説明

イオン性有機試薬とコロイド微粒子もしくは繊維からなるナノコンポジット膜、金属イオン検出膜並びにその製造方法

【課題】ポリマーに結合させたイオン認識基質を用いた従来の比色分析用材とはタイプが異なる、金属イオンを簡便に分析現場等で検出することができる金属イオン検出用材を提供する。
【解決手段】イオン性有機試薬とナノオーダーの電荷をもつ微粒子とのナノコンポジット薄膜であって、イオン性有機試薬の水溶液と微粒子分散液を混合し、イオン性有機試薬を静電吸着させ、生成したナノコンポジット分散液を、メンブレンフィルターで濾過したり、また、該フィルターに含浸させたりすることにより、該ナノコンポジットを該フィルターに被覆させることから成るナノコンポジット薄膜の製造方法、そのナノコンポジット薄膜及び金属イオン検出用材。
【効果】イオン性有機試薬を薄膜化し、安定に保持させたフィルム型の簡易な金属イオン検出用材料を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン性有機試薬をコロイド担体に静電吸着させたナノコンポジット膜に関するものであり、更に詳しくは、正電荷あるいは負電荷を有するイオン性有機試薬を、イオン交換能を有するコロイドに静電的に吸着させて成るナノコンポジット、これをフィルターに担持させたナノコンポジット薄膜、金属イオン検出能を示すイオン性有機試薬を用いた金属イオン検出膜、並びにその製造方法に関するものである。本発明は、例えば、鉱工業排水や河川水、飲料水等に含まれる有害な重金属イオン等の金属イオンを、特殊な装置を用いることなく分析現場で速やかに検出できる簡易計測に使用するのに有用な金属イオン検出膜を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
重金属イオンの水質汚濁に係わる環境基準及び排水基準は、国内外を問わず多くの場合、ppb(=μg/L)オーダーという超微量の濃度レベルに設定されている。そのため、公定法としてJIS K0102(工場排水試験方法)にあるように、金属イオンの分析は、ほとんどが大型機器分析に依存しているのが現状である。
【0003】
すなわち、被検試料中の金属イオンを分析するには、サンプルを採取して分析センターに依頼し、酸処理や溶媒抽出等の前処理や予備濃縮の後に、その濃度を、例えば、フレーム原子吸光法、電気加熱原子吸光法、ICP発光分析乃至ICP質量分析等で測定する。検出は、ppbからppt(=pg/L)の感度に及ぶが、煩雑な分析過程のため、専門のオペレーターを必要とし、分析料金も高く、分析結果を得るために長時間を要する。
【0004】
しかしながら、実社会では、環境汚染調査、工場での排水管理やRoHS指令に対応する材料や製品のスクリーニング等、例えば、排水放出の可否の判断、RoHS指令に対応するための材料や製品のスクリーニング対策等、「規制値基準を超えているか否かをその場で判定できる」ことの方が圧倒的に重要である。すなわち、現場で、迅速に適用できる簡便な現場(オンサイト)分析が切望されている。
【0005】
一方、現存する簡易分析法では、実試料での環境基準や排水基準の測定には難がある。JIS K0102にも吸光分析法が記載され、検出感度の高いものも含まれるが、化学分析や試薬に対する知識と経験が必要であり、技術の習得が前提となる。また、イオン選択性電極は、様々な金属イオンに対応しており、分析時間が短く、検出感度も排水基準程度は確保できるが、妨害イオンの影響が大きく、複雑なマトリックス成分を含む実試料には不向きである。
【0006】
従来、先行技術として、例えば、固体支持体に有機スペーサーを介して共有結合された金属イオン認識試薬を、ウェブ又は膜に組み込んだ金属イオンの比色定量方法が報告されている(特許文献1参照)。現在市販されている金属イオン検出試験紙は、リトマス試験紙のように溶液に浸すだけであるので、最も簡便で誰でも安価に数分以内に判定できる測定方法ではあるが、検出下限が数十ppm以上と感度不足であり、かつ妨害の影響を強く受け精度に欠ける。また、簡易検出法として定評のあるパックテスト法は、ある程度の妨害に強く、簡便・安価で、小型の吸光光度計を用いることで数値化も可能であり、現在実用されているが、感度が足りない項目があり、汎用性という意味で難がある。
【0007】
