説明

アーク溶接装置

【課題】溶接速度に応じてガス流量を増加させる場合に、溶接速度の増加と同時にガス流量を増加させていたことに起因するシールド不足による溶接欠陥を防止する。
【解決手段】アーク溶接装置1は、マニピュレータ14、ティーチペンダント15、溶接速度設定信号Vwを出力するロボット制御装置16、溶接速度設定信号Vwに応じたガス流量設定信号Gwを出力するガス流量設定回路18、ガス流量設定信号Gwを入力としてガス流量を調整するガス流量自動調整器19を備える。ロボット制御装置16は、溶接速度を増加させる溶接速度変更点が教示されているときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に溶接速度変更点での溶接速度に応じた溶接速度設定信号Vwを出力する。先行してガス流量を増加させるようにしたことによってシールド不足を防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接を行うに際し、シールドガスの流量を自動調整するためのガス流量自動調整器を備えたアーク溶接装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接では、アークおよび溶融池に対して炭酸ガス、アルゴンガス等のシールドガスを噴出して大気から遮蔽し、大気が溶接雰囲気内に侵入することを防ぐ必要がある。シールドガスがアークおよび溶融池を適切に覆うことができない場合は、大気が溶接雰囲気内に侵入することによってアークの状態が不安定になるために、ブローホールが発生したりスパッタが大量に発生したりする。この結果、溶接ビードの外観が悪化し、溶接欠陥となることがある。
【0003】
図8はティグ溶接を行うときのアーク発生部の模式図である。同図(A)は、溶接速度が低速の場合を示し、同図(B)は、溶接速度が高速の場合を示している。同図(A)において、タングステン電極41と被溶接物2との間に、図示しない溶接電源から電力を供給してアーク3を発生させている。また、ノズル44からアーク3および溶融池45を大気から遮蔽するためのシールドガス46が噴出されている。
【0004】
同図(A)に示すように、溶接速度が低速の場合は、シールドガス雰囲気はタングステン電極軸に対し略対称にシールド領域を形成している。一方、同図(B)に示すように、溶接速度が高速の場合は、シールド領域が溶接方向と反対側へ偏向し、溶接部前方のシールド性が悪くなってしまう。この場合は、溶接部にブローホールが発生し、良好な溶接部を得ることができない。
【0005】
そこで、特許文献1に、高速溶接を行うときにアーク3および溶融池45をシールドガス46で大気から遮蔽するための改良された方法が開示されている(以下、従来技術1という)。しかしながら、この従来技術1では、溶接速度が変化しても、高速気体噴射ノズルから一定かつ多量の圧縮エアが噴出されているため、シールドガスの消費コストが高くなる課題があった。
【0006】
上記課題を解決するために、特許文献2に、ガスシールドアーク溶接中に溶接速度が変化しても、アークが安定し、欠陥のない健全な溶接部が得られるシールドガス雰囲気を形成できるアーク溶接装置が開示されている(以下、従来技術2という)。
【0007】
以下、上記した従来技術2について説明する。
【0008】
図9は、従来のアーク溶接装置30を示すブロック図である。可搬式操作手段としてのティーチペンダント15は、溶接区間の各教示点および溶接区間での溶接速度設定値を、教示データDwとして入力するためのものである。ロボット制御装置16は、ティーチペンダント15から入力された教示データDwに基づいて動作制御信号Mcをマニピュレータ14に出力するととともに、溶接速度設定信号Vwを後述するガス流量設定回路18に出力する。マニピュレータ14は、動作制御信号Mcを入力として溶接トーチ7を移動させる。溶接電源21は、溶接トーチ7と被溶接物2との間に電力を供給するものである。
【0009】
ガス流量設定手段としてのガス流量設定回路18は、溶接速度設定信号Vwを入力として溶接速度設定信号Vwに応じたガス流量設定信号Gwをガス流量自動調整器19に出力する。ガス流量自動調整手段としてのガス流量自動調整器19は、溶接トーチ7から噴出されるシールドガスの流量を調整する。上記ガス流量設定信号Gwは、溶接速度設定信号Vwとシールドガス流量との関係を定めた関数に基づいてガス流量自動調整器19に出力されるように構成されている。なお、シールドガス流量のことを、以下では単にガス流量と呼ぶものとする。
