説明

アンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法

【課題】アンモニア酸化細菌群集と脱窒細菌群集の同時培養による集積培養方法を提供すること、また、全く異なるエネルギー獲得系を有するアンモニア酸化細菌と脱窒細菌の両群集を、現場サンプルである海洋底泥を用いて、一連の集積培養操作により、同時に得ることの出来る方法を提供すること。
【解決手段】採取された海洋底泥を、アンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)に接種して、常温・暗条件下、振とう培養を開始し、細菌活性が安定的な状態となるまで、かかる培養操作を繰り返し実施した後、得られたアンモニア酸化細菌の培養液を、前記無機塩培地(A)よりも微量金属成分の濃度を高めた無機塩培地(B)に植菌して、アンモニア酸化細菌と共に、それと共生し得る脱窒細菌の培養乃至は馴養を行い、かかる培養馴養操作を繰り返し実施することにより、アンモニア酸化細菌と脱窒細菌とが混在する培養/馴養液を得るようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法に係り、特に、全く異なる代謝系を有するアンモニア酸化細菌と脱窒細菌について、一連の集積培養操作により、それら両群集を同時に得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、内湾等の閉鎖性海域における環境悪化が問題視されており、その原因物質としては、富栄養化物質である、窒素(N)やリン(P)が知られているところから、それらの現場からの除去が、重要課題となっている。一方、有機物分解者としての微生物は、様々な機能を有しており、その中の触媒機能を利用した有機汚濁泥の浄化には、最も有用な生物であると考えられている。とりわけ、窒素(N)の除去には、アンモニア酸化及び脱窒の機能を有する微生物が、分解者として重要な役割を担っており、そのために、有用なアンモニア酸化細菌、脱窒細菌の分離や、集積培養は、それらの細菌の海洋(特に、その底泥)浄化への利用の面からも、高い可能性を有していることが認められている。
【0003】
ところで、脱窒細菌とは、硝酸態窒素を最終電子受容体として利用し、窒素ガスに還元する反応を行う細菌を指しており、一部の通性嫌気性の従属栄養細菌が担っている。一方、アンモニア酸化細菌とは、アンモニア態窒素から亜硝酸を生成し、その酸化の過程でエネルギーを得て、炭酸ガスを同化する好気性の化学独立栄養細菌である。そして、これら両細菌は、エネルギー獲得系から見ても、全く異なるタイプの生物種に属しており、そのために、従来から、それぞれの細菌に合致した培養条件を個別に設定して、スクリーニングや集積培養を行うのが、一般的であるとされており、同時に異なる二種の細菌群の集積培養を行うことはなかった。
【0004】
因みに、国際公開:WO00/077171号公報(特許文献1)においては、活性汚泥に僅かに含まれる硝化細菌(アンモニア酸化細菌)又は脱窒細菌の高濃度培養方法が明らかにされているのであるが、そこにおいても、硝化細菌の高濃度培養方法と、脱窒細菌の高濃度培養方法とは、全く異なる培養条件を採用して、それぞれ別個に馴養されているのであり、しかも、脱窒細菌の高濃度培養に際しては、外部炭素源として、メタノールやエタノールの如きアルコールが培地に添加されてなる有機物培地を用いた脱窒馴養手法が、採用されているに過ぎないのである。
【0005】
しかしながら、有機物(N)の分解処理に際して、アンモニア酸化から脱窒までの微生物による分解活性は、連続した反応であることが望ましく、例えば、それぞれの細菌群を分離して培養した後に、新たに複合系を形成せしめた場合には、それぞれの細菌群の異なる増殖様式に起因する親和性等の諸問題が内在しており、必ずしも、充分な活性を得ることが難しいものであった。このため、廃水処理等の分野においては、それぞれ個別にアンモニア酸化処理や脱窒処理を行っているのが、実情である。
【0006】
また、分離された細菌群集を、何等かの手法で汚染された現場へ導入して、微生物による浄化を図る際には、現場の生態系を乱さないという観点から、遺伝子組み替え技術を用いたり、外来の種を導入して、その浄化を促進させるという手法は好ましくなく、避けるべきである。現場へ応用する上での微生物による環境浄化は、現場サンプルから分離された微生物を利用することが、現場の生態系を守る上において望ましいのである。
