説明

ひび割れ幅低減セメント系部材およびスチール・コード・シートならびにセメント系部材のひび割れ幅低減補強工法

【目的】 セメント系部材のひび割れ幅を低減する。
【構成】 セメント系壁材1の両端面の内側に沿って,複数本の平行に配置されたスチール・コード撚り線5を含むスチール・コード・パネル50aが配置されてセメント系壁材1内に埋め込まれている。また,セメント系壁材1の上端面および下端面の内側に沿って複数本の平行に配置されたスチール・コード撚り線5を含むスチール・コード・パネル50bが配置され,セメント系壁材1内に埋め込まれている。セメント系壁材1の表面近くに複数本のスチール・コード撚り線5が設けられているので,表面に生じるひび割れの幅が小さくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,建造物に用いられるひび割れ幅低減セメント系部材,およびその製造方法,ひび割れ幅低減セメント系部材に用いられるスチール・コード・シート,ならびにセメント系部材のひび割れ幅低減補強工法に関する。
【背景技術】
【0002】
ひび割れの防止,分散のために,格子状に組まれた細い鉄筋が前面および背面に沿って配置された鉄筋コンクリート造の壁がある(例えば,特許文献1)。また,開口部付きコンクリート建築物として,開口部のコーナー付近に,ひび割れの拡大を防ぐために補強金網を取付けたものがある(例えば,特許文献2)。
【特許文献1】特開2002−30751号公報
【特許文献2】特開2000−213092号公報
【0003】
しかしながら,いずれの場合であっても,ひび割れ幅を低減してひび割れの進展を防ぐことが,十分ではない。
【発明の開示】
【0004】
この発明は,ひび割れ幅を低減することを目的とする。
【0005】
この発明のひび割れ幅低減セメント系部材は,建造物の壁材,柱材,その他の建造物を構築するために用いる個別の部材,および建造物の構築にあたって建造物と一体的につくられる建造物の一部としての部材の両方を含む。このセメント系部材は,たとえば,セメント,水,砂(砂利等)を混合して,練り合わせたもの(モルタルを含む。以下,セメント系複合材という)をセメント系部材作製用の型枠に流し込んで,または建造物を構築する現場で建造物の型枠に流し込んで硬化させることにより製造することができる。
【0006】
第1の発明のひび割れ幅低減セメント系部材は,セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿って複数本のスチール・コード撚り線が互いに平行に上記セメント系部材の内部に(上記縁から少し離れて)配置されているものである。縁とは,セメント系部材の表面を形成する面,または面と面との間の辺(曲面,曲線を含む)の全部または一部を指す。
【0007】
複数本のスチール・コード撚り線は,セメント系部材の一つの縁の全体に配置してもよく,一部に配置してもよく,また,セメント系部材の複数の縁に沿って配置してもよい。互いに平行に配置されるスチール・コード撚り線に加えて,このスチール・コード撚り線と交叉する角度で配置されるスチール・コード撚り線があっても,もちろんよい。
【0008】
第2の発明のひび割れ幅低減セメント系部材は,セメント系部材の表面の少なくとも一部の面部分に沿って複数本のスチール・コード撚り線が上記セメント系部材の内部に(上記表面から内側に若干の間隔をあけて)配置されているものである。セメント系部材の表面の少なくとも一部の面部分に沿って複数本のスチール・コード撚り線が配置されるとは,複数本のスチール・コード撚り線により規定される仮想の面がセメント系部材の表面の少なくとも一部の面部分(平面のみならず曲面を含む)に沿う(上記面部分と少しの間隔をあけて)ということである。複数本のスチール・コード撚り線は互いに平行でも,直角を含む適当な角度で互いに交叉するように配置されていてもよい。これら複数本のスチール・コード撚り線は適当な連結部材を介して,または互いに溶接等により固定されていても,網を形成するように結合していてもよい。
【0009】
面部分とは,セメント系部材の前面,後面(背面),上面(上端面),下面(下端面)および側面(端面)等またはその一部を含み,セメント系部材が曲面を有する場合には曲面の全部または一部を含む。
【0010】