【0010】
以下、アーク溶接装置30の動作について説明する。ティーチペンダント15からロボット制御装置16に溶接開始指令信号が入力されると、教示データDwに基づき、動作制御信号Mcが出力される。マニピュレータ14は、動作制御信号Mcを入力として、溶接トーチ7を溶接開始点に移動させる。
【0011】
溶接トーチ7が溶接開始点に到達すると、ロボット制御装置16は、溶接電源出力制御信号Pcを溶接電源21に出力する。溶接電源21は、溶接電源出力制御信号Pcを入力として、アーク溶接を行うための溶接電流Iwおよび溶接電圧を出力するとともに、溶接ワイヤ13の送給を開始する。ロボット制御装置16はまた、溶接速度設定信号Vwをガス流量設定回路18に出力する。
【0012】
ガス流量設定回路18は、溶接速度設定信号Vwを入力として、この信号に対応したガス流量を設定するガス流量設定信号Gwをガス流量自動調整器19に出力する。なお、ガス流量設定回路18には、溶接速度設定信号Vwとガス流量との関係が予め定められた関数が設けられている。
【0013】
ここで、ガス流量設定回路18に設けられた上記関数を定義するためのグラフの例を説明する。図10は、ティグ溶接において、溶接部にブローホール等の溶接欠陥が生じない溶接速度とガス流量との関係を示す図である。溶接条件は、シールドガスがアルゴン、被溶接物が板厚3mmのSUS304のステンレス鋼、溶接電流が60A〜250Aである。同図において、境界線Sの上方の範囲は、溶接速度に対応した適切なガス流量が噴出されることで良好な溶接ビードが得られる範囲である。一方、境界線Sの下方の範囲は、溶接速度に対してガス流量が不足するために、ピット、ブローホール等の溶接欠陥が発生する範囲である。ガス流量設定回路18は、溶接速度設定信号Vwを入力とし、上記関数からブローホール等の溶接欠陥が生じない適切なガス流量を算出し、ガス流量設定信号Gwをガス流量自動調整器19に出力する。
【0014】
図9に戻り、ガス流量自動調整器19は、ガス流量設定信号Gwを入力として、ガスシリンダ20から供給されるシールドガスの流量を自動的に調整し、溶接トーチ7へ供給する。また、溶接ワイヤ13は、溶接トーチ7から送給されて、被溶接物2との間にアーク3が発生する。以上の制御によって、アーク溶接が開始される。溶接中は、溶接トーチ7は上記動作制御信号Mcに従って移動するが、この間に、溶接速度を変更するための溶接速度設定信号Vwがロボット制御装置16から出力されると、ガス流量設定回路18は、溶接速度設定信号Vwに対応したガス流量設定信号Gwをガス流量自動調整器19に出力する。そして、溶接トーチ7が溶接終了点に到達するとアーク溶接が終了する。
【0015】
以上説明したように、アーク溶接装置30では、溶接速度設定信号Vwに応じてガス流量を調整しながらガスシールドアーク溶接を行うことができるよう構成されている。
【0016】
以下、溶接速度設定値に応じてガス流量の調整を行うようにした従来技術2と、溶接速度設定値に応じてガス流量の調整を行わない従来技術1とを比較する。
【0017】
図11は、従来技術1および従来技術2の各アーク溶接装置において、ティグ溶接による溶加材無しのビード溶接を行い、溶接中にロボット制御装置16からの溶接速度設定値(溶接速度設定信号Vw)を切り換えたときの溶接結果を示す図である。同図は、従来技術1および従来技術2の各アーク溶接装置における溶接速度設定値とシールドガス流量との関係を示している。
【0018】
同図において、溶接区間の教示点として、溶接開始点P1、溶接速度を変更する溶接速度変更点P2、および溶接終了点P4が教示されているものとする。また、溶接速度設定値は、溶接開始点P1から溶接速度変更点P2までの区間は10cm/分であり、溶接速度変更点P2から溶接終了点P4までの区間は50cm/分である。ガス流量は、それぞれの溶接速度設定値のときに必要なガス流量が噴出されるよう、ガス流量自動調整器19によって調整されている。一点鎖線は従来技術1、実線は従来技術2のガス流量をそれぞれ示している。
【0019】
図示しているように、従来技術2においては、アーク溶接中に溶接速度が変更されると、ガス流量が溶接速度設定値に応じた流量となるので、従来技術1に比べてシールドガスの消費量を著しく節約できる効果を奏している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開2002−219572号公報
【特許文献2】特開2005−103592号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
シールドガスは流体であるため、ガス流量設定信号Gwを変化させてから実際のガス流量が一定となるまでにはある程度の時間が必要となる。一般的には、アーク溶接中に溶接速度が速くなる場合、ガス流量を増加させる必要があるが、ガス流量が増加して一定になる前に溶接速度が速くなってしまうと、シールド不足となり溶接欠陥が発生する場合がある。図11を例にすると、従来技術2では、溶接速度変更点P2に到達してからガス流量を増加させているために、シールドガスが安定しないまま溶接が行われてしまい、シールド不足となるという課題があった。
【0022】
そこで、本発明は、アーク溶接中に溶接速度に応じてガス流量を増加する場合に、シールド不足による溶接欠陥を防ぐことができるアーク溶接装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記目的を達成するために、第1の発明は、
溶溶接トーチを移動させるマニピュレータと、1以上の溶接速度変更点を含む教示点および溶接速度設定値を教示データとして入力する可搬式操作手段と、記憶された前記教示データに基づいて前記マニピュレータに動作制御信号を出力するとともに溶接速度設定信号を出力するロボット制御手段と、前記溶接速度設定信号を入力として前記溶接速度設定信号に応じたガス流量設定信号を出力するガス流量設定手段と、前記ガス流量設定信号を入力として前記シールドガスの流量を調整するガス流量自動調整手段とを備え、前記溶接速度設定値に応じて前記シールドガスの流量を調整しながらガスシールドアーク溶接を行うアーク溶接装置において、
前記ロボット制御手段は、前記溶接速度変更点で前記溶接速度設定値が増加するか否かを判定し、前記溶接速度設定値が増加すると判定したときは、前記溶接トーチが前記溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号を出力し、前記溶接速度設定値が増加しないと判定したときは、前記溶接トーチが前記溶接速度変更点に到達してから前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号を出力することを特徴とするアーク溶接装置である。
【0024】
第2の発明は、前記シールドガス安定時間は、前記可搬式操作手段から前記溶接速度変更点ごとに変更可能であることを特徴とする第1の発明に記載のアーク溶接装置である。
【0025】
第3の発明は、前記シールドガス安定時間は、現在の溶接速度設定値と前記溶接速度変更点での溶接速度設定値との差である速度増加量を入力とし、この速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を定めた関数によって定まることを特徴とする第1の発明に記載のアーク溶接装置である。
【0026】
第4の発明は、前記速度信号出力制御部は、前記シールドガス安定時間の間、現在の溶接速度設定値から前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に徐々に増加させる溶接速度設定信号を所定周期毎に出力することを特徴とする第1〜3のいずれか1つの発明に記載のアーク溶接装置である。
【発明の効果】
【0027】
第1の発明によれば、溶接中に溶接速度設定値を増加させる溶接速度変更点が教示されている場合に、溶接トーチが溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ先行してガス流量を増加させるようにしたことによって、シールド不足による溶接欠陥を防止することができる。
【0028】
第2の発明によれば、シールドガス安定時間を、可搬式操作手段から溶接速度変更点ごとに変更可能としたことによって、第1の発明が奏する効果に加えて、溶接速度変更点での溶接速度増加量に応じて任意の時間を設定することができる。
【0029】