【0007】
【特許文献1】国際公開:WO00/077171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、アンモニア酸化細菌群集と脱窒細菌群集の同時培養による集積培養方法を提供することにあり、また、他の課題とするところは、全く異なるエネルギー獲得系を有するアンモニア酸化細菌と脱窒細菌の両群集を、現場サンプルである海洋底泥を用いて、一連の集積培養操作により、同時に得ることの出来る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そして、本発明は、かかる課題の解決のために、(i)採取した海洋底泥を、アンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)に接種して、常温・暗条件下、振とう培養を開始する一方、その培養液中のアンモニア態窒素濃度及び亜硝酸態窒素濃度を少なくとも測定して、アンモニア酸化活性の認められた培養液を新しい前記無機塩培地(A)に植え継ぎ、同条件にて振とう培養を繰り返すことにより、主として前記海洋底泥中のアンモニア酸化細菌を培養すると共に、細菌活性が安定的な状態となるようになるまで、かかる培養操作を繰り返し実施する第一の培養工程と、(ii)該第一の培養工程で得られたアンモニア酸化細菌の培養液を、前記無機塩培地(A)よりも微量金属成分の濃度を高めた無機塩培地(B)に植菌して、アンモニア酸化細菌と共に、それと共生し得る脱窒細菌の培養乃至は馴養を行う一方、アンモニア酸化活性及び脱窒活性を確認しつつ、かかる培養/馴養操作を繰り返し実施することにより、アンモニア酸化細菌と脱窒細菌とが混在する培養/馴養液を得る第二の培養工程とを、含むことを特徴とするアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法を、その基本的構成とするものである。
【0010】
なお、この本発明に従うアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法の望ましい態様の一つによれば、前記第一の培養工程における培養液中の亜硝酸態窒素濃度が100mg/L以上となったときに、前記新しい無機塩培地(A)への植え継ぎが、行われることとなる。
【0011】
また、本発明にあっては、有利には、前記第二の培養工程における無機塩培地(B)に対して、フェノールレッドが添加されて、培養/馴養中における培地の色の変化によって把握される培地のpH変動から、アンモニア酸化活性及び/又は脱窒活性が確認されることとなるが、その際、かかるフェノールレッドは、好ましくは、エタノール溶液の形態において、添加されることとなる。
【0012】
さらに、本発明に従うアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法の他の望ましい態様によれば、前記無機塩培地(B)が、少なくとも5mg/L以上のEDTAと共に、0.1mg/L以上のCuSO4・5H2O、5μg/L以上のCoCl2・6H2O、1mg/L以上のFeSO4・7H2O、0.5mg/L以上のMnSO4・4H2O及び0.1mg/L以上の(NH46Mo724・4H2O を、前記微量金属成分として含有しており、また、そのような微量金属成分として、更に、ZnSO4・7H2Oを含有していることが望ましく、更にまた、H3BO3及びKIを含有していることも、望ましいのである。
【0013】
加えて、本発明にあっては、望ましくは、前記第二の培養工程が、静置培養方式において、継続して実施されることとなるのである。
【発明の効果】
【0014】
このように、本発明にあっては、現場サンプルとして海洋底泥を用い、それから一連の集積培養操作を繰り返して、細菌群集を取捨選択することによって、増殖に酸素を必要とする(好気性)化学独立栄養細菌であるアンモニア酸化細菌と、その多くは嫌気環境下で脱窒を行う従属栄養細菌である脱窒細菌という、全く異なる代謝系を有する両者の細菌群を、有利に獲得することが出来ることとなったのである。
【0015】
