説明

アレルギー疾患推定マーカー及び治療効果判定マーカー、並びに、それらの利用方法

【課題】アレルギー疾患推定マーカー及び治療効果判定マーカー、並びに、それらの利用方法を提供すること。
【解決手段】末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度の低下は、アレルギー疾患の発症と相関する。従って、Foxp3陽性CD4陽性細胞は、アレルギー体質を有する動物個体の中で、アレルギー疾患を発症しない動物個体を特定するためのマーカーや、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない動物個体において、アレルギー疾患の発症を推定するためのマーカーとして有用である。また、Foxp3陽性CD4陽性細胞は、アレルギー疾患を発症している患者の治療における治療効果を判定するためのマーカーとしても使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有する、アレルギー疾患推定マーカー及び治療効果判定マーカー、並びに、それらの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギー疾患を診断するためには、問診、診察、血液検査が必要である。現時点において、アレルギー学的に重要な血液検査の項目は、総IgE、特異的IgE、好酸球、ヒスタミン遊離試験等である。
【0003】
しかしながら、これらの血液検査において、末梢血中の総IgE値、特異的IgE値、又は好酸球数の増加は、アレルギー体質であることの判断基準になっているが、実際には、アレルギー疾患を発する患者だけではなく、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症しない人においても認められる(例えば、非特許文献1参照)。そのため、末梢血中の総IgE値、特異的IgE値、又は好酸球数の増加は、アレルギー疾患の発症を診断又は予見する際の特異的な検査所見であると言えなかった。
【非特許文献1】Saito H; Translation of the human genome into clinical allergy. Allergol Int. 52(2):65-70.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上のような現状から、血液検査によって、アレルギー体質を有しアレルギー疾患を発症する患者と、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症しない人とを特定する方法を開発する必要があった。
【0005】
そこで、本発明は、Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有する、アレルギー疾患推定マーカー及び治療効果判定マーカー、並びに、それらの利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
Foxp3陽性CD4陽性細胞は、自己免疫疾患の発症に起因するTH1細胞やアレルギー疾患の発症に起因するTH2細胞の機能を抑制すると考えられている、制御性T細胞の一つである。そのため、現在まで、Foxp3陽性CD4陽性細胞密度が上昇すると、TH2細胞の機能が抑制され、その結果、IgEの産生は抑制される、と考えられていた。
【0007】
しかしながら、本発明者らは、以下の実施例に示すように、64名の総IgE値が正常値より高いアレルギー体質の人において末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を調べたところ、アトピー性皮膚炎、喘息、又はその両方を合併する37名の重症のアレルギー疾患を発症している患者では低下し、27名のアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人では低下しないことを明らかにした。このように、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度はIgEの産生とは相関が低く、アレルギー疾患の発症と相関が高いことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明にかかるマーカーは、アレルギー体質を有する動物個体の中で、アレルギー疾患を発症しない動物個体を特定するためのマーカー、又は、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない動物個体において、アレルギー疾患の発症を推定するためのマーカーであって、Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有することを特徴とする。
【0009】
ここで、前記アレルギー体質は、末梢血中の総IgE値が、正常値より高いことによって判定されることを特徴とする。なお、前記総IgE値は、100IU/mL以上であるか、又は、特定の抗原に対する特異的IgE値が、CAPスコアで2以上であることが好ましい。
【0010】
また、本発明にかかるマーカーは、アレルギー疾患を発症している患者の治療における治療効果を判定するためのマーカーであって、Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有することを特徴とする。前記アレルギー疾患の治療の内容は、例えば、アレルギー疾患を治療するための薬剤の投与の開始又は中止、又は投与方法の変更等が挙げられる。
【0011】
