説明

アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法

【課題】アークスタート時のスパッタの発生を低減する。
【解決手段】ロボット11に支持された溶接トーチ15又は溶接対象物50を移動させ、溶接対象物50上の溶接開始点Tを始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法が、溶接開始点Tに溶接ワイヤ16を送給する段階S2と、溶接ワイヤ16の先端が溶接対象物50に接触した後に、溶接ワイヤ16の送給を停止する段階S4と、アークが発生しない範囲内のアーク前溶接電力P1を供給して溶接ワイヤ16及び溶接対象物50に入熱する段階S51と、溶接ワイヤ16を巻き戻しながらアークQを発生させるアーク発生溶接電力P2を供給する段階と、本溶接電力P4を供給して本溶接を行う段階とを含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電流を周期的に増減させ、電流波形をパルス状にして行うパルスアーク溶接において、理想的なパルスアーク溶接とは、1パルス分の出力で溶接ワイヤ先端が溶解し、溶滴となって溶接ワイヤ先端から離隔することである。仮に、1パルス分の出力で溶接ワイヤ先端の溶滴が離隔しない場合、溶滴が離隔するまでにされた数パルス分の出力によって溶解した溶滴が溶接ワイヤ先端に留まるため、溶滴が大きく成長する。その結果、一時的に溶接対象物上の溶融プールとの距離が短くなるため、短絡を起こし、スパッタが発生する原因となる。
【0003】
この問題を解決するため、パルス状の電流波形における、ピーク電流値(すなわち臨界電流以上の値)及びその出力時間並びにベース電流値(すなわち臨界電流以下の値)及びその出力時間を調整することによって、1パルス分の出力で溶滴を離隔させるという手法が一般的に知られている。
【0004】
しかし、溶接ワイヤ先端から溶接対象物側へ溶融金属が移行する溶滴移行現象には、溶接ワイヤの材質や径、シールドガスが深く関係しているため、使用する構成毎に上述のような調整が必要となる。また、アーク発生直後における溶接ワイヤ先端部の温度は、その後の溶接中の溶接ワイヤ先端部の温度と比べると低温であるため、1パルス分の出力で溶滴が離隔しにくい傾向がある。
【0005】
そのため、アーク発生直後だけ、上述のピーク電流値及びその出力時間を大きくすることによって溶接ワイヤ先端部により大きな熱を与えて溶解を促し、ピンチ効果によって溶接ワイヤ先端の溶滴を離隔させるという調整が一般に行われている。こうした電流波形制御の調整には多大な労力を必要とする。
【0006】
また、こうしたアーク発生直後専用の調整を行うことによって、アーク発生直後から1パルス分の出力で溶滴を離隔することができるようになっても、アーク発生直後はまだ溶融プールが形成されていないため、溶接ワイヤ先端から離隔した溶滴が溶接対象物に付着せずに弾かれて、スパッタが発生してしまう。
【0007】
ところで、特許文献1に記載のパルスアーク溶接では、溶接ワイヤ先端の溶滴が離隔する際のアーク長の増加を電圧又は抵抗値の増加として電気的に検出し、溶滴の離隔を検出した時点から溶滴が完全に溶融プールに移行するまでの間に溶接出力を低下させることによって、溶接ワイヤ先端から離隔した溶滴に対するアーク力を弱め、スパッタの発生を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−229680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載のパルスアーク溶接でも、溶接ワイヤ先端から離隔した溶滴に対するアーク力が弱められたとしても、アーク発生直後には溶融プールがまだ形成されていないため、その溶滴は溶接対象物に付着しにくく、弾かれてスパッタが発生しやすい。アークスタート時に多量のスパッタが発生すると、スパッタが溶接対象物に付着してしまうことによって溶接品質が低下したり、スパッタとして飛散した分だけビード量が減ることによって溶接ワイヤ消費量が増加したりしてしまう。また、密集設置された溶接システムである場合には、飛散したスパッタが他の機器へ悪影響を及ぼしてしまう可能性がある。
【0010】
本発明は、一態様において、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明によれば、ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、アークが発生しない範囲内のアーク前溶接電力を供給して前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱する段階と、前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法が提供される。
【0012】
