説明

アフラトキシン生産阻害剤、及びそれを用いたアフラトキシン汚染防除方法

【課題】アフラトキシン生産を特異的かつ効果的に阻害し、安全性が高く、実用的なアフラトキシン生産阻害剤、及びその効率的な製造方法、並びに前記アフラトキシン生産阻害剤を用いたアフラトキシン汚染防除方法の提供。
【解決手段】下記構造式(I)で表されるジオクタチン、及びその誘導体のいずれかを有効成分とすることを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤である。
【化1】


ただし、前記構造式(I)中、Rは水素、及びメチル基のいずれかを表す。
前記ジオクタチンは、ジオクタチン生産菌を培養し、得られた培養物から、遠心液液分配クロマトグラフィーにより分離・精製する方法、又は化学合成により調製されるアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。前記アフラトキシン生産阻害剤を用い、アフラトキシン生産菌によるアフラトキシン生産を阻害することを特徴とするアフラトキシン汚染防除方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジオクタチン、及びその誘導体を有効成分とするアフラトキシン生産阻害剤、及びその製造方法、並びに前記アフラトキシン生産阻害剤を用いたアフラトキシン汚染防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カビの二次代謝物には、有用な化合物が含まれる一方、マイコトキシンと呼ばれる毒性を示す化合物も多い。現在、マイコトキシンによる農作物の汚染は、世界的に深刻な問題となっており、安全な食糧を安定して得るために、マイコトキシン汚染防除の手段が求められている。
【0003】
マイコトキシンによる農作物の汚染のうち、最も深刻な問題となっているのが、アフラトキシンによる農作物の汚染である。アフラトキシンは、既知の天然物質中で最も強い発ガン性を有することが知られており、また、通常の調理方法等では分解されない化合物であることから、農作物汚染の規制値が10ppb程度と低く設けられている。このため、アフラトキシンで汚染された農作物を破棄することによる損害額も高額にのぼっている。
アフラトキシンの主な生産菌は、Aspergillus flavus, A. parasiticusであり、熱帯及び亜熱帯の環境下で、トウモロコシやピーナッツ等の農作物に感染して、アフラトキシンを生産することが知られている(非特許文献1及び2参照)。熱帯及び亜熱帯以外の気候の地域においても、近年の地球温暖化現象による気候変動により、汚染地域の拡大が懸念されている。
【0004】
従来から、アフラトキシン汚染防除の取組みとして、アフラトキシン生産菌のゲノム解析や生産に関与する遺伝子の同定等の基礎研究や、感染に抵抗性を有する品種の取得、アフラトキシン非生産菌との競合による汚染の軽減等の実用研究が行われている。しかしながら、アフラトキシン汚染防除の効果的かつ抜本的な方法は、未だ確立されていない。
【0005】
アフラトキシン汚染防除方法としては、例えば、アフラトキシン生産菌の生育を阻害する抗カビ剤を使用する方法が考えられるが、強力な抗カビ剤は安全性に問題があり、また、該抗カビ剤の耐性菌の蔓延をひきおこす可能性がある。
一方、アフラトキシンは二次代謝物であるため、その産生を阻害しても生産菌の生育には影響を与えないと考えられることから、アフラトキシン生産のみを特異的に阻害する薬剤を利用することができれば、有効な汚染防除方法になりうると考えられる。
【0006】
そこで、アフラトキシン生産を阻害する物質の探索が行なわれた結果、有機リン系の殺虫剤であるdichlorvosや、メラニン生合成系酵素を阻害するtricyclazoleに、アフラトキシン生産阻害活性が見出された(非特許文献3参照)。しかしながら、これらの化合物はアフラトキシン生産阻害活性が弱く、また該化合物自体の安全性に問題があることに加え、阻害活性の選択性に問題があることから実用化には至っていない。
【0007】
このように、耐性菌の蔓延をひきおこすことなく、アフラトキシン生産のみを特異的に阻害する作用を有する化合物が求められており、探索の結果いくつかの化合物も見出されている(特許文献1及び2参照)が、安全性が高く、かつ実用性の高いアフラトキシン生産阻害剤としては、未だ満足なものが見出されていないのが現状である。
【0008】
【特許文献1】特開平9−241167号公報
【特許文献2】特開平11−79911号公報
【非特許文献1】Council for Agricultural Science and Technology.,“Mycotoxins: Risks in Plant, Animal, and Human Systems”, CAST, Ames, Iowa, USA, 2003
【非特許文献2】宇田川俊一,田端節子,中里光男:“マイコトキシン”,中央法規,2002
【非特許文献3】L.L. Zaika and R.L. Buchanan, J. Food. Prot., 50, 691(1987)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前記従来における問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。
即ち、本発明は、アフラトキシン生産を特異的かつ効果的に阻害し、安全性が高く、実用的なアフラトキシン生産阻害剤、及びその効率的な製造方法、並びに前記アフラトキシン生産阻害剤を用いたアフラトキシン汚染防除方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために本発明者らが鋭意検討した結果、以下の知見を得た。即ち、アフラトキシン生産を特異的に阻害する物質の探索を行ったところ、公知の生理活性物質であるジオクタチンが、アフラトキシン生産菌の生育を阻害することなく、アフラトキシン生産を阻害するという知見である。
ジオクタチンは、Streptomyces sp.SA−2581の培養物から単離された化合物であり、毒性が低く、その生理活性としては、ジペプチジルアミノペプチダーゼII(DPPII)を阻害することによる免疫抑制活性が知られている。
しかしながら、アフラトキシン生産阻害能を有することは全く知られておらず、本発明者らの新たな知見である。
さらに、ジオクタチンには不斉炭素が含まれており、異性体が存在しうるが、ジオクタチン生産菌の培養物から単離された天然型ジオクタチンの立体構造は知られておらず、該天然型ジオクタチンの立体構造、及びその立体構造を有するジオクタチンの製造方法もまた、本発明者らの新たな知見である。
【0011】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段は、以下の通りである。即ち、
<1> 下記構造式(I)で表されるジオクタチン、及びその誘導体のいずれかを有効成分とすることを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤である。
【化1】

ただし、前記構造式(I)中、Rは水素、及びメチル基のいずれかを表す。
<2> ジオクタチンが、下記構造式(Ia)で表されるジオクタチンAである前記<1>に記載のアフラトキシン生産阻害剤である。
【化2】

<3> ジオクタチンが、下記構造式(II)で表されるジオクタチンAである前記<1>に記載のアフラトキシン生産阻害剤である。
【化2】

<4> ジオクタチンが、下記構造式(III)で表されるジオクタチンBである前記<1>に記載のアフラトキシン生産阻害剤である。
【化2】

【0012】
<5> ストレプトミセス属に属するジオクタチン生産菌を培養し、得られた培養物から、遠心液液分配クロマトグラフィーによりジオクタチンを分離・精製する工程を含むことを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。
<6> ジオクタチン生産菌が、放線菌ストレプトミセス属sp.SA−2581(Streptomyces sp.SA−2581)である前記<5>に記載のアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。
【0013】
<7> 前記<3>から<4>のいずれかに記載のジオクタチンを化学合成により合成する工程を含むことを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。
<8> 前記<3>に記載のジオクタチンを、トレオニン、S体の3−アミノオクタン酸、及びS体の3−アミノ−2−メチルオクタン酸を用いて合成する前記<7>に記載のアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。
<9> 前記<4>に記載のジオクタチンを、トレオニン、及びS体の3−アミノオクタン酸を用いて合成する前記<7>に記載のアフラトキシン生産阻害剤の製造方法である。
【0014】
<10> 前記<1>から<4>のいずれかに記載のアフラトキシン生産阻害剤を用い、アフラトキシン生産菌によるアフラトキシン生産を阻害することを特徴とするアフラトキシン汚染防除方法である。
<11> アフラトキシン生産阻害剤を、農作物に投与し、該農作物に感染したアフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を阻害する前記<10>に記載のアフラトキシン汚染防除方法である。
<12> 農作物が、穀類、ナッツ類、香辛料、及び豆類から選択される少なくともいずれかである前記<11>に記載のアフラトキシン汚染防除方法である。
<13> アフラトキシン生産阻害剤を、植物体に塗布し、該植物体に感染したアフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を抑制する前記<10>に記載のアフラトキシン汚染防除方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、従来における問題を解決することができ、アフラトキシン生産を特異的かつ効果的に阻害し、安全性が高く、実用的なアフラトキシン生産阻害剤、及びその効率的な製造方法、並びに前記アフラトキシン生産阻害剤を用いたアフラトキシン汚染防除方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(アフラトキシン生産阻害剤)
本発明のアフラトキシン生産阻害剤は、下記構造式(I)で表されるジオクタチン、及びその誘導体のいずれかを有効成分とする。
【化5】

