説明

イオン性液体中でラクタムを製造する方法

本発明は、陰イオン部分および/または陽イオン部分にイオウ原子を有するブレンステッド酸性のイオン性液体と環状オキシムを接触させる方法であって、機械的攪拌、マイクロ波照射および/または超音波処理をさらに含む、環状オキシムを接触させる方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、陰イオン部分および/または陽イオン部分にイオウ原子を有するブレンステッド酸性のイオン性液体と環状オキシムを接触させる方法であって、機械的攪拌、マイクロ波照射および/または超音波処理をさらに含む、環状オキシムを接触させる方法に関する。
【0002】
ラクタムは、よく知られているナイロン材料の前駆体であり(ナイロン6の前駆体であるε−カプロラクタムなど)、その世界的な生産量は5.5トン/年に近い。ε−カプロラクタムは、ベックマン転位を介して工業的に製造されるが、ベックマン転位は有機合成化学においてもっともよく知られている反応の1つであるだけでなく、今なおオキシムからアミドへ行き着くためのもっともよく研究されている化学変換の1つである。しかし、ε−カプロラクタムへ達するための工業的な経路では、濃硫酸および高温が必要とされ、環境負荷を低減させる必要性および安全性を確保する必要性がある。
【0003】
当然のことながら、気相系または液相系のいずれかにおける代替方法が探求されてきた。過去において、様々な種類の触媒が、反応性を高めるために設計されてきたが、その中には、ホウ化ヒドロキシアパタイト(boro−hydroxyapatites)、金属アイアライト(metals ilerites)、担持酸化物およびゼオライト類(MCM−41、MCM−22、SAPO−11およびMgCoAlPO−36を含む)がある。得られるε−カプロラクタムの転化率および選択率は高いが、気相転位では、触媒変換のために高温(250〜300℃)が必要とされ、このことは触媒活性の急激な低下および高いエネルギー消費量につながり、これも環境および経済上の問題となる。しかし、スルファミン酸、クロラール、無水シュウ酸、固体メタホウ酸、アンチモン塩またはクロロスルホン酸(Tetrahedron lett.2005、46、671など)をトルエン中に含むものを使用すれば、温度条件が厳しくなくなっても良好な転化率および選択率を得ることができる。それでもなお、そのような酸の中和は避けられず、無機塩の形成によりε−カプロラクタムの十分な回収が妨げられ、生成物の10〜15%を損失する。したがって、気相および液相の両方でグリーンケミストリーを目指している途中であるが、まだほど遠い段階にある。グリーンケミストリーは、12の主要な根本方針により、予期される化学変換を総合的に制御する(時間、温度、圧力、エネルギーなど)と共に、危険性および毒性の少ない薬品を用いることにより、できる限り環境に配慮した有機合成化学を発展させることを推奨している。グリーンケミストリーの規則は、普通の有機分子溶剤よりも安全かつ/または再利用可能な溶剤を使用することも推奨している。近年、代替物が開発されてきており、イオン性液体または超臨界流体の使用がどちらも従来のものに代わる手ごろなものとして登場している。
【0004】
ベックマン転位はすでに超臨界水中で研究されてきた。良好な選択率が得られるが、シクロヘキサノンオキシムの転化率が非常に低い(30%)ことが観察され、この方法は工業への応用には使用不能なものとなっている。その上、ε−カプロラクタムは超臨界COに難溶性である(モル分率が0.07)。
【0005】
室温イオン性液体(room temperature ionic liquids)は、環境に害を与えない媒体として認知されるようになってきており、有機合成における将来性のある溶媒および/または触媒である。今までのところ、ε−カプロラクタムの合成でそれを使用することを記載している研究論文は非常に少ない。確かに、幾つかのRTIL/触媒の組([BPy]BFとPCl、[BMIM]PFまたは[BMIM]BFとPまたはイートン試薬(Eaton’s reagent)、[BMIM]PFとメタホウ酸など)で、良好な平均転化率および選択率が得られる。残念なことに、抽出上の問題があって、RTILの再利用が避けられていて、その問題は全体的なプロセスの妨げとなっている。第2の用途が、溶媒および触媒の両方としての使用であった。こうして、TSIL(用途特定イオン性液体(Task Specific Ionic Liquid))と呼ばれる第三世代のイオン性液体が、塩化スルホニル官能基を取り込むことにより特別に設計された。(スキーム1)。
【化1】



