説明

アルコール発酵用酵母およびそれを用いたエタノールの製造方法

【課題】本発明は、糖液のpHや固形分濃度などの発酵条件に左右されず安定したアルコール発酵能力を発揮でき、中でも、pHが5前後に調整された糖液、あるいは、さらに固形分が20重量%以上に調整された糖液に添加されても、アルコール発酵能力が阻害されない、耐酸性および発酵安定性に優れるアルコール発酵用酵母と、該酵母を用いるエタノールの製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、pH5前後のもと生育可能であるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を提供する。また、本発明は、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をエタノール発酵するにあたり、pH5前後の条件で生育可能であるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を用いる、エタノールの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール発酵用酵母、およびアルコール酵母を用いたエタノールの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、石油価格の高騰及び地球温暖化等の問題から、再生可能な資源であるバイオマスより発酵生産するエタノールが世界的に脚光を浴び、その生産技術の開発・改良が精力的に進められている。特にそのうち食糧と競合しない草本・木本類の多糖類を利用しようとする動きが活発化しており、これら非可食性バイオマスの多糖を酸や酵素で加水分解し、得られた単糖をエタノール発酵させる方法が主流となりつつある。
【0003】
これら加水分解した糖液の発酵方法としては、回分法、繰り返し回分発酵法、菌体リサイクル連続発酵法、固定化菌体法などがある。回分法とは、単純に発酵槽に糖液あるいはこの糖液に各種栄養剤を加えた培地(以下、まとめて糖液ということがある)に酵母等を植菌し発酵させる方法である。繰り返し回分発酵法とは、酵母等で発酵後一部の培養液を残して培養液を分離し、これに再度フレッシュな糖液を注入し再発酵を行う方法である。菌体リサイクル連続発酵法(通称re−use法)とは、発酵槽に連続的に糖液を供給し、オーバーフローした培養液の菌体を沈降法や遠心分離法で回収してフレッシュ糖液供給側に戻す方法である。固定化菌体法とは、担体に菌体を固定化して発酵を行う方法であり、最近になって普及しつつある。
【0004】
しかし、これらの発酵方法を行う場合にはいずれも、何らかの雑菌汚染対策を講じる必要があった。
【0005】
ところで、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液を糖源として、アルコール(エタノール)発酵がなされている。木本類および/または草本類中には、セルロース以外にヘミセルロース(例えば、針葉樹ではマンナン類、広葉樹ではキシラン類など)が含まれている。かかるヘミセルロースが分解されることにより生成された単糖が、エタノール発酵に利用されている。
【0006】
亜硫酸パルプ排液に含まれるヘミセルロース由来の糖類(単糖など)のエタノール発酵の際には、上記の発酵方法のうちre−use法が採用されることが多く、その場合通常、設備をクローズド化し難い。そのため、雑菌汚染対策としては一般に、糖液の固形分の濃度アップ、糖液の弱酸性(pH5程度)への調整がなされることが多い。しかし、弱酸性の雰囲気では発酵安定性や菌の生存率低下等の問題があった。
【0007】
特開2004−344084号公報(特許文献1)には雑菌を抑制できるより低pH領域で培養・発酵が可能な耐酸性のアルコール発酵用酵母(Issatchenkia orientalis種酵母)に関する提案がされている。また、国際公開第2008−062558号公報(特許文献2)には、耐熱性の高いアルコール発酵酵母(Kluyveromyces marxianus種酵母)に関する提案がされている。さらに、特開2006−325577号公報(特許文献3)には、生ゴミのアルコール発酵技術において、乳酸発酵を行い酸性化した糖化液に耐酸性の酵母を加え発酵を行う技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−344084号公報
【特許文献2】国際公開第2008−062558号公報