また、請求項2に記載の発明によれば、ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱させるアーク維持溶接電力を供給すると共に、該アーク維持溶接電力によって前記溶接ワイヤの先端が焼失する焼失速度と同じ供給速度にて前記溶接ワイヤを送給する段階と、本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法が提供される。
【0013】
また、請求項3に記載の発明によれば、ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、アークが発生しない範囲内のアーク前溶接電力を供給して前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱する段階と、前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱させるアーク維持溶接電力を供給すると共に、該アーク維持溶接電力によって前記溶接ワイヤの先端が焼失する焼失速度と同じ供給速度にて前記溶接ワイヤを送給する段階と、本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
請求項1から3に記載の発明によれば、本溶接を開始する前に、溶接ワイヤ及び溶接対象物への入熱が行われる。従って、溶接開始点における溶け込み量を増加させる効果と、溶接対象物上にまだ溶融プールが形成されていない状態で、溶滴が、溶けた溶接対象物表面に付着する効果と、パルスアーク溶接を行う場合は、溶接ワイヤの先端の溶解が促されることによって、アークスタート時から溶接ワイヤ先端の溶滴が1パルス分の出力で離隔する効果とを奏する。
【0015】
従って、各請求項に記載の発明によれば、アークスタート時のスパッタの発生を低減するという共通の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一態様によるアーク溶接システムの概略を示すブロック図である。
【図2】本発明の別の態様によるアーク溶接システムの概略を示すブロック図である。
【図3】本発明のさらに別の態様によるアーク溶接システムの概略を示すブロック図である。
【図4】本発明の第1実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図である。
【図5】本発明の第2実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図である。
【図6】本発明の第3実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図である。
【図7】本発明の第1実施形態から第3実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接の制御のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、本発明の態様による制御方法は、パルスアーク溶接に限らずすべての溶接に対して適用可能である。
【0018】
図1は、本発明の一態様による第1構成のアーク溶接システム10の概略を示すブロック図である。アーク溶接システム10は、ロボット11と、ロボット11のサーボモータの制御を行うロボット制御装置12と、アーク溶接のための溶接電源13と、溶接ワイヤ送給機14と、溶接トーチ15と、溶接ワイヤ送給機14によって送給/巻き戻しが行われる溶接ワイヤ16とを有する。
【0019】
ロボット11は、そのアーム先端部に溶接トーチ15を装着し、溶接トーチ15から延びる溶接ワイヤ16先端の位置決めを行う多関節のロボットである。
【0020】
ロボット制御装置12は、双方向性バスによって互いに接続されたCPU(中央演算処理装置)とROM(リードオンリメモリ)とRAM(ランダムアクセスメモリ)と、不揮発性メモリとを有している。また、ロボット制御装置12は、ロボットの動作状況等を視覚的に表示する液晶ディスプレイと、作業者がロボットを制御するための教示操作盤と、ロボット軸制御器と、サーボ回路と、溶接電源13及び溶接ワイヤ送給機14が接続される汎用インターフェースとを有している。
【0021】
本発明の一態様による第1構成のアーク溶接システム10によれば、ロボット制御装置12によって、ロボット11を制御して溶接トーチ15を溶接対象物50上へ位置決めすると共に、溶接電源13によって溶接電力を制御し、溶接ワイヤ送給機14によって溶接ワイヤ16の送給/巻き戻しを行うことによって、溶接対象物50に対してアーク溶接を行う。
【0022】
なお、ロボット11は、溶接対象物50をアームによって把持し、定位置に固定された溶接トーチに対して溶接対象物50の位置決めを行うようにしてもよい。また、溶接電源13は、ロボット制御装置外に設置されることもあるが、ロボット制御装置内に組み込んでもよい。
【0023】
図2は、本発明の別の態様による第2構成のアーク溶接システム20の概略を示すブロック図である。アーク溶接システム20は、ロボット21と、ロボット21のサーボモータの制御を行うロボット制御装置22と、アーク溶接のための溶接電源23と、溶接ワイヤ送給機24と、溶接トーチ25と、溶接ワイヤ送給機24によって送給/巻き戻しが行われる溶接ワイヤ26とを有する。