また、例えば、金属イオンの比色分析あるいは蛍光分析等の発光分析に用いられる疎水性分析試薬を微粒子でメンブランフィルターに担持させた、簡易分析に適した金属イオン検出フィルム、その製造方法及びそれを用いた金属イオン定量方法が報告されている(特許文献2参照)。しかしながら、この検出フィルムに用いられる金属検出試薬は、疎水性有機試薬に限定されており、多くの金属イオンに対応しきれないという問題があり、また、疎水性のため、金属イオンとの反応が遅いという欠点もあった。そこで、より多くの金属イオンに対応し、より反応が速やかな親水性有機試薬であるイオン性有機試薬の製膜化技術の確立が必要であると考えられる。
【0008】
一般に、親水性有機試薬は、紙等の支持体に含浸しただけでは、該親水性有機試薬は、使用中に直ちに水に溶解し、微量の金属イオンの定量の際には大きな誤差を生じてしまう。イオン交換体比色法は、水溶性有機試薬と金属イオンを予め水溶液中で反応させてから、その錯イオンをイオン交換体に静電吸着させることで濃縮し、比色定量する方法であり(非特許文献1参照)、はじめから水溶性試薬を固定化して、検出膜とし、金属イオンの定量に用いる本発明とは明らかに異なっている。
【0009】
また、一般的に、ナノコンポジット膜としては、例えば、燃料電池用のnafion等の高分子ポリマーと金属ナノ粒子の複合膜、又は無機物と有機物が階層構造になっているナノコンポジットの不均一膜、LB膜等が挙げられる。しかしながら、その作製法が複雑で、専門知識が必要であり、センチメーターオーダーで、均一かつ剥がれない膜は得難く、かつイオン性有機試薬を効率よく膜化できるものはないという欠点があった。本発明のように、イオン性有機試薬をコロイド担体に静電吸着し、これを濾過することで製膜する方法は、他にはない。
【0010】
ところで、近年、有害化学物質による汚染と健康被害は、産業界のみならず、一般社会に重大な関心事として深く浸透している。環境保全のため、鉱工業排水や河川水、飲料水等に含まれる有害な重金属イオン等の金属イオンの簡易計測は、各種産業における工程管理上、また、自然環境のモニターのための重要課題とされており、このような金属イオンを、特殊な装置を用いることなく分析現場で速やかに検出できる、簡便で汎用性のある計測技術の開発が急務の課題となってきている。
【0011】
【特許文献1】特表2000−515968号公報
【特許文献2】特開2005−274146号公報
【非特許文献1】K.Yoshimura,H.Wakiand,and S.Ohashi,Talanata,23,449(1976)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、疎水性の金属イオン検出試薬を微粒子でメンブレンフィルターに担持させた簡易分析に適した金属イオン検出フィルム(特許文献2参照)を開発したが、疎水性試薬の膜では、検出可能な金属イオンの種類に限界があるという問題がある。加えて、一般的に、疎水性試薬から成る膜では表面が疎水的になってしまうために、イオンが近づきにくく反応が遅くなってしまう傾向にある。一方、親水性試薬は、反応が早く、種類も豊富にあるが、水溶液試料中で検出している際に溶出せずに安定に保持することが難しいという問題があった。
【0013】
そこで、試薬の選択肢を増やし、反応を迅速にする目的で、親水性試薬であるイオン性有機試薬を微粒子化し膜化する方法を鋭意研究した結果、ナノオーダーの電荷をもつ微粒子担体に、イオン性有機試薬を静電吸着させ、このナノコンポジット分散液を、メンブレンフィルターで濾過したり、また、該フィルターに含浸させたりすることにより、該ナノコンポジットを該フィルターに被覆させて薄膜化し得ることを見出し、かつこの薄膜は水溶液中においても試薬が溶出しない程安定な膜であるとの知見を得て、これらに基づいて本発明に到達するに至った。
【0014】
本発明は、イオン性有機試薬をコロイドに静電吸着させたナノコンポジット膜の製造方法を提供することを目的とするものであり、更に、イオン性有機試薬として吸光又は蛍光検出試薬を用い、これをコロイドに静電吸着させ濾過製膜することで、前記の疎水性分析試薬の微粒子をメンブランフィルターに担持させた金属イオン検出フィルム(特許文献2参照)とは異なる、簡便に分析現場等で検出することができる金属イオン検出用材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)イオン性有機試薬をイオン交換能のあるコロイド微粒子もしくは繊維に静電的に吸着させて成るナノコンポジットを、フィルター表面に膜状に被覆させて成るナノコンポジット薄膜。