第3の発明によれば、シールドガス安定時間を、現在の溶接速度と前記溶接速度変更点での溶接速度との差である速度増加量を入力とし、この速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を定めた関数によって定まるようにしている。シールドガス安定時間が短すぎる場合はガス流量が一定にならないためにシールド不良になり、逆にシールドガス安定時間が長い場合は無駄なシールドガスが噴出されることになるが、上記のように構成したことによって、最適なシールドガス安定時間が自動的に定まるので、第1の発明が奏する効果に加えて、シールド不良、無駄なガス噴出等を抑えることができる。
【0030】
第4の発明によれば、溶接中に溶接速度設定値が増加するときは、シールドガス安定時間の間、現在の溶接速度設定値から溶接速度変更点での溶接速度設定値に徐々に増加させる溶接速度設定信号を所定周期毎に出力するようにすることによってガス流量を徐々に増加させる。シールドガスを急激に増加させると、オーバシュートが発生する恐れがあるが、上記のように構成したことによって、第1〜第3の発明が奏する効果に加えて、オーバシュートの発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係るアーク溶接装置のブロック図である。
【図2】本発明に係る解釈実行部の処理の流れを示すフローチャートである。
【図3】本発明に係る速度信号出力制御部の処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】現在の溶接速度設定値と溶接速度変更点での溶接速度設定値との差である速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を予め定めた関数を定義するためのグラフ例である。
【図5】本発明のアーク溶接装置によって溶接加工を行うために教示された教示データを示す図である。
【図6】図5の教示データに基づいて溶接加工したときの溶接速度およびガス流量のタイミングチャートである。
【図7】本発明の実施形態2に係るアーク溶接装置によって溶接加工したときの溶接速度およびガス流量のタイミングチャートである。
【図8】ティグ溶接を行うときのアーク発生部の模式図である。
【図9】従来のアーク溶接装置を示すブロック図である。
【図10】ティグ溶接において、溶接部にブローホール等の溶接欠陥が生じない溶接速度とガス流量との関係を示す図である。
【図11】従来技術1および従来技術2の各アーク溶接装置において、ティグ溶接による溶加材無しのビード溶接を行い、溶接中にロボット制御装置からの溶接速度設定信号を切り換えたときの溶接結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、発明の実施の形態を実施例に基づき図面を参照して説明する。本発明の各実施形態においては、溶接中に溶接速度変更点を先読みし、溶接速度設定値が増加するか否かを判定する。増加すると判定したときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点へ到達するよりも先に溶接速度設定信号をガス流量設定回路18に出力する。このように構成することによって、溶接トーチ7の溶接速度を溶接速度変更点で増加するよりも先にガス流量を増加させる(溶接トーチ7の溶接速度は、溶接速度変更点に到達したときに増加させる)。
【0033】
[実施の形態1]
図1は、本発明に係るアーク溶接装置1のブロック図である。同図において、従来技術として示した図9との相違は、ロボット制御装置16である。以下、ロボット制御装置16について詳細に説明する。なお、後述するロボット制御装置16の各部は、図示しないバスで接続されている。
【0034】
CPU23は中央演算処理装置、RAM24は一時的な計算領域である。ハードディスク25はマニピュレータ14の教示データDw、動作制御のための各制御パラメータ等を記憶するための不揮発性メモリである。なお、教示データDwには、1以上の溶接速度変更点を含む溶接区間における教示点の位置姿勢データおよび溶接速度設定値が含まれている。主制御部26はロボット制御装置16の制御中枢であって、解釈実行部27および速度信号出力制御部28を備えている。
【0035】
解釈実行部27は、教示データDwを解釈し、解釈結果に基づいて溶接電源出力制御信号Pcを溶接電源21に、動作制御信号Mcをマニピュレータ14に出力する。さらに、溶接区間に教示された教示点を先読みすることで、溶接速度変更点で溶接速度設定値が増加するか否かを判定し、その旨を速度信号出力制御部28に通知する。
