説明

アルミニウム合金ブレージングシート

【課題】ろう付後の強度、加工性、耐食性等を所定以上に維持しつつ、従来よりもろう付性を向上させたアルミニウム合金ブレージングシートを提供する。
【解決手段】心材2の一方の面にろう材3を設けた2層構造のアルミニウム合金ブレージングシート1であって、心材2は、Si:0.6〜1.0質量%、Cu:0.6〜1.0質量%、Mn:0.7〜1.8質量%、Mg:0.1〜0.7質量%、Ti:0.06〜0.20質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなり、ろう材3は、Si:3.0〜12.0質量%を含有するアルミニウム合金からなり、アルミニウム合金ブレージングシート1の板厚が0.6〜1.4mmであり、心材2表面における{001}面の面積率が0.3以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の熱交換器に使用される、ろう付性に優れたアルミニウム合金ブレージングシートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用熱交換器のラジエータやヒータコア等に用いられるサイドサポート材(補強材)は、心材とろう材とからなる2層構造の場合が多く(例えば、特許文献1)、心材に0.2質量%程度のMgを添加した上で板厚を所定以上の厚さとし、高強度化を図っていた(例えば、特許文献2)。
【0003】
その一方で、近年の自動車軽量化傾向に伴って、サイドサポート材に対する薄肉化の要求が高まっている。しかし、例えば特許文献1または特許文献2に係る技術を適用したサイドサポート材をそのまま薄肉化すると、熱交換器としての十分な強度を確保することができない可能性がある。また、更なる強度を確保するために心材中のMg添加量を増加させることも考えられるが、一般に、Mgはろうの濡れ性を低下させ、ろう付性に悪影響を与えることが知られている。
【0004】
ここで、一般的な熱交換器のラジエータは、図3に示すような断面形状を有している。すなわち、ラジエータ100は、冷媒を通すチューブ30と、補強のためのサイドサポート材40と、の間にそれぞれフィン50が配置され、チューブ30およびサイドサポート材40の両端にそれぞれヘッダプレート20が取り付けられた構造を有している。なお、図3において、各部材の長さ・厚さ・幅等が誇張して示している。また、ろう材22,32,42は、通常はろう付け時の加熱によって溶融するが、説明の便宜上残して図示している。
【0005】
このようなラジエータ100のサイドサポート材40は一般的に、心材41の一方の面にろう材42を設けた2層構造のブレージングシートを用いて構成されているため(図3はブレージングシートをろう付けした状態だが、説明の便宜上ろう材42を残して図示)、心材41がヘッダプレート20と直接ろう付けされる箇所がある。従って、他部材であるヘッダプレート20のろう材22が加熱によって心材41表面に広がることでろう付けされ、フィレットF(ろうが継手のすきまからはみ出した部分)が形成される。
【0006】
このように、他部材とのろう付けが必要なサイドサポート材40の心材41に、前記したような強度確保のためのMgが含有されていると、ろう付け加熱時にMgがフラックスと直接反応してMgF等の高融点化合物が形成され易くなる。そして、その結果、フラックスによる酸化皮膜破壊作用が低下してろうの濡れ性が阻害され、ろう付性が低下してしまう。
【0007】
そこで従来は、このような問題を回避するために、心材とろう材との間に中間層を設けることでMg添加量を増やすことなく強度を確保したり(例えば、特許文献3)、あるいは心材の他方の面(ろう材が設けられた面の反対側の面)にMgを含有しない層を設けることでろう付性の向上を図っていた(例えば、特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−241136号公報(段落0020参照)
【特許文献2】特開2007−131872号公報(段落0010参照)
【特許文献3】特開2005−015857号公報(段落0022参照)
【特許文献4】特開2002−273598号公報(段落0020参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献3および特許文献4に記載された方法は、心材とろう材以外に別の層を設けるため、製造コストがアップするという問題点があった。また、特許文献3および特許文献4に記載されたような手段のみでは、ろう付性の向上には不十分であった。