第3の発明のひび割れ幅低減セメント系部材は,2つの面により形成される角部を有するセメント系部材の内部に(上記角部から若干の間隔をあけて),複数本のスチール・コード撚り線が,上記角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に配置されているものである。2つの面により形成される角部とは90度以下の角度をもつもののみならず,90度を越える角度をもつもの,たとえば,セメント系部材の内部に形成された窓等の開口を形成する角部を含むものである。複数本のスチール・コード撚り線をセメント系部材の複数の角部に配置してもよい。セメント系部材の角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に複数本のスチール・コード撚り線が配置されるとは,複数本のスチール・コード撚り線により規定される仮想の面が角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直となることである。複数本のスチール・コード撚り線は互いに平行でも,直角を含む適当な角度で互いに交叉するように配置されていてもよい。これら複数本のスチール・コード撚り線は適当な連結部材を介して,または互いに溶接等により固定されていても,網を形成するように結合していてもよい。
【0011】
第4の発明は,上記第1ないし第3の発明を包括的に表現するもので,このひび割れ幅低減セメント系部材は,セメント系部材のひび割れ幅を低減すべき範囲に,複数本のスチール・コード撚り線からなるスチール・コード撚り線群が,複数本のスチール・コード撚り線の配置により形成される面とひび割れが進展すると予測される方向とがほぼ垂直となるように(セメント系部材の内部に)配置されるものである。スチール・コード撚り線群に含まれる複数本のスチール・コード撚り線は互いに平行に配置されていても,適当な間隔で交叉していてもよい。一実施態様として上記スチール・コード撚り線群は,一群の複数本のスチール・コード撚り線とこれに交叉するように配置された他群の複数本のスチール・コード撚り線とを含み,上記一群の複数本のスチール・コード撚り線と上記他群の複数本のスチール・コード撚り線とはその交叉する箇所で互いに結合されている。これらのスチール・コード撚り線は,適当な連結部材を介して,または互いに溶接等により固定されてもよいし,網のような形で互いに結合してもよい。
【0012】
スチール・コード撚り線群が,これにより形成される面とひび割れが進展すると予測される方向とがほぼ垂直となるように配置されるとは,複数本のスチール・コード撚り線により規定された仮想の面が,ひび割れ幅が進展すると予測される面とほぼ垂直となるように配置されることである。もちろん,スチール・コード撚り線群は,ひび割れ幅を低減すべき範囲に配置されればよいので,たとえば,セメント系部材の縁または面に沿って配置される場合には,縁または面の全体に配置しても,一部に配置してもよい。
【0013】
スチール・コード撚り線は,複数本の鋼線を撚り合わせたもの,または複数本のスチール・コード撚り線を束ね合わせたものである。スチール・コード撚り線の外径の大きさは,0.02mm以上,5.8mm 以下である(JIS 規格の鉄筋の径よりも小さい)。また,スチール・コード撚り線の引張り強度は鉄筋の引張り強度の2倍から5倍である。たとえば,スチール・コード撚り線に使用される単線の引張強さは250kg/mm2以上であり,さらに280kg/mm2以上であることが望ましい。さらに,スチール・コード撚り線は, 100mm以上の長さを有する。すなわち,スチール・コード撚り線は,固定できる,方向性を有する,および位置を定めることができる長さを有しているといえる。
【0014】
スチール・コード撚り線の撚りピッチは,上記スチール・コード撚り線の外径の5倍以上,19倍以下である。スチール・コード撚り線の撚りピッチが,外径の5倍以上であればスチール・コード撚り線の製造費用の削減を図ることができるとともにスチール・コード撚り線の曲げ剛性によりセメント系部材の強度を高くすることができ,8倍以上であればさらによい。また,スチール・コード撚り線の撚りピッチが19倍以下であれば撚っていない鋼線に比べてセメント系複合材が表面に付着しやすくなり,17倍以下であればさらに望ましい。
【0015】