ここで、前記アレルギー疾患を発症している患者における末梢血中の総IgE値は、正常値より高いことを特徴とする。なお、前記総IgE値は、100IU/mL以上であるか、又は、特定の抗原に対する特異的IgE値が、CAPスコアで2以上であることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明にかかるアレルギー疾患発症推定方法は、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していないヒト又はヒト以外の脊椎動物において、アレルギー疾患の発症を推定する方法であって、前記脊椎動物に対して、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を測定することを特徴とする。
【0013】
ここで、前記アレルギー疾患発症推定方法は、前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含してもよい。
【0014】
また、本発明にかかる薬効判定方法は、アレルギー疾患を発症しているヒト又はヒト以外の脊椎動物において、アレルギー疾患を治療するための薬剤の薬効を判定する方法であって、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を、前記脊椎動物に対して薬剤を投与する前後で測定して、投与前後の密度を比較することを特徴とする。
【0015】
ここで、前記薬効判定方法は、前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含してもよい。
【0016】
さらに、本発明にかかるスクリーニング方法は、アレルギー疾患の治療薬のスクリーニング方法であって、アレルギー疾患を発症しているヒト又はヒト以外の脊椎動物に対し、候補となる薬剤を投与する前後に末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を測定し、前記薬剤の投与前後の前記Foxp3陽性CD4陽性細胞の密度を比較する工程を包含することを特徴とする。
【0017】
ここで、前記スクリーニング方法は、前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含してもよい。
【0018】
また、本発明にかかるキットは、アレルギー体質を有する動物個体の中で、アレルギー疾患を発症しない動物個体を特定するためのキット、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない動物個体において、アレルギー疾患の発症を推定するためのキット、又は、アレルギー疾患の治療における治療効果を判定するためのキットであって、抗Foxp3抗体と、抗CD4抗体と、を含むことを特徴とする。ここで、前記キットは、抗IgE抗体を含んでいてもよい。
【0019】
なお、アレルギー疾患の発症は、通常、アレルギーの自他覚所見によって判断され、アレルギー疾患には、喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、アナフィラキシー、蕁麻疹等のアレルギーも含まれる。
【0020】
また、アレルギー体質を有することは、末梢血中の総IgE値、特異的IgE値、又は好酸球数の増加によって判断される。
IgE値とは、IgEの量を測定した時の測定値のことをいう。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって、Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有する、アレルギー疾患推定マーカー、及び治療効果判定マーカー、並びに、それらの利用方法を提供することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0023】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0024】
==血液中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の測定方法==
ヒト又はヒト以外の脊椎動物において、ヒト又はヒト以外の脊椎動物から血液(例えば、末梢血中)を採取し、蛍光でラベルされた抗体を用いて、血液中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度をフローサイトメトリー等(ここで、末梢血中のFoxp3陽性細胞を同定する技術は2005年に開発されている(Roncador G,ほかEur J Immunol 2005; 35:1681-1691.))を用いて測定し、これらの細胞の密度が所定の密度よりも高いのかそれとも低いのかを測定する。
【0025】
なお、上記方法に追加して、末梢血中の総IgE値や、特定の抗原に対する特異的IgE値を測定してもよい。この場合、末梢血中の総IgE値が正常値より高くなった場合(例えば、100IU/mL以上)や、特定の抗原に対する特異的IgE値が正常値より高くなった場合(例えば、CAPスコアで2以上)に、アレルギー体質であると判断される。
【0026】
==Foxp3陽性CD4陽性細胞及びその有用性===
(1)アレルギー疾患を発症する人を推定するためのマーカー
上述したように、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人の中には、末梢血中に総IgE値の増加や、特定の抗原に対する特異的IgE値の増加が認められても、アレルギー疾患を発症しない人がいる。本発明者らは、末梢血におけるFoxp3陽性CD4陽性細胞の濃度の低下とアレルギー疾患の発症との相関を明らかにした。このことから、Foxp3陽性CD4陽性細胞は、アレルギー体質を有する患者の中で、アレルギー疾患を発症しない患者を特定したり、アレルギー疾患を発症する人を予見したりするためのマーカーとして有用である。従って、例えば、本発明のマーカーを用いれば、従来特定できなかった、アレルギー体質を有するにもかかわらず、アレルギー疾患を発症する患者と、アレルギー疾患を発症しない人とを識別することができる。