【0006】
その場合、非常に良好な結果が適当な時間および温度条件で得られた。とはいえ、塩化スルホニル基が部分加水分解してスルホン酸基になるため、転化率は最初の再利用後に劇的に減少した。
【0007】
ごく最近では、グオ(Guo)ら(Green Chem.2006、8、296)が、ε−カプロラクタムをベースにした陽イオン自体に基づいている新規のTSILを用いたε−カプロラクタムの合成を研究した(スキーム2)。
【化2】



【0008】
これまでのように、良好な結果が適当な時間および温度条件で得られた。とはいえ、再利用について述べられていないが、毒性有機溶媒(ベンゼンおよびCClなど)を使用してε−カプロラクタムをベースにした陽イオンを抽出している。
【0009】
意外なことに、陰イオン部分および/または陽イオン部分にイオウ原子を有するブレンステッド酸性のイオン性液体と環状オキシムを接触させる方法であって、
a)3時間より長く70℃より上で機械的に攪拌するステップであって、イオン性液体がTSILから選択され、環状オキシムとブレンステッド酸性のイオン性液体との比が1:1から1:10の間であるステップ、および/または
b)30秒より長く、好ましくは1分より長く、より好ましくは1分から20分の間、120℃より上の温度、好ましくは120℃から250℃の間の温度でマイクロ波照射するステップ、および/または
c)5秒より長く70℃より上で、18から800kHzの間、好ましくは20〜300kHz、より好ましくは20〜50kHzの周波数において超音波処理するステップ
をさらに含む、環状オキシムを接触させる方法を用いることによって、反応を向上させることができかつ再利用性を確保できることが見出された。
【0010】
ブレンステッド酸性のイオン性液体は文献に従って合成できる(スキーム3)。
【化3】



【0011】
こうしたイオン性液体の挙動および触媒活性をより十分理解するために、温度、時間、イオン性液体とシクロヘキサノンオキシムとの比、および陰イオンの影響に関する実験を行った。
【0012】
温度の影響を研究した。結果の要約を表1に示す。
【0013】
【表1】



【0014】
この最初の表の項目1/2は、異なる温度において機械的攪拌下で転化率が大きく増大することを示しており、これはベックマン転位では熱が必要とされることを確証している。このように熱が必要とされることは、マイクロ波照射の下での項目4/5においても確証されている。というのは、反応は210℃では4分間のうちに完了しているが、120℃では10分間たっても起こっていないからである。
【0015】
超音波を介した反応(項目3)は、非常に期待のもてる結果を明らかにしており、10秒以内に77%のε−カプロラクタムが得られている。ε−カプロラクタムの重合は、マイクロ波照射の下では出力レベルが非常に高いとき(項目4)、また機械的攪拌下では100℃を超える温度ですでに観察できる。
【0016】
これらの最初の結果は、温度が重要なパラメーターであるということだけでなく、ε−カプロラクタムの重合現象を避けたい場合に、反応をよく監視することが必要であることも示している。
【0017】
次に本発明者らは、さまざまなブレンステッド酸性のイオン性液体を用いて温度の影響を研究した。
【0018】
陰イオンの影響は、同じ陽イオンに基づくイオン性液体を用い、水素硫酸塩の陰イオンをトリフラートの陰イオンで置き換えて研究した。結果の要約を表2に示す。
【0019】
【表2】



【0020】
結果は、どの実験条件であっても、トリフラートの陰イオンよりも硫酸水素塩の陰イオンの場合が優れている。
【0021】
次いで本発明者らは、スルホン酸官能基を持たないブチルメチルイミダゾリウム硫酸水素塩([BMIM]HSO)などの非用途特定のイオン性液体を合成した。結果を表3に示す。
【0022】
【表3】



【0023】
[BMIM]HSOでは、どの温度でも反応は起こらないが、[BMIMSOH]HSOを用いると、59%のε−カプロラクタムが100℃で合成される。このことは、ベックマン転位触媒反応において、アルキル鎖上のスルホン酸基が大きな役割を果たすことを示している。
【0024】
さらに、イオン性液体/シクロヘキサノンオキシム比の影響を研究した。結果の要約を表4に示す。
【0025】
【表4】



