいは、胚、器官、組織若しくは非ヒト個体も使用可能である。
ところで、β3Gn−T6タンパク質をコードする核酸は、ヒトゲノムライブラリーから発見された核酸であるため、真核細胞を形質転換体の宿主細胞として用いることより天然物に近い性質を有したβ3Gn−T6が得られる(例えば、糖鎖が付加された態様など)と考えられる。従って、宿主細胞としては真核細胞、特に哺乳類細胞を選択することが好ましい。哺乳類細胞としては、具体的には、ヒト由来、マウス由来、アフリカツメガエル由来、ラット由来、ハムスター由来、またはサル由来の細胞若しくはそれらの細胞から樹立した培養細胞株などが例示される。また、宿主細胞としての大腸菌、酵母または昆虫細胞は、具体的には、大腸菌(DH5α、DH10BAC、M15M、JM109、BL21等)、酵母(INVSc1(サッカロマイセス属)、GS115、KM71(以上ピキア属)など)、昆虫細胞(Sf21、Sf9、BmN4、カイコ幼虫等)などが例示される。
宿主細胞として細菌、特に大腸菌を用いる場合、一般に発現べクターは少なくとも、プロモーター/オペレーター領域、開始コドン、所望のタンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーターおよび複製可能単位から構成される。
宿主細胞として酵母、植物細胞、動物細胞または昆虫細胞を用いる場合には、一般に発現べクターは少なくとも、プロモーター、関始コドン、所望のタンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーターを含んでいることが好ましい。またシグナルペブチドをコードするDNA、エンハンサー配列、所望の遺伝子の5’側および3’側の非翻訳領域、選択マーカー領域または複製可能単位などを適宜含んでいてもよい。
発現べクタ−において、好ましい開始コドンとしては、メチオニンコドン(ATG)が例示される。また、終止コドンとしては、常用の終止コドン(例えば、TAG、TGA、TAAなど)が例示される。
複製可能単位とは、宿主細胞中でその全DNA配列を複製することができる能力をもつDNAを意味し、天然のプラスミド、人工的に修飾されたプラスミド(天然のプラスミドから調製されたプラスミド)および合成プラスミド等が含まれる。好ましいプラスミドとしては、大腸菌ではプラスミドpQE30、pETまたはpCAL若しくはそれらの人工的修飾物(pQE30、pETまたはpCALを適当な制限酵素で処理して得られるDNAフラグメント)が、酵母ではプラスミドpYES2若しくはpPIC9Kが、また昆虫細胞ではプラスミドpFastBac、pBacPAK8/9等があげられる。
エンハンサー配列、ターミネーター配列については、例えば、それぞれSV40に由来するもの等、当業者において通常使用されるものを用いることができる。
選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができる。例えばジェネティシン(G−418)、テトラサイクリン、アンピシリン、またはカナマイシン若しくはネオマイシン、ハイグロマイシンまたはスペクチノマイシン等の抗生物質耐性遺伝子などが例示される。
発現べクターは、少なくとも、上述のプロモータ−、開始コドン、所望のタンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、およびターミネーター領域を連続的かつ環状に適当な複製可能単位に連結することによって調製することができる。またこの際、所望により制限酵素での消化やT4 DNAリガーゼを用いるライゲーション(連結)等の常法により適当なDNAフラグメント(例えば、リンカー、他の制限酵素部位など)を用いることができる。
発現べクターの宿主細胞への導入[形質転換(形質移入)]は従来公知の方法を用いて行うことができる。例えば、細菌(E.coli,Bacillus subtilis等)の場合は、例えばCohenらの方法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,69,2110(1972))、プロトプラスト法(Mol.Gen.Gent.,168,111(1979))やコンピテント法(J.Mol.Biol.,56,209(1971))によって、Saccharomyces cervisiarの場合は、例えばHinnenらの方法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,75,1927(1978))やリチウム法(J.B.Bacteriol.,153,163(1983))によって、植物細胞の場合は、例えばリーフディスク法(Science,227,129(1985))、エレクトロポレ−ション法(Nature,319,791(1986))によって、動物細胞の場合は、例えばGrahamの方法(Virology,52,456(1973))、昆虫細胞の場合は、例えばSummerらの方法(Mol.Cell Biol.,3,2156−2165(1983))によってそれぞれ形質転換することができる。なお、組換えベクターの構築およびそれを用いて本発明の核酸を宿主細胞に導入する方法の具体例が実施例1に詳述されている。