【0027】
具体的には、本発明者らは、アレルギー体質を有しアレルギー疾患を発症している患者と、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人とにおける、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度のカットオフ値は3.6%であることを明らかにした(表2を参照のこと)。これより、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人における末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が3.6%以下の場合は、近い将来、アレルギー疾患を発症する確率が高いと推定することができる。
【0028】
従って、例えば、花粉症等で、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人に対して、発症以前から投与する必要のある抗アレルギー剤(トラニラストやアンレキサノクス等)を早期から投与する必要があるかどうかを判断することができる。
【0029】
なお、アレルギー疾患発症の推定の際は、本発明のマーカーの他に、皮膚反応試験(プリックテスト、スクラッチテスト、皮内テスト等)、試験管内検査法(RIST法、RAST法、ヒスタミン遊走試験、リンパ球増殖反応等)等を組み合わせてもよい。具体的にいうと、例えば、本発明のマーカーの他に、鼻腔内誘発試験、呼吸機能検査、ピークフローの測定、血液ガス分析、気道過敏性反応、抗原吸入誘発試験、吸入(アスピリン、トルメチン)誘発試験、運動負荷試験、気道炎症検査法、皮膚反応(皮内反応、プリックテスト等)、パッチテスト、リンパ球幼若化試験(LTT)、マクロファージ遊走阻止試験(MIT)等を、組み合わせてもよい。
【0030】
(2)アレルギー疾患以外の疾病を有する患者を特定するためのマーカー
喘息やCOPDは、呼吸困難、喘鳴等の自他覚所見が認められるため、自他覚所見からは、アレルギー疾患である喘息なのか、それともアレルギー疾患ではないCOPDなのか確定診断を行うことができない。同様に、アレルギー性鼻炎や感冒症状は、鼻汁、鼻閉等の自他覚所見が、アトピー性皮膚炎や汗疹、脂漏性皮膚炎は、皮膚掻痒や湿疹の自他覚所見が、アナフィアラキシーショックや他のショック(心原性ショック、出血性ショック、神経原性ショック等)は、血圧低下の自他覚所見が認められるため、これらも自他覚所見からはアレルギー疾患かどうかの確定診断を行うことが難しい場合がある。
【0031】
前述の通り、本発明者らは、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度の低下は、アレルギー疾患の発症と相関することを明らかにした。従って、上記症状を呈する患者において、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞数を測定することにより、もし、その密度が正常値以上であれば、その症状の原因がアレルギー疾患ではないという結論することができる。
【0032】
以上をまとめると、表1のようになる。
なお、Foxp3陽性CD4陽性細胞の密度、総IgE値、自他覚所見は、将来変動する可能性がある。そのため、適宜、本発明のマーカーを用いて、診断を行うことが好ましい。
【表1】

【0033】
(3)アレルギー疾患の治療における治療効果を判定する方法、及びアレルギー疾患の治療薬をスクリーニングする方法
前述の通り、本発明者らは、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度の低下はアレルギー疾患の発症と相関し、発症するかどうかの判定をするためのFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度のカットオフ値は3.6%であることを明らかにした。
【0034】
従って、Foxp3陽性CD4陽性細胞は、アレルギー疾患の治療における治療効果を判定するためのマーカーとして有用である。例えば、アレルギー疾患に対する治療効果を判定するためには、ヒト又はヒト以外の脊椎動物において、アレルギー疾患を治療する薬剤を投与する前後で血液(例えば、末梢血)を採取し、血液中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度をフローサイトメトリー等を用いて測定し、アレルギー疾患を治療する薬剤を投与する前後での変化を比較すればよい。そして、アレルギー疾患を治療する薬剤を投与後に、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が上昇すれば、そのアレルギー疾患を治療する薬剤は有効であると判定し、一方、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が低下すれば、そのアレルギー疾患を治療する薬剤は無効であると判定する。ここで、その判定の閾値を、3.6%に設定してもよい。なお、上記方法において、末梢血中の総IgE値や、特定の抗原に対する特異的IgE値を測定してもよい。この場合、末梢血中の総IgE値が正常値より低くなった場合(例えば、100IU/mL以下)や、特定の抗原に対する特異的IgE値が低くなった場合(例えば、CAPスコアで2以下)に、治療効果があると判定すればよい。
【0035】
この応用として、Foxp3陽性CD4陽性細胞は、アレルギーを治療する薬剤による治療を選択する上で有用なマーカーともなり得る。例えば、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が比較的高いときは、アレルギーが発症していても、効果の弱い抗ヒスタミン薬又は抗アレルギー薬を投与し、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が低いときは、効果の強いステロイド薬を投与する、という選択をすることができる。
