説明

アルコール代謝の促進

D−グリセリン酸はアルコール代謝を促進し、アルコール消費の弊害を防ぐ。D−グリセリン酸は、アルコールと共に投与されることで、体からのアルコールの消去の速度を速める。D−グリセリン酸は、複合体であるNADH−アルデヒドデヒドロゲナーゼおよびNADH−アルコールデヒドロゲナーゼによって触媒される反応により、D−グリセルアルデヒドに、さらにグリセロールに変換される。複合体NADH−アルデヒドデヒドロゲナーゼおよびNADH−アルコールデヒドロゲナーゼは、アルコールの酸化時に、アルコール代謝を行う組織の細胞で、過剰に生成される。これらの反応では、NADH複合体は複合体NAD−アルデヒドデヒドロゲナーゼおよびNAD−アルコールデヒドロゲナーゼとなる。これらの複合体は、アセトアルデヒドから代謝的に無害な酢酸への酸化の促進と平行して、アルコールの酸化を促進する。D−グリセリン酸、その塩、またはそのエステルは、アルコール代謝を促進する医薬品の製造に使用することができる。上記化合物を投与することによって対象者のアルコール代謝を促進する方法、D−グリセリン酸またはその塩若しくはエステルの効果的な投与量が開示される。これらの化合物を含む経口、非経口投与用医薬品も同様に開示される。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
(技術分野)
本発明は、アルコール代謝を促進することができ、それゆえにアルコール消費の弊害を防ぐことのできる化合物に関連するものである。本発明は、より詳細には、アルコール代謝を促進する医薬品の製造のための、D−グリセリン酸、その塩、またはそのエステルの使用に関する。本発明は、また、対象者のアルコール代謝を促進する方法に関するものであり、この方法は、D−グリセリン酸、その塩、およびエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を、それを必要とする対象者に対して、有効量投与することを含むものである。また、上記化合物を含む経口または非経口投与用医薬品も開示される。
【0002】
(背景技術)
ヒトに摂取されたエチルアルコール、つまりエタノール(以下、アルコールと称する)、すなわちCOHのうち、5%はそのまま排出され、残りの95%はアルコール代謝組織、主に肝臓にて、アセトアルデヒド(以下、AcAと称する)すなわちCHCHOに分解されることが知られている。この反応(反応1)は、肝細胞の細胞質にて起こり、局在酵素であるアルコールデヒドロゲナーゼ、すなわちADHによって触媒される。この反応は、アルコール1分子につき、補酵素ニコチンアミド−アデニン ジヌクレオチド、すなわちNAD分子を1分子使う:
【0003】
【化1】

【0004】
この反応中、NADおよびADHは、酵素−補酵素(ADH−NAD)複合体を形成しており、この反応でNADはNADHに変化する。そしてNADHは解離し、ADHはこの反応を繰り返すために、新たなNAD分子を受容する。細胞はオキシダーゼNADHをNADに戻す能力を有しているが、この能力には限界があるので、この限界が反応の最大速度を規定することになる。通常の肝臓は、アルコールを8g/時間の速度で代謝できる。この速度は血液中のアルコール濃度には依存しない。この反応に対して余剰のADH酵素が存在している。
【0005】
アルコールから生じたAcA分子は、ミトコンドリアとして知られる細胞小器官に移動する。ミトコンドリアでは、反応(反応2)によって、AcA分子が酸化されて酢酸すなわちCHCOOHとなる。反応2は、酵素アルデヒドデヒドロゲナーゼ、すなわちALDHによって触媒される:
【0006】
【化2】

【0007】
この反応でも、補酵素NAD1分子が、NADHに変化する。予め細胞質中に蓄積されているNADHは、ミトコンドリア呼吸鎖において、この系における最大限の処理能力をもってNADに再酸化される。ミトコンドリア呼吸鎖の最大限の処理能力は、体内での代謝のすべての水準に依存する。
【0008】
上述したアルコール代謝の過程を、図1に図示する。
【0009】
代謝的に無害な酢酸は、アルコールからAcAを経て生じ、主に肝外の組織にて酸化され、二酸化炭素および水となる。
【0010】
反応1および反応2におけるアルコール分解は、細胞におけるNADHを酸化してNADに戻す能力を上回る。その結果、細胞には、NADと比較してより多くのNADHが蓄積をされる。細胞中の酸化−還元平衡におけるこの変化は、常にアルコール代謝と連動して起こり、典型的には肝細胞における通常の代謝に対して、NADが媒介する酵素反応の阻害を引き起こす。これらの阻害システムの中で最も重要なものは、クエン酸回路である。NADH/NAD比が1より大きくなることが、クエン酸回路の阻害を引き起こし、アルコールによって引き起こされる脂肪肝が進行する最も大きな要因となると考えられている。