【特許文献3】特開2006−325577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、より一層の雑菌汚染を防止するために、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液のpHを5前後に調整した場合、特許文献1〜3に開示されている酵母では、十分に発酵することができない場合がある。その理由は明確ではないが、例えば、木本類および/または草本類を、硫酸や亜硫酸により酸加水分解して得られる糖液であって、固形分濃度が20重量%以上に調整された糖液の場合は、糖液が酢酸や各種のフルフラール類等発酵阻害物質を大量に含んでいるために充分な発酵が困難となるものと推測される。また、特許文献3に開示されている酵母は乳酸発酵させる酵母であり、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をアルコール発酵させる能力は低い。
【0010】
そこで、本発明は、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液のpHや固形分濃度などの発酵条件に左右されず安定したアルコール発酵能力を発揮でき、中でも、pHが5前後の弱酸性に調整された糖液であって木本類および/または草本類を酸加水分解して得られる糖液、あるいは、係る糖液であってさらに固形分が20重量%以上に調整された糖液に添加されても、アルコール発酵能力が阻害されない、耐酸性および発酵安定性に優れるアルコール発酵用酵母と、該酵母を用いるエタノールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、様々なアルコール発酵酵母の分離を行った結果、優れた耐酸性を示すアルコール発酵用酵母を見出した。そして、かかるアルコール発酵用酵母をエタノール製造に用いることにより、安定的なエタノールの製造が可能であると共に、糖液のpHや固形分濃度といった発酵条件に左右されずにエタノールを安定的に製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、以下の〔1〕〜〔8〕を提供する。
〔1〕木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液中で、アルコール発酵能を有する、アルコール発酵用サッカロミセス属酵母。
〔2〕サッカロミセス セレビシエ NPC33846株(FERM P−21793)である請求項1に記載のサッカロミセス属酵母。
〔3〕木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をエタノール発酵するにあたり、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上の条件で生育可能であるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を用いる、エタノールの製造方法。
〔4〕前記糖液は、pH4.2〜5.5の糖液である、〔3〕に記載のエタノールの製造方法。
〔5〕前記加水分解が、硫酸および/または亜硫酸による加水分解である、〔3〕または〔4〕に記載のエタノールの製造方法。
〔6〕前記糖液は、固形分濃度が20重量%以上である、〔3〕〜〔5〕のいずれか一項に記載のエタノールの製造方法。
〔7〕前記エタノール発酵は、前記糖液に前記酵母を接種して発酵を行う工程、および前記酵母を回収して新しい前記糖液に供給して再び発酵を行う工程を含む、菌体リサイクル連続発酵である、〔3〕〜〔6〕のいずれか一項に記載のエタノールの製造方法。
〔8〕サッカロミセス属酵母を、木本および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液に添加し発酵させることにより、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液中でアルコール発酵能を有するサッカロミセス属酵母を分離する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、糖液のpHや固形分濃度などの発酵条件に左右されず安定したアルコール発酵能力を発揮できるアルコール発酵用酵母を提供することができる。かかるアルコール発酵用酵母を用いてエタノール発酵を行うことにより、複雑かつ精緻な雑菌汚染対策を講じることがなく安定的なエタノールの供給が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、サッカロミセス セレビシエ NPC33846およびサッカロミセス セレビシエ NBRC0216の各PCR産物の電気泳動図である。
【図2】図2は、サッカロミセス セレビシエ NPC33846およびサッカロミセス セレビシエ NBRC0216の生成エタノール濃度に対する、糖液のpH条件の変化の影響を示すグラフである。
【符号の説明】
【0015】
図1中、レーン1、レーン2、Mは、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216の結果、サッカロミセス セレビシエ NPC33846の結果、分子量マーカーを、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明においては、アルコール発酵用サッカロミセス属酵母を用いる。ここでアルコールとは、炭化水素に含まれる1又は2以上の水素原子を水酸基に置換した化合物を意味し、代表的なものとしてはエタノールが挙げられる。
