説明

アルミニウム合金製ブレージングシートおよびその製造方法

【課題】内部からの耐食性に優れ、耐エロージョン性と高強度を両立する、熱交換器用のアルミニウム合金製ブレージングシートを提供する。
【解決手段】所定量のSi,Mn,Cu,Mg,Tiを含有するAl合金からなる心材と、この心材の一面側に配置されて熱交換器のチューブ材内側となる、所定量のSi,Mn,Znを含有するAl合金からなる所定の厚さの皮材と、前記心材の他面側に配置されて前記チューブ材外側となる、所定量のSiを含有するAl合金からなる所定の厚さのろう材と、を備えたアルミニウム合金製ブレージングシートであって、所定条件のろう付け処理後の心材の結晶粒径が、圧延方向で50μm以上300μm未満であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の熱交換器等に使用されるアルミニウム合金製ブレージングシートに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に搭載されるラジエータ等の熱交換器は、アルミニウム合金からなるブレージングシートをそれぞれ成形したチューブ材とフィン材とを組み立て、ろう付けされることにより形成される。近年、このアルミニウム合金製ブレージングシートは、熱交換器の軽量化のために、例えばチューブ材用で従来の板厚0.20mm程度から0.17mm程度まで薄肉化が進められており、それに伴って、より高強度化および高耐食化が求められている。
【0003】
耐食性に優れたアルミニウム合金製ブレージングシートに関する従来技術として、例えば、特許文献1には、Al−Mn−Cu合金からなる心材の一方の面にAl−Zn合金からなる犠牲陽極材(皮材)を、他方の面にろう材をクラッドした3層構造のアルミニウム合金製ブレージングシートが開示されている。このように、Cuを添加した心材の一方の面に、Znを添加した皮材が積層されることで、皮材に犠牲防食作用を付与することができる。そして、皮材が内側になるようにチューブに成形することで、チューブ内の冷媒(クーラント)に対する耐食性を向上させるものである。また、心材の他方の面すなわちチューブの外側にろう材が積層されるので、フィン材とろう付けするために好適なブレージングシートとするものである。
【0004】
ここで、ブレージングシートの耐食性向上に重要な要素の一つに耐エロージョン性がある。これは、ブレージングシートをろう付けした際にろうが心材に侵食(エロージョン)することを抑制して、心材の局部的な厚さの減少を防止するものである。例えば、特許文献2には、ろう付け処理後の心材の平均結晶粒径を300μm以上に制御することで、ろうの侵入経路となりやすい心材の結晶粒界を低減する技術が開示されている。
【特許文献1】特許第3536065号公報(段落0007〜0012)
【特許文献2】特開2004−17116号公報(段落0007〜0008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献2における心材の結晶粒径では大きすぎて、ろう付け後強度の低下を引き起こす。さらに、結晶粒径が大きくなるようにするために心材の均質化処理を実施しないので、心材中の添加元素が偏析したままでクラッド、圧延されてブレージングシートとなる。その結果、ろう付けの際に偏析により局部溶融の怖れがある。
【0006】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、薄肉化した場合にも、耐食性、耐エロージョン性、およびろう付け処理後において高い強度を併せ持つアルミニウム合金製ブレージングシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明者らは、耐エロージョン性を有し、かつ、十分なろう付け後強度を備える心材の結晶粒径を、50μm以上300μm未満とした。そして、この結晶粒径に制御する方法、さらに、この結晶粒径の心材で耐エロージョン性を維持するための諸条件を発明するに至った。
【0008】
すなわち、請求項1に係るアルミニウム合金製ブレージングシートは、Si:0.5〜1.1質量%、Mn:0.6〜2.0質量%、Cu:0.5〜1.1質量%、Mg:0.05〜0.45質量%、Ti:0.05〜0.25質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる心材と、前記心材の一面側に配置され、Si:0.5質量%を超え1.1質量%以下、Mn:0.01〜1.7質量%、Zn:3.0〜6.0質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる厚さ25〜50μmの皮材と、前記心材の他面側に配置され、Si:7.0〜12質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる厚さ36〜55μmのろう材と、を備えたアルミニウム合金製ブレージングシートであって、前記アルミニウム合金製ブレージングシートは、580〜610℃で3〜10分間のろう付け処理後の心材の結晶粒径が、圧延方向で50μm以上300μm未満であることを特徴とする。