しかも、本発明に従って得られる脱窒細菌群集は、独立栄養細菌であるアンモニア酸化細菌との共存が可能な、低栄養環境下でも安定的な脱窒細菌であるという特徴を有しているのであり、これによって、アンモニア酸化細菌培養条件下においても、ある一定の生菌数を維持し、単発的な炭素源の添加によって、蓄積された亜硝酸はもとより、硝酸態窒素も、速やかに還元するという特徴を有している。
【0016】
また、本発明にあっては、現場サンプルとして、海洋底泥を用いていることにより、土着の細菌を集積培養せしめるものであるところから、現場生態系への応用が可能である特徴をも有している。
【0017】
すなわち、海洋環境から選ばれた細菌群集を再利用して、微生物活性を用いた海洋環境の浄化に役立てるという目的において、本発明に従って得られたアンモニア酸化・脱窒細菌群集の利用は、生態系維持の観点からも望ましいものであり、また現場の環境には高い有機物量が認められるとは言っても、実験室で培養するような環境とは大きく異なり、むしろ、低栄養環境下でも増殖が可能な細菌群が望ましいと考えられるのであって、この意味においても、本発明において得られる脱窒細菌群集は好適なものである、と言うことが出来るのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
ところで、かかる本発明に従って集積培養される、現場サンプルとしての海洋底泥は、従来と同様な浚渫作業等によって、閉鎖性の海域の海底から採取される、有機質の豊富なものであって、そのような海洋底泥は、無数ともいえる細菌叢により構成されており、各種のアンモニア酸化細菌や亜硝酸酸化細菌、例えば、Nitrosomonas sp.、Nitrosococcus sp.、Nitrobacter sp.等の硝化細菌や、各種の脱窒細菌、例えば、Pseudomonas sp.、Bacillus sp.、Micrococcus sp.等は勿論のこと、他の各種の細菌が、共存せしめられているのである。そして、本発明においては、先ず、かかる採取された海洋底泥が、アンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)に接種されて、第一の培養工程が、開始されることとなる。
【0019】
ここで、そのような第一の培養工程において用いられるアンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)は、少なくとも、アンモニア態窒素を含有する無機塩培地であって、例えば、アンモニア態窒素として、(NH42SO4 が、人工海水に溶解されて含有せしめられ、更に、りん酸緩衝液(phosphate buffer)及び炭酸緩衝液(carbonate buffer)にて、pHが、7.5〜8.0に調製されてなる培地、具体的にはNm培地等が、好適に用いられることとなる。なお、人工海水には、NaCl、KCl、MgCl2、MgSO4、CaCl2 等が、海水含有成分として溶解され、更に、Na2MoO4、FeSO4、MnSO4等が、微量成分として、溶解、含有せしめられている。
【0020】
そして、かかる無機塩培地(A)に対して、海洋底泥を接種する際には、海洋底泥が、一般に、1〜10%(w/v)程度の濃度となるように、添加、含有せしめられるのであり、その後、この海洋底泥が接種された無機塩培地(A)を用いて、常温下、一般に、15〜30℃程度の温度において、暗条件の下、常法に従って、振とう培養が開始される。そして、そのような振とう培養の過程において、海洋底泥中の少なくともアンモニア酸化細菌の培養(馴養)が進んでいるか、どうかを知るべく、適当な培養日数の経過毎に、例えば、初期の培養段階では一ヶ月程度を目途に、その後は、二週間に一度程度を目安に、かかる海洋底泥を接種した無機塩培地(A)からなる培養液中の、少なくともアンモニア態窒素濃度及び亜硝酸態窒素濃度が、測定されることとなる。アンモニア酸化細菌の培養の進行によって、培地(培養液)中のアンモニア態窒素が消費され、その存在量が低減する一方、新たに亜硝酸態窒素が生成し、その量が増大するようになるからである。なお、その際、硝化細菌の存在によって、硝酸態窒素も生成するようになるところから、硝酸態窒素濃度も好適に測定されることとなる。
【0021】