スチール・コード撚り線の表面には撚りによってらせん状の筋(表面の凹凸)が生じ,この凹凸にセメント系複合材が付着(密着)しやすい。したがって,セメント系部材が外力によりたわんだ状態となっても,スチール・コード撚り線の表面の凹凸がセメント系部材との間で抵抗となりスチール・コード撚り線がセメント系部材から抜けにくい。さらに,スチール・コード撚り線の表面の凹凸は比較的小さいく,密着性がよいことからスチール・コード撚り線からセメント系部材に伝わる力が大きく,外力を分散してひび割れ本数を増やすとともにひび割れ幅を小さくすることができる。
【0016】
この発明によると,ひび割れを分散して,ひび割れ幅を小さくすることにより,ひび割れの進展を抑えることができる。ひび割れがセメント系部材の内部に達しないようにひび割れの進展を抑えることにより,セメント系部材の耐久性および強度を高めることができる。
【0017】
好ましくは,上記セメント系部材の内部に一本または複数本の鉄筋が間隔をあけて縦または横に配置される。鉄筋は,鋼製でその断面は円形,多角形,楕円形等さまざまなものがあり,セメントが付着しやすいように周面にリブ,節等を付したものを含む。鉄筋を配置することにより,ひび割れ幅低減セメント系部材の引張り強度および耐久性を高めることができる。セメント系部材の内部に配置される複数本のスチール・コード撚り線を鉄筋に溶接等によって結合させてもよい。
【0018】
この発明は,上述したセメント系部材の製造方法を提供している。この製造方法は,セメント系部材が占めることになる空間の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線を配置し,上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むようにセメント系複合材を上記空間に充填して硬化させるものである。
【0019】
この発明は,また,スチール・コード・シートを提供する。このスチール・コード・シートは,複数本のスチール・コード撚り線が交叉するように配置され,複数本のスチール・コード撚り線がその交叉する箇所で互いに結合されているものである。複数本のスチール・コード撚り線は,縦,横または斜めに配置される。これらの縦,横に配置される複数本のスチール・コード撚り線は,その構造,径の大きさ等が異なっていてもよい。結合されているとは,複数本のスチール・コード撚り線が交叉したところで電気溶接等により固定する,または複数本のスチール・コード撚り線を互い違いに掛けて摩擦により結合する(たとえば,編む)ことを含む。このようなスチール・コード・シートを用意しておけば,このスチール・コード・シートをひび割れ幅低減セメント系部材の配置する箇所に応じた大きさに切断することにより,ひび割れ幅低減セメント系部材を容易に製造することができる。
【0020】
この発明は,また,セメント系部材のひび割れ幅低減補強工法を提供する。このセメント系部材のひび割れ低減補強工法は,セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線を上記セメント系部材の外部に配置し,上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むように上記セメント系部材の表面にセメント系複合材を塗って硬化させるものである。
【0021】
このセメント系部材のひび割れ幅低減補強工法の対象となるセメント系部材はコンクリート,モルタル等のセメント系複合材により構成された既に硬化されたセメント系部材である。セメント系複合材には,水,セメントだけでなく合成樹脂等のポリマー等の塗装材を含ませてもよい。ここで,複数本のスチール・コード撚り線をセメント系部材の外部に配置し,配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むように上記セメント系部材の表面にセメント系複合材を塗って硬化させるとは,スチール・コード撚り線を配置してその上からセメント系複合材を塗装して硬化させることである。
【0022】
この発明によると,既存のセメント系部材であっても耐久性を高めることができる。
【0023】