【0010】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであって、ろう付後の強度、加工性、耐食性等を所定以上に維持しつつ、従来よりもろう付性を向上させたアルミニウム合金ブレージングシートを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、心材とろう材以外に別の層を設けること以外に、ろう付性を向上させる要因がないかについて鋭意実験・検討を重ねた。そして、心材表面の結晶方位({001}面の面積率)がろう付性と相関関係にあり、当該結晶方位を制御することで、ろう付性が向上することを見出した。
【0012】
すなわち、前記した課題を解決するために本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートは、心材の一方の面にろう材を設けた2層構造のアルミニウム合金ブレージングシートであって、前記心材が、Si:0.6〜1.0質量%、Cu:0.6〜1.0質量%、Mn:0.7〜1.8質量%、Mg:0.1〜0.7質量%、Ti:0.06〜0.20質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなり、前記ろう材が、Si:3.0〜12.0質量%を含有するアルミニウム合金からなり、前記アルミニウム合金ブレージングシートの板厚が0.6〜1.4mmであり、前記心材表面における{001}面の面積率が0.3以上である構成とする。
【0013】
かかる構成により、アルミニウム合金ブレージングシートは、心材にSi,Cu,Mn,Mgを所定量含有させることで、強度および成形性を向上させることができ、かつ、心材にTiを所定量含有させることで、耐食性を向上させることができる。また、板厚を所定範囲とすることで強度を維持しつつ薄肉化を図ることができる。また、心材表面における{001}面の面積率を所定値以上とすることにより、心材の表面エネルギーを増加させ、ろうの濡れ性を向上させることができる。
【0014】
また、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートは、前記心材が、Cr:0.02〜0.25質量%、Zr:0.02〜0.25質量%のうちの少なくとも1種をさらに含有する構成とする。
【0015】
かかる構成により、アルミニウム合金ブレージングシートは、心材にCrまたはZrのいずれかを所定量含有させることで、強度および成形性をさらに向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートによれば、心材表面における{001}面の面積率を0.3以上とすることにより、心材の表面エネルギーが増加し、心材のろうの濡れ性が向上する。従って、心材にMgが含有されることによってフラックスの酸化皮膜破壊作用が低下した場合であっても、心材のろう付性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態に係るアルミニウム合金ブレージングシートを示す断面図である。
【図2】実施形態に係るアルミニウム合金ブレージングシート材における心材表面の結晶格子面を説明するための概略図である。
【図3】一般的な熱交換器のラジエータの構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係るブレージングシートについて、詳細に説明する。図1に示すように、実施形態に係るブレージングシート1は、心材2の一方の面にろう材3をクラッドした2層構造を有している。このようなブレージングシート1は、前記したようなラジエータのサイドサポート材として用いた場合、他部材であるヘッダプレートと直接ろう付けされることになる。
【0019】
実施形態に係るブレージングシート1は、心材2の組成を適正化し、かつ、製造時における仕上冷間加工率と仕上焼鈍条件とを制御することで、心材2表面における{001}面の面積率を所定値以下に制御し、ろう付性を向上させることを特徴としている。以下では、まず{001}面の面積率とろう付性との関係について、その原理から順を追って説明する。
【0020】
({001}面の面積率)
{001}面とは、心材2表面の結晶格子面において、ブレージングシート1の長さ(圧延)方向、幅方向および厚さ方向に平行な面を、ミラー指数で示したものである。すなわち、図2に示すように、{001}面10は、図2に示す結晶格子面の(001)面11、(010)面12、(100)面13、(00−1)面14、(0−10)面15、(−100)面16のいずれかを示すミラー指数の包括表現である。
【0021】