(2)イオン性有機試薬が、水系の溶媒に溶解可能で、イオン交換能をもつコロイドに吸着するものである、前記(1)記載のナノコンポジット薄膜。
(3)コロイドが、イオン性有機試薬を溶解する溶媒に分散可能で、イオン性有機試薬を静電的に吸着する担体であり、無機物乃至有機物から成る大きくても直径1μmの粒子又は不定形粒子、もしくは幅が1nm−1μmの繊維である、前記(1)記載のナノコンポジット薄膜。
(4)フィルターが、網目状繊維からなる不織布、フィブリル化ポリマーシート、ファイバーシート、溶液キャスト多孔質ポリマーシート、延伸多孔性フィルム、放射線照射多孔性フィルム、多孔質セラミックスシート、多孔質ガラスシート及び多孔質金属シートの中から選ばれた少なくとも1種であって、孔径10〜1000nmの範囲の細孔を有するものである、前記(1)記載のナノコンポジット薄膜。
(5)イオン性有機試薬が、金属イオン検出試薬である、前記(1)、(2)又は(3)記載のナノコンポジット薄膜。
(6)金属イオン検出試薬が、金属イオンと錯体を形成して発色もしくは発光し、金属イオンの濃度に応じて色調及び/又はその強度を変化させる金属イオン検出膜から成る、前記(5)記載のナノコンポジット薄膜。
(7)イオン性有機試薬を、水系溶媒に溶解し、ここにコロイド分散溶液を混合、攪拌して、イオン性有機試薬をコロイドに吸着させた後、得られた分散液を、フィルターで濾過するか或いは該フィルターに含浸し、上記コロイドを該フィルターに膜状に被覆させることを特徴とするナノコンポジット薄膜の製造方法。
(8)イオン性有機試薬が、水又は水との混合溶媒に溶解可能で、分子量が大きくても5000の低分子で、解離により正電荷もしくは負電荷を帯び、イオン交換能をもつコロイドに静電的に吸着し得るイオン性有機分子である、前記(7)記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
(9)コロイドとして、イオン性有機試薬を溶解する溶媒に分散可能で、イオン性有機試薬を静電的に吸着する担体であり、無機物乃至有機物から成る大きさが大きくても1μmの粒子又は不定形粒子、もしくは幅が1nm−1μmの繊維を用いる、前記(7)記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
(10)フィルターが、網目状繊維からなる不織布、フィブリル化ポリマーシート、ファイバーシート、溶液キャスト多孔質ポリマーシート、延伸多孔性フィルム、放射線照射多孔性フィルム、多孔質セラミックスシート、多孔質ガラスシート及び多孔質金属シートの中から選ばれた少なくとも1種であって、孔径10〜1000nmの範囲の細孔を有するものである、前記(7)記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
(11)イオン性有機試薬が、金属イオン検出試薬である、前記(7)記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
(12)金属イオン検出試薬が、金属イオンと錯体を形成して発色もしくは発光し、金属イオンの濃度に応じて色調及び/又はその強度を変化させる金属イオン検出膜から成る、前記(11)記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
【0016】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明に用いられるイオン性有機試薬としては、特定のpHの水又は水との混合溶媒の溶媒に溶解可能で、イオン交換能をもつコロイドに吸着するアニオン又はカチオン性有機試薬が挙げられる。アニオン性試薬としては、例えば、スルホン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、チオール基、リン酸基を一つ又はそれ以上有するもの、オニウムイオン等が例示される。また、カチオン性試薬として、アミノ基、トリアルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、N−メチルピリジル基等を一つ又はそれ以上有するものが例示される。これらのうち、分子量5000以下、中でも2000以下の低分子で、π電子共役系である芳香族炭化水素基を有するものが好ましい。
【0017】