この発明は,上記セメント系部材のひび割れ幅低減補強工法により強化されたセメント系部材も提供している。このセメント系部材は,セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線が上記セメント系部材の外部に配置され,上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むように上記セメント系部材の表面にセメント系複合材が塗られて硬化しているものである。
【実施例】
【0024】
第1実施例のひび割れ幅低減用部材は,図1に示すように,壁材であり,このひび割れ幅低減セメント系壁材1は,コンクリートまたはモルタルで形成された板状のもので,開口部2があけられている。開口部2は窓に相当するもので,セメント系壁材1の一部において,その前面から背面まであけられている。セメント系壁材1の両端面の内側に沿って,スチール・コード・パネル50aが配置され,セメント系壁材1内に埋め込まれている。また,セメント系壁材1の上端面および下端面の内側に沿ってスチール・コード・パネル50bが配置され,セメント系壁材1内に埋め込まれている。
【0025】
スチール・コード・パネル50aは,図2に示すように,鋼製の2本の縦材30と2本の横材40のそれぞれの端部を溶接することにより形成された四角形の枠を含む。この枠に,複数本のスチール・コード撚り線5が横材40に平行に(互いに平行に)縦方向に間隔をあけて配置され,その両端部が縦材30に溶接されて固定されている。このようなスチール・コード・パネル50aをセメント系壁材1の端面の内側に沿って,端面との間に若干の間隔をあけて配置することにより,複数本のスチール・コード撚り線5がそれぞれ互いに平行に,端面の幅方向に一定の間隔をあけて上記端面の内側に配置されることになる。スチール・コード・パネル50bもスチール・コード・パネル50aと同じ構造のものであり,セメント系壁材1の上端面および下端面の内側に沿って,上,下端面との間に若干の間隔をあけて,スチール・コード・パネル50bを配置することにより複数本のスチール・コード撚り線5がそれぞれ互いに平行に,上端面または下端面の内側に,その幅方向に一定の間隔をあけて,配置される。
【0026】
開口部2を囲むように開口部2の内面に沿ってセメント系壁材1の内側にスチール・コード・パネルを配置して埋め込んでもよい(鎖線で示すスチール・コード撚り線5Aについては後述する)。
【0027】
セメント系壁材1の内部に複数本の鉄筋を,セメント系壁材1の両端面,上端面および下端面に沿ってもしくはその内部に,または開口部2を囲むように配置してもよい。または,スチール・コード・パネル50の縦材30および横材40を鉄筋としてもよい。
【0028】
スチール・コード・パネル50aの横材40の無いもの,またはセメント系壁材1を製造する場合にスチール・コード撚り線5の両端が仮止めできる場合には縦材30が無いものを用いてもよい。さらに,セメント系壁材1の両端面,または上,下端面に沿って,その内側に,縦,横方向にスチール・コード撚り線を配置してもよいし,斜め方向にスチール・コード撚り線を配置してもよい。いずれにしても,複数本のスチール・コード撚り線は,セメント系壁材1の端面,または上,下端面の内側に,これらの面に平行な面内に存在すればよい。また,セメント系壁材1の前面もしくは背面と両端面,または上,下端面との間の縁(辺)に沿って,セメント系壁材1の内側に複数本のスチール・コード撚り線をこの縁に平行に配置してもよい。
【0029】
ひび割れ幅低減セメント系壁材1の製造方法は,先ず,セメント系壁材1の型枠,およびこの型枠の内部に配置するスチール・コード・パネル50a,50bを用意する。次に用意した型枠内に,スチール・コード・パネル50aをセメント系壁材1の両端面を形成させる型枠の内面に沿って(型枠との間に若干の間隔をあけて),スチール・コード・パネル50bをセメント系壁材1の上端面および下端面を形成させる型枠の内面に沿って(型枠との間に若干の間隔をあけて)配置し,その後,型枠内にセメント,水,砂(砂利等)等を混合して練り合わせたセメント系複合材を流し込み,硬化させる。
【0030】
建造物を構築する現場において,建造物と一体的につくられる建造物の一部としての部材たとえば壁材を製造する場合には,スチール・コード・パネル50a,50bを用意する。建造すべき建造物の壁部を形成する部分において,スチール・コード・パネル50aを壁部の両端面を形成させる型枠の内面に沿って,スチール・コード・パネル50bを壁部の上端面および下端面を形成させる型枠の内面に沿って配置する。その後,建造物の他の型枠にセメント系複合材を流し込むときに,上記の型枠内にセメント系複合材を流し込み,硬化させる。スチール・コード・パネルでなく,枠のないスチール・コード撚り線を使用しても,もちろんよい。