ここで、図2に示すように、(001)面11およびこれと対向する(00−1)面14は、ブレージングシート1の長さ方向および幅方向に平行な結晶格子面を、(010)面12およびこれと対向する(0−10)面15は、ブレージングシート1の幅方向および厚さ方向に平行な結晶格子面を、(100)面13およびこれと対向する(−100)16は、ブレージングシート1の長さ方向および厚さ方向に平行な結晶格子面を意味している。
【0022】
{001}面10の面積率とは、心材2表面の結晶格子面のうち、{001}面10が占める割合のことを意味する。すなわち、心材2表面に存在する結晶粒子のうち、ブレージングシート1の長さ方向、幅方向および厚さ方向に平行な結晶方位を有するものを意味する。なお、心材2表面とは、後記するように、心材2の最表面から板厚(内部)方向に40〜90μm進んだ地点のことを指す。心材2における{001}面10の面積率の具体的な測定方法については、後記する。
【0023】
({001}面の面積率と金属間化合物との関係)
心材2表面における{001}面10の面積率は、心材2の表面に含有される一定以上の大きさ、例えば1μm以上の金属間化合物の量に影響を受ける。例えば、心材2の表面に1μm以上の金属間化合物が多数存在すると、ろう付け(加熱)時に当該金属間化合物を核として再結晶および結晶粒成長が促進される。そして、結晶方位の異なる結晶粒が多数成長することで、心材2表面における{001}面10の面積率が低下する。
【0024】
一方、心材2表面に一定以上の大きさの金属間化合物が晶出しないように当該心材2の組成および、製造時における仕上冷間加工率と仕上焼鈍条件とを適正化することで、再結晶および結晶粒の成長を抑制し、結晶方位の異なる結晶粒の成長を防止することができる。すなわち、上記適正化によって、心材2表面における{001}面10の面積率が増加することになる。
【0025】
({001}面の面積率と表面エネルギーとの関係)
心材2表面における{001}面10の面積率が高いと、心材2の表面エネルギー(液体または固体で新たに単位面積の表面を作るために必要なエネルギー)も増加することになる。これは、詳細は明らかとなっていないが、{001}面10の面積率が増大することにより、{001}面10より表面エネルギーが小さい{001}面10以外の面の面積率が減少し、相対的に表面エネルギーが増大するためと考えられる。従って、前記したように、心材2表面の金属間化合物の晶出を抑制し、心材2表面における{001}面10の面積率を制御することにより、心材2の表面エネルギーを増加させることができる。
【0026】
(表面エネルギーとろうの濡れ性との関係)
心材2の表面エネルギーが増加すると、心材2表面におけるろうの濡れ性も向上することになる。これは、固体と液体の界面エネルギーと接触角との関係を定めた下記式(1)に示すヤングの式から説明することができる。なお、下記式(1)において、γは固体(心材2)の表面エネルギー、γは液体(ろう材3)の表面エネルギー、θは接触角(ろう材3の接線と心材2表面のなす角度)、γslは固体と液体の界面エネルギーを示している。
【0027】
【数1】

【0028】
本実施形態では、心材2の組成を適正化し、かつ、仕上冷間加工率と仕上焼鈍条件を制御することで、上記式(1)の固体の表面エネルギーγを増加させる。一方、上記式(1)の液体の表面エネルギーγは変化せず、固体と液体の界面エネルギーγslも大きく変化しない。従って、固体の表面エネルギーγを増加させると、cosθの値が必然的に大きくなる。すなわち、cosθの値が1(cos0°)に近づき、接触角θ自体の値は小さくなる。
【0029】
ここで、一般に、固体に対する液体の接触角θが小さい程、固体に対する液体の濡れ性は高い。従って、前記したように、心材2表面における{001}面10の面積率が増加すると、心材2表面に対するろうの濡れ性も向上することになる。また、ろうの濡れ性が高いと、必然的に他部材とのろう付性も高くなる。
以下では、これらの説明を踏まえて、実施形態に係るブレージングシート1を構成する各要素について、詳細に説明する。
【0030】
(心材)
心材2は、Si:0.6〜1.0質量%、Cu:0.6〜1.0質量%、Mn:0.7〜1.8質量%、Mg:0.1〜0.7質量%、Ti:0.06〜0.20質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる。また、心材2は、Cr:0.02〜0.25質量%、Zr:0.02〜0.25質量%のうちの少なくとも1種をさらに含有することが好ましい。以下、その限定理由について説明する。
【0031】
(Si:0.6〜1.0質量%)
Siは、Mgと共存させることでMgSiを形成し、ろう付後強度を向上させる。但し、Siが0.6質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さく、Siが1.0質量%を越える場合、心材2の固相線温度が低下してろう付時に心材2が溶融する。従って、心材2に含有されるSiの量は、上記範囲内とする。
【0032】
(Cu:0.6〜1.0質量%)
Cuは、固溶することでろう付後強度を向上させる。但し、Cuが0.6質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さく、Cuが1.0質量%を越える場合、心材2の固相線温度が低下してろう付時に心材2が溶融する。従って、心材2に含有されるCuの量は、上記範囲内とする。
【0033】
(Mn:0.7〜1.8質量%)
Mnは、Siと共存させることでAl−Mn−Si系分散粒子を形成し、分散強化によってろう付後強度を向上させる。但し、Mnが0.7質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さい。また、Mnが1.8質量%を越える場合、鋳造時に形成される粗大な金属間化合物の量が増加して成形性が低下する。そして、サイドサポート材として必要な曲げ加工を施す際に、当該粗大な金属間化合物を起点とした割れが発生する場合がある。従って、心材2に含有されるMnの量は、上記範囲内とする。
【0034】
(Mg:0.1〜0.7質量%)
Mgは、Siと共存することでMgSiを形成し、ろう付後強度を向上させる。但し、Mgが0.1質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さく、Mgが0.7質量%を越える場合、ろう付加熱時にフラックス中に到達するMg量が増えてフラックスの機能が損なわれるため、ろう付性が低下する。従って、心材2に含有されるMgの量は、上記範囲内とする。
【0035】
(Ti:0.06〜0.20質量%)
Tiは、Al合金中でTi−Al系化合物を形成し、層状に分散する。このTi−Al系化合物は電位が貴であるため、腐食形態が層状化して厚さ方向への腐食(孔食)に進展し難くなり、耐食性が向上する。但し、Tiが0.06質量%未満の場合、腐食形態が層状化しないため耐食性を向上させる効果が小さい。また、Tiが0.20質量%を超える場合、粗大な金属間化合物が形成されて成形性が低下する。そして、サイドサポート材として必要な曲げ加工を施す際に、当該粗大な金属間化合物を起点とした割れが発生する場合があり、曲げ加工性が低下する。従って、心材2に含有されるTiの量は、上記範囲内とする。
【0036】
(Cr:0.02〜0.25質量%)
Crは、Al−Cr系分散粒子を形成し、分散強化によってろう付後強度を向上させる。但し、Crが0.02質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さい。また、Crが0.25質量%を越える場合、鋳造時に形成される粗大な金属間化合物の量が増加して成形性が低下する可能性がある。そして、サイドサポート材として必要な曲げ加工を施す際に、当該粗大な金属間化合物を起点とした割れが発生する場合があり、曲げ加工性が低下する可能性がある。従って、心材2に含有されるCrの量は、上記範囲内とすることが好ましい。
【0037】
(Zr:0.02〜0.25質量%)
Zrは、Al−Zr系分散粒子を形成し、分散強化によってろう付後強度を向上させる。但し、Zrが0.02質量%未満の場合、ろう付後強度を向上させる効果が小さい。また、Zrが0.25質量%を越える場合、鋳造時に形成される粗大な金属間化合物の量が増加して成形性が低下する可能性がある。そして、サイドサポート材として必要な曲げ加工を施す際に、当該粗大な金属間化合物を起点とした割れが発生する場合があり、曲げ加工性が低下する可能性がある。従って、心材2に含有されるZrの量は、上記範囲内とすることが好ましい。
【0038】
(心材の不可避不純物)
なお、心材2に含まれる不可避不純物としては、Fe,B,Cr等が挙げられる。Fe:0.3質量%以下、その他の元素:0.1質量%以下で合計:0.8質量%以下であれば、心材に2に含まれていても本発明の効果を妨げるものではなく、不可避不純物とみなすことができる。
【0039】
(心材の製造方法)
心材2の製造方法は特に限定されない。例えば、前記した合金を用いて心材用アルミニウム合金を造塊し、所定の鋳造温度で鋳造後、鋳塊を所定温度で所定時間均質化熱処理することにより製造することができる。
【0040】
(ろう材)
ろう材3は、Si:3.0〜12.0質量%を含有するアルミニウム合金からなる。ろう材3に含有されるSiが3.0質量%未満の場合、ろう溶融時の液相率が不足して十分なろう付性を得ることができず、Siが12.0質量%を超える場合、ろう材3の鋳造時に粗大なSiの初晶が生じるため、サイドサポート材の曲げ加工時に割れが発生する場合があり、曲げ加工性が低下する。
【0041】
(ろう材の不可避的不純物)
なお、ろう材3に含まれる不可避不純物としては、Fe,B等が挙げられる。Fe:0.3質量%以下、その他の元素:0.1質量%以下で合計:0.8質量%以下であれば、ろう材に2に含まれていても本発明の効果を妨げるものではなく、不可避不純物とみなすことができる。
【0042】
(ろう材の製造方法)
ろう材3の製造方法は特に限定されない。例えば、前記した合金を用いてろう材用アルミニウム合金を造塊し、所定の鋳造温度で鋳造後、鋳塊を所定温度で所定時間均質化熱処理することにより製造することができる。
【0043】
(アルミニウム合金ブレージングシート)
実施形態に係るブレージングシート1は、前記したように、心材2の一方の面にろう材3を設けた2層構造のシートである。ここで、ブレージングシート1の板厚は、0.6〜1.4mmとする。板厚が0.6mm未満の場合、剛性および強度が不足して座屈し易くなり、板厚が1.4mmを超える場合、熱交換器に使用する際の重量が増加するため座屈し易くなる。なお、ブレージングシート1の板厚は、薄肉化を図る観点から0.7〜1.1mmとすることがより好ましい。
【0044】
(心材表面における{001}面の面積率が0.3以上)
心材2にろう材3をクラッドしたブレージングシート1においては、心材2表面における{001}面10の面積率を0.3以上とする。すなわち、心材2表面における{001}面10の面積率を0.3以上とすることで、心材2の表面エネルギーが増加させるとともに、心材2に対するろう材3の接触角θを低下させることができるため、ろうの濡れ性およびろう付性を向上させることができる。
【0045】
一方、心材2表面における{001}面10の面積率が0.3未満だと、心材2の表面エネルギーが低下するとともに、表面エネルギーの小さい他の面の面積率が相対的に増加してしまう。従って、心材2に対するろう材3の接触角θが増加してろうの濡れ性が阻害され、ろう付性が低下する。なお、{001}面10の面積率の具体的な制御方法については、後記する。
【0046】
({001}面の面積率の測定方法)
心材2表面における{001}面10の面積率の測定は、EBSP(電子後方散乱パターン:Electron Back Scatter diffraction Pattern)検出器を備えたFE−SEM(電界放射型 走査型電子顕微鏡:Field Emission-Scanning Electron Microscope)を用いて、SEM−EBSP法によって行なうことが好ましい。
【0047】
ここで、EBSPとは、試験片表面に電子線を入射させたときに発生する反射電子から得られた菊池パターン(菊池線)のことであり、このパターンを解析することにより、電子線入射位置の結晶方位を決定することができるものである。また、菊池パターンとは、結晶に当たった電子線が散乱して回折された際に、白黒一対の平行線や帯状もしくはアレイ状に電子回折像の背後に現れるパターンのことを指す。
【0048】
測定に用いるEBSP検出器を備えたFE−SEMとしては、例えば、「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いることができる。また、{001}面10の面積率の測定地点は、心材2の最表面から板厚(内部)方向に40〜90μm進んだ地点とし、当該測定箇所までバフ研磨および電解研磨を行ない、結晶格子面のCube方位({001}<100>:圧延方向)、および、回転Cube方位({001}<110>:Cube方位が板面回転した方位)から15度以内の方位差である面を{001}面10の面積率として測定することができる。
【0049】
(アルミニウム合金ブレージングシートの製造方法)
実施形態に係るブレージングシート1は、前記した製造方法で製造した心材2、ろう材3を組み合わせることで製造することができる。すなわち、心材2の一方の面にろう材3を重ね、所定の板厚となるように熱間圧延し、冷間圧延および仕上焼鈍を行なうことで製造する。なお、冷間圧延中に中間焼鈍を施してもよく、あるいは、心材2およびろう材3を予め薄板で製造し、熱間圧延を行なわずに冷間圧延のみを施してもよい。ここで、心材2表面における{001}面10の面積率を0.3以上に制御するには、前記した心材2の組成を適正化するとともに、ブレージングシート1の製造時における仕上冷間加工率と仕上焼鈍条件とを制御することが必要となる。
【0050】
(仕上冷間圧延率および仕上焼鈍条件)
実施形態に係るブレージングシート1において、心材2表面における{001}面10の面積率を0.3以上とするためには、ブレージングシート1の製造工程において、冷間圧延時における仕上冷間圧延率を30〜85%とし、仕上焼鈍の温度を300〜450℃で2時間以上とし、200℃以上の昇温速度を50℃/分以下とする必要がある。これは、仕上焼鈍時に冷間加工を受けた材料が再結晶しながら結晶方位を再配列して成長する過程において、{001}面10が一定比率で成長して面積率が増加するためであると考えられる。
【0051】
(仕上冷間圧延率:30〜85%)
仕上冷間圧延率を30〜85%とすることにより、仕上冷間圧延による加工ひずみを駆動力として、{001}面10が圧延面と平行となるような再結晶が促進され、{001}面10の面積率が増加する。
【0052】
一方、仕上冷間圧延率が30%未満の場合、仕上焼鈍時における再結晶の核となるひずみ集中部分が不均一に分散するため、結晶方位が再配列する際に{001}面10以外の方位も併せて成長し易くなり、{001}面10の面積率が増加しない。また、仕上冷間圧延率が85%を超える場合、加工ひずみが大きいため再結晶の発生場所が増大する。従って、種々の方位面が再結晶面として発達することで結晶方位のばらつきが増大し、{001}面10の面積率が増加しない。従って、仕上冷間圧延率を上記範囲内とすることで、{001}面10の面積率を0.3以上とすることができる。なお、仕上冷間圧延率の好ましい範囲は45〜83%である。
【0053】
(仕上焼鈍の温度:300〜450℃で2時間以上)
仕上焼鈍の温度を300〜450℃とすることにより、心材2における{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が発生するため、{001}面10の面積率が増加する。
【0054】
一方、仕上焼鈍の温度が300℃未満の場合、{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が発生しないため、{001}面10の面積率が増加しない。また、仕上焼鈍の温度が450℃を超える場合、{001}面10以外の面の再結晶が発生するため、{001}面10の面積率が増加しない。従って、仕上焼鈍の温度を上記範囲内とすることで、{001}面10の面積率を0.3以上とすることができる。
【0055】
(仕上焼鈍昇温速度:200℃以上の昇温速度が50℃/分以下)
仕上焼鈍における200℃以上の昇温速度を50℃/分以下とすることで、心材2における{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が発生するため、{001}面10の面積率が増加する。
【0056】
一方、200℃以上の昇温速度が50℃/分未満の場合、再結晶の発生場所が増大しやすいため、結晶方位のばらつきが増大し、{001}面10の面積率が増加しない。従って、仕上焼鈍昇温速度を上記範囲内とすることで、{001}面10の面積率を0.3以上とすることができる。
【0057】
なお、必要に応じて冷間圧延中に中間焼鈍を実施しても良い。その際の条件は、例えば、300〜450℃で2〜10時間の焼鈍、あるいは、350〜540℃のCALによる焼鈍でもよい。
【実施例】
【0058】
次に、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートについて、本発明の要件を満たす実施例と、本発明の要件を満たさない比較例と、を対比して具体的に説明する。
【0059】
(心材の製造)
表1に示す組成を有するS1〜S15,S21〜S30の心材用アルミニウム合金を造塊し、700℃の鋳造温度にて鋳塊を鋳造後、550℃で10時間均質化熱処理し、500℃までの冷却を0.5℃/分で行った後、熱間圧延を行って心材用板材とした。なお、心材記号S31〜S33は、従来技術の心材を想定したものである。
【0060】
【表1】

【0061】
(ろう材の製造)
表2に示す組成を有するR1〜R5のろう材用アルミニウム合金を造塊し、700℃の鋳造温度にて鋳塊を鋳造後、550℃で10時間均質化熱処理し、500℃までの冷却を0.5℃/分で行った後、熱間圧延を行ってろう材用板材とした。
【0062】
【表2】

【0063】
(ブレージングシートの製造)
製造したS1〜S15,S21〜S30の心材用板材の一方の面に、R1〜R5のろう材用板材を重ねて400℃で熱間圧延を行い、表3の条件欄に示す板厚となるように、同欄に示す仕上冷間圧延率で仕上冷間圧延を行なった。また、ろう材のクラッド率は10%とした。そして、表3の条件欄に示す仕上焼鈍昇温速度で400℃×3時間の仕上焼鈍を行い、No.1〜20,No.31〜50のブレージングシートを得た。ここで、作成したブレージングシートのうち、No.51〜53は、従来技術の心材を用いたブレージングシートを想定したものである。
【0064】
【表3】

【0065】
次に、前記したように作製したアルミニウム合金ブレージングシートを供試材とし、供試材の心材表面における{001}面の面積率、ろう付後強度、ろう付後座屈荷重、曲げ加工性、耐食性、ろう付性、を下記に示す方法で測定・評価し、それらの結果を表3の評価欄に示した。なお、本実施例においては、これらの評価項目の全てが良好と評価されたものを本発明の要件を満たす実施例とし、これらの評価項目の一つでも不良と評価されたものを本発明の要件を満たさない比較例とした。
【0066】
({001}面の面積率の測定)
心材表面における{001}面の面積率の測定は、SEM−EBSP法で行い、測定機器としては「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いた。そして、心材の最表面から板厚(内部)方向に60μm進んだ地点までバフ研磨および電解研磨を行い、Cube方位({001}<100>)、および、回転Cube方位({001}<110>)から15度以内の方位差である面を{001}面の面積率として測定した。
【0067】
(ろう付後強度の評価)
ろう付後強度は、供試材を600℃×3分間のろう付けを模した条件で加熱処理した後に室温で7日間保持し、引張方向が圧延方向と平行となるように、JIS5号試験片に加工し、室温で引張試験を実施することにより測定した。そして、引張強さが170MPa以上のものを最も良好「◎」と評価し、引張強さが160MPa以上170MPa未満のものを良好「○」と評価し、引張強さが160MPa未満のものを不良「×」と評価した。
【0068】
(ろう付後座屈荷重の評価)
ろう付後座屈荷重は、供試材を600℃×3分間のろう付けを模した条件で加熱処理した後に室温で7日間保持し、板厚はそのままで長さ100mm×幅15mmに加工し、圧縮試験機を用いて測定した。そして、座屈荷重が100MPa以上のものを最も良好「◎」と評価し、座屈荷重が50MPa以上100MPa未満のものを良好「○」と評価し、引張強さが50MPa未満のものを不良「×」と評価した。
【0069】
(曲げ加工性の評価)
曲げ加工性は、供試材に対して1.0Rの90度曲げ試験を行い、試験後R部を光学顕微鏡で観察した。そして、亀裂長さ20μm以上の微小割れがない場合を良好「○」と評価し、微小割れがある場合を不良「×」と評価した。
【0070】
(耐食性の評価)
耐食性は、供試材を600℃×3分間のろう付けを模した条件で加熱処理した後に、心材側を試験面として、7日間SWAAT試験(酸性人工海水噴霧試験:噴霧と湿潤のサイクル試験)を行い、腐食深さを測定することにより評価した。そして、腐食深さが200μm未満のものを良好「○」と評価し、腐食深さが200μm以上のものを不良「×」と評価した。
【0071】
(ろう付性の評価)
ろう付性は、「アルミニウムブレージングハンドブック 改訂版(竹本正ら著、軽金属溶接構造協会、2003年3月発行)」の132〜136頁に記載されている評価方法により評価した。すなわち、水平に置いた下板(供試材(縦幅25mm×横幅60mm))と、この下板に対して垂直に立てて配置した上板(4045Al/3003Al合金板1.0t(縦幅25mm×横幅60mm))との間に、φ2mmのステンレス製スペーサを挟んで、一定のクリアランスを設定した。また、ろう材のクラッド率を10%とし、下板の供試材のろう材面側にフラックス(森田化学工業株製FL−7)を10g/m塗布した。そして、間隙充填長さが20mm以上のものを最も良好「◎」と評価し、間隙充填長さが15mm以上20mm未満のものを良好「○」と評価し、間隙充填長さが15mm未満のものを不良「×」と評価した。
【0072】
表3に示すように、No.1〜20の供試材は、本発明の要件を満たすため、供試材の心材表面における{001}面の面積率、ろう付後強度、ろう付後座屈荷重、曲げ加工性、耐食性、ろう付性の全ての項目で良好な結果となった。一方、No.31〜50の供試材は、本発明の規定する要件を満たさないため、供試材の心材表面における{001}面の面積率、ろう付後強度、ろう付後座屈荷重、曲げ加工性、耐食性、ろう付性のいずれかが不良な結果となった。
【0073】
具体的には、No.31,32の供試材は、仕上冷間圧延率が85%を超えるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。また、No.33,34の供試材は、仕上冷間圧延率が30%未満であるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。また、No.35,36の供試材は、板厚が0.6mm未満であるため、剛性および強度が不足してろう付後座屈荷重が低かった。
【0074】
No.37の供試材は、心材中のSiが0.6質量%未満であるため、ろう付後強度が低かった。また、No.38の供試材は、心材中のSiが1.0質量%を超えるため、ろう付時に心材が溶融して評価ができなかった。
【0075】
No.39の供試材は、心材中のCuが0.6質量%未満であるため、ろう付後強度が低かった。また、No.40の供試材は、心材中のCuが1.0質量%を超えるため、ろう付時に心材が溶融して評価ができなかった。
【0076】
No.41の供試材は、心材中のMnが0.7質量%未満であるため、ろう付後強度が低かった。また、No.42の供試材は、心材中のMnが1.8質量%を超えるため、曲げ加工性が低かった。
【0077】
No.43の供試材は、心材中のMgが0.2質量%未満であるため、ろう付後強度が低かった。また、No.44の供試材は、心材中のMgが0.7質量%を超えるため、ろう付性が低かった。
【0078】
No.45の供試材は、心材中のTiが0.06質量%未満であるため、耐食性が低かった。また、No.46の供試材は、心材中のTiが0.20質量%を超えるため、曲げ加工性が低かった。
【0079】
No.47の供試材は、ろう中のSiが0.3質量%未満であるため、ろう付け性が悪かった。また、No.48の供試材は、ろう中のSiが12.0質量%を超えるため、曲げ加工性が低かった。
【0080】
No.49,50の供試材は、仕上焼鈍の昇温温度が50℃/分を超えるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。
【0081】
No.51の供試材は、仕上焼鈍の昇温温度が50℃/分を超えるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。また、No.52の供試材は、仕上冷間圧延率が30%未満であるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。また、No.53の供試材は、仕上冷間圧延率が85%を超えるため、心材表面における{001}面の面積率が0.3未満となり、ろう付性が悪かった。
【0082】
以上、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートについて、発明を実施するための最良の形態および実施例により具体的に説明したが、本発明の趣旨はこれらの記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。また、これらの記載に基づいて種々変更、改変等したものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0083】
1 アルミニウム合金ブレージングシート(ブレージングシート)
2 心材
3 ろう材
10 {001}面
11 (001)面
12 (010)面
13 (100)面
14 (00−1)面
15 (0−10)面
16 (−100)面
20 ヘッダプレート
21 心材
22 ろう材
23 犠牲陽極材
30 チューブ
31 心材
32 ろう材
33 犠牲陽極材
40 サイドサポート材
41 心材
42 ろう材
100 ラジエータ
F フィレット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心材の一方の面にろう材を設けた2層構造のアルミニウム合金ブレージングシートであって、
前記心材は、Si:0.6〜1.0質量%、Cu:0.6〜1.0質量%、Mn:0.7〜1.8質量%、Mg:0.1〜0.7質量%、Ti:0.06〜0.20質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなり、
前記ろう材は、Si:3.0〜12.0質量%を含有するアルミニウム合金からなり、
前記アルミニウム合金ブレージングシートの板厚が0.6〜1.4mmであり、
前記心材表面における{001}面の面積率が0.3以上であることを特徴とするアルミニウム合金ブレージングシート。
【請求項2】
前記心材は、Cr:0.02〜0.25質量%、Zr:0.02〜0.25質量%のうちの少なくとも1種をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金ブレージングシート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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