【0009】
このように、心材の結晶粒径および各層の添加成分の含有量を制御することで、耐エロージョン性とろう付け後強度の両方を十分に備えることが可能である。特に、皮材側からの耐食性を備えるものなので、ラジエータ等の内側からの冷媒による腐食を防止できる。また、ろう材の厚さを制御することにより、Mgを添加された心材においても、ろう付け性を確保することが可能である。さらに、皮材の厚さを制御することにより、皮材に十分な犠牲防食作用を付与することが可能である。
【0010】
また、請求項2に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法は、請求項1に記載のアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法であって、温度440〜570℃で4時間以上の熱処理を実施する前記心材の均質化処理工程と、前記均質化処理工程により得られた心材用鋳塊に前記皮材となる圧延板および前記ろう材となる圧延板を熱間圧延によりクラッドする熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程により得られた積層構造の熱間圧延板を冷間加工で所定の板厚まで圧延する冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程により得られた積層構造の圧延板を焼鈍する中間焼鈍工程と、前記中間焼鈍工程後の積層構造の圧延板を、冷間加工率が20〜65%、かつ、板厚0.3mm以下まで冷間加工で圧延する最終冷間圧延工程と、を有することを特徴とする。
【0011】
このような条件でアルミニウム合金製ブレージングシートを製造することにより、ろう付け処理後の心材の結晶粒径を圧延方向で50μm以上300μm未満に制御することが可能である。
【0012】
また、請求項3に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法は、請求項2に記載のアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法において、最終冷間圧延工程の後に、温度200〜320℃で5時間以下の仕上げ焼鈍を実施することを特徴とする。
【0013】
このような仕上げ焼鈍を実施することにより、成形性に優れたアルミニウム合金製ブレージングシートとすることが可能である。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係るアルミニウム合金製ブレージングシートによれば、薄肉化しても、耐エロージョン性に優れ、十分なろう付け性(ろう付け後強度を含む)、高い耐食性を維持することができる。
【0015】
請求項2に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法によれば、成形に好適な厚さまで薄肉化しても、耐エロージョン性に優れ、十分なろう付け性(ろう付け後強度を含む)、高い耐食性を有するアルミニウム合金製ブレージングシートが得られる。
【0016】
請求項3に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法によれば、さらに優れた成形性を有するアルミニウム合金製ブレージングシートが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートを実現するための最良の形態について説明する。
本発明の実施の形態であるアルミニウム合金製ブレージングシートにおいては、アルミニウム合金からなる心材の一方の面に皮材がクラッドされ、他方の面にろう材がクラッドされている。なお、本実施形態のアルミニウム合金製ブレージングシートで熱交換器のチューブ材を作製する際は、皮材が内側となる。
【0018】
以下に、本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートを構成する各要素について説明する。
【0019】
(心材)
Si:0.5〜1.1質量%、Mn:0.6〜2.0質量%、Cu:0.5〜1.1質量%、Mg:0.05〜0.45質量%、Ti:0.05〜0.25質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる。なお、本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートにおける心材の厚さは特に限定されないが、ブレージングシートの厚さの50〜80%が好ましい。
【0020】
〔心材Si:0.5〜1.1質量%〕
SiはMnと共存させた場合、Al−Mn−Si系金属間化合物を形成し、粒内に微細に分布して分散強化に寄与する。また、Mgと共存させた場合、MgSiを形成し、ろう付け後強度を向上させる。0.5質量%未満ではこれらの効果が小さく、また、Al-Mn系化合物が粒界に析出しやすくなって耐食性が劣化する。一方、1.1質量%を超えると心材の固相線温度が低下するため、ろう付け時に心材が溶融する。したがって、心材におけるSiの含有量は、0.5〜1.1質量%とする。
【0021】
〔心材Mn:0.6〜2.0質量%〕
Mnは、上述した通り、Al、SiとAl−Mn−Si系金属間化合物を形成してろう付け後強度を向上させる。0.6質量%未満では、この金属間化合物数が減少するためSi固溶量が増加し、心材の固相線温度が低下するため、ろう付け時に心材が溶融する。一方、2.0質量%を超えると鋳造時に粗大な金属間化合物が形成され、耐食性の劣化および成形性の低下を生じる。したがって、心材におけるMnの含有量は、0.6〜2.0質量%とする。
【0022】
〔心材Cu:0.5〜1.1質量%〕
Cuは電位を貴にする働きがあるため、耐食性を向上させる。0.5質量%未満では皮材との電位差が不十分で耐食性が劣化する。一方、1.1質量%を超えると心材の固相線温度が低下するため、ろう付け時に心材が溶融する。したがって、心材におけるCuの含有量は、0.5〜1.1質量%とする。
【0023】
〔心材Mg:0.05〜0.45質量%〕
Mgは、上述した通り、SiとMgSiを形成して時効析出し、ろう付け後強度を向上させる。0.05質量%未満ではこの効果が小さい。しかし一方で、Mgはフラックスろう付け性を低下させる作用があるため、0.45質量%を超えると、ろう付けの際、ろう材にMgが拡散し、ろう付け性が低下する。したがって、心材におけるMgの含有量は、0.05〜0.45質量%とする。
【0024】
〔心材Ti:0.05〜0.25質量%〕
TiはAl合金中でTi−Al系化合物を形成して層状に分散する。Ti−Al系化合物は電位が貴であるため、腐食形態が層状化し、厚さ方向への腐食(孔食)に進展し難くなる効果がある。0.05質量%未満では腐食形態の層状化効果が小さく、0.25質量%を超えると粗大な金属間化合物形成により、成形性および耐食性が低下する。したがって、心材におけるTiの含有量は、0.05〜0.25質量%とする。
【0025】
上記以外に、Fe,Cr,Zrをそれぞれ0.2質量%以下添加しても本発明の効果を阻害しない。なお、不可避的不純物として、Znを1.5質量%以下、In,Snをそれぞれ0.03質量%以下含有してよい。
【0026】
〔ろう付け処理後の心材の結晶粒径:50μm以上300μm未満〕
心材の結晶粒径が、580〜610℃で3〜10分間のろう付け処理後で、50μm未満では、心材の結晶粒界にろうが侵食して心材のエロージョンとなる。一方、300μm以上では、ろう付け処理後の強度が低下する。したがって、ろう付け処理後の心材の結晶粒径は、圧延方向で50μm以上300μm未満とする。
【0027】
(皮材)
皮材は、Si:0.5質量%を超え1.1質量%以下、Mn:0.01〜1.7質量%、Zn:3.0〜6.0質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる。また、皮材の厚さは25〜50μmとする。
【0028】
〔皮材Si:0.5質量%を超え1.1質量%以下〕
SiはMnと共存させた場合、Al−Mn−Si系金属間化合物を形成し、粒内に微細に分布して分散強化に寄与する。さらに、固溶強化により強度向上に寄与する。0.5質量%以下ではこれらの効果が小さく、また、Al-Mn系化合物が粒界に析出しやすくなって耐食性が劣化する。一方、1.1質量%を超えると皮材の固相線温度が低下するため、ろう付け時に皮材が溶融する。したがって、皮材におけるSiの含有量は、0.5質量%を超え1.1質量%以下とする。
【0029】
〔皮材Mn:0.01〜1.7質量%〕
Mnは、上述した通り、Al、SiとAl−Mn−Si系金属間化合物を形成してろう付け後強度を向上させる。同時にSi単体の粒界への析出を抑制する。0.01質量%未満では、この金属間化合物数が減少するためSi単体が粒界へ析出する。一方、1.7質量%を超えると鋳造時に粗大な金属間化合物が形成され、耐食性が劣化する。したがって、皮材におけるMnの含有量は、0.01〜1.7質量%とする。
【0030】
〔皮材Zn:3.0〜6.0質量%〕
Znは電位を卑にする働きがあるため、皮材を犠牲陽極材として作用させる。3.0質量%未満では心材との電位差が不十分で耐食性が劣化する。一方、6.0質量%を超えると皮材の固相線温度が低下するため、ろう付け時に皮材が溶融する。したがって、皮材におけるZnの含有量は、3.0〜6.0質量%とする。
【0031】
上記以外に、Fe,Cr,Zrをそれぞれ0.2質量%以下添加しても本発明の効果を阻害しない。なお、不可避的不純物として、Cuを0.2質量%以下、In,Snをそれぞれ0.03質量%以下含有してよい。
【0032】
〔皮材厚さ:25〜50μm〕
皮材は、ラジエータ等の熱交換器のチューブ材において犠牲陽極材として内面の耐食性を確保するには必須である。厚さが25μm未満では、上記のZn含有量であっても皮材の絶対Zn量が少なくなるため、心材に対して電位が十分に卑とならずに耐食性が劣化する。また、チューブ材に成形する際には、ブレージングシートの対向する2辺を内側に折り込んで、ブレージングシート端をチューブ材内面となる皮材側表面とろう付け接合する。ここで、皮材の厚さが不十分な場合、心材から拡散するMgが皮材側表面に塗布されるフラックスと反応してフラックスの酸化皮膜の破壊作用を低下させるため、接合部のろう付け性が低下する。一方、50μmを超えると、心材へ拡散するZn量が多くなり、心材の電位が卑化されて電位差が不十分となり、また、アルミニウム合金製ブレージングシート全体の電位が卑化するため腐食速度が速くなり耐食性が劣化する。さらに心材の絶対厚が薄くなるためろう付け後強度が低下する。したがって、皮材の厚さは25〜50μmとする。
【0033】
(ろう材)
ろう材は、Si:7.0〜12質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる。また、ろう材の厚さは36〜55μmとする。
【0034】
〔ろう材Si:7.0〜12質量%〕
Al−Si合金は、577℃以上で溶融し始め、液相がろうとなって流動する。7.0質量%未満ではろうの量が不足してろう付け性が低下する。一方、12質量%を超えるとろうの流動量が増加し、一部が心材へ拡散して侵食し、心材のエロージョンとなる。したがって、ろう材におけるSiの含有量は、7.0〜12質量%とする。
【0035】
上記以外に、Fe:0.3質量%以下、Ti:0.05質量%以下を添加しても本発明の効果を阻害しない。なお、不可避的不純物として、Zn,Cuをそれぞれ2.0質量%以下、In,Snをそれぞれ0.03質量%以下含有してよい。
【0036】
〔ろう材厚さ:36〜55μm〕
Al−Si合金であるろう材は、577℃以上で溶融し始め、液相がろうとなって流動して接合部に充填される。厚さが36μm未満では心材から拡散するMgがろう材表面に塗布されるフラックスと反応し、フラックスの酸化皮膜の破壊作用を低下させるため、ろう付け性が低下する。一方、厚さが55μmを超えるとろうの流動量が増加し、一部が心材へ拡散して侵食し、心材のエロージョンとなる。したがって、ろう材の厚さは36〜55μmとする。
【0037】
次に、本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法における各条件について説明する。
【0038】
〔心材の均質化処理工程:440〜570℃、4時間以上〕
均質化処理を実施しない、心材用合金を鋳造しただけの状態では心材用合金に添加した元素が偏析しており、このまま、ろう材と犠材をクラッドして圧延してしまうと、添加元素が偏析したままブレージングシートとなる。その結果、ろう付けの際に偏析により局部溶融の怖れがある。また、ろう付け処理後の心材の結晶粒径を制御するためには、均質化処理は必須の工程である。処理温度が440℃未満では、熱間圧延工程の開始時に心材の温度が440℃よりもさらに低下しているため、クラッドに必要な温度である440℃以上とならずクラッドが不可能となる。一方、処理温度が570℃を超えると心材中に析出する金属間化合物が粗大化するため、ろう付け中に再結晶する心材結晶の成長を阻害してしまう。また、処理時間が4時間未満では、均質化が不十分であり偏析が残存する。したがって、心材の均質化処理工程の条件は、440〜570℃で4時間以上とする。
【0039】
〔最終冷間圧延工程:板厚0.3mm以下〕