【0036】
また、アレルギーを治療する薬剤を投与している間に、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が変化した場合、それに応じて、薬剤の種類や投与量を変更することもできる。例えば、抗ヒスタミン薬又は抗アレルギー薬による効果が不十分で、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が低いままの場合は、ステロイド薬の投与を考えることができる。
【0037】
さらに、この系を用いてアレルギー疾患の治療薬をスクリーニングすることができ、例えば、候補となる薬剤を投与した後に、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が薬剤投与前よりも上昇すれば、その候補薬はアレルギー疾患を治療する薬剤として有効であると判定し、一方、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が薬剤投与前よりも低下すれば、その候補薬はアレルギー疾患を治療する薬剤として無効であると判定する。ここで、その判定の閾値を、3.6%に設定してもよい。
【0038】
(5)キット
抗Foxp3抗体及び抗CD4抗体は、上述した方法に用いるためにキット化してもよい。すなわち、これらの抗体を、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人を特定するためのキット、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人において、アレルギー疾患の発症を推定するためのキット、又はアレルギー疾患の治療における治療効果を判定するためのキットに含ませてもよい。また、アレルギー体質かどうかを判定するために、上記キットに、抗IgE抗体を含ませてもよい。
【0039】
ここでキット化する抗Foxp3抗体、抗CD4抗体は、フローサイトメトリーに使用することができる抗体であることが望ましい。また、抗IgE抗体は、ELISA、RIA等に使用することができる抗体であることが望ましい。これらの抗体は、市販のものでも、当業者に公知の技術によって作製したものでもよい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を用いて、以上に説明した実施態様を具体的に説明するが、これは例示であって、本発明をこの実施例に限定するものではない。
【0041】
<実施例1:末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度の低下とアレルギー疾患の発症との相関関係>
(1)対象
アトピー性皮膚炎、喘息、又はその両方を合併する37名の重症のアレルギー疾患を発症している患者(男性:24名、女性:13名、平均年齢23.5歳±2.7歳)の末梢血と、27名のアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(男性:19名、女性:8名、平均年齢24.8歳±3.8歳)の末梢血を用いて以下の実験を行った。
【0042】
なお、患者、対照群とも、末梢血中の総IgE値は正常より高く、アレルギー疾患を発症している患者37名全ての末梢血において、ダニやスギ花粉に対する特異的IgE値の上昇が認められた。また、対照群27名中23名の末梢血において、ダニやスギ花粉に対する特異的IgE値の上昇が認められた。
【0043】
また、アレルギー疾患を発症している患者37名全てに対して、Foxp3の発現をアップレギュレートすることが知られている経口コルチコステロイドの投与は行われていなかった(Karagiannidis C, Akdis M, Holopainen P, Woolley NJ, Hense G, Ruckert B, et al., Glucocorticoids upregulate FOXP3 expression and regulatory T cells in asthma., J Allergy Clin Immunol, 114, 1425-1433 (2004))。
【0044】
(2)フローサイトメトリーによる解析
(i)末梢血の調製
アレルギー疾患を発症している患者、及びアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人の静脈より末梢血5mlを採取し、ヘパリン入りのチューブに入れ、末梢血とヘパリンとを軽く混ぜた。
採取した末梢血をPBS(Phosphate-buffered saline)で2倍希釈した後、LSM(登録商標)Lymphocyte Separation Medium(ICN Biomedical)に静かに重層して、比重遠心分離(24℃、400g、32分間)を行った。遠心分離後、中間層の末梢血を回収し、PBSで洗浄し、遠心分離(4℃、400g、10分間)を行って細胞を沈殿させた。
【0045】
(ii)細胞表面抗原の染色
前述の方法によって沈殿させた細胞をFix/Permeabilizeし、一次抗体として、4倍希釈の抗ヒトFoxp3抗体(ab20034; 236A/EA, Abcam, Cambridge, UK)10μlを加え、4℃暗所にて30分間反応させた。次いで、二次抗体として、5倍希釈のFITC標識ヤギ抗マウス抗体(BD PharMingen, San Diego, CA)10μlを加え4℃暗所にて30分間反応させた。さらに、8倍希釈の抗マウスIgG1抗体(Sigma)10μlでブロッキングをし、PE-Cy5標識抗ヒトCD4抗体(BD PharMingen, San Diego, CA)10μlを加え、4℃暗所にて30分間反応させた。
