説明

アルミニウムろう付け用組成物、その塗布方法及びろう付け方法

【課題】 バインダの混合比率を下げて残渣リスクを低減しながら、少ないバインダ比率でも密着強度を保持し、安定に塗布する。
【解決手段】 (A)メタクリル酸エステル系重合体(バインダ)と、(B)フラックスと、(C)有機溶剤とを含有するアルミニウム又はアルミニウム合金のろう付け用組成物において、ろう付け用組成物にイソプロピルアルコールなどの水溶性で低沸点の有機溶剤を所定濃度で添加して、有機溶剤の乾燥性を向上させることで、少ないバインダ比率でも密着強度を保持して、バインダの残渣リスクを低減できる。また、有機溶剤の種類と濃度を特定化することで、特にロールコート方式で塗布した場合、揮発成分の蒸散を適度に促進して安定に塗布できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウムろう付け用組成物、その塗布方法並びに当該ろう付け方法に関して、少ないバインダ比率でろう付け用組成物のアルミニウム材への密着強度を保持しながら、ろう付け性と塗布安定性を向上できるものを提供する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、車両に搭載されるエバポレータ、コンデンサ等によって代表される自動車用アルミニウム熱交換器に用いられるアルミニウム又はアルミニウム合金製の部材をろう付けする際には、ろう付け用のフラックス又はフラックスとろう材に加え、さらに接合部に均一に付着させるためのバインダを混合し、ろう付け部に塗布した後、組み付け加工し、加熱下にてろう付け作業が行われていた。
【0003】
このようなアルミニウムろう付け用組成物の従来技術を挙げると、次の通りである。
先ず、特許文献1には、メタクリル酸エステル系重合体を主成分とする合成樹脂とフラックス(又はさらにろう材)と有機溶剤を含有するろう付け用組成物であって、フラックス(又はさらにろう材)と合成樹脂の重量比がフラックス(又はフラックス+ろう材):合成樹脂=90〜70%:10〜30%であり、有機溶剤がプロパノールを除く所定の酸素と炭素の原子比である化合物であるものが開示されている(請求項1〜2)。
また、イソプロピルアルコールなどのアルコールを使用すると、アルコール溶液中でろう材粉末やフラックス粉末の沈殿が生じ易く転写性が劣り、必ずしも充分な密着性が得られず(段落9)、ろう付け用組成物の転写性や密着性は合成樹脂(バインダ)の種類、有機溶剤の性状、フラックス(或はフラックス及びろう材)と合成樹脂の重量比などに影響されること(段落10)が記載されている。
上記有機溶剤としては、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどが例示される(段落22)。
次いで、特許文献2にも類似の記述がある。
【0004】
さらに、特許文献3には、アルミニウムろう付け用組成物において、メタクリル酸エステル系重合体(当該エステルと(メタ)アクリル酸、マレイン酸、イタコン酸などとの共重合体が適している:段落12)をろう付け用バインダとすることが開示されている。
このバインダの実施例では、イソプロピルアルコールを溶剤として使用し(段落42〜43)、フラックス(或はフラックス及びろう材)と当該バインダとを含有するろう付け用組成物の製造において、両者の重量比率(固形分換算)は、フラックス(フラックス及びろう材):バインダ=90:10である(段落55)。
【特許文献1】特許第3337416号公報
【特許文献2】特許第3337417号公報
【特許文献3】特許第3734635号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、フラックスとバインダ、或はフラックスとろう材とバインダを混合したろう付け用組成物では、密着性を向上するためにバインダの比率を増す必要があり、上記特許文献1〜3に示すように、バインダの含有量は少なくとも10重量%以上であり、特に、特許文献1〜2では30重量%を上限とする高率で添加している。
しかしながら、バインダの混合比率が増すとイレギュラー条件の確率が高まり、ろう付け後の残渣や黒変が生じて、ろう付け性が低下する恐れがある。
本発明は、バインダの混合比率を下げてこのバインダによる残渣リスクを低減するとともに、少ないバインダ比率でも密着強度を保持し、安定に塗布できることを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ろう付け用組成物を特にロールコート方式で塗布してろう付けするに際して、ろう付け用組成物の製造に用いる有機溶剤の性状や濃度、或はフラックスとバインダの重量比などと、密着強度との関係を鋭意研究した。
