説明

アイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金及びそれからなっているアイアンクラブヘッド

【課題】本発明は、形状調整などに適した伸び率や加工性が保たれる上、引張強度も高いアイアンクラブヘッドの製造と共に形成される鉄基合金の生成を図る。
【解決手段】総重量を基準として、Cr:16.3〜17.2重量%、Ni:5.8〜6.5重量%、N:0.10〜0.20重量%、C:0.01〜0.12重量%、Si:0.3〜1.2重量%、Mn:0.3〜1.2重量%を含有し、残部:Feおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120Ksi以上、伸び率が35%以上あるアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金及びそれからなっているアイアンクラブヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
ゴルフクラブには、通常、ウッドクラブ、アイアンクラブ、ピッチングウエッジ、サウンドウエッジ及びパター等、数種類のクラブがある。
【0003】
その中で、アイアンクラブは、ボールを目標まで正確に到達させることを目的とするものであって、その特徴は、ウッドクラブに比べて飛距離は短いが打球が高くて、ボールを目標方向に打撃し易いという点にある。
【0004】
現在のアイアンクラブヘッドは、通常、チタン合金、軟鉄素材、又はステンレスを材料として成形されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
図1又は図2に示したように、前記素材を材料としたもののうち、例えば、低炭素鋼(S25C)を材料としたアイアンヘッドであれば、伸び率が30%以上あるが、引張強度が120Ksi以下であり、非常に柔らかいため、ソフトな打球感覚を得ることができるとともにロフト角等の角度調整の加工も容易となるメリットがある反面、ヘッドが変形しやすく、錆びやすくて表面処理(例えば、ニッケル処理又はクロム処理)が必要になるというデメリットがある。
【0006】
一方、例えば、475ステンレス(475SS)を材料としたアイアンヘッドであれば、引張強度が290Ksiもあり、高すぎる上、伸び率が6%程度と小さいため、形状調整の加工性が悪く、ソフトな打球感覚も得ることもできない。
【0007】
本発明は、防錆処理が要らず、打球感覚や形状調整などに適した伸び率や加工性を持ち、且つ、使用時に変形しにくい適当な引張強度を持つアイアンクラブヘッド、及び、該アイアンクラブヘッドの製造と共に形成される鉄基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、総重量を基準として、Cr:16.3〜17.2重量%、Ni:5.8〜6.5重量%、N:0.10〜0.20重量%、C:0.01〜0.12重量%、Si:0.3〜1.2重量%、Mn:0.3〜1.2重量%を含有し、残部:主成分のFeおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120Ksi以上、伸び率が35%以上あることを特徴とするアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金を提供する。
【0009】
また、他に、総重量を基準として、Cr:16.3〜17.2重量%、Ni:5.8〜6.5重量%、N:0.10〜0.20重量%、C:0.01〜0.12重量%、Si:0.3〜1.2重量%、Mn:0.3〜1.2重量%、Cu:2.8〜3.2重量%、Ti、Nb及びV:0.15〜0.50重量%を含有し、残部:主成分のFeおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120Ksi以上、伸び率が35%以上あることを特徴とするアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金をも提供する。
【0010】
本発明は、材料が前記鉄基合金となっているアイアンクラブヘッドをも提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、各成分、特に窒素含有量をコントロールすることで、微視的構造に「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈させることにより、アイアンクラブヘッド及び該アイアンクラブヘッドの製造と共に形成される鉄基合金に従来より優れた防錆能力(表面処理が必要ない)、伸び率、及び引張強度を持たせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】従来のアイアンクラブヘッドの材料の種類表である。
【図2】従来のアンアンクラブヘッド及び本発明のアンアンクラブヘッドの引張強度及び伸び率の分布図である。
【図3】本発明の第1の実施形態の100倍の微視的構造図である。
【図4a】図3におけるマルテンサイト相の45000倍の電子顕微写真である。この図は層状マルテンサイトマトリクスにおける転位を示す。
【図4b】カメラ長を8.7×10nmとする、本発明の第1の実施形態のマルテンサイト相の〔111〕の方向の制限視野回折図である。この図において、マルテンサイトの構造は格子定数(a)が0.287nmの体心立方格子である。
【図5a】図3におけるオーステナイト相の45000倍の電子顕微写真である。この図は層状オーステナイトマトリクスにおける転位を示す。