特に、金属イオン検出試薬としては、上記試薬条件の他に、金属イオンと錯体を形成して発色し、金属イオンの濃度に応じて色調及び/又はその強度を変化させる発色性化合物や、金属イオンと錯体を形成して発光し、金属イオンの濃度に応じて発光の色調及び/又はその強度を変化させる発光性化合物が挙げられる。
【0018】
このようなものとしては、例えば、フェニルフルオロン、ピロカテコールバイオレッド、ピロガロールレッド、ブロモピロガロールレッド、クロマゾール、タイロン、クプフェロン、クロモトロープ酸、ジニトロナフタレンジオール、モリン、アリザリンレッド、スチルバゾ、エリオクロームブラックT、カルコンカルボン酸、カルガマイト、ヒドロキシナフトールブルー、ガリオン、スパドンス、ベリリロンII、カルシクローム、マゴン、シパン、フェナゾ、アルセナゾ、クロポスフォナゾIII、スルフォナゾIII、ジニトロスルフォナゾIII、アルセナゾK、スルフォクロロフェノールS、スルファサゼン、ピリジルアゾナフトール、ピリジルアゾレソルシノール、チアゾリルアゾフェノール、チアゾリルアゾナフトール、5−ブロモ−PAPS、5−ブロモ−PAPAP、5−ブロモ−DMPAP、ニトロソ−PAPS、5−クロロ−PADAP、TAMB、BTMB、3,5−ジブロモ−PAMB、TAMSMB、5−クロロ−PADAB、5−ブロモ−PADAB、5−ブロモ−PSAA、3,5−ジブロモ−PAESA、フタレインコンプレキサン、チモールフタレインコンプレキサン、カルセイン、メチルカルセイン、カルセインブルー、クイン2、フラ2、インド1、ロッド2、フルオ3、キシレノールオレンジ、メチルチモールブルー、メチルキシレノールブルー、グリシンクレゾールレッド、グリシンチモールブルー、サルコシンクレゾールレッド、アリザリンコンプレクソン、8−キノリノール、オキシンー5−スルフォニックアシッド、アゾメチンH、GHA、SAPH、SABF、3−OH−PAA、ジンコン、ムレキシド、2−ニトロソ−1−ナフトールー4−スルホン酸、ニトロソR酸、ニトロソーDMAP、ニトロソ−ESAP、ニトロソ−PSAP、2,2’−ビピリジン、1,10−フェナントロリン、バソフェナントロリンジスルホン酸、トリピリジルオリアジン、ピリジルジフェニルトリアジン、バソクプロインジスルホン酸、BCA、ジメチルグリオキシム、ニオキシム、DAB、DAN、o−フェニレンジアミン、5−クロロー1,2−フェニレンジアミン、5−ニトロ1,2−フェニレンジアミン、TPPS、T(3−MPy)P、T(4−MPy)P、T(5−ST)P、TTMAPP、ジチゾン、チオキシン、DDTC、APDC、ビスムチオールII、インジゴカーミン、2,6−ジクロロインドフェノール、ニュートラルレッド、ガロシアニン、メチレンブルー、バリアミンブルーB、3,3’−ジメチルナフチジン等が挙げられる。
【0019】
また、本発明に用いられるコロイドとしては、好適には、例えば、イオン性有機試薬を溶解する水又は水との混合溶媒に分散可能で、イオン性有機試薬を静電的に吸着する担体であり、無機物や有機物から成る直径1μm以下の粒子や不定形粒子、もしくは幅が1nm−1μmの繊維が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
無機コロイドとしては、好適には、例えば、アルミナ、シリカ、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化鉄、酸化銅、酸化マグネシウム、希土類酸化物等の金属酸化物コロイド、及び金、白金、パラジウム、銀、銅等の金属コロイドが挙げられる。有機コロイドとしては、ポリスチレン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリ乳酸、スチレンーマレイン酸共重合体等が挙げられる。
【0021】
本発明に用いるフィルターとしては、好適には、例えば、網目状繊維からなる不織布、フィブリル化ポリマーシート、ファイバーシート、溶液キャスト多孔質ポリマーシート、延伸多孔性フィルム、放射線照射多孔性フィルム、多孔質セラミックスシート、多孔質ガラスシート及び多孔質金属シートの中から選ばれた少なくとも1種であって、孔径10〜1000nmの範囲の細孔を有するものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
