説明

アワビ類の識別方法

【課題】識別目的のためアワビ類に特別な挟着具や金属片を装着しなくても、簡易に、大量のアワビ類の原産地や生産工程などを識別することが可能な方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るアワビ類の識別方法は、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌し、アワビ類の殻に二色以上の縞模様を施すことによってアワビ類の産地を識別する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアワビ類の産地識別方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アワビ類は、世界で最も高価な食材の一つであるが、漁獲量自体は少なく、また近年、海水温の上昇によって餌となる海藻類が育たないため漁獲量は益々減少傾向にある。そのため、養殖が盛んに行なわれており、例えば、飼育環境下で人工的に稚貝(種苗)を生産し、海に放流する人工種苗生産技術が進められている。最近では、安価な外国産の養殖アワビが輸入されるようになっており、外国から輸入したアワビを国産アワビと表示したり、アワビ以外の貝をアワビと表示するなど、原料原産地表示の偽装が多発している。
【0003】
そこでアワビ類などの貝類の出所を識別するため、稚貝の貝殻に標識を付けることが行なわれている(例えば特許文献1〜2)。
【0004】
このうち特許文献1には、記号を表示または着色した挟着具を、貝殻周縁部の表裏から挟み付け、貝殻主成分であるコンキオリン又は炭酸カルシウムを付着させることにより、貝殻から脱落しにくく、捕獲後に剥がしたり偽造することができず、確実に貝の出所を識別することが可能な標識方法が開示されている。また、特許文献2には、可食部でない貝の靱帯に識別片となる金属片を埋設することにより、商品価値を低下させることがなく、装着が短時間で簡単に行なうことが可能な方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−141084号公報
【特許文献2】特開平11−196706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在、日本では食の安全性が強く求められており、消費者の食品への信頼を増すための対策として、トレーサビリティ(追跡可能性)の導入や、原料原産地表示が推進されている。しかし、現実には海外の産地偽装表示が後を絶たず、また、原産地表示を拒む企業もあるなど、有効な対処方法がないのが実情である。また、上述した特許文献に記載の出所識別方法は、アワビ類に挟着具や金属片を装着する方法であり、商品価値の低下は避けられない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、識別目的のためアワビ類に特別な挟着具や金属片を装着しなくても、簡易に、大量のアワビ類の出所(原産地)や飼育履歴などの生産工程などを識別することが可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を達成し得た本発明に係るアワビ類の識別方法は、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌し、アワビ類の殻に二色以上の縞模様を施すことによってアワビ類の産地を識別するところに要旨を有するものである。
【0009】
本発明の好ましい実施形態において、上記海藻は、緑藻、紅藻、または褐藻である。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、海洋深層水の存在下で給餌するものである。
【0011】
また、本発明には、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌することにより、縞模様の殻色を有することを特徴とする産地識別用アワビ類も本発明の範囲内に包含される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌し、アワビ類の殻に二色以上の縞模様を施すという極めて簡便な方法により、アワビ類の原産地や放流時期などの養殖工程を識別・判別可能な方法を提供することができた。給餌方法の改変によって多種多様な縞模様のパターンを簡易に創出できるため、殻の縞模様からアワビ類を容易に差別化することができる。本発明の方法は、例えば、原料原産地偽装の防止、原産地表示(ブランド化の目印)など、様々な分野に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本実施例で得られたアワビの殻を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、前述した特許文献1や2に記載のように特別な挟着具などをアワビ類に施さなくても、アワビ類の産地や生産工程(放流時期など)を簡易に判別・識別することが可能な方法を提供するため、検討してきた。その結果、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌することによって、アワビ類の殻に、二色以上の縞模様を新たに施す方法を採用すれば、所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。アワビ類の餌となる海藻の色が、アワビ類の殻色に対してどのような影響を及ぼすかを具体的に調べたものはこれまでにない。勿論、上記の給餌方法によってアワビ類の殻に複数の縞模様が施されたアワビ類が、産地識別マーカーまたは産地履歴表示システムとして有効に利用できるという知見は、これまでに知られていない。
【0015】
このように本発明の方法は、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌し、アワビ類の殻(もとの殻色)に対し、二色以上の縞模様を新たに施すことによってアワビ類の産地を識別するところに特徴がある。
【0016】
まず、本発明で対象とするアワビ類について説明する。
【0017】
アワビ類は、軟体動物、腹足綱(巻貝)、原始腹足目、ミミガイ科に属する巻貝であり、クロアワビ、エゾアワビ、メガイアワビ、マダカアワビ、トコブシ、フクトコブシなどが含まれる。本発明では、これらアワビ類をすべて対象として用いることができる。
【0018】
本発明の方法は、色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌するものであり、これにより、アワビ類の殻に、新たに二色以上の縞模様を施すことができる。本発明によれば、前述した特許文献のように特別な挟着具などをアワビ類に施す必要がなく、人工飼料などの特別な飼料を施すこともなく、海藻を与えるときの給餌条件を適切に制御するだけで、簡便にアワビ類の産地を判別・識別できる点で、極めて有用である。しかも、本発明では、人工飼料ではなく海藻類(天然の海藻のほか、乾燥させた海藻、塩蔵した海藻などを含む)を与えているため、天然のアワビ類と栄養面で何ら変わることもない。
【0019】
アワビ類の餌となる海藻として、緑藻、紅藻、または褐藻が代表的に例示される。本発明者らの実験結果によれば、(ア)アワビ類に緑藻を与えれば殻の色が青緑色になり、紅藻を与えれば殻の色が赤色になるが、褐藻をアワビ類に与えると殻の色は茶〜青色になることが分かった。すなわち、海藻の色にほぼ対応して殻の色が変化することが明らかになった。
【0020】
更に本発明者らの実験結果によれば、(イ)アワビ類に単一の飼料(海藻)のみ摂餌させると単一の殻色(A色)が得られるが、その後、それまで与えていた飼料と異なる色(B色)の飼料を摂餌させると、これまでの殻色(A色)の外側に異なる殻色(B色)が新たに形成され、A色とB色の二色の縞模様になることも判明した。すなわち、色の異なる海藻の種類を選択することによって、任意の色に着色された様々な模様を創出できることも分かった。一旦、アワビ類の殻に形成された色は変えられない(給餌履歴として残る)ため、殻の色によって、アワビ類を差別化することができる。
【0021】
更に、(ウ)給餌時間を変化させることにより、模様(色)の幅(帯の長さ)を任意に変えられることができ、給餌回数を増やすことにより、多くの色を付与できることも分かった。例えば海藻の種類、給餌時間、給餌回数を適切に制御すれば、もとの殻色に対し、二色以上の縞模様を有し、縞の幅や数も任意に調整可能な、多種多様なアワビ類を養殖できる。
【0022】
そして本発明は、上記の知見を、アワビ類の産地識別手段にうまく利用したところに最大の特徴がある。色の異なる複数の種類をアワビ類に給餌させれば、餌の種類や給餌回数に応じて、殻に二色以上の縞模様を施すことができるし、給餌時間によっても模様の幅を任意に変えることができる。
【0023】
具体的には、殻に青緑色を付すためには、緑藻を給餌する。本発明に用いられる緑藻としては、緑藻に分類されるものであれば特に限定されず、例えばナガアオサ、リボンアオサ、ボウアオノリ、ウスバアオノリ、アナアオサなどのアオサ目;クロミル、ミルなどのミル目;ヘライワズタ、フサイワズタなどのイワヅタ目などが例示される。これらのうちアワビ類の餌として好ましいのは、アナアオサやクロミルである。アオサなどの緑藻を与えてアワビ類の殻に、肉眼で識別可能な程度の青色模様(例えば幅が3mm程度の模様)を付与するための給餌期間は、例えば、給餌時のアワビ類の大きさ(成育時期)や飼育環境条件(水温、塩分、溶存酸素)などによっても相違するが、おおむね、1カ月程度以上行なうことが好ましい。
【0024】
また、殻に赤色を付すためには、紅藻を給餌する。本発明に用いられる紅藻としては、紅藻に分類されるものであれば特に限定されず、例えばスサビノリ、ウシケノリ、フノリノウシゲなどのウシケノリ目;ユナ、イギス、ハネイギスなどのイギス目;マクサ、ヒラクサ、オバクサなどのテングサ目などが例示される。これらのうちアワビ類の餌として好ましいのは、ユナやスサビノリである。トコブシやフクトコブシは、紅藻の嗜好性が強く、紅藻を好んで食べることが知られている。スサビノリなどの紅藻を与えてアワビ類の殻に、肉眼で識別可能な程度の赤色模様(例えば幅が3mm程度の模様)を付与する条件は、例えば、給餌時のアワビ類の大きさ(成育時期)や飼育環境条件(水温、塩分、溶存酸素)などによっても相違するが、おおむね、1カ月程度行なうことが好ましい。
【0025】
また、殻に茶〜青色を付すためには、褐藻を給餌する。本発明に用いられる褐藻としては、褐藻に分類されるものであれば特に限定されず、例えばカジメ、クロメ、アラメ、ワカメ、マコンブなどのコンブ目;アミジグサ、イトアミジ、ウミウチワ、シマオウギなどのアミジグサ目;フクロノリ、カゴメノリ、ハバノリ、セイヨウハバノリ、カヤモノリなどのカヤモノリ目などが例示される。これらのうちアワビ類の餌として好ましいのは、マコンブやワカメである。トコブシやフクトコブシ以外のアワビ類は、褐藻の嗜好性が強く、褐藻を好んで食べることが知られている。マコンブなどの褐藻を与えてアワビ類の殻に、肉眼で識別可能な程度の茶〜青色模様(例えば幅が3mm程度の模様)を付与する条件は、例えば、給餌時のアワビ類の大きさ(成育時期)や飼育環境条件(水温、塩分、溶存酸素)などによっても相違するが、おおむね、1カ月程度行なうことが好ましい。
【0026】
本発明では、海洋深層水の存在下で給餌することが好ましい。アワビ類は、海水の温度が高温になると食欲が低下し、生長が低下する傾向があるが、海洋深層水の温度は周年低温で保たれている。例えば、水深300mで汲み上げられる海洋深層水は、夏場でも冬場でも10℃前後に保たれているため、季節による海水温度の影響を受けることなく、安定してアワビ類を飼育することができる。海洋深層水は、原水(未使用水)を用いても良いが、他の目的で使用した排水を用いることもできる。
【0027】
このように本発明の方法を用いれば、殻に施された縞の色、数、幅などによってアワビ類を差別化することができるため、例えば、どこで生産されたものであるかを、殻色から判断することができる。よって、上記方法で得られた複数の縞模様を有するアワビ類は、産地識別用アワビ類として好適に用いることができ、例えば産地偽装の防止や、原産地表示(ブランド化)の目的で使用可能である。また、いつ放流したものかなど生産工程も判断できる。
【0028】
更に、上記のアワビ類を、産地履歴表示システムなどに導入することもできる。例えば、高知県室戸岬界隈の漁場(原産地)にて所定の条件下で飼育し、特定の縞模様が施されたアワビ類を、海に放流して飼育することがあるが、原産地に戻ったアワビ類の縞模様を確認すれば、もともと室戸岬界隈で飼育したアワビ類かどうかを、容易に判別することができる。また、アワビ類の生態調査などにも活用できるなど、本発明の方法は、様々な分野での利用が大いに期待される。
【0029】
本発明法の実施形態の一例を示すと、例えば、トコブシの殻(もとの色は、通常赤色)に、青緑色と茶〜青色の縞模様が新たに施された三色模様のトコブシを、産地表示識別マーカーとして用いることができる。天然のトコブシは、紅藻を好んでいるため、通常、殻の色は赤色である。このトコブシに、所定の産地で、アオサなどの緑藻を一定期間給餌すれば、赤色の外側(巻貝が形成される方向)に青緑色の模様が付与される。青緑色の模様の幅は、給餌期間によって変化するため、予め緑藻の給餌期間と青緑色の幅との関係を基礎実験により確認しておけば、青緑色の幅によって、緑藻の給餌期間を推定することができる。次いで、ハバノリなどの褐藻を一定期間給餌すれば、青緑色の外側(巻貝が形成される方向)に茶〜青色の模様が付与される。茶〜青色の模様の幅も、給餌期間によって変化するため、予め褐藻の給餌期間と茶〜青色の幅との関係を基礎実験により確認しておけば、茶〜青色の幅によって、褐藻の給餌期間を推定することができる。このようにして得られた三色模様のトコブシは、産地識別機能を有するため、飼育した産地の目印として用いることができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0031】
実施例1
まず、30Lの水槽に孵化後3カ月生育した全長5mm程度のアワビ(種類はトコブシ)を30匹入れた。この容量であればアワビの生育密度が十分に確保される。このときのアワビの殻の色は白色一色である。アワビは全長1cm程度に生育するまでは殻に色が入らない。水槽内は常に暗記状態にし、水温は海洋深層水と表層水を混合させ20℃前後に保ち、溶存酸素量が常に80%以上になるよう注水を十分に行った。
【0032】
次に、緑藻(種類はアナアオサ)のみを6カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、図1に示すように青緑色1の殻が20mm作出された。
【0033】
次いで、餌を交換し、紅藻(種類はマクサ)のみを1カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、図1に示すように青緑色1の外側に、更に赤色2の殻が約3mm作出された。
【0034】
次いで、餌を交換し、緑藻(種類はアナアオサ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、図1に示すように青緑色3の殻が10mm作出された。
【0035】
次いで、餌を交換し、紅藻(種類はマクサ)のみを2カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、図1に示すように赤色4の殻が6mm作出された。
【0036】
最後に、餌を交換し、緑藻(種類はアナアオサ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、図1に示すように青緑色5の殻が10mm作出された。
【0037】
以上の通り、上記の飼育方法により、殻の内側から順に、青緑色→赤色→青緑色→赤色→青緑色の縞模様のアワビが得られた。このアワビは、産地識別用アワビなどに利用可能である。
【0038】
実施例2
前述した実施例と同一環境下の水槽に、天然から採取した全長4cm程度のアワビ(種類はトコブシ)を30匹入れた。このときのアワビの殻の色は赤色である。
【0039】
次に褐藻(種類はハバノリ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、茶〜青色の殻が10mm作出された。
【0040】
最後に、餌を交換し、緑藻(種類はアナアオサ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、青緑色の殻が10mm作出された。
【0041】
以上の通り、上記の飼育方法により、殻の内側から順に、赤色→茶〜青色→青緑色の縞模様のアワビが得られた。このアワビは、産地識別用アワビなどに利用可能である。
【0042】
実施例3
前述した実施例1と同一環境下の水槽に、天然から採取した全長5cm程度のアワビ(種類はクロアワビ)を30匹入れた。このときのアワビの殻の色は茶色である。
【0043】
次に緑藻(種類はアナアオサ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、青緑色の殻が10mm作出された。
【0044】
次いで褐藻(種類はカジメ)のみを3カ月常に飽和状態になるように与えた。その結果、茶〜青色の殻が10mm作出された。
【0045】
以上の通り、上記の飼育方法により、殻の内側から順に、茶色→青緑色→茶〜青色の縞模様のアワビが得られた。このアワビは、産地識別用アワビなどに利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌し、アワビ類の殻に二色以上の縞模様を施すことによってアワビ類の産地を識別することを特徴とするアワビ類の識別方法。
【請求項2】
前記海藻は、緑藻、紅藻、または褐藻である請求項1に記載の識別方法。
【請求項3】
海洋深層水の存在下で給餌するものである請求項1または2に記載の識別方法。
【請求項4】
色の異なる複数の海藻をアワビ類に給餌することにより、縞模様の殻色を有することを特徴とする産地識別用アワビ類。

【図1】
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【公開番号】特開2012−23971(P2012−23971A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162841(P2010−162841)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.「日刊工業新聞 2010年(平成22年)2月5日付」 発行日:平成22年2月5日 発行所:日刊工業新聞社 2.「高知新聞 2010年(平成22年)5月7日付」 発行日:平成22年5月7日 発行所:高知新聞社 3.「広報高知大学2010・夏号」 発行日:平成22年7月1日 発行者:高知大学
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】