【図5b】カメラ長を8.7×10nmとする、本発明の第1の実施形態のオーステナイト相の〔001〕の方向の制限視野回折図である。この図において、オーステナイトの構造は格子定数(a)が0.368nmの面心立方格子である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態に係るアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金は、総重量を基準として、Cr:16.3〜17.2重量%、Ni:5.8〜6.5重量%、N:0.10〜0.20重量%、C:0.01〜0.10重量%、Si:0.3〜0.8重量%、Mn:0.3〜1.0重量%を含有し、残部:主成分のFeおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が130〜145Ksi、降伏強度が70〜90Ksi、伸び率が35%〜55%にある。
【0014】
前記複相組織は、950〜1150℃の温度で、0.5〜2時間の固溶化処理を施すことで形成されたものである。
【0015】
以下、まず、その構成原理について説明する。
【0016】
Crの添加は、材料の耐食性及び酸化抵抗性を向上させ、且つ「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈するために、Crの含有率は、16.3〜17.2重量%の範囲に制御することが好ましい。
【0017】
Niの添加は、合金の微視的構造をコントロールする働きをする。Niの含有率が5.8重量%より少ない場合、オーステナイト相が不安定である上伸び率が35%以下になり、含有率が6.5重量%より多い場合、オーステナイト相は安定であるが引張強度が不十分になって、その合金となったゴルフクラブヘッドの機械的強度も不足するため、適当な含有率に制御する必要がある。また、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈するために、Niの含有率は、5.8〜6.5重量%の範囲に制御することが好ましい。
【0018】
Nは、オーステナイト相の形成に有利なだけでなく、合金の伸び率にも有利である。
【0019】
Nの含有率が0.10重量%より少ない場合、オーステナイト相が不安定である上、伸び率が35%以下になり、含有率が0.20重量%より多い場合、合金の製造過程において過量なガスを発生するので合金が脆くなる。そのため、Nの含有率は0.10〜0.20重量%の範囲に制御することが好ましい。
【0020】
Cは、炭化物として合金に存在していて、鉄基合金に不可欠な構成元素であるだけでなく、マルテンサイト相に必要な元素でもある。しかし、Cの含有量が増加することによって、炭化物を多く形成することになり、合金材料の耐食性、溶接性、及び機械性質に悪い影響を与える恐れがあるので、Cの含有率は、0.01〜0.12重量%の範囲に制御することが好ましい。
【0021】
Siは、合金における気孔の形成を防止すると共に、収縮作用を促進し、且つ溶融鉄鋼の流動性を高めるものであり、含有率が0.3〜1.2重量%にあれば、合金の鋳造に有利である。
【0022】
Mnは、Feと共存するものであって、Sと結合し易いため、Sによる合金への熱脆化を防ぐことができる上、合金中の酸化物を除去することもできる。更に、Mnは、マルテンサイト相を安定させることができるので、0.3〜1.2重量%の含有率にコントロールすれば、合金の製造及び熱脆化の防止に有利である。
【0023】
[第2の実施形態]
本発明の第2の実施形態に係るアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金は、総重量を基準として、Cr:16.3〜17.2重量%、Ni:5.8〜6.5重量%、N:0.10〜0.20重量%、C:0.01〜0.12重量%、Si:0.3〜1.2重量%、Mn:0.3〜1.2重量%、Cu:2.8〜3.2重量%、Ti、Nb及びV:0.15〜0.50重量%を含有し、残部:主成分のFeおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120〜160Ksi、降伏強度が60〜100Ksi、伸び率が35%〜55%にある。
【0024】
前記複相組織は、950〜1150℃の温度で、0.5〜2時間の固溶化処理を行った後、450〜600℃の時効処理を施すことで形成されたものである。
【0025】
Cr、Ni、N、C、Si、及びMnの添加の理由は、前記第1の実施形態と同様なので、以下、Cu、Ti、Nb及びVの添加について説明する。
【0026】
Cuは、合金となったゴルフクラブヘッドの機械的強度を上げるためのものであって、含有率が2.8重量%より少ない場合、クラブクラブ全体の強度が不足し、含有率が3.2重量%より多い場合、錆び易いため合金の酸化抵抗性に悪い影響を与えるので、2.8〜3.2重量%の範囲にあることが好ましい。
【0027】
Ti、Nb及びVの添加は、合金粒子を微小化することができる上、時効処理によって合金強度を強化する働きがあり、含有率が0.15〜0.50重量%にあれば、合金の鋳造に有利である。
【0028】
〔実施例〕
以下、本発明の実施例及び比較例について説明する。
【0029】
本発明の実施例及び比較例の合金(ゴルフクラブヘッド)は、従来の鋳造法で製造することができる。
【0030】