【0031】
第2実施例として梁,柱材等として用いられるセメント系部材T1を図3に示す。このセメント系部材T1は,モルタルで形成され,高さが200mm,幅が200mmの矩形断面を有し,長さが1000mmであり,長手方向の中央部には,前面から後面に向って,高さが100mm,幅が200mmおよび長さが400mm の開口部12があけられている。モルタルは,セメントと砂の重量比を1:3として水で練り合わせて硬化させたものであり,圧縮強度は,54.5N/mm2,ヤング率は,1.82×104 N/mm2である。
【0032】
セメント系部材T1の上側面および下側面の内側にそれぞれ沿って,複数本のスチール・コード撚り線15がそれぞれ2段に配置されている。各段においてスチール・コード撚り線15は,セメント系部材T1の幅方向に一定の間隔をあけて配置され,セメント系部材T1の両端部内に配置された掛け棒17に一巡するように掛けられて埋め込まれている。すなわち,これらのスチール・コード撚り線15の両端部は溶接により固定されエンドレスの形になっている。スチール・コード撚り線15は,26本ずつ最上段および最下段に配置され,それらの内側の段には27本ずつ配置され,4段の合計が 106本である。このスチール・コード撚り線15は,径が0.25mmの鋼線を7×7の構造に,撚りピッチ20.0mmで,撚り合わせたものであり,その周りに径が0.15mmの1本の鋼線がラッピングされた(撚られた,巻かれた)ものである。
【0033】
セメント系部材T1と,図4に示す対照試料T2とを用いてひび割れ幅の低減を確認するために行ったひび割れ幅確認試験を以下に説明する。
【0034】
図4に示すように,対照試料T2は高さ,幅,長さの寸法,モルタルの材質がセメント系部材T1のそれと同じであり,開口部12の位置および大きさも同じである。試料T2は,外径6mmの16本の鉄筋がそれぞれ平行に,試料T2の上側面および下側面の内側にそれぞれ沿って8本ずつ配置されている。鉄筋は表面に節が形成されている。これらの16本の鉄筋の断面の総面積は,セメント系部材T1に埋め込まれた複数本のスチール・コード撚り線の総断面積とほぼ同じである。
【0035】
ひび割れ幅確認試験では,セメント系部材T1および試料T2の両端部を支持台S上に設置し,開口部2の両端に相当する位置に荷重を掛ける(図3,4において矢印Wで示す)。荷重は,先ず,0kNから8.4kN (ピーク荷重P)まで増加させ,その後0kNまで減少させる。次に,0kNから16.8kN(ピーク荷重P)まで増加させ,その後0kNまで減少させる。このように,荷重を0kNに戻した後,ピーク荷重Pを25.2kN,33.6kNの順に増加させ,最後に42kN(最大ピーク荷重Psy)まで増加させた。この様子を図5に載荷履歴として示す。ここで最大ピーク荷重Psyは,試料T2に配置された鉄筋と径,材質等が同じ1本の鉄筋が降伏する荷重に相当する大きさであり,あらかじめ測定することにより得られる。ピーク荷重P(8.4kN,16.8kN,25.2kN,33.6kNおよび42kN)はそれぞれ,最大ピーク荷重Psyの0.2,0.4,0.6,0.8および1.0倍に相当する。
【0036】
ひび割れ幅確認試験では,ピーク荷重Pを掛けているときに,セメント系部材T1および試料T2の上側面に生じるひび割れ本数を目視で観測した。また,ピーク荷重を掛けているときのひび割れ幅と,ピーク荷重に達した後に荷重を減少させて0kNに戻した(以下,除荷重という)ときのひび割れ幅とをクラックスケールを用いて測定した。ここで,ひび割れ幅の測定では,セメント系部材T1および試料T2に発生したひび割れのうち目視により最も大きいひび割れ幅を選び,これを最大ひび割れ幅として測定した。
【0037】
図6は,セメント系部材T1および試料T2にかけた荷重とひび割れ本数との関係を示し,図7は,セメント系部材T1および試料T2にかけた荷重と最大ひび割れ幅との関係を示すものである。図6および図7の横軸P/Psyは,セメント系部材T1および試料T2に掛けるピーク荷重Pを最大ピーク荷重Psyで割って無次元化したものである。図6において,白四角形がセメント系部材T1,黒丸が試料T2のひび割れ本数の観測結果を示すものである。図7において,黒四角形がセメント系部材T1,黒丸が試料T2にピーク荷重Pを掛けているときに測定された最大ひび割れ幅を示すものである。また白四角形がセメント系部材T1,白丸が試料T2で除荷重のときに測定した最大ひび割れ幅である。