メンブレンフィルターの材質としては、好適には、例えば、セルロースアセテート等のセルロースエステル、ニトロセルロースとセルロースアセテートの混合物等からなるセルロース混合エステル、これらのエステルの1種又は2種以上を、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステルにコートしたもの、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ホリエチレンやポリプロピレンやポリスチレン等のポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート、テトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂、ニトロセルロース、ポリエーテルスルホン等が挙げられる。
【0023】
本発明のナノコンポジット膜は、イオン性有機試薬をイオン交換能のあるコロイドに静電的に吸着させて成るナノコンポジット分散液を、メンブレンフィルターで濾過するか或いは該フィルターに含浸し、該ナノコンポジットを該フィルターに膜状に被覆させることにより作製される。
【0024】
この際、まず、イオン性有機試薬をイオン交換能のあるコロイドに静電的に吸着させてナノコンポジット分散液を作製する。その調製には、イオン性有機試薬を水又は水との混合溶媒に完全に溶解し、この溶液を適量採り、コロイドを0.00001%−1%程度含むpHを調整された水又は水との混合溶媒に、好ましくは撹拌しながら滴下して混合する。吸着は、静電相互作用に基づいているため、コロイドは、イオン性有機試薬の電荷と反対のものを用いる。
【0025】
また、酸解離に基づく試薬の電荷、及びコロイドの表面電荷は、溶液pHに大きく影響されるため、ナノコンポジット分散液は、適したpH範囲に調整して使用することが肝要である。例えば、シリカ系コロイドを用い、カチオン性色素TMPyPとのナノコンポジット膜を作製する場合、中性から弱アルカリ領域で定量的な製膜ができるが、これは、シリカコロイドの表面電荷がゼロになるpH1.8−2.5と相関する。
【0026】
この状態で、コロイド粒子は、イオン性有機試薬の静電吸着により表面電荷が現象するため凝集し、1μm以下のナノコンポジット凝集体を形成する。このように、イオン性有機試薬は、コロイド間のバインダーの役割を果たすため、コロイド量と試薬量の調整は重要である。
【0027】
これを、同じもしくは若干大きめの細孔径のメンブレンフィルターで濾過、好ましくは吸引濾過する。この操作により、イオン性有機試薬とコロイドとのナノコンポジットを均一な分布でかつ強固に被覆させたフィルターが得られる。イオン性有機試薬は、フィルター上でコロイドに静電相互作用で吸着しているため、容易には剥がれず、例えば、水に浸しても、通液しても流出しない。
【発明の効果】
【0028】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)本発明によれば、従来、困難であったイオン性有機試薬を薄膜化し、安定に保持させることを実現できる。
(2)多くの種類の水溶性の金属イオン検出試薬を安定に保持させたフィルム型の簡易な金属イオン検出材を提供することができる。
(3)本発明の金属イオン検出試薬は、着色・汚濁した排水等の検液からの検出、定量操作にも十分対応することが可能である。
(4)本発明の金属イオン検出試薬は、標準色系列や標準蛍光系列と比較することで目視判定が可能となるので、現場で直ちに分析に供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの例によって何ら限定されるものではない。なお、各実施例の各操作や処理は室温で行った。
【実施例1】
【0030】
カチオン性試薬、5,10,15,20−テトラキス(N−メチルピリジニウムー4−イル)−21H,23H−ポルフィリンテトラキス(p−トルエンスルフォネイト)(以下、TMPyPと略す。分子構造を図1に示す。)27.3mgを、水10mLに溶解して濃度2mMのTMPyP水溶液を調製した。
【0031】
粒子表面がマイナスに荷電したシリカゾル(球形、異方形)及びプラスに帯電したアルミナゾル(板状、繊維状)の溶液(濃度は、それぞれ7−20%程度。)20μLを10mLの水で希釈し、ここに2mMTMPyP100μLを混合、撹拌し、TMPyPが無機ナノ粒子表面に吸着したナノコンポジット分散液を調製した。
【0032】
