説明

“水とは任意の割合で溶解するか、あるいは完全ではないが水とかなり溶解するが、エタノールに対しては部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体を溶剤として用いた抽出法による、エタノール中の微量水分の脱水プロセス

【課題】バイオエタノールの精製工程から、エネルギーを多く必要とする蒸留工程を出来るだけ無くして、よりエネルギー消費量の少ない他の分離精製工程と置き換えることができ、エタノール+水の共沸点近くの部分の組成のエタノール水溶液を蒸留によらず、抽出法で分離精製する方法を提供する。
【解決手段】水とは任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する、1−Ethyl−3−methylimidazorium tetrafluoroborateに代表される、イオン性液体を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
申請者は、水溶性イオン液体の中に、
「水とは任意の割合で溶解するか、あるいは完全ではないが水とかなり溶解するが、エタノールに対しては部分的にしか溶解しない物質」
があることに注目した。逆の性質を示す有機化合物、即ち、エタノールとは任意の割合で溶解し、水にはほとんど溶解しない有機化合物は多数存在するが、上記「 」に属する物質を有機化合物から見出すのは極めて困難である。たぶんこのような性質を示す有機化合物は存在しないか、たとえあったとしても極めて限られた物質ではないかと思われる。
申請者は上記「 」に属する物質として以下のイオン液体に着目した。
1.1−Ethyl−3−methylimidazorium tetrafluoroborate(略称:EMImBF
2.1−Allyl−3−ethylimidazolium tetrafluoroborate(略称:AEImBF
3.N,N−Diethyl−N−methyl−N−(2−methoxethyl)ammonium teterafluoroborate(略称:DEME BF
4.1−Allyl−3−methylimidazolium tetrafluoroborate(略称:AMImBF
5.1,3−Diallylimidazolium teterafluoroborate(略称:AAImBF
上記1〜5の物質中、3の物質だけが脂肪族アンモニウムカチオンで、残りは全てイミダゾリウムカチオンである。アニオンはすべて[BF−1イオンである。
1〜4の物質は、“水と任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解せず二液相を形成する”イオン液体である。さらに5の物質は、“水にも、エタノールにも部分的にしか溶解しない”イオン液体である。
このうち2〜5につては、関東化学株式会社のカタログにエタノールに不溶であることが記載されている。1)
【0002】
イオン液体が、ただ単に[0001]の括弧内「 」物質であると云うだけでは、エタノール中の水を抽出により除去するための抽剤になるとは限らない。イオン液体が抽剤となるためには、さらに以下の条件が必要である。
図1および2に、それぞれ抽剤として利用できる系と、利用できない系の例を図示した。図1では、原料(F点)に抽剤(S点)を加えて抽出したときに、タイラインの傾き(線分RE)の方が、線分FSの傾きより上向き(右上がり)になっている。このときには、抽出相(点E)と抽残相(点R)からイオン液体を取り除くと、それぞれ点E’と点R’のエタノール水溶液が得られ、
点E’(水の含有量)>点R’(水の含有量)
となる。
それに対して、図2で同様な操作を行うと、点E’(水の含有量)<点R’(水の含有量)となり、抽残相(点R)中の水の含有量が、原料(点F)中の水の含有量よりも多くなってしまう。図1の系は抽出に利用できるが、図2の系は利用できない。
エタノール中の水を除くための抽出操作では、常に

であること、すなわち選択度βが

であることが要求される。βが1より大きければ大きいほど、エタノールから容易に水を抽出できるようになる。
【0003】
申請者は、実際に[0001]の1〜5のイオン液体試薬を購入して、常温でこれらのイオン液体がすべてエタノールと2液相を形成することを自分自身で確認した。
【0004】
さらに[0001]の1〜3のイオン液体を含む以下の3成分系の液液平衡
1.エタノール+水+EMImBF
2.エタノール+水+AEImBF
3.エタノール+水+DEME BF
を278.2および288.2Kで測定して相平衡状態を調べた。そしてその結果をそれぞれ図3、4および5に示した。さらにこれらの系の選択度を図6にまとめて示した。
【0005】
図3よりEMImBFでは、エタノール濃度90%wt以上(水10wt%以下)であれば、脱水が可能であることが分かる。さらに図3と6から温度が低い方が、若干選択度が大きいことが分かる。