(4)タンパク質の単離・精製
近年、遺伝子工学的手法として、形質転換体を培養、生育させて、その培養物、生育物から目的物質を単離・精製する手法が確立されている。
本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6は、上記の如く調製された発現ベクターを含む形質転換細胞を栄養培地で培養することによって発現(生産)することができる。栄養培地は、宿主細胞(形質転換体)の生育に必要な炭素源、無機窒素源若しくは有機窒素源を含んでいることが好ましい。炭素源としては、たとえばグルコース、デキストラン、可溶性デンプン、ショ糖、メタノールなどが、例示される。無機窒素源若しくは有機窒素源としては、例えばアンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などが例示される。また、所望により他の栄養素(例えば無機塩(例えば、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウム)、ビタミン類、抗生物質(例えばテトラサイクリン、ネオマイシン、アンピシリン、カナマイシン等)など)を含んでいてもよい。培養は、当業界において知られている方法により行われる。培養条件、例えば温度、培地のpHおよび培養時間は、β3Gn−T6が大量に生産されるように適宜選択される。
β3Gn−T6は、上記培養により得られる培養物より以下のようにして取得することができる。すなわち、β3Gn−T6が宿主細胞内に蓄積する場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞を集め、これを適当な緩衝液(例えば、濃度が10〜100mM程度のトリス緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液などの緩衝液であり、pHは用いる緩衝液によって異なるがpH5.0〜9.0の範囲が望ましい)に懸濁した後、用いる宿主細胞に適した方法で細胞を破壊し、遠心分離により宿主細胞の内容物を得る。一方、β3Gn−T6が宿主細胞外に分泌される場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞と培地を分離し、培養ろ液を得る。宿主細胞破壊液、あるいは培養ろ液はそのまま、または硫安沈殿と透析を行なった後に、β3Gn−T6の単離・精製に供することができる。単離・精製の方法としては、以下の方法が挙げることができる。即ち、当該タンパクに6×ヒスチジンやGST、マルトース結合タンパクといったタグを付けている場合には、一般に用いられるそれぞれのタグに適したアフィニティークロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。一方、そのようなタグを付けずに本発明のタンパク質を生産した場合には、イオン交換クロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。また、これに加えてゲルろ過や疎水性クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィーなどを組み合わせる方法も挙げることができる。
β3Gn−T6はまた、精製および同定を容易にするために添加されるペプチドを含んでもよい。こうしたペプチドには、ポリ−Hisまたは米国特許第5,011,912号およびHoppら,Bio/Technology,6:1204,1988に記載される抗原性同定ペプチドが含まれるが、これらに限定さるものではない。こうしたペプチドの1つはFLAG(登録商標)ペプチド(Asp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys(配列番号3))であり、該ペプチドは非常に抗原性であり、そしてそれぞれに特異的なモノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供し、発現された組換えタンパク質の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。また、4E11と称されるネズミハイブリドーマは、本明細書に援用される米国特許第5,011,912号に記載されるように、特定の二価金属陽イオンの存在下で、FLAG(登録商標)ペプチドに結合するモノクローナル抗体を産生する。4E11ハイブリドーマ細胞株は、寄託番号HB 9259下に、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)に寄託されている。FLAG(登録商標)ペプチドに結合するモノクローナル抗体は、Eastman Kodak Co., Scientific Imaging Systems Division、コネチカット州ニューヘブンより入手可能である。
具体的には、β3Gn−T6を発現する発現ベクターにFLAGタグのcDNAを挿入し、標識したβ3Gn−T6を発現させ、抗FLAG抗体を用いてβ3Gn−T6の発現を確認することができる。
(5)細胞アッセイ
本発明の医薬組成物に使用するβ3Gn−T6による細胞への効果については、いかなる適切なアッセイによって試験してもよい。細胞アッセイには、癌細胞の移動活性測定、転移測定、および分化測定が含まれる。
細胞移動活性測定は、従来記述されているインビトロ侵入アッセイ(Okada,T.et al.,Clin.Exp.Metastasis,12,305−31(1994))に準じて行うことができる。具体的には、後述する実施例1に記載したように、ラミニンまたは細胞外マトリックス(ECM)でコートした、ポアサイズが直径8μmである多孔性ポリカーボネートメンブレンを有するチャンバーを用いて行うことができる。後述する実施例1に示すように、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞およびHT1080 FP−10/mock細胞をそれぞれチャンバーに播種し、該細胞がポアを通過した場合の細胞数によって細胞移動活性を比較することができ、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞における細胞移動活性は、HT1080 FP−10/mock細胞と比べて約1/3に抑制された。
細胞の転移測定は、実験動物に細胞を投与し、該細胞が所定の臓器に着床した後に形成した腫瘍を検出することによって行うことができる。本明細書において「転移」というときは、癌(または腫瘍)細胞が原発腫瘍から剥離して血管またはリンパ管を通って遠隔の単一のまたは複数の臓器や組織に移行し、着床、増殖して原発巣と同一病変を発現させることをいう。原発腫瘍から血管またはリンパ管に至るまでの細胞移動、あるいは血管またはリンパ管から遠隔臓器や組織までの浸潤による細胞移動が含まれる。また、癌細胞の原発臓器は、好ましくは胃、結腸、直腸、食道、肺、肝臓、血液(例えば、骨髄、B細胞、T細胞)、脳、より好ましくは胃、結腸、直腸、食道、最も好ましくは胃、結腸である。また、転移先の臓器は、好ましくは肺、肝臓、腹膜、より好ましくは肺、肝臓、最も好ましくは肺である。これらの原発臓器と転移先の臓器の組合せは、好ましくは胃−肺、結腸−肺、直腸−肺、食道−肺、結腸−肝臓、直腸−肝臓、胃−腹膜、肝臓−肝臓(肝内転移)、より好ましくは胃−肺、結腸−肺、直腸−肺、食道−肺、最も好ましくは胃−肺、結腸−肺である。腫瘍の検出には、限定されるわけではないが、視覚による観察、組織化学的な観察、蛍光または放射線標識した細胞の生体における分布の観察、臓器の重量測定が例示される。具体的には、後述する実施例2に記載したように、マウスの尾静脈にHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞またはHT1080 FP−10/mock細胞を注入し、所定時間後の該細胞による肺における腫瘍を検出することによって行うことができる。実施例2に示すように、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞による肺への転移は、100%抑制された。
細胞分化の状態を測定するアッセイでは、細胞特異的な分化マーカーを指標に測定することが可能である。分化マーカーは、限定されるわけではないが、ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP−IV)、アルカリホスファターゼが例示される。本明細書において「分化」というときは、細胞が特定の機能を発現することをいう。例えば、細胞間タイトジャンクションの構成や各種トランスポーターの発現といった小腸上皮様の機能を獲得したり、刷子縁(Brush border)を獲得すること、DPP−IV活性が上昇することをいい、細胞の増殖活性が抑制されてもよく、あるいは増殖活性は維持されていてもよい。従来記述される分化状態を測定するアッセイ(Nagatsu,T.et al.,Anal.Biochem.,74,466−476(1976))に準じて、細胞における分化マーカーを定量することによって分化状態を測定することができる。具体的には、実施例3に記載したように、Caco−2細胞をコンフルエントになるまで培養した後に、該細胞の分化マーカーとして知られるDPP−IVの活性とβ3Gn−T6の転写物の発現レベルを経時的に観察すると、分化マーカーの活性とβ3Gn−T6の転写物の発現とは相関(または連動)することが判明した。
(6)医薬組成物
本発明において、β3Gn−T6は、癌細胞の移動活性、転移、および/または分化を調節する効果を有することが明らかになった。したがって、本発明の医薬組成物は、細胞移動活性および/または細胞分化を調節することができる。ここで「調節」には、抑制、減少、増強、消失、維持のいずれもが包含される。