この分散液をセルロース混合エステル製の円板状メンブレンフィルター(直径47mm、孔径0.1μm、厚さ110μm。)で375mmHgの減圧下に吸引濾過し、該フィルターの濾過面にTMPyPの吸着したアルミナゾルからなるは茶色状薄膜を被覆させ、この被覆フィルターを水洗後、風乾した。その結果、カチオン性試薬であるTMPyPは、マイナスに荷電したシリカ系粒子には静電吸着し、着色した膜を形成するが、プラスに荷電したアルミナ系には反発し、吸着せず膜とならなかった(ほぼ無色)。各種無機ナノ粒子での製膜写真を図2に示す。
【実施例2】
【0033】
アニオン性試薬バソフェナントロリン2スルホン酸2ナトリウム(分子構造を図3に示す)26.8mgを水10mlに溶解して、濃度5mMのバソクプロイン2スルホン酸水溶液を調製した。繊維状アルミナゾルAS−3分散液50μLを10mLの水で希釈し、ここに5mMバソクプロイン2スルホン酸水溶液50μlを混合、撹拌し、バソフェナントロリン2スルホン酸が表面に吸着したナノコンポジット分散液を調製した。
【0034】
この高分散液をポリカーボネイト製の円板状メンブレンフィルター(直径47mm、孔径0.1μm、厚さ6μm。)で300mmHgの減圧下に吸引濾過し、該フィルターの濾過面にバソクプロイン2スルホン酸の吸着したアルミナゾルからなるは白色薄膜を被覆させ、この被覆フィルターを水洗後、風乾した。このようにして得られた膜を電子顕微鏡(SEM)にて観察した。該膜におけるバソクプロイン2スルホン酸−アルミナ粒子複合体のSEM写真を図4に示す。
【実施例3】
【0035】
実施例1で用いた2mMTMPyP水溶液100μLと異方形状コロイダルシリカF −120分散液20μLを各種pHに調整された水溶液中(10mL)で混合し、TMPyPがF−120ナノ粒子に吸着したナノコンポジットの分散液を調製した。この分散液をセルロース混合エステル製の円板状メンブレンフィルター(直径47mm、孔径0.1μm、厚さ110μm。)で480mmHgの減圧下に吸引濾過した。濾過前と後の溶液の吸収スペクトルを比較することにより、TMPyPの膜への捕集率と溶液pHとの関係を調べた。その結果を図5に示す。
【実施例4】
【0036】
実施例1で用いた2mMTMPyP水溶液100μLと異方形状コロイダルシリカF −120分散液20μLをpH7.5(0.01Mトリエタノールアミン緩衝液)に調整した水溶液中(10mL)で混合し、TMPyPがF−120ナノ粒子の表面に吸着したナノコンポジット分散液を調製した。この分散液をセルロース混合エステル製の円板状メンブレンフィルター(直径47mm、孔径0.1μm、厚さ110μm。)で480mmHgの減圧下に吸引濾過し、該フィルターの濾過面にTMPyPの吸着したアルミナゾルからなるは茶色状薄膜を被覆させ、この被覆フィルターを水洗後、風乾した。
【0037】
このようにして得られた膜を、セパラブルフィルター(図6、直径16m、濾過面積2.1cm。)にはさみ、上からカドミウム(II)イオンを0、10、20、50、100及び200ppbの濃度で含む、pH9.76に調整された水溶液試料を注ぎ、減圧下で通液した。この時の膜の写真及びスペクトルをそれぞれ図7及び図8に示す。図8中、a〜fは、それぞれカドミウム(II)イオン濃度が0、10、20、50、100及び200ppbである場合を示す。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上詳述したように、本発明は、イオン性有機試薬とコロイド微粒子もしくは繊維からなるナノコンポジット膜、金属イオン検出膜並びにその製造方法に係るものであり、本発明によれば、従来困難であったイオン性有機試薬を薄膜化し、安定に保持させることが実現できる。本発明により、多くの水溶性の金属イオン検出試薬を安定に保持させたフィルム型の簡易な金属イオン検出材を作製することができ、着色・汚濁した排水等の検液からの検出、定量操作にも十分対応することができる。本発明は、標準色系列や標準蛍光系列と比較することで目視判定が可能となり、現場で直ちに分析に供することが可能な金属イオン検出材を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】5,10,15,20−テトラキス(N−メチルピリジニウムー4−イル)−21H,23H−ポルフィリンテトラキス(p−トルエンスルフォネイト)の分子構造を示す。
【図2】実施例1の各種無機ナノ粒子での製膜写真を示す。
【図3】バソフェナントロリン2スルホン酸2ナトリウムの分子構造を示す。
【図4】実施例2で得られた膜の走査型電子顕微鏡写真を示す。
【図5】実施例3のTMPyPの捕集率とpHとの関係を示すグラフを示す。