【0017】
前記構造式(I)中、Rは水素、及びメチル基のいずれかを表す。
前記構造式(I)で表されるジオクタチンのうち、前記Rがメチル基であるものがジオクタチンAであり、前記Rが水素であるものがジオクタチンBである。
【0018】
前記構造式(I)で表されるジオクタチンは、立体異性体が存在するが、前記ジオクタチン生産菌の培養物から得られた天然物由来の化合物の立体構造(以下、「天然型の立体構造」という)であるものが好ましい。
前記天然型の立体構造のジオクタチンとしては、下記構造式(II)で表されるジオクタチンA、及び下記構造式(III)で表されるジオクタチンBが挙げられ、これらの中でも下記構造式(II)で表されるジオクタチンAが好ましい。
【0019】
【化1】

【0020】
【化2】

【0021】
<ジオクタチン>
本発明のアフラトキシン生産阻害剤の有効成分である前記ジオクタチンの物理化学的性状としては、以下の通りである。化合物が前記ジオクタチンであるか否かは、適宜選択した各種の分析方法により、例えば、下記の物理化学的性状を示すか否かにより確認することができる。
【0022】
−ジオクタチンA−
(1)外観は、白色粉末状である。
(2)融点は、263〜265℃である。
(3)二次イオン分析法(SIMS)による質量は、398(M+1)である。
(4)分子式は、C2139であり、分子量は、397.6である。
(5)比旋光度は、−3.5°(1,AcOH)である。
(6)10%(V/V)の0.1N塩酸水を含むアセトニトリル中で測定した紫外部吸収極大波長は、224nm(log εは、3.77)である。
(7)赤外部吸収極大の波長(cm−1、KBr錠)は、3330、3180、2990、2970、2900、2160、1670、1570、1540、1415、1385、1330、1160、1060、1000、875、810、730である。なお、スペクトルを図1に示す。
(8)ジオクタチンA塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の400MHzプロトン核磁気共鳴スペクトルは、図3に示す通りである。
(9)ジオクタチンA塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の100MHz13C核磁気共鳴スペクトルは、下記表1に示す通りである。
(10)酸性メタノール、酸性エタノール、酸性アセトニトリル、酸性ジメチルスルホキシド、及び酢酸に可溶であり、水、メタノール、エタノール、アセトニトリル、及びジメチルスルホキシドに難溶であり、酢酸エチル、ベンゼン、クロロホルム、及びエチルエーテルに不溶である。
(11)中性の両性物質である。
(12)薄層クロマトグラフィーとして、シリカゲル60プレート(Art.5715、メルク社製)、及び展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:酢酸=10:3:1(容量比)を用いて展開したときのRf値は、0.50である。
(13)高速液体クロマトグラフィーとして、Alliance(Waters社製)のシステムにおいて、CAPCELL PAK C18 UG120、直径4.6mm×100mm(Shiseido社製)を用い、カラム温度を40℃に設定し、移動相のA液を0.1%のトリフルオロ酢酸を含む20%メタノール水、B液を0.1%のトリフルオロ酢酸を含む100%メタノールとし、(A液):(B液)=100:0の混合溶媒から、(A液):(B液)=20:80の混合溶媒になるまで、流速1.0mL/minで、15分間のグラジエントをかけて流し、UV220nmでモニターしたとき、保持時間10.8分にピークを確認することができる。
【0023】
−ジオクタチンB−
(1)外観は、白色粉末状である。
(2)融点は、251〜252℃である。
(3)二次イオン分析法(SIMS)による質量は、384(M+1)である。
(4)分子式は、C2037であり、分子量は、383.5である。
(5)比旋光度は、+15.0°(1,AcOH)である。
(6)10%(V/V)の0.1N塩酸水を含むアセトニトリル中で測定した紫外部吸収極大波長は、224nm(log εは、3.79)である。
(7)赤外部吸収極大の波長(cm−1、KBr錠)は、3300、3150、2970、2950、2870、2150、1660、1560、1540、1405、1380、1320、1180、1155、1120、1020、980、870、795、730である。なお、スペクトルを図2に示す。
(8)ジオクタチンB塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の400MHzプロトン核磁気共鳴スペクトルは、図4に示す通りである。
(9)ジオクタチンB塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の100MHz13C核磁気共鳴スペクトルは、下記表1に示す通りである。
(10)酸性メタノール、酸性エタノール、酸性アセトニトリル、酸性ジメチルスルホキシド、及び酢酸に可溶であり、水、メタノール、エタノール、アセトニトリル、及びジメチルスルホキシドに難溶であり、酢酸エチル、ベンゼン、クロロホルム、及びエチルエーテルに不溶である。
(11)中性の両性物質である。
(12)薄層クロマトグラフィーとして、シリカゲル60プレート(Art.5715、メルク社製)、及び展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:酢酸=10:3:1(容量比)を用いて展開したときのRf値は、0.64である。
【0024】
【表1】

表1中、sは一重線を、dは二重線を、tは三重線を、qは四重線をそれぞれ表す。
なお、内部基準はテトラメチルシランである。
【0025】
前記誘導体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記ジオクタチンのカルボキシル基における薬学的に許容できる陽イオンとの塩、及び前記ジオクタチンのアミノ基における薬学的に許容できる陰イオンとの塩等が挙げられる。
前記陽イオンとしては、例えば、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属、及びカルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属等が挙げられ、前記陰イオンとしては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸等が挙げられる。
前記塩は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0026】
前記アフラトキシン生産阻害剤の有効成分である前記ジオクタチンは、毒性の低い物質であり、マウスに対する急性毒性試験では、マウス腹腔内にジオクタチンAの250mg/kgを投与しても、ジオクタチンBの250mg/kgを投与しても死亡例は認められないことが確認されている。
【0027】
前記アフラトキシン生産阻害剤としては、前記ジオクタチン及びその誘導体(以下、「ジオクタチン化合物」という)を有効成分として含む限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択した担体等のその他の成分を含んでいてもよい。
前記アフラトキシン生産阻害剤の剤型としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、医薬品や農園芸用製剤に用いられる公知の担体を用いて製剤化したものが挙げられ、例えば、固形剤、粉末剤、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、液剤、ゲル剤、クリーム剤、及びスプレー剤等が挙げられる。
【0028】
(アフラトキシン生産阻害剤の製造方法)
前記アフラトキシン生産阻害剤の製造方法としては、ジオクタチンを調製する工程を含み、必要に応じて適宜選択したその他の工程を含む。
前記ジオクタチンを調製する工程としては、ジオクタチン生産菌の培養物から分離精製する第一の態様、及びジオクタチンを化学合成により合成する第二の態様が挙げられる。
前記第一の態様及び前記第二の態様のいずれかの方法により得られたジオクタチン化合物は、本発明のアフラトキシン生産阻害剤としてそのまま使用してもよく、その他の工程において適宜他の成分を添加するなどして本発明のアフラトキシン生産阻害剤を調製してもよい。
【0029】
<ジオクタチンの調製>
<<第一の態様>>
前記ジオクタチンを調製する第一の態様は、ストレプトミセス属に属する前記ジオクタチン生産菌を培養し、得られた培養物から、ジオクタチンを分離・精製する工程である。
【0030】
−ジオクタチン生産菌−
前記ジオクタチン生産菌としては、前記ジオクタチンの産生能を有すること以外は、特に制限はなく、適宜選択することができるが、菌糸幅1μm内外の放線菌であり、光学顕微鏡下では放線菌の気菌糸上の胞子鎖はオープン・スパイラル(open spiral)であり、電子顕微鏡下では桿状の胞子が観察され、胞子表面は平滑であり、細胞壁の構成成分としては、L,L−ジアミノピメリン酸が検出され、電子顕微鏡下においても胞子嚢やその他の特徴的な構造は認められないという菌学的性質を有するストレプトミセス属がより好ましく、該ストレプトミセス属の中でも、ストレプトミセス・エスピーがより好ましく、SA−2581株(Streptomyces sp.SA−2581)が特に好ましい。
【0031】
前記SA−2581株の各種培地における生育状態、及び培養性状は、下記表2に示すとおりである。なお、以下の色の記載について、かっこ内に示す標準は、コンテイナー・コーポレーション・オブ・アメリカのカラー・ハーモニー・マニュアルを用いた。評価は、27℃において2週間培養後に行った。
【0032】
【表2】

