説明

アコヤガイ赤変病の検出用モノクローナル抗体、その調製方法及び利用方法

【課題】 アコヤガイ赤変病の原因体はいまだ特定されていない。従来からの診断手法である軟体部の赤変化は疾病の重篤な状態で多く観察され早期診断には適さず、閉殻筋及び外套膜における病理組織学的手法は標本作製の手技を要し、個体を生かしたままでの診断が不可能であり、さらに血球の形態変化の観察については正常と異常の区別をするためにある程度の経験が必要であること等の問題があった。
【解決手段】 アコヤガイ赤変病病貝に対するモノクローナル抗体を用いて簡便且つ明瞭な診断をする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝類、特にアコヤガイ赤変病の検出に用いることができるモノクローナル抗体の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
軟体部の赤変化を伴うアコヤガイの大量死は1994年から一部の養殖場において発生し、1996年には西日本各地の真珠養殖場に被害が拡大した。本疾病は黒川らにより感染症であることが明らかとなり(1999、日本水産学会誌、65、241-251.)、さらに森実らにより原因体は病貝の血清に存在することが明らかとなっている(2002、魚病研究、37、149-151)。アコヤガイ赤変病病原体の同定が試みられ、例えば、赤潮プランクトンのHeterocapsa circularisquamaChattonella antiquaHeterosigma akashiwo、(特許文献1及び2:特開2000−93038、特開2003−61502)、更には、Vibrio pectenicida、又はその非常に近縁の種(特許文献3:特開2002−325599)、リケッチア様生物(非特許文献1:J. Invertebr pathol 73, 162-72)、ウイルス(非特許文献2:1999、Dis. Aquat. Org.、37、1-12)等が候補として挙がられてきた。
【0003】
【特許文献1】特開2000−93038
【特許文献2】特開2003−61502
【特許文献3】特開2002−325599
【非特許文献1】J. Invertebr pathol 73, 162-72
【非特許文献2】Dis. Aquat. Org.、37、1-12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これまでに本疾病の原因は感染症であることが示され、様々な説が出されているが、いまだ原因体が特定されていない。
【0005】
また、本疾病の診断手法としては、本疾病の特徴である軟体部の赤変化の観察、閉殻筋及び外套膜における病理組織学的手法、並びに血球の形態変化の観察等がこれまでに用いられている。
【0006】
しかし、軟体部の赤変化は疾病の重篤な状態で多く観察され、早期診断には適さず、病理組織学的手法については標本作製の手技を要し、個体を生かしたままでの診断が不可能であり、また、血球の形態変化観察については正常と異常の区別をするためにある程度の経験が必要である等の問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等はアコヤガイ赤変病病貝に対するモノクローナル抗体を作製したところ、得られたモノクローナル抗体を用いて簡便且つ明瞭な診断ができることを見出し、本発明を完成させたものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法は特殊な手技及び経験を必要とせず、且つアコヤガイを生かしたまま診断できる。また、疾病診断のみに留まらず、外国産アコヤガイを導入する際の検疫や種苗生産時の母貝選抜等への応用が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
アコヤガイ赤変病病貝の血リンパをマウスに免疫し、病貝血リンパに対するモノクローナル抗体を作製し、簡便且つ明瞭な診断法を開発した。
【0010】
本発明のモノクローナル抗体調製に用いる抗原を調製するためのアコヤガイ病貝は、従来方法によりアコヤガイ赤変病であると診断されたアコヤガイを用いることができる。
【0011】