本発明の一態様において、本発明の医薬組成物によって、癌細胞の移動活性は、好ましくは1/2以下、より好ましくは1/3以下、さらに好ましくは1/5以下、さらにより好ましくは1/10以下、最も好ましくは1/20以下に抑制される。
本発明の一態様において、本発明の医薬組成物によって、癌細胞の転移は、好ましくは約10%、より好ましくは約30%、さらに好ましくは約50%、さらにより好ましくは約80%、最も好ましくは約100%抑制される。
本発明の一態様において、本発明の医薬組成物は、癌細胞の分化を誘導することができる。分化誘導する細胞数は、好ましくは約2倍、より好ましくは約3倍、さらに好ましくは約5倍、さらにより好ましくは約8倍、最も好ましくは約10倍増加する。
本発明の医薬組成物に含まれるβ3Gn−T6ンパク質または当該タンパク質をコードする核酸は、細胞分化のマーカーとしての使用することができる。β3Gn−T6タンパク質を細胞分化のマーカーとして定量する場合には、例えば、該タンパク質を免疫原として作成した国際公報WO03/033710に開示されるモノクローナル抗体を用いることができる。抗体を利用したタンパク質の定量方法としては、当該技術分野における周知な方法、例えば、ELISA法、ウエスタンブロット法を使用することが可能である。また、本発明の糖転移酵素タンパク質の活性を利用することによって、定量することもできる。前記定量値の比は、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上、最も好ましくは3.5倍以上である。β3Gn−T6タンパク質をコードする核酸を細胞分化のマーカーとして定量する場合には、当該核酸の発現量は、例えば、当該核酸の一部を例えばプライマーとして使用するPCR法を用いて定量することができる。PCR法では、定量的PCR法の使用が好ましく、キネティックス分析のためのRT−PCR法、定量的リアルタイムPCR法が例示される。本発明によれば、核酸の定量には、これらに限定されるものではなく、ノーゼンブロット、ドットブロット、DNAマイクロアレイを使用することも可能である。一方、同一組織等に広く一般的に存在する遺伝子の核酸、例えばグリセルアルデヒド−3リン酸−脱水素酵素(GAPDH)、β−アクチンをコードする核酸を対照として利用することができる。細胞が分化していると判断されるシグナルの定量比は、好ましくは1.5以上、より好ましくは2以上、さらに好ましくは3以上、最も好ましくは3.5以上である。
本発明の医薬組成物は、薬学的に受容可能な担体との混合物中に、β3Gn−T6を治療上有効な量を含む。本発明の医薬組成物は、全身的にまたは局所的に、好ましくは静脈内、皮下内、筋肉内に非経口的に投与し得る。非経口的に投与可能なβ3Gn−T6の溶液の調剤は、pH、等張性、安全性等を考慮し、当業者の技術範囲内において行い得る。
本発明の医薬組成物の用量用法は、薬剤の作用、例えば、患者の症状の性質および/若しくは重度、体重、性別、食餌、投与の時間、並びに他の臨床的作用を左右する種々の因子を考慮し、診察する医師により決定され得る。当業者は、これらの要素に基づき、本発明の組成物の用量を決定することができる。
あるいは、β3Gn−T6をコードする核酸を組込んだ発現ベクターを作製し、生体内の標的部位で発現させるか、あるいは当該発現ベクターを組込んだ細胞を標的部位に輸送させることにより、標的部位の細胞移動活性および/または細胞分化を調節することも可能である。
(7)コア1構造の発現とコア3構造の発現との競合
本発明によれば、本発明の医薬組成物を用いることによって、癌細胞の膜表面に発現する糖鎖構造を改変させることができる。糖鎖構造の改変を検出し、改変した糖鎖の発現を定量的に測定するためには、糖鎖に特異的に結合するレクチンを使用することができる。具体的には、後述する実施例4に記載したように、結腸癌細胞の膜表面に主に発現するコア1構造は、癌細胞へのβ3Gn−T6を組み込んだ発現ベクターの導入によって、コア3構造の発現との競合により、顕著に消失した。コア1構造の消失は、好ましくは約10%以上、より好ましくは約30%以上、さらに好ましくは約50%以上、さらにより好ましくは約70%以上、最も好ましくは約100%である。
(8)ノックアウト動物
本発明によりβ3Gn−T6の発現が癌細胞の移動、転写、および分化に関与していることが明らかとなったので、実験動物においてβ3Gn−T6タンパク質をコードする遺伝子の発現を一部または完全に抑制することによって、インビボにおける詳細な癌転移メカニズの解明に使用されるノックアウト動物を調製することも可能である。ノックアウト動物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、サルなどの哺乳動物が好ましく、ノックアウト動物調製の手法がある程度確立していることから、マウス又はラットが最も好ましいが、これに限定はされない。例えば、ノックアウトマウスは、「ジーンターゲティングの最新技術」(八木健編集、羊土社、2000年)、ジーンターゲティング(野田哲生監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナル社、1995年)などの記載に従って行うことができる。また、small interfering RNA法(Brummelkamp,T.R.et al.,Science,296,5501−553(2002))などの「遺伝子発現を抑制する方法」でもノックアウトマウスを作製することができる。
【実施例】
【0006】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
実施例1 インビトロ細胞移動活性
(1)哺乳動物の培養細胞におけるβ3Gn−T6の安定発現のためのベクタープラスミドの構築
テンプレートとしてヒトの胃組織のMarathon−Ready(商標)cDNA(CLONTECH)を用いて、β3Gn−T6をコードするORF(オープン・リーディング・フレーム)のフラグメントをPCRで増幅した。PCRは、LAPCR(商標)キット(TAKARA、Shiga、Japan)を用い、製品に添付されたマニュアルに従って行った。フォワード及びリバースプライマー配列をそれぞれattB1及びattB2で隣接するようにし、組換え部位を作製した。フォワードプライマーは、5’−GGGGACAAGTTTGTACAAAAAAGCCTTCATTTTTCCCTGCCGCAGG−3’(配列番号4)(ヌクレオチド32−52は、配列番号2のヌクレオチド1−21に相当し、配列番号1のアミノ酸1−7に対応する)であり、リバースプライマーは、5’−GGGGACCACTTTGTACAAGAAAGCTGGGTCTGGCCTCAGGAGACCCGGTG−3’(配列番号5)(ヌクレオチド39−50は、配列番号2のヌクレオチド1152−1141に相当し、配列番号1のアミノ酸384−381に対応する)であった。増幅したフラグメントは、pDONR(商標)201エントリーベクターのattP1とattP2部位との間に挿入し、その後、インサートをGATEWAYシステム(Invitrogen)を用いてpDEST12.2哺乳動物用の発現ベクターに移した。プラスミドをpDEST12.2−β3Gn−T6と命名した。
(2)細胞培養とトランスフェクション
HT1080 FP−10細胞は、ヒト線維肉腫細胞の非常に転移性の変異株であり、細胞移動活性に使用した。リポフェクタミン2000試薬(Invitrogen)を用いて、上記で調製したpDEST12.2−β3Gn−T6発現プラスミドをHT1080 FP−10細胞にトランスフェクトした。細胞培養では、MEM培地に10%熱不活化ウシ胎児血清、1%MEM−非必須アミノ酸(Invitrogen)、および20mM ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルフォネート(HEPES)を添加した培地を用いた。ジェネティシン(1.0mg/ml)(Invitrogen)の存在下で、上記発現プラスミドが導入された細胞を選択した。G−418を含む培地で3週間培養後、トリプシンで細胞を剥がし、連続してジェネティシンで選択し、96ウェルプレート中で限界希釈によってクローニングした。β3Gn−T6を安定に発現するクローン細胞株(HT1080 FP−10/β3Gn−T6−1)、およびクローン模擬(mock)対照細胞株(HT1080 FP−10/mock)を確立した。
インビトロでの細胞移動アッセイは、以前にインビトロ侵入アッセイ(Okadaら、1994)として記載した方法より簡略したシステムで行った。ラミニン(TAKARA)または細胞外マトリックス(ECM;Collaborative Research、MA)でコートした8μmの多孔性ポリカーボネートメンブレンを有する滅菌チャンバーを24ウェル組織培養プレートに配置した。HT1080 FP−10形質転換細胞(8×10細胞/ウェル)をメンブレン上に播種し、18時間培養した。多孔性メンブレンの穴を通過した細胞をカウントすることによって細胞移動活性を測定した。
HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞の細胞移動活性の結果を図2に示した。ラミニンおよびECMの両方の基質において、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞の移動活性は、対照のHT1080 FP−10/mock細胞と比較して、明らかに約1/3まで減少していた。図2のパネルAは、ラミニンを細胞の培養基質とした場合における細胞移動活性の比較を示す。対照であるHT1080 FP−10/mock細胞では、培養18時間後においてメンブレンを通過した細胞数は約17,600個であり、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞では約5,200個であった(図2A)。一方、ECMを培養基質とした場合においては、HT1080 FP−10/mock細胞では約20,700個であり、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞では約8,200個であった(図2B)。なお、これらの細胞の継代培養において、細胞増殖率に顕著な相違はなかった(データ示さず)。
実施例2 癌転移抑制
実施例1で調製したHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞とHT1080 FP−10/mock細胞のインビボ転写活性を比較した。具体的には、7週齢のメスのBALB/cA nu/nuマウスをClea Japan Inc.(Tokyo)から入手し、本実験に使用した。2×10細胞(HT1080 FP−10細胞、HT1080 FP−10/mock細胞、又はHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞)をそれぞれ0.5mlのMEM培地に懸濁させ、各8匹のマウスの尾静脈に注射(i.v.)した。対照として、0.5mlのMEM培地をマウスの尾静脈に注射した。48時間後にマウスを屠殺し、肺の重量を測定した。その後、転移の小瘤を視覚化するために、Bouin溶液に浸した(表1)。
【表1】

対照であるHT1080 FP−10/mock細胞を尾静脈に投与した場合には、8匹のマウス全部において肺への転移が観察された。これに対して、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞を投与した場合においては、肺へ転移したマウスはなかった。また、各実験群の8匹のマウスの肺の重量を測定した場合、対照のHT1080 FP−10/mock細胞を投与した場合には平均0.38gであり、これに対してHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞を投与した場合には平均0.15gであった。これは、MEM培地のみ投与した場合と同様の測定値であった。
また、各実験群のマウスにおける肺の立体顕微鏡による観察結果を図3に示す。図3のパネルAおよびBは、HT1080 FP−10/mock細胞を投与したマウスの肺であり、パネルAは肺の正面、パネルBは肺の裏面を示す。該細胞を投与した場合では、典型的な癌の小瘤が観察された。一方、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞(パネルCおよびD)、およびMEM培地のみ(パネルEおよびF)を投与した場合には、癌の小瘤は全く観察されなかった。
これらの結果は、β3Gn−T6発現によって、HT1080 FP−10細胞による肺への転写活性が抑制されたことを示している。
実施例3 細胞分化の誘導
β3Gn−T6の発現が分化の進行の過程で上方制御されるかを評価するために、ヒト結腸腺癌細胞株であるCaco−2細胞のインビトロ分化システムを用いて行った。Caco−2細胞は、American Type Cell Collectionから入手し、10%ウシ胎仔血清、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン、および0.292mg/ml L−グルタミンを添加したDMEM(Invitrogen)中で、5% CO下、37℃で増殖させた。培養液を一日おきに取り替えた。Caco−2細胞は、2mM 酪酸ナトリウム(Wako Chemicals、Osaka)を培地に添加することによってコンフルエントにし分化させた。コンフルエント後、0、7、14、21、28、及び35日目に細胞を回収した。細胞を0.25% トリプシン−EDTAで剥離し、PBSで2回洗浄後、2つのアリコートに分割した。アリコートの1つを10mM Tris−HCl、pH7.2で0.25M ショ糖でホモジナイズした。細胞溶解物を使用まで−80℃で保存した。分化状態は、前述のように(Nagatsuら、1976)、分化マーカーとしてジペプチジルペプチダーゼIV(DPP−IV)の酵素活性を測定することによって確認した。もう1つのアリコートは、β3Gn−T6転写物を定量解析するために使用した。
細胞分化の誘導およびβ3Gn−T6の転写物量の測定結果を図4に示した。図4中の折れ線グラフは、DPP−IVの酵素活性(mU/mgタンパク質)の経時的変化を示す。Caco−2細胞がコンフルエントになった後(0日目)、DPP−IVの酵素活性は経時的に増加し、培養28日目で最大に達した。また、図4中の棒グラフは、β3Gn−T6転写物の発現を経時的に示したものであり、培養0日目を1とした変化率を示す。培養0日目では、β3Gn−T6転写物のほんの数コピーが未分化のCaco−2細胞で検出された。β3Gn−T6転写物の発現レベルは経時的に増加し、培養開始後28日目で最大に達した。このように、Caco−2細胞の分化の過程で、DPP−VIの酵素活性の増加とβ3Gn−T6転写物の発現レベルの増加は連動し、相関していることが示された。
