説明

アルツハイマー病モデル動物およびその用途

【課題】Aβの蓄積、神経原線維変化、神経変性というヒトAD脳における一連の病理を再
現し得る新規ADモデルマウスを提供すること。
【解決手段】ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含むADモデル非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が約7倍以上(ホモ
接合体においては約140倍以上)であることを特徴とする動物またはその生体の一部、さ
らに、対応する野生型動物と比較して、APPの発現量に有意な差がないことをさらなる特
徴とする、該動物またはその生体の一部。該動物またはその生体の一部を用いたアルツハイマー病予防・治療薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規アルツハイマー病モデル動物およびその用途に関する。より詳細には、本発明は、アミロイド前駆体蛋白質遺伝子内のアミロイドβペプチド(Aβ)配列がヒト
型に置換され、かつAβの生成を促進する遺伝子変異が導入されたアルツハイマー病モデ
ル非ヒト哺乳動物、並びに該モデル動物を用いたアルツハイマー病予防・治療薬のスクリーニング方法および該疾患の発症前診断法などに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人口の高齢化に伴って老年期認知症患者の増加が大きな社会問題となっている。老年期認知症の主な原因はアルツハイマー病(以下、「AD」と略記する場合がある)である。家族性アルツハイマー病(FAD)における遺伝子異常を手がかりに、老人斑や神経原
線維変化の形成機序などが次第に明らかにされつつある。
【0003】
老人斑の主要構成成分はAβと呼ばれる約40アミノ酸残基からなる凝集性の高いペプチ
ドであり、770アミノ酸からなるアミロイド前駆体蛋白質(APP)の一部が切り出されて生成する。FADで同定された原因遺伝子もしくは感受性遺伝子はいずれもAβの産生や蓄積を促進する方向に働くことから、Aβの蓄積がAD発症の原因と考えられ、精力的に研究が進
められてきた。AβはC末端側の切断部位(γ-セクレターゼ切断部位)の違いにより長さの異なるいくつかの分子種があり、主要なものとして40アミノ酸残基からなるAβ40と42
アミノ酸残基からなるAβ42がある。Aβ42の方がより凝集しやすく病原性が高いといわれている。
【0004】
スウェーデン変異として知られるFADにおいては、APP遺伝子のAβ部分の直前の2アミ
ノ酸残基に変異がみられ(非特許文献1)、総Aβ量が正常人に比べて顕著に上昇するこ
とが知られている。また、γ-セクレターゼ切断部位の直後の各アミノ酸残基に変異を導
入したインビトロでの研究から、APPの716番目のイソロイシン(Ile)をフェニルアラニン(Phe)に置換(I716F)すると、Aβ42/Aβ40比が約30倍上昇することが報告されている(非特許文献2)。但し、そのような変異を有するFADはこれまで全く報告されていない。
【0005】
疾患の病態解明と治療薬の開発には、疾患モデル動物の開発が不可欠である。ADモデルマウスとして、現在世界的に使用されているTg2576マウスは、スウェーデン変異を有するヒトAPP遺伝子を脳内で過剰発現するAPPトランスジェニック(Tg)マウスであり、老人斑の出現、学習記憶障害等のAD病理を再現することができた(非特許文献3)。しかし、その後の検討で、このマウスでは海馬で神経細胞やシナプスの消失は認められず、神経原線維変化、神経変性の再現が不十分であることがわかった。Tg2576マウス以外のAPP Tgマウス(例えば、非特許文献4および5を参照)や他の遺伝子を改変したADモデルマウス(例えば、非特許文献6および7を参照)でも、AD患者脳における病理の一部を再現するに留まり、ヒトで起こる一連の病理の全てを再現するには至っていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nat. Genet., 1(5): 345-7 (1992)
【非特許文献2】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96: 3053-8 (1999)
【非特許文献3】Science, 274: 99-102 (1996)
【非特許文献4】Nature, 373: 523-7 (1995)
【非特許文献5】Nature, 395: 755-6 (1998)
【非特許文献6】Nature, 383: 710-3 (1996)
【非特許文献7】Neuron, 17: 181-90 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、Aβの蓄積、神経原線維変化、神経変性というヒトAD脳における一連
の病理を再現し得る新規ADモデルマウスを提供することであり、該モデルマウスを用いて新規かつ有効なAD予防・治療薬を開発するとともに、ADの発症前早期診断法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明者らはまず、従来のAPP Tgマウスにおける問題点を検討し、以下の仮説を立てた。
(1) APPを非生理的に高発現しているため、軸索輸送に影響を与える可能性がある。
(2) Aβの切断に伴い、神経保護作用やプロテアーゼ阻害作用を有する可溶性断片(sAPP
)や転写制御に関与する細胞質断片(AICD)も過剰産生されるので、これらの影響(特にsAPPの神経保護作用が神経変性に対して抑制的に働く)が除外されず、厳密な意味でAD病理を的確に再現しているとは考えられない。
(3) プリオン蛋白(非特許文献3)、PDGF(非特許文献4)、Thy-1(非特許文献5)等
のプロモーターが使用されているので、本来APPを発現しAβを産生する神経細胞以外の神経細胞からもAβが非生理的に産生される。
さらに、(狭義の)Tgマウスに共通の問題点として、導入遺伝子が染色体上にランダムに挿入されることによる影響や、世代間における遺伝子発現量の変化などがある。
【0009】
以上の仮説に基いて、本発明者らは、APPを過剰発現させないように、マウスの内在性APP遺伝子のAβ部分を含む領域をヒト型に置換し、さらに病原性の高いAβ42の産生を増大させるべく、APP遺伝子内にいくつかの変異を導入したノックイン(KI)マウスを作製した。得られたKIマウスにおけるAβ42/Aβ40比を調べた結果、わずか8週齢の時点で既に、ヘテロ接合体において野生型の約7倍以上、ホモ接合体にいたっては実に野生型の約140倍以上にまで上昇していることが明らかとなった。かかる顕著なAβ42/Aβ40比の上昇は、既知のいずれのADモデルマウスにおいても観察されていない。
本発明者らは、これらの知見に基いてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
[1]ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含むADモデル非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が約7倍以上であることを
特徴とする動物またはその生体の一部;
[2]ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含むADモデル非ヒト哺乳動物であって、ホモ接合体での8週齢におけるAβ42/Aβ40比が、対応する野生型動物と比較して約140倍
以上であることを特徴とする動物またはその生体の一部;
[3]対応する野生型動物と比較して、APPの発現量に有意な差がないことをさらなる特
徴とする、上記[1]または[2]記載の動物またはその生体の一部;
[4]内在性APP遺伝子のAβコード配列がヒトAβをコードする配列で置換されたノック
イン動物である、上記[3]記載の動物またはその生体の一部;
[5]キメラAPP遺伝子に、Aβ42の産生を促進し得る1以上の変異が導入されていることを特徴とする、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部;
[6]変異がFADにおけるAPP遺伝子変異である、上記[5]記載の動物またはその生体の一部;
[7]変異がスウェーデン変異である、上記[6]記載の動物またはその生体の一部;
[8]ヒトAPP遺伝子の第716番目のIleを他のアミノ酸(例えば、Phe)に置換する変異が対応するマウスAPP遺伝子にさらに導入されていることを特徴とする、上記[6]または[
7]記載の動物またはその生体の一部;
[9]非ヒト哺乳動物がマウスまたはラットである、上記[1]〜[8]のいずれかに記
載の動物またはその生体の一部;