ここにおいて、そのような培養液中のアンモニア態窒素濃度や、亜硝酸態窒素濃度、更には硝酸態窒素濃度の測定には、公知の各種の手法を採用することが可能であるが、ここでは、それぞれの濃度を厳密に求める必要はなく、その概数を求めれば充分であるところから、一般に、比色定量等に基づく簡易キットを用いた測定法が、採用されることとなる。なお、そのような簡易キットとしては、例えば、独国:Merck社のMerckoquantがあり、そのアンモニウムテスト、亜硝酸テスト、硝酸テストが採用されることとなる。そして、この簡易キットを用いてアンモニア態窒素(測定範囲:10〜400mg/L)を測定する場合には、5mLの反応液に反応試薬(水酸化ナトリウム)を添加して、測定する一方、亜硝酸態窒素(測定範囲:0〜80mg/L及び0〜3g/L)や硝酸態窒素(測定範囲:0〜500mg/L)の場合には、テストストリップを直接反応液に浸して、反応時間を、亜硝酸態窒素の場合には15秒、硝酸態窒素の場合には1分間として、それぞれ反応させ、そのテストストリップの色の変化によって濃度を測定する比色定量法に従って、それぞれの濃度が求められるのである。
【0022】
そして、かかる測定の結果、アンモニア態窒素の消失と亜硝酸態窒素の生成がある程度確認されると、その培養液におけるアンモニア酸化活性が認められ、それによって、そのようなアンモニア酸化活性の認められた培養液が、新しい無機塩培地(A)に植え継がれて、終濃度が一般に5%以下程度、特に3%以下程度となるようにして、同一の培養条件(常温・暗条件)下において、再度の振とう培養が繰り返されるのであるが、そのような植え継ぎの時点としては、一般に、培養液中に生成した亜硝酸態窒素濃度が100mg/L以上となったときに行われることとなる。なお、硝酸態窒素濃度を基準にすると、一般に、50〜100mg/Lを目安にして、新しい培地への接種、移植が行われることとなる。また、アンモニア態窒素濃度から考えると、実質的にその全てが消失していることを、簡易キットにより確認されることにより、次の段階へ移行することとなるのである。
【0023】
このように、採取した海洋底泥について、アンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)を用いて、繰り返し培養を行い、得られる培養液を新しい培地に植え継ぐ工程を、何度も繰り返すことからなる第一の培養工程においては、主として、海洋底泥中のアンモニア酸化細菌が培養されることとなるのである。最も、採取された海洋底泥は、無数とも言える細菌叢より構成されているのであるが、上述せる如き培養を数ヶ月間繰り返して行うことで、無機物のみからなる培地である無機塩培地(A)を用いた長期の培養によって生育出来ない微生物群は、極端に減少するか、死滅することとなるのであり、そして、上記した培養条件下で生育し得るアンモニア酸化細菌の培養、採取が良好に行なわれ得るのであり、また、そこには、アンモニア酸化細菌と共生し得る脱窒細菌等の他の細菌も、存在することとなる。
【0024】
そして、この第一の培養工程において、無機塩培地(A)を用いた培養操作を繰り返し実施することにより、例えば、接種したサンプル中の細菌種のバラツキ等の何等かの要因によって安定的にアンモニアの減少、亜硝酸の生成等が認められない培養液を除き、培養回数を重ねても略同じように細菌活性、具体的には、投入したアンモニアの消失と亜硝酸や硝酸の生成が認められて、菌叢が安定的な状態を維持することが、認められることによって、第一の培養工程が終了され、次の第二の培養工程に移行せしめられることとなるのである。
【0025】
すなわち、第二の培養工程においては、上記の第一の培養工程で得られたアンモニア酸化細菌の培養液を、前記無機塩培地(A)よりも微量金属成分の濃度を高めた無機塩培地(B)に植菌して、アンモニア酸化細菌と共に、それと共生し得る脱窒細菌の採取を目的として、その培養乃至は馴養が実施されるのである。
【0026】
ここで、かかる第二の培養工程で用いられる無機塩培地(B)は、基本的には人工海水(NaCl、KCl、MgCl2・7H2O、MgSO4・7H2O、CaCl2・2H2O含有)に、アンモニア態窒素としての(NH42SO4 を含有せしめてなると共に、炭酸緩衝液やりん酸緩衝液にてpHを7.5〜8.0程度に調製してなる無機塩培地であるが、本発明にあっては、そのような無機塩培地に対して、更に、微量金属成分が、前記第一の培養工程において用いられた無機塩培地(A)よりも高濃度で含まれるように添加され、目的とする無機塩培地(B)が調製されて、従属栄養細菌である脱窒細菌の獲得によりシフトした組成とされているのである。