その結果、バインダ比率を10重量%より低く調製したスラリー状のろう付け用組成物にイソプロピルアルコールなどの水溶性で低沸点の特定種の有機溶剤を所定濃度で添加して、揮発成分の蒸散を適度に促進することで、バインダ比率の低減によりろう付け性を良好に担保するとともに、上記組成物の塗布(特にロールコート方式での塗布)に際して、少ないバインダ比率でも密着強度を保持しながら、当該組成物の粘度の増大を抑制して、アルミニウム材へ安定に塗布できることを見い出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明1は、(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤とを含有するアルミニウム又はアルミニウム合金のろう付け用組成物において、
上記有機溶剤が水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルよりなる群から選ばれた少なくとも一種であり、当該有機溶剤を組成物全体に対して1〜30重量%で含有し、且つ、
固形分換算で成分(A)と(B)の全量に対する成分(A)の割合が3重量%以上で10重量%未満であり、同全量に対する成分(B)の割合が90重量%より多く97重量%以下であることを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物である。
【0008】
本発明2は、(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤と、
(D)ろう材とを含有するアルミニウム又はアルミニウム合金用のろう付け用組成物において、
上記有機溶剤が水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルよりなる群から選ばれた少なくとも一種であり、当該有機溶剤を組成物全体に対して1〜30重量%で含有し、且つ、
固形分換算で成分(A)と(B)と(D)の全量に対する成分(A)の割合が3重量%以上で10重量%未満であり、同全量に対する成分(B)と(D)の合計割合が90重量%より多く97重量%以下であることを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物である。
【0009】
本発明3は、上記本発明1又は2において、有機溶剤がイソプロピルアルコール、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトンのいずれかであることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウムろう付け用組成物である。
【0010】
本発明4は、上記本発明1〜3のいずれかに記載のアルミニウムろう付け用組成物をロールコート方式でアルミニウム材に塗布することを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物の塗布方法である。
【0011】
本発明5は、上記本発明4の塗布方法により、3〜100g/m2の付着量(乾燥重量)でろう付け用組成物を塗布したアルミニウム構造材である。
【0012】
本発明6は、上記本発明5のアルミニウム構造材を用いて、相手方のアルミニウム材との間でろう付けを行うことを特徴とするアルミニウムろう付け方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、フラックス(又はフラックス及びろう材)とバインダ(成分(A))の全量に対するバインダの混合比率が3重量%以上で10重量%より少ない割合であるろう付け用組成物に、イソプロピルアルコールなどの水溶性で低沸点の特定種の有機溶剤を1〜30重量%の所定濃度で添加するため、少ないバインダ比率でも密着性を向上しながら、このバインダ比率の低減により、ろう付け時の残渣や黒変のリスクを抑制し、ろう付け性を向上できる。
また、上記ろう付け用組成物には、水溶性で低沸点の有機溶剤を所定濃度で添加するため、塗布に際して、なかでも、特にロールコートする場合、ロール回転に伴う揮発成分の蒸散を適度に制御でき、もって溶剤の過剰揮発による粘度の増大で塗布が困難になるという問題がなく、アルミニウム材へ安定に塗布することができる。
このため、本発明のろう付け用組成物はロールコート方式に好適である。
【0014】
尚、例えば、前記特許文献1では、密着性を担保する見地から、フラックス(又はフラックス及びろう材)の全量に対する合成樹脂(バインダ)の混合率は10〜25重量%であり(表2)、本発明のバインダ比率よりかなり増量側に設定されている。
また、同文献1のろう付け用組成物に使用する有機溶剤は、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどであり(表1)、本発明の特定種の有機溶剤から外れる。
【0015】
一方、本出願人は、本発明に先立って、特願2007−48509号(以下、先願技術という)で、マグネシウムを添加したアルミニウム又はアルミニウム合金に対するろう付け用組成物であって、メタクリル酸エステル系重合体の水溶性ケン化物からなるバインダと、非反応性セシウム系フラックスと水溶性で揮発性を有するアルコールを含有するものを提案した。そして、その実施例1では、バインダ5部、非反応性セシウム系フラックス45部、アルコール(3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノール(以下、MMBという);沸点174℃)40部、水10部を含有するろう付け用組成物を提案し、同比較例1では、バインダ5部、アルミン酸フッ化カリウムのフラックス45部、アルコール40部、水10部を含有するろう付け用組成物を提案している。