なお、上記抗体の細胞への非特異的な結合に対するコントロールとして、8倍希釈の抗マウスIgG1抗体(Sigma)及びPE-Cy5標識抗マウスIgG1抗体(BD PharMingen)10μlを用い、前述の方法と同様に反応させた。
【0046】
(iii)フローサイトメトリーを用いた解析
フローサイトメトリー(FACSCaliburTM (BD Biosciences))を用いて、染色した細胞を解析した。なお、解析には、FlowJoTM (TreeStar, San Carlos, CA)を用いた。
まず、前方散乱光(forwaord scatter)及び側方散乱光(side scatter)のパラメータより、得られた細胞集団から混在する赤血球を取り除くため、リンパ球集団にgateを設定した。次に、CD4及びside scatterパラメータを用いて、得られたリンパ球集団からCD4陽性細胞集団にgateを設定した。最後に、Foxp3を画面に展開し、取り込んだ全CD4陽性T細胞における、Foxp3陽性CD4陽性T細胞の密度を計測した。各細胞の密度は、コントロールを差し引いた値から求めた。
【0047】
図1に示す通り、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、全CD4陽性T細胞に対して2.46 ±1.52%であり、一方、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、全CD4陽性T細胞に対して4.43 ± 1.39%であった。
これより、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、対照群の割合と比べて有意に低下していることが明らかになった。
【0048】
(3)末梢血における総IgE値、好酸球数、及びIFN−γ濃度の測定
(i)総IgE値の測定方法
血清用採血tubeに末梢血全血5mlを入れ、30分間放置後、遠心分離(4℃、400g、10分間)を行い血清を分離した。総IgE値は、当業者に公知のCAP−FEIA (Pharmacia’s CAP system Fluorescence enzyme-linked immunoassay)を用いて測定した。
【0049】
(ii)好酸球数の測定方法
EDTA2K入りtubeに末梢血全血1mlを入れ当業者に公知の血球自動測定装置にて測定した。
【0050】
(iii)IFN−γ濃度の測定方法
血清用採血tubeに末梢血全血5mlを入れ、30分間放置後、遠心分離(4℃、400g、10分間)を行い血清を分離した。血清IFN-γ値は、当業者に公知のCAP−FEIA (Pharmacia’s CAP system Fluorescence enzyme-linked immunoassay)を用いて測定した。
【0051】
(iv)結果
図1に示す通り、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中の総IgE値、好酸球数、及びIFN−γの濃度は、対照群の値と比べて、12.35倍、2.07倍、及び1.13倍高かった。ここで、前述(2)の結果より、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)の密度と比べて、有意に低下していることが明らかになっている。
【0052】
(4)matched pair解析を用いたcase control study
前述の結果より、末梢血中の総IgE値、好酸球数、IFN−γの濃度が低いために、Foxp3陽性CD4陽性T細胞の密度が高くなった、という可能性を除外するために、同等のレベルの総IgE値、好酸球数、及びIFN−γの濃度を有する、アレルギー疾患を発症している患者とアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)を抽出し、これらにおける末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度を測定した。
【0053】
具体的には、図1(図1−A、B、及びC)に示すように、同等のレベルの総IgE値、好酸球数、及びIFN−γの濃度を有する、アレルギー疾患を発症している患者と対照群に対して、pairを線で結んでmatched pairを作成し、case control studyを行った。なお、matched pair解析に用いられたアレルギー疾患を発症している患者の全ては、局所グルココルチコイド、H1−ヒスタミン受容体アンタゴニスト、又はβ2アドレナリン性気管支拡張薬による治療を受けていた。
【0054】
その結果、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、対照群の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度に比べて、有意に低いことが明らかになった。これにより、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、総IgE値、好酸球数、IFN−γの濃度と直接相関しないことが示された。
【0055】
また、matched pair解析に用いられたアレルギー疾患を発症している患者の全ては、Foxp3の発現をアップレギュレートするといわれている局所コルチコステロイド(グルココルチコイド)の投与を受けていた。しかしながら、アレルギー疾患を発症している患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、対照群の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度に比べて、有意に低いことが分かった。これより、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、コルチコステロイドの投与に影響を受けないことが示された。
【0056】