本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートは、板材の調質が硬質のため、板厚が0.3mmを超えると、ラジエータ等の熱交換器のチューブ材等に成形することは不適となる。したがって、最終冷間圧延工程における板厚は0.3mm以下とする。なお、板厚の下限値は特に限定されないが、好ましくは0.14mm以上である。
【0040】
〔最終冷間圧延工程:冷間加工率20〜65%〕
アルミニウム合金製ブレージングシートは、冷間加工率20%未満では、サブグレインが残存したままとなり、ろう付け時にろうがサブグレインへ拡散しエロージョンを発生させる。一方、冷間加工率が65%を超えると心材のろう付け処理後の結晶粒径が50μm未満となり、ろうが粒界へ拡散するため粒界が局所溶融したエロージョンが発生する。したがって、最終冷間圧延工程における冷間加工率は20〜65%とする。
【0041】
〔仕上げ焼鈍工程:200〜320℃、5時間以下〕
仕上げ焼鈍は、材料が軟化し、伸びが向上するため、チューブ材等の成形性を向上させるために好適な工程である。仕上げ焼鈍温度が200℃未満ではチューブ材の軟化が不十分であり、成形性を向上させる効果はほとんどない。一方、320℃を超えると一部が再結晶してしまい、チューブ材等の成形時に加わった加工ひずみが、ろう付け処理時にサブグレインのまま存在してエロージョンを誘発させる。また、仕上げ焼鈍時間が5時間を超えると、調質が0材に近くなるため、ろう付け処理時にサブグレインが残存してエロージョンを誘発させる。したがって、仕上げ焼鈍は200〜320℃で5時間以下とし、さらに好ましくは2〜4時間とする。
【0042】
次に、本発明に係るアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法について、その一例を説明する。
【0043】
皮材用アルミニウム合金およびろう材用アルミニウム合金を公知の方法で、鋳造、面削、均質化熱処理(以下、均熱)して、皮材用鋳塊およびろう材用鋳塊を得る。皮材用鋳塊およびろう材用鋳塊は、熱間圧延によってそれぞれ所定厚さにして、皮材用圧延板およびろう材用圧延板を得る。一方で、心材用アルミニウム合金を公知の方法で、鋳造、面削し、440〜570℃で4時間以上均熱する。
【0044】
次に、均熱した心材用鋳塊を、皮材用圧延板とろう材用圧延板とで挟んで重ね合わせ、熱間圧延によりクラッドし、板材とする。その後、所定の板厚まで冷間圧延を実施して中間焼鈍し、さらに冷間圧延(最終冷間圧延)を冷間加工率が20〜65%となるように実施することにより所定の板厚に仕上げてブレージングシートとする。なお、中間焼鈍は350〜400℃で2〜4時間実施するのが望ましい。また、最終冷間圧延後、200〜320℃で5時間以下の仕上げ焼鈍を実施してもよい。
【実施例】
【0045】
以上、本発明を実施するための最良の形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と比較して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0046】
(供試材作製)
まず、表2に示す組成を有する皮材用アルミニウム合金からなる圧延板、および表3,4に示す量のSiを添加したろう材用アルミニウム合金からなる圧延板を作製した。一方、表1に示す組成を有する心材用アルミニウム合金を鋳造、面削し、表3,4に示す条件で均熱した。これに皮材用圧延板とろう材用圧延板とを表3,4に示す組合せで重ね合わせ、熱間圧延にてクラッドした。次に、冷間圧延、380℃で3時間の中間焼鈍を実施し、その後、表3,4に示す加工率で最終冷間圧延を実施、さらに一部については表3,4に示す条件で仕上げ焼鈍を実施して、3層構造の供試材を作製した。
【0047】
(ろう付け処理)
供試材の上部に穴を開けて治具に吊り下げ、595℃で3分間のろう付け処理の後、直ちに冷却して、ろう付け後供試材を作製した。なお、上記3分間の熱処理を含め、ろう付けにおいて380℃以上の高温に保持されている時間を20分間とした。その後、ろう付け後供試材を切り出して、所定の形状、サイズの試験材を作製し、引張強度測定および腐食試験を行った。なお、表3および表4において、加工性、融点等の問題から、板形状に作製できなかったものについては、結果欄に「評価不能」と示す。
【0048】
(心材の結晶粒径測定)
ろう付け後供試材における心材の結晶粒径の測定は、ろう付け後供試材を以下の作業に好適な大きさに切断し、一方の面から板厚方向中心付近まで研磨した。さらに研磨した供試材を電解液にてエッチングし、研磨面を100倍で写真撮影した。この写真で、心材の圧延方向の結晶粒径を切片法により測定した。なお、結晶粒径は5箇所の平均値とした。測定結果を表3および表4に示す。
【0049】
(ろう付け後強度測定)
ろう付け後強度の測定は、ろう付け後供試材(ろう付け処理から室温時効1週間経過後)からJIS5号試験材を切り出して、強度の測定を行った。測定結果を表3および表4に示す。ろう付け後強度の合格基準は、170MPa以上とした。
【0050】
(ろう付け性評価)
ろう付け性の評価は、ろう付け前の供試材を35mm×20mmに切断して図1に示す形状に成形し、この2枚の供試材1,1のろう材側表面1aに非腐食性のフラックスを5(±0.2)g/m塗布し、ろう材側表面1a,1a同士を図1に示すように重ね合わせ、上記のろう付け処理条件でろう付けを実施した。ろう付け後の供試材1,1を切り出し、樹脂に埋め込んで断面を研磨し、その研磨面において、フィレットfの長さ(図1の矢印a−a間距離:凹部の最もへこんだ部分から凹部の最もへこんだ部分までの距離)を測定し、4mm以上をろう付け性良好とした。表3および表4に評価結果を、良好を「○」、不良を「×」で示す。
【0051】
(耐エロージョン性評価)
耐エロージョン性の評価は、ろう付け後供試材、および、ろう付け前の供試材にさらに10%、20%の加工率で冷間圧延を追加したものをろう付け後供試材と同条件でろう付け処理を実施した供試材にて行った。これらの供試材を切り出し、樹脂に埋め込んで断面を研磨し、その研磨面を顕微鏡にて心材へのろうのエロージョンを観察した。表3および表4に評価結果を、エロージョンのないものを「○」、エロージョンの発生したものを「×」で示す。なお、3種類すべての冷間圧延量においてエロージョンのないものを合格とした。
【0052】
(耐食性評価)
耐食性の評価は、ろう付け後供試材から60mm×50mmの試験材を切り出し、皮材側表面が試験面となるように、ろう材側表面および端面の全面と皮材側表面の縁5mmをシールおよび即乾性の接着剤により密閉した。腐食試験溶液としてNa:118ppm、Cl:58ppm、SO2−:60ppm、Cu2+:1ppm、Fe3+:30ppmを含む水溶液に供試材を浸漬させ、88℃に8時間放置後常温に16時間放置のサイクルを90回実施した。実施後、腐食状態を観察した。表3および表4に評価結果を、貫通腐食のないものを「○」、貫通腐食の発生したものを「×」で示す。なお、耐食性の評価は、ろう付け性評価および耐エロージョン性評価の両方で合格した供試材について実施し、評価を実施しなかったものは評価結果を「−」で示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
【表4】

【0057】
実施例1〜24は、アルミニウム合金製ブレージングシートの構成(心材の各元素含有量、皮材の各元素含有量および厚さ、ろう材のSi含有量および厚さ)、製造条件(心材の均熱温度、冷間加工率)がすべて本発明の範囲内であるので、ろう付け後の心材結晶粒径が50μm以上300μm未満に制御され、かつ、ろう付け後強度、ろう付け性、耐エロージョン性および耐食性がすべて良好である。
【0058】
(心材組成による評価)
比較例25は心材のSi含有量が不足しているため、粒界にAl−Mn系化合物が析出して、耐食性が低下した。一方、比較例26は心材のSi含有量が過剰なため、ろう付け時に供試材が溶融してろう付け後供試材が得られなかった。
【0059】
比較例27は心材のMn含有量が不足しているため、心材におけるAl−Mn−Si系金属間化合物が減少して固溶Si量が増加し、エロージョンが発生した。一方、比較例28は心材のMn含有量が過剰なため、粗大なMn化合物の形成により耐食性が低下した。
【0060】
比較例29は心材のCu含有量が不足しているため、皮材との電位差が不十分で耐食性が低下した。一方、比較例30は心材のCu含有量が過剰なため、ろう付け時に供試材が溶融してろう付け後供試材が得られなかった。
【0061】
比較例31は心材のMg含有量が不足しているため、ろう付け後強度が低かった。一方、比較例32は心材のMg含有量が過剰なため、ろう付け性が低下した。
【0062】
比較例33は心材のTi含有量が不足しているので、腐食形態の層状効果が不十分で耐食性が低下した。一方、比較例34は心材のTi含有量が過剰なため、粗大なTi化合物の形成により耐食性が低下した。
【0063】
(皮材組成による評価)
比較例35は皮材のSi含有量が不足しているため、粒界にAl−Mn系化合物が析出して、耐食性が低下した。一方、比較例36は皮材のSi含有量が過剰なため、ろう付け時に供試材が溶融してろう付け後供試材が得られなかった。
【0064】
比較例37は皮材のMn含有量が不足している(無添加である)ため、Si単体が粒界へ析出して耐食性が低下した。一方、比較例38は皮材のMn含有量が過剰なため、粗大なMn化合物の形成により耐食性が低下した。
【0065】
比較例39は皮材のZn含有量が不足しているため、心材との電位差が不十分で耐食性が低下した。一方、比較例40は皮材のZn含有量が過剰なため、ろう付け時に供試材が溶融してろう付け後供試材が得られなかった。
【0066】
(皮材厚さによる評価)
比較例41は皮材の厚さが不足しているため、心材との電位差が不十分で耐食性が低下した。また、心材から拡散するMgによりろう付け性が低下した。一方、比較例42は皮材の厚さが過剰なため、供試材全体の電位が卑化するため腐食速度が速くなり耐食性が低下した。
【0067】
(ろう材のSi含有量による評価)
比較例43はろう材のSi含有量が不足しているため、ろうの流動量が不足してろう付け性が低下した。一方、比較例44はろう材のSi含有量が過剰なため、ろうの流動量が過剰となりエロージョンが発生した。
【0068】
(ろう材厚さによる評価)
比較例45はろう材の厚さが不足しているため、ろうの流動量が不足してろう付け性が低下した。一方、比較例46はろう材の厚さが過剰なため、ろうの流動量が過剰となりエロージョンが発生した。
【0069】
(心材の均質化処理温度による評価)
比較例47は処理温度が低すぎるため、熱間圧延にてクラッド可能な温度とならずクラッド圧着が不可能で供試材が得られなかった。一方、比較例48は処理温度が高すぎるため、心材の結晶粒径が小さくなりエロージョンが発生し、それに伴いろう材のSiが心材へ拡散してろうの流動量が減少し、ろう付け性も低下した。
【0070】
(冷間加工率による評価)
比較例49は冷間加工率が低すぎるため、サブグレインが残存してエロージョンが発生した。また、心材の結晶が粗大化した。一方、比較例50は冷間加工率が高すぎるため、心材の結晶粒径が小さくなりエロージョンが発生した。また、比較例49,50ともに、エロージョンに伴いろう材のSiが心材へ拡散してろうの流動量が減少し、ろう付け性も低下した。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】実施例におけるろう付け性の評価方法を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.5〜1.1質量%、Mn:0.6〜2.0質量%、Cu:0.5〜1.1質量%、Mg:0.05〜0.45質量%、Ti:0.05〜0.25質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる心材と、
前記心材の一面側に配置され、Si:0.5質量%を超え1.1質量%以下、Mn:0.01〜1.7質量%、Zn:3.0〜6.0質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる厚さ25〜50μmの皮材と、
前記心材の他面側に配置され、Si:7.0〜12質量%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる厚さ36〜55μmのろう材と、を備えたアルミニウム合金製ブレージングシートであって、
前記アルミニウム合金製ブレージングシートは、580〜610℃で3〜10分間のろう付け処理後の前記心材の結晶粒径が、圧延方向で50μm以上300μm未満であることを特徴とするアルミニウム合金製ブレージングシート。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法であって、
温度440〜570℃で4時間以上の熱処理を実施する前記心材の均質化処理工程と、
前記均質化処理工程により得られた心材用鋳塊に前記皮材となる圧延板および前記ろう材となる圧延板を熱間圧延によりクラッドする熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程により得られた積層構造の熱間圧延板を冷間加工で所定の板厚まで圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程により得られた積層構造の圧延板を焼鈍する中間焼鈍工程と、
前記中間焼鈍工程後の積層構造の圧延板を、冷間加工率が20〜65%、かつ、板厚0.3mm以下まで冷間加工で圧延する最終冷間圧延工程と、を有することを特徴とするアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法。
【請求項3】
前記最終冷間圧延工程の後に、温度200〜320℃で5時間以下焼鈍する仕上げ焼鈍工程を実施することを特徴とする請求項2に記載のアルミニウム合金製ブレージングシートの製造方法。

【図1】
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