【0024】
ロボット21は、そのアーム先端部に溶接トーチ25を装着し、溶接トーチ25から延びる溶接ワイヤ26先端の位置決めを行う多関節のロボットである。
【0025】
ロボット制御装置22は、双方向性バスによって互いに接続されたCPUとROMとRAMと、不揮発性メモリとを有している。また、ロボット制御装置22は、ロボットの動作状況等を視覚的に表示する液晶ディスプレイと、作業者がロボットを制御するための教示操作盤と、ロボット軸制御器と、サーボ回路と、溶接電源23が接続される汎用インターフェースとを有している。第2構成のアーク溶接システム20は、溶接ワイヤ送給機24が溶接電源23に接続されている点において、第1構成のアーク溶接システム10と相違する。
【0026】
本発明の一態様による第2構成のアーク溶接システム20によれば、ロボット制御装置22によって、ロボット21を制御して溶接トーチ25を溶接対象物50上へ位置決めすると共に、溶接電源23によって溶接電力を制御し、溶接ワイヤ送給機24によって溶接ワイヤ26の送給/巻き戻しを行うことによって、溶接対象物50に対してアーク溶接を行う。
【0027】
なお、ロボット21は、溶接対象物50をアームによって把持し、定位置に固定された溶接トーチに対して溶接対象物50の位置決めを行うようにしてもよい。また、溶接電源23は、ロボット制御装置外に設置されることもあるが、ロボット制御装置内に組み込んでもよい。
【0028】
図3は、本発明のさらに別の態様による第3構成のアーク溶接システム30の概略を示すブロック図である。アーク溶接システム30は、ロボット31と、ロボット31のサーボモータの制御を行うロボット制御装置32と、アーク溶接のための溶接電源33と、溶接ワイヤ送給用サーボモータ34と、溶接トーチ35と、溶接ワイヤ送給用サーボモータ34によって送給/巻き戻しが行われる溶接ワイヤ36とを有する。
【0029】
ロボット31は、そのアーム先端部に溶接トーチ35を装着し、溶接トーチ35から延びる溶接ワイヤ36先端の位置決めを行う多関節のロボットである。
【0030】
ロボット制御装置32は、双方向性バスによって互いに接続されたCPUとROMとRAMと、不揮発性メモリとを有している。また、ロボット制御装置32は、ロボットの動作状況等を視覚的に表示する液晶ディスプレイと、作業者がロボットを制御するための教示操作盤と、ロボット軸制御器と、サーボ回路と、溶接電源33が接続される汎用インターフェースとを有している。第3構成のアーク溶接システム30は、溶接ワイヤ送給機の代わりに溶接ワイヤ送給用サーボモータ34がロボット31内に配置されている点において、第1構成及び第2構成のアーク溶接システムと相違する。
【0031】
本発明の一態様による第3構成のアーク溶接システム30によれば、ロボット制御装置32によって、ロボット31を制御して溶接トーチ35を溶接対象物50上へ位置決めすると共に、溶接電源33によって溶接電力を制御し、溶接ワイヤ送給用サーボモータ34によって溶接ワイヤ36の送給/巻き戻しを行うことによって、溶接対象物50に対してアーク溶接を行う。
【0032】
なお、ロボット31は、溶接対象物50をアームによって把持し、定位置に固定された溶接トーチに対して溶接対象物50の位置決めを行うようにしてもよい。また、溶接電源33は、ロボット制御装置外に設置されることもあるが、ロボット制御装置内に組み込んでもよい。
【0033】
また、当然のことながら、第1構成から第3構成のアーク溶接システムにおいて、上述した以外に、溶接時の電圧や電流等を検出する各種センサを備えている。
【0034】
以下に説明する本発明の第1実施形態から第3実施形態のアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法は、上述した第1構成から第3構成のアーク溶接システムのいずれの構成にも適用可能である。また、当然のことながら、その他の構成を有するアーク溶接システムでも適用可能である。以下の説明では、第1構成のアーク溶接システム10を用いる。
【0035】
図4は、本発明の第1実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図であり、溶接トーチ15、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50が部分的に示されている。
【0036】
まず、溶接作業を開始すると、ロボット制御装置12によって、ロボット11を制御し、溶接を開始する始点である溶接対象物50上の溶接開始点Tの近傍へと溶接トーチ15を移動させる。溶接トーチ15が溶接開始点T近傍へ到達すると、ロボット制御装置12によって、汎用インターフェースを介して溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を溶接開始点Tへと送給する(図4(a))。
【0037】
