説明

アスベストの着色判別法及びアスベストの含有率測定方法

【課題】 建材等製品中に含まれるアスベストの有無を簡易で且つ迅速にオンサイトで確認することができるアスベストの選択的着色判別法を提供することにある。
【解決手段】 アスベスト構造中の特定の金属をアスベスト着色用錯化剤で錯化することによりアスベストを選択的に着色し、建材等製品中のアスベストを視覚的に確認できるようにしたアスベストの着色判別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスベストの着色判別方法、更に詳しくは、アスベスト構造中に含まれる特
定物質を利用して着色することによりアスベストを選択的に着色した後に、アスベスト構
造中特定物質と同物質を含有するために着色される非アスベスト物質の溶解処理と着色ア
スベストへの発色安定化処理を施すことにより、建材等製品中のアスベストの存在の有無
を高感度に視覚的に探知・判別できるようにしたアスベストの着色判別方法およびアスベ
ストの含有率測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アスベストは物性的には天然繊維状の構造を持ち、組成的には含水珪酸鉱物である。か
つて、その特性から耐火性,耐熱性,柔軟性,強度,耐薬品性,絶縁性に優れていること
から「奇跡の鉱物」として、世の中で高い評価を得て3000種類にも及ぶジャンルで使
用されて来た。
【0003】
しかし、アスベスト繊維を体内に吸い込むことにより、じん肺の一種である石綿肺を引
き起こす可能性がある。さらには、アスベストの特質である繊維の微小さと化学的な安定
性により分解されずに体内に止まり、細胞等に刺激を与え続ける。結果として、長期間の
潜伏期間を経て肺癌や中皮腫を引き起こすことになる。
【0004】
近年、わが国ではこのようなアスベストによる健康被害が多く知られるようになり、そ
の対策が急務となっている。特に人間の生活環境中で最もばく露に結びつく可能性が高い
建材等の製品についての迅速な対処が必要とされている。
【0005】
然しながら、上記のような健康被害の原因とされるアスベストの有無の判定には高い専
門知識が必要とされ、簡易に判別する方法が現状ではない。特に製品中のアスベストの判
別に対して実際に行われている方法は定性分析と定量分析が別々に行われており、その判
別に数日以上を要しているのが現状である。また技術的にも非常に困難である点が問題と
なっている。
【0006】
現在行われている製品中のアスベスト分析法は、JIS1481−2006に定められ
ているように、まず定性分析を行いその後に定量分析を行っている。定性分析では、建材
等の製品を粉砕した後に顕微鏡観察による予備試験を行い、繊維状物質の存在が確認され
た場合は、顕微鏡(位相差顕微鏡:分散染色法、偏光顕微鏡:消光角法) またはX線回折
法(結晶性の有無、回折パターン)によりさらに分析を行う。
【0007】
顕微鏡では、合計粒子数1,000粒子まで測定し、アスペクト比3以上の分散色を示
す粒子もしくは消光角を示す粒子の数を計測する。これを3標本繰り返す。X線回折法で
は、観察試料のX線回折パターンにおいて石綿のピークが認められるか否かによる。
【0008】
また、定性分析により繊維状物質があると判別された場合には定量分析を行う。標準添
加法・内標準法・基底標準補正法により定量を行う。これらの作業においては、試料の調
整だけでも1日以上を要し、非常に高度な技術と知識が必要とされ、専門の分析機関にお
いても対応に苦慮しているのが現状である。
【0009】
製品中のアスベスト繊維を計測するためには、粉砕後に試料の作製を行わなければなら
ず、膨大な作業と高い専門的知識を必要とすることから、現状のアスベストの存在確認に
は多額の費用と多くの手間が掛かる上に粉塵飛散などの危険性が伴っている。更には、ア
スベスト含有タイルなどのように含有アスベストが超微細繊維状である場合には、試料調
整後にアスベストを完全に回収することが困難なため結果のばらつきが多い。このため、
オンサイトで簡易で且つ迅速にアスベストの飛散および損失の危険性なく、アスベストの
存在の有無の確認を高感度で行うことが可能な技術が求められている。
【0010】