【0017】
サッカロミセス属酵母としては、サッカロミセス属に属するものであれば特に限定されないが、サッカロミセス セレビシエ(Saccharomyces cereviseae)が好ましく、サッカロミセス セレビシエ NPC33846株が好ましい。サッカロミセス セレビシエ NPC33846株は、糖液のpHや固形分濃度に関わらず安定的な発酵能力を有し、特に、耐酸性および発酵阻害物質に対する耐性を有する。
【0018】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液中で、アルコール発酵能を有する。
【0019】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、pH4.2〜5.5、好ましくはpH4.4〜4.8の木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液中でアルコール発酵能を有する。これにより、弱酸性〜酸性条件下での発酵が可能となるので、雑菌汚染対策を取りながらも効率的なエタノール製造が実現できる。
【0020】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、固形分濃度が20%(w/v)以上、好ましくは23%(w/v)以上の、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液中でアルコール発酵能を有する。これにより、弱酸性〜酸性条件下での発酵が可能となるので、pHの調製など簡単な雑菌に対する対策をするだけで効率的なエタノール製造が実現できる。
【0021】
なお、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液の定義、すなわち、木本類、草本類、加水分解、糖液、pHの調整、固形分濃度などのそれぞれの定義については、後述する。
【0022】
アルコール発酵能を有するとは、エタノールをはじめとするアルコールを発酵する能力を備えることを意味する。具体的には、エタノールの生産量が0.55%(w/v)以上であることが好ましく、好ましくは0.6%(w/v)以上であることがより好ましい。また、既存種であるサッカロミセス セレビシエ NBRC0216(通称TAIKEN396)のエタノール生産量に対する比率で、2倍以上であることが好ましい。エタノールの生産量は、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上に調整された、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液中で継代培養を行い、3代継代後の培養液中のエタノール濃度として測定可能である。
【0023】
また、アルコール発酵能を発揮するために、上記pHの範囲の糖液中で生育可能であることが好ましい。生育可能とは、具体的には酵母の生存率が好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上であることを意味する。ここで酵母の生存率とは、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上に調整された培地に対し継代培養を行い、1代目の植菌時の発生コロニー数に対する次世代以後の発生コロニー数の割合の百分率を意味する。発生コロニー数は、MY培地での発生コロニー数から特定され得る。
【0024】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、発酵阻害物質に対し耐性を示す酵母であることが好ましい。発酵阻害物質とは、サッカロミセス属酵母のアルコール発酵を阻害する物質を意味し、その代表的なものとしては酢酸、フルフラール類、亜硫酸類が例示される。フルフラール類とは、フルフラールを骨格とする化合物群を意味し、例えば、フルフラール、ヒドロキシメチルフルフラール、メチルフルフラールが挙げられる。アルコール発酵用サッカロミセス属酵母が発酵阻害物質に対し耐性を示すことの確認は、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液から抽出されているかどうかで、或いは、酢酸およびフルフラール類から選ばれる発酵阻害物質を添加した培地中での生存率を調べることにより確認可能である。
【0025】
サッカロミセス セレビシエ NPC33846株は下記の性質を有する。
(1)コロニー観察(YM平板培地上28℃5日間後に観察)
周縁の形状:全縁
隆起状態:円錐形
表面形状:平滑
光沢及び性状:輝光、バター様、湿性
色調:白色からクリーム色
【0026】
(2)形態性状観察(YM平板培地上で28℃10日培養後、光学顕微鏡観察)