次いで、溶接ワイヤ16先端が溶接開始点Tに接触したことを検出すると(図4(b))、溶接電源13によって、所定のアーク前溶接電力P1が供給され、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱する(図4(c))。アーク前溶接電力P1は、アークが発生しない範囲内で、電圧を低くし、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面へ十分入熱できる電流値を設定する。電流値を大きくする程、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50への入熱量を増加させることができる。
【0038】
次いで、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面が十分昇温した後、溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を巻き戻しながらアーク前溶接電力P1よりも大きい所定のアーク発生溶接電力P2を供給し、アークQを発生させる(図4(d))。アーク発生溶接電力P2に関して具体例を挙げると、電圧が2Vで電流が60Aの場合、溶接ワイヤの径及び材質並びに溶接対象物の材質及び厚さにかかわらず、溶接ワイヤ先端が溶接対象物から離れる瞬間にアークが発生する。従って、一般的にアーク溶接において用いられる電圧及び電流の指令範囲内であれば、アークを発生させることが可能である。次いで、本溶接電力P4を供給して本溶接を行う(図4(e))。
【0039】
本溶接(図4(e))を開始する前に、所定のアーク前溶接電力P1を供給し溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に対して入熱することによって(図4(c))、溶接ワイヤ16が十分昇温していることから、例えば、パルスアーク溶接を行う場合に、1パルス分の出力でワイヤ先端を溶解させ、溶滴を離隔させることができる。また、溶接対象物50表面も十分昇温していることから、溶接対象物50上にまだ溶融プールが形成されていない状態でも、溶接ワイヤ16先端から離隔した溶滴を、溶けた溶接対象物表面に付着させることができる。従って、溶滴が溶接対象物50に付着せずに弾かれて発生するスパッタを低減させることができる。さらに、溶接開始点で入熱を行うため、本溶接開始時に、溶接開始点付近での溶け込み量を増加させることができるという効果も奏する。
【0040】
図5は、本発明の第2実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図であり、溶接トーチ15、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50が部分的に示されている。
【0041】
まず、溶接作業を開始すると、ロボット制御装置12によって、ロボット11を制御し、溶接を開始する始点である溶接対象物50上の溶接開始点Tの近傍へと溶接トーチ15を移動させる。溶接トーチ15が溶接開始点T近傍へ到達すると、ロボット制御装置12によって、汎用インターフェースを介して溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を溶接開始点Tへと送給する(図5(a))。
【0042】
次いで、溶接ワイヤ16先端が溶接開始点Tに接触したことを検出すると(図5(b))、溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を巻き戻しながら、溶接電源13によって上述した所定のアーク発生溶接電力P2を供給し、アークQを発生させる(図5(c))。
【0043】
アークQが発生した後、溶接電源13によって、所定のアーク維持溶接電力P3を供給してアークQを維持する。ところが、アーク維持溶接電力P3によって溶接ワイヤ16先端が燃えて焼失するため、その焼失によって溶接ワイヤ16が短くなる焼失速度と同じ送給速度にて溶接ワイヤ16を送給する。その結果、一定のアーク長を維持することが可能となり、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱する(図5(d))。次いで、本溶接電力P4を供給して本溶接を行う(図5(e))。
【0044】
ところで、アーク維持溶接電力P3は大きい程、溶接ワイヤ16の焼失速度が速くなる。また、焼失速度は、溶接ワイヤの径や材質によっても変化する。従って、溶接ワイヤ16の焼失速度に応じた適切な溶接ワイヤ16の送給速度は、予め実験によって求めておく。
【0045】
ここで、適切な溶接ワイヤの送給速度の求め方を簡単に説明する。まず、使用する溶接ワイヤ及び所定のアーク維持溶接電力を決定し、溶接ワイヤの送給速度を様々に変えながらアークを発生させる。溶接ワイヤの送給速度が速すぎる場合には、溶接ワイヤと溶接対象物が短絡を起こすため、短絡時の音及びスパッタの発生によって送給速度が速すぎることが分かる。溶接ワイヤ及び溶接対象物表面に対して効率良く入熱するために、溶接ワイヤ先端はできるだけ溶接対象物に近づいている状態が望ましい。従って、短絡を起こさない範囲において、できるだけ早い溶接ワイヤの送給速度が、適切な溶接ワイヤの送給速度である。