【0033】
また、前記SA−2581株の生理学的性状は、下記表3に示すとおりであり、糖の資化性能の有無は、下記表4に示すとおりである。判定は、それぞれ27℃において2週間培養後に行った。
【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
−培養物の調製−
前記ジオクタチン生産菌を培養し、前記培養物を得る方法としては、前記ジオクタチン生産菌を、少なくとも栄養源を含有する培地に接種し、好気的に発育させる方法であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記ジオクタチン産生菌は、自然界から常法によって分離することにより入手してもよい。
【0037】
前記栄養源としては、放線菌の栄養源として使用しうるものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ペプトン、肉エキス、コーン・スティープ・リカー、綿実粉、落花生粉、大豆粉、酵母エキス、NZ−アミン、カゼインの水解物、硝酸ソーダ、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の窒素源;グリセリン、シュークロース、デンプン、グルコース、ガラクトース、マンノース、糖みつ等の炭水化物;脂肪等の炭素源;食塩、リン酸塩、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウム等の無機塩、などが挙げられる。
また、前記培地中の成分として、前記栄養源の他、例えば、微量の金属塩、消泡剤としての動物油、植物油、鉱物油等を添加することもできる。
これらのものは前記ジオクタチン生産菌が利用し、前記ジオクタチンの生産に役立つものであればよく、公知の放線菌の培養材料はすべて用いることができる。
【0038】
培養方法としては、斜面(スラント)培養、平板(プレート)培養などの固体(寒天)培養や、液体培養のいずれであってもよいが、前記ジオクタチンを大量に生産させる観点から、液体培養が好ましい。前記液体培養としては、振とう培養、静置培養、攪拌培養のいずれであってもよいが、振とう培養が好ましく、回転振とう培養がより好ましい。なお、大量培養を行う場合には、発酵槽等を用いて培養を行ってもよい。
【0039】
培養温度としては、前記ジオクタチン生産菌が発育し、前記ジオクタチンを生産する範囲であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、15〜34℃が好ましく、25〜30℃がより好ましい。
【0040】
培養日数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、通常、7〜9日程度で前記ジオクタチン生産菌が十分な量に増殖し、前記ジオクタチンが十分な量産生される。なお、前記ジオクタチンが十分な量産生されたかについては、例えば、培養液上清のブタノール抽出液を乾固しメタノールで6倍に濃縮した液を、前記高速液体クロマトグラフィーで分析することにより判断することができる。
【0041】
−ジオクタチンの分離・精製−
前記ジオクタチンの分離・精製方法としては、前記培養物(菌体、及び培養液)から、例えば、溶媒を用いた溶剤抽出法、各種吸着剤に対する吸着親和性の差を利用した吸着分離法、ゲル濾過、向流分配を利用したクロマトグラフィー、遠心液液分配クロマトグラフィー等により前記ジオクタチンを分離する方法が挙げられ、これらの1種、又は2種以上の方法を組合せて行うことができるが、少なくとも遠心液液分配クロマトグラフィー法を用いて分離・精製を行うことが好ましい。
【0042】
−−遠心液液分配クロマトグラフィー−−
前記遠心液液分配クロマトグラフィーによる前記ジオクタチンの分離・精製としては、例えば、遠心場において、クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の上層、及び下層を充填した分配セル内に、培養液から得た抽出物を濃縮乾固して得た油状の残渣を含む試料を注入し、溶解性の差によって分離させることにより行なわれることが好ましい。
【0043】
前記培養液から抽出物を得る方法としては、例えば、pH2以下でブタノールなどの水不混和性の有機溶剤で抽出する方法、ダイヤイオンHP−20などの有機吸着剤に吸着させた後、酸性含水メタノール、酸性含水アセトンなどで溶出する方法等が挙げられる。
前記菌体から抽出物を得る方法としては、例えば、前記菌体を酸性含水メタノール、酸性含水アセトン等の有機溶剤で抽出する方法等が挙げられる。
【0044】
遠心液液分配クロマトグラフィーを用いた分離・精製工程の例は以下のとおりである。
分配セル中に固定相(クロロホルム:メタノール:0.017Mアンモニア水=5:6:4(容量比)の下層)を充填し、分配セルを回転させ、移動相(クロロホルム:メタノール:0.017Mアンモニア水=5:6:4(容量比)の上層)を流す。前記分配セル出口から前記移動相が流出し、セルの内圧が一定したところに、前記培養液から得た前記抽出物を濃縮乾固して前記移動相で溶解して調製した試料を注入する。前記移動相を流し続け、溶解性の差により前記ジオクタチンを含む1次精製物を分離し、回収する。次に、該1次精製物にpH3になるまで1M塩酸を添加し、前記ジオクタチンの塩酸塩を含む試料を調製する。
続いて、前記分配セル中に固定相(クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の上層)を充填し、前記分配セルを回転させ、移動相(クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の下層)を流す。前記分配セル出口から移動相が流出し、セルの内圧が一定したところに、前記ジオクタチンの塩酸塩を含む1次精製物を注入する。移動相を流し続け、溶解性の差により2次精製物を分離し、回収する。得られた前記2次精製物を水洗した後、アセトンで洗浄することにより、ジオクタチン塩酸塩を純品として得ることができる。
【0045】
得られた前記2次精製物をさらに精製する方法としては、例えば、蒸留、液抽出、減圧濃縮、再沈殿、結晶化等が挙げられ、これらは1種単独で行ってもよく、2種以上の方法を組合せて行ってもよい。
【0046】
<<第二の態様>>
前記ジオクタチンを調製する第二の態様は、化学合成により前記天然型の立体構造のジオクタチンを合成する工程であり、前記ジオクタチンを合成する方法としては、前記構造式(II)及び前記構造式(III)で表される立体構造を有するジオクタチンを合成可能な方法である限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0047】
なお、前記天然型の立体構造のジオクタチンが得られたことは、旋光度及びNMRスペクトルの少なくともいずれかが、前記第一の態様で得られるジオクタチン一致することにより確認することができる。また、DPPII阻害活性を評価することにより、確認することもできる。
【0048】
−ジオクタチンの合成−
前記ジオクタチンA及び前記ジオクタチンBに含まれているデヒドロブチリン(2−アミノ−2−ブテン酸)は、ペプチド中でのみ安定に存在し、これを含むペプチドは、トレオニンを含むペプチドの脱水反応によって合成することができる。
前記ジオクタチンAは、3−アミノオクタン酸、3−アミノ−2−メチルオクタン酸、及びトレオニンからペプチドを合成し、前記ジオクタチンBは、3−アミノオクタン酸、及びトレオニンからペプチドを合成し、適宜トレオニンの脱水反応を行い、最後に保護基を除去することによって合成することができる。
【0049】
前記トレオニンとしては、D体、L体、及びDL体のいずれであってもよく、メチルエステル塩酸塩などの誘導体であってもよい。また、前記トレオニンは市販品であってもよく、該市販品としては、入手コストの観点からL−トレオニンが好ましい。
【0050】
以下、合成方法の一例を説明する。
【0051】
(1)ジオクタチンBの調製
前記天然型の立体構造のジオクタチンBは、原料としてトレオニン(threonine)、及びS体の3−アミノオクタン酸を用いて合成することができる。
(S)−3−アミノオクタン酸は、S−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミンのアニオンを2−オクテン酸のエステルにマイケル付加をさせ、生じた付加体アニオンを塩化アンモンでクエンチすることにより3−アミノオクタン酸のS体の前駆体が得られ、これを水素化分解することにより(S)−3−アミノオクタン酸 エチルエステルが得られ、さらにこれを加水分解することにより、(S)−3−アミノオクタン酸を得ることができる。
さらに、Boc2Oと反応させることにより、S体のBoc−3−アミノオクタン酸を得ることができる。
【0052】
まず、L−トレオニン メチルエステル塩酸塩と、上記のようにして得たS体のBoc−3−アミノオクタン酸を縮合し、ジペプチド(Boc−3−アミノオクタノイル−L−トレオニン メチルエステル)を得る。
得られた前記ジペプチドを脱水反応に処し、Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸メチルエステルを調製する。
【0053】
前記脱水反応は、酸塩化物と塩基のいずれを用いても良いが、例えば、塩化メタンスルフォニルとトリエチルアミンとの組合せが好ましい。
また、反応に用いられる溶媒としては、非水溶媒で原料を溶解できるものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、塩化メチレン及びエタノールを含まないクロロホルムが好ましい。
【0054】
次いで、前記Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸メチルエステルのBoc基を除去し、再度S体のBoc−3−アミノオクタン酸を縮合して保護トリペプチドを得る。前記Boc基を除去する方法としては、特に制限はなく、公知の方法から適宜選択することができ、用いられる試薬としては、例えば、トリフルオロ酢酸、4M塩酸・ジオキサン等が挙げられる。
最後にN末端のBoc基と、C末端のメチルエステルとを順次除去することにより、天然型の立体構造のジオクタチンBが得られる。
【0055】
上記の方法によりトレオニン及びS体の3−アミノオクタン酸を原料として合成することにより得られる立体構造の明らかなジオクタチンBは、前記ジオクタチン生産菌の培養物から得た天然のジオクタチンBと、nmrスペクトル及び旋光度が一致するため、前記天然のジオクタチンBと同じ立体構造であると考えられ、前記天然のジオクタチンBと同様に優れたアフラトキシン生産阻害活性を有する。
【0056】
(2)ジオクタチンAの調製
前記天然型の立体構造のジオクタチンAは、原料としてトレオニン、S体の3−アミノオクタン酸、及びS体の3−アミノ−2−メチルオクタン酸を用いて合成することができる。
S体の3−アミノ−2−メチルオクタン酸は、S−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミンのアニオンを2−オクテン酸のエステルにマイケル付加をさせ、生じた付加体アニオンをヨウ化メチルでクエンチすることにより立体異性体2種類の前駆体が得られ、これを混合物のまま加水素分解することにより3−アミノ−2−メチルオクタン酸 エチルエステルが得られ、さらにこれらを加水分解することにより、3−アミノ−2−メチルオクタン酸の(2S,3S)及び(2R,3S)体の混合物が得られる。得られた前記混合物は、イオン交換樹脂を用いたクロマトグラフィーで分離することが出来る。例えば、Dowex50カラムからピリジン・酢酸緩衝液で早く溶出した異性体と遅く溶出した異性体とでは、1H−NMRでメチル基シグナルのケミカルシフトが異なるため、両者が分離したことが確認できる。