栄養細胞:球形−広楕円形
栄養増殖:多極出芽
子嚢:1−4個の球形子嚢胞子形成
【0027】
(3)26S rDNA−D1/D2塩基配列解析
アポロンDB−FU BLAST検索でSaccharomyces cereviseae NRRLY−12632と100%相同
GenBank/DDBJ/EMBL等の国際塩基配列データーベースでは、30種のサッカロミセス セレビシエと100%相同
【0028】
以上の性質から、本酵母は、サッカロミセス セレビシエ Meyen ex E.C.Hansenと推定された。
【0029】
また、サッカロミセス セレビシエ NPC33846株は下記の生理学的性状を有する。
【0030】
(1)糖類発酵性試験(+:positive −:negative W:weak S:Slow L:latent SW:Slow and weak)
Glucose「+」
α−Methyl−D−glucoside「−」
Melibiose「−」
Galactose「+」
Sucrose「+」
Raffinose「−」
Maltose「+」
Trehalose「−」
【0031】
(2)炭素源資化性試験
Glucose「+」
Trehalose「L」
D−Mannitol「−」 Galactose「+」
α−Methyl−D−glucoside「−」
Galactitol「−」
D−Glucosamine「−」
Salicin「−」
Inositol「−」
D−Ribose「−」
Melibiose「−」
D−Gluconate「−」
D−Xylose「−」
Lactose「−」
DL−Lsctate「L」
Sucrose「+」
Glycerol「−」
Ethanol「SW」
Maltose「+」
Ribitol「−」
【0032】
(3)窒素源資化性試験
Nitrate「−」
L−Lysin「−」
Cadaverine「−」
Ethyamin「−」
【0033】
(4)耐性試験
Growth at 30℃「+」
Growth at 37℃「+」
Growth at 40℃「+」
Growth at 45℃「−」
0.1%cycloheximide「−」
50%Glucose「+」
10%NaCl/5%Glucose「S」
【0034】
(5)ビタミン要求性試験
Vitamin−free「S」
【0035】
サッカロミセス セレビシエ NPC33846株の上記の生理学的性状を、Yeast:Characteristic and identification 第3版(Barenett et al.,2000)に記載されているサッカロミセス セレビシエ標準株と比較すると、NPC33846株は耐熱性及び耐糖性に優れていた。ここで耐熱性とは、高温下で長期間生存しうる能力を意味する。高温とは好ましくは35℃以上、より好ましくは40℃以上を意味する。長期間とは好ましくは1週間以上、より好ましくは1ヶ月以上を意味する。耐糖性とは、糖が多く含まれる条件下で長期間生存しうる能力を意味する。糖としては、グルコースが例示される。これらの具体例のうちの1種であってもよく2種類以上の合計量であってもよい。糖の濃度は好ましくは40重量%以上、より好ましくは50重量%以上を意味する。長期間とは好ましくは1週間以上、より好ましくは1ヶ月以上を意味する。
【0036】
本発明におけるアルコール発酵用のサッカロミセス属酵母は、そのゲノムDNA中の一部(遺伝子マーカー)に、既存のエタノール発酵能を有する菌株と比較して異なる部分(多型)を有することが好ましい。既存のエタノール発酵能を有する菌株としては、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216が例示される。遺伝子マーカーとしては、プライマーM13、N21、(GTG)5、(GAC)5、(GACA)5(それぞれ配列番号1〜配列番号5に記載される塩基配列参照)で増幅される塩基部分が例示され、これらのいずれかのプライマーで増幅される遺伝子マーカーに多型を有することが好ましく、すべての遺伝子マーカーに多型を有する異なることがより好ましい。遺伝子マーカーにおける多型の有無の確認を一例を挙げて説明すると次のとおりである。まず検体及び既存の菌株のそれぞれからゲノムDNAを常法により抽出する。このDNAを鋳型として、所定のプライマーでPCR(例えばRAPD、MSP−PCR等)を行い、遺伝子マーカーを増幅する。得られる増幅産物を電気泳動等で視覚化する。電気泳動パターンにおいて、バンドの部位に相違があるかどうかで、本発明によるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母かどうかを判断し得る。
【0037】
サッカロミセス セレビシエ NPC33846は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6)に、2009年(平成21年)3月26日付で寄託されており、その受託番号は、FERM P−21793である。