【図6】実施例4の濾過用のセパラブルフィルターを示す。
【図7】実施例4の種々の濃度のカドミウムイオンにより顕色した結果を示す写真を示す。
【図8】実施例4の着色領域のカドミウムイオン濃度とスペクトルの関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン性有機試薬をイオン交換能のあるコロイド微粒子もしくは繊維に静電的に吸着させて成るナノコンポジットを、フィルター表面に膜状に被覆させて成るナノコンポジット薄膜。
【請求項2】
イオン性有機試薬が、水系の溶媒に溶解可能で、イオン交換能をもつコロイドに吸着するものである、請求項1記載のナノコンポジット薄膜。
【請求項3】
コロイドが、イオン性有機試薬を溶解する溶媒に分散可能で、イオン性有機試薬を静電的に吸着する担体であり、無機物乃至有機物から成る大きくても直径1μmの粒子又は不定形粒子、もしくは幅が1nm−1μmの繊維である、請求項1記載のナノコンポジット薄膜。
【請求項4】
フィルターが、網目状繊維からなる不織布、フィブリル化ポリマーシート、ファイバーシート、溶液キャスト多孔質ポリマーシート、延伸多孔性フィルム、放射線照射多孔性フィルム、多孔質セラミックスシート、多孔質ガラスシート及び多孔質金属シートの中から選ばれた少なくとも1種であって、孔径10〜1000nmの範囲の細孔を有するものである、請求項1記載のナノコンポジット薄膜。
【請求項5】
イオン性有機試薬が、金属イオン検出試薬である、請求項1、2又は3記載のナノコンポジット薄膜。
【請求項6】
金属イオン検出試薬が、金属イオンと錯体を形成して発色もしくは発光し、金属イオンの濃度に応じて色調及び/又はその強度を変化させる金属イオン検出膜から成る、請求項5記載のナノコンポジット薄膜。
【請求項7】
イオン性有機試薬を、水系溶媒に溶解し、ここにコロイド分散溶液を混合、攪拌して、イオン性有機試薬をコロイドに吸着させた後、得られた分散液を、フィルターで濾過するか或いは該フィルターに含浸し、上記コロイドを該フィルターに膜状に被覆させることを特徴とするナノコンポジット薄膜の製造方法。
【請求項8】
イオン性有機試薬が、水又は水との混合溶媒に溶解可能で、分子量が大きくても5000の低分子で、解離により正電荷もしくは負電荷を帯び、イオン交換能をもつコロイドに静電的に吸着し得るイオン性有機分子である、請求項7記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
【請求項9】
コロイドとして、イオン性有機試薬を溶解する溶媒に分散可能で、イオン性有機試薬を静電的に吸着する担体であり、無機物乃至有機物から成る大きさが大きくても1μmの粒子又は不定形粒子、もしくは幅が1nm−1μmの繊維を用いる、請求項7記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
【請求項10】
フィルターが、網目状繊維からなる不織布、フィブリル化ポリマーシート、ファイバーシート、溶液キャスト多孔質ポリマーシート、延伸多孔性フィルム、放射線照射多孔性フィルム、多孔質セラミックスシート、多孔質ガラスシート及び多孔質金属シートの中から選ばれた少なくとも1種であって、孔径10〜1000nmの範囲の細孔を有するものである、請求項7記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
【請求項11】
イオン性有機試薬が、金属イオン検出試薬である、請求項7記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。
【請求項12】
金属イオン検出試薬が、金属イオンと錯体を形成して発色もしくは発光し、金属イオンの濃度に応じて色調及び/又はその強度を変化させる金属イオン検出膜から成る、請求項11記載のナノコンポジット薄膜の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図8】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−216147(P2008−216147A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56344(P2007−56344)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】