[10]非ヒト哺乳動物がマウスである、上記[9]記載の動物またはその生体の一部;[11]キメラAPP遺伝子についてのホモ接合体である、上記[1]〜[10]のいずれ
かに記載の動物またはその生体の一部;
[12]キメラAPP遺伝子についてのヘテロ接合体である、上記[1]〜[10]のいず
れかに記載の動物またはその生体の一部;
[13]上記[1]〜[12]のいずれかに記載の動物と、APP遺伝子以外の遺伝子改変
を有する神経変性疾患モデル非ヒト哺乳動物との交配により得られる動物またはその生体の一部;
[14]上記[1]〜[13]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内へのAβの蓄積を検定することを特徴とする、Aβの蓄積を抑制する物質のスクリーニング方法;
[15]上記[1]〜[13]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内の神経原線維変化を検出することを特徴とする、神経原線維変化を抑制する物質のスクリーニング方法;
[16]上記[1]〜[13]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内の病変を検出することを特徴とする、該病変を抑制する物質のスクリーニング方法;
[17]脳内の病変が神経変性または炎症反応である、上記[16]記載の方法;
[18]AD予防・治療薬のスクリーニング用である、上記[14]〜[17]のいずれかに記載の方法;
[19]AD予防・治療薬の薬効評価用である、上記[14]〜[17]のいずれかに記載の方法;
[20]上記[1]〜[13]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、Aβ蓄積部位における該被験物質の存在を検定することを特徴とする、Aβに対して親和性を有する物質のスクリーニング方法;および
[21]上記[1]〜[13]のいずれかに記載の動物またはその生体の一部から、ADの病態の発現の前後で採取した試料における遺伝子転写産物、遺伝子翻訳産物または代謝産物を網羅的に測定し、該病態の発現の前後で変動する物質を同定することを特徴とする、該病態のバイオマーカーのスクリーニング方法;
などを提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のADモデル動物は、APPを過剰発現することなく、Aβ、特にAβ42を高産生する
ので、APPによる軸索輸送への影響やsAPP断片による神経保護作用の影響を排除すること
ができ、Aβ42のより早い蓄積を実現するとともに、神経原線維変化や神経変性などの、
従来のADモデルにおいて十分に再現されなかったADの病理を再現し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】マウスAPPのAβおよびその周辺領域のアミノ酸配列、並びに本発明のKIマウスにおいて導入されたアミノ酸置換を示す図である。アミノ酸は一文字表記で示している。
【図2】マウスAPP遺伝子の標的配列領域(上段)と本発明で使用されたターゲッティングベクター(下段)を示す模式図である。
【図3】APP KIマウスと野生型マウスにおける8週齢でのAβ42およびAβ40の産生の比較を示す図である。(a)Aβ42およびAβ40のそれぞれの量を示している。(b)Aβ42/Aβ40比を示している。APPWT/WT:野生型マウス;APPWT/MT:ヘテロ接合体;APPMT/MT:ホモ接合体
【発明を実施するための形態】
【0013】
ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含む非ヒト哺乳動物(以下、「本発明のTg動物」という場合もある)は、ヒト型Aβを産生し得るキメラAPPをコードするDNAを発現可
能な状態で安定に保持する。「安定に保持」するとは、該動物の細胞内に該DNAが発現可
能な状態で永続的に存在することを意味し、該DNAが宿主染色体上に組み込まれていても
、あるいは染色体外DNAとして安定に存在していてもよいが、好ましくは、該DNAは宿主染色体上に組み込まれた状態で保持される。
【0014】
本発明のTg動物は、非ヒト哺乳動物の受精卵や、未受精卵、精子およびその前駆細胞(始原生殖細胞、卵原細胞、卵母細胞、卵細胞、精原細胞、精母細胞、精細胞等)などに、好ましくは受精卵の胚発生の初期段階(さらに好ましくは8細胞期以前)において、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、DEAE-デキストラン法などの遺伝子導入法によって、目的とするヒト型Aβを産生し得るキメラAPPをコードするDNAを導入することにより作製される。また、該遺伝子導入法により、非ヒト哺乳動物の体細胞、組織、臓器などに目的とするDNAを導入し、細胞培養、組織培養などに利用することもでき、さらに、この細胞を上述の胚(もしくは生殖)細胞と公知の細胞融合法を用いて融合させることによりTg動物を作製することもできる。あるいは、ノックアウト動物を作製する場合と同様に、非ヒト哺乳動物の胚性幹細胞(ES細胞)に上記の遺伝子導入法を用いてヒト型Aβのコード配列を含むDNAを導入し、予め該DNAが安定に組み込まれたクローンを選択した後に、該ES細胞を胚盤胞に注入するかあるいはES細胞塊と8細胞期胚とを凝集させてキメラマウスを作製し、生殖系列に導入DNAが伝達されたものを選択することによってもTg動物を得ることが可能である。
しかしながら、本発明のADモデル動物は、好ましくは対応する野生型動物と比較してAPPの発現量に有意な差がないことを特徴とするので、内在性APP遺伝子のAβコード配列部分がヒトAβをコードする配列で置換されたノックイン(KI)動物であることが望ましい。したがって、好ましくは、本発明のTg動物は、ES細胞へ、目的DNAを適当なターゲッティングベクターを用いて導入し、相同組換えにより内在性APP遺伝子のAβコード配列をヒトAβをコードする配列で置換することにより作製される。
以下、本発明のADモデル動物に関し、KI動物を例にとって詳細に説明するが、(i)ヒト
型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含み、且つ(ii)8週齢におけるAβ42/Aβ40比が、対応する野生型動物と比較して約7倍以上である限り、好ましくはさらに、(iii)対応する野生型動物と比較してAPPの発現量に有意な差がない限り、KI技術以外の手法で作製される
動物もまた、本発明のADモデル動物に包含される。
【0015】
また、このようにして作製されたTg動物(好ましくはKI動物)の生体の一部(例えば、(1)キメラAPPをコードするDNAを安定に保持する細胞、組織、臓器など、(2)これらに由来する細胞または組織を培養し、必要に応じて継代したものなど)も、本発明の「ヒト型A
βを産生し得るキメラAPP遺伝子を発現可能な状態で保持する非ヒト哺乳動物の生体の一
部」として、本発明の「ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を発現可能な状態で保持する非ヒト哺乳動物」と同様な目的に用いることができる。
本発明のTg動物(好ましくはKI動物)の生体の一部としては、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳等)の組織片および細胞などが好ましく例示される。
【0016】
本発明で対象とし得る「非ヒト哺乳動物」(レシピエント動物)は、トランスジェニック系(KI動物の場合はノックアウト系)が確立されたヒト以外の哺乳動物であれば特に制限はなく、例えば、マウス、ラット、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスターなどが挙げられる。好ましくは、疾患モデル動物作製の面から個体発生および生物サイクルが比較的短く、繁殖が容易な齧歯動物がより好ましく、とりわけマウス(例えば、純系としてC57BL/6系統、BALB/c系統、C3H系統、FVB系統、DBA2系統など、交雑系としてB6C3F1系統、BDF1系統、B6D2F1系統、ICR系統など)およびラット(例えば、Wistar、SDなど)が好ましい。
また、哺乳動物以外にもニワトリなどの鳥類が本発明で対象とする「非ヒト哺乳動物」と同様の目的に用いることができる。
【0017】
本発明のADモデル動物が有するキメラAPP遺伝子は、ヒト型Aβを産生し得るものである。例えば、非ヒト哺乳動物がマウスの場合、マウスの内在性Aβは、5番目(APPで言えば676番目)のアミノ酸がArgではなくGlyである点、10番目(APPで言えば681番目)のアミノ酸がTyrではなくPheである点、および13番目(APPで言えば684番目)のアミノ酸がHisではなくArgである点で、ヒトAβと相違する。従って、本発明のADモデルマウスにおけるキメラAPP遺伝子は、マウスの内在性APP遺伝子の676、681および684番目のアミノ酸をコードするコドンが対応するヒト型Aβのアミノ酸残基をコードするように置換されている(図1)。