これらをそれぞれBoc化することにより、2種類のS体のBoc−3−アミノ−2−メチルオクタン酸を得ることができる。
【0057】
前記(1)ジオクタチンBの調製と同様にして、脱水ジペプチド、Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸メチルエステルを合成し、2回目の縮合反応をBoc−3−アミノオクタン酸の代わりにS体のBoc−3−アミノ−2−メチルオクタン酸を用いて行い保護トリペプチドとし、最後に両末端の保護基を除去してすることにより、ジオクタチンAが得られる。
これらの中で、S体の3−アミノオクタン酸とS体の3−アミノ−2−メチルオクタン酸のうちイオン交換樹脂クロマトグラフィーで遅く溶出される方を用いて合成したものは、前記ジオクタチン生産菌の培養物から得た天然のジオクタチンAと旋光度及びNMRスペクトルが一致する。このことから、前記天然のジオクタチンAの3−アミノ−2−メチルオクタン酸の3位の立体構造は、Sであることがわかる。
【0058】
上記の方法によりトレオニン、S体の3−アミノオクタン酸、及びS体の3−アミノ−2−メチルオクタン酸を原料として合成して得た天然型の立体構造のジオクタチンAは、前記ジオクタチン生産菌の培養物から得た天然のジオクタチンAと同様、優れたアフラトキシン生産阻害活性を有し、2位のエピマーを含むジオクタチンAの立体異性体はアフラトキシン生産阻害活性が劣る。
【0059】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、例えば、前記ジオクタチン化合物を公知の薬理的に許容される担体、賦型剤、希釈剤等と混合し、所望の剤型に製剤化する工程等が挙げられる。
【0060】
本発明のアフラトキシン生産阻害剤の製造方法により製造した本発明のアフラトキシン生産阻害剤は、後述するアフラトキシン汚染防除方法に好適に使用される。
【0061】
(アフラトキシン汚染防除方法)
本発明のアフラトキシン汚染防除方法は、前記本発明のアフラトキシン生産阻害剤を用い、アフラトキシン生産菌によるアフラトキシン生産を阻害する方法であり、前記アフラトキシン生産菌が付着乃至感染した対象物に対し、前記アフラトキシン生産阻害剤を投与する方法であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0062】
前記対象物としては、例えば、植物体、農作物などが挙げられ、前記農作物としては、例えば、トウモロコシ、コメ、ソバ、ハトムギ等の穀類、ピーナッツ、ピスタチオナッツ、ブラジルナッツ等のナッツ類、ナツメグ、唐辛子、パプリカ等の香辛料、及びコーヒー豆等の豆類などが挙げられる。
【0063】
前記アフラトキシン生産菌が付着乃至感染した対象物に対し、前記アフラトキシン生産阻害剤を投与する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、通常の農業製剤の剤型に製剤化し、前記アフラトキシン生産菌が付着乃至感染した対象物に対して、塗布、噴霧等を行う方法が挙げられる。
【0064】
前記アフラトキシン汚染防除方法に用いられる、前記アフラトキシン生産阻害剤中の前記ジオクタチン化合物の濃度としては、前記アフラトキシン生産菌の種類や繁殖の程度に応じて適宜調整されるが、例えば、10〜50,000ppmが好ましく、100〜5,000ppmがより好ましい。
【実施例】
【0065】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
<アフラトキシン生産阻害剤の製造(1)>
寒天斜面培地で培養した放線菌ストレプトミセス属sp.SA−2581(Streptomyces sp.SA−2581)株よりグリセロール2%、ファルマメディア(トレイダーズ・オイル・ミル社製)1.5%からなる液体培地(pH7.4)を100mLずつ分注したワッフル付き三角フラスコに1白金耳ずつ接種し、27℃、3日間振とう培養した。これを種培養として、滅菌した前記液体培地12Lを入れたジャー培養器1基に400mL接種し、27℃、通気12L/分、かくはん200回転/分の条件で、9日間培養した。消泡剤は、必要に応じてプロナール502(信越化学工業社製)を適宜加えた。得られた培養液を遠心分離し、培養ろ液と菌体とを分別した。
【0067】
遠心分離して得た前記培養ろ液11L(7.9×10ユニットのジペプチジルペプチダーゼII(DPPII)阻害物質を含む)を、500mLのダイヤイオンHP−20(三菱化成社製)のカラムにかけ、水2Lを流した後、0.1Mの塩酸水を50%(容量比)含むアセトン溶液2.5Lで溶出した。
得られた溶出液2.4Lに6M水酸化ナトリウム溶液を加えて中和した後、減圧濃縮してアセトン及び水を留去し、シロップ状濃縮液を得た。
【0068】
前記培養ろ液に由来するシロップ状濃縮液を、遠心液液分配クロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール:0.017Mアンモニア水=5:6:4(容量比)の上昇法)により活性分画を分離した。具体的には、分配セル中に固定相(クロロホルム:メタノール:0.017Mアンモニア水=5:6:4(容量比)の下層)を充填し、分配セルを回転させ、移動相(クロロホルム:メタノール:0.017Mアンモニア水=5:6:4(容量比)の上層)を流した後、前記分配セル出口から前記移動相が流出し、セルの内圧が一定したところに、前記シロップ状濃縮液を移動層で溶解した試料を注入し、移動相を流し続け、活性分画を回収した。回収した2つの活性分画のうち、後から溶出された活性分画(ジオクタチンA)を集め、減圧下に濃縮乾固して、ジオクタチンAの1次精製物を得た。
【0069】
前記ジオクタチンAの1次精製物を、クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の上層溶液に溶解させた後、この溶液に、pHが3になるまで1M塩酸を添加し、前記アフラトキシン生産阻害剤としての前記ジオクタチンA塩酸塩を含む試料を調製した。
【0070】
前記ジオクタチンA塩酸塩を含む溶液を、遠心液液分配クロマトグラフィーにより、クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の下降法によって分離し、活性分画を回収した。具体的には、分配セル中に固定相(クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の上層)を充填し、前記分配セルを回転させ、移動相(クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比)の下層)を流し、前記分配セル出口から移動相が流出し、セルの内圧が一定したところに、前記ジオクタチンA塩酸塩を含む試料を注入した。前記移動相を流し続け、2次精製物を分離し、回収した。
得られた前記2次精製物を減圧濃縮し、得られた析出物をろ過して水洗した後、さらにアセトンで洗浄し、乾燥させることにより、前記アフラトキシン生産阻害剤としての前記ジオクタチンA塩酸塩の純品22mgを得た。
収率をDPPII阻害活性から求めた結果、ジオクタチンAの収率は14.5%であった。
【0071】
(比較製造例1)
<アフラトキシン生産阻害剤の製造>
実施例1のアフラトキシン生産阻害剤の調製において、前記培養ろ液に由来するシロップ状濃縮液を、ブタノールで抽出し、水洗した後、1Mのアンモニア水を添加して中和し、減圧濃縮した。得られた濃縮液を塩酸酸性メタノールに溶解し、1Mアンモニア水を添加して中和し、沈殿物を析出させた。得られた前記沈殿物をろ過により集めて水洗し、減圧下で乾燥して祖粉末を得た。これにメタノールを添加し、20%塩酸を滴下して溶解した後、シリカゲルを添加し、減圧下に濃縮乾固した。次に、これをシリカゲルを充填したカラムにかけ、混合溶媒(クロロホルム:メタノール:酢酸=100:30:1(容量比))で溶出し、活性分画を回収した。回収した2つの活性分画のうち、後から溶出された活性分画(ジオクタチンA)を集め、減圧下に濃縮乾固して、ジオクタチンAの1次精製物を得た。これを塩酸酸性メタノールに溶解し、1Mアンモニア水を滴下することにより、活性分画を析出させ、これをろ過により集めて水洗した後、減圧乾燥し、ジオクタチンA塩酸塩の純品を得た。
遠心液液分配クロマトグラフィーによらない比較参考例1のジオクタチンAの収率を、実施例1と同様にして評価したところ、収率は5.5%であり、遠心液液分配クロマトグラフィーを用いた本発明のアフラトキシン生産阻害剤による実施例1の収率に対して約1/3と低かった。
【0072】
(実施例2)
<アフラトキシン生産阻害の評価(1)>
−アフラトキシン生産菌の胞子懸濁液の調製−
アフラトキシン生産菌として、Aspergillus parasiticus NRRL2999を、ポテトデキストロース寒天培地(PDA培地、日水製薬社製)の斜面培地上で、27℃で14日間培養後、その菌叢より胞子を白金耳で掻きとり、0.01%のTween 80(Sigma社製)水溶液に懸濁して胞子懸濁液を調製した。
前記胞子懸濁液の希釈液を、PDA培地上に塗布して2日間培養した後、出現したコロニー数を懸濁液中の胞子数とした。
【0073】
−アフラトキシン生産阻害剤活性の測定−
PD培地(DIFCO社製)10mLを100mLの三角フラスコに仕込み、オートクレーブした後、実施例1で調製したアフラトキシン生産阻害剤(ジオクタチンA塩酸塩)を、0〜5μg/mL(0〜26μM)となるように無菌的に添加した。なお、前記アフラトキシン生産阻害剤は、メタノール−塩酸(容量比=100:0.009)溶液20μLとして添加した。
前記三角フラスコに、前記アフラトキシン生産菌の胞子懸濁液を、10μL(1.9×10CFU)ずつ植菌し、これを、27℃で5日間静置培養した。その後、培養液をガーゼでろ過し、菌体と培養上清とをそれぞれ回収した。
アフラトキシンの含まれる培養上清7mLを、クロロホルム7mLで3回抽出し、得られたクロロホルム層をあわせてエバポレータで濃縮した。濃縮された残渣を、テトラヒドロフラン−1M酢酸(容量比=20:80)溶液1mLに溶解し、HPLCカラム(COSMOSIL 5C18−MS−2、直径4.6mm、長さ150mm、Nacalai製)を用い、移動層としてテトラヒドロフラン−水(容量比=20:80)を用い、流速1.0mL/分、検出波長365nmでHPLC分析を行い、アフラトキシン量を定量した。アフラトキシン量は、アフラトキシンB及びBのピーク面積をそれぞれ算出し、これらの合計値とした。結果を表5に示す。
【0074】
−アフラトキシン生産菌の生育の評価−
前記アフラトキシン生産阻害活性の測定において、ろ過した菌体を、ろ過に用いた前記ガーゼとともに、乾いた脱脂綿4gを底につめた遠心管(50mL)に入れ、800gで5分間遠心分離を行った後、菌体と前記ガーゼの合計重量、及び前記ガーゼのみの重量を測定した。測定された菌体と前記ガーゼの合計重量、から前記ガーゼのみの重量を差し引いた値を菌体重量とし、該菌体重量から前記アフラトキシン生産菌の生育を評価した。結果を表5に示す。
【0075】
【表5】