【0036】
速度信号出力制御部28は、溶接速度設定値が増加するときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号Vwを出力し、溶接速度設定値が増加しないときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達してから溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号Vwを出力する。
【0037】
解釈実行部27の処理について詳細に説明する。図2は、解釈実行部27の処理の流れを示すフローチャートである。
【0038】
同図のステップS1において、溶接トーチ7が溶接開始点に到達した段階で次の教示点を先読みし、次の教示点が溶接終了点であるか否かを判定する。Noの場合(次の教示点が溶接終了点ではない場合)は、次の教示点が溶接速度変更点であり溶接速度設定値が変更されている可能性があるので、ステップS2に移行する。Yesの場合(次の教示点が溶接終了点である場合)は、処理を終了する。
【0039】
ステップS2において、次の教示点で教示されている溶接速度設定値を読み出す。
【0040】
ステップS3において、現在の溶接速度設定値(溶接開始点での溶接速度設定値)と次の教示点での溶接速度設定値とを比較し、比較結果をRAM24に記憶する。すなわち、次の教示点でで溶接速度設定値が増加するときは、次の教示点への到達前に先行して溶接速度設定信号Vwを出力するための処理が必要であるので、この処理が必要である旨を記憶する。逆に、次の教示点で溶接速度設定値が減少または同一であるときは、上記処理は不要である旨を記憶する。
【0041】
ステップS4において、溶接速度変更点への到達時刻を算出する。この時刻は、速度信号出力制御部28が、溶接速度設定信号Vwを出力する時刻を算出する際に使用される。
【0042】
ステップS5において、溶接速度が増加するか否かの比較結果とともに、溶接速度変更点への到達時刻および溶接速度変更点での溶接速度設定値を速度信号出力制御部28へ通知する。
【0043】
なお、上記処理の説明では、溶接開始点に到達した後に溶接速度変更点を先読みしている場合を示しているが、溶接速度変更点が2点以上ある場合は、溶接トーチ7が各溶接速度変更点に到達した段階においても上記した先読み処理が行われるように構成されていることは言うまでもない。また、先読みのタイミングについては、溶接トーチ7が溶接開始点または溶接速度変更点に到達した段階のみに限らず、さらに1つ前の教示点に到達した段階、教示データDwの再生運転を開始した直後、溶接トーチ7が溶接区間に到達する直前など、溶接区間中に教示された溶接速度変更点に到達するよりも前であり、かつ後述するシールドガス安定時間を十分に確保できるタイミングであれば、どのタイミングで先読みしても良い。
【0044】
このように、解釈実行部27は、溶接トーチ7が溶接区間の各教示点に到達した段階で次の教示点を先読み処理し、次の教示点が溶接速度変更点であるか、さらに溶接速度設定値が増加するか否かを判定し、速度信号出力制御部28に通知する。
【0045】
次に、速度信号出力制御部28の処理について詳細に説明する。図3は、速度信号出力制御部28の処理の流れを示すフローチャートである。
【0046】
ステップS11において、解釈実行部27からの通知結果に基づき、溶接速度設定信号Vwの先行出力処理が必要か否かを判断する。Yesの場合は、ステップS12に移行する。Noの場合は、ステップS13に移行する。
【0047】
ステップS12において、シールドガス安定時間を算出する。シールドガス安定時間は、ロボット制御装置16の内部パラメータとして固定値を予め定めておくか、ティーチペンダント15から溶接速度変更点ごとに任意の設定値を設定できるように構成しておけば、このステップにおいて固定値または設定値を読み出せば良い。あるいは、後述するように、現在の溶接速度設定値と溶接速度変更点での溶接速度設定値との差である速度増加量を入力とし、この速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を予め定めた関数によって自動的に算出されるようにしても良い。