【0046】
本溶接(図5(e))を開始する前に、アークQによって溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に対して入熱することによって(図5(d))、溶接ワイヤ16が十分昇温していることから、例えば、パルスアーク溶接を行う場合に、1パルス分の出力でワイヤ先端を溶解させ、溶滴を離隔させることができる。また、溶接対象物50表面も十分昇温していることから、溶接対象物50上にまだ溶融プールが形成されていない状態でも、溶接ワイヤ16先端から離隔した溶滴を、溶けた溶接対象物表面に付着させることができる。従って、溶滴が溶接対象物50に付着せずに弾かれて発生するスパッタを低減させることができる。さらに、溶接開始点で入熱を行うため、本溶接開始時に、溶接開始点付近での溶け込み量を増加させることができるという効果も奏する。
【0047】
図6は、本発明の第3実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法を示す図であり、溶接トーチ15、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50が部分的に示されている。
【0048】
まず、溶接作業を開始すると、ロボット制御装置12によって、ロボット11を制御し、溶接を開始する始点である溶接対象物50上の溶接開始点Tの近傍へと溶接トーチ15を移動させる。溶接トーチ15が溶接開始点T近傍へ到達すると、ロボット制御装置12によって、汎用インターフェースを介して溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を溶接開始点Tへと送給する(図6(a))。
【0049】
次いで、溶接ワイヤ16先端が溶接開始点Tに接触したことを検出すると(図6(b))、溶接電源13によって、上述した所定のアーク前溶接電力P1が供給され、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱する(図6(c))。
【0050】
次いで、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面が昇温した後、溶接ワイヤ供給機14を制御し、溶接ワイヤ16を巻き戻しながら上述した所定のアーク発生溶接電力P2を供給し、アークQを発生させる(図6(d))。
【0051】
アークQが発生した後、溶接電源13によって、上述した所定のアーク維持溶接電力P3を供給して一定のアーク長を維持し、溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱する(図6(e))。次いで、本溶接電力P4を供給して本溶接を行う(図6(f))。
【0052】
本溶接(図6(f))を開始する前に、所定のアーク前溶接電力P1を供給し溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に対して入熱し(図6(c))、さらに、アークQによって溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に対して入熱することによって(図6(e))、溶接ワイヤ16が十分昇温していることから、例えば、パルスアーク溶接を行う場合に、1パルス分の出力でワイヤ先端を溶解させ、溶滴を離隔させることができる。また、溶接対象物50表面も十分昇温していることから、溶接対象物50上にまだ溶融プールが形成されていない状態でも、溶接ワイヤ16先端から離隔した溶滴を、溶けた溶接対象物表面に付着させることができる。従って、溶滴が溶接対象物50に付着せずに弾かれて発生するスパッタを低減させることができる。さらに、溶接開始点で入熱を行うため、本溶接開始時に、溶接開始点付近での溶け込み量を増加させることができるという効果も奏する。
【0053】
図7は、本発明の第1実施形態から第3実施形態によるアークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接の制御のフローチャートである。上述した実施形態の説明と同様に、第1構成のアーク溶接システム10を例に以下説明する。
【0054】
作業者等によってアーク溶接を行うためのロボットプログラムが実行されると、まず、ステップS1では、溶接トーチ15を溶接開始点Tの近傍へ移動させ、ステップS2へと進む。次いで、ステップS2では、溶接ワイヤ16の送給が開始され、ステップS3へと進む。次いで、ステップS3では、溶接ワイヤ16先端が溶接対象物50の溶接開始点Tに接触したか否かが判定される。ステップS3において、所定時間内に溶接ワイヤ16先端が溶接開始点Tに接触しない場合には、従来公知の様々な処理を行うことが考えられるが、ここでは処理を終了する。
【0055】
一方、ステップS3において、溶接ワイヤ16先端が溶接開始点Tに接触した場合には、ステップS4へと進む。次いで、ステップS4では、溶接ワイヤ16の送給を停止する。次いで、第1実施形態による制御の場合にはステップS51へと進み、第2実施形態による制御の場合にはステップS6へと進み、第3実施形態による制御の場合にはステップS53へと進む。