*1:アフラトキシンB、Bの合計量である。
*2:培養液10mLあたりの重量に換算した値である。
【0076】
表5から、本発明のアフラトキシン生産阻害剤である前記ジオクタチン化合物は、濃度依存的にアフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を阻害し、その阻害活性はIC50値が0.17μg/mL(0.43μM)と強いものであることがわかった。一方、アフラトキシン生産菌の菌体重量は、前記アフラトキシン生産阻害剤を、アフラトキシン生産がほぼ完全に抑えられる5μg/mL(13μM)添加した場合であっても、無添加の場合との差異が認められず、生育を抑制しないことが明らかになった。これらの結果から、前記アフラトキシン生産阻害剤は、アフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を特異的に阻害することがわかった。
【0077】
(比較例1)
前記ジオクタチン化合物は、DPPII阻害剤として知られている。そこで、ラット由来の他のDPPIIの強力な阻害剤として知られるOrn‐Pip(比較例1)、及びDab‐Pip(比較例2)について、それぞれ実施例1と同様にして、アフラトキシン生産阻害活性、及びアフラトキシン生産菌の生育の評価を行った。
この結果、Orn‐Pip、及びDab‐Pipのいずれも、前記アフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を、20μg/mL(50μM)の高濃度添加した場合においても全く阻害しなかった。一方、同濃度でのアフラトキシン生産菌の生育阻害は観察されなかった。
【0078】
(実施例3)
生ピーナッツ1粒(約0.6g)をバイアル(直径16.5mm×高さ40mm)に入れ、蒸留水0.5mLを加えたものを用意し、ここに実施例1で調製したジオクタチンAを添加した。前記ジオクタチンAの濃度は、前記生ピーナッツ及び蒸留水の合計重量(約1.1g)に対し、10μg/g又は30μg/gとなるように調製した前記ジオクタチンAのメタノール−塩酸(100:0.9)溶液として添加した。前記ジオクタチンA無添加のコントロールとしては、メタノール−塩酸(100:0.9)溶液9μLを添加した。
【0079】
前記各バイアルの開口部をアルミホイルで覆い、120℃で15分間オートクレーブした後、実施例1と同様にして調製したAspergillus parasiticus NRRL2999の胞子懸濁液を、前記バイアル1個につき10μL(1.9×10CFU)ずつ植菌した。これらを27℃で4日間静置培養したところ、前記各バイアル内の前記ピーナッツの表面はカビの菌糸で完全に覆われていた。なお、カビの成育状況は前記ジオクタチンAの添加の有無によらず良好であった。
【0080】
表面にカビが成育した前記各ピーナッツを、クロロホルム5mLを添加してスパーテルでよく潰した。前記ピーナッツの破砕物をろ過により除き、得られたクロロホルム溶液を濃縮した後、残渣にテトラヒドロフラン−1M酢酸(20:80)溶液5mLを加え、HPLC(カラム:COSMOSIL 5C18−MS−2、直径4.6mm、150mm(ナカライ社製)、移動層:テトラヒドロフラン−水(20:80)、流速:1.0mL/分、検出:UV365nm)にて分析した。アフラトキシンB、及びアフラトキシンBの量を、ピーク面積よりそれぞれ算出し、それらを合計したものをアフラトキシン量とした。
前記ジオクタチンAの添加量と、前記アフラトキシン量とから、前記ジオクタチンAのアフラトキシン生産に対する阻害活性を求めた。結果を表6に示す。
【0081】
【表6】