アコヤガイ赤変病病貝由来の免疫原としては、好適には、血リンパ液を用いることができる。血リンパ液は、アコヤガイを0.1%の2−フェノキシエタノール海水で麻酔後、閉殻筋より注射器を用いて採取した血リンパ液を用いることができる。好適には、適宜なアジュバント、例えば、フロイントの完全アジュバント、フロイントの不完全アジュバント、Ribiアジュバント(TDM+MPL Emulsion、スクアレンとTween-80 TM 中にMPL(Monophosphoryl Lipid A)とTDM (Trehalose Dimycolate)を含む)等と混合して免疫原として用いることができる。
【0012】
免疫する動物としては、ラット・マウス等の哺乳動物が挙げられ、好適には、マウス(BALB/c)又はラット(LOU)を用いることができる。
【0013】
血リンパ液は、上記アジュバントと混合し、又は混合することなく、免疫対象となる動物に接種される。免疫方法は、動物種、抗原量、アジュバントの必要性、免疫回数・等を考慮して決定することができる。例えば、マウスの場合、皮下、静脈、又は腹腔等に、抗原をアジュバントと混合して注射することができる。必要に応じ、1〜4週間後に追加免疫をすることができる。
【0014】
最初の免疫後4〜10週間後に、最終免疫した場合は、最終免疫から3〜4日後に、免疫された動物の例えば脾臓からB細胞を採取する。
【0015】
採取された免疫B細胞は、ミルシュタイン等の周知の方法により、ミエローマ細胞と融合させられる。
【0016】
ミエローマ細胞としては、例えば、マウスでは、P3-X63Ag8(X63)、P3/NS1/1-Ag4-1、P3X63Ag8U1、P3X63Ag8.653、Sp2/O-Ag14、Sp/O/Fo-2等が挙げられ、ラットでは、例えば、Y-Ag1.2.3、YB2/O、IRF983Fを挙げることができる。
【0017】
免疫脾臓細胞(B細胞)とミエローマ細胞は、例えば、脾臓細胞対ミエローマ細胞の割合を1〜10として、細胞融合させられる。細胞融合は、例えば、ポリエチレングリコール(30〜40%)、HVJ(センダイウイルス)等の周知の細胞融合剤を用いて行うことができる。融合された細胞は、例えば、HAT培地を用いて選抜することができる。
【0018】
選抜された融合細胞から、更に、産生されたモノクローナル抗体のアコヤガイ赤変病に罹病した病貝への反応性をもとに、目的のモノクローナル抗体を産生する融合細胞を選抜することができる。この選抜には、間接免疫蛍光法、ELISAなどの免疫学的検出方法を用いることができる。
【0019】
選抜された融合細胞(ハイブリドーマともいう)から産生されるアコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体は、アコヤガイ赤変病の罹病貝の検出に用いることができる。
【0020】
本発明には、アコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ(融合細胞)、 例えば、FERM P−20277で寄託されたハイブリドーマ、及び前記ハイブリドーマにより産生されるアコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体、例えばFERM P−20277で寄託されたハイブリドーマにより産生されるアコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体が含まれる。
【0021】
更に、本発明には、(1)アコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体を放射線標識したアコヤガイ赤変病検出剤、(2)本発明の抗体を酵素標識したアコヤガイ赤変病検出剤、(3)本件発明の抗体をビオチンで標識したアコヤガイ赤変病検出剤、等が含まれる。
【0022】
また、本発明には、(1)アコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体を放射線標識し、試料と該放射線標識モノクローナル抗体を含む反応液とを反応させ、洗浄後、放射線を検出する方法、(2)酵素標識したアコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体を試料と反応させ、洗浄後酵素基質を含む溶液を反応させて、酵素反応により検出する方法、(3)本件発明のアコヤガイ赤変病病貝特異的モノクローナル抗体をビオチンで標識し、ビオチン標識抗体を試料と反応させ、洗浄後、アビジン(又はストレプトアビジン)を蛍光標識した試薬と反応させて検出するサンドイッチ方法、(4)更には、例えば、本発明のモノクローナル抗体がマウスのモノクローナル抗体である場合にはマウスの抗体に対する抗体を放射線又は酵素などで標識して、本発明のモノクローナル抗体とサンドイッチ法により検出することもできる。