【0038】
本発明においては、アルコール発酵用のサッカロミセス属酵母を使用してエタノールを製造することにより、糖液の条件に左右されずにエタノールを効率よく得ることができる。特に、発酵における雑菌汚染対策として糖液のpHの酸性〜弱酸性への調整、発酵温度や固形分濃度の調整などを行なっても、安定的にエタノールが供給される。よって、本発明は、これらの雑菌汚染対策が採られることの多い、いわゆる菌体リサイクル連続発酵法(re−use法)によるエタノール製造に好適に用いられ得る。
【0039】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母の取得は、サッカロミセス属酵母を、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液に添加し発酵させ、アルコール発酵能を有する菌体を選抜することにより可能である。また、アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、そのゲノムDNA中の一部(遺伝子マーカー)に、既存のサッカロミセス属酵母のそれと比較して異なる部分(多型)を有するものとしても、選抜されうる。既存のエタノール発酵能を有する菌株、遺伝子マーカーについては、先に説明したとおりである。
【0040】
サッカロミセス セレビシエ NPC33846株の取得は次のようにして行われた。広葉樹を亜硫酸で加水分解(最高温度160℃)して糖液を得た。この糖液の濃縮液(固形分25〜30%、pH1.5〜2)から、アルコール発酵能を指標にして分離した。なお、サッカロミセス セレビシエ NPC33846株は糖液の濃縮液中に胞子として存在していたと推測され、分離時点でほぼ一種の酵母に純化していた。このような起源を持つため耐熱・耐酸性に優れた酵母が得られたものと推測される。
【0041】
本発明で用いる、アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は、微酸性下、例えばpH4.2〜5.5の条件でエタノール発酵を行っても、菌体の生存率が非常に高い。また木本や草本類の酸加水分解によって得られた糖液に含有される発酵阻害物質に対して、強い耐性を示す。よって、長期間、かつ連続的にアルコール生産が可能であり、雑菌汚染対策として、酸性の糖液を用いる場合でも、発酵安定性に優れ、菌の生存率も保たれるので、菌体を繰り返し使用するいわゆるRe−use法による発酵にも有用である。
【0042】
アルコール高発酵能サッカロミセス属酵母は、エタノールの製造に好適に用いられ得る。すなわち、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をエタノール発酵するにあたり、上記アルコール高発酵能サッカロミセス属酵母が使われ得る。
【0043】
木本類としては、各種の針葉樹(まつ、すぎ、つが、ひのき、ヘムロック、ダグラスファー、ラジアーパイン等)、広葉樹(ユーカリ、ハンノキ、ぶな、かば、なら、しい等)が挙げられる。これらの中から1種を選択して用いてもよいし、2種以上を選択し組み合わせて用いてもよい。
【0044】
草本類としては、わら、稲、麦等が挙げられる。これらの中から1種を選択して用いてもよいし、2種以上を選択し組み合わせて用いてもよい。
【0045】
本発明においては、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液が用いられる。すなわち、木本類を加水分解して得られる糖液、草本類を加水分解して得られる糖液、或いは、木本類および草本類を加水分解して得られる糖液が用いられる。中でも、木本類を加水分解して得られる糖液が好ましい。木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液は、パルプ製造の際の排液(パルプ排液)として得ることができる。
【0046】
加水分解の条件は特に限定されない。例えば、酸加水分解、アルカリ加水分解、酵素による加水分解などが挙げられる。このうち酸加水分解が好ましく、硫酸および亜硫酸のいずれか、あるいは両方による加水分解がより好ましく、亜硫酸による加水分解がさらに好ましい。なお、本発明において硫酸としては、硫酸およびその塩を用いることができ、また、亜硫酸としては、亜硫酸およびその塩を用いることができる。
【0047】
硫酸および/または亜硫酸による、木本類および/または草本類の加水分解の条件は特に限定されない。硫酸、亜硫酸、または、硫酸と亜硫酸の両方を、原料である木本類および/または草本類に添加して行うことができるが、硫酸と亜硫酸、亜硫酸と亜硫酸の塩、濃硫酸と希硫酸のいずれを用いるかによって、好ましい添加量、酸加水分解時の温度、酸加水分解時間が異なるため、適宜これらの条件を調整することが必要である。
【0048】