実施例4 コア1構造の発現とコア3構造の発現との競合
上述したように、コア1構造とコア3構造は、Tn抗原を基質として、それぞれC1Gal−Tおよびβ3Gn−T6の機能によって調整される(図1)。そこで、上記で調製したHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞においては、β3Gn−T6が優位に発現し、細胞膜表面にコア3構造を発現するのかを検討した。具体的には、コア1構造(T抗原)に特異的に結合するピーナッツアグルチニンレクチン(PNAレクチン;Vector Lab.Inc.、CA)を用いて、フローサイトメトリーによりコア1構造の発現を指標に測定した。予めPNAレクチンをFITCで標識し、また、上記細胞をノイラミニダーゼ(Nacalai Tesque、Kyoto、Japan)で処理した。培養細胞をFACSCalibur(BD Biosciences、CA)でフローサイトメトリー解析に供した。
フローサイトメトリーの結果を図5に示す。HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞の結果は太線で示され、蛍光強度として3×10−9×10に細胞が集積している。これに対して、HT1080 FP−10/mock細胞(細線)では、4×10−7×10に細胞が集積している。即ち、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞におけるコア1構造の細胞表面での発現は、HT1080 FP−10/mock細胞と比較して、約1/10に減少していた。以上の結果は、O−グリカンのコア構造合成の経路(図1)を考慮すると、C1Gal−T(コア1 β3Gal−T)によって仕向けられたコア1構造の合成は、β3Gn−T6(コア3 β3Gn−T)によって仕向けられたコア3構造の合成によって妨げられたものと考えられる。これは、コア1構造の発現の減少がβ3Gn−T6の過剰発現によって起こり、そして、C1Gal−Tおよびβ3Gn−T6が細胞中でTn抗原に対して確かに競合することを強く示している。
実施例5 ノックアウトマウスの作製
マウスβ3Gn−T6のオープン・リーディング・フレーム(ORF)は1つのエキソン上に存在しているので、このエキソンを含む染色体断片(約10kb)を挿入したターゲティングベクターを作製した。マウスβ3Gn−T6は、配列番号6に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質であり、該タンパク質をコードする核酸の塩基配列を配列番号7に示す。直鎖状ターゲティングベクター(20μg×4回分)をES細胞(E14/129Svマウス由来)にトランスフェクト(エレクトロポレート)し、G418耐性のコロニーを選択する。G418耐性コロニーを24ウェルプレートに移し培養する。細胞の一部を凍結保存した後、残りのES細胞からDNAを抽出し、PCRにより組換えが起こっているクローンを選択する。サザンブロッティングにより組換えが予定通りに起こっていることを確認し、最終的に組換え体を5クローン程度選択する。選択したうちの2クローンのES細胞をC57BL/6マウスの胚盤胞内に注入する(注入は2回行うため合計4クローンを使用する)。ES細胞を注入したマウス胚を仮親マウスの子宮内へ移植してキメラマウスを誕生させる。その後、ジャームライントランスミッションによりヘテロノックアウトマウスを得る。さらに、ヘテロノックアウトマウスを交配させ、ホモノックアウトマウスを得る。
【産業上の利用可能性】
【0007】
本発明のβ1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素VI(β3Gn−T6)を含む医薬組成物を用いることによって、細胞移動活性および/または細胞分化を調節することができた。したがって、本発明の医薬組成物により、癌細胞の移動、転写を抑制することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、O−グリカンの合成経路を示す。コア3構造(GlcNAcβ1−3GalNAcα1−Ser/Thr)は、β3Gn−T6がTn抗原(GalNAcα1−Ser/Thr)のGalNAcにGlcNAcを転移することによって合成される。
【図2】図2は、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞およびHT1080 FP−10/mock細胞の細胞移動活性の測定結果を示す。パネルAは、細胞培養用基質としてラミニンを使用した場合における細胞移動活性の比較を示す。パネルBは、細胞培養用基質としてECMを使用した場合における細胞移動活性の比較を示す。