【0026】
表4中の結果は、TSIL/オキシム比が系の非常に重要なパラメーターであることを示している。TSIL対シクロヘキサノンオキシムの量はさらに重要であり、転位がさらに容易かつ迅速に起こり、選択率がよくなる(表4の項目2/4および6/8)。この影響は、どの陰イオンでも見られる。この比率を徐々に増やすと、転化率および選択率も増大し、両方がシクロヘキサノンオキシムからε−カプロラクタムへの定量的転化率にまでなり、重合が起こることがない(項目4)。
【0027】
過剰のイオン性液体を用いて得られる良好な結果は、2−シクロヘキシリデンシクロヘキサノンなどの速度論的生成物が検出されないため、反応平衡の移動によるものではない。そうではなく、本発明者らが以前に述べたように、内圧が増大し、熱力学的障壁が減少したことによるものである。これは、熱力学的生成物(ε−カプロラクタム)のみが生成する理由を説明するものとなるかもしれない(項目3/4および7/8)。
【0028】
最後の点として、硫酸水素塩陰イオンに基づくILとトリフラート陰イオンに基づくILとの間の転化収率(conversion yield)の相違がここでも観察され、前者のほうがよくなっている(表4の項目4/8)。それで、使用するイオン性液体の性質は、考えたとおり非常に重要なパラメーターである。
【0029】
この反応における陽イオンの影響を研究した。結果を表5に示す。
【0030】
3種類の陽イオン、すなわち、メチルイミダゾリウム[HOSBMIM]、1,2ジメチルイミダゾリウム[HOSBDMIM]およびピリジニウム[HOSBPy]の各陽イオンを試験した。
【0031】
【表5】



【0032】
これらの結果は、メチルイミダゾリウムおよびピリジニウムの陽イオンは同等の活性があることを示している。
【0033】
ブチル−1,2−ジメチルイミダゾリウムの陽イオンを用いた場合に相違が生じるが、この相違は立体的または物理化学的な理由に起因することができる。実際のところ、ブチル−1,2−ジメチルイミダゾリウム陽イオンのC2位置にくっついたメチル基は、シクロヘキサノンオキシムの接近を妨げうるので、他の陽イオンの場合より転化率が低くなる。
【0034】
しかし、メチルイミダゾリウム陽イオンのC2位置の水素は、幾らか酸性を有しており、転位メカニズムにおいておそらく障害となっていることも知られている。このことは、これが後でメチル基に置き換えられたときに転化収率が減少する理由の説明となりうる。
【0035】
先行技術では注目されていない再利用性について試験した。
【0036】
反応後に、混合物を水に溶かし、ε−カプロラクタムをジエチルエーテルで抽出する。水を真空下で除去し(2時間、100℃)、乾燥させたイオン性液体にシクロヘキサノンを加える。結果を表6に示す。
【0037】
【表6】