従って、バインダとフラックスの全量に対するバインダの混合率は{5/(5+45)}×100=10重量%であり、沸点174℃のアルコール(MMB)の含有量は組成物全体の40重量%であり、共に本発明の要件から外れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、第一に、(A)メタクリル酸エステル系重合体と、(B)フラックスと、(C)有機溶剤とを含有し、或は、さらに(D)ろう材とを含有し、上記成分(C)が水溶性で沸点100℃以下の特定種の有機溶剤であって、当該有機溶剤の組成物全体に対する含有量と、成分(A)と(B)の全量に対する成分(A)の割合を特定範囲に適正化したアルミニウムろう付け用組成物であり、第二に、当該ろう付け用組成物をロールコート方式でアルミニウム材に塗布する方法であり、第三に、このロールコート方式でろう付け用組成物を塗布したアルミニウム構造材であり、第四に、このアルミニウム構造材を用いたろう付け方法である。
【0017】
本発明1のアルミニウムろう付け用組成物は、
(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤とを含有する。
上記メタクリル酸エステル系重合体はフラックスをアルミニウム材に付着する役目のバインダ成分であり、水溶性ケン化物として使用するのが一般的である。
上記メタクリル酸系重合体は、モノマー成分として基本的に、下記の一般式(1)で表されるメタクリル酸アルキルエステルの少なくとも1成分以上を含むホモポリマーか共重合体であり、或は、このメタクリル酸アルキルエステルモノマーと、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸などのカルボキシル基含有モノマーの1成分以上とを含む共重合体である。
CH2=C(CH3)COOR …(1)
(式(1)中、Rは炭素数1から12のアルキル基である。)
【0018】
また、上記メタクリル酸エステル系重合体は、上記モノマー成分に、さらに下記の一般式(2)、一般式(3)及び一般式(4)で表される水酸基含有モノマーのうちの少なくとも1成分以上を含む共重合体であっても良い。
CH2=C(CH3)COO(CH2)nOH …(2)
(式(2)中、nは2以上4以下の整数である。)
CH2=C(CH3)COO(C24O)nH …(3)
(式(3)中、nは2以上12以下の整数である。)
CH2=C(CH3)COO(C36O)nH …(4)
(式(4)中、nは2以上12以下の整数である。)
これらの水酸基含有モノマーを使用すると、アルミニウム材へのフラックスやろう材の付着性をさらに向上させることができる。
上記メタクリル酸エステル系重合体は、乾燥時の酸価が20〜80、ガラス転移温度が−30℃〜60℃であることが好ましい。
上記重合体の構成モノマーであるカルボキシル基含有モノマーの含有量が多くなり過ぎると、ろう付け時に炭化物が発生し易くなるため、乾燥時の酸価は80を越えない方が良い。また、同酸価が20未満になると、重合体をケン化した場合に水に対する溶解性が低下する。一方、ガラス転移温度が−30℃を下回ると、重合体の粘着性が増し、塗料を塗布したアルミニウム材を積層した場合に、ブロッキングを起こす恐れがあり、ガラス転移温度が60℃を越えると、塗布の付着性が低下する恐れがある。
【0019】
上記メタクリル酸エステル系重合体は、塊状重合、溶液重合、懸濁重合などの公知の重合法により、ラジカル重合させることにより得られる。
特に、アルコールを溶剤とする溶液重合法により、種々の重合体を得ることが好ましい。
また、前述したように、上記メタクリル酸エステル系重合体は水溶液中でカチオン性を示す化合物によって鹸化して水溶性にするのが好ましい。
上記カチオン性を示す化合物としては、アンモニア、ジエチルアミン又はトリエチルアミンなどが挙げられるが、揮発性のアミノアルコール類が適する。
メタクリル酸エステル系重合体の水溶性ケン化物としたバインダ(A)の固形分濃度は1〜40重量%程度が好ましい。
尚、本発明のバインダ成分には、主成分のメタクリル酸エステル系重合体の外に、副成分としてオキサゾリン基含有樹脂、オキシラン含有樹脂、イソシアネート基含有樹脂などの熱硬化樹脂を添加して、主成分との間で架橋反応を起こさせるようにしても差し支えない。
【0020】
本発明1のアルミニウムろう付け用組成物に含まれるフラックス(B)としては、特に制限はなく任意のものが使用でき、例えば、フルオロアルミン酸カリウム、フッ化カリウム、フッ化アルミニウム、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、又はフルオロアルミン酸カリウム−セシウム錯体やフルオロアルミン酸セシウムなどの非反応性セシウム系フラックス、或は反応性の亜鉛置換フラックス(フルオロ亜鉛酸カリウムやフルオロ亜鉛酸セシウムなど)、若しくはこれらのフッ化物系フラックスを主成分とするものなどが挙げられる。
