説明

アルミニウム合金の表面処理方法

【課題】アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できるアルミニウム合金の表面処理方法を提供する。
【解決手段】リン酸亜鉛粒子、カルボン酸基含有共重合体、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを各所定量含有する表面調整剤でアルミニウム合金の表面を表面調整した後、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤を所定量含有するリン酸亜鉛化成処理剤で化成処理することにより、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金の表面処理方法に関し、特に、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できるアルミニウム合金の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車体その他の自動車部品、建材、家具等の各分野では、鋼板、亜鉛メッキ鋼板、アルミニウム合金等の金属材料が利用されており、これらの金属材料は、成形後、塗装が施されて製品化される。塗装は、これら金属材料の意匠性を向上させる他、金属材料の腐食の防止を主目的としてなされており、塗装前処理として、脱脂、表面調整、化成処理等の表面処理が順次施される。
【0003】
表面調整は、次工程の化成処理において、金属材料の表面全体に均一且つ迅速に、高密度な化成処理皮膜を形成させるために必要な処理である。具体的には、金属材料の表面に表面調整剤を接触させることにより、金属材料の表面に表面調整剤粒子を吸着させ、化成処理皮膜の形成を促進するものである。
【0004】
ところで、自動車車体その他の自動車部品では、部分的にアルミニウム合金が使用され、そのアルミニウム合金が冷延鋼板(以下、SPCという)や合金化溶融亜鉛メッキ鋼板(以下、GAという)と接触した部材等が用いられている。このような部材では、アルミニウムの方がより卑な金属であるため、化成処理剤中でアルミニウムが過剰溶解し、化成皮膜が正常に形成されない場合がある。
【0005】
これに対しては、アルミニウム合金とSPC又はGAとの間に絶縁体を挟んで自動車車体等を組立てることにより、化成処理剤中でのアルミニウムの過剰溶解を抑制し、アルミニウム合金に良好な化成皮膜を形成させることができる。
【0006】
しかしながら、絶縁体を用いた場合には、次工程の電着塗装の際にアルミニウム合金に電気が流れず、正常に塗装することができない。このため、電着塗装工程では、アルミニウム合金に別途、電気ケーブル等による接続が必要となる。さらには、電着塗装後の焼付工程において、絶縁体が収縮してしまうため、増し締めが必要である。従って、通常よりも多くの工数を要し、特殊な生産ラインが不可欠である。
【0007】
また、アルミニウム合金中の銅の含有量が多い場合には、アルミニウム合金としての耐食性、特に、耐糸錆性及び耐水密着性が低下する。これは、アルミニウムと銅との電位差が大きく、腐食環境下ではアルミニウムが著しく溶出してしまうためである。従って、良好な耐食性を確保するためには、アルミニウム合金中の銅の含有量を低減させる必要があるが、コストのアップにも繋がるため良い解決策とは言えない。
【0008】
従って、アルミニウム合金の表面に、耐食性に優れた均一で緻密な化成処理皮膜を形成できる表面処理方法の開発は、当業者に課せられた火急の課題である。このような課題を解決すべく、化成処理剤の改良に取り組んだものとして、特許文献1に開示された発明が挙げられる。この特許文献1では、亜鉛イオンを0.1〜2.0g/lと、ニッケルイオンを0.1〜4.0g/lと、マンガンイオンを0.1〜3.0g/lと、リン酸イオンを5〜40g/lと、硝酸イオンを0.1〜15g/lと、亜硝酸イオンを0.01〜0.5g/lと、フッ化物として、錯フッ化物をF換算で0.5〜1.0g/lと、単純フッ化物をF換算で0.3〜0.5g/lと、を主成分とした水溶液であり、更に、鉄イオンとキレート結合可能なキレート剤をFe換算で0.025〜0.45g/lを含有することを特徴とするリン酸亜鉛処理剤が提案されている。このリン酸亜鉛処理剤によれば、銅の含有量が0.1重量%以下であるアルミニウム合金の表面、又はその研削加工表面に対して、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成させることができる。
【特許文献1】特許第3366826号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような課題の解決策として、表面調整剤の改良と化成処理剤の改良との両面から取り組んだ発明であり、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できるアルミニウム合金の表面処理方法を提供することを目的とする。
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、リン酸亜鉛粒子、カルボン酸基含有共重合体、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを各所定量含有する表面調整剤でアルミニウム合金の表面を表面調整した後、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤を所定量含有するリン酸亜鉛化成処理剤で化成処理することにより、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1) アルミニウム合金の表面を脱脂して水洗する工程と、前記脱脂して水洗をしたアルミニウム合金の表面を表面調整剤で表面調整する工程と、前記表面調整をしたアルミニウム合金の表面をリン酸亜鉛化成処理剤で化成処理する工程と、を含むアルミニウム合金の表面処理方法であって、前記表面調整剤を、D50が3μm以下であるリン酸亜鉛粒子を50ppm以上2000ppm以下、50質量%未満量のアクリル酸と50質量%を超える量の2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸とを含有する単量体組成物を共重合してなるカルボン酸基含有共重合体を2ppm以上200ppm以下、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを3ppm以上200ppm以下含有するpHが7以上12以下の表面調整剤とし、前記リン酸亜鉛化成処理剤を、亜鉛イオンを0.1g/l以上2.0g/l以下、ニッケルイオンを0.1g/l以上4.0g/l以下、マンガンイオンを0.1g/l以上3.0g/l以下、リン酸イオンを5g/l以上40g/l以下、錯フッ化物をF換算で0.5g/l以上1.0g/l以下、単純フッ化物をF換算で0.3g/l以上0.5g/l以下、及び、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をFe換算で0.025g/l以上0.45g/l以下含有する酸性水溶液からなるリン酸亜鉛化成処理剤とするアルミニウム合金の表面処理方法。
【0012】
(2) 前記アルミニウム合金中の銅の含有量を、0.2重量%以下とする(1)記載のアルミニウム合金の表面処理方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できるアルミニウム合金の表面処理方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0015】
<表面調整剤>
本発明で用いられる表面調整剤は、リン酸亜鉛粒子、カルボン酸基含有共重合体、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを各所定量含有する表面調整剤である。より詳しくは、D50が3μm以下であるリン酸亜鉛粒子を50ppm以上2000ppm以下、50質量%未満量のアクリル酸と50質量%を超える量の2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸とを含有する単量体組成物を共重合してなるカルボン酸基含有共重合体を2ppm以上200ppm以下、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを3ppm以上200ppm以下含有するpHが7以上12以下の表面調整剤である。
【0016】
従来公知の二価又は三価のリン酸塩粒子を含有する表面調整剤では、アルミニウム合金の表面上に十分な量の化成皮膜を形成することができないのに対して、本発明で用いられる表面調整剤は、十分な量の化成皮膜を形成することができる。このため、本発明に係る表面処理方法によれば、アルミニウム合金に対して十分な耐食性を付与することができる。
【0017】
本発明で用いられる表面調整剤に含まれるリン酸亜鉛粒子は、D50が3μm以下であり、従来の表面調整剤で用いられているリン酸亜鉛粒子の粒径よりも小さい。このため、表面調整剤中でのリン酸亜鉛粒子の沈降が抑制され、安定性に優れる。加えて、アルミニウム合金の表面に表面調整剤粒子を多量に吸着でき、化成処理皮膜の形成を促進できる。なお、リン酸亜鉛粒子のD50が0.01μm以下である場合には、過分散によりリン酸亜鉛粒子が凝集するおそれがあるため、好ましくない。より好ましくは、0.05μm以上1μm以下である。
【0018】
ここで、D50とは、体積50%径と呼ばれ、分散液中での粒度分布に基づき、リン酸亜鉛粒子の全体積を100%として累積カーブを求めたときに、その累積カーブが50%となる点における粒径を意味する。このD50は、例えば、レーザードップラー式粒度分析計(日機装社製、商品名「マイクロトラックUPA150」)等の粒度測定装置を用いることにより、測定できる。
【0019】
リン酸亜鉛粒子は、通常、原料として用いられるリン酸亜鉛を用いて得ることができる。リン酸亜鉛には、四水和物、二水和物、一水和物、無水和物があるが、本発明に係る表面調整剤では、いずれのリン酸亜鉛も用いることができる。通常は、一般に入手が容易な白色粉末状の四水和物をそのまま用いれば足りる。これらのリン酸亜鉛は、各種の表面処理がなされたものであってもよい。例えば、シランカップリング剤、ロジン、シリコーン化合物、ケイ素アルコキシドやアルミニウムアルコキシド等の金属アルコキシドで表面処理したものであってもよい。また、リン酸亜鉛の形状は特に限定されず、板状、燐片状等、任意の形状のものを用いることができる。これらのリン酸亜鉛を、ビーズミル、高圧ホモジェナイザー、超音波分散機等の分散機を用いた従来公知の分散方法により微細化し、D50が3μm以下のリン酸亜鉛粒子が得られる。
【0020】
リン酸亜鉛粒子の含有量は、50ppm以上2000ppm以下であり、より好ましくは60ppm以上1500ppm以下である。リン酸亜鉛粒子の含有量が50ppm未満である場合には、アルミニウム合金の表面に表面調整剤粒子が少量しか吸着されず、化成処理皮膜の形成を促進することができない。また、2000ppmを超えても、その量の増加に見合った表面調整効果が得られるわけではなく、経済的ではない。
【0021】
本発明で用いられる表面調整剤には、50質量%未満量のアクリル酸と、50質量%を超える量の2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸と、を含有する単量体組成物を共重合してなるカルボン酸基含有共重合体が含まれる。このカルボン酸基含有共重合体は、分散剤として作用するものであると同時に、化成処理皮膜の形成を促進する効果を有する。このため、次工程の化成処理において、均一で緻密な化成処理皮膜を形成でき、アルミニウム合金に優れた耐食性を付与することができる。
【0022】
カルボン酸基含有共重合体は、50質量%未満量のアクリル酸と、50質量%を超える量の2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸と、を含有する単量体組成物を、過酸化物等の触媒下で共重合させる従来公知の方法により容易に得られる。アクリル酸の含有量が50質量%以上である場合や、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸の含有量が50質量%以下である場合には、アルミニウム合金の表面に良好な化成処理皮膜を形成させることができない。アクリル酸の含有量の下限は、20質量%であることがより好ましく、25質量%であることがさらに好ましい。また、含有量の上限は、45質量%であることがより好ましく、40質量%であることがさらに好ましい。一方、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸の含有量の下限は、55質量%であることがより好ましく、60質量%であることがさらに好ましい。また、含有量の上限は、80質量%であることがより好ましく、75質量%であることがさらに好ましい。
【0023】
上記単量体組成物は、本発明の効果を阻害しない範囲で、他の単量体を含むものであってもよい。他の単量体としては、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ブチル、アクリル酸ペンチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸ペンチル、アクリル酸ヒドロキシメチル、アクリル酸ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロキシプロピル、アクリル酸ヒドロキシブチル、アクリル酸ヒドロキシペンチル、メタクリル酸ヒドロキシメチル、メタクリル酸ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ヒドロキシブチル、メタクリル酸ヒドロキシペンチル、酢酸ビニル等が挙げられる。これらの単量体を単独で上記単量体組成物中に配合してもよく、二種以上を上記単量体組成物中に配合してもよい。
【0024】
カルボン酸基含有共重合体の含有量は、2ppm以上200ppm以下であり、より好ましくは4ppm以上100ppm以下である。カルボン酸基含有共重合体の含有量が2ppm未満である場合には、分散力が不足してリン酸亜鉛粒子の粒径が大きくなると同時に、表面調整剤の安定性も低下し、沈降するおそれがある。また、含有量が200ppmを超える場合には、その量の増加に見合った表面調整効果が得られるわけではなく、経済的ではない。
【0025】
さらに、本発明で用いられる表面調整剤は、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを含有する。天然ヘクトライト、合成ヘクトライトはそれぞれ、単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを表面調整剤に含有させることにより、より優れた分散安定性を付与することができ、リン酸亜鉛粒子の沈降を防止できる。
【0026】
天然ヘクトライトは、化学式1で表されるモンモリロナイト族に属するトリオクタヘドラル型の粘土鉱物である。天然ヘクトライトの市販品としては、例えば、BENTON EW、BENTON AD(ELEMENTIS社製)等が挙げられる。
【0027】
【化1】

【0028】
合成ヘクトライトは、結晶三層構造を有しており、膨張格子を有する無制限層膨張型トリオクタヘドラルに属するヘクトライトに近似するものであり、化学式2で表される。合成ヘクトライトの市販品としては、例えば、Laporte Industries Ltd.製の商品名ラポナイトB、S、RD、RDS、XLG、XLS等が挙げられる。これらは、白色粉末であり、水を加えると容易にゾル又はゲルを形成する。また、その他の市販品として、コープケミカル社のルーセンタイトSWNを挙げることができる。
【0029】
【化2】

【0030】
化学式2において、0<a≦6、0<b≦6、4<a+b<8、0≦c<4、x=12−2a−bである。また、MはほとんどNaである。合成ヘクトライトは、主成分としてマグネシウム、ケイ素、ナトリウム及び微量のリチウム、フッ素から成り立っている。
【0031】
天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトの含有量は、3ppm以上200ppm以下であり、より好ましくは20ppm以上100ppm以下である。天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトの含有量が3ppm未満である場合には、リン酸亜鉛粒子の沈降を効果的に防止できないおそれがある。また、含有量が200ppmを超える場合には、その量の増加に見合った表面調整効果が得られるわけではなく、経済的ではない。
【0032】
本発明で用いられる表面調整剤のpHは、7以上12以下である。pHが7未満である場合には、リン酸亜鉛粒子が溶解し易く、不安定となるおそれがある。また、pHが12を超える場合には、次工程の化成処理において、化成処理剤のpHの上昇を招き、化成処理不良の原因となるおそれがある。
【0033】
なお、本発明で用いられる表面調整剤には、本発明が奏する効果を阻害しない範囲で、他の分散剤や分散媒、増粘剤等をさらに配合することもできる。このような表面調整剤を用いてアルミニウム合金を表面調整する際には、アルミニウム合金の表面に表面調整剤を接触させることにより行われる。接触方法は特に限定されず、浸漬法、スプレー法等の従来公知の方法を採用することができる。
【0034】
<リン酸亜鉛化成処理剤>
本発明で用いられるリン酸亜鉛化成処理剤は、亜鉛イオンを0.1g/l以上2.0g/l以下、ニッケルイオンを0.1g/l以上4.0g/l以下、マンガンイオンを0.1g/l以上3.0g/l以下、リン酸イオンを5g/l以上40g/l以下、錯フッ化物をF換算で0.5g/l以上1.0g/l以下、単純フッ化物をF換算で0.3g/l以上0.5g/l以下、及び、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をFe換算で0.025g/l以上0.45g/l以下含有する酸性水溶液からなるリン酸亜鉛化成処理剤である。
【0035】
リン酸亜鉛化成処理において、化成処理剤中に二価又は三価の鉄イオンを含有させることにより、鉄系表面又は亜鉛系表面上に、均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成させる効果があることが知られている。本発明で用いられるリン酸亜鉛化成処理剤は、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤を配合しており、このキレート剤が鉄系表面からの溶出鉄イオンをキレート化する。このため、化成処理剤中に一定量の鉄イオンを安定に保持することができ、上記のような鉄イオンの効果を、アルミニウム系表面のリン酸亜鉛皮膜形成において発現させることができる。
【0036】
亜鉛イオン濃度は、0.1g/l以上2.0g/l以下であり、より好ましくは0.3g/l以上1.5g/l以下である。亜鉛イオン濃度が0.1g/l未満の場合には、アルミニウム系表面に均一なリン酸亜鉛皮膜が形成されないうえ、スケが多く、一部ブルーカラー状の皮膜が形成されてしまう。また、亜鉛イオン濃度が2.0g/lを超える場合には、均一なリン酸亜鉛皮膜が形成されるが、アルカリに溶解し易く、特に、次工程のカチオン電着塗装時においては、アルカリ雰囲気下に晒されるため、具合が悪い。リン酸亜鉛皮膜が溶解してしまうと、耐温塩水性が低下し、特に鉄系表面の場合には耐スキャブ性(即ち、カサブタ状の錆(スキャブコロージョン)の防止性)が低下する等、所望の性能が得られない。
【0037】
ニッケルイオン濃度は、0.1g/l以上4.0g/l以下であり、より好ましくは0.1g/l以上2.0g/l以下である。ニッケルイオン濃度が0.1g/l未満の場合には鉄の耐食性が低下し、4.0g/lを超える場合には、アルミの耐食性が低下する。
【0038】
マンガンイオン濃度は、0.1g/l以上3.0g/l以下であり、より好ましくは0.6g/l以上3.0g/l以下である。マンガンイオン濃度が0.1g/l未満の場合には、亜鉛系表面と塗膜との密着性及び耐温塩水性の向上効果が不十分である。また、3.0g/lを超える場合には、その量の増加に見合った効果が期待できず、経済的に不利である。
【0039】
リン酸イオン濃度は、5g/l以上40g/l以下であり、より好ましくは10g/l以上30g/l以下である。リン酸イオン濃度が5g/l未満の場合には、不均一なリン酸亜鉛皮膜を形成し易く、40g/lを超える場合には、その量の増加に見合った効果の向上は期待できず、経済的に不利である。
【0040】
フッ化物のうち、錯フッ化物の濃度はF換算で、0.5g/l以上1.0g/l以下である。錯フッ化物の濃度がF換算で0.5g/l未満の場合には、アルミニウム系表面に均一なリン酸亜鉛皮膜が形成されず、優れた耐食性が得られない。また、1.0g/lを超える場合には、鉄系表面が過度にエッチングされてリン酸亜鉛皮膜量が減少し、優れた耐食性が得られない。
【0041】
フッ化物のうち、単純フッ化物の濃度はF換算で、0.3g/l以上0.5g/l以下である。単純フッ化物の濃度はF換算で0.3g/l未満の場合には、アルミニウム系表面にリン酸亜鉛皮膜が十分に形成されず、優れた耐糸錆性が得られない。また、0.5g/lを超える場合には、アルミニウム系表面のエッチング量の増加により、アルミニウム系表面でAl、F、Naを主成分とする副生成物の生成が促進され、優れた耐糸錆性及び耐水密着性が得られない。
【0042】
ここで、亜鉛イオンの供給源としては、例えば、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、硝酸亜鉛等が挙げられる。また、ニッケルイオンの供給源としては、例えば、炭酸ニッケル、硝酸ニッケル、塩化ニッケル、リン酸ニッケル、水酸化ニッケル等が挙げられ、マンガンイオンの供給源としては、例えば、炭酸マンガン、硝酸マンガン、塩化マンガン、リン酸マンガン等が挙げられる。さらには、リン酸イオンの供給源としては、例えば、リン酸、リン酸亜鉛、リン酸マンガン等が挙げられる。
【0043】
また、錯フッ化物としては、例えば、SiF6 、BF4 等が挙げられ、SiF6 の供給源としては、例えば、珪フッ化水素酸、珪フッ化水素酸ニッケル、珪フッ化水素酸亜鉛、珪フッ化水素酸マンガン、珪フッ化水素酸鉄、珪フッ化水素酸マグネシウム、珪フッ化水素酸カルシウム等が挙げられる。BF4 の供給源としては、例えば、硼フッ化水素酸、硼フッ化水素酸ニッケル、硼フッ化水素酸亜鉛、硼フッ化水素酸マンガン、硼フッ化水素酸鉄、硼フッ化水素酸マグネシウム、硼フッ化水素酸カルシウム等が挙げられる。
【0044】
フッ化物のうち、フリーのフッ素イオンを供給する単純フッ化物としては、例えば、フッ化水素酸、フッ化カリウム、フッ化ナトリウム、フッ化アンモニウム、酸性フッ化カリウム、酸性フッ化ナトリウム、フッ化アンモニウム、酸性フッ化アンモニウム等が挙げられる。アルミニウム合金から溶出したアルミニウムイオンは、化成処理剤中のフリーのフッ素イオンと結び付いて錯イオンを形成し、リン酸亜鉛皮膜の形成を促進する。
【0045】
さらに、本発明に係るリン酸亜鉛化成処理剤は、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をFe換算で0.025g/l以上0.45g/l以下含有する。このように、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をリン酸亜鉛化成処理剤中に添加することにより、鉄系表面から溶出した鉄イオンを化成処理剤中に保持でき、均一で緻密な被覆性の高いリン酸亜鉛皮膜を形成させることができる。具体的なキレート剤としては、例えば、クエン酸、酒石酸、EDTA、グルコン酸、コハク酸、タンニン酸、リンゴ酸、及び、これらの化合物や誘導体が挙げられる。
【0046】
キレート剤の含有量が0.025g/l未満の場合には、アルミニウム系表面におけるリン酸亜鉛皮膜の被覆性能が低下し、均一で緻密な被覆性の高いリン酸亜鉛皮膜を形成させることができない。また、0.45g/lを超える場合には、リン酸亜鉛皮膜量が減少し、優れた耐糸錆性が得られない。
【0047】
リン酸亜鉛化成処理剤のpHは、2.0以上5.0以下であり、より好ましくは3.0以上4.0以下である。pHの調整は、NaOH、アンモニア水溶液、硝酸等により行うことができる。アルミニウム合金を化成処理する際には、リン酸亜鉛処理剤をアルミニウム合金に接触させることにより行う。接触温度は、40℃以上60℃以下が好ましく、より好ましくは42℃以上48℃以下である。接触方法としては、スプレー法や浸漬法が挙げられ、スプレー処理時間及び浸漬時間はいずれも、1分以上10分以下であり、より好ましくは1.5分以上3分以下である。その他の接触方法として、フローコート法、ロールコート法により、アルミニウム合金にリン酸亜鉛処理剤を接触させてもよい。なお、化成処理が施されたアルミニウム合金は、水洗した後、乾燥工程に供される。乾燥温度は、80℃以上120℃以下である。
【0048】
<アルミニウム合金>
本発明で用いられるアルミニウム合金中の銅の含有量は、0.2重量%以下である。アルミニウム合金中の銅の含有量が多い場合には、耐食性が低下するため、例えば、特許文献1においても銅の含有量は0.1重量%以下にする必要があった。これに対して、本発明に係る表面処理方法では、銅の含有量が0.2重量%であっても優れた耐食性を付与することができる。
【実施例】
【0049】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0050】
<実施例1〜7、比較例1〜5>
[処理対象素材]
実施例1〜7及び比較例1〜5いずれにおいても、処理対象素材として同様のアルミニウム合金を用いた。具体的には、銅の含有量が0.01重量%以下、0.1重量%、0.2重量%であるアルミニウム合金を用いた。アルミニウム合金の大きさは、70mm×150mmとし、厚みを0.8mmとした。これらのアルミニウム合金を、#180のサンドペーパーでダブルアクションサンダー(コンパクトツール社製「905B4D」)を用いて全面研削し、処理対象素材とした。また、全面を研削したこれらのアルミニウム合金に、アルミニウム合金と同等の大きさ、厚みを有するSPCを接触導通させたものを処理対象素材とした。即ち、銅含有量の異なるアルミニウム合金三種類について、SPCを接触導通させたものと接触導通させていないものとを処理対象素材とした。
【0051】
アルミニウム合金とSPCを接触導通させた処理対象素材を図1に示す。この処理対象素材は、次の手順により作成した。先ず、アルミニウム合金10の両隣におよそ20mmの間隔を設けてSPC20を配置し、これらをハンガー40で吊るした。次いで、アルミニウム合金10及びSPC20の上部に穴を設け、これらの穴をアルミワイヤー30で結び、アルミニウム合金10とSPC20とを連結させることにより、アルミニウム合金10とSPC20とを接触導通させた処理対象素材とした。
【0052】
[処理工程]
実施例1〜7及び比較例1〜5いずれにおいても、(a)脱脂、(b)水洗、(c)表面調整、(d)化成処理、(e)水洗、(f)純水洗、(g)乾燥、(h)電着塗装、の順に処理を施した。(b)及び(e)の水洗工程では、処理対象素材に室温で水道水を15秒間スプレーし、(f)純水洗工程では、処理対象素材に室温でイオン交換水を15秒間スプレーした。また、(g)乾燥工程では、80℃で5分間、処理対象素材を乾燥させた。なお、(a)脱脂、(c)表面調整、(d)化成処理、及び、(h)電着塗装の各工程については、以下の通りに行った。
【0053】
[脱脂]
実施例1〜7及び比較例1〜5いずれにおいても、上記の処理対象素材それぞれについて、同様の脱脂処理を行った。具体的には、日本ペイント株式会社製のアルカリ脱脂処理剤(商品名「サーフクリーナーSD250」)のA剤を1.5重量%、B剤を0.9重量%含有する水溶液中に、上記の処理対象素材を浸漬させ、43℃で2分間、脱脂処理を行った。
【0054】
[表面調整]
実施例1〜7では、リン酸亜鉛粒子、カルボン酸基含有共重合体、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを各所定量含有する表面調整剤(以下、表面調整剤1とする)を用いて表面調整を行った。具体的には、先ず、表面調整剤1の調整として、水87.7質量部に、天然ヘクトライト「BENTON EW」(ELEMENTIS社製)0.3質量部を添加し、ディスパーを使用して3000rpmで30分間攪拌してプレゲルを得た。得られたプレゲルに、市販の「アロンA−6020」(アクリル酸40質量%、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸60質量%のカルボン酸基含有共重合体、東亞合成社製)2質量部、リン酸亜鉛粒子50質量部を添加し、苛性ソーダでpHを9.0に調整して表面調整剤を得た(リン酸亜鉛粒子濃度1500ppm、カルボン酸基含有共重合体濃度60ppm、天然ヘクトライト濃度45ppm)。次いで、得られた表面調整剤1中に、処理対象素材を浸漬させ、室温で30秒間、表面調整を行った。
【0055】
比較例1〜5では、実施例のようなリン酸亜鉛系の表面調整剤ではなく、チタンコロイド系の表面調整剤を用いて表面調整を行った。具体的には、日本ペイント株式会社製の表面処理剤(商品名「サーフファイン5N−10」建浴用)を0.1重量%含有するpHが9.0の水溶液(以下、表面調整剤2とする)中に、処理対象素材を浸漬させ、室温で30秒間、表面調整を行った。なお、表面調整剤1と表面調整剤2とでは、固形分はほぼ同等に設定した。
【0056】
但し、実施例7と比較例5については、脱脂及び水洗をした後、亜鉛イオン、ニッケルイオン、マンガンイオンを含有しない化成処理剤に、43℃で60秒間浸漬させてから表面調整を行った。このような操作を行った理由は次の通りである。表面調整に表面調整剤1を用いた場合には、アルミニウム素材とSPCとを接触導通させた状態で化成処理しても、リン酸亜鉛皮膜の低下は顕著ではない。このため、低皮膜量側で性能が維持できる限界値を見極めるため、これらの操作を実施した。金属イオンを含有しない化成処理剤に浸漬させる理由は、アルミニウム素材のエッチング量を、アルミニウム素材とSPCとを接触導通させた状態で化成処理したときと同等にするためである。即ち、低皮膜量にするために、正常な化成処理剤を用いて短時間で処理する場合には、皮膜量も少ないがエッチング量も小さい。これでは、アルミニウム素材とSPCとを接触導通させた状態を模擬できているとはいえないため、金属イオンを含有しない化成処理剤でエッチング量をコントロールしたものである。なお、エッチング量はおよそ0.5g/mを目標とした。
【0057】
[化成処理]
実施例1〜7及び比較例1〜5いずれにおいても、同様の化成処理剤を用い、43℃で2分間浸漬させて化成処理を行った。具体的には、化成処理剤として、亜鉛イオンを1.0g/l、ニッケルイオンを1.0g/l、マンガンイオンを1.3g/l、リン酸イオンを20g/l、錯フッ化物をF換算で0.5g/l、及び、単純フッ化物をF換算で0.35g/l含有し、さらに、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をFe換算で0.025g/l含有する化成処理剤を用いた。また、化成処理剤の全酸度を22.2pt、遊離酸度を0.5ptとなるように調整した。なお、上述した通り、実施例7及び比較例5については、化成処理の時間を短く設定した。具体的には、実施例7では10秒間、比較例5では20秒間とした。
【0058】
[電着塗装]
実施例1〜7及び比較例1〜5いずれにおいても、同様の電着塗装を行った。具体的には、日本ペイント株式会社製のカチオン電着塗料(商品名「パワートップV50グレー」)を用いてカチオン電着塗装した。塗装条件は、焼付乾燥後の塗膜厚が25μmとなるように設定した。電着塗装後、170℃で25分間焼付けし、表面調整、化成処理が施されたアルミニウム合金の表面上にカチオン電着塗膜を形成した。
【0059】
[中塗り塗装]
電着塗膜上に日本ペイント株式会社製の中塗り塗料(商品名「オルガP−5A N−2.0」)をスプレー塗装し、温度140℃で20分間焼付けた。形成された中塗り塗膜の焼付け乾燥後の膜厚は、35μmであった。
【0060】
[上塗り塗装]
中塗り塗膜上に日本ペイント株式会社製の上塗り塗料(商品名「スーパーラックM−95HB YR−511P」)をスプレー塗装し、温度140℃で20分間焼付けた。形成された上塗り塗膜の焼付け乾燥後の膜厚は、15μmであった。
【0061】
<評価>
[耐糸錆性]
3コート板の塗膜に鋭利なカッターを用いてクロスカット(カット長さ20cm)を入れ、JIS−Z2371に準じた塩水噴霧を24時間実施した。次いで、温度40℃、相対湿度70〜75%の湿潤雰囲気下に、240時間放置することを1サイクルとし、4サイクル後のクロスカット部からの膨れを目視で確認し、以下の基準に従って評価した。
【0062】
○・・・膨れはほとんど見られない。
△・・・膨れがわずかに見られる。
×・・・膨れが著しい。
【0063】
[耐水密着性]
リン酸亜鉛皮膜及びカチオン電着塗膜が形成された試験板を40℃の温水に240時間浸漬後、室温まで冷却した。その後、碁盤目密着テストを実施し、剥がれ具合を目視で、以下の基準に従って評価した。
【0064】
○・・・剥がれは見られない。
△・・・カット部のエッジ欠けが見られる。
×・・・剥がれが見られる。
【0065】
[化成皮膜重量]
化成皮膜重量は、化成処理を施した試験板を硝酸30%水溶液中に常温で1分間浸漬して化成皮膜を溶解させ、その溶解前後の重量を測定、計算して求めた。
【0066】
実施例1〜7及び比較例1〜5について行った耐糸錆性及び耐水密着性の評価結果を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
表1の評価結果をまとめると次の通りである。第一に、アルミニウム合金とSPCとを接触導通させた場合、比較例では良好な耐食性は得られないのに対し、実施例ではアルミニウム合金中の銅の含有量が0.2重量%以下の範囲で良好な耐食性が得られる。第二に、アルミニウム合金中の銅の含有量が0.2重量%である場合、比較例では良好な耐食性は得られないが、実施例ではアルミニウム合金とSPCとの接触導通の有る無しに関わらず良好な耐食性が得られる。そして、第三に、リン酸亜鉛皮膜が0.3g/mと低皮膜量である場合、比較例では良好な耐食性は得られないのに対し、実施例では良好な耐食性が得られる。従って、本発明によれば、アルミニウム合金の表面上に、耐食性に優れた均一で緻密なリン酸亜鉛皮膜を形成できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】アルミニウム合金とSPCを接触導通させた処理対象素材を示す図面である。
【符号の説明】
【0070】
10 アルミニウム合金
20 SPC
30 アルミワイヤー
40 ハンガー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金の表面を脱脂して水洗する工程と、前記脱脂して水洗をしたアルミニウム合金の表面を表面調整剤で表面調整する工程と、前記表面調整をしたアルミニウム合金の表面をリン酸亜鉛化成処理剤で化成処理する工程と、を含むアルミニウム合金の表面処理方法であって、
前記表面調整剤を、D50が3μm以下であるリン酸亜鉛粒子を50ppm以上2000ppm以下、50質量%未満量のアクリル酸と50質量%を超える量の2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸とを含有する単量体組成物を共重合してなるカルボン酸基含有共重合体を2ppm以上200ppm以下、並びに、天然ヘクトライト及び/又は合成ヘクトライトを3ppm以上200ppm以下含有するpHが7以上12以下の表面調整剤とし、
前記リン酸亜鉛化成処理剤を、亜鉛イオンを0.1g/l以上2.0g/l以下、ニッケルイオンを0.1g/l以上4.0g/l以下、マンガンイオンを0.1g/l以上3.0g/l以下、リン酸イオンを5g/l以上40g/l以下、錯フッ化物をF換算で0.5g/l以上1.0g/l以下、単純フッ化物をF換算で0.3g/l以上0.5g/l以下、及び、鉄イオンとキレート結合が可能なキレート剤をFe換算で0.025g/l以上0.45g/l以下含有する酸性水溶液からなるリン酸亜鉛化成処理剤とするアルミニウム合金の表面処理方法。
【請求項2】
前記アルミニウム合金中の銅の含有量を、0.2重量%以下とする請求項1記載のアルミニウム合金の表面処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−183144(P2006−183144A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−345328(P2005−345328)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】