【0048】
ステップS13において、溶接速度設定信号Vwの出力時刻を算出する。溶接速度設定信号Vwの先行出力処理が必要な場合は、解釈実行部27から通知された溶接速度変更点への到達時刻から、シールドガス安定時間を差し引くことによって、溶接速度設定信号Vwの出力時刻を算出する。この処理によって、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号Vwが出力されることになる。一方、溶接速度設定信号Vwの先行出力処理が必要でない場合は、溶接速度設定信号Vwの出力時刻を、解釈実行部27から通知された溶接速度変更点への到達時刻と同一にする。この処理によって、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達してから溶接速度設定信号Vwが出力されることになる。
【0049】
ステップS14において、算出された出力時刻に溶接速度設定信号Vwを出力する。
【0050】
このように、速度信号出力制御部28は、溶接速度設定値が増加するときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号Vwを出力し、溶接速度設定値が増加しないときは、溶接トーチ7が溶接速度変更点に到達してから溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号Vwを出力する。
【0051】
次に、シールドガス安定時間を自動的に算出する処理について説明する。図4は、現在の溶接速度設定値と溶接速度変更点での溶接速度設定値との差である速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を予め定めた関数を定義するためのグラフ例である。同図に示すように、例えば、溶接速度設定値が10cm/分だけ増加する場合は、シールドガスが安定する時間は0.5秒となる。このような関数をロボット制御装置16に予め定めておけば、溶接速度設定値の増加量に応じてシールドガス安定時間を容易に算出することができる。
【0052】
次に、具体例を挙げて本発明に係るアーク溶接装置の作用について説明する。
【0053】
図5は、アーク溶接装置1によって溶接加工を行うために教示された教示データDwを示す図である。同図に示すように、溶接トーチ7が溶接開始点P1で溶接を開始して溶接進行方向Drへ移動し、溶接速度変更点P2および溶接速度変更点P3を経由して溶接終了点P4で溶接を終了するように教示されている。各教示点における溶接速度設定値は以下の通りである。溶接開始点P1における溶接速度設定値は30cm/分である。すなわち、溶接開始点P1から溶接速度変更点P2までの区間Aは溶接速度30cm/分で移動するよう教示されている。また、溶接速度変更点P2における溶接速度設定値は40cm/分である。すなわち、溶接速度変更点P2から溶接速度変更点P3までの区間Bは溶接速度を増加させた40cm/分で移動するよう教示されている。また、溶接速度変更点P3における溶接速度設定値は35cm/分である。すなわち、溶接速度変更点P3から溶接終了点P4までの区間Cは溶接速度を減少させた35cm/分で移動するよう教示されている。
【0054】
図6は、図5の教示データDwに基づいて溶接加工したときの溶接速度およびガス流量のタイミングチャートである。同図において、溶接速度設定信号Vwは、所定の時刻tに速度信号出力制御部28からガス流量設定回路18に出力される。ガス流量設定信号Gwは、所定の時刻tにガス流量設定回路18からガス流量自動調整器19に出力される。なお、Tdは、シールドガス安定時間である。
【0055】
(1.時刻t1までの期間)
溶接開始点P1付近でのシールド効果を十分に得るために先行してガスを出力するプリフロー処理を行いながら、溶接トーチ7を溶接開始点P1まで移動させる。プリフロー処理中のガス流量は区間Aのガス流量と同じである。
【0056】
(2.時刻t1〜t2の期間)
溶接トーチ7を、区間Aの溶接速度設定値(30cm/分)で移動させながら、アーク溶接を行う。このときのガス流量は、溶接速度設定値とガス流量との関係が予め定められた関数によって算出される流量である。
【0057】
(3.時刻t2)