【0011】
通常な肝臓では、血液循環によって運搬されてきたアルコールのうち、99%が酢酸に分解される。残りの1%は、AcAとして循環系に放出される。つまり、アルコール代謝組織の処理能力は、反応1で形成されたAcAのすべてを、反応2によって酸化して酢酸とするには、十分ではない。これは、例えば、アルコール代謝中に肝臓から流出する静脈血は、濃度15−μMのAcAを含んでいることからも明らかである(Eriksson and Fukunaga 1992)。
【0012】
AcAの急性毒性(マウスにおける致死量 LD100=0.75g/kg)は、アルコールのそれ(マウスにおける致死量 LD70=6.5g/kg)と比べて数倍高い。
【0013】
上述したように、アルコールを摂取すると、アルコールに対して通常1%のAcAが、肝臓における反応2を“免れて”、約1mg/分(60mg/時間)の速度で血液循環中に入る。仮に、24時間に渡って血中のアルコール濃度を維持するのに十分な量(200gのアルコール、すなわち、蒸留酒0.5リットルに含まれる量で十分である。)のアルコールを摂取したとすると、循環系中に放出されるAcAは、平均1.5gである。単回投与では、このAcAの量は、体重20gのマウスを100匹殺すことのできる量である。
【0014】
ALDH活性が低下している場合、上述したよりさらに多量のAcAが、血液循環中に放出される。肝臓のALDHの能力が10%低下すると、循環系中に放出されるAcAの量は3倍になる。
【0015】
ALDHは、ジスルフィラム(登録商標Antabuse)のような薬物によって阻害される。ジスルフィラム治療を受けている人は、アルコールを数g摂取しただけで、数時間続く非常に不快な症状を呈する。この症状は、頭痛および肌の紅潮を含む。呼吸困難および吐き気も、頻脈および低血圧と共に、一般的に起こる症状である。これらの症状は、体内でのAcAの蓄積によるものである。
【0016】
アルコールの過剰摂取は、二日酔いというアルコール中毒の結果としてよく知られた症状を引き起こす。二日酔いを恐れる人は、アルコールの摂取を長引かせようとする。二日酔いを治療するための適切な薬理学的手段を開発しようという努力が、今までのところ成功していない、という事実も、このような行動を助長し得るものである。ビタミンおよび微量元素によって二日酔いを緩和することが試みられている(米国特許第4496548号明細書(US4496548)参照)。主な二日酔いの症状は、AcAの毒性の作用によるものであると考えられている。
【0017】
生化学的および医学的研究は、アルコール依存の進行におけるAcAの主な役割を示唆している。これらの結論は、AcAが脳の神経伝達部の構造を変化させることに基づいている。AcAは同様に、タンパク質合成に関与する酵素の阻害、および組織の免疫学的な特性を変化させることが知られている。このようなメカニズムを通して、脳の損傷、および肝硬変といった多くのアルコールに関連する病気、並びに飲酒に対する強迫観念そのものの原因として、AcAは実際に、アルコールよりも重要な役割を果たしているのかもしれない。
【0018】
上述したように、NADH/NAD比の上昇が、アルコール代謝組織における通常の代謝を低下させ、NADH/NAD比の上昇、並びに全身の循環系(ゆえに体全体)におけるAcAの放出および蓄積が、アルコールに関連する健康の問題の進行における主要なメカニズムであることが明らかになってきている。
【0019】
上述したような事実の観点から、全身の循環系に放出されるAcAの量を低下させ、このような放出の結果を減ずるAcA結合化合物が研究されてきた。これらの化合物は、硫黄含有アミノ酸であるシステインおよびメチオニンを含む。アルコールを摂取した被験者に対するメチオニンの経口投与は、血中のAcA濃度を20%減じた(Tabakoff et al. 1989)。ただし、メチオニンが結合したAcAは後に解離するので、利点は少ない。さらに、メチオニンおよび他の類似の物質は、アルコール代謝の速度にもNADH/NAD比にも作用しない。
【0020】
上述の方法に加え、アルコール代謝の速度を変える薬剤によって、アルコールが健康に与える弊害を減ずる方法が提案されている。
【0021】
肝臓からのAcAの放出およびNADH/NAD比はどちらも、4−メチルピラゾールすなわち4−MPによって低減される。これはADHの阻害剤であり、反応1の速度を低下させる。結果として、AcAの生成が低減され、基質が少なくなるために、反応2がより効率よく進み、AcAから酢酸への変換がより速く進む。
【0022】
これら反応全体の処理能力が低下することによって、NADHの細胞内の蓄積がなくなる。4−MPは、例えばメタノール中毒への対処のような、アルコール代謝の低下が求められるような状況下で、有用である。4−MPは上述したAcA蓄積の問題に対処するには適していない。なぜなら、4−MPはアルコール消去を減速させる効果があるからであり、習慣的な飲酒(アルコール中毒の危険性)への対処として使うのは不可能だからである。
【0023】
以前から、フルクトースがアルコール消去の速度を高めることが知られている(Crownover et al. 1986)。消去速度は20%増加するが、アルコールと一緒に多量(1〜5g/kg)を摂取する必要がある。フルクトースを用いた方法によって二日酔いを防ぐ試みは、明瞭な効果なしに行われてきた。フルクトースによるアルコール代謝の加速は、特に反応1を通じて作用するものであることが分かってきた。アルコール代謝の速度を増加させるこの方法は、細胞が酢酸に代謝できない量に相当するAcAの形成を引き起こす。これは、肝臓から流出する血液中のAcA濃度の上昇に反映される(Eriksson and Fukunaga 1992)。
【0024】
また、フルクトースの代謝物であるD−グリセルアルデヒド(以下、D−GAと称する;図3、“フルクトースの代謝”を参照、(Harper et al. 1977))がアルコール代謝を加速する効果を持つことも以前から知られていた(Thieden et al. 1972)。AcAの代謝に対するD−GAの効果はフルクトースと同様であり、反応2でなく反応1を介してアルコール代謝に作用する。フルクトースと同様、D−GAもAcAの蓄積を引き起こす傾向がある。
【0025】
米国特許第4450153号明細書(US4450153)には、ある種の酵母から単離されたアルコール酸化酵素を用いることで、速く血中アルコール濃度を低下させることができる溶液が記載されている。この酵素は、細胞外でアルコールをAcAに分解する。これは血液循環中への多量のAcAの流入を引き起こし、AcA中毒の危険性がある。
【0026】
本発明は、上述の問題を解決する方法を提案するものである。
【0027】
(発明の要約)
本発明は、アルコール代謝を促進する医薬品の製造のためのD−グリセリン酸、その塩、またはそのエステルの使用を提供する。
【0028】
本発明はさらに、D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を、それを必要とする対象者に対して有効量投与することを含む、対象者のアルコール代謝を促進する方法を提供する。
【0029】
本発明はさらに、D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を含む経口または非経口投与用医薬品を提供する。
【0030】
本発明のいくつかの好ましい実施の形態は、従属請求項に記されている。
【0031】
(図面の簡単な説明)
図1は、アルコールの代謝を説明する図面である。
【0032】
図2は、D−グリセリン酸(D−GLAC)の存在下におけるアルコールの代謝を説明する図面である。
【0033】
図3は、フルクトースの代謝を説明する図面である。
【0034】
図4は、本発明の原理を説明する図面である。
【0035】
(発明の詳細な説明)
本発明の実施および原理を以下に示す。
【0036】
本発明によると、D−グリセリン酸(以下、D−GLACと称する)すなわちグリセリン酸の右旋性光学異性体は、生体内でのアルコール代謝の促進に用いられる。不斉炭素原子をもち、それゆえD、L異性体として存在する有機化合物は、その異性体のうち1種しか、生体が生理的に利用することができないことは、一般的に知られている現象である。一方の異性体は生理的に不活性である。結果として、生理的に活性な異性体およびその生理的に不活性な異性体は、異なる代謝経路を通ることになる。これはグリセリン酸においても同様である。L−グリセリン酸すなわち偏光面を左に旋回させるグリセリン酸の異性体は、その代謝経路、および生理的特徴が、本発明のD−GLACのそれとは全く異なる(Bonham et al. 1977)。従って、D−GLACおよびL−グリセリン酸は、同様に薬理学的特徴も異なる。
【0037】
“グリセリン酸”は、医薬品の成分として、例えば米国特許第4380549号明細書(US4380549)、欧州特許第775486号明細書(EP775486)、および国際公開第96/11572号パンフレット(WO96/11572)に記載されている。これらの文献に示されている各組成物を用いた治療法は、本発明のそれとは異なる。さらに、これらの文献では、グリセリン酸の光学異性体(D−GLACまたはL−グリセリン酸)が、特定の発明において活性な物質(substance)を構成するという原理については、言及も提供もされていない。既に示したように、グリセリン酸の2つの光学異性体が、各々特有の薬理学的特性を有していることから、この原理は適切であると考えられる。欧州特許第508324号明細書(EP508324)では、グリセリン酸を含む2−ヒドロキシカルボン酸(2-hydroxycarboxylic acid)を含み、皮膚における老化の徴候を緩和するための組成物が開示されている。Lesoova et al. 2001には、ペニシリウムフニクロサム(Penicillium funiculosum)によって生成されたグリセリン酸のエステルの混合物が開示されている。この混合物は、トリプシンに対する非競合阻害剤として作用する。ペニシリア(Penicillia)は、DL−型からD−GLACを生成することが知られている。ここで挙げた文献はいずれも、D−GLACのアルコール代謝の促進、またはD−GLACの経口若しくは非経口投与について示唆も提案もしていない。
【0038】
D−GLACはシロップ様で、弱酸性の化合物であり、水およびアルコールに容易に溶解し、グリセロールの酸化によって調製することができる。D−GLACのカルシウム塩は市販されており、D−GLACは、希塩酸による単純な処理によって、そのカルシウム塩から解離させることによって得ることができる。D−GLACは有機酸であるので、エステルを形成することもできる。D−GLACは、そのエステルから、例えば酵素エステラーゼによって、解離させることによって得られる。ヒトの体内では、これらの酵素は小腸の壁に存在し、エステル化した栄養素を消化管から吸収できるような形に分割する。
【0039】
D−GLACは、ヒトの体内における通常の糖代謝において生成される。ヒトの体が用いることのできるD−GLACのエネルギー含量は、17kJ/gである。本発明の目的においては、D−GLACは酸の状態、または薬理学的または生理学的に好ましい塩若しくはエステルの状態で、経口投与されることが好ましい。好適な調剤形状としては、シロップ、粉、錠剤、カプセル等が含まれる。また、アルコール飲料や、他の飲料品、または食品中に含ませて投与することもできる。
【0040】
図3は、ALDHによって触媒される反応におけるD−GAからのD−GLACの生成、およびADHによって触媒される反応におけるグリセロールからのD−GAの生成を示す。この両反応は、アルコール代謝組織、特に肝臓で起こる。
【0041】
グリセロール(a)、D−GA(b)、およびD−GLAC(c)の構造式を以下に示す。
【0042】
【化3】

【0043】
グリセロールは、ADHによって触媒される下記の反応(反応3)で、D−GAに代謝される。
【0044】
【化4】

【0045】
この反応は、等モルのNADを使い、このNADはNADHに変化する。
【0046】
D−GAは、ALDHによって触媒される下記の反応(反応4)で、D−GLACに代謝される。
【0047】
【化5】

【0048】
この反応も、同じく補酵素NADを用い、このNADはNADHに変化する。
【0049】
図3は、反応3および反応4が平衡反応であること、換言すると、逆の方向にも進み得る反応であることを示している。
【0050】
本発明がD−GLACをヒトまたは他の動物に投与することによって実施される場合、この化合物は血液循環によってアルコール代謝組織へと運搬される。この物質(substance)は他の代謝経路を持たず、生理学的な量を超えて投与されるので、反応4の逆の反応5によって、D−GAに変換される。
【0051】
【化6】

【0052】
この反応は、補酵素NADHを使い、このNADHをNADに酸化する。
【0053】
与えられたD−GLACの量が生理学的な量を超えているので、必要とされるNADHの量も同様に生理学的に必要とされる量を超える。
【0054】
NADHが十分に供給されている状態では、代謝に関与する細胞は、D−GLACに加えて、アルコールについても反応2によって代謝するようになる。これらの反応は、併せて下記のように示すことができる(反応6)。
【0055】
【化7】

【0056】
この2つの基質(AcAおよびD−GLAC)が、共通の酵素ALDHをめぐって競合することはない。なぜなら、AcAは、この酵素がNADと複合体を形成したときにのみこの酵素を使用することができ、D−GLACは、この酵素をALDH−NADH複合体としてのみ使用することができるからである。上述の反応2がD−GLACの存在しない状態で起こるときは、酵素の一部はALDH−NADH複合体として存在することとなり、この複合体はAcAを酢酸に酸化するのには使われない。第2の基質としてのD−GLACの導入によって、酵素に結合したNADHは、D−GLACからD−GAへの変換と連動して、速やかにNADに酸化される。このように形成されたNADは、反応2で利用される。このように、AcAに対するALDHの酵素学的処理能力は増加し、反応2は、D−GLACの消費に相当するモル量分、促進される。
【0057】
このことは、本発明に含まれる方法の効果を示すものである。
【0058】
反応2の促進にも関わらず、同時に、NADHはD−GLACをD−GAに変換するために使われる(反応5)ので、NADHの余剰は生じない。
【0059】
このようにして生じたD−GAは、酵素トリオキナーゼによって触媒される反応においてD−グリセルアルデヒド−3−リン酸に代謝されるか、または、ADHによって触媒される反応においてグリセロールに代謝される(図3参照)。前者の経路は、一方向に進み、1分子のアデノシン3リン酸のエネルギーを必要とする。
【0060】
後者の代謝経路は、グリセロールを生成する経路であり、反応7に示すように、NADHを補酵素として使用する。
【0061】
【化8】

【0062】
D−GAは、NADHの余剰を生む反応1によるアルコールのAcAへの酸化によって、この代謝経路(反応3の逆反応)に入る。反応の全体を以下に示す(反応8)。
【0063】
【化9】

【0064】
図3に示すように、グリセロールは、ATP仲介反応によってさらにα−グリセロリン酸に代謝され、グルコースまで続く様々な経路を通る。
【0065】
反応8は、アルコールのAcAへの変換が、グリセロールが生成されるのと同じモル比で、過剰なNADHを生じることなく、促進されることを示している。この状況は、量的な相違は、つまり、D−GAの量、すなわち、反応8に入って、アルコールのAcAへの変換を促進する基質の量が、反応6における基質であるD−GLACの量よりも小さいという相違はあるものの、反応6、つまりD−GLACがAcAの酢酸への変換を促進するという状況と、類似している。これは、生成されたD−GAの一部が、上述した第2の経路に入ることによる結果である。要約すると、反応1の処理能力は増大されるが、反応2の処理能力は、さらに増大されることになる。
【0066】
本発明によって、D−GLACの投与により体内からのアルコールの消去速度が増大すると、アルコールの酸化の促進が、AcAの酢酸への酸化の促進と平行して起こる。この反応によって生じた化合物は、代謝的に無害であり、さらに二酸化炭素および水に分解される。本発明によると、以上のように、体内のアルコールの“よりクリーンな”酸化を可能にすることによって、アルコール代謝が促進される。つまり、より健康に与える弊害の少ないアルコール酸化が可能となる。
【0067】
体内へ入ってくるアルコールの消去速度が増大されること自体、本発明によって得られる重要な利点であるといえる。
【0068】
本発明の原理を図4に示し、図2にその概略を示す。
【0069】
本発明によると、D−GLACは酸および/または塩および/またはエステルの状態で経口投与されることが好ましい。D−GLACのような弱酸の塩が、胃のような酸性環境では酸に変換されること、また、これらの化合物中のエステルに含まれるエステル結合は、腸壁に存在するエステラーゼの働きによって切断されることは、一般的に知られており、このようにして、親化合物(本発明の場合はD−GLAC)は遊離される。酸の状態であるD−GLACは、一貫してシロップ様なので、シロップ、溶液、またはカプセルで包んで経口投与するのに適している。これらの調剤形状とは別に、D−GLACの塩およびエステルは、粉または錠剤の形状で摂取するのに適している。これらの医薬品には、必要に応じて、通常適用される薬理学的または生理学的賦形剤を用いることができる。アルコールを摂取した時、酸、塩、またはエステルの状態であるD−GLACの好適な投与量は、1時間当たり1〜2gである。このとき、D−GLACは、血流中にアルコールが存在する間、上述した投与方法のうちのいずれかによって投与される。薬理学的に適用できる酸および塩の状態であるD−GLACは、同様に、非経口投与にも適用できる。このような投与方法は、重篤なアルコール中毒の症例に好適に用いられる。これらの例では、酸の状態のD−GLACを含み、D−GLAC塩によって中和された、リンガー溶液または5%グルコース溶液が好適である。D−GLACおよびその塩の総量は、100〜500ml/時間の速度で投与して、1時間に3〜15gのD−GLACを供給できるように、30g/Lが好適である。
【0070】
本発明は、後述の実施例によって説明されるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0071】
(実施例1)
反応6について上述したように、D−GLACの還元反応によって生成されたNADによって仲介されるAcAからの酢酸の生成が、初めて実証された。
【0072】
市販のヘミカルシウム塩(Sigma-Aldrich社製)を硫酸で処理することによって得られた320mg(3mmol)のD−GLACを2mlの水に加え、0.25mMのリン酸二水素カリウム緩衝液(pH6.865)にさらに加えた。この直前に、13.2mg(0.3mmol)のAcA、2mg(5ユニット)の凍結乾燥されたALDH、および210mg(3mmol)のNADHを、氷冷された上記緩衝液中に加えた。この溶液を6時間撹拌した。1Mのリン酸(HPO)を一滴ずつ滴下することで、この溶液の酸性度をpH3まで上昇させた。この溶液について、6時間の連続したエーテル抽出を行い、5mlにまで濃縮したのちガスクロマトグラフィーによって分析した。
【0073】
カラムおよび炎イオン化検出器(flame ionization detector)を備えたマイクロマットガスクロマトグラフを用いた。用いたカラムは、30cm×0.32cmで、PE−Wax(N931−6413)をポリエチレングリコール(PEG)(Perkin Elmer社製)に封入したカラムである。キャリアガスとしてはヘリウムを用いた。注入器(injector)の温度は200℃、検出器(detector)の温度は240℃とした。
【0074】
炉(oven)は、カラムを、試料の注入から最初の15分間は40℃に調節し、最終的に230℃になるように毎分15℃ずつ温度を上げていき、最後の10分間は温度を230℃で維持するように動作する。
【0075】
クロマトグラムの分析は、酢酸の保持時間が783秒であることを示している。この結果は、市販の酢酸調製品(Baker Analyzed Reagent社製)と比較して検証された。
【0076】
(実施例2)
D−GLACのアルコール代謝に対する効果を、体重210〜440gの80匹のオスの成体ラット(アルコール非常用、ANAラット、アルコール調査単位(Alcohol Research Unit)、国立公衆衛生機関(National Public Health Institute)、ヘルシンキ)を用いて調べた。このうち40匹のラットは、実験の前に12時間絶食させ、残りの40匹には通常通り餌を与えた。
【0077】
実験では、各ラットの腹腔内に中毒量のアルコール(1.2g/kg、10% w/v)の生理的食塩水溶液を単回投与した。
【0078】
アルコールに加えて、半数のラット(20匹の絶食したラット、および20匹の非絶食ラット)には、D−GLAC(Sigma-Aldrich社製)のヘミカルシウム塩を上記アルコールの溶液に溶解して投与した(0.5g/kg、5% w/v)。
【0079】
アルコールとD−GLACの投与の後、1時間または2時間後に、各ラットの伏在静脈から血液試料を採取した。この血液試料を、ヘッドスペースガスクロマトグラフィー(headspace gas chromatography)によって分析した。
【0080】
結果を表1に示す。
【0081】
【表1】

【0082】
絶食ラット間でも非絶食ラット間でも、D−GLACを投与された群は、D−GLACを投与されずに、D−GLACを投与された群と同量のアルコールを投与されたそれぞれの対照群よりも、平均20%血中アルコール濃度が低かった。
【0083】
以上のように、D−GLACはアルコール代謝を本質的に促進するという結果となった。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】アルコールの代謝を説明する図面である。
【図2】D−グリセリン酸(D−GLAC)の存在下におけるアルコールの代謝を説明する図面である。
【図3】フルクトースの代謝を説明する図面である。
【図4】本発明の原理を説明する図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール代謝を促進する医薬品の製造のためのD−グリセリン酸、その塩、またはそのエステルの使用。
【請求項2】
上記医薬品は、D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を、唯一の活性な物質として含むことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項3】
上記医薬品は、D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を上記医薬品の唯一の成分として含むことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項4】
上記医薬品は、D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物と、医薬品に適用可能な賦形剤とを含むことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項5】
上記医薬品は、溶液、シロップ、粉、カプセル、または錠剤の形状である経口投与される医薬品であることを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項6】
上記医薬品は、非経口投与に好適な溶液状であり、D−グリセリン酸またはその塩若しくはその両方を含むことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項7】
上記医薬品は、飲料品または食品の一部であることを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項8】
D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を、それを必要とする対象者に対して有効量投与することを含むことを特徴とする対象者のアルコール代謝を促進する方法。
【請求項9】
D−グリセリン酸、その塩、およびエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を唯一の活性な物質として投与することを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を唯一の成分として投与することを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項11】
D−グリセリン酸、その塩、およびエステルからなる群より選択される1または複数の化合物と、医薬品に使用可能な賦形剤とを含む医薬品を投与することを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項12】
溶液、シロップ、粉、カプセル、または錠剤の形状である経口用医薬品を投与することを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項13】
D−グリセリン酸またはその塩若しくはその両方を含む非経口投与用溶液を投与することを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項14】
飲料品または食品中のD−グリセリン酸、その塩、またはそのエステルを投与することを含むことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項15】
D−グリセリン酸、その塩、およびそのエステルからなる群より選択される1または複数の化合物を含む経口または非経口投与用医薬品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2006−507268(P2006−507268A)
【公表日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−544334(P2004−544334)
【出願日】平成15年10月13日(2003.10.13)
【国際出願番号】PCT/FI2003/000757
【国際公開番号】WO2004/035040
【国際公開日】平成16年4月29日(2004.4.29)
【出願人】(504315820)
【Fターム(参考)】