そこで、従来からも、製品中のアスベストの簡易判別法に関していくつかの方法が研究
され提案もされている。例えば、特許文献1では、アスベスト中の鉄を溶出させて鉄特有
の呈色反応を介してアスベストのスクリーニング試験を行うとする発明を開示している。
この発明では、使用されているアスベストの90%以上を占めるクリソタイルは構造式
中に鉄を含まず鉄含有量が超微量であるために、ヘキサフルオロケイ酸(ケイフッ化水素
酸)を使用して鉄の溶出を行うことを提案している。しかし、ヘキサフルオロケイ酸は非
常に危険な毒性を持つだけでなく腐食作用も持つので、金属と反応すると水素を発生し空
気中で引火爆発を起こすことがあり、スクリーニング中の爆発事故の可能性が否めない。
【0011】
また、試料の表面に付着して誤判定の基となるアスベスト鉄成分以外の鉄分(鉄鎖、鉄
化合物、土壌に起因する)を除去するために、有機酸による溶出を前処理として行うこと
を提案しているが、ロックウールなどアスベスト代替品や他種鉱物も鉄を含んでいるため
これらから溶出した鉄をアスベスト由来と誤って判定する可能性がある。さらには建材の
主成分であるセメントにも鉄分が含まれているため、前処理後にセメントが少量でも残存
するとセメント中の鉄をアスベスト由来と誤りアスベストの有無の判定の信頼性が問題点
となる。また、この方法では仮にアスベスト中の鉄のみを安全な方法で認識出来るように
改良を加えた場合でもアスベストの有無の判定を行えるのみであり、アスベスト含有率は
計測できない。
【0012】
特許文献2は、アスベストの元素組成と形状情報を判別し、それらのマップ像等を作成
し、アスベスト含有率を求める方法を提案している。この提案では、SEMやEPMAな
どの機器を使用して測定することを想定しているが、これらの機器の購入には数千万円か
ら億単位の費用がかかる問題がある。仮に購入可能であったとしても、機器の取扱には専
門知識が必要であり、測定にも非常に長時間を要するという問題がある。このため、試験
場への試料の輸送まで考えると、分析コストのさらなる高騰と分析の遅れは避けがたい。
また、アスベストは天然鉱物であり、その元素組成は産地によって微妙に異なるため、特
定の元素組成を決めることは困難である。
【0013】
また、特許文献3は、顕微鏡用スライドグラスの視野に標準試料として各種繊維または
鉱物を固定し、残余視野に測定サンプルを置いて光学顕微鏡を用いて測定する方法を提案
している。しかしながら、その特許案文中にあるように材料や物質中のアスベストの測定
には不向きであり、実用的ではない。また、光学顕微鏡を用いた肉眼観察のみではアスベ
ストの分類が不可能であることは学術的には明らかな事実であり、その為JIS法では位
相差顕微鏡による観察に加えて更なる詳細な方法を定めている次第であり、簡易判別法に
は顕微鏡と人間の肉眼以外の技術的要素を加える必要がある。さらには、例えアスベスト
の判別が可能であったとしてもアスベスト含有率の測定は不可能である。
【0014】
特許文献4では、純品のアスベスト(クリソタイル)を構成する金属であるマグネシウ
ムを有機性染料で錯体化することにより、化学的に修飾する技術も報告されている。しか
しながら、この技術はクリソタイルの無害化を目的としたものである。製品中アスベスト
の存在有無を測定するためには、アスベスト着色用錯化剤がアスベスト構造中金属である
マグネシウムもしくは鉄のみではなく、カルシウム・アルミニウムなど他金属とも錯体を
形成するため問題が生じる可能性がある。特にカルシウムは建材などのマトリクス部分の
主成分であり、実際にアスベスト着色用錯化剤により製品マトリクス部分の非選択的着色
を引き起こす主原因となっており、アスベスト有無の判別は困難となっている。
【0015】
【特許文献1】特開2000−88838
【特許文献2】特開2005−233658
【特許文献3】特開2006−250844
【特許文献4】カナダ特許N0.1,319,470
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記のような従来の発明(特許文献1乃至4に記載の発明)が有する諸問題
点を解決するために成されたもので、建材等製品中のアスベストの有無および含有率を誤
判定の可能性を限りなく低減して、簡易且つ迅速にオンサイトで判別する方法および測定
する方法を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
日本で使用されているアスベストの殆どが、蛇紋岩系のクリソタイル Chrysotile(白石
綿)と角閃石系のクロシドライト Crocidolite(青石綿)及びアモサイト Amosite(茶石
綿)の三種類である。この中でクリソタイルは90%を占め、同アスベスト構造中に含ま
れる金属であるマグネシウム、もしくはその他のアスベストにおいて主要金属である鉄を
錯化剤により錯化することによりアスベストを着色し、建材等製品中のアスベストを視覚
的に確認し判別できるようにする。
【0018】
より具体的には、本発明は前記の特許文献4に記載の純品アスベストの着色技術を応用
しながら、更にはアスベストの化学的安定性を利用することにより、より簡易・迅速な建
材等製品中のアスベスト濃度測定技術を提供するもので、アスベスト中の金属、特にマグ
ネシウムあるいは鉄に対する錯化剤を用いてマグネシウムあるいは鉄をそれぞれ錯化し、
アスベストを選択的に着色することでオンサイトで簡易・迅速にアスベストを探知すると
するものである。
【0019】
このとき、上述した従来技術での問題点と同じく、錯化剤によって製品マトリクスや他
繊維状物質に含まれる他の金属も着色・探知してしまい判別が困難な場合がある。しかし
ながら、本発明者は、他金属に対するマスキング処理を予め施して、他金属とアスベスト
着色用錯化剤との反応をブロックしておくことにより、製品中のアスベストを選択的に着
色できることを見出した。
【0020】
さらに、製品マトリクスやアスベスト代替製品等のうち該他金属を含む等の理由により
着色される非アスベスト物質を除去せしめるために、マスキング処理・着色処理後に酸処
理を施し、着色アスベストのみを残存させ選択的に可視化できることを見出した。
【0021】
着色アスベストのみを効率良く可視化するためには、着色アスベストへの影響を少なく
しながらも非アスベスト部分は溶解させなければならず、酸処理は可能な限り穏やかかつ
迅速にしなければならない。そのため、非アスベスト物質への着色は予め抑制されている
ことが望ましく、アスベスト構造中金属以外の金属を標的とした非アスベスト物質への着
色を抑制するためにマスキング前処理法も組み合わせることとする。
【0022】
さらには、建材等製品の溶解により周辺環境のp H 等が変化して着色アスベストから一
定の発色状況を得られない場合がある。そこで本発明者は、マスキング処理・着色処理・
非アスベスト物質溶解処理の後に、発色安定化処理として製品周辺pH 環境を一定にする
ことを目的として緩衝液による処理を施し、安定した発色状況を得る方法を見出した。
【0023】
以上のような検出方法を採用することにより、試料採取を含めマスキング処理・着色処
理・溶解処理・発色安定化処理やアスベストの存在確認およびアスベスト含有率決定のた
めの写真撮影および画像解析を含めても、トータル作業時間として1時間程度で行うこと
が出来る。
【発明の効果】
【0024】
建材等製品中のアスベストの存在有無の確認方法は、現在の手法にあっては、採取した
試料を試験場などで顕微鏡等による定性分析やX線回折法による定量分析を行うとするの
が一般的であり、アスベストの存在有無を確認するのに数日を要しているが、本発明によ
れば、現場で採取した試料に対するマスキング処理、着色処理、そしてその後の非アスベ
スト物質の溶解処理と着色アスベストへの発色安定化処理を施すだけでアスベストの存在
有無を確認できるので、安価で且つ簡易,迅速にアスベストの存在有無を確認することが
出来る。また、その着色面積および色調から未知の製品におけるアスベスト含有率を決定
することが出来る。
【0025】
またこの判別し難い、人体にとって有害なアスベストを着色することにより、作業員等
に対し、注意を喚起できると同時に大気中に飛散するのを防止する効果と特許文献4に記
載の着色による無害化の効果も生じる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
建材等製品中のアスベストを測定するに当たって、先ず採取した試料をマスキング剤、
続いて錯化剤と侵漬した後に、非アスベスト物質の溶解と着色アスベストの発色安定化処
理を行うことによって、着色アスベスト繊維の存在を確認するものとし、デジタルカメラ
等で全工程後試料の表面を撮影し、コンピューターで画像処理・解析して、その反射波長
スペクトルの情報からアスベストを特定し、着色面積および色調からアスベスト含有率ま
で測定するものとする。
【実施例1】
【0027】
実環境での作業にあたり、先ず純品アスベスト(クリソタイル)で着色を確認した。この作業にはクリソタイル(Chrysotile:富良野市野沢山部鉱山産石綿。高純度)を使用した。
【0028】
まずカルシウムに対するマスキング処理を行った。クリソタイル(Chrysotile)約0.1gを5g/l O,O' −Bis (2−aminoethyl)ethyleneglycol−N,N,N',N' −tetraacetic acid(同仁化学、以下、EGTAと略する)水溶液(pH=8)5ml中に室温で10分浸した後に、pH=8に調整した水溶液で常温洗浄した。
【0029】
続いて、錯化剤による着色処理を行った。カルシウムに対するマスキング処理を施したクリソタイル(Chrysotile)を0.5g/l、アスベスト着色用錯化剤(pH=2,6,7,9,12.5:HClとNaOHによりpH調整)溶液に室温で20分浸し、その後純水で20分間煮沸洗浄して観察を行った。この時、アスベスト着色用錯化剤としては、Alizarin,Bromocresol Purple,CBB R-250 ,Methyl Blue, Fuchsin Basic, Ponceau S,Trypan Blue,Thiazol Yellow Gなどを用いた。
【0030】
この結果、純品アスベストの着色は、前処理としてカルシウムに対するマスキング処理
を施こす際に使用したカルシウム特異的錯化剤を用いても影響はなく、アスベスト着色用
錯化剤の種類やpHによって着色状況を変化させることが出来た(図2参照)。
【実施例2】
【0031】
続いて、着色アスベストに対する酸処理および発色安定化処理の影響について調査を行
った。この作業には和光純薬製アスベスト(主成分:Chrysotile)を使用した。
【0032】
まず、実施例1と同じくカルシウムに対するマスキング処理と着色処理を行った。クリ
ソタイル(Chrysotile)約0.1gをEGTA水溶液(pH=9)5ml中に室温で10
分浸した。
【0033】
次に、錯化剤によるクリソタイルの着色処理を行った。カルシウムに対するマスキング
処理を施したクリソタイル(Chrysotile)を10g/lアスベスト着色用錯化剤(pH=
9:NaOHによりpH調整)溶液20ml中に浸し60℃で20分間撹拌し、その後6
0℃の同pHの水溶液中で20分間洗浄して観察を行った。この時、アスベスト着色用錯
化剤としては、Ponceau S ,Trypan Blue などを用いた。
【0034】
続いて、非アスベスト物質の溶解処理を想定した酸処理を施した。錯化剤による着色処
理を行ったクリソタイルに対して、10%ギ酸20ml中で5分間の室温処理を行った。
その後、EGTA水溶液(pH=9)によって洗浄を行った。
【0035】
最後に、着色アスベストの発色安定化処理を行った。上記の処理を行ったクリソタイル
を0.5M 炭酸ナトリウム―炭酸水素ナトリウム緩衝液(pH=9)20mlに室温で1
分間浸した。
【0036】
この結果、純品アスベストの着色は、着色後処理として10%ギ酸処理を施しても影響
はなく一定の発色状況を呈すことが明らかとなった(図3参照)。
【0037】
上記の方法を活用し、本発明ではマスキング処理によりアスベスト構造中金属と異なる
成分の着色を抑制しながら、アスベスト構造中金属に注目して錯化剤による着色を行い、
アスベストの持つ化学的安定性に注目してアスベスト構造中金属を含有するため着色され
る非アスベスト物質を酸により溶解除去し、アスベストのみを可視化するものである。
【0038】
また、一定の呈色を得るために緩衝液による発色安定化処理も行うこととする。アスベストのうち使用量の90%以上を占めるクリソタイル(Chrysotile)の化学式はMg3 Si2 5 (OH)4 である。そこで、クリソタイル中に多量に存在するマグネシウムをターゲットとする錯化剤によりクリソタイル上に錯体を形成させ、特異的に着色しアスベストのみを視覚的に判別する技術を考えた。
【実施例3】
【0039】
アスベスト代替繊維や、建材中成分物質等の着色後の酸による溶解の確認を続いて行っ
た。マスキング処理およびアスベスト着色用錯化剤によって顕著な着色が起こる物質とし
ては、塩基性硫酸マグネシウムウィスカー無機繊維と塩基性炭酸マグネシウムなどがあげ
られる。そこで、これら2つの物質対して着色後の溶解実験を行った。
【0040】
塩基性硫酸マグネシウムウィスカー無機繊維と塩基性炭酸マグネシウム各1.0gを4
0mlのTrypan Blue またはPonceau S に浸漬し60℃で20分間振盪した。遠心沈殿物
を回収し超純水40mlを加え振盪後遠心し沈殿物を回収する。これを3回繰り返す。
【0041】
得られた着色物に10%ギ酸を50ml加え常温で30分振盪した。その結果、ほぼ全
ての着色物の溶解は可能であることが確認された(図4参照)
【実施例4】
【0042】
アスベスト含有製品を対象として、マスキングならびに錯化剤による着色と酸による溶解法・緩衝液による発色安定化法を用いたアスベスト(クリソタイル)の選択的着色について確認を行った。ここでは、アスベスト含有製品としてクリソタイル含有率の異なる自作セメント硬化体を使用した。まず、クリソタイル含有自作セメント硬化体にカルシウムマスキング処理を行った。4cm×1cm×2cm角程度に調整したセメント硬化体を10g/l、EGTA溶液(pH=9)40ml中に浸し、10分間撹拌した。
【0043】
続いて、錯化剤による着色処理を行った。カルシウムに対するマスキング処理を施したセメント硬化体を10g/lアスベスト着色用錯化剤溶液(pH=9)40ml中に浸し、60℃で20分間撹拌し、同pHの水溶液によって洗浄を行った。この時アスベスト着色用錯化剤としては、Ponceau S ,Trypan Blue などを用いた。
【0044】
続いて、非アスベスト物質の酸による溶解除去処理を行った。アスベスト着色用錯化剤
により着色処理を施したセメント硬化体を10%ギ酸40ml中で2分間の室温処理を2
回行った後にEGTA溶液(pH=9)で洗浄を行った。
【0045】
最後に、着色アスベストの発色安定化処理を行った。上記の処理を行ったセメント硬化
体を0.5M炭酸ナトリウム―炭酸水素ナトリウム緩衝液(pH9)40mlに室温で5
分浸した。
【0046】
この結果、マスキング処理および着色用錯化剤による着色処理の後に、ギ酸による非ア
スベスト物質の溶解と着色アスベストの発色安定化処理を行うことによって、セメント硬
化体中のアスベストのみを選択的に判別することが出来た(図1参照)。
【0047】
また、検出限界を考えた場合、公定法に定められた基準値である0.1wt%の1/1
0濃度である0.01wt%の探知まで成功した(図1参照)。
【0048】
マグネシウムに対する錯化剤は、ほぼ全種類においてその他金属(特にカルシウム) と
も錯体を形成する。そのため、マグネシウム錯化剤では他金属を含む他物質も同時に着色
されてしまうことが多く、特に建材製品のマトリクス部分となるセメントの主成分はカル
シウムであることから、アスベスト着色用錯化剤はアスベストとともに製品自体も同時に
着色してしまい、そのままでは判別が困難である。
【0049】
直接アスベスト含有物質を探知するためには他金属がマグネシウム錯化剤により錯化さ
れないようにする必要があるため、他金属と特異的に錯体を形成する試薬により予めマス
キング処理を行うこととした。他金属、特にカルシウムと特異的に錯体を形成する試薬に
は、BAPTAなどいくつかあるが、ここではEGTAを一例として使用した。この方法
が使用可能であるのは、着色用試薬と他金属の結合定数よりも他金属の特異的錯化剤と他
金属の結合定数が大きい場合にのみ有効であることによる。
【0050】
各化学物質による化学的な結合の強さを示す指標として先に説明の「結合定数」が用いられるが、この数値が大きいものほどよく結合するので、アスベスト着色用錯化剤=A、マスキング用錯化剤=Bとすると、「他金属に対してはA<B」となる結合定数を持つものを用いると、他金属に対してはBが結合してAは結合しない。つまり、他金属はマスクされる。逆に「クリソタイル中マグネシウムに対してはA>B」の結合定数を持つ物を用いると、クリソタイル中マグネシウムにはAが結合してBは結合しない。つまりは着色することとなる。
【0051】
つまりは、この方法の原理は、錯化剤と金属の結合定数の違いを組み合わせたものであ
る。この結果、アスベスト着色用錯化剤−他種金属間の結合定数よりも大きい結合定数を
他種金属に対して持つ錯化剤ならば、他金属のマスキング用特異的錯化剤の代替としても
使用可能であることを意味する。
【0052】
これらのことから、他物質中の他金属の特異的錯化剤による他金属マスキング方法は、その他のアスベストであるアモサイト(茶石綿)(Fe,Mg)7 Si8 22(OH)2 とクロシドライトNa2 (Fe2+,Mg)3 Fe3+2 Si8 22(OH F)2 にも用いられる。すなわち、これらアスベスト中に多量に存在する鉄と錯体を形成する着色用試薬を見出した場合にも、他種金属(カルシウム,アルミニウム) をマスキングしておけば、同様の方法で特異的着色を行うことができる。
【0053】
しかしながら、セメントにおいては微量成分として1%程度のマグネシウムが含まれて
おり、またアスベスト代替製品等においてもマグネシウムを含む物質が存在している。こ
れらの物質は、結晶構造の違いなどを原因としてアスベスト着色用錯化剤によって着色さ
れないものが多いが、着色されてしまう物質も一部存在する。着色法によるアスベスト探
知技術をさらに高感度で精度の高い信頼ある方法として確立するためには、マスキングに
よりアスベスト着色用錯化剤の該他金属への結合を抑制するのみならず、アスベスト構造
中金属を含む非アスベスト物質への着色にも対処する必要がある。
【0054】
アスベストは他の物質にはない化学的安定性を持ち、それが毒性の一因ともなっている
と言われる。そこで発明者は、アスベストの化学的安定性を利用して、着色処理後にアス
ベストの着色情況には影響を与えずに着色非アスベスト物質を溶解させることによって、
アスベストのみを着色物として存在させ探知する技術を考えた。アスベストを残存させた
まま製品表面の溶解を試みるために、JIS1481−2006の二次分析試料作製時に
非アスベスト物質溶解に使用するギ酸を用いた着色後酸処理を実施例として行った。
【0055】
着色は建材等製品の表層部のみで起こっているため、着色非アスベスト物質を除去する
ためには、JIS法に定められた二次分析試料作製時のように他物質を完全に溶解させる
必要はない。むしろ製品表面のみを溶解させるほうが着色アスベストの損失が起こらず、
観察および正味のアスベスト量の算出が容易となる。本発明では、トータル作業時間の短
縮も考慮して、2分間の10%ギ酸処理2回を一例として行った。この方法が使用可能で
あるのは、着色後酸溶解処理によって非アスベスト物質は溶解されるが、アスベストなら
びに着色用錯化剤の分解が起こらず、さらには着色用錯化剤とアスベストの結合が保持さ
れる場合にのみ有効である。
【0056】
この方法の原理は、アスベストの化学的安定性を利用したものである。また、非アスベ
スト物質は溶解されるがアスベストの分解が起こらない条件だけでなく、着色用錯化剤の
分解も起こらず、さらには着色用錯化剤とアスベストの結合が保持されると言う条件を満
たす処理であることが最も重要である。言い換えれば、それらの条件を満たすならば、他
の薬品や手法等による処理でも代替可能である。
【0057】
錯化剤の呈色は、錯化剤中の発色団の電子状態に依存して変化する。すなわち、錯化剤
周辺のpHに依存してその呈色が変化する。建材製品に含まれる主成分のカルシウムは、
新規建材では水酸化カルシウムとして存在し水溶液中で強アルカリ性を示すが、時間と共
に炭酸化し炭酸カルシウムとなる。このため新規建材と老朽化建材では異なるpH環境が
与えられ、着色アスベストの呈色が異なる。そこで、p H変化を抑え一定の発色を得るこ
とを目的として緩衝液を使用することとし、0.5M炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウ
ム緩衝液(pH9)を一例として使用した。
【0058】
この原理は、錯化により得られる呈色がpH依存性をもつことである。そこで炭酸ナト
リウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液以外の緩衝液を使用して、pH変化を抑えた場合も同
様に安定した発色を得ることが出来る。
【0059】
これらのアスベスト着色後の非アスベスト物質の溶解と緩衝液を用いた安定した呈色によるアスベスト探知法の原理は、クリソタイル以外のアスベストであるアモサイト(茶石綿)(Fe,Mg)7 Si8 22(OH)2 とクロシドライトNa2 (Fe2+,Mg)3 Fe3+2 Si8 22(OH F)2 にも同様に応用できる。すなわち、これらアスベスト中に多量に存在する鉄と錯体を形成する着色用試薬を見出した場合にも、着色後に非アスベスト物質を溶解し緩衝液により安定した発色を得れば、同様の方法で着色による建材等製品中のアスベスト存在有無の確認を行うことができる。
【0060】
また、クリソタイルは酸化などにより結晶構造中のマグネシウムが失われ、非晶質のガ
ラス繊維など他物質に転換する場合があるが、本発明を応用すればアスベストからマグネ
シウムが失われ他物質となった場合の判定も可能である。
【0061】
本発明では、製品の表面に存在するアスベストを全て着色する方法である。そこで、ア
スベスト含有率と着色面積及び色調の関係式を予め求めておくことにより、未知の製品を
着色した場合に、アスベストの有無はもちろんのこと製品のアスベスト含有率まで決定す
ることが可能である。また、超微細繊維状アスベストが均一に分散した製品の場合には、
製品表面の色強度情報等からアスベスト濃度を算出することも可能である。
【0062】
製品のアスベスト含有率を求める場合には、以下に述べる方法で求める。先ず製品を着
色し、非アスベスト物質を溶解させ、着色アスベストの発色状況を安定化させた後に、そ
の表面をデジタルカメラで撮影する。次に、コンピューターで画像処理・解析してその反
射波長スペクトルの情報からアスベストを特定する。アスベスト含有率に対しては、以下
の理論式(イ)(ロ)が成り立つ。
【0063】
画像解析を行う撮影画像の全体面積がacm2 ,撮影画像中のアスベスト着色面積がb
cm2 であった場合、体積含有率と着色面積率は比例関係にあるので、製品中アスベスト
の体積含有率をA%とすると、
A=(b/a)×100・・・(式1)が成り立つ。
【0064】
製品全体の重量c(g)、体積d(cm3 )である場合、製品中含有アスベストの重量
e(g)、体積をf(cm3 )と仮定すると、
A=(f/d)×100・・・(式2)が成り立ち、
製品中アスベストの重量含有率Bwt%は、
B=(e/c)×100・・・(式3)で表される。
【0065】
そして、アスベストの既知比重がg(g/cm3 )である場合は、製品中含有アスベス
ト重量はe=g×fで表されるので、上記の(式3)は、
B=(g×f/c)×100
=(g/c)×100×fと書き換えられる。
また上記の(式2)は書き換えると、f=(A×d)/100となるので、これを代入
すると、
B=(g/c)×100×(A×d)/100
=(A×d×g)/c・・・(式4)と書き換えられる。
【0066】
以上より、撮影画像の全体面積a(cm2 )、撮影画像中のアスベスト着色面積b(c
2 )、測定対象製品の重量c(g)、測定対象製品の体積d(cm3 )を調べることに
より、アスベストの既知比重g(g/cm3 )と組み合わせて、製品中アスベストの体積
含有率A(%)と製品中アスベストの重量含有率B(wt%)はそれぞれ以下の理論式、
すなわち、次式イ及び次式ロから求められる。
A=(b/a)×100・・・(式イ)
B=(A×d×g)/c・・・(式ロ)
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明実施例4によるクリソタイル含有自作セメント硬化体中のクリソタイル選択的着色写真である。
【図2】本発明実施例1による純品クリソタイルをEGTAで処理した後に、染料種とpHを変化させて着色した写真である。
【図3】本発明実施例2によるPonceau S で純品クリソタイルを着色した結果の写真と、着色クリソタイルに対して10%ギ酸処理と炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液による発色安定化処理を行った場合の結果の写真である。
【図4】本発明実施例3による塩基性硫酸マグネシウムウィスカー無機繊維と塩基性炭酸マグネシウムの着色後のギ酸処理による溶解結果の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスベスト構造中の特定の金属をアスベスト着色用錯化剤で錯化することによりアスベ
ストを選択的に着色し、建材等製品中のアスベストを視覚的に確認できるようにしたこと
を特徴とするアスベストの着色判別方法。
【請求項2】
前記アスベスト構造中の金属がマグネシウム又は鉄であることを特徴とする請求項1記
載のアスベストの着色判別方法。
【請求項3】
前記アスベスト構造中の特定の金属以外の他金属に対し、該他金属に対して選択的に錯
体を形成するマスキング用錯化剤で予めマスキング処理を施すことを特徴とする請求項1
又は2記載のアスベストの着色判別方法。
【請求項4】
前記マスキング用錯化剤と前記他金属との結合定数が、前記アスベスト着色用錯化剤と
前記他金属との結合定数よりも大きいことを特徴とする請求項3記載のアスベストの着色
判別方法。
【請求項5】
アスベスト構造中の特定の金属をアスベスト着色用錯化剤で錯化することにより着色し
てアスベストを視覚的に判別するに際し、マスキング処理・着色処理後の処理として酸処
理を施すことにより、前記特定金属の含有等を原因として着色されるアスベスト代替製品
・他種鉱物・製品マトリクス部分などの非アスベスト物質を溶解除去せしめることを特徴
とする請求項1,2,3又は4記載のアスベストの着色判別方法。
【請求項6】
建材等製品に対して、マスキング用錯化剤によるマスキング処理、アスベスト着色用錯
化剤での錯化処理、着色非アスベスト物質の酸溶解後処理を施し着色アスベストを視覚的
に判別するに際し、建材等製品中マトリクスの溶解等を原因とするpH 変化などの周辺環
境変化の影響による発色状況の不安定さを解消するために、緩衝液による発色安定化処理
を施すことを特徴とする請求項1,2,3,4又は5記載のアスベストの着色判別方法。
【請求項7】
アスベスト構造中の特定の金属をアスベスト着色用錯化剤で錯化することにより、建材
等製品中のアスベストを選択的に着色し視覚的に確認した後に、製品をデジタルカメラで
撮影し、コンピューターで画像処理,解析して、その反射波長スペクトルの情報によりア
スベストを特定し、その後、
次式(イ)
A=(b/a)×100・・・(イ)

〔なお、式中、a:撮影画像の全体面積(cm2 ),b:撮影画像中のアスベスト着
色面積(cm2 )を表す〕

から製品中のアスベスト体積含有率A(%)を求めることを特徴とするアスベストの
含有率測定方法。
【請求項8】
アスベスト構造中の特定の金属をアスベスト着色用錯化剤で錯化することによりアスベ
ストを選択的に着色した製品の表面をデジタルカメラ等で撮影し、コンピューターで画像
処理,解析して、その反射波長スペクトルの情報によりアスベストを特定し、その後、
次式(ロ)
B=(A×d×g)/c・・・(ロ)

〔なお、式中、A:製品中のアスベスト体積含有率(%),c:製品重量(g),
d:製品体積(cm3 ),g:アスベストの既知比重(g/cm3 )を表す〕

から製品中のアスベスト重量含有率B(wt%)を求めることを特徴とするアスベス
トの含有率測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−209392(P2008−209392A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−183515(P2007−183515)
【出願日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、NEDO委託研究「緊急アスベスト削減実用化基盤技術開発 水溶性塩基染料の吹き付けによるアスベスト有無の簡易判別法」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】