【0038】
図6に示すように,セメント系部材T1は,荷重が増大するとひび割れ本数も増大する。しかしながら,図7に示すように,セメント系壁材T1はP/Psy=0.6,0.8,1.0 とピーク荷重Pが増大してもピーク荷重Pを掛けているときの最大ひび割れ幅は0.04mm程度に一定に保たれることが確認できた。さらに,セメント系部材T1では,ピーク荷重Pが増大しても除荷重のときの最大ひび割れ幅はほぼ0mm程度になる(消える)ことが確認できた。これに対して,試料T2ではひび割れ本数は少ないけれども(図6参照),ピーク荷重Pが増大すると最大ひび割れ幅も増大する。また,P/Psy=0.4 以上における除荷重のときのひび割れ幅は0mmになる(消える)ことはない。以上より,セメント系部材T1では,その表面に生じるひび割れが分散してひび割れ本数を増やし,ひび割れ幅を小さくすることが確認できた。
【0039】
スチール・コード撚り線の表面の凹凸には,セメント系複合材が付着(密着)しやすく,セメント系部材が外力によりたわんだ状態となっても,この凹凸がセメント系部材との間で抵抗となるためスチール・コード撚り線がセメント系部材から抜けにくい。さらに,スチール・コード撚り線の表面の凹凸は比較的小さいく,密着性がよいことからスチール・コード撚り線からセメント系部材に伝わる力が大きく,荷重を分散してひび割れ本数を増やすとともにひび割れ幅を小さくすることができる。もちろん,スチール・コード撚り線と鉄筋とを内部に配置したものであっても,同様にひび割れ本数を増やし,ひび割れ幅を小さくすることができる。
【0040】
次に,図8を参照してスチール・コード・シートについて説明する。スチール・コード・シート51は,複数本のスチール・コード撚り線5が縦,横に間隔をあけて配置され,これらのスチール・コード撚り線5が,交叉したところで互いに結合されているものである。結合の方法としては,電気溶接と編成とがある。図8(B)はスチール・コード撚り線をそれらの交叉部で電気溶接した場合のスチール・コード・シートの側面図である。図8(C)はスチール・コード撚り線を編み合わせた場合のスチール・コード・シートの側面図である。スチール・コード・シートは,複数本のスチール・コード撚り線が,縦,横のように直角に交叉している場合だけでなく,適当な角度で互いに交叉するように配置(たとえば,斜めに配置)されていてもよい。
【0041】
このスチール・コード・シート51を用いたセメント系壁材を以下,第3実施例および第4実施例に示す。ここで用いるスチール・コード・シート51a,51bは,スチール・コード・シート51を適当な大きさに切断したものである。
【0042】
第3実施例のセメント系壁材1Aは,図9に示すように,前面および後面の内側に沿って前,後面から少し離してスチール・コード・シート51aが配置され,セメント系壁材1A内に埋め込まれている。鉄筋3a,3bおよび3cがセメント系壁材1Aの幅方向の中心を通って,上下方向(縦方向)に配置されている。また鉄筋4a,4b,4c,4dおよび4eがセメント系壁材1Aの幅方向の中心を通って横方向に配置されている。鉄筋3a,3bおよび3cと鉄筋4a,4b,4c,4dおよび4eとは,それぞれ交叉する箇所で溶接されて互いに固定されている。
【0043】
ひび割れ幅低減セメント系壁材1Aを製造する場合には,先ず,セメント系壁材1Aの型枠,この型枠の内部に配置するスチール・コード・シート51aおよび鉄筋3a,3b,3c,4a,4b,4c,4dおよび4eを用意する。次に,用意した型枠のセメント系壁材1Aの前面および後面を形成させる型枠の内面に沿って型枠の内面から少し離してスチール・コード・シート51aを配置する。また,鉄筋3a,3b,3cを縦方向に,鉄筋4a,4b,4c,4dおよび4eを横方向に型枠内に配置する。最後に型枠内にセメント系複合材を流し込み,硬化させる。
【0044】