図4および5より、AEImBFおよびDEME BFではともに、278.2Kでエタノール濃度94wt%以上(水6wt%以下)であれば、抽出で脱水できることが分かる。これらのイオン液体では、更に低温にしないとエタノール濃度90%wt(水10wt%)からの脱水はできない。さらに2および3の系は温度依存性が非常に大きいことや、低温にすると選択度の値は10以上になる領域もあること分かった。
さらに4および5のイオン液体については、現時点ではまだ測定していなが、1〜3のイオン液体と同様な平衡特性を有することが期待される。
【背景技術】
【0006】
最近、バイオマスからアルコール発酵により、エタノールをより経済的に大量に生産することが行われている。ブラジルではサトウキビから、アメリカではトウモロコシから発酵法でエタノールが生産されている。そして、得られたエタノールをガソリンに混ぜて、あるいはガソリンの替わりに直接自動車の燃料として利用している。しかしながら酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)によるエタノール発酵から得られるエタノールの濃度は、5〜8vol%と低濃度である。(この濃度は、それぞれモル分率では1.6〜2.6mol%で、質量分率では4.0〜6.4wt%に相当する。)ところが実際にバイオエタノールを自動車の燃料として使用するためには、エタノールを無水状態99.5 vol%(エタノール濃度98.4mol%すなわち99.4wt%以上)にする必要がある。2)
日本では、広い土地がないので、木材、紙や繊維等のセルロースを加水分解して、グルコースやその他の単糖類に変えて、これらを発酵させてエタノールを得ることが検討されている。この方法でも得られる発酵エタノールの濃度は、サトウキビやトウモロコシの発酵から得られる濃度と同程度であるので、無水エタノール得るためには高度の精製法が必要である。
【0007】
エタノール発酵液はほとんどの場合蒸留法で濃縮されているが、問題点は、エタノール−水系が、大気圧でエタノールのモル分率89.43mol%(質量分率で95.5wt%に相当)、沸点78.15℃の共沸混合物を形成することである。
図7に大気圧のエタノール+水系の気液平衡関係を示した。図7の▲印が共沸点に相当する。
このため発酵液は、以下のような二段階の工程で精製されている。
▲1▼まず発酵液は通常の蒸留によりエタノール濃度95vol%(85.3mol%、94wt%)まで精製される。▲2▼ついで、このエタノールは、共沸蒸留法や抽出蒸留法により、無水状態(エタノール濃度98.4mol%すなわち99.4wt%以上)にまで精製される。
代表例として、ブラジルで行われている共沸蒸留によるバイオエタノール脱水工程の概要を図8に示した。2)
最近では図8の▲2▼工程部分では、共沸蒸留法や抽出蒸留法に替って、吸着法および膜分離法を使用することも行われている。2)
【0008】
【非特許文献1】 1)関東化学株式会社 試薬事業本部 試薬部 発行、“イオン液体カタログ”、東京。
【0009】
【非特許文献2】 2)社団法人 アルコール協会編、“図解バイオエタノールの製造技術”、工業調査会、東京(2007)。
【発明の概要】
【0010】
“水とは任意の割合または部分的に溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体を抽剤とした、図9のようなエタノールの脱水プロセスを発明した。
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
現行のバイオエタノールの分離精製工程の省エネルギー化を図ることにより、生産価格が下がり、バイオエタノールがさらに広く普及することが期待される。そのためには、バイオエタノールの精製工程から、エネルギーを多く必要とする蒸留工程を出来るだけ無くして、よりエネルギー消費量の少ない他の分離精製工程と置き換える必要がある。本法では、エタノール+水の共沸点近くの部分の組成のエタノール水溶液を蒸留によらず、抽出法で分離精製することを考えた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
図9では、図8の第▲2▼工程の共沸蒸留の部分が、抽出法による分離工程になっている。ここでの抽出操作(図9)は、常温もしくは、少し低温(278〜263K)で行われることを想定している。イオン液体はほとんど不揮発性であるので、気液分離器ではエタノールや水の蒸発だけを想定している。この抽出分離工程では蒸留のように留出液の還流はおこなわないので、共沸蒸留よりもはるかに省エネルギーである。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、現在広く行われている共沸蒸留や抽出蒸留法に替る、バイオエタノールの精製法である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】イオン液体が抽剤として使用可能な相平衡の系を示した。