【0038】
本明細書において上で示したように、イオン性媒体は再利用することが可能である。そうではあっても、項目3は、再使用する前にイオン性液体を注意深く乾燥させなければならないことを示している。これは、残っている水によってオキシムが容易にシクロヘキサノンに加水分解され、ε−カプロラクタムへの転化が起こらなくなるためである。
【0039】
[実施例:]
以下の実施例で本発明を説明する。
【0040】
[双性イオンの合成:]
1−H−メチルイミダゾール(8.21g、0.1モル)または1,2ジメチルイミダゾール(9.61g、0.1モル)またはピリジン(7.91g、0.1モル)および1,4−ブタンスルトン(13.62g、0.1モル)を、50mLの丸底フラスコに充填し、40℃で10時間攪拌した。白色固体の双性イオンを、トルエン(3×10mL)、シクロヘキサン(3×10mL)およびエーテル(5×10mL)で繰り返し洗浄し、真空下で乾燥させた。双性イオンが定量的に形成された。
【0041】
[用途特定イオン性液体の合成:]
[[HOS−BMIM]HSO:]
硫酸(95%)の化学量論量を、溶媒を含まない双性イオンの上から注意深く滴加した。次いで、その混合物をアルゴン雰囲気下で80℃において6時間攪拌した。得られた粘性のある無色のイオン性液体を、トルエン(3×10mL)、シクロヘキサン(3×10mL)およびエーテル(5×10mL)で繰り返し洗浄し、真空下で80℃において3時間乾燥させた。定量的収量が得られる。
【0042】
[NMR(BRUKER 300MHz AMX,CDCl):]
H:1.67ppm(m,2H);1.88ppm(m,2H);3.00ppm(t,2H);3.72ppm(s,3H);4.06ppm(t,2H);7.26ppm(d,1H);7.32ppm(d,1H);8.48ppm(s,1H);11.42ppm(s,1H)。
【0043】
[[HOS−BDMIM]HSO:]
[HOS−BMIM]HSOと同じ手順。
NMR(BRUKER 300MHz AMX,CDCl):
H:1.80ppm(m,2H);2.00ppm(m,2H);2.90ppm(t,2H);3.85ppm(s,3H);4.2ppm(t,2H);5.85ppm(s,3H);7.50ppm(d,1H);7.55ppm(d,1H);11.52ppm(s,1H)。
【0044】
[[HOS−BPy]HSO:]
[HOS−BMIM]HSOと同じ手順。
NMR(BRUKER 300MHz AMX,CDCl):
H:1.80ppm(2H);2.10ppm(2H);3.10ppm(2H);4.50ppm(2H);7.90ppm(2H);8.40ppm(1H);8.70ppm(2H);11.80ppm(1H)。
【0045】
[[HOS−BMIM]OTf:]
トリフル酸(triflic acid)(99%)の化学量論量を、溶媒を含まない双性イオンの上から注意深く滴加した。次いで、その混合物をアルゴン雰囲気下で40℃において2時間攪拌した。得られたやや紫色の粘性のあるイオン性液体を、トルエン(3×10mL)、シクロヘキサン(3×10mL)およびエーテル(5×10mL)で繰り返し洗浄し、真空下で80℃において3時間乾燥させた。このイオン性液体は、融点<60℃で結晶化する。定量的収量が得られる。
NMR(BRUKER 300MHz AMX,CDCl):
H:1.80ppm(m,2H);2.00ppm(m,2H);3.10ppm(t,2H);3.80ppm(s,3H);4.20ppm(t,2H);7.30ppm(d,2H);8.60ppm(s,1H);11.90ppm(s,1H)。
【0046】
[ε−カプロラクタム合成の典型的な手順:]
[BMIMSOH]HSO(1.49g、4.7ミリモル)およびシクロヘキサノンオキシム(0.9ミリモル;0.107g)(比5/1)を、25mLの丸底フラスコに充填し、アルゴン雰囲気下で80℃において4時間攪拌した。次いで、その混合物を室温まで冷やし、1mLの水に溶かした。その後、ε−カプロラクタムをジエチルエーテル(5×5mL)で抽出し、真空下で乾燥させる。白色固体をGC/MSおよびNMRで分析する。
NMR(BRUKER 300MHz AMX,CDCl):
H:1.7ppm(m,6H);2.4ppm(t,J=6Hz,2H);3.2ppm(t,J=6Hz,2H);6.3ppm(s,1H)。
13C:23.6ppm;29.2ppm;30.1ppm;37.1ppm;43.3ppm。
m/z:113(100);85(60);67(14);55(85);41(43);30(43)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陰イオン部分および/または陽イオン部分にイオウ原子を有するブレンステッド酸性のイオン性液体と環状オキシムを接触させる方法であって、
a)3時間より長く70℃より上で機械的に攪拌するステップであって、前記イオン性液体がBMIMHSOを含まないTSILから選択され、環状オキシムとブレンステッド酸性のイオン性液体との比が1:1から1:10の間であるステップ、および/または
b)30秒より長く、好ましくは1分より長く、より好ましくは1分から20分の間、120℃より上の温度、好ましくは120℃から250℃の間の温度でマイクロ波照射するステップ、および/または
c)5秒より長く70℃より上で、18から800kHzの間、好ましくは20〜300kHz、より好ましくは20〜50kHzの周波数において超音波処理するステップ
をさらに含む、環状オキシムを接触させる方法。
【請求項2】
d)前記イオン性液体を前記ラクタムから分離するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
e)前記イオン性液体を別の反応で再使用するステップをさらに含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ラクタムを重合反応で反応させてナイロン材料を形成させるステップをさらに含む、請求項2に記載の方法。

【公表番号】特表2010−527950(P2010−527950A)
【公表日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−508748(P2010−508748)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【国際出願番号】PCT/EP2008/004136
【国際公開番号】WO2008/145312
【国際公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】