【0023】
放射線標識としては、125Iで標識することができる。酵素標識としては、例えば、アルカリフォスファターゼ(AP)、ホースラディシュパーオキシダーゼ(HRPO)、又はβガラクトシダーゼで標識することができる。酵素基質を含む溶液としては、アルカリフォスファターゼ(AP)で標識した場合はp−ニトロフェニルリン酸含有緩衝液が、ホースラディシュパーオキシダーゼ(HRPO)で標識した場合はo-フェニレンジアミン含有緩衝液が、βガラクトシダーゼで標識した場合は、4−メチルウンベリルフェリルーβガラクトシドを含有する緩衝液を用いることができる。
【実施例】
【0024】
[実施例1]
病貝の血リンパ液を採取しアジュバント(RIBL アジュバントシステムMPL+TDM)に混合後し、0.1mLをBalb/cマウス(日本クレア)の腹腔内に接種した。免疫4週間及び8週間後に同様に、0.1mLをBalb/cマウス(日本クレア)の腹腔内に追加免疫を行った。最後の免疫後3日目に免疫脾細胞を回収し、ミエローマ細胞(P3X63-Ag8)と融合させた。細胞融合は、脾細胞とミエローマの量比は10:1で行った。融合剤としてポリエチレングリコール(分子量1600)を1mL用い、60mLのHAT(DMEMを88%, 50倍濃度のHAT試薬を2%, FBSを10%の割合で混合)培地に懸濁した。
【0025】
得られた融合細胞をHAT培地にて再懸濁し、96ウェルプレートに分配した。スクリーニングは、病貝及び健常貝血リンパ塗末標本を用い、間接蛍光抗体法で行った。血リンパ塗末標本は前野ら(2001、魚病研究、36、225−230.)の方法を一部改変して作製した。すなわちアコヤガイを0.1%の2−フェノキシエタノール海水で麻酔後、閉殻筋より注射器を用いて血リンパ液を採取した。採取した血リンパ液は、スライドグラスに滴下し、湿箱中にて30分間静置後、上清を捨てスライドグラスを乾燥させずに冷アセトンで10分間固定した。上記の方法により作製した血リンパ塗末標本を用い1,070ウェルをスクリーニングした結果、病貝に強く反応する1ウェルを得た。(本ハイブリドーマは、平成16年10月28日に独立行政法人特許生物寄託センターにFERM P−20277として寄託した。)
【0026】
このウェルから得られた細胞を2回の限界希釈を行いクローニングした。選抜されたハイブリドーマクローンをインビトロで培養し、得られた培養上清を本発明のモノクローナル抗体とし以下の実験に供した。得られたモノクローナル抗体は、間接蛍光抗体法だけでなく酵素抗体法を用いても病貝と健常貝との判定が可能であった(図1)。
【0027】
[実施例2]
愛媛県産のアコヤガイ赤変病自然発症貝の血リンパ液を1500rpmで10分間遠心分離し、その上清を0.1mL、これまで本疾病の発生が無い石川県産のアコヤガイ(健常貝)の閉殻筋に接種し、実験感染貝を作出した。この実験感染貝の血リンパ標本を10〜15日間毎に作製し間接蛍光抗体法及び免疫染色法により診断を行った。
【0028】
間接蛍光法は次のようにして行った。まず、試料の貝から血リンパ液を採取、スライドグラスに滴下した。湿箱で30分間静置後、上清を捨てスライドグラスを乾燥させずに冷アセトンで10分間固定し、0.5%BSA含有PBS(-)で10分間ブロッキングした。湿箱中でモノクローナル抗体を該スライドガラスに滴下し37℃、30分間反応させた。その後、PBS(-)で3回洗浄した。
次にFITC(蛍光色素)標識した抗マウス二次抗体を該スライドグラスに滴下し、37℃、30分間反応させた。PBS(-)で3回洗浄し、グリセリン−PBS溶液(グリセリン:PBS=9:1)で封入し、検鏡した。
【0029】
併せて血球、外套膜の病変観察並びに死亡率を測定した。なお、陰性対照区として健常貝の血リンパ液を接種した区を設けた。判定は図1上段に示す健常貝様に蛍光緑に染まる血球の出現が無い場合を陰性として、蛍光緑に染まる血球が出現した場合を陽性として判定した。
【0030】