【0018】
本発明のADモデル動物は、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が、対応する野生型動物と比較して約7倍以上であることを特徴とする。このような顕著なAβ42の産生増加を達成するために、本発明のADモデル動物におけるキメラAPP遺伝子は、上記ヒト型Aβ、特にAβ42の
切り出しが促進されるように遺伝子操作されたものであることがより好ましい。したがって、本発明はまた、キメラAPP遺伝子に、Aβ42の産生を促進し得る1以上の変異が導入されていることをさらなる特徴とするADモデル動物を提供する。
具体的には、該キメラAPP遺伝子に導入され得る、Aβ42の産生を促進し得る変異としては、例えば、FADにおいて見出されているAPP遺伝子変異が挙げられる。そのような変異としては、スウェーデン変異(APPの670番目のLysおよび671番目のMetがそれぞれAsnおよびLeuで置換されている(図1);「K670N」および「M671L」と略記する場合がある)、ハ
ーディー(Hardy)変異(APPの717番目のValがIle、PheもしくはGlyで置換されている)
、あるいはAPPの692番目のAlaおよび693番目のGluがそれぞれGlyで置換される変異等が挙げられるが、それらに限定されない。あるいは、FADで見出される以外の、Aβ42の産生を促進し得る変異として、例えば、Aβの切り出しに影響を与えるβ-およびγ-セクレター
ゼ切断部位周辺のアミノ酸残基における変異が挙げられる。具体例として、上記非特許文献2において、インビトロでAβ42/Aβ40比を上昇させることが報告されている、ヒトAPPの714番目のThr、716番目のIle、717番目のVal(該変異はHardy変異としてFADでも見出されている)、720番目のLeuおよび722番目のMetのいずれかを他のアミノ酸、例えばPhe等
で置換する変異などが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、FADにおける
変異としてスウェーデン変異が、その他の変異としてヒトAPPの716番目のIleを他のアミ
ノ酸(例えばPhe(図1);「I716F」と略記する場合がある)に置換する変異が挙げられる。
【0019】
上述のように、本発明のADモデル動物は、APPによる軸索輸送への影響やsAPP断片によ
る神経保護作用の影響を回避するために、APPを過剰産生しないことが好ましく、対応す
る野生型動物と比較してAPP産生量に有意差がないことがより好ましい。従って、好まし
い実施態様において、本発明のADモデル動物は、相同組換えを用いた遺伝子ターゲッティングにより、少なくともレシピエント動物の内在性APP遺伝子のAβコード領域がヒト型に置換されたノックイン(KI)動物である。
【0020】
KI動物は、基本的にノックアウト(KO)動物と同様の手法に従って作製することができる。APP遺伝子のAβ部分をコードする塩基配列は、第16〜17エクソン中に存在するので[配列番号1(該配列はマウス第16番染色体の塩基配列(NCBIデータベースにGenBank accession No. NC_000082, Version NC_000082.4 GI: 94471502として登録されているもの)の塩基番号84837873〜85057149で示される塩基配列(相補鎖)である)および図2を参照]、例えば、レシピエント動物由来のAPP遺伝子のこれらの領域を適当な制限酵素を用いて切除し、代わりにヒトAPP遺伝子の対応する領域を挿入することにより得られるDNAを含むターゲッティングベクターを、常法に従ってレシピエント動物由来の胚性幹細胞(ES細胞)に導入し、相同組換えにより該動物の内在性APP遺伝子座にヒトAβをコードするDNAが組み込まれたES細胞クローンを選択すればよい。ヒトAPP遺伝子の対応する領域は、ヒトAPP遺伝子を同様に適当な制限酵素で処理して切り出すこともできるし、あるいは、ヒトAPP遺伝子を鋳型として部位特異的変異誘発によりヒトAβ部分をコードする塩基配列を含むDNAを合成することもできる。本発明の好ましい実施態様においては、キメラAPP遺伝子はAβ(特にAβ42)の切り出しを促進する遺伝子変異を含むので、それらの変異部位を含めて、部位特異的変異誘発によりヒトAPP遺伝子フラグメントを合成することがより好ましい。
【0021】
上述のようにAβをコードする領域は第16および17エクソンに跨るが、APPのコード領域は第18エクソンまでであるので、好ましい一実施態様においては、Aβ部分をヒト型に置
換し、さらにAβ(特にAβ42)の切り出しを促進する変異を含む第16および17エクソンを連結し、これにさらに第18エクソン部分を連結した配列を合成し、その下流に、ポリアデニレーション(polyA)シグナル(ターミネーターとも呼ばれる)配列を配置して、キメラAPP mRNAの転写を終結させるように操作することもできる(図2)。例えば、ウイルス遺
伝子由来、あるいは各種哺乳動物または鳥類の遺伝子由来のターミネーター配列を用いて、効率よいキメラAPP遺伝子の発現を達成することができる。好ましくは、シミアンウイルスのSV40ターミネーターなどが用いられる。
【0022】
該ターゲッティングベクターは、相同組換えを可能にするために、標的であるレシピエント動物の内在性APP遺伝子に相同な領域を、ヒトAPP遺伝子フラグメントの5’側および3’側に含む(図2における6.6kbのHindIII-XbaI断片(XbaI認識サイトはスウェーデン変異の導入により第16エクソン中に生じる)および4.6kbのBamHI-SacI断片が、それぞれ5’側および3’側アームに相当する)。
【0023】
また、該ターゲッティングベクターは、DNAの組み込みを確認するために薬剤耐性遺伝
子やレポーター遺伝子などの選択マーカー遺伝子(ポジティブ選択用マーカー遺伝子)が挿入されたものであることが好ましい。例えば、薬剤耐性遺伝子として、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(nptII)遺伝子、ハイグロマイシンホスホトランスフェラー
ゼ(hpt)遺伝子など、レポーター遺伝子として、β-ガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子などが挙げられるがそ
れらに限定されない。該ポジティブ選択用マーカー遺伝子は、レシピエント動物細胞内で機能し得る任意のプロモーターを含む発現カセットの形態であることが好ましい。ポジティブ選択用マーカー遺伝子は、ターゲッティングベクターの、標的配列に相同な5’および3’側アームの内側に挿入される。
【0024】
ポジティブ選択用マーカー遺伝子がキメラAPP遺伝子の発現を妨げる場合があるので、
ポジティブ選択用マーカー遺伝子の両端にloxP配列もしくはfrt配列を配したターゲッテ
ィングベクターを用い、相同組換え体選択後の適当な時期にCreもしくはFlpリコンビナーゼまたは該リコンビナーゼ発現ベクター(例:アデノウイルスベクターなど)を作用させることにより、ポジティブ選択用マーカー遺伝子を切り出すことが好ましい。あるいは、Cre-loxP系やFlp-frt系を用いる代わりに、ポジティブ選択用マーカー遺伝子の両端に標
的配列と相同な配列を同方向に繰り返して配置し、該配列間での遺伝子内組換えを利用してポジティブ選択用マーカー遺伝子を切り出してもよい。
【0025】
また、通常、哺乳動物における遺伝子組換えは大部分が非相同的であり、導入されたDNAは染色体の任意の位置にランダムに挿入される。したがって、薬剤耐性遺伝子の発現を検出するなどの選択によっては相同組換えにより標的となる内在性APP遺伝子にターゲッティングされたクローンのみを効率よく選択することができず、選択されたすべてのクローンについてサザンハイブリダイゼーション法もしくはPCR法による組込み部位の確認が必要となる。そこで、ターゲッティングベクターの標的配列に相同な領域の外側に、ネガティブ選択用マーカー遺伝子として、例えばガンシクロビル感受性を付与する単純ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ(HSV-tk)遺伝子を連結しておけば、該ベクターがランダムに挿入された細胞はHSV-tk遺伝子を有するため、ガンシクロビル含有培地では生育できないが、相同組換えにより内在性APP遺伝子座にターゲッティングされた細胞はHSV-tk遺伝子を有しないので、ガンシクロビル耐性となり選択される。あるいは、HSV-tk遺伝子の代わりに、例えばジフテリア毒素(DT)遺伝子を連結すれば、該ベクターがランダムに挿入された細胞は自身の産生する該毒素によって死滅するので、薬剤非存在下で相同組換え体を選択することもできる。出現した耐性コロニーをそれぞれ培養プレートに移してトリプシン処理、培地交換を繰り返した後、一部を培養用として残し、残りをPCRもしくはサザンハイブリダイゼーションにかけて導入DNAの存在を確認する。