時刻t2は、溶接トーチ7が溶接速度変更点P2に到達する時刻t3よりも、シールドガス安定時間Tdだけ遡った時刻である。溶接速度変更点P2では、区間Aの溶接速度設定値よりも増加する(40cm/分となる)よう教示されているので、この時刻t2のタイミングで、ガス流量を区間Bの溶接速度設定値に対応する流量に変更する。
【0058】
(4.時刻t2〜t3の期間)
ガス流量が増加し、区間Bのガス流量で安定する。この間の溶接速度は、区間Aの溶接速度設定値(30cm/分)である。
【0059】
(5.時刻t3)
溶接トーチ7が溶接速度変更点P2に到達する。このタイミングで、溶接速度を区間Bの溶接速度設定値(40cm/分)に変更する。
【0060】
(6.時刻t3〜t4’の期間)
溶接トーチ7を、区間Bの溶接速度設定値(40cm/分)で移動させながらアーク溶接を行う。ガス流量は区間Bの溶接速度設定値に対応する流量である。
【0061】
(7.時刻t4’)
次の溶接速度変更点P3では、溶接速度設定値が減少する。したがって、溶接速度設定信号の先行出力処理は行わない。すなわち、ガス流量は、区間Bのガス流量のまま変更しない。
【0062】
(8.時刻t4)
溶接トーチ7が溶接速度変更点P3に到達するので、このタイミングで、溶接速度を区間Cの溶接速度設定値(35cm/分)に変更する。ガス流量も区間Cの溶接速度設定値に対応する流量に変更する。
【0063】
(9.時刻t4〜t5)
溶接トーチ7を、区間Cの溶接速度設定値で移動させながらアーク溶接を行う。
【0064】
このように、溶接中に溶接速度設定値を増加させる溶接速度変更点が教示されている場合は、溶接トーチが溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ先行してガス流量を増加させるようにしている。このことによって、シールド不足による溶接欠陥を防止することができる。
【0065】
また、シールドガス安定時間を、ティーチペンダントから溶接速度変更点ごとに変更可能としたことによって、上記効果に加えて、溶接速度変更点での溶接速度増加量に応じて任意の時間を設定することができる。
【0066】
また、シールドガス安定時間を、現在の溶接速度と溶接速度変更点での溶接速度との差である速度増加量を入力とし、この速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を定めた関数によって定まるようにしてもよい。シールドガス安定時間が短すぎる場合はガス流量が一定にならないためにシールド不良になり、逆にシールドガス安定時間が長い場合は無駄なシールドガスが噴出されることになるが、上記のように構成したことによって、最適なシールドガス安定時間が自動的に定まるので、上記効果に加えて、シールド不良、無駄なガス噴出等を抑えることができる。
【0067】
[実施の形態2]
次に、本発明の実施形態2について説明する。実施形態1との相違は、シールドガス安定時間の間、ガス流量を、現在の流量から溶接速度変更点での流量に徐々に増加させるように、溶接速度設定信号Vwを出力するように構成した点である。
【0068】
図7は、本発明の実施形態2に係るアーク溶接装置によって溶接加工したときの溶接速度およびガス流量のタイミングチャートである。以下、実施形態1との相違部分について説明する。
【0069】
(3.時刻t2)
時刻t2は、溶接トーチ7が溶接速度変更点P2に到達する時刻t3よりも、シールドガス安定時間Tdだけ遡った時刻である。溶接速度変更点P2では、区間Aの溶接速度設定値よりも増加する(40cm/分となる)よう教示されている。したがって、この時刻t2から、ガス流量を区間Bの溶接速度設定値に対応する流量に徐々に増加させるよう、時刻t2〜t3の期間(シールドガス安定時間Tdの間)、現在の溶接速度設定値から溶接速度変更点での溶接速度設定値に徐々に増加させる溶接速度設定信号Vwを所定周期毎に出力する。この処理は、速度信号出力制御部28によって行われる(上述した図3のステップS14の段階で処理される)。
【0070】
(4.時刻t2〜t3の期間)
この期間における溶接速度設定信号Vwは、ロボット制御装置16の制御周期等、予め定めた所定周期毎にガス流量設定回路18に出力される。所定周期毎に出力する溶接速度設定信号Vwは、以下のように算出すれば良い。まず、シールドガス安定時間Tdを所定周期で除することによって出力回数を決定する。さらに、溶接速度変更点での溶接速度設定値から現在の溶接速度設定値を減じた差分を、出力回数によって除することによって出力1回あたりの増分値を決定する。そして、出力回数N回毎に増分値を積算加算した値を溶接速度設定信号Vwとして算出して出力する。この処理によって、区間Bにおいてガス流量を徐々に増加させる。