(5)末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度と総IgE値との相関性
次に、図1−Aについて、アレルギー疾患を発症している患者と、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)とに分けて、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度と総IgE値との相関について解析を行った(図2)。統計解析は、Stata/SE 8.2 for Windows (StataCorp, College Station, TX)を用いてMann-WhitneyのU検定、単回帰分析を行った。
【0057】
その結果、アレルギー疾患を発症している患者のみでは、総IgE値が高値であるほどFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は低下する傾向が認められたが、対照群では、総IgE値が高値であるほどFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は上昇する傾向が認められた。
【0058】
つまり、アレルギー疾患を発症している患者と対照群とを合わせて解析すると、Foxp3陽性CD4陽性T細胞の密度と総IgE値とは逆相関していたが、アレルギー疾患を発症している患者と対照群とを別々に解析すると、Foxp3陽性CD4陽性T細胞の密度と総IgE値とは相関していないことが分かった。
【0059】
以上より、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、疾患の発症と直接相関があることが示された(図2)。
【0060】
なお、アレルギー疾患を発症している患者と対照群における末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、特に総IgE値が高値(100IU/mL以上)である場合に大きな差が認められた。
【0061】
<実施例2:アレルギー体質及びアレルギー疾患発症の判定又は予測のための、各測定値に対する閾値>
アレルギー疾患を発症している患者とアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人とを特定するために、以下の実験を行なった。
【0062】
前述の「実施例1(1)対象」に記載の患者又は人に対して、ダニに対する特異的IgE値がCAPスコアで2以上であり(ここで、「CAPスコア」はアレルギー体質を有する健常者の判定検査法として広く認められている)、血清総IgE値が100IU/mL(全国調査のmedian近似値)以上の患者又は人のみに解析対象を絞り込んだ。そして、これらの患者又は人に対して、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度が3.6%のところをカットオフ値とし、「3.6%」はアレルギー疾患の診断として設定してよい値なのかどうか、その臨床検査法の有用性についてROC解析(receiver operating characteristic analysis)を行った。ROC解析は、当業者に公知の方法を用いた。結果を表2に示す。
【表2】

【0063】
ダニに対する特異的IgE値がCAPスコアで2以上、血清総IgE値が100IU/mL以上の、アレルギー疾患を発症した患者とアレルギー疾患を発症していない人の、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度が3.6%のところをカットオフ値とした場合、アレルギー疾患を発症した患者は、症例数が少ないにも関わらず、Az値87.5%、適中率83%、特異度87%、感度75%であり、高い信頼性を示した(表2下段)。
【0064】
以上より、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人における末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が3.6%以下で、血清総IgE値が100IU/mL以上で、ダニに対する特異的IgE値がCAPスコアで2以上の場合は、アレルギー疾患の発症を抑制する制御性T細胞が低下しているので、近い将来、アレルギー疾患を発症する確率が高いことが示された。
【0065】
また、アレルギー疾患の治療を開始後、患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度が3.6%以上に上昇すれば、アレルギー疾患は寛解する可能性が高いことも示された。
【0066】
ここで、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度は、自己免疫疾患等他の免疫疾患において変動する(J Neurosci Res. 2005 Jul 1;81(1):45-52、Annu Rev Immunol. 2006;24:209-26)ことが知られている。従って、他の免疫疾患の可能性を除外する意味でも、ダニに対する特異的IgE値がCAPスコアで2以上、血清総IgE値が100IU/mL以上という条件設定は、アレルギー疾患の発症を診断する上で好ましいことが示された。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の一実施例において、アレルギー疾患を発症している患者と、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)とにおける、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度を示す図である。Aは総IgE値との関係を、Bは好酸球数との関係を、CはIFN−γの濃度との関係を、Dはアレルギー疾患を発症していない人とアトピー性皮膚炎を有する患者の末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度を、示す。なお、図1において、全ての□、○、△で示されたコントロールには、アレルギー疾患を有さない健常人の末梢血を用いた。しかし、縦線で結んだ解析対象に関しては、結果的にアレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人の末梢血のみとなった。