第4実施例のひび割れ幅低減セメント系壁材1Bは,図10に示すように,その形状,大きさ,材質が第3実施例のひび割れ幅低減セメント系壁材1Aのそれと同じであり,開口部2の位置,大きさも同じである。また,セメント系部材1Bでは,内部に配置されたスチール・コード・シート51aの大きさ,配置位置等および鉄筋3a,3b,4aおよび4bの径,配置位置等は,セメント系部材1Aの内部に配置されたそれらと同じである。セメント系壁材1Bでは鉄筋3c,4c,4d,4eは省略されている。セメント系壁材1Bでは,セメント系壁材1B内において,開口部2の角部2aをほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に角部2aから少し離してスチール・コード・シート51bが配置されている。ここで,スチール・コード・シート51bは,その両端部がセメント系壁材1Bの前面および後面の内側に沿って配置されたスチール・コード・シート51aの一部に溶接されて固定されてもよい。
【0045】
ひび割れ幅低減セメント系壁材1Bを製造する場合には,先ず,セメント系壁材1Bの型枠,この型枠の内部に配置するスチール・コード・シート51a,51bおよび鉄筋3a,3b,4aおよび4bを用意する。次に,用意した型枠のセメント系壁材1Bの前面および後面を形成する型枠の内面に沿ってこの内面から少し離してスチール・コード・シート51aを配置する。さらに,セメント系壁材1Bの開口部2の角部2aを形成する型枠の角部の内側に(開口2と反対側に),この角部をほぼ二等分する面とほぼ垂直となるようにスチール・コード・シート51bを配置する。このとき,スチール・コード・シート51の両端部をスチール・コード・シート51aの一部に溶接,その他の方法により固定してもよい。また,鉄筋3a,3bを縦方向に,鉄筋4aおよび4bを横方向に,型枠内に配置する。最後に型枠内にセメント系複合材を流し込み,硬化させる。
【0046】
このように,セメント系部材の内部に複数本のスチール・コード撚り線からなるスチール・コード・シートを配置することにより,セメント系部材に掛かる外力を分散してひび割れ本数を増やすことによりひび割れ幅を小さくすることで,ひび割れの進展を抑えることができ,セメント系部材の耐久性および強度を高めることができる。
【0047】
また,スチール・コード撚り線は既存の建築物のひび割れ幅を低減するための補強としても用いることができる。
【0048】
図1を参照して,既存のセメント系部材1が建物の一部として既に組込まれている場合に,たとえば,セメント系部材1を建築物に設置した後に,開口部2付近に生じるひび割れ幅を低減するための補強をする場合に,複数本のスチール・コード撚り線5A(図1で鎖線で示す)を用意する。複数本のスチール・コード撚り線5Aを,セメント系部材1の開口部2を形成する4つの面の開口部側にそれぞれ沿わせて該面から少し離して,セメント系部材1の幅方向に一定の間隔をあけて互いに平行に配置する。配置されたスチール・コード撚り線5Aを埋め込むように,4つの面に開口2の側からセメント系複合材10を塗って硬化させる。スチール・コード撚り線5Aでなく,スチール・コード・パネルまたはスチール・コード・シートを用いてもよい。
【0049】
既存のセメント系部材の表面に沿って該表面から少し離して型枠を設置し,この型枠内または既存のセメント系部材の面の全体もしくは一部に沿ってスチール・コード・パネル,スチール・コード・シートもしくはスチール・コード撚り線を配置し,型枠内または型枠とセメント系部材の面との間にセメント系複合材を流し込んで硬化させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】第1実施例のひび割れ幅低減セメント系壁材の斜視図である。
【図2】スチール・コード・パネルの平面図である。
【図3】第2実施例のひび割れ幅低減セメント系部材T1の斜視図である。
【図4】対照試料T2の斜視図である。
【図5】ひび割れ幅確認試験における載荷履歴を示すグラフである。
【図6】ひび割れ幅低減セメント系部材T1および試料T2における荷重とひび割れ本数との関係を示すグラフである。
【図7】ひび割れ幅低減セメント系部材T1および試料T2における荷重と最大ひび割れ幅との関係を示すグラフである。
【図8】(A)はスチール・コード・シートの平面図であり,(B)はスチール・コード撚り線を電気溶接した場合のスチール・コード・シートの側面図であり,(C)は,スチール・コード撚り線を編み合わせた場合のスチール・コード・シートの側面図である。