※1:約1.1g
※2:アフラトキシンB、及びアフラトキシンBの合計生産量
※3:n=3の平均値
※4:n=2の平均値
【0082】
表6の結果から、アフラトキシン生産量は、ジオクタチンAを添加しなかった場合に比べ、ジオクタチンAを10μg/g添加した場合には1/10以下に低下し、ジオクタチンAを30μg/g添加した場合には1/100程度まで低下することがわかった。このことからジオクタチンAは、アフラトキシン生産菌の生育に影響を与えることなく、アフラトキシン生産を特異的かつ効果的に阻害することが明らかになった。
【0083】
(実施例4)
<アフラトキシン生産阻害剤の製造(2)>
以下の方法により、天然型の立体構造のジオクタチンBを合成した。
<<〔1〕(S)−3−アミノオクタン酸の合成>>
(S)−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミン 10mLを、150mLの脱水テトラヒドロフランに溶解し、ドライアイス−アセトンで冷却し、窒素気流下でブチルリチウム1.6Mヘキサン溶液28mLを滴下した。ドライアイス−アセトン冷却下30分攪拌した後、2−オクテン酸エチルエステル5.2mLをテトラヒドロフラン20mLに溶かした溶液を滴下し、さらに2時間ドライアイス−アセトン冷却下に攪拌した。
次に、塩化アンモンの飽和水溶液40mLを加えて攪拌し、得られた反応液をロータリーエバポレーターで濃縮して大半のテトラヒドロフランを留去した後、クロロホルムで2回抽出を行った。クロロホルム溶液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後濃縮すると付加体と過剰にあったS−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミンの混合物が得られ、これをヘキサンに溶解し、ヘキサンで充填した200mLのシリカゲルカラムに注入し、ヘキサン、次いでヘキサン−エーテル50:3で展開し、UV吸収でモニターして最初に出てくるUV吸収を示す分画を集めて濃縮し、6.2gの付加体を得た。
【0084】
得られた前記付加体を、水16mL、酢酸4mL、及びメタノール80mLの混合液にとかし、10%水酸化パラジウム−炭素880mgを加え、水素圧40psiで16時間還元し、3−アミノオクタン酸エチルエステルとした。触媒を濾過して除き、残渣を濃縮した後、4N塩酸60mLを加えて80℃16時間加水分解した。
反応液を濃縮し、大部分の塩酸を除去した後、水に溶かしてイオン交換樹脂Dowex50(H型)100mLカラムに吸着させ、水洗後、2Nアンモニア水で溶出した。
得られた溶出液を分画し、ニンヒドリン反応陽性の分画を集め濃縮乾固した結果、1.9gの(S)−3−アミノオクタン酸が無色固体として得られた。分析値を以下に示す。
【0085】
[α]21 +29.1 (c=1、HO)
文献値:[α]21+31.1 (c=1.11、HO)Angew.Chem.Int.Ed.34巻455−456頁(1995年)
NMR (D2O)400MHz 0.7(3H,t)1.1〜1.3(6H,m)1.5(2H,q)2.25(1H,q)2.4(1H,q)3.3(1H,m)
【0086】
<<〔2〕(S)−N−Boc−3−アミノオクタン酸の合成>>
前記〔1〕で得た(S)−3−アミノオクタン酸930mgを、水5.84mL、ジオキサン5.84mLに溶解し、1MNaOH5.84mLとBoc2O 1407mgの5.84mLジオキサン溶液を氷冷攪拌下に交互に加えた。室温で1時間攪拌後減圧濃縮し、5%KHSO4水溶液でpHを3にして、酢酸エチルで3回抽出した。酢酸エチル抽出液を水洗後無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮して残渣を1夜冷蔵すると固化させて、(S)−N−Boc−3−アミノオクタン酸を得た。収量は1472mgであった。分析値を以下に示す。
【0087】
1H NMR(CDCl3,600MHz) δ0.87(3H,t-like,J=6.9Hz,H-8),1.22-1.37(6H,m),1.43(9H,Boc),1.51(2H,q,H-4),2.55(2H,m,H-2),3.89(1H,mH-3)
【0088】
<<〔3〕(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−L−トレオニン メチルエステルの合成>>
前記〔2〕で得た(S)−N−Boc−3−アミノオクタン酸 580mg、L−トレオニン メチルエステル塩酸塩420mg、Bop試薬1089mg、HOBt333mgを脱水DMF4.5mLに溶解し、氷冷攪拌下トリエチルアミン0.97mLを加え30分氷冷下攪拌後、室温で1夜攪拌した。得られた反応液に70mLの酢酸エチルを加え、10%クエン酸水溶液、4%炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗い、無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮し、残渣を酢酸エチル−ヘキサンで結晶化させて(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−L−トレオニン メチルエステルを得た。収量は544mgであった。分析値を以下に示す。
【0089】
[α]21 =−14.8 (c=0.5、クロロホルムーメタノール1:1)
nmr CDCl3 400MHz
0.9(3H,t),1.2(threonine−Me、3H,d)1.25−1.6(10H,m),1.45(Boc,9H,s)
【0090】
<<〔4〕(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルの合成>>
前記〔3〕で得た(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−L−トレオニン メチルエステル508mgを塩化メチレン14mLに溶解し、塩化メタンスルフォニル195mgを加えた。さらに氷冷攪拌下トリエチルアミン0.99mLを滴下した。1夜室温で攪拌した後、酢酸エチル70mLを加え、10%クエン酸水溶液、4%炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗い、無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮して468mgの固体(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルを得た。分析値を以下に示す。
【0091】
1H NMR(CDCl3,600MHz) δ0.86(3H,t-like,J=7.0Hz,H-8),1.42(9H,s,Boc),1.21-1.38(6H,m,H-5,6,7),1.55(2H,m,H-4),1.76(3H d,J=7.3Hz CH3-CH=),2.48-2.61(2H,mH-2),3.75(3H s COOCH3) 3.83-3.91(1H,m,H-3),7.1(1H q,J=7.2 CH3-CH=)
【0092】
<<〔5〕(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルの合成>>
前記〔4〕で得た(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステル215.8mgを4M塩酸・ジオキサン4mLに溶解し、室温1時間反応させBoc基を除去する。反応液を減圧濃縮乾固し、これに前記〔3〕(S)−N−Boc−3−アミノオクタン酸で得た172.7mg、Bop試薬297mg、HOBt82.8mgを加え、脱水DMF2mL、塩化メチレン 3mLに溶解し、氷冷攪拌下トリエチルアミン0.28mLを加え30分後から室温で1夜攪拌した。得られた反応液はゲル化するが、これにクロロホルム70mL加えて溶解し、10%クエン酸水溶液、4%炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗い、無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮して399mgの粗生成物を得た。
前記粗生成物を少量のクロロホルムに溶解し、クロロホルムで充填した40mLのシリカゲルカラムに注ぎ、クロロホルム、次いでクロロホルム:メタノール 40:1で展開しUV吸収をモニターして目的物を含む分画を集めて減圧濃縮し、284mgの(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルを得た。分析値を以下に示す。
【0093】
1H NMR(CDCl3,600MHz) δ0.90(6H,t-like,J=6.8Hz,H-8),1.43(9H,s,Boc),1.31(12H,m,H-5,6,7),1.55(4H,m,H-4),1.75(3H d,J=7.4Hz CH3-CH=),2.31(2H,m H-2),3.75(3H s COOCH3) 3.83-3.91(2H,m,H-3),6.76(1H q,J=7.2 CH3-CH=)
【0094】
<<〔6〕ジオクタチンBの合成>>
前記〔5〕で得た(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステル178.3mgを、12mLのメタノールに溶解し、水酸化リチウムの1M水溶液1.433mLを加えて1夜室温で攪拌した。1M塩酸1.443mLを加えて中和し、減圧濃縮して乾固した。これにTFA5mLを加えて室温1時間反応させ、次に減圧濃縮した。残渣をメタノール9mLに溶解し2Mアンモニア水で中和して室温で1夜静置するとジオクタチンBが析出し、これを濾過して54.6mgを得た。分析値を以下に示す。
【0095】
[α]25=+14.6 (c=1、AcOH)
文献値:+15.0
nmr(3.4mgに2N塩酸2滴を加えてメタノールに溶解後減圧濃縮乾固、残渣を6dDMSOに溶解して測定した)
1H NMR(DMSO,400MHz) δ0.85(3H t J=7.0),0.87(3H t J=7.0),1.25(16H,m),1.49(2H,m)1.64(3H d,J=7.0 CH3-CH=),2.36(2H,m)2.41(2H,m),3.23(1H,d like,J=3.3Hz)3.36(1H m),6.50(1H,q J=7.0Hz,CH3-CH=)
13C NMR(D2O,400MHz) δ168.75,168.40,165.46,131.41,128.50,48.12,46.08,40.50,37.26,33.47,31.85,31.00,30.88,24.92,23.92,21.91,21.74,13.80,13.72,13.42
【0096】
(実施例5)
<アフラトキシン生産阻害剤の製造(3)>
以下の方法により、天然型の立体構造のジオクタチンAを合成した。
<<〔1〕(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸の合成>>
S−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミン 10mLを150mLの脱水テトラヒドロフランに溶解し、ドライアイス−アセトンで冷却し、窒素気流下でブチルリチウム1.6Mヘキサン溶液28mLを滴下した。ドライアイス−アセトン冷却下30分攪拌し、次に2−オクテン酸エチルエステル5.2mLをテトラヒドロフラン20mLに溶かした溶液を滴下し、さらに2時間ドライアイス−アセトン冷却下に攪拌する。
次いでヨウ化メチル16.75gを滴下し、遮光して1時間冷却下攪拌した後、ドライアイス−アセトン浴を外して室温で1夜攪拌した。
得られた反応液をロータリーエバポレーターで濃縮して大半のテトラヒドロフランを留去した後、蒸クロロホルムで2回抽出した。クロロホルム溶液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後濃縮して、付加体と過剰のS−N−ベンジル−1−フェニルエチルアミンの混合物を得た。これをヘキサンに溶解し、200mLのヘキサンで充填したシリカゲルカラムに注入し、ヘキサン、次いでヘキサン−エーテル50:3で展開しUV吸収でモニターし、最初に出てくるUV吸収を示す分画を集めて濃縮して6.92gの付加体を得た。
【0097】
得られた前記付加体を、水16mL、酢酸4mL、及びメタノール80mLの混合液にとかし、10%水酸化パラジウムー炭素988mgを加え水素圧45psiで16時間還元して、(S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸エチルエステルを得た。触媒を濾過して除き、残渣を濃縮した後4N塩酸60mLを加えて80℃16時間加水分解した。
得られた反応液を濃縮して大部分の塩酸を除去した後、水に溶かしてイオン交換樹脂Dowex50(H型)100mLカラムに吸着させ、水洗後、2Nアンモニア水で溶出した。溶出液を分画し、ニンヒドリン反応陽性の分画を集め濃縮乾固して3.72gの(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸の立体異性体混合物が淡黄色の粘重な油状物質として得られた。
【0098】
<<〔2〕(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸の立体異性体混合物の分離>>
前記〔1〕の粗(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸混合物を水200mL、酢酸2mLの混液に溶かしピリジン・酢酸緩衝液(ピリジン32mL、酢酸60mLを水で1Lにする)で平衡化したDowex50Wx4(200−400メッシュ)の19mm径、高さ113cmのカラムに注ぎ、同じ緩衝液で展開して15g毎に分画した。溶出液分画をニンヒドリン呈色で分析して陽性の分画59〜68、69〜72、及び73〜80をそれぞれ減圧濃縮乾固して347mg、123mg、289mgの無色〜淡黄色固体を得た。それぞれを重水に溶かしnmrを測定した。分画59〜68と73〜80とはそれぞれ異なり69〜72はそれらの混合物であった。
【0099】
前記分画59〜68から得られた物質(以後(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸1型と呼ぶ)の分析値を以下に示す。
nmr(D2O) δ 0.73(3H,m),1.1(3H,d),1.15〜1.3(6H,m)1.51(2H,m),2.47(2H,m),3.2(1H,q)
【0100】
前記分画73〜80から得られた物質(以後(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸2型と呼ぶ)の分析値を以下に示す。
[α]25D +5.28 (c1.05,MeOH)
ESI MS m/z 174.15[M+H]+
1H NMR(D2O,600MHz) δ0.90(3H,t-like,J=7.8Hz,H-8),1.19(3H,d,J=7.6Hz,H-9),1.34(4H,m,H-6,7),1.39(1H,m,H-5a),1.44(1H,m,H-5b),1.66(2H,m,H-4),2.60(1H,dq,J=5.2,7.6Hz,H-2),3.43(1H,dt,J=7.4,5.2Hz,H-3)
13C NMR(D2O,600MHz)δ14.7,15.8,21.0,35.0,45.6,56.1,185.1
【0101】
<<〔3〕Boc−(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸2型の合成>>
前記〔2〕で得た(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸2型420mgを水2.1mL、ジオキサン2.1mLに溶解し、1MNaOH2.1mLとBoc­2O 504mgの2.1mLジオキサン溶液を氷冷攪拌下に交互に加えた。室温で1時間攪拌後減圧濃縮し、5%KHSO4水溶液でpHを3にして、酢酸エチルで3回抽出した。酢酸エチル抽出液を水洗後無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮して残渣を1夜冷蔵すると固化し、Boc−(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタン酸2型を得た。収量は238mgであった。分析値を以下に示す。
【0102】
[α]25=−14.58 (c=1、EtOAc)
1H NMR(CDCl3,600MHz) δ0.88(3H,t,J=6.9),1.17(3H,d,J=7.2Hz),1.31(6H,m),1.44(9H,s)Boc,1.51(2H,m)4-CH2,2.68(1H,br s)2-CH2,3.80(1H,br,s)3-CH-NHBoc,4.74(1H,br,s)NH,
【0103】
<<〔4〕Boc−(3S)−3S−3−アミノ−2−メチルオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルの合成>>
実施例5の前記〔4〕で得た(S)−N−Boc−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルを、4M塩酸・ジオキサン6mLに溶解し室温1時間反応させ、Boc基を除去した。反応液を減圧濃縮乾固し、これに314.7mg、前記〔3〕で得た(3S)−N−Boc−3−アミノ−2−メチルオクタン酸2型 264mg、Bop試薬431mg、HOBt132.6mgを加え、脱水DMF3mL、塩化メチレン 4mLに溶解し、氷冷攪拌下トリエチルアミン0.408mLを加えた。
氷冷攪拌下攪拌30分後から室温で1夜攪拌した。得られた反応液はゲル化するがこれにクロロホルム100mL加えて溶解し、10%クエン酸水溶液、4%炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗い、無水硫酸ナトリウムで乾燥後減圧濃縮すると956.4mgの粗生成物を得た。これを少量のクロロホルムに溶解しクロロホルムで充填した40mLのシリカゲルカラムに注ぎ、クロロホルム、次いでクロロホルム:メタノール 30:1で展開しUV吸収をモニターして目的物を含む分画を集め、減圧濃縮して413.9mgのBoc−(3S)−3S−3−アミノ−2−メチルオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステルを得た。分析値を以下に示す。
【0104】
[α]25=−0.9 (c=1、メタノール)
1H NMR(4d-MeOH,400MHz) δ0.89(3H,t-like,J=6.9Hz),0.90(3H,t-like,J=6.5Hz),1.09(3H,d,J=7.0Hz,CH3-CH-CO,H-9),1.31(10H,m,),1.75(3H,d,CH3-CH=),1.43(9H,s,Boc),2.26(1H,m),2.48(2H,m),3.63(1H,m),3.73(3H,s,COOCH3),4.21(1H,m)6.76(1H,q,J=7.1CH3-CH=)
【0105】
<<〔5〕ジオクタチンAの合成>>
前記〔4〕で得たBoc−(3S)−3−アミノ−2−メチルオクタノイル−(S)−3−アミノオクタノイル−2−アミノ−2−ブテン酸 メチルエステル413.9mgをメタノール40mLに溶解し水酸化リチウムの1M水溶液3.916mLを加えて1夜室温で攪拌した。1M塩酸3.916mLを加えて中和し、減圧濃縮して乾固した。これにTFA10mLを加えて室温1時間反応させ、再び減圧濃縮した。残渣をメタノール20mLに溶解し2Mアンモニア水で中和して室温で1夜静置するとジオクタチンAが析出し、これを濾過して101.9mgを得た。分析値を以下に示す。
【0106】
[α]25=−2.2 (c=1、AcOH)
nmr(5.5mgを1M塩酸20μLを含むメタノール1mLに溶解後蒸発乾固したものを6d−DMSOに溶解して測定した)
1H NMR(DMSO,400MHz) δ0.84(3H,t-like,J=6.7Hz),0.87(3H,t-like,J=6.8Hz),1.06(3H,m,CH3-CH-CO,),1.24(10H,m,),1.63(3H,d,J=7.1Hz,CH3-CH=),2.35(2H,m),2.54(1H,m),3.16(1H,m),3.41(2H,m)4.06(1H,br s.),6.49(1H,q,J=7.1 CH3-CH=)
13C NMR(DMSO,400MHz) δ172.8,168.7,165.5,131.3,128.5,52.4,46.0,40.7,40.4,33.5,31.0,31.0,30.7,24.9,23.6,21.9,21.8,13.8,13.7,13.7,13.5
【0107】
(実施例6)
<アフラトキシン生産阻害の評価(2)>
実施例4で合成したジオクタチンB、及び実施例5で合成したジオクタチンAについて、アフラトキシン生産阻害活性を評価した。
アフラトキシン生産菌の胞子懸濁液は、実施例2と同様にして調製した。
【0108】
−アフラトキシン生産阻害剤活性の測定−
オートクレーブしたPD液体培地(DIFCO社製)1mLに各アフラトキシン生産阻害剤を、0〜20μg/mLとなるように無菌的に添加したものに、前記アフラトキシン生産菌の胞子懸濁液を、10μL(1.9×10CFU)ずつ植菌し、これを、27℃で3日間静置培養した。その際、培養容器として24ウェルプレート(IWAKI製)を使用し、各アフラトキシン生産阻害剤は、メタノール−塩酸(容量比=100:0.009)溶液20μLとして添加した。
得られた各培養液50μLを蒸留水で1000倍希釈し、希釈液50μLに含まれるアフラトキシン(アフラトキシンB1,B2,G1,G2の合計)量を市販のELISAキット(RIDASCREEN FAST Aflatoxin, r-biopharm社製)で定量した。実験は三連で行い、各濃度の阻害剤を添加して得られた培養液3サンプルに含まれるアフラトキシン量の平均(B)、無添加の場合のアフラトキシン量(A)より阻害%[((A)−(B))/(A)×100]を算出した。得られた各濃度での阻害%をもとに表に示したIC50値(50%阻害濃度)を計算した。結果を表7に示す。
【0109】
【表7】

【0110】
表7の結果から、合成により得た天然型の立体構造のジオクタチンからなるアフラトキシン生産阻害剤は、優れたアフラトキシン生産阻害活性を示すことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明のアフラトキシン生産阻害剤は、アフラトキシン生産を特異的かつ効果的に阻害し、安全性が高いため、アフラトキシン生産菌が付着乃至感染した各種対象物に投与することにより、簡便にアフラトキシン生産を阻害することができ、本発明のアフラトキシン汚染防除方法に好適に用いられ、特に、植物体、及び農作物に対するアフラトキシン汚染防除方法に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】図1は、ジオクタチンAの臭化カリウム錠による赤外部吸収スペクトルのチャートであり、横軸に波数(cm−1)、縦軸に透過率(%)を示す。
【図2】図2は、ジオクタチンBの臭化カリウム錠による赤外部吸収スペクトルのチャートであり、横軸に波数(cm−1)、縦軸に透過率(%)を示す。
【図3】図3は、ジオクタチンA塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の400MHzプロトン核磁気共鳴スペクトルのチャートであり、横軸に化学シフト(ppm)を表す。内部標準は、テトラメチルシランである。
【図4】図4は、ジオクタチンB塩酸塩の重水素化ジメチルスルホキシド中の400MHzプロトン核磁気共鳴スペクトルのチャートであり、横軸に化学シフト(ppm)を表す。内部標準は、テトラメチルシランである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(I)で表されるジオクタチン、及びその誘導体のいずれかを有効成分とすることを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤。
【化1】

ただし、前記構造式(I)中、Rは水素、及びメチル基のいずれかを表す。
【請求項2】
ジオクタチンが、下記構造式(II)で表されるジオクタチンAである請求項1に記載のアフラトキシン生産阻害剤。
【化2】

【請求項3】
ジオクタチンが、下記構造式(III)で表されるジオクタチンBである請求項1に記載のアフラトキシン生産阻害剤。
【化2】

【請求項4】
ストレプトミセス属に属するジオクタチン生産菌を培養し、得られた培養物から、遠心液液分配クロマトグラフィーによりジオクタチンを分離・精製する工程を含むことを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤の製造方法。
【請求項5】
請求項2から3のいずれかに記載のジオクタチンを化学合成により合成する工程を含むことを特徴とするアフラトキシン生産阻害剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに記載のアフラトキシン生産阻害剤を用い、アフラトキシン生産菌によるアフラトキシン生産を阻害することを特徴とするアフラトキシン汚染防除方法。
【請求項7】
アフラトキシン生産阻害剤を、農作物に投与し、該農作物に感染したアフラトキシン生産菌のアフラトキシン生産を阻害する請求項6に記載のアフラトキシン汚染防除方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−31419(P2007−31419A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−15537(P2006−15537)
【出願日】平成18年1月24日(2006.1.24)
【出願人】(000173913)財団法人微生物化学研究会 (29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】