木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液は、アルコール発酵用酵母を作用させる前に、pH4.2〜5.5、好ましくはpH4.4〜4.8に調整(中和)することが好ましい。これにより、アルコール高発酵能のサッカロミセス属酵母の特性を充分に生かすことができる。また、エタノール製造における雑菌対策汚染対策を取りつつも高効率なエタノールの製造が可能である。糖液のpHの下限を上記数値とすることにより、アルコール高発酵能のサッカロミセス属酵母の活性を低下させずに発酵を進めることができる、などの利点がある。尚、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液が、pHの調整(中和)を行わなくとも上記pHの範囲内である場合には、pHの調整(中和)工程は省略することができる。
【0049】
糖液のpH調整は、水酸化マグネシウム、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、水酸化ナトリウムなどの試薬の添加などによればよく、特に限定されない。
【0050】
なお、加水分解に亜硫酸を用いる場合、加水分解終了段階で亜硫酸がブドウ酒等の保存剤として添加される量の10倍以上含まれている。亜硫酸は経験的にH++HSO3態が最も抗菌性が高いが、pH5前後(弱酸性)でこの形が増加する。よって、糖液のpHを5前後とすることにより、雑菌汚染を有効に防ぐことができる。糖液のpH5.5を超えると、上記した酵母は安定した発酵が可能であるが雑菌汚染が起こり易くなる上、加水分解によって得られた糖液にスラッジが生成し酵母分離の妨げや酵母劣化の原因となる。
【0051】
木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液は、その固形分濃度が20%(w/v)以上であることが好ましく、22%(w/v)以上であることがより好ましい。これにより、エタノール製造における雑菌対策汚染対策を取りつつも高効率なエタノールの製造が可能である。固形分濃度の上限は特に制限されないが、液比重が上がり酵母分離が困難になるおそれがあるので、30%(w/v)以下であることが好ましい。ここで、固形分濃度とは、培養開始時の糖液に含まれる固形分であって、発酵中に別途外添される糖分等は含まない。固形分の調整方法は特に問わないが、エバポレーター等の機器を用いる濃縮が例示される。
【0052】
木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液中の組成は、その原料である木本類、草本類の種類、加水分解の条件などによって異なり、一様に規定することはできないが、ヘキソースではグルコース、マンノース、ガラクトース、ペントースではキシロース、アラビノースなどの糖を含んでいる。
【0053】
本発明において、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をエタノール発酵する条件は、pH5前後の条件で生育可能であるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を用いるのであれば特に制限はない。具体的には、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液に対しアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を添加して、必要に応じて撹拌しつつ、発酵させればよい。発酵の際の温度は、通常は40℃以下であり、エタノール収率および酵母の生存率の点からは37℃以下であることが好ましい。また、下限は25℃以上であることが、発酵速度の低下のおそれを防ぐ点で好ましい。最も好ましくは、30℃〜35℃である。
【0054】
アルコール発酵用サッカロミセス属酵母は糖液に添加する前に前培養を行ってもよく、その場合の培地としては糖蜜培地、MY培地、YEPG培地などが例示される。発酵方式としては、通常糖液の発酵の際用いられる方式ならいずれも採用可能である。かかる発酵法式としては回分法、繰り返し回分発酵法、菌体リサイクル連続発酵法、固定化菌体法などが例示される。中でも菌体リサイクル連続発酵法(re−use法)は、本発明におけるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母の特色を生かして、雑菌汚染対策を採りつつ安定的なエタノール製造が可能となるので好ましい。
【0055】
re−use法は連続発酵において、菌体を繰り返し用いる方式である。すなわち、木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液にアルコール発酵用酵母を接種して発酵を行う工程(I)、および、前記酵母を回収して新しい前記糖液に供給して再び発酵を行う工程(II)を含む方式である。工程(II)については1度でもよいし、2度以上繰り返して行ってもよい。
【実施例】
【0056】
以下に実施例をもって本発明を説明する。
【0057】
(実施例1)
サッカロミセス セレビシエ NPC33846株とサッカロミセス セレビシエ NBRC0216との間で、ゲノムDNAの多型の比較を行った。
【0058】
まず両菌株を培養した。培地として、Yeast extract−malt extract broth(YM broth)(Kurtzman and Fell,1998)を用い、25℃、好気条件で1日間、往復振とう培養した。
【0059】
培養後の各菌株の菌体からゲノムDNAを抽出し、RAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法およびMSP−PCR(micro/minisatellite−primed polymerase chain reaction)法に基づき、多型の比較を行った。DNAの抽出は、キット(Genとるくん(登録商標)(酵母用)、TaKaRa Bio inc.,Otsu,Japan)を用いた。PCRは、永塚らの方法(Nagatsuka et al.,2005,J.Gen.Appl.Microbiol.,51,235−243)に従い、キット(TaKaRa Ex Taq(TaKaRa Bio inc.,Otsu,Japan)を用いて行った。プライマーとしては、M13(配列番号1、Andrighetto et al.,2000,Letters in Applied Microbiology,30,5−9参照)、N21(配列番号2、Naumova et al.,2003,FEMS Yeast Research 3,177−184参照)、(GTG)5(配列番号3、N21と同じ文献およびBaleiras et al,1996,Appl.Environ.Microbiol.Vol.62,No.1,41−46参照)、(GAC)5(配列番号4、N21および(GTG)5と同じ文献参照)、(GACA)5(配列番号5、(GTG)5と同じ文献参照)を用いた。PCRの産物を分析するため電気泳動を行った。電気泳動は、1.2% Agarose S(Nippon Gene Co.,Ltd.,Tokyo,Japan)とTBE bufferを用いて行った。
【0060】
各プライマーを用いたPCRの電気泳動の結果を、図1に示す。図1中、レーン1及びレーン2はそれぞれ、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216の結果及びサッカロミセス セレビシエ NPC33846株の結果を示す。Mは分子量マーカーを示す。
【0061】
図1から明らかなとおり、両菌株のバンドパターンには相違が見られた。このことから、サッカロミセス セレビシエ NPC33846株は、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216とは、遺伝子的にも別の菌株であることが明らかとなった。
【0062】
(実施例2)
国内産広葉樹雑木を主体とした材構成チップを亜硫酸蒸解(150℃、9時間)した時に発生した蒸解抽出液(固形分15%w/v)のロータリーエバポレーター濃縮液(固形分25%w/v)を水酸化マグネシウムでpH4.5に中和した。これを糖液培地(ヘキソース濃度1.9%、ペントース濃度4.3%)とした。
【0063】
別にサッカロミセス セレビシエ NPC33846(NPC33846株)及びサッカロミセス セレビシエ NBRC0216(通称TAIKEN396)をYEPG培地(グルコース4%、ポリペプトン2%、酵母エキス1%)100mlで30℃フルグロースまで生育させた。それぞれ分離・水洗浄して純水10mlに懸濁し、10mlの濃縮菌体水懸濁液とした。次いでそれぞれの濃縮菌体水懸濁液を、上記糖液培地90ml/200ml三角フラスコに添加し、30℃で、50rpmで撹拌しつつ、1晩発酵を行った。その後発酵液を遠心分離し、菌体を分離・洗浄して再び純水10mlに懸濁し、1回目と同じ培地90mlに添加し発酵を行った。
【0064】
これを計3回(代)繰り返した時の、培養液中のエタノール濃度およびNPC33846株とTAIKEN396株の生存率を、それぞれ表1および表2に示した。なお、生存率はYEPG(5%グルコース、1%ペプトン、0.5%酵母エキス、1.5%寒天)培地の平板培養(30℃、48時間)での発生コロニー数から測定し、各一代目植菌時濃縮菌体水懸濁液の発生数を100%として計算した。
【0065】
表1および表2から明らかなように、サッカロミセス セレビシエ NPC33846株では継代発酵をしても殆ど発酵率の低下はなく酵母の生存率も変わらなかったのに対し、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216では、発酵率が低く、かつ継代発酵が進むにつれ急速に酵母が死滅した。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
(実施例3)
国内産針葉樹雑木を主体とした材構成チップを実施例2と同様の条件で亜硫酸蒸解した時に発生した蒸解抽出液(固形分15%w/v)のロータリーエバポレーター濃縮液(固形分25%w/v)を水酸化マグネシウムでpH4.5に中和した。これを糖液培地(ヘキソース濃度3.7%、ペントース濃度1.8%)とした。この糖液に関し実施例2と同じ方法で継代エタノール発酵を行いNPC33846株とTAIKEN396株を比較した。培養液中のエタノール濃度およびNPC33846株とTAIKEN396株の生存率を、それぞれ表3および表4に示した。
【0069】
針葉樹由来の糖液の場合、サッカロミセス セレビシエの野生株が発酵可能なヘキソースが多いため、生成エタノール濃度が広葉樹と比較し高くなる。また発酵阻害物質も少ない事が知られている。
【0070】
しかし、表3および表4から明らかなように、糖液のpHが4.5の場合、サッカロミセス セレビシエ NPC33846は継代培養で安定して発酵が行われるのに対し、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216(通称TAIKEN396)では継代が進むにつれ、菌体の劣化によると推測される発酵性低下が顕著であり、急速な菌体の死滅が見られた。
【0071】
【表3】

【0072】
【表4】

【0073】
以上の実施例2および実施例3から、サッカロミセス セレビシエ NPC33846は、pHが、従来の糖液と比較して弱酸性に調整され、かつ、固形分濃度が20%(w/v)以上に調整された糖液に添加されても、アルコール発酵能力が阻害されないことが分かる。また、NPC33846株を用いれば、re−use法などのエタノール生産システムにおいて、雑菌汚染対策を講じつつも安定的なエタノールの供給が可能である。
【0074】
(実施例4) アルコール発酵時の耐酸性評価
実施例2と同じ広葉樹亜硫酸加水分解液濃縮液において、中和pHを3.9から5.6の間で変化させたものを用意した。別途培養した酵母(サッカロミセス セレビシエ NPC33846、サッカロミセス セレビシエ NBRC0216(通称TAIKEN396))を、それぞれの濃縮液に1%濃度で添加し、30℃で1日発酵を行った。この時のエタノールの生成濃度を測定した。結果を図2に示す。
【0075】
図2から、サッカロミセス セレビシエ NPC33846はTAIKEN396株と比較しpH5前後、特にpH5前後での耐久性、すなわち発酵段階でのpH耐久性に優れていることがわかる。
【受託番号】
【0076】
FERM P−21793

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液中で、アルコール発酵能を有する、アルコール発酵用サッカロミセス属酵母。
【請求項2】
サッカロミセス セレビシエ NPC33846株(FERM P−21793)である請求項1に記載のサッカロミセス属酵母。
【請求項3】
木本類および/または草本類を加水分解して得られる糖液をエタノール発酵するにあたり、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上の条件で生育可能であるアルコール発酵用サッカロミセス属酵母を用いる、エタノールの製造方法。
【請求項4】
前記糖液は、pH4.2〜5.5の糖液である、請求項3に記載のエタノールの製造方法。
【請求項5】
前記加水分解が、硫酸および/または亜硫酸による加水分解である、請求項3または4に記載のエタノールの製造方法。
【請求項6】
前記糖液は、固形分濃度が20%(w/v)以上である、請求項3〜5のいずれか一項に記載のエタノールの製造方法。
【請求項7】
前記エタノール発酵は、前記糖液に前記酵母を接種して発酵を行う工程、および前記酵母を回収して新しい前記糖液に供給して再び発酵を行う工程を含む、菌体リサイクル連続発酵である、請求項3〜6のいずれか一項に記載のエタノールの製造方法。
【請求項8】
サッカロミセス属酵母を、木本および/または草本類を加水分解して得られる糖液であって、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液に添加し発酵させることにより、pH4.2〜5.5でかつ固形分濃度が20%(w/v)以上である糖液中でアルコール発酵能を有するサッカロミセス属酵母を分離する方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−55756(P2011−55756A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−208387(P2009−208387)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(502368059)日本製紙ケミカル株式会社 (86)
【Fターム(参考)】