【0027】
具体的には、無機塩培地(B)においては、目的とするより高濃度の微量金属成分の溶存のために、キレーターであるEDTAが少なくとも5mg/L以上、好ましくは10mg/L以上の割合で添加、含有せしめられている一方、CuSO4・5H2Oが0.1mg/L以上、好ましくは0.5mg/L以上の割合において、またCoCl2・6H2Oが5μg/L以上、好ましくは10μg/L以上の割合において含有せしめられていることが望ましく、更に、1mg/L以上、好ましくは2mg/L以上のFeSO4・7H2O、0.5mg/L以上、好ましくは2mg/L以上のMnSO4・4H2O、及び0.1mg/L以上、好ましくは0.5mg/L以上の(NH46Mo724・4H2Oが、含有せしめられていることが望ましいのである。なお、それら微量金属成分の上限としては、培養細菌に対する悪影響を回避する等の観点から、一般に、EDTAでは、100mg/L程度、CuSO4・5H2Oでは、3mg/L程度、CoCl2・6H2Oでは100μg/L程度、FeSO4・7H2Oでは10mg/L程度、MnSO4・4H2Oでは10mg/L程度、(NH46Mo724・4H2Oでは3mg/L程度とされることとなる。
【0028】
また、かかる無機塩培地(B)には、微量金属成分として、更に、ZnSO4・7H2Oが有利に含有せしめられ、その割合としては、0.04〜1.0mg/L程度において含有せしめられる他、H3BO3やKI等も、微量金属成分として、それぞれ100μg/L以下及び20μg/L以下程度の割合において含有せしめられることとなる。
【0029】
ところで、これら微量金属成分は、前記した無機塩培地(A)を用いて採取されたアンモニア酸化細菌に加えて、敢えて有機物を添加することなく、アンモニア酸化細菌と共存し得る脱窒細菌の採取を目的として、添加せしめられて、無機塩培地(B)を構成しているのであり、そしてこのような無機塩培地(B)を用いて、第一の培養工程で得られたアンモニア酸化細菌の培養液を植菌して、アンモニア酸化活性及び脱窒活性を確認しつつ、培養乃至は馴養を繰り返すことにより、化学独立栄養細菌であるアンモニア酸化細菌と、従属栄養細菌である脱窒細菌からなる全く異なる代謝系を有する両者の細菌群を、一連の集積培養において、獲得することが出来ることとなったのである。
【0030】
すなわち、本発明においては、かかる第二の培養工程においても、必要に応じて、無機塩培地(B)を用いた培養/馴養操作によって得られる培養/馴養液中の少なくともアンモニア態窒素濃度及び亜硝酸態窒素濃度、更に好ましくは、それらと共に、硝酸態窒素濃度が、先の第一の培養工程と同様にして、簡易キット等を用いて測定されたり、また有利には、培養/馴養液のpHの変動を検知して、アンモニア酸化活性や脱窒活性を確認しつつ、そのような培養/馴養操作が繰り返し実施されるのである。なお、ここで、アンモニア酸化や脱窒活性の確認において、アンモニア酸化の場合は、アンモニアの消失と亜硝酸の生成によってその確認を行う一方、脱窒の場合にあっては、培養/馴養液のpHの上昇から窺い知ることが出来る他、例えば、植え継ぎの際に、別個にサンプルを採取して、種菌(微生物群集)を新しい培地に接種すると同時に、エタノール等の有機物を添加することで、窒素ガスとしてのバブルの発生を検知することにより、脱窒活性の確認を行うことも可能である。
【0031】
なお、培養/馴養液のpHの変動は、アンモニア酸化細菌による培地中のアンモニア態窒素のアンモニア酸化反応によって生じる水素イオンの発生によるところのpHの低下として現われる一方、脱窒の進行により水素イオンの消費と水酸イオンの発生によって、pHが上昇するようになるところから、このようなpHの変動を、培地にフェノールレッドを添加せしめて、培養/馴養中における培地の色の変化によって検知し、そしてそれによって把握される培地のpH変動から、アンモニア酸化活性や脱窒活性を確認することが、有利に採用されることとなる。また、その際、フェノールレッドが、エタノール溶液の形態において添加されるようにした方式も、有利に採用されることとなる。けだし、無機物のみの培地での培養を継続して行うことで、脱窒細菌の枯渇を促進する恐れがあるところから、植え継ぎ毎に添加されるフェノールレッドを、フェノールレッドのアルコール溶液に代えて、加えることで、脱窒細菌の群集の活性促進と維持を有利に図ることが出来るからである。
【0032】
また、この第二の培養工程における培養/馴養操作は、特に、脱窒細菌の採取を目的とするものであるところから、生育に酸素を必要とするアンモニア酸化細菌の培養を目的とする第一の培養工程とは異なり、積極的に振とう培養を採用するものではなく、しかも、積極的な酸素供給がある状態でなければ生育して来ない細菌を採取するのは好ましくないところから、本発明にあっては、脱窒細菌との共存系を獲得すべく、第一の培養工程において、ある程度のアンモニア酸化細菌を確保した後、第二の培養工程では、常温(15〜30℃)において、静置培養が有利に採用され、そのような静置培養条件下でも生育可能な細菌群集の取得を図るのが望ましいのである。
【0033】
また、第二の培養工程において、その培養/馴養操作の継続か、終了か(植え継ぎの有無・条件)は、その回数に特に制約を受けるものではなく、上述のように、植え継ぎの時点で、アンモニア酸化活性及び脱窒活性を確認して、亜硝酸の顕著な生成(投入したアンモニア態窒素がほとんど検出不可能なレベルまで減少し、亜硝酸が顕著に生成していること)が認められたら、アンモニア酸化を認め、一方、脱窒については、例えば有機物を一時的に添加して、硝酸・亜硝酸が短期間でゼロになり、バブルの発生が認められれば、脱窒活性を認め、そしてそのような培養/馴養液が得られた段階において、そのような培養/馴養操作を終了することが出来るのである。ここで、上述したフェノールレッドの添加による培養/馴養状態の確認は、目視によるアンモニア酸化と亜硝酸の生成が生じるのに要する時間の確認をする上において有効であり、そこにおいて、培養/馴養液の菌叢が安定して来れば、化学反応の速度、pHの変化も呼応するようになるのであり、そしてアンモニアの酸化により、培地の色がピンクから黄色に変化し、pHも6以下となってきたことを確認して、終了するか、植え継ぎが行われるのである。そして、活性の確認がコンスタントになってくれば、つまり、細菌叢の状態が生化学的見地から安定的にアンモニア酸化と脱窒の活性を維持しつつ、推移することにより、第二の培養工程を終了させることが可能となるのである。
【0034】
そして、かかる第二の培養工程の終了により、目的とする集積培養、即ち、海洋底泥からのアンモニア酸化細菌や脱窒細菌の群集の集積・培養操作が完了することとなるのであり、そして、そうして得られた細菌群集は、その維持を図りつつ培養を継続して、初期の用途に用いられるようにすることも可能であるが、通常は、細菌群集が得られた時点で、細菌が何等かのアクシデントにより失われたり、変化したりすることもあるところから、通常は、継続的に植え継ぎを行うと同時に、細菌群集が得られた時点で、−80℃においてストックされることとなる。
【0035】
かくして得られる細菌群集は、海洋汚泥から採取されたものであると共に、独立栄養細菌であるアンモニア酸化細菌との共存が可能な、低栄養環境下でも安定的な脱窒細菌の群集であるところから、土着の細菌群集を有利に獲得し得ることとなるのであり、従って、それを、再び、現場生態系に戻すようにすることによって、生態系の維持が有利に実現され得ると共に、低栄養環境下でも増殖が可能な細菌群によって、現場海域(海底)の微生物による環境浄化に効果的に寄与せしめ得るのであり、以て、海洋環境から得られた細菌群集を再利用して、微生物活性を用いた海洋環境の浄化に役立てるという目的が、有利に達成され得るのである。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明の代表的な実施例を示し、本発明を、更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記した具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが理解されるべきである。
【0037】
先ず、三重県の英虞湾立神浦の水深10mのところで採取された、有機物を豊富に含む海洋底泥である浚渫土を用い、以下の第一の培養工程を実施した。
【0038】
すなわち、かかる浚渫土を、アンモニア酸化細菌用の、下記表1に示される組成のNm培地に、約3%(w/v)濃度となるように接種して、20℃、暗条件下において、振とう培養を開始した。
【0039】
【表1】

但し、かかる表1におけるりん酸緩衝液、炭酸緩衝液及び人工海水(I)の各組成については、以下の通りである。
−りん酸緩衝液組成−
KH2PO4 68.0g
2HPO4 87.1g
蒸留水 1000ml
(pH = 8.2)

−炭酸緩衝液組成−
NaHCO3 50.4g
Na2CO3 63.6g
蒸留水 1000ml
(pH = 8.2)

−人工海水(I)組成−
NaCl 30.0g
KCl 0.7g
MgCl2・7H2O 10.8g
MgSO4・7H2O 5.4g
CaCl2・2H2O 1.0g
Na2MoO4・2H2O 1mg
FeSO4・7H2O 1mg
MnSO4・4H2O 1mg
蒸留水 1000ml
【0040】
そして、二週間から1ヶ月を目途に、上記の培養操作によって得られる培養液中のアンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、及び硝酸態窒素の各濃度を、簡易キット:Merckoquant・アンモニウムテスト、亜硝酸テスト、硝酸テスト(独国:Merck社製)を用いて、それぞれ測定し、アンモニア態窒素の減少、亜硝酸の生成、更に硝酸の生成を確認する一方、100mg/L以上の亜硝酸の生成が認められた培養液より、その一部を取り出し、それを、終濃度が1%となるように(前培養液の1mLに対して、新しい培地が99mLとなる割合)、新しいNm培地に植え継ぎ、先の培養と同様な培養条件(20℃・暗条件下)において、振とう培養を繰り返し、更にそのような培養操作を、菌叢がより安定的な状態を維持するようになるまで、7〜8回継続して実施した。
【0041】
次いで、上記の第一の培養工程に続く第二の培養工程においては、上記で得られた細菌活性が安定的な状態となったアンモニア酸化細菌の培養液を用い、それが1%(w/v)濃度となるように、下記表2に示される組成の、無機塩培地であるNiD培地に植菌して、かかる培養液中に存在するアンモニア酸化細菌と共に、それと共生し得る脱窒細菌の培養乃至は馴養を行う一方、フェノールレッドを培地に添加して、培養/馴養液におけるpHの変動を観察すると共に、アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素の各態窒素濃度を調べて、アンモニア酸化活性及び脱窒活性を確認しつつ、培養/馴養を繰り返し継続して行った。なお、この培養/馴養操作は、常温(20℃)で暗条件下、振とうすることなく静置培養方式にて実施され、新しい培地への植え継ぎは、2週間以上を要して行われた。植え継ぎは、培地がピンク色から黄色に変化したときに実施された。また、アンモニア態窒素や亜硝酸態窒素、硝酸態窒素の各濃度は、第一の培養工程と同様にして監視された。
【0042】
【表2】

但し、かかる表2における微量金属溶液(I)及び人工海水(II)の各組成については、以下の通りである。
−微量金属溶液(I)組成−
EDTA 50g
FeSO4・7H2O 5g
CuSO4・5H2O 1.6g
MnCl2・4H2O 5g
(NH46Mo724・4H2O 1.1g
3BO3 50mg
CoCl2・6H2O 50mg
蒸留水 1000ml
(pH = 7.0)

−人工海水(II)組成−
NaCl 5.4g
KCl 0.66g
MgCl2・7H2O 10.8g
MgSO4・7H2O 5.4g
CaCl2・2H2O 1.0g
蒸留水 1000ml
【0043】
このようにして得られたアンモニア酸化・脱窒細菌群集を、更に、下記表3に示される組成のANA3培地に植え継ぎ、培養時間毎のアンモニア酸化並びに脱窒活性を確認するために、各態窒素(NH4−N、NO2−N、NO3−N)並びに全窒素(T−N)の分析を行い、同時に、生菌数を測定し、細菌群集の持つ活性と菌の増殖についての確認を行った。その結果を、下記表4と共に、図1に示した。なお、得られた生菌数は、アンモニア酸化細菌:105〜106cells/mL、脱窒細菌:108〜109cells/mLのレベルであった。
【0044】
【表3】

【表4】

【0045】
また、細菌群集の細菌叢を明らかにするために、遺伝子レベルでの解析を行い、細菌叢を調査したところ、これまでに分離されているアンモニア酸化細菌と複数合致し、脱窒細菌についても複数分離することが出来た。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例において、本発明に従う方法によって得られた、アンモニア酸化・脱窒細菌群集の培養日数に対するpH及びT−Nの変化並びにT−NにおけるNH4−N、NO2−N及びNO3−Nの相対的割合を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取した海洋底泥を、アンモニア酸化細菌用の無機塩培地(A)に接種して、常温・暗条件下、振とう培養を開始する一方、その培養液中のアンモニア態窒素濃度及び亜硝酸態窒素濃度を少なくとも測定して、アンモニア酸化活性の認められた培養液を新しい前記無機塩培地(A)に植え継ぎ、同条件にて振とう培養を繰り返すことにより、主として前記海洋底泥中のアンモニア酸化細菌を培養すると共に、細菌活性が安定的な状態となるようになるまで、かかる培養操作を繰り返し実施する第一の培養工程と、
該第一の培養工程で得られたアンモニア酸化細菌の培養液を、前記無機塩培地(A)よりも微量金属成分の濃度を高めた無機塩培地(B)に植菌して、アンモニア酸化細菌と共に、それと共生し得る脱窒細菌の培養乃至は馴養を行う一方、アンモニア酸化活性及び脱窒活性を確認しつつ、かかる培養/馴養操作を繰り返し実施することにより、アンモニア酸化細菌と脱窒細菌とが混在する培養/馴養液を得る第二の培養工程とを、
含むことを特徴とするアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項2】
前記第一の培養工程における培養液中の亜硝酸態窒素濃度が100mg/L以上となったときに、前記新しい無機塩培地(A)への植え継ぎが行われることを特徴とする請求項1に記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項3】
前記第二の培養工程における無機塩培地(B)に対して、フェノールレッドが添加されて、培養/馴養中における培地の色の変化によって把握される培地のpH変動から、アンモニア酸化活性及び/又は脱窒活性が確認されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項4】
前記フェノールレッドが、エタノール溶液の形態において、添加されることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか一つに記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項5】
前記無機塩培地(B)が、少なくとも5mg/L以上のEDTAと共に、0.1mg/L以上のCuSO4・5H2O、5μg/L以上のCoCl2・6H2O、1mg/L以上のFeSO4・7H2O、0.5mg/L以上のMnSO4・4H2O、及び0.1mg/L以上の(NH46Mo724・4H2Oを、前記微量金属成分として含有していることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一つに記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項6】
前記無機塩培地(B)が、前記微量金属成分として、更に、ZnSO4・7H2Oを含有していることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか一つに記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項7】
前記無機塩培地(B)が、前記微量金属成分として、更に、H3BO3及びKIを含有していることを特徴とする請求項1乃至請求項6の何れか一つに記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。
【請求項8】
前記第二の培養工程が、静置培養方式において、継続して実施されることを特徴とする請求項1乃至請求項7の何れか一つに記載のアンモニア酸化・脱窒細菌群集の集積培養方法。


【図1】
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【公開番号】特開2008−17713(P2008−17713A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−189611(P2006−189611)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】