【0026】
ヒトAPP遺伝子フラグメント、ターミネーター、標的配列に相同な5’および3’側アー
ム、並びにポジティブおよびネガティブ選択用マーカー遺伝子を担持するベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミド、λファージなどのバクテリオファージ、モロニー白血病ウイルスなどのレトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルスまたはバキュロウイルスなどの動物もしくは昆虫ウイルスなどが用いられる。なかでも、プラスミド(好ましくは大腸菌由来、枯草菌由来または酵母由来、特に大腸菌由来のプラスミド)や、動物ウイルス(好ましくはレトロウイルス、レンチウイルス)が好ましい。
【0027】
上記のヒトAPP遺伝子フラグメント、ターミネーター、標的配列に相同な5’および3’
側アーム、並びにポジティブおよびネガティブ選択用マーカー遺伝子などは、適当な制限酵素およびDNAリガーゼ等を用いた通常の遺伝子工学的手法により、上記のベクター中に
正しい配置で挿入することができる。
【0028】
ES細胞は胚盤胞期の受精卵の内部細胞塊(ICM)に由来し、インビトロで未分化状態を
保ったまま培養維持できる細胞をいう。ICMの細胞は将来、胚本体を形成する細胞であり
、生殖細胞を含むすべての組織の基になる幹細胞である。ES細胞としては、既に樹立された細胞株を用いてもよく、また、EvansとKaufmanの方法(ネイチャー(Nature)第292巻
、154頁、1981年)に準じて新しく樹立したものでもよい。例えば、マウスES細胞の場合
、現在、一般的には129系マウス由来のES細胞が使用されているが、免疫学的背景がはっ
きりしていないので、これに代わる純系で免疫学的に遺伝的背景が明らかなES細胞を取得するなどの目的で、例えば、C57BL/6マウスやC57BL/6の採卵数の少なさをDBA/2との交雑
により改善したBDF1マウス(C57BL/6とDBA/2とのF1)から樹立されるES細胞なども良好に用いることができる。BDF1マウスは、採卵数が多く、かつ卵が丈夫であるという利点に加えて、C57BL/6マウスを背景に持つので、これ由来のES細胞は疾患モデルマウスを作製し
たとき、C57BL/6マウスと戻し交雑することでその遺伝的背景をC57BL/6マウスに代えることが可能である点で有利に用い得る。
【0029】
ES細胞の調製は、例えば以下のようにして行うことができる。交配後の雌非ヒト哺乳動物[例えばマウス(好ましくはC57BL/6J(B6)などの近交系マウス、B6と他の近交系とのF1など)を用いる場合は、約2ヶ月齢以上の雄マウスと交配させた約8〜約10週齢程度の雌マウス(妊娠約3.5日)が好ましく用いられる]の子宮から胚盤胞期胚を採取して(ある
いは桑実胚期以前の初期胚を卵管から採取した後、胚培養用培地中で上記と同様にして胚盤胞期まで培養してもよい)、適当なフィーダー細胞(例えばマウスの場合、マウス胎仔から調製される初代繊維芽細胞や公知のSTO繊維芽細胞株等)層上で培養すると、胚盤胞
の一部の細胞が集合して将来胚に分化するICMを形成する。この内部細胞塊をトリプシン
処理して単細胞を解離させ、適切な細胞密度を保ち、培地交換を行いながら、解離と継代を繰り返すことによりES細胞が得られる。
【0030】
ES細胞は雌雄いずれを用いてもよいが、通常雄のES細胞の方が生殖系列キメラを作製するのに都合が良い。また、煩雑な培養の手間を削減するためにもできるだけ早く雌雄の判別を行なうことが望ましい。ES細胞の雌雄の判定方法としては、例えば、PCR法によりY染色体上の性決定領域の遺伝子を増幅、検出する方法が、その1例としてあげることができ
る。この方法を使用すれば、従来、核型分析をするのに約106個の細胞数を要していたの
に対して、1コロニー程度のES細胞数(約50個)で済むので、培養初期におけるES細胞の
第一次セレクションを雌雄の判別で行なうことが可能であり、早期に雄細胞の選定を可能にしたことにより培養初期の手間は大幅に削減できる。
また、第二次セレクションとして、例えば、G-バンディング法による染色体数の確認等により行うことができる。得られるES細胞の染色体数は正常数の100%が望ましいが、細胞株樹立の際の物理的操作等の関係上困難な場合は、ES細胞への遺伝子導入の後、正常細胞(例えば、マウスでは染色体数が2n=40である細胞)に再びクローニングすることが望ま
しい。
【0031】
このようにして得られるES細胞株は、未分化幹細胞の性質を維持するために注意深く継代培養することが必要である。例えば、STO繊維芽細胞のような適当なフィーダー細胞上
で、分化抑制因子として知られるLIF(1〜10,000U/ml)存在下に炭酸ガス培養器内(好ましくは、5%炭酸ガス/95%空気または5%酸素/5%炭酸ガス/90%空気)で約37℃で培養するな
どの方法で培養し、継代時には、例えば、トリプシン/EDTA溶液(通常0.001〜0.5%トリプシン/0.1〜5mM EDTA、好ましくは約0.1%トリプシン/1mM EDTA)処理により単細胞化し、
新たに用意したフィーダー細胞上に播種する方法などがとられる。このような継代は、通常1〜3日毎に行なうが、この際に細胞の観察を行い、形態的に異常な細胞が見受けられた場合はその培養細胞は放棄することが望まれる。
ES細胞は、適当な条件により、高密度に至るまで単層培養するか、または細胞集塊を形成するまで浮遊培養することにより、頭頂筋、内臓筋、心筋などの種々のタイプの細胞に分化させることが可能であり〔M. J. Evans及びM. H. Kaufman, ネイチャー(Nature)第292巻、154頁、1981年;G. R. Martin, プロシーディングズ・オブ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンシーズ・ユーエスエー(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.)第78巻
、7634頁、1981年;T. C. Doetschmanら, ジャーナル・オブ・エンブリオロジー・アンド・エクスペリメンタル・モルフォロジー、第87巻、27頁、1985年〕、ターゲッティングベクターを導入されたES細胞を分化させて得られるキメラAPP遺伝子発現非ヒト哺乳動物細胞は、インビトロにおけるヒトAβの細胞生物学的検討において有用である。
【0032】
ES細胞への遺伝子導入には、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、レトロウイルス感染法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、DEAE-デキストラン法などの
いずれも用いることができるが、簡便に多数の細胞を処理できること等の点からエレクトロポレーション法が一般的に選択されている。エレクトロポレーションには通常の動物細胞への遺伝子導入に使用されている条件をそのまま用いればよく、例えば、対数増殖期にあるES細胞をトリプシン処理して単一細胞に分散させた後、106〜108細胞/mlとなるよう
に培地に懸濁してキュベットに移し、ターゲッティングベクターを10〜100μg添加し、200〜600V/cmの電気パルスを印加することにより行なうことができる。
【0033】
導入DNAが組み込まれたES細胞は、単一細胞をフィーダー細胞上で培養して得られるコ
ロニーから分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることによっても検定することができるが、ES細胞を用いるトランスジェニック系の最大の長所は、薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子の発現を指標として細胞段階で形質転換体を選択できることである。一方、相同組換えによる組み込みの確認は、上記HSV-tkやDT遺伝子などのネガティブ選択用マーカー遺伝子を用いた選択により行うことが出来る。例えば、ポジティブ選択用マーカー遺伝子としてnptII遺伝子、ネガティブ選
択用マーカー遺伝子としてHSV-tk遺伝子を含むベクターを用いた場合、遺伝子導入処理後のES細胞を、G418などのネオマイシン系抗生物質およびガンシクロビルを含有する培地中で培養し、出現した耐性コロニーをそれぞれ培養プレートに移してトリプシン処理、培地交換を繰り返した後、一部を培養用として残し、残りをPCRもしくはサザンハイブリダイ
ゼーションにかけて導入DNAの存在を確認する。
【0034】
導入DNAの組込みが確認されたES細胞を同種の非ヒト哺乳動物由来の胚内に戻すと、宿
主胚のICMに組み込まれてキメラ胚が形成される。これを仮親(受胚用雌)に移植してさ
らに発生を続けさせることにより、キメラKI動物が得られる。キメラ動物の中でES細胞が将来卵や精子に分化する始原生殖細胞の形成に寄与した場合には、生殖系列キメラが得られることとなり、これを交配することにより導入DNAが遺伝的に固定されたKI動物を作製
することができる。
【0035】
キメラ胚の作製方法としては、桑実胚期までの初期胚同士を接着させて集合させる方法(集合キメラ法)と、胚盤胞の割腔内に細胞を顕微注入する方法(注入キメラ法)とがある。ES細胞によるキメラ胚の作製においては従来より後者が広く行なわれているが、最近では、8細胞期胚の透明帯内へのES細胞の注入により集合キメラを作る方法や、マイクロ
マニピュレーターが不要で操作が容易な方法として、ES細胞塊と透明帯を除去した8細胞
期胚とを共培養して凝集させることによって集合キメラを作製する方法も行われている。
いずれの場合も、宿主胚は受精卵への遺伝子導入における採卵用雌として使用され得る非ヒト哺乳動物から同様にして採取することができるが、例えばマウスの場合、キメラマウス形成へのES細胞の寄与率を毛色(コートカラー)で判定し得るように、ES細胞の由来する系統とは毛色の異なる系統のマウスから宿主胚を採取することが好ましい。例えば、ES細胞が129系マウス(毛色:アグーチ)由来であれば、採卵用雌としてC57BL/6マウス(毛色:ブラック)やICRマウス(毛色:アルビノ)を用い、ES細胞がC57BL/6もしくはDBF1マウス(毛色:ブラック)由来やTT2細胞(C57BL/6とCBAとのF1(毛色:アグーチ)由来)であれば、採卵用雌としてICRマウスやBALB/cマウス(毛色:アルビノ)を用いることができる。
また、生殖系列キメラ形成能はES細胞と宿主胚との組み合わせに大きく依存するので、生殖系列キメラ形成能の高い組み合わせを選択することがより好ましい。例えばマウスの場合、129系統由来のES細胞に対してはC57BL/6系統由来の宿主胚等を用いることが好ましく、C57BL/6系統由来のES細胞に対してはBALB/c系統由来の宿主胚等が好ましい。
採卵用雌マウスは約4〜約6週齢程度が好ましく、交配用の雄マウスとしては約2〜約8ヶ月齢程度の同系統のものが好ましい。交配は自然交配によってもよいが、好ましくは性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン、次いで黄体形成ホルモン)を投与して過剰排卵を誘起した後に行なわれる。
【0036】
胚盤注入法による場合は、胚盤胞期胚(例えばマウスの場合、交配後約3.5日)を採卵
用雌の子宮から採取し(あるいは桑実胚期以前の初期胚を卵管から採取した後、上述の胚培養用培地中で胚盤胞期まで培養してもよい)、マイクロマニピュレーターを用いて胚盤胞の割腔内にキメラAPP遺伝子を含むES細胞(約10〜約15個)を注入した後、偽妊娠させ
た受胚用雌非ヒト哺乳動物の子宮内に移植する。受胚用雌非ヒト哺乳動物は受精卵への遺伝子導入における受胚用雌として使用され得る非ヒト哺乳動物を同様に用いることができる。
共培養法による場合は、8細胞期胚および桑実胚(例えばマウスの場合、交配後約2.5日)を採卵用雌の卵管および子宮から採取して(あるいは8細胞期以前の初期胚を卵管から採取した後、上述の胚培養用培地中で8細胞期または桑実胚期まで培養してもよい)酸性タイロード液中で透明帯を溶解した後、ミネラルオイルを重層した胚培養用培地の微小滴中にキメラAPP遺伝子を含むES細胞塊(細胞数約10〜約15個)を入れ、さらに上記8細胞期胚または桑実胚(好ましくは2個)を入れて一晩共培養する。得られた桑実胚または胚盤胞を上記と同様にして受胚用雌非ヒト哺乳動物の子宮内に移植する。
【0037】
移植胚が首尾よく着床し受胚雌が妊娠すれば、自然分娩もしくは帝王切開によりキメラ非ヒト哺乳動物が得られる。自然分娩した受胚雌にはそのまま哺乳を継続させればよく、帝王切開により出産した場合は、産仔は別途用意した哺乳用雌(通常に交配・分娩した雌非ヒト哺乳動物)に哺乳させることができる。
生殖系列キメラの選択は、まずES細胞の雌雄が予め判別されている場合はES細胞と同じ性別のキメラマウスを選択し(通常は雄性ES細胞が使用されるので、雄キメラマウスが選
択される)、次いで毛色等の表現型からES細胞の寄与率が高いキメラマウス(例えば、50%以上)を選択する。例えば、129系マウス由来の雄性ES細胞であるD3細胞とC57BL/6マウス由来の宿主胚とのキメラ胚から得られるキメラマウスの場合、アグーチの毛色の占める割合の高い雄マウスを選択するのが好ましい。選択されたキメラ非ヒト哺乳動物が生殖系列キメラであるか否かの確認は、適当な系統の同種動物との交雑により得られるF1動物の表現型に基づいて行なうことができる。例えば、上記キメラマウスの場合、アグーチはブラックに対して優性であるので、雌C57BL/6マウスと交雑すると、選択された雄マウスが生殖系列キメラであれば得られるF1の毛色はアグーチとなる。
【0038】
上記のようにして得られるキメラAPP遺伝子を含む生殖系列キメラ非ヒト哺乳動物(フ
ァウンダー)は、通常、相同染色体の一方にのみ導入DNAを有するヘテロ接合体として得
られる。相同染色体の両方にキメラAPP遺伝子を含むホモ接合体を得るためには、上記の
ようにして得られるF1動物のうち相同染色体の一方にのみ導入DNAを有するヘテロ接合体
の兄妹同士を交雑すればよい。ヘテロ接合体の選択は、例えばF1動物の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーションまたはPCR法によりスクリーニングすることにより検定することができる。得られるF2動物の1/4がホモ接合体となる。
【0039】
発現ベクターとしてウイルスを用いる場合の一実施態様として、導入DNAを含むウイル
スで、非ヒト哺乳動物のES細胞を感染させる方法が挙げられる(例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 第99巻, 第4号, 第2140-2145頁, 2002年参照)。例えば、レトロウイルスやレンチウイルスを用いる場合、ディッシュなどの適当な培養器に細胞(受精卵は透明帯を除いておくことが好ましい)を播き、培養液にウイルスベクターを加えて(所望によりポリブレンを共存させてもよい)、1〜2日間培養後、初期胚であれば、上述のように偽妊娠させた受胚用雌非ヒト哺乳動物の卵管または子宮内に移植し、ES細胞であれば、上述のようにG418やハイグロマイシンおよびガンシクロビルなどの選択薬剤を添加して培養を続け、ベクターが組み込まれた細胞を選択する。
さらに、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 第98巻, 第13090-13095頁, 2001年に記載され
るように、雄非ヒト哺乳動物から採取した精原細胞をSTOフィーダー細胞と共培養する間
にウイルスベクターに感染させた後、雄性不妊非ヒト哺乳動物の精細管に注入して雌非ヒト哺乳動物と交配させてることにより、効率よくキメラAPPへテロKI(+/-)産仔を得ることができる。
【0040】
本発明のADモデル動物は、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が、対応する野生型動物と比較して約7倍以上であることを特徴とする。わずか8週齢において、Aβ42/Aβ40比が約7倍以上になる表現型は、従来公知のいずれのADモデルマウスでも見出されておらず、本発明のADモデル動物は、きわめて早期から、ヒトAD病理における初期像であるヒトAβ(特にAβ42)の蓄積を再現できる点で有用である。
特に、本発明の特に好ましい態様である、Aβ(特にAβ42)の切り出しを促進する変異(好ましくはスウェーデン変異およびI716F変異)を有するキメラAPP遺伝子KI動物においては、ヘテロ接合体でも、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が野生型動物に対して約7倍程度
であり、ホモ接合体にいたっては、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が野生型動物の約140倍
以上にまで上昇する。ホモ接合体におけるこの数値は、70ないし80代のヒト健常者脳におけるAβ42/Aβ40比に匹敵する。Aβ分解酵素であるネプリライシン遺伝子やAβ産生酵素
であるプレセニリン(PS)1遺伝子の異常による研究などから、脳内Aβ42量のわずかな上昇(例えば、1.5倍)がADの発症年齢を決定している可能性が示唆されることを考えれば
、本発明のADモデル動物が従来にない優れた特性を有していることは明らかであろう。
【0041】
また、本発明のADモデル動物、特にキメラAPP遺伝子KI動物は、ランダムに多コピー数
のAPP遺伝子が染色体上に組み込まれた従来公知のAPP Tg動物とは異なり、レシピエント
動物に内在のAPP遺伝子のAβコード領域がヒト型に置換されており、APP遺伝子のコピー
数に変化はなく、またAPP遺伝子の発現は内在性プロモーターによって制御されることか
ら、APPの発現量は、対応する野生型動物と実質的に同等であり、有意差はない。そのた
め、従来公知のAPP TgマウスにおけるAPPの過剰発現に伴うアーティファクト(例えば、sAPP断片による神経保護作用やAPP自体による軸索輸送への影響等)を生じる懸念がなく、Aβ42の蓄積が脳内の病態によりストレートに反映され得る。したがって、本発明のADモデル動物は、神経原線維変化(タウの蓄積)や神経変性といった、従来公知のADモデルマウスでは十分に再現されなかったAD病理が再現され得ると期待される。
【0042】
本発明はまた、上記ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含むことに加えて、APP
遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝子改変を有する非ヒト哺乳動物またはその生体の一部を提供する。
「APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝子改変」としては、例えば、FADにおいて見出されているPS1およびPS2遺伝子における変異、アポリポ蛋白E(ApoE)におけるApoE4遺伝子多型、ネプリライシン遺伝子の欠損、タウ遺伝子における変異等の自然突然変異もしくは遺伝子多型、さらには、それらの遺伝子のTgもしくはKI、神経変性に保護的に作用する遺伝子のKO、ノックダウン(アンチセンスDNAや中和抗体をコードするDNAの導入により遺伝子発現が検出不可能もしくは無視し得る程度にまで低下したTg動物)もしくはドミナントネガティブ変異の導入などが含まれる。
【0043】
ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含む動物に、APP遺伝子以外の神経変性疾患
に関与する遺伝子改変を導入する方法は特に制限はなく、例えば、(1) キメラAPP遺伝子
を含む動物と、APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝子改変を有する同種の非ヒ
ト哺乳動物とを交雑する方法;(2) APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝子改変
を有する非ヒト哺乳動物のES細胞に、上述の方法によりヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を導入してKI動物を得る方法;(3) ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を導入された非ヒト哺乳動物の初期胚やES細胞に、APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺
伝子改変を導入する方法等が挙げられる。APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝
子改変を有する非ヒト哺乳動物が既存の場合、簡便性を考慮すれば、上記(1)の交雑によ
る方法が好ましい。
【0044】
APP遺伝子以外の神経変性疾患に関与する遺伝子改変を有する公知の疾患モデルとして
は、例えば、上記非特許文献6および7記載のマウス、ApoE KO(-/-)マウス、ネプリライシン KOマウスなどが挙げられるが、それらに限定されない。
【0045】
ヒト型Aβを産生し得るキメラAPP遺伝子を含む動物と、APP遺伝子以外の神経変性疾患
に関与する遺伝子改変を有する同種の疾患モデル非ヒト哺乳動物とを交雑する場合、ホモ接合体同士を交雑することが望ましい。例えば、キメラAPP遺伝子を含むホモ接合体KIマ
ウスと、FAD変異PS1ホモ接合体KIマウスとを交雑して得られるF1は両遺伝子についてヘテロである。このF1同士を兄妹交配して得られるF2個体は1/16の確率でキメラAPP(+/+)×変異PS1(+/+)となる。
【0046】
本発明はまた、本発明のADモデル動物またはその生体の一部を用いた、Aβの蓄積を抑
制する物質、神経原線維変化を抑制する物質、神経変性、炎症反応などの脳内の病変を抑制する物質、従ってAD予防・治療薬のスクリーニング方法を提供する。該スクリーニング方法は、本発明のADモデル動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内へのAβ
の蓄積を検定する、脳内の神経原線維変化を検出する、あるいは脳内の神経変性、炎症反応などの病変を検出することを特徴とする。
【0047】
具体的には、本発明のスクリーニング方法では、本発明のADモデル動物に被験物質を投与する。被験物質としては、公知の合成化合物、ペプチド、蛋白質、DNAライブラリーな
どの他に、例えば哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の組織抽出物や細胞培養上清など、植物および微生物からの抽出物および培養産物など、またはこれらの混合物が用いられる。被験物質の活性は、例えば、該動物から脳を摘出し、(1)リン酸緩衝生理食塩水などの適当な緩衝液を用いてホモジナイズして可溶性画分および不溶性画分を得、それぞれについて抗Aβ抗体を用いたイムノアッセイを行
い(例えば、ヒトβアミロイド(1-42)ELISAキットワコー(和光純薬製)などを使用する
ことができる)、Aβ42およびAβ40の含量を測定、Aβ42/Aβ40比を算出する、あるいは
(2)常法に従って脳の凍結切片もしくはパラフィン包埋切片を調製し、アミロイドの沈着(例えば、抗Aβ抗体による免疫染色)やシナプスの異常(例えば、プレシナプス、樹
状突起のマーカー蛋白質の免疫染色)、細胞骨格蛋白質の形態異常(例えば、抗リン酸化タウ抗体による免疫染色)、神経細胞死(例えば、ニッスル小体染色)などを、自体公知の組織化学的手法(例えば、Am. J. Pathol., 第165巻, 第1289-1300頁, 2004年等を参照)を用いて評価し、被験物質投与群と非投与群との間で比較することにより検定することができる。被験物質投与群由来の脳において、非投与群と比較して、総Aβ量、Aβ42量、Aβ42/Aβ40比が減少していれば、該被験物質をAβ(特にAβ42)の蓄積を抑制する物質として選択することができる。また、組織化学的分析の結果、被験物質投与群由来の脳において、非投与群と比較して、(a)アミロイド沈着、(b)神経原線維変化、あるいは(c)シナプス異常(崩壊)や神経細胞死、炎症反応などが有意に軽減されていれば、該被験物質を(a)Aβの蓄積を抑制する物質、(b)神経原線維変化を抑制する物質、(c)神経変性、炎症反応などの脳内の病変を抑制する物質として選択することができる。
あるいは、動物の行動解析などにより、学習・記憶能力の差違を投与群と非投与群との間で比較してもよい。被験物質投与群において、非投与群と比較して、有意な学習・記憶障害の改善が認められれば、該被験物質を学習・記憶障害改善薬として選択することができる。
【0048】
上記のインビボでのスクリーニングに加えて、本発明のADモデル動物由来の生体の一部、好ましくはADの病変部に相当する脳もしくはその各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳等)の組織片または細胞(例、神経細胞等)を適当な培地中で培養し、これに被験物質を添加して一定時間(例えば、約0.5〜約168時間)インキュベートした後、組織片もしくは細胞を、上記インビボスクリーニングにおける脳と同様に処理し、被験物質投与群と非投与群との間で比較することによっても、Aβの蓄積を抑制する物質、神経原線維変化を抑制する物質、神経変性、炎症反応などの脳内の病変を抑制する物質をスクリーニングすることができる。このようなインビトロアッセイ系は、創薬の比較的初期段階での一次スクリーニング等において、大量の候補化合物からヒット化合物をハイスループットにスクリーニングするのに有用である。
【0049】
このようにして得られた物質は、Aβの蓄積、神経原線維変化、神経変性や炎症反応等
のADの特徴的な病態に対して抑制的に作用するので、AD予防・治療薬の候補として有用である。当該物質は、例えば、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などとして経口的に、あるいは水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、または懸濁液剤などの注射剤の形で非経口的に使用できる。該物質は、生理学的に認められる担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤などとともに一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。これら製剤における有効成分量は後述する投与量を考慮して適宜選択され得る。
【0050】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、前記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は注射用水のようなベヒクル中の活性物質、胡麻油、椰子油などのような天然産出植物油などを溶解または懸濁させるなどの通常の製剤実施に従って処方することができる。
【0051】
注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例えば、エタノールなど)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)、非イオン性界面活性剤(例えば、ポリソルベート80TM、HCO-50など)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが挙げられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。また、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液など)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などを配合してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプルに充填される。
【0052】
このようにして得られる製剤は、安全で低毒性であるので、例えば、哺乳動物(例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サルなど)、好ましくはヒトに対して投与することができる。
該物質の投与量は、投与対象の年齢、体重、投与ルート、重篤度、薬物受容性などにより異なるが、例えば、成人1日あたり活性成分量として約0.0008〜約2.5mg/kg、好ましくは約0.008〜約0.025mg/kgの範囲であり、これを1回もし
くは数回に分けて投与することができる。
【0053】
また、本発明のスクリーニング方法は、既にADの予防・治療薬としての有効性が示唆されている候補化合物が、実際にADの予防および/または治療に有効であるか否かを評価す
るための薬効評価系としても使用することができる。このような利用は、創薬の比較的後期段階、特に前臨床段階における場合が多いので、動物個体を使用したインビボのスクリーニング系を使用することがより望ましい。
【0054】
さらに、本発明は、本発明のADモデル動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、Aβ蓄積部位における該被験物質の存在を検定することを特徴とする、Aβに対して親和性を有する物質のスクリーニング方法を提供する。
ADの早期診断を目標として、核磁気共鳴画像撮影(MRI)やポジトロン放出断層撮影(PET)、断層シンチグラフィー(SPECT)のためのアミロイドに対して親和性を有する化合物の開発が進められている。例えば、アルカリコンゴーレッド等のような各種染料に123Iや99mTc等の放射性核種を組み合わせたアミロイド検出用のプローブが報告されているが、実用に足るまでには至っていない。
本発明のADモデル動物やそれ由来の組織・細胞(例えば、脳組織片もしくは神経細胞)は、アミロイド検出用プローブの候補物質の効果を評価するための有用なツールとなり得る。即ち、本発明のADモデル動物から採取した生体の一部(例えば、脳組織片もしくは神経細胞)に被験物質を添加し、アミロイドの免疫染色像と該被験物質の集積とを比較するか、あるいは本発明のADモデル動物に被験物質を投与し、MRI、PET、SPECTなどの手法に
より画像撮影を行い、得られた画像と、該動物の摘出脳から調製した切片に対する免疫組織化学染色像とを比較することにより、被験物質のアミロイド検出用プローブとしての有効性を評価することができる。
【0055】
さらに、本発明はまた、本発明のADモデル動物またはその生体の一部を用いて、ADの種
々の病態のバイオマーカーをスクリーニングする方法を提供する。該方法は、ADのある病態(例えば、Aβの蓄積、神経原線維変化、シナプスの異常(崩壊)、神経細胞の脱落、
あるいは記憶学習障害など)の発現の前後で該動物から適当な試料、例えば、RNA含有試
料、蛋白質含有試料、代謝産物含有試料などを採取して、遺伝子転写産物(トランスクリプトーム)、遺伝子翻訳産物(プロテオーム)または代謝産物(メタボローム)を網羅的に測定し、該病態の発現の前後で変動する物質を同定することを特徴とする。試料としては、例えば、血液、血漿、血清、尿、汗、涙、唾液、精液、脳脊髄液等の体液などが挙げられるが、それらに限定されない。
例えば、トランスクリプトーム解析においては、動物種に応じて市販されているDNAマ
イクロアレイを用いて遺伝子発現を網羅的に解析することができる。また、プロテオーム解析においては、二次元ゲル電気泳動法と飛行時間型質量分析(TOF-MS)を組み合わせた方法、メタボローム解析においては、NMRやキャピラリー電気泳動、LC-MSによる方法などがそれぞれ公知であり、それらを適宜組み合わせて実施することができる。
このようにして、ADのある病態の発現の前後で有意に発現が変動する物質が同定されれば、ADのバイオマーカーとして、ADの早期診断、特に発症前診断に利用することできる。尚、一旦、特定のバイオマーカーが同定されれば、その後のマーカー検出法(即ち、AD診断方法)は、各マーカーに適した方法により(例えば、マーカーが蛋白質やペプチドの場合は、それに特異的な抗体を用いたイムノアッセイにより、マーカーが遺伝子転写産物の場合は、該RNAと相補的なプローブもしくは該RNAの一部を増幅し得るプライマーを用いてノーザンブロット解析やRT-PCRを行うことにより)行うことが好ましい。
【実施例】
【0056】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【0057】
実施例1 ターゲッティングベクターの構築
マウスAPP のゲノムDNAクローンは、Bacterial Artificial Chromosome(細菌人工
染色体)ライブラリーから得た129/Svマウス株から単離した。ターゲティングベクターは、pBluescript II KS (+) ベクター (Stratagene社)を基に、以下のDNAフラグメントを用いて作製した:
1)イントロン14 Hind III サイト〜イントロン15の6.6kb APP遺伝子フラグメン
ト(5’アームとして)
2)目的とする変異を導入したヒトAPP cDNA由来エクソン16〜18フラグメント
3)転写を終結させる250bp SV40初期mRNAポリアデニル化シグナルの3つ
のタンデムリピート(Maxwell et al.,1989, Biotechniques 7, p.276-280)
4)イントロン16〜イントロン17の4.6kb BamHI−SacIAPP 遺伝子フラグメント(3’アームとして)
5)2.0kb pgk−neo遺伝子カセット(ポジティブ選択用)
6)pMC1DT−ApA由来の1.2kb Xho IジフテリアトキシンA−フラグメント(
ネガティブ選択用)(Yagi et al.,1990, Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 87, p.9918-9922;Gomi et al.,1995, Neuron 17, p.29-41)。
上記フラグメントを 1)、2)、3)、5)、4)の順に連結し、pBluescript II KS(+)ベクターに挿入した。また、上記6)のフラグメントはpBluescript II KS (+)ベクターのXho I サイトに挿入した。
【0058】
実施例2 ヒト型Aβ産生キメラAPP遺伝子KIマウスの作製
マウス胚盤胞株129/O1a由来のE14細胞をES細胞系として用いた(Hooper et al.,1987, Nature 326, p.292-295)。細胞培養とターゲティング実験は、既報に従って行った(Itohara et al.,1993, Cell 72, p.337-348)。要約すると、SacI処理によって作製した線状化ターゲティングベクター30μgを用い、Gene Pulser(0.4cm電極距離で800Vと3mF、Bio-Rad)によってES細胞にエレクトロポレーションを行った。150μg/mlのG418で選択したクローン由来ゲノムDNAをXbaI消化後、5'外部プローブによるサザンハイブリダイゼーション法によってスクリーニングを行った。次に、5'外部プローブにより変異の導入が確認されたクローンのゲノムDNAを Stu I消化後、3’外部プローブによるサザンハイブリダイゼーション法を行い同定した。
キメラマウスの作出は、Bradley らによる既報(1984, Nature 309, p.255-256)に記載された方法に準じて行った。交配後3.5日のC57BL/6J胚盤胞に、ES細胞をマイクロインジェクションした。注入後、胚を、偽妊娠ICRマウスの子宮に移した。得られたキメラマウスをC57BL/6Jマウスと更に交雑させ、ヘテロ接合マウスを作出した。
マウスの遺伝子型は、尾から調製したゲノムDNAのサザンブロット解析によって決定した。次いで、ヘテロ接合マウスをC57BL/6マウスと5〜6回戻し交配した。ホモ接合体を得るために、得られたヘテロ接合体同士を交雑させた。これにより、本発明のノックアウトマウスが得られた。
全てのマウスは、理研脳科学総合研究センターのリサーチリソースセンターによって維持され、全ての動物実験は、理研の動物実験ガイドラインに従って行った。
【0059】
実施例3 ヒト型Aβ産生キメラAPP遺伝子KIマウスにおけるAβ産生
APP KIマウス(ヘテロ接合体APPWT/MTおよびホモ接合体APPMT/MT)および野生型マウス(APPWT/WT)(各3-4匹)を、ペントバルビタール麻酔下でマウス右心房からPBS還流を行い脱血後、マウスから脳を摘出した。摘出した脳を、トリス緩衝生理食塩水でホモジナイズし、超遠心分離後、得られた上清を可溶性画分とし、ペレットはグアニジン塩酸またはギ酸で可溶化して不溶性画分とした。各画分について、ヒトβアミロイド(1-40) および(1-42)ELISAキットワコー(和光純薬工業製)を用いて、サンドイッチELISA法によりAβ42およびAβ40含量を測定した。各画分の測定値の和を算出し、Aβ産生量とした。結果を図3に示す。野生型マウス脳では、通常Aβ42/Aβ40比は約0.2であるが、APP KIマウス脳では、8週齢のヘテロ接合体においてすら、Aβ42/Aβ40比は1.4で、野生型に比べて約7倍以上に上昇していた(図3C)。ホモ接合体においては、Aβ42/Aβ40比は野生型の約140倍以上もの上昇がみられた(図3C)。尚、総Aβ量は、ヘテロ接合体とホモ接合体との間で有意な差はなく、野生型マウスに比べて若干の減少が認められた(図3b)。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のADモデル動物は、Aβ42/Aβ40比が、わずか8週齢で、対応する野生型動物と比較して約7倍以上、ホモ接合体においては約140倍以上にも上昇しており、きわめて早期にAβ42の蓄積が発現する。しかも、本発明のADモデル動物はAPPの発現量が野生型動物と比較して有意差がないので、sAPP断片に過剰産生に伴う神経保護作用の影響などがないため、神経原線維変化、神経変性などの、公知のADモデル動物では十分に再現されなかったADの病理を再現することが可能である。従って、該動物は、より優れたAD疾患モデルとして、AD予防・治療薬の開発やADの早期診断法の確立のためのリサーチツールとしてきわめて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト型Aβを産生し得るキメラアミロイド前駆体蛋白質遺伝子を含むアルツハイマー病
モデル非ヒト哺乳動物であって、対応する野生型動物と比較して、8週齢におけるAβ42/Aβ40比が約7倍以上であることを特徴とする動物またはその生体の一部。
【請求項2】
ヒト型Aβを産生し得るキメラアミロイド前駆体蛋白質遺伝子を含むアルツハイマー病
モデル非ヒト哺乳動物であって、ホモ接合体での8週齢におけるAβ42/Aβ40比が、対応する野生型動物と比較して約140倍以上であることを特徴とする動物またはその生体の一部

【請求項3】
対応する野生型動物と比較して、アミロイド前駆体蛋白質の発現量に有意な差がないことをさらなる特徴とする、請求項1または2記載の動物またはその生体の一部。
【請求項4】
内在性アミロイド前駆体蛋白質遺伝子のAβコード配列がヒトAβをコードする配列で置換されたノックイン動物である、請求項3記載の動物またはその生体の一部。
【請求項5】
キメラアミロイド前駆体蛋白質遺伝子に、Aβ42の産生を促進し得る1以上の変異が導
入されていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の動物またはその生体の一部。
【請求項6】
変異が家族性アルツハイマー病におけるアミロイド前駆体蛋白質遺伝子変異である、請求項5記載の動物またはその生体の一部。
【請求項7】
変異がスウェーデン変異である、請求項6記載の動物またはその生体の一部。
【請求項8】
ヒトアミロイド前駆体蛋白質遺伝子の第716番目のイソロイシン(Ile)を他のアミノ酸に置換する変異がさらに導入されていることを特徴とする、請求項6または7記載の動物またはその生体の一部。
【請求項9】
非ヒト哺乳動物がマウスまたはラットである、請求項1〜8のいずれかに記載の動物またはその生体の一部。
【請求項10】
非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項9記載の動物またはその生体の一部。
【請求項11】
キメラアミロイド前駆体蛋白質遺伝子についてのホモ接合体である、請求項1〜10のいずれかに記載の動物またはその生体の一部。
【請求項12】
キメラアミロイド前駆体蛋白質遺伝子についてのヘテロ接合体である、請求項1〜10のいずれかに記載の動物またはその生体の一部。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の動物と、アミロイド前駆体蛋白質遺伝子以外の遺伝子改変を有する神経変性疾患モデル非ヒト哺乳動物との交配により得られる動物またはその生体の一部。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内へのAβの蓄積を検定することを特徴とする、Aβの蓄積を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳
内の神経原線維変化を検出することを特徴とする、神経原線維変化を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項16】
請求項1〜13のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、脳内の病変を検出することを特徴とする、該病変を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項17】
脳内の病変が神経変性または炎症反応である、請求項16記載の方法。
【請求項18】
アルツハイマー病予防・治療薬のスクリーニング用である、請求項14〜17のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
アルツハイマー病予防・治療薬の薬効評価用である、請求項14〜17のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
請求項1〜13のいずれかに記載の動物またはその生体の一部に被験物質を適用し、A
β蓄積部位における該被験物質の存在を検定することを特徴とする、Aβに対して親和性
を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項21】
請求項1〜13のいずれかに記載の動物またはその生体の一部から、アルツハイマー病の病態の発現の前後で採取した試料における遺伝子転写産物、遺伝子翻訳産物または代謝産物を網羅的に測定し、該病態の発現の前後で変動する物質を同定することを特徴とする、該病態のバイオマーカーのスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−85656(P2012−85656A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−11543(P2012−11543)
【出願日】平成24年1月23日(2012.1.23)
【分割の表示】特願2006−170776(P2006−170776)の分割
【原出願日】平成18年6月20日(2006.6.20)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】