【図2】本発明の一実施例において、アレルギー疾患を発症している患者と、アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない人(対照群)とにおける、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性T細胞の密度と総IgE値の相関関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレルギー体質を有する動物個体の中で、アレルギー疾患を発症しない動物個体を特定するためのマーカーであって、
Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有することを特徴とするマーカー。
【請求項2】
アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない動物個体において、アレルギー疾患の発症を推定するためのマーカーであって、
Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有することを特徴とするマーカー。
【請求項3】
前記アレルギー体質は、末梢血中の総IgE値が、正常値より高いことによって判定されることを特徴とする請求項1又は2に記載のマーカー。
【請求項4】
前記総IgE値が、100IU/mL以上であるか、又は、特定の抗原に対する特異的IgE値が、CAPスコアで2以上であることを特徴とする請求項3に記載のマーカー。
【請求項5】
アレルギー疾患を発症している患者の治療における治療効果を判定するためのマーカーであって、
Foxp3陽性CD4陽性細胞を含有するマーカー。
【請求項6】
前記アレルギー疾患の治療の内容が、アレルギー疾患を治療するための薬剤の投与の開始又は中止、又は投与方法の変更であることを特徴とする請求項5に記載のマーカー。
【請求項7】
前記アレルギー疾患を発症している患者における末梢血中の総IgE値が、正常値より高いことを特徴とする請求項5又は6に記載のマーカー。
【請求項8】
前記総IgE値が、100IU/mL以上であるか、又は、特定の抗原に対する特異的IgE値が、CAPスコアで2以上であることを特徴とする請求項7に記載のマーカー。
【請求項9】
アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していないヒト以外の脊椎動物において、アレルギー疾患の発症を推定する方法であって、
前記脊椎動物に対して、末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を測定すること、
を特徴とするアレルギー疾患発症推定方法。
【請求項10】
前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含することを特徴とする請求項9に記載のアレルギー疾患発症推定方法。
【請求項11】
アレルギー疾患を発症しているヒト以外の脊椎動物において、アレルギー疾患を治療するための薬剤の薬効を判定する方法であって、
末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を、前記脊椎動物に対して薬剤を投与する前後で測定して、投与前後の密度を比較すること、
を特徴とする薬効判定方法。
【請求項12】
前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含することを特徴とする請求項11に記載の薬効判定方法。
【請求項13】
アレルギー疾患の治療薬のスクリーニング方法であって、
アレルギー疾患を発症しているヒト以外の脊椎動物に対し、候補となる薬剤を投与する前後に末梢血中のFoxp3陽性CD4陽性細胞の密度を測定し、前記薬剤の投与前後の前記Foxp3陽性CD4陽性細胞の密度を比較する工程を包含すること、
を特徴とするスクリーニング方法。
【請求項14】
前記脊椎動物に対して、末梢血中の総IgE値又は特定の抗原に対する特異的IgE値を測定する工程を包含することを特徴とする請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
アレルギー体質を有する動物個体の中で、アレルギー疾患を発症しない動物個体を特定するためのキットであって、
抗Foxp3抗体と、
抗CD4抗体と、
を含むことを特徴とするキット。
【請求項16】
アレルギー体質を有するがアレルギー疾患を発症していない動物個体において、アレルギー疾患の発症を推定するためのキットであって、
抗Foxp3抗体と、
抗CD4抗体と、
を含むことを特徴とするキット。
【請求項17】
アレルギー疾患の治療における治療効果を判定するためのキットであって、
抗Foxp3抗体と、
抗CD4抗体と、
を含むことを特徴とするキット。
【請求項18】
抗IgE抗体を含むことを特徴とする請求項15〜17のいずれかに記載のキット。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−14524(P2009−14524A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−177051(P2007−177051)
【出願日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】