【0071】
このように、実施形態2においては、溶接中に溶接速度設定値が増加するときは、シールドガス安定時間Tdの間、現在の溶接速度設定値から溶接速度変更点での溶接速度設定値に徐々に増加させる溶接速度設定信号を所定周期毎に出力するようにすることによって、ガス流量を徐々に増加させている。シールドガスを急激に増加させると、オーバシュートが発生する恐れがあるが、上記のように構成したことによって、オーバシュートの発生を抑えることができる。
【符号の説明】
【0072】
Dr 溶接進行方向
Dw 教示データ
Gw ガス流量設定信号
Iw 溶接電流
Mc 動作制御信号
P1 溶接開始点
P2 溶接速度変更点
P3 溶接速度変更点
P4 溶接終了点
Pc 溶接電源出力制御信号
S 境界線
t、t1〜t4 時刻
Td シールドガス安定時間
Vw 溶接速度設定信号
1 アーク溶接装置
2 被溶接物
3 アーク
7 溶接トーチ
13 溶接ワイヤ
14 マニピュレータ
15 ティーチペンダント
16 ロボット制御装置
18 ガス流量設定回路
19 ガス流量自動調整器
20 ガスシリンダ
21 溶接電源
23 CPU
24 RAM
25 ハードディスク
26 主制御部
27 解釈実行部
28 速度信号出力制御部
30 アーク溶接装置
41 タングステン電極
44 ノズル
45 溶融池
46 シールドガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチを移動させるマニピュレータと、1以上の溶接速度変更点を含む教示点および溶接速度設定値を教示データとして入力する可搬式操作手段と、記憶された前記教示データに基づいて前記マニピュレータに動作制御信号を出力するとともに溶接速度設定信号を出力するロボット制御手段と、前記溶接速度設定信号を入力として前記溶接速度設定信号に応じたガス流量設定信号を出力するガス流量設定手段と、前記ガス流量設定信号を入力として前記シールドガスの流量を調整するガス流量自動調整手段とを備え、前記溶接速度設定値に応じて前記シールドガスの流量を調整しながらガスシールドアーク溶接を行うアーク溶接装置において、
前記ロボット制御手段は、前記溶接速度変更点で前記溶接速度設定値が増加するか否かを判定し、前記溶接速度設定値が増加すると判定したときは、前記溶接トーチが前記溶接速度変更点に到達する時刻よりもシールドガス安定時間だけ遡った時刻に前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号を出力し、前記溶接速度設定値が増加しないと判定したときは、前記溶接トーチが前記溶接速度変更点に到達してから前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に応じた溶接速度設定信号を出力することを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項2】
前記シールドガス安定時間は、前記可搬式操作手段から前記溶接速度変更点ごとに変更可能であることを特徴とする請求項1記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
前記シールドガス安定時間は、現在の溶接速度設定値と前記溶接速度変更点での溶接速度設定値との差である速度増加量を入力とし、この速度増加量とシールドガスが安定する時間との関係を予め定めた関数によって算出されることを特徴とする請求項1記載のアーク溶接装置。
【請求項4】
前記速度信号出力制御部は、前記シールドガス安定時間の間、現在の溶接速度設定値から前記溶接速度変更点での溶接速度設定値に徐々に増加させる溶接速度設定信号を所定周期毎に出力することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアーク溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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