フラックスの市販品としては、Solvay社製のNocolok Flux(フルオロアルミン酸カリウム)、Nocolok Cs Flux(セシウム系フラックス)などがある。
【0021】
本発明1のアルミニウムろう付け用組成物には、塗料の表面張力を低下させて、アルミニウム材への塗料の濡れ性を向上させ、アルミニウム材による水のハジキ現象を抑制するために有機溶剤が添加されるが、乾燥性を適度に円滑化する見地から、この有機溶剤は水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルよりなる群から選ぶことが必要である。
従って、例えば、前記先願技術の実施例で用いたアルコールであるMMBは沸点174℃であり、本発明で特定した有機溶剤には含まれないことになる。
上記有機溶剤の具体例としては、イソプロピルアルコール、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、イソブチルケトン、ジエチルエーテル、n−プロピルアルコールなどが挙げられ、本発明3に示す通り、イソプロピルアルコール、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトンが好ましく、特にイソプロピルアルコール(IPA;沸点82℃)がより好ましい。
上記有機溶剤は単用又は併用でき、ろう付け用組成物全体に対する含有量は1〜30重量%とする必要があり、好ましくは5〜15重量%である。有機溶剤が1重量%より少ないと揮発成分の蒸散を促進する効果が出ず、30重量%より多いと溶剤の揮発が過剰に促進されてスラリー状の組成物の粘度が上がり、安定塗布に支障が出る恐れがある。
但し、本発明のアルミニウムろう付け用組成物にあっては、上述の通り、水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルより選ばれた有機溶剤を1〜30重量%の割合で添加することが必須要件であるが、例えば、前記MMB(沸点174℃)などの沸点100℃を越える有機溶剤を、本発明の特定種の有機溶剤と併用することは差し支えない。
【0022】
本発明1のアルミニウムろう付け用組成物では、固形分換算でバインダ成分(A)とフラックス成分(B)の全量に対する成分(A)の割合は3重量%以上で10重量%未満であることが必要であり、好ましくは密着性を担保する見地から7重量%以上で10重量%未満である。従って、上記全量に対する成分(B)の割合は90重量%より多く97重量%以下であることが必要であり、好ましくは90重量%より多く93重量%以下である。
バインダ成分(A)が3重量%より少ないとろう付け用組成物の密着性が低下し、10重量%以上になるとバインダの残渣リスクが増し、ろう付け性が低下する恐れがある。
【0023】
一方、本発明2のアルミニウムろう付け用組成物は、
(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤と、
(D)ろう材とを含有したもので、基本的に、本発明1の必須成分にろう材(D)を追加したものである。
従って、本発明2の成分(A)と(B)と(C)は本発明1で使用したものと同様である。
上記ろう材(D)は金属ケイ素粉末、ケイ素−アルミニウム合金、或はこれらに少量の亜鉛、マグネシウム、銅などを含む合金などである。
尚、上記フラックス(B)とろう材(D)の混合物の市販品としては、Solvay社製のNocolok Sil Flux(フルオロアルミン酸カリウムと金属ケイ素粉末との混合物)がある。
【0024】
上記本発明2のアルミニウムろう付け用組成物にあっては、有機溶剤(C)の水溶性の具備と沸点の要件、並びにろう付け用組成物全体に占める重量割合の要件は本発明1と同様である。
また、固形分換算でバインダ成分(A)とフラックス成分(B)とろう材(D)の全量に対するバインダ成分(A)の割合は3重量%以上で10重量%未満であることが必要であり、好ましくは密着性を担保する見地から7重量%以上で10重量%未満である。従って、成分(B)と(D)の合計割合は90重量%より多く97重量%以下であることが必要であり、好ましくは90重量%より多く93重量%以下である。
バインダ成分(A)が3重量%より少ないとろう付け用組成物の密着性が低下し、10重量%以上になるとバインダの残渣リスクが増し、ろう付け性が低下する恐れがある。
また、本発明1又は2のろう付け用組成物にあっては、粘度などの性状に合わせて水を適宜添加できることはいうまでもない。
【0025】
本発明のろう付け用組成物を用いたろう付けにあっては、アルミニウム材にろう付け用組成物を塗布して、当該アルミニウム材にフラックス、又はフラックスとろう材を供給し、上記アルミニウム材を所定構造に組み立て、ろう付け温度に加熱することを基本原理とする。
本発明のろう付け用組成物の塗布方法に特に制限はなく、ロールコート法、浸漬法、スプレー法などを初め、任意の方法を適用することができる。
しかしながら、上記浸漬法は、ろう材粉末やフラックスの沈殿に起因して、一定組成比の塗料を高速で塗布することが困難になる恐れがあり、スプレー法は塗着効率があまり良くなく、スプレーガンが目詰まりするなどの問題もある。
従って、本発明4に示す通り、本発明のろう付け用組成物を塗布する方法としては、ロールコーターでアルミニウム材に塗布する方法、即ち、ロールコート方式が実用上最も量産効果に優れ、効率的である。
【0026】
本発明5は、本発明のろう付け用組成物をロールコート方式で所定の付着量で塗布したアルミニウム構造材である。ろう付け性と塗布安定性のバランスから、当該組成物の付着量(乾燥重量)は3〜100g/m2が適しており、好ましくは5〜20g/m2である。尚、上記アルミニウム構造材はろう付け用組成物を塗布したアルミニウム材を意味する。
また、本発明6は、上記本発明5のアルミニウム構造材を用いて、相手方のアルミニウム材との間でろう付けを行うアルミニウムろう付け方法である。上記ロールコート方式を適用したろう付け方法にあっては、予め部材を任意の構造に組み立てる前段階で(つまり部材が板状或は平面状態の時に)、本発明1〜3のろう付け用組成物をアルミニウム材の表面に対して必要な量で必要とされる部位に均一且つ効率よく供給することでろう付けできるため、このプレコート方式の採用によって生産性が高まるという利点がある。
上記ろう付け方法においては、アルミニウム材を所定構造に組み立てた後、窒素雰囲気下でろう付け温度まで加熱してろう付けを行うが、本発明では、バインダにメタクリル酸エステル系重合体を使用するため、通常のろう付け温度(600℃程度)よりかなり低い温度で、当該重合体が短時間で解重合して揮発性の単量体となるため、ろう付け時にはバインダが消失し、ろう付けの箇所にバインダやその炭化物が残存することが少なく、安定したろう付けを行うことができる。
また、アルミニウム材の組み立てに際して、ろう付け用組成物がフラックスとバインダを含む場合には、相手方のアルミニウム材はろう材をクラッドしたブレージングシートとなり、他方、当該組成物がフラックスとろう材とバインダを含む場合には、相手材はろう材なしのアルミニウム材自体(ベア材)となる。
【実施例】
【0027】
以下、メタクリル酸エステル系重合体(有機バインダ)の合成例、当該バインダを含有する本発明のアルミニウムろう付け用組成物の実施例、当該ろう付け用組成物についての密着性、塗布安定性、ろう付け性の各種評価試験例を述べる。下記の合成例、実施例などの「部」、「%」は、特記しない限り重量基準である。
尚、本発明は下記の合成例、実施例、試験例などに拘束されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意の変形をなし得ることは勿論である。
【0028】
《有機バインダの合成例》
先ず、撹拌装置、冷却管、滴下ロート及び窒素導入管を備えた反応装置に600部のイソプロピルアルコールを仕込んだ後、窒素気流下にて系内温度が80℃となるまで昇温した。
次いで、メタクリル酸メチル100部、メタクリル酸イソブチル275部、メタクリル酸25部及び過酸化ベンゾイル4部の混合溶液を約3時間かけて系内に滴下し、さらに10時間同温度に保って重合を完結させ、乾燥時の酸価が約40、不揮発分濃度が40%の樹脂溶液を得た。
一方、撹拌装置、蒸気凝集除去装置及び窒素導入管を備えた反応装置に、750部の上記樹脂溶液、600部の3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノール(MMB)、100部のイオン交換水、18部のジメチルアミノエタノールを仕込んだ後、窒素気流下で系内が還流するまで昇温することで上記樹脂のケン化溶液を得た。
そして、蒸気凝集除去装置を用いて系内のイソプロピルアルコール450部を除去し、乾燥時におけるオキサゾリン基濃度が10mmol/gであるオキサゾリン基含有樹脂15部を添加し、固形分が30%のアルミニウムろう付け用バインダを得た。
【0029】
《アルミニウムろう付け用組成物の実施例》
下記の実施例1〜5はフラックスとバインダとイソプロピルアルコール(IPA)を含有するろう付け用組成物の例である。そして、実施例1〜3はバインダとフラックスの重量比率を固定して、IPAの含有量を変化させた例である。実施例4〜5は実施例2を基本としてフラックスとバインダの比率を変化させた例であり、実施例4はバインダの割合を低減した例、実施例5はバインダの割合を本発明の適正範囲の上限付近に増量した例である。
【0030】
また、下記の比較例1〜3のうち、比較例1はフラックスとバインダの混合割合は本発明の適正範囲であるが、有機溶剤に沸点が100℃を越えるアルコール(MMB)のみを使用した(即ち、IPAの含有量は0重量%の)例、比較例2は同混合割合は本発明の要件を満たすが、IPAの含有量が30重量%より多い例である。比較例3はIPAの含有量は本発明の適正範囲であるが(10重量%)、バインダとフラックスの混合重量比率が、バインダ:フラックス=20:80の例(即ち、バインダ比率が過剰の例)である。
一方、冒述の特許文献3に準拠して、バインダとフラックスの混合重量比率がバインダ:フラックス=10:90であり、有機溶剤に高沸点のMMBのみを用いた例を基準例とした。この基準例はろう付け用組成物のアルミニウム材への密着性、塗布安定性、或はろう付け性に関して、実用水準を満たす従来の指標となる例である。
尚、実施例1〜5及び比較例1〜3の各アルミニウムろう付け用組成物におけるフラックス、バインダ及びIPAの組成を図1の左寄り欄にまとめた。
【0031】
(1)基準例
前記合成例で得られた有機バインダ52部(固形分換算)に対し、フッ化アルミン酸カリウム錯塩類よりなるフラックス(Nocolok Flux、Solvay社製)468部と、水65部と、MMB415部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=10:90で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
尚、本基準例でのバインダ比率10%は、従来では、密着性を担保するために必要な最低限付近の割合を示す。
【0032】
(2)実施例1
前記合成例で得られた有機バインダ42部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス478部と、水65部と、MMB215部と、IPA200部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=8:92で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本実施例1での組成物全体に対するIPAの含有比率は20%である。
【0033】
(3)実施例2
前記合成例で得られた有機バインダ42部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス478部と、水65部と、MMB315部と、IPA100部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=8:92で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本実施例1での組成物全体に対するIPAの含有比率は10%である。
【0034】
(4)実施例3
前記合成例で得られた有機バインダ42部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス478部と、水65部と、MMB365部と、IPA50部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=8:92で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本実施例1での組成物全体に対するIPAの含有比率は5%である。
【0035】
(5)実施例4
前記合成例で得られた有機バインダ36部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス484部と、水65部と、MMB315部と、IPA100部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=7:93で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本実施例1での組成物全体に対するIPAの含有比率は10%である。
【0036】
(6)実施例5
前記合成例で得られた有機バインダ47部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス473部と、水65部と、MMB315部と、IPA100部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=9:91で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本実施例5での組成物全体に対するIPAの含有比率は10%である。
【0037】
(7)比較例1
前記合成例で得られた有機バインダ42部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス478部と、水65部と、MMB415部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=8:92で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本比較例1ではIPAは使用していない。
【0038】
(8)比較例2
前記合成例で得られた有機バインダ42部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス478部と、水65部と、MMB105部と、IPA310部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=8:92で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本比較例2での組成物全体に対するIPAの含有比率は31%である。
【0039】
(9)比較例3
前記合成例で得られた有機バインダ104部(固形分換算)に対し、上記基準例のフラックス416部と、水65部と、MMB315部と、IPA100部とを混合することにより、有機バインダとフラックスの重量比率がバインダ:フラックス=20:80で、固形分52%のアルミニウムろう付け用組成物を調製した。
本比較例3での組成物全体に対するIPAの含有比率は10%である。
【0040】
そこで、下記の要領で、上記基準例、実施例1〜5並びに比較例1〜3で得られた各アルミニウムろう付け用組成物をロールコート方式でアルミニウム材に塗布し、乾燥条件を変えて2種類の試験材を作成するとともに、塗布安定性、密着性及びろう付け性試験を行った。
【0041】
《評価用試験材の作成例》
下記の試験材Aは非常に高速な乾燥条件を想定したものであり、試験材Bは比較的高速の乾燥条件を想定したものである。
(1)試験材Aの作成例
平面アルミニウム合金板(JIS-A3003合金)にろう材(アルミニウム−ケイ素合金)をクラッド(クラッド率:10%)してブレージングシートを作成するとともに、上記基準例、実施例1〜5並びに比較的1〜3で得られた各ろう付け用組成物をこのブレージングシート表面(ろう材面)にロール式塗布装置((株)望月機工製作所製、UVナチュラルロールコーター)で塗布した後、乾燥装置にて雰囲気温度150℃、乾燥時間30秒間の条件で乾燥させることにより、ろう付け用組成物の塗布量(固形分換算)が10g/m2の試験材Aを作成した。
【0042】
(2)試験材Bの作成例
上記試験材Aの作成例を基本として、ろう付け用組成物の塗布後の乾燥条件を雰囲気温度150℃、乾燥時間60秒間に変更し、それ以外は上記試験材Aの条件と同様に処理して、ろう付け用組成物の塗布量(固形分換算)が10g/m2の試験材Bを作成した。
【0043】
《アルミニウムろう付け用組成物の評価試験例》
(1)密着性
JIS-K5400に基づいて、上記試験材A〜Bの各表面の鉛筆硬度を測定し、密着性の優劣を評価した。
尚、鉛筆硬度はH→HB→Bの順番に軟らかくなり、Bに付記される番号は大きい方が軟らかい。
【0044】
(2)塗布安定性
25℃に温度調節した室内において、ロール式塗布装置(前記試験材の作成例と同じ)を用いて塗布量(固形分換算)が10g/m2になる条件下で、60分間連続塗布したときの塗布量の上昇率を測定することにより、下記の基準で塗布安定性を判定した。
安定性良好:塗布量の上昇率が20%未満であった。
安定性不良:塗布量の上昇率が20%以上であった。
【0045】
(3)ろう付け性
図2に示す通り、前記作成例で得た試験材Aを水平材とし 、アルミニウム合金板(JIS-A3003合金)を垂直材として、この垂直材を上記水平材に組み付けてろう付け試験用構造材を作成した。
次いで、上記構造材を窒素で充填した不活性雰囲気炉に載置して、600℃まで加熱してろう付けを行った。そして、ろう付け後の有機バインダの炭化状況と接合部のフィレットの状態を目視観察し、熱分解性と接合性を次の基準で評価した。
(a)有機バインダの熱分解性
良好:黒色炭化物は観察されず。
不良:表面が炭化物により黒色化した。
(b)接合性
良好:片側2mm以上のフィレットが形成された。
不良:片側2mm未満のフィレットしか形成されないか、或は接合されなかった。
【0046】
図1の中央欄〜右寄り欄はその試験結果である。
前述したように、密着性を担保するためにバインダ比率を10%に保持した基準例は、塗布安定性及びろう付け性においても従来の指標となるものである。
そこで、以下では、バインダ比率が10%より少ない実施例1〜5において、基準例に対する密着性の確保の可否を初め、塗布安定性及びろう付け性の評価水準を検証した。
先ず、IPAを使用しない比較例1では、塗布安定性やろう付け性は基準例より良好、或は遜色がなかったが、密着性については、ロールコートに際して有機溶剤の揮発が促進されないため、より短時間(30秒)及び比較的短時間(60秒)の高速乾燥条件の両方の試験材A〜Bともに、基準例より劣った。
逆に、IPAの含有量が本発明の適正範囲より多い比較例2では、有機溶剤の揮発が促進されるため、基準例に対して密着性に優れ、ろう付け性も良好であったが、有機溶剤の揮発が過度に促進されて組成物の粘度が増大してしまうため、塗布安定性は基準例より劣った。
さらに、バインダとフラックスの比率において、バインダ過剰の比較例3では、バインダが多いために基準例に対して密着性に優れ、塗布安定性も良好であったが、有機バインダの残渣の悪影響により、熱分解性とこれに起因した接合性は共に不良であり、総合的にろう付け性は悪かった。
【0047】
これに対して、実施例1〜5では、バインダ比率が10%より少ないにも拘わらず、密着性に優れるとともに、塗布安定性も基準例より優れていた。また、バインダ比率の低減により、当然ながらろう付け性も基準例より優れていた。
従って、比較例1〜2との対比において、実施例1〜5では、少ないバインダ比率でも密着性を確保でき、塗布安定性やろう付け性を向上できることから、これらの特性の総合的な改善には、有機溶剤に沸点100℃以下のアルコールなどの特定種の溶剤を使用し、且つ、その含有量を本発明の適正範囲に制御することの重要性が確認できた。
また、バインダ過剰の比較例3ではろう付け性に劣ったことから、フラックスとバインダの比率を本発明の特定範囲に適正化することの重要性が判断できる。
【0048】
次いで、実施例1〜5を相対的に検討すると、バインダ比率が一番低い実施例4でも密着性は基準例の水準を確保できることが分かった。
バインダ比率が一番高い実施例5では、密着性は基準例より飛躍的に向上するとともに、バインダの残渣が影響することはなく、ろう付け性にも優れていた。
また、バインダとフラックスの比率を固定して、IPAの含有量を5〜20%で変化させた実施例1〜3においては、特にIPAの含有量が最も多い実施例1(20%)でも、塗布量上昇率は+15%にとどまり、IPA過剰の比較例2(同上昇率は+40%)と対比すれば、塗布の安定性は明らかである。
従って、実施例1〜5のろう付け用組成物にあっては、基準例より少ないバインダ比率にも拘わらず、密着性及び塗布安定性を向上でき、ろう付け性にも優れることが確認できた。
この場合、実施例1〜5の組成物の塗布にはロールコート方式を適用したので、ロール回転により揮発成分を円滑に蒸散させて乾燥性を適度に促進することで、密着性、塗布安定性、ろう付け性を共に向上することができた。これにより、本発明のろう付け用組成物はロールコート方式の塗布に好適なことが判断できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例1〜5及び比較例1〜3の各アルミニウムろう付け用組成物におけるフラックス、バインダ及びIPAの組成、並びに密着性、塗布安定性、ろう付け性の各種試験結果をまとめた図表である。
【図2】ろう付け性試験の試験用構造材を示す図面であり、図2Aは当該構造材の斜視図、図2Bはその断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤とを含有するアルミニウム又はアルミニウム合金のろう付け用組成物において、
上記有機溶剤が水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルよりなる群から選ばれた少なくとも一種であり、当該有機溶剤を組成物全体に対して1〜30重量%で含有し、且つ、
固形分換算で成分(A)と(B)の全量に対する成分(A)の割合が3重量%以上で10重量%未満であり、同全量に対する成分(B)の割合が90重量%より多く97重量%以下であることを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物。
【請求項2】
(A)メタクリル酸エステル系重合体と、
(B)フラックスと、
(C)有機溶剤と、
(D)ろう材とを含有するアルミニウム又はアルミニウム合金用のろう付け用組成物において、
上記有機溶剤が水溶性で沸点100℃以下のアルコール、ケトン及びエーテルよりなる群から選ばれた少なくとも一種であり、当該有機溶剤を組成物全体に対して1〜30重量%で含有し、且つ、
固形分換算で成分(A)と(B)と(D)の全量に対する成分(A)の割合が3重量%以上で10重量%未満であり、同全量に対する成分(B)と(D)の合計割合が90重量%より多く97重量%以下であることを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物。
【請求項3】
有機溶剤がイソプロピルアルコール、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトンのいずれかであることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウムろう付け用組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウムろう付け用組成物をロールコート方式でアルミニウム材に塗布することを特徴とするアルミニウムろう付け用組成物の塗布方法。
【請求項5】
請求項4の塗布方法により、3〜100g/m2の付着量(乾燥重量)でろう付け用組成物を塗布したアルミニウム構造材。
【請求項6】
請求項5のアルミニウム構造材を用いて、相手方のアルミニウム材との間でろう付けを行うことを特徴とするアルミニウムろう付け方法。

【図1】
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【図2】
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