【図2】イオン液体が抽剤として使用できない相平衡の系を示した。
【図3】278.2および288.2Kにおけるエタノール+水+EMImBF系の液液平衡 この図の点Fは水10wt%(エタノール90wt%)の組成で、点Sは純イオン液体の点である。点Sと点Fの混合物が、線分FS上にあることを示している。
【図4】278.2および288.2Kにおけるエタノール+水+AEImBF系の液液平衡 この図の点Fは水6wt%(エタノール94wt%)の組成で、点Sは純イオン液体の点である。点Sと点Fの混合物が、線分FS上にあることを示している。
【図5】278.2および288.2Kにおけるエタノール+水+DEMEBF系の液液平衡 この図の点Fは水6wt%(エタノール94wt%)の組成で、点Sは純イオン液体の点である。点Sと点Fの混合物が、線分FS上にあることを示している。
【図6】選択度βとエタノール相中の水の濃度との関係
【図7】大気圧におけるエタノール+水系の気液平衡 この図のEt4〜6.4%の三角印(△)は、発酵もろみのエタノールの濃度(wt%)を示している。
【図8】通常の共沸蒸留によるエタノールの精製工程 代表例として取り上げた。
【図9】今回提案したイオン液体による抽出によるエタノール脱水法 本発明では、図8の第▲2▼工程を、抽出による分離工程に替えた。 抽出装置の塔頂から出た抽残物(R)は、気液分離後、揮発性成分は無水エタノールとして取り出され、不揮発性であるイオン液体は抽出装置の塔頂にもどされ、再使用される。他方、抽出装置の底から出た抽出物(E)は、気液分離後、揮発性成分(水+エタノール混合物)は濃縮塔に戻される。そしてイオン液体は抽出装置の塔頂に戻され、再使用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
本発明は、“水とは任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体である1−Ethyl−3−methylimidazorium tetrafluoroborate(略称:EMImBF)を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。
【請求項2】
本発明は、“水とは、任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体である1−Allyl−3−ethylimidazolium tetrafluoroborate(略称:AEImBF)を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。
【請求項3】
本発明は、“水とは任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する“イオン液体であるN,N−Diethyl−N−methyl−N−(2−methoxethyl)ammonium teterafluoroborate(略称:DEME BF)を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。
【請求項4】
本発明は、“水とは任意の割合で溶解するが、エタノールとは部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体である1−Allyl−3−methylimidazolium tetrafluoroborate(略称:AMImBF)を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。
【請求項5】
本発明は、“水ともエタノールとも部分的にしか溶解しない性質を有する”イオン液体である1,3−Diallylimidazolium teterafluoroborate(略称:AAImBF)を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。
【請求項6】
本発明は、上記[請求項1]または[請求項5]の性質を有するイオン液体を溶剤として用いる液液抽出法により、エタノール中の微量水分を高度脱水するプロセスであることを特徴とする。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−184424(P2011−184424A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70893(P2010−70893)
【出願日】平成22年3月7日(2010.3.7)
【出願人】(505319234)
【Fターム(参考)】