【0056】
第1実施形態においてステップS51に進んだ場合、又は、第3実施形態においてステップS53に進んだ場合、所定のアーク前溶接電力P1を供給して溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱し、ステップS6へと進む。次いで、ステップS6では、溶接ワイヤ16の巻き戻しとアーク発生溶接電力P2の供給を行い、ステップS7へと進む。次いで、ステップS7では、ステップS6の処理によって、アークQが発生したか否かが判定される。ステップS7において、アークQが発生しない場合には、従来公知の様々な処理を行うことが考えられるが、ここでは処理を終了する。
【0057】
一方、ステップS7において、アークQが発生した場合には、第1実施形態による制御の場合にはステップS9へと進み、第2実施形態による制御の場合にはステップS82へと進み、第3実施形態による制御の場合にはステップS83へと進む。
【0058】
第2実施形態においてステップS82に進んだ場合、又は、第3実施形態においてステップS83に進んだ場合、アーク維持溶接電力P3を供給して溶接ワイヤ16及び溶接対象物50表面に入熱し、ステップS9へと進む。次いで、ステップS9では、本溶接を開始し、予め定められたプログラムに沿って溶接を行い、処理を終了する。
【0059】
上記したように、本発明によれば、アークスタート時のスパッタの発生を低減することができるため、溶接品質の向上、溶接ワイヤ消費量が減ることによるコスト削減、スパッタが飛散しなくなることによって溶接システムの密集配置が可能になるという効果を奏する。
【符号の説明】
【0060】
10 アーク溶接システム
11 ロボット
12 ロボット制御装置
13 溶接電源
14 溶接ワイヤ送給機
15 溶接トーチ
16 溶接ワイヤ
T 溶接開始点
Q アーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、
前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、
前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、
アークが発生しない範囲内のアーク前溶接電力を供給して前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱する段階と、
前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、
本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、
を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法。
【請求項2】
ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、
前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、
前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、
前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、
前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱させるアーク維持溶接電力を供給すると共に、該アーク維持溶接電力によって前記溶接ワイヤの先端が焼失する焼失速度と同じ供給速度にて前記溶接ワイヤを送給する段階と、
本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、
を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法。
【請求項3】
ロボットに支持された溶接トーチ又は溶接対象物を移動させ、該溶接対象物上の溶接開始点を始点としてアーク溶接を行うアーク溶接方法において、
前記溶接開始点に溶接ワイヤを送給する段階と、
前記溶接ワイヤの先端が前記溶接対象物に接触した後に、前記溶接ワイヤの送給を停止する段階と、
アークが発生しない範囲内のアーク前溶接電力を供給して前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱する段階と、
前記溶接ワイヤを巻き戻しながらアークを発生させるアーク発生溶接電力を供給する段階と、
前記溶接ワイヤ及び前記溶接対象物に入熱させるアーク維持溶接電力を供給すると共に、該アーク維持溶接電力によって前記溶接ワイヤの先端が焼失する焼失速度と同じ供給速度にて前記溶接ワイヤを送給する段階と、
本溶接電力を供給して本溶接を行う段階と、
を含み、アークスタート時のスパッタの発生を低減するアーク溶接方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate