説明

アダマンタノール類の製造方法

【課題】高価なカルボカチオン生成化合物や有機ニトリル化合物を使用することなく、高収率、かつ高い生産効率で、アダマンタン類からアダマンタノール類を工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】アアダマンタン類と発煙硫酸を反応させた後、得られた反応液を水に添加して硫酸濃度を30〜95質量%とし、温度0〜60℃で加水分解処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高収率、かつ高い生産効率で、アダマンタン類からアダマンタノール類を工業的に有利に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アダマンタン骨格に水酸基が結合されたアダマンタノール類(1−アダマンタノール等)は、医薬中間体、フォトレジスト用モノマーの原料、フォトクロミック化合物の原料、塗料、接着剤、粘着剤、膜、吸着材などの材料の原料など広く用途があり、工業上重要な化合物である。
【0003】
アダマンタノール類の製造方法としては、アダマンタン類を金属塩酸化触媒の存在下、空気酸化する方法(例えば、特許文献1を参照)や、アダマンタン類を酢酸中において三酸化クロムを用いて酸化する方法(例えば、特許文献2を参照)が開示されている。
上記の空気酸化による方法(特許文献1)ではアダマンタノール類(モノオール類)の選択性が低く、また、三酸化クロムを用いる方法(特許文献2)では高価な三酸化クロムが過剰に使用され、廃棄物処理の問題がある。
【0004】
他のアダマンタノール類の製造方法として、アダマンタン類を臭素化し、生成する臭素誘導体を加水分解する方法がある。アダマンタン類を臭素化し(例えば、非特許文献1を参照)、生成する臭素誘導体を、化学量論量を超える過剰の銀塩(硫酸銀)を用いて加水分解する方法(例えば、非特許文献2を参照)が知られている。
この臭素化法では、先ず原料を臭素化するので原料コストが高くなり、また、生成する臭素誘導体を加水分解するための触媒も高価である。
【0005】
さらに、アダマンタン類に、濃硫酸、カルボカチオン生成化合物および有機ニトリル化合物を反応させ、得られた反応液を加水分解することでアダマンタノール類を製造することが開示されている(例えば、特許文献3および特許文献4を参照)。
しかしながら、特許文献3及び4の方法では、高価なカルボカチオン生成化合物(t-ブチルアルコール、t-ブチルクロライド、t-ブチルブロマイドなど) および有機ニトリル化合物が必須であり、経済性に問題がある。
また、アルキルアダマンタンモノオール類の製造方法として、アルキルアダマンタン類を発煙硫酸と反応させてアルキルアダマンタン硫酸塩としたのち、加水分解する方法が提案されている(例えば、特許文献5を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第518869号公報
【特許文献2】特許第510654号公報
【特許文献3】特開平1−283236号公報
【特許文献4】特許第3998966号公報
【特許文献5】特開2000−273059号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chem. Ber., 92.1629(1959)
【非特許文献2】J.Org.Chem.,26.2207(1961)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記の特許文献3及び4に記載の方法では、前述のように、高価なカルボカチオン生成化合物および有機ニトリル化合物が必須であり、経済性に問題がある。
さらに、本発明者らの研究によると、特許文献5に記載の方法を、アルキルアダマンタン類以外のアダマンタン類を原料に用いた場合には、後述の比較例1からも明らかなように、得られるアダマンタノール類の収率が今一歩であり、改善が望まれる。
また、特許文献5の実施例1では反応液を投入する氷水の使用量が、希釈倍率上で硫酸濃度が28質量%に低下するような多量であり、1バッチ当たりの目的物の収量が低い。例えば、後述の比較例1から明らかなように、この実施例で1−アダマンタノールを製造する場合の生産効率(加水分解後の反応液1立方メートルあたりの1−アダマンタノールの収量)は12.1kg/m3となり、工業的に経済的でない。
さらに、氷水による加水分解は工業上困難である。また、特許文献5に加水分解温度は示されていないが、氷水を使用せずに加水分解を低温で実施するためには、反応液の水への滴下速度を遅くする必要があり、生産効率の面から好ましくない。
本発明は、以上のような状況下でなされたもので、高価なカルボカチオン生成化合物や有機ニトリル化合物を使用することなく、高収率、かつ高い生産効率で、アダマンタン類からアダマンタノール類を工業的に有利に製造する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、アダマンタン類と発煙硫酸を反応させた後、得られた反応液を水に加えて特定の条件で加水分解処理することにより、上記の目的を達成できることを見出し、本発明に到達した。
即ち本発明は、以下のアダマンタノール類の製造方法を提供するものである。
1.アダマンタン類と発煙硫酸を反応させた後、得られた反応液を水に添加して硫酸濃度を30〜95質量%とし、温度0〜60℃で加水分解処理することを特徴とするアダマンタノール類の製造方法。
2.硫酸濃度を40〜95質量%として加水分解処理する上記1のアダマンタノール類の製造方法。
3.原料がアダマンタンであり、1−アダマンタノールを製造する上記1又は2のアダマンタノール類の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアダマンタノール類の製造方法によれば、高価なカルボカチオン生成化合物や有機ニトリル化合物を使用することなく、高収率、かつ高い生産効率で、アダマンタン類からアダマンタノール類を工業的に有利に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明においてアダマンタン類とは、アダマンタンの他、アダマンタン骨格上の4個の3級炭素、すなわち、1位、3位、5位および7位の炭素原子の少なくとも1個が無置換の化合物である。通常は、下記の一般式(I)で示されるものが使用される。
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、R1は、アルキル基、アリール基、アラルキル基、アミノ基、水酸基、シアノ基、カルボキシル基、またはハロゲン原子であり、nは0〜4の整数であり、1位、3位、5位および7位の炭素原子の少なくとも1個は、R1が無置換である。)
【0014】
一般式(I)においてR1のアルキル基は、特に制限されるものではないが、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基等の炭素数1〜6のものが好ましい。アリール基は、フェニル基等の炭素数が6〜10のものが好ましい。アラルキル基は、ベンジル基等の炭素数が7〜12のものが好ましい。アミノ基は、メチルアミノ基、エチルアミノ基等の炭素数1〜4のものが好ましい。ハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子、フッ素原子等が好ましい。これらR1のうちでも、アルキル基、アミノ基、水酸基、シアノ基、カルボキシル基、またはハロゲン原子が特に好ましい。
また、R1がアダマンタン骨格に対して複数個置換している場合、これらは各々同種のものであっても良いし、異種のものであっても良い。
【0015】
一般式(I)で示させるアダマンタン類を具体的に例示すると、アダマンタン:1−メチルアダマンタン、1−エチルアダマンタン、2−メチルアダマンタン、2−エチルアダマンタン、1,3−ジメチルアダマンタン、1,3−ジエチルアダマンタン、1,2−ジメチルアダマンタン、1,2−ジエチルアダマンタン等のアルキルアダマンタン類;1−アダマンタナミン、1,3−ジアミノアダマンタン、1−アダマンタンメチルアミン等のアミノアダマンタン類;1−アダマンタノール、2−アダマンタノール、1,3−ジヒドロキシアダマンタン等のヒドロキシアダマンタン類;、1−シアノアダマンタン、2−シアノアダマンタン等のシアノアダマンタン類;1−アダマンタンカルボン酸、1,3−アダマンタンジカルボン酸等のカルボキシルアダマンタン類;1−フルオロアダマンタン、2−フルオロアダマンタン、1−クロロアダマンタン、2−クロロアダマンタン、1−ブロモアダマンタン、2−ブロモアダマンタン、1−ヨードアダマンタン、2−ヨードアダマンタン、1,3−ジフルオロアダマンタン、1,3−ジクロロアダマンタン、1,3−ジブロモアダマンタン、1,3−ジヨードアダマンタン等のハロゲン化アダマンタン類などが挙げられる。
【0016】
一般式(I)で示させるアダマンタン類のなかでも、反応性や入手の容易さなどの理由から、アダマンタン、1−メチルアダマンタン、1,3−ジメチルアダマンタンが好ましく、アダマンタンが特に好ましい。
【0017】
本発明において、発煙硫酸は、酸化剤として使用するものであり、試薬および工業用に入手可能なものを何等制限なく使用できる。発煙硫酸中のSO3濃度は、通常5〜60質量%であり、好ましくは10〜26質量%である。SO3濃度を60質量%以下とすることによりアダマンタノール類の収率が向上し、5質量%以上とすることにより反応速度が向上する。
発煙硫酸の使用量は、アダマンタン類1モルに対して、通常、10モル以上であり、好ましくは10〜60モル、特に好ましくは15〜50モルである。アダマンタン類1モルに対して8モル以上とすることによりアダマンタン類の収率が向上する。また、20モルより多くしても収率向上の効果は無く、使用量増大により製造コストが上昇する。
【0018】
アダマンタン類と発煙硫酸との反応温度は通常、0〜20℃、好ましくは1〜10℃である。反応温度を0℃以上とすることにより反応速度が向上する。また、20℃以下とすることにより副反応が少なくなり、収率が向上する。
反応時間は使用する発煙硫酸量、SO3濃度等により一概には言えないが、通常、0.5〜50時間である。
【0019】
アダマンタン類に発煙硫酸を反応させて得られた反応液の加水分解を行う際の水使用量は、反応液と水を混合して硫酸濃度が30〜95質量%となる量であり、硫酸濃度を40〜95質量%とすることが好ましい。硫酸濃度を95質量%以下とすることにより、加水分解反応の速度が大きくなり、アダマンタノール類の収率が向上する。また、硫酸濃度を30質量%以上とすることにより、回分式での1バッチ当たりのアダマンタノール類の収量が向上し、生産効率が高くなる。この反応液と水の混合は、水中に反応液を滴下することが好ましい。
【0020】
加水分解の温度は、0〜60℃であり、好ましくは5〜50℃である。0℃以上とすることにより反応液が凝固せずに、加水分解が進行する。60℃以下とすることにより、副反応が進行せず、アダマンタノール類の高い収率が得られる。
加水分解の反応時間みついては、通常、所定の加水分解温度を維持するように水中に滴下し、滴下終了後、5〜120分間程度、攪拌することで、短時間にアダマンタノール類を高収率で得ることができる。
【0021】
アダマンタノール類は、加水分解後の液を冷却することにより析出した結晶を、濾過や遠心分離により回収することができる。また、加水分解後の液を、必要により有機溶媒(例えばトルエン等)を加えて抽出し、水酸化ナトリウム水溶液等を加えて中和した後、得られた有機溶媒を濃縮し、晶析を行う等の手法により精製することができる。
【実施例】
【0022】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、実施例における生成物の純度は、無極性キャピラリーカラムを用いたガスクロマトグラフィーにおいて、フレームイオン化検出器で求めた純度(ガスクロ面積百分率純度であり、GC純度と称す)である。
また、生成物の生産効率は、加水分解後の反応液1立方メートルあたりのアダマンタノール類の収量(kg/m3)である。
【0023】
実施例1
100mLの四つ口フラスコに25質量%発煙硫酸20mL(38g)を加え、1℃まで氷冷してからアダマンタン2.00gを添加し、0〜3℃で1.5時間反応させた。100mlの四つ口フラスコに水15gを入れ、40〜50℃で反応液を滴下した。1N水酸化ナトリウム水溶液による中和滴定により、滴下後の硫酸濃度を測定したところ、74質量%であった。滴下終了後、30分間攪拌した。室温で析出した結晶を濾過、水洗し、乾燥したところ、1−アダマンタノール1.70g(収率76%、GC純度98.6%)を得た。生産効率(加水分解後の反応液1立方メートルあたりの1−アダマンタノールの収量)は45.9kg/m3となる。
【0024】
実施例2
加水分解温度を5〜15℃にした以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は74質量%、1−アダマンタノール1.77g(収率79%、GC純度99.2%)を得た。生産効率は47.7kg/m3となる。
【0025】
実施例3
加水分解の水の量を5g、加水分解温度を20〜30℃にした以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は92質量%、1−アダマンタノール1.48g(収率66%、GC純度96.8%)を得た。生産効率は54.6kg/m3となる。
【0026】
実施例4
加水分解の水の量を30gにした以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は56質量%であり、1−アダマンタノール1.79g(収率80%、GC純度98.8%)を得た。生産効率は35.2kg/m3となる。
【0027】
実施例5
加水分解の水の量を60gにした以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は40質量%であり、1−アダマンタノール1.83g(収率82%、GC純度99.2%)を得た。生産効率は22.4kg/m3となる。
【0028】
実施例6
原料を1,3−ジメチルアダマンタン2.41gにした以外は実施例1と同様の操作を行った。3,5−ジメチル1−アダマンタノール2.17g(収率82%、GC純度99.2%)を得た。生産効率は58.6kg/m3となる。
【0029】
比較例1
反応液を氷水100gに投入し、加水分解を行った以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は28質量%であり、1−アダマンタノール1.48g(収率66%、GC純度97.6%)を得た。生産効率は12.1kg/m3となる。
【0030】
比較例2
加水分解温度を65〜75℃にした以外は実施例1と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は74質量%、1-アダマンタノール0.56g(収率25%、GC純度73.8%)を得た。生産効率は4.6kg/m3となる。
【0031】
比較例3
加水分解温度を65〜75℃にした以外は実施例4と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は56質量%、1−アダマンタノール1.14g(収率51%、GC純度90.8%)を得た。生産効率は21.9kg/m3となる。
【0032】
比較例4
加水分解温度を65〜75℃にした以外は実施例5と同様の操作を行った。加水分解後の硫酸濃度は40質量%、1−アダマンタノール1.45g(収率65%、GC純度95.8%)を得た。生産効率は17.7kg/m3となる。
【0033】
以上の各実施例および比較例における加水分解の温度および水量と、得られたアダマンタノール類の収率、純度および生産効率を第1表に示す。
実施例1,4,5と比較例2,3,4は、加水分解で使用した水量が対比されるものであり、これより収率、純度および生産効率を向上させるために、加水分解の温度が重要な要因であることが分かる。
【0034】
【表1】

【0035】
上記の比較例1は、特許文献5の実施例1において、原料にアルキルアダマンタン類ではないアダマンタンを用いた場合である。特許文献5の実施例1では原料が1,3−ジメチルアダマンタンで収率が72%であり、特許文献5においてアルキルアダマンタン類以外のアダマンタン類を原料に用いた場合にはアダマンタノール類の収率が低下することが分かる。
また、比較例1から、前述のように、特許文献5の実施例1では反応液を投入する氷水の使用量が、希釈倍率上で硫酸濃度が28質量%に低下するような多量であり、生産効率(1バッチ当たりの目的物の収量)が12.1kg/m3と低いことが分かる。
特許文献5では、氷水の使用量については検討されておらず、「希釈した硫酸濃度は5〜95重量%の範囲であればよく、好ましくは20〜50重量%である。」と記載されている。
これに対して本発明は、アダマンタン類と発煙硫酸との反応液を水により希釈して加水分解するものであり、氷水を使用せずに、簡易プロセスにより、温和な条件で加水分解が行われる。また、加水分解における希釈した硫酸の好適濃度が40〜95質量%であるので、加水分解における水使用量が少なく、高い生産効率が得られる。
従って、本発明の方法により、工業的に極めて有利にアダマンタノール類を製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の方法により、高価なカルボカチオン生成化合物や有機ニトリル化合物を使用することなく、高収率で、かつ高い生産効率で、アダマンタン類からアダマンタノール類を工業的に有利に製造することができ、医薬中間体、フォトレジスト用モノマーの原料、フォトクロミック化合物の原料、塗料、接着剤、粘着剤、膜、吸着材などの材料の原料として使用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アダマンタン類と発煙硫酸を反応させた後、得られた反応液を水に添加して硫酸濃度を30〜95質量%とし、温度0〜60℃で加水分解処理することを特徴とするアダマンタノール類の製造方法。
【請求項2】
硫酸濃度を40〜95質量%として加水分解処理する請求項1に記載のアダマンタノール類の製造方法。
【請求項3】
原料がアダマンタンであり、1−アダマンタノールを製造する請求項1又は2に記載のアダマンタノール類の製造方法。

【公開番号】特開2010−275258(P2010−275258A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131313(P2009−131313)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】