【図3】図3は、マウスの尾静脈に各種細胞を投与した場合における肺への転移を示す。パネルAおよびBは、HT1080 FP−10/mock細胞を投与した場合を示す。パネルCおよびDは、HT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞を投与した場合を示す。パネルEおよびFは、培養液のみを投与した場合を示す。A、CおよびEは、肺の正面を撮影したものであり、一方、B、DおよびFは、肺の裏面を撮影したものである。
【図4】図4は、Caco−2細胞における細胞分化とβ3Gn−T6の転写活性との相関関係を示す。細胞分化の分化状態の指標としてDPP−IV活性を測定した(折れ線、右軸)。β3Gn−T6転写物の相対量の変化は棒グラフとして示した(左軸)。
【図5】図5は、細胞膜表面のTn抗原の発現をFITC標識PNAレクチンを用いてフローサイトメトリーにより解析した結果を示す。太線がHT1080 FP−10/β3Gn−T6細胞を示す。細線はHT1080 FP−10/mock細胞を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β1,3−N−アセチルグルコサミン転移酵素VI(β3Gn−T6)を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物。
【請求項2】
β3Gn−T6が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質であるか、あるいは該配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換し若しくは欠失し、若しくは該アミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が挿入され若しくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
β3Gn−T6が、配列番号1において少なくとも50%の同一性を有するタンパク質である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
β3Gn−T6が、配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質である、請求項2または3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載のβ3Gn−T6をコードする核酸を含む、細胞移動活性および/または細胞分化を調節する医薬組成物。
【請求項6】
前記核酸が、配列番号2の塩基配列を有する核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
核酸が配列番号2の塩基配列の第1番目−第1152番目の塩基を有する、請求項5または6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
細胞移動活性を抑制する、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
癌細胞の転移を抑制する、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
癌細胞が、胃、結腸、直腸、食道、肺、肝臓、血液、または脳由来である、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記癌細胞による肺、肝臓、または腹膜への転移を抑制する、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
細胞分化を誘導する、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
β3Gn−T6タンパク質または当該タンパク質をコードする核酸の、細胞分化のマーカーとしての使用。
【請求項14】
Galβ1−3GalNAcα1−セリン/スレオニン(コア1構造)の発現を抑制する、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
配列番号1に記載されたアミノ酸配列、この配列において1またはそれ以上のアミノ酸が欠失、付加または置換しているアミノ酸配列、あるいはこれら配列において少なくとも50%の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質の遺伝子発現が、一部または完全に抑制されていることを特徴とするノックアウト動物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−22027(P2006−22027A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−200261(P2004−200261)
【出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】