その結果、健常貝血リンパ接種区は試験期間を通しモノクローナル抗体の反応物が検出されなかったのに対し、病貝血リンパ接種区では接種60日後から反応物が検出され、陽性と診断された。また、この反応物の出現は血球の病変出現より遅く、外套膜の病変が現れる時期と一致し、死亡が始まる時期より早かった(表1)。なお、血球の病変については前野ら(2001、魚病研究、36、225−230.)の報告を、また、外套膜の病変については黒川ら(1999、日本水産学会誌、65、241-251.)の報告を基準に判定した。
【0031】
【表1】

【0032】
さらに、愛媛県において生産・飼育された日本産貝及び中国系貝を7月から10月までサンプリングし、その血リンパ標本に対するモノクローナル抗体の反応性を間接蛍光抗体法により検討した。その結果、日本産貝及び中国系貝のいずれも反応物が検出され、陽性と診断される個体が存在した(表2)。
【0033】
【表2】

【0034】
さらに、酵素抗体法は、次のようにして行った。
試料の貝より 血リンパ液を採取、スライドグラスに滴下した。湿箱中で30分間静置後、上清を捨てスライドグラスを乾燥させずに冷アセトンで10分間固定した。0.5%BSA含有PBS(-)で10分間ブロッキングした。湿箱中で単クローン抗体を該スライドグラスの滴下し37℃、30分間反応させ、その後スライドグラスをPBSで3回洗浄した。HRP(ホースラディッシュペルオキシダーゼ)で標識した抗マウス2次抗体を該スライドグラスに滴下し、反応させた(37℃,30分間)。その後、PBSで3回洗浄した。DAB反応液を10分間程度反応させた。なおDAB反応は切片により異なるので顕微鏡観察をしながら、適当なところで止めた。その後冷PBSで3回洗浄した。必要によりギムザ染色し、検鏡した。結果を図1に示す。
【0035】
図1中段の左側の「病貝−酵素抗体法、ギムザ染色」の写真にモノクローナル抗体と抗原とが反応している像を示す。茶褐色の反応物である。これに対して、中段の右側の「健常貝−酵素抗体法、ギムザ染色」では茶褐色の反応物は見えない。なお、酵素抗体法に用いているDAB(3-ジアミノベンチジン)試薬が血球中の内在性ペルオキシダーゼと反応し、茶褐色反応物となる場合が有るので、モノクローナル抗体を反応させずに病貝と健常貝それぞれを酵素抗体法に続いてギムザ染色を施したところ、下段の写真に示されるように、茶褐色反応物は見出せなかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明のモノクローナル抗体を用いたアコヤガイ赤変病の病貝と健常貝の間接蛍光抗体法及び酵素抗体法による反応性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アコヤガイ赤変病病貝の血リンパ液に特異的に反応するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
【請求項2】
ハイブリドーマがFERM P−20277である請求項1記載のハイブリドーマ。
【請求項3】
以下の工程を含む、抗アコヤガイ赤変病病貝血リンパ液特異的モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの調製方法。
(1)アコヤガイ赤変病病貝の血リンパ液を免疫原として哺乳動物(ヒトを除く)を免疫する工程、
(2)免疫された哺乳動物の免疫脾細胞を調製する工程、
(3)免疫脾細胞とミエローマ細胞とを融合する工程、及び
(4)得られた融合細胞がアコヤガイ赤変病病貝の血リンパ液に対する抗体を産生するか否かで選抜する工程。
【請求項4】
請求項3記載の方法で調製されたハイブリドーマ。
【請求項5】
アコヤガイ赤変病病貝の血リンパ液に特異的に反応するモノクローナル抗体。
【請求項6】
ハイブリドーマFERM P−20277により産生されたモノクローナル抗体である請求項5記載のモノクローナル抗体。
【請求項7】
請求項5又は6記載のモノクローナル抗体を用いるアコヤガイ赤変病検出方法。
【請求項8】
請求項5又は6記載のモノクローナル抗体を含むアコヤガイ赤変病検出剤。

【図1】
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【公開番号】特開2006−204247(P2006−204247A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−23458(P2005−23458)
【出願日】平成17年1月31日(2005.1.31)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】