例えば、ロウでゴルフクラブヘッドと同じ形のロウ型を作り、周りを鋳砂で覆い固め、ロウ型を溶融させて鋳砂からなった層に形成された開口から排出してキャビティのある砂型を構成し、次に、表1に示されるような各成分を溶融混合してから、「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織になるようにコントロールしながら砂型のキャビティに注入し、表1に示された各実施例や比較例に基づいた熱処理を経て固化させた後、砂型を破壊して成型物を取り出し、最後に、研磨や仕上げをすればアイアンクラブヘッドが完成する。そして、該完成したアイアンクラブヘッドの引張強度、降伏強度及び伸び率を測定してから表1に記入した。実施例1〜4は、本発明の第1の実施態様の鉄基合金(ゴルフクラブヘッド)であり、実施例5〜12は、本発明の第2の実施態様の鉄基合金(ゴルフクラブヘッド)である。比較例1〜4は、本発明の成分の範囲外の鉄基合金(ゴルフクラブヘッド)である。
【0031】
【表1】

【0032】
表1に記入したデータを比較すると、第1の実施形態及び第2の実施態様の鉄基合金はいずれも、引張強度が120〜160Ksi、伸び率が35%〜55%にあり(図2の本発明の合金の引張強度及び伸び率を参照)、特に、Nの含有率を0.10〜0.20重量%の範囲に制御したことにより、比較例1〜4に比べて遥かに優れた伸び率を持っている。よって、第1の実施形態及び第2の実施態様の鉄基合金となったゴルフクラブヘッドは、打球感覚や形状調整などに適した伸び率、及び使用において適当な引張強度を持っている。
【0033】
なお、本発明の第1の実施形態の実施例1の微視的構造図には、針状のマルテンサイト相及び塊状のオーステナイト相(図3の微視的構造図参照)が確かに見える。また、電子顕微鏡で本発明の第1の実施形態の実施例1の合金を詳しく調べると、マルテンサイト相〔図4(a)の電子顕微写真及び図4(b)の制限視野回折図参照〕及びオーステナイト相〔図5(a)の電子顕微写真及び図5(b)の制限視野回折図参照〕がはっきりと確認できる。
【0034】
第1の実施形態の鉄基合金(実施例1〜4)及び第2の実施態様の鉄基合金(実施例5〜12)は、いずれも塩水噴霧試験(48時間)及び3000発の打球試験に合格している。そのため、本発明のゴルフクラブヘッドは防錆処理の必要がない上、引張強度が十分であるので変形しにくい。
【0035】
ちなみに、塩水噴霧試験は、材料の耐食性をテストするための試験であり、35℃±3℃の下で、ノズルから塩化ナトリウムを5%含んでいる溶液を噴霧して行うものである。第1の実施形態及び第2の実施態様の鉄基合金は、5%塩化ナトリウム溶液を48時間噴射しても腐食されなかったのでこの試験に合格した。
【0036】
また、3000発の打球試験においては、第1の実施形態及び第2の実施態様のゴルフクラブヘッドでボールを3000回打っても、ゴルフクラブヘッドは微量たりとも変形しなかった。以上によって、本発明のゴルフクラブヘッドは十分な機械的強度を持つことが証明されている。
【産業上の利用可能性】
【0037】
上述したように、本発明は、各成分、特に窒素含有量をコントロールすることで、微視的構造に「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈させることにより、そのアイアンクラブヘッド及び該アイアンクラブヘッドの製造と共に形成される鉄基合金に従来より優れた防錆能力、伸び率、及び引張強度を持たせることができるので、産業上の利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
総重量を基準として、
Cr:16.3〜17.2重量%、
Ni:5.8〜6.5重量%、
N:0.10〜0.20重量%、
C:0.01〜0.12重量%、
Si:0.3〜1.2重量%、
Mn:0.3〜1.2重量%を含有し、
残部:主成分のFeおよび不可避不純物からなる成分組成となっており、且つ、
「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120Ksi以上、伸び率が35%以上あることを特徴とするアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金。
【請求項2】
前記複相組織は、950〜1150℃の温度で、0.5〜2時間の固溶化処理を行うことで形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載の鉄基合金。
【請求項3】
総重量を基準として、
Cr:16.3〜17.2重量%、
Ni:5.8〜6.5重量%、
N:0.10〜0.20重量%、
C:0.01〜0.12重量%、
Si:0.3〜1.2重量%、
Mn:0.3〜1.2重量%、
Cu:2.8〜3.2重量%、
Ti、Nb及びV:0.15〜0.50重量%を含有し、
残部:主成分のFeおよび不可避不純物
からなる成分組成となっており、且つ、
「マルテンサイト相+10〜30%のオーステナイト相」からなる複相組織を呈する上、引張強度が120Ksi以上、伸び率が35%以上あることを特徴とするアイアンクラブヘッドの構成に適する鉄基合金。
【請求項4】
前記複相組織は、950〜1150℃の温度で、0.5〜2時間の固溶化処理を行った後、450〜600℃の時効処理を施すことで形成されたものであることを特徴とする請求項3に記載の鉄基合金。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の鉄基合金からなっているアイアンクラブヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4a】
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【図4b】
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【図5a】
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【図5b】
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