【図9】第3実施例のひび割れ幅低減セメント系壁材の斜視図である。
【図10】第4実施例のひび割れ幅低減セメント系壁材の斜視図である。
【符号の説明】
【0051】
1,1A,1B, ひび割れ幅低減セメント系壁材
T1 ひび割れ幅低減部材
3a,3b,3c,4a,4b,4c,14 鉄筋
5,15 スチール・コード撚り線
50a,50b スチール・コード・パネル
51,51a,51b スチール・コード・シート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿って複数本のスチール・コード撚り線が互いに平行に上記セメント系部材の内部に配置されている,
ひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項2】
セメント系部材の表面の少なくとも一部の面部分に沿って複数本のスチール・コード撚り線が上記セメント系部材の内部に配置されている,
ひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項3】
2つの面により形成される角部を有するセメント系部材の内部に,複数本のスチール・コード撚り線が,上記角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に配置されている,
ひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項4】
セメント系部材内のひび割れ幅を低減すべき範囲に,複数本のスチール・コード撚り線からなるスチール・コード撚り線群が,複数本のスチール・コード撚り線の配置により形成される面とひび割れが進展すると予測される方向とがほぼ垂直となるように配置される,
ひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項5】
上記スチール・コード撚り線群は,一群の複数本のスチール・コード撚り線とこれに交叉するように配置された他群の複数本のスチール・コード撚り線とを含み,上記一群の複数本のスチール・コード撚り線と上記他群の複数本のスチール・コード撚り線とはその交叉する箇所で互いに結合されている,請求項4に記載のひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項6】
上記セメント系部材の内部に鉄筋が間隔をあけて縦または横に配置される,請求項1から5のいずれか一項に記載のひび割れ幅低減セメント系部材。
【請求項7】
複数本のスチール・コード撚り線が交叉するように配置され,複数本のスチール・コード撚り線がその交叉する箇所で互いに結合されている,
スチール・コード・シート。
【請求項8】
セメント系部材が占めることになる空間の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線を配置し,
上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むようにセメント系複合材を上記空間に充填して硬化させる,
ひび割れ幅低減セメント系部材の製造方法。
【請求項9】
セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線を上記セメント系部材の外部に配置し,
上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むように上記セメント系部材の表面にセメント系複合材を塗って硬化させる,
セメント系部材のひび割れ低減補強工法。
【請求項10】
セメント系部材の少なくとも1つの縁に沿ってもしくは一部の面部分に沿って,または角部を形成する2つの面のなす角をほぼ二等分する面とほぼ垂直な面内に,複数本のスチール・コード撚り線が上記セメント系部材の外部に配置され,
上記配置された複数本のスチール・コード撚り線を埋め込むように上記セメント系部材の表面にセメント系複合材が塗られて硬化している,
ひび割れ幅低減セメント系部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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