説明

イオン放出素子及びそれを用いた帯電装置

【課題】オゾンやNOXなどの放電生成物を発生することなく、長期間安定してイオンを放出することができるイオン放出素子とこれを用いた帯電装置を提供する。
【解決手段】表面に、共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかを含むイオン放出性材料層3が形成された導電性基板2に、正あるいは負の直流電圧を印加することにより、極性分子が溶媒和することで発生したクラスターイオンが導電性基板表面の前記共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかの前記イオン放出性材料層表面から放出されることを特徴とする正あるいは負イオン放出素子1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン放出装置、帯電装置および帯電方法に関し、電子写真方式の複写機、プリンタまたはファクシミリ等の画像形成装置、あるいは除電器などに利用されるイオナイザーに用いられるイオン放出素子及び帯電装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子写真方式の複写機、プリンタのような画像形成装置においては、感光体と呼ばれる被帯電体に静電潜像を形成するのに先立ち、感光体表面を種々の方法で均一帯電させている。また、同様の帯電方式を用いて、静電気を除電する際に利用されるイオナイザーとして利用されている。
【0003】
従来の帯電方法として代表的なものに、コロナ放電方式が挙げられる。この方法は、非常に細いワイヤから空気の絶縁破壊以上の電圧を印加させることでコロナ放電させ、これをグリッドで平均化させることで感光体の表面を均一帯電させる方法である。しかしながら、ワイヤからの放電に伴い非常に多量のオゾンが発生するため、人体への悪影響はもちろんのこと、有機感光体では、構成材料である有機物がオゾンにより破壊され、急速な劣化がおきるという問題があった。この問題を解決するため、例えば、オゾンの発生量を低減させるように改善されたコロナ帯電器が、特許文献1および特許文献2に開示されている。
また、オゾン以外にも放電によって生成される物質に窒素酸化物(NOX)が挙げられる。NOXは、感光体表面に吸着し感光体表面の吸湿性を高くしてしまう問題がある。電荷により形成された静電潜像は、伝導性を有する水の影響を著しく受けるため、主に画像がボケるといった画質劣化を発生させることが広く知られている。またコロナ放電を利用した除電気用イオナイザーにおいても同様にオゾンが発生するため、被除電物の劣化や作業者への健康に多大な影響があった。
【0004】
また、画像形成装置に限って云えば、接触帯電方式によるものが近年実用化されている。この方法では、オゾンの発生量と消費電力量とを低減させるため、電位をかけた、導電性ローラ、導電性ブラシ、導電性弾性ブレード、あるいはカーボンナノチューブ等の導電性部材によって感光体の表面を周擦し、電荷を移動させることにより感光体表面を帯電させている。
【0005】
導電性部材としては、現在、導電性ローラを用いる方式が、帯電の安定性の点から広く利用されている。ローラ帯電方式では、導電性の弾性ローラが感光体に押し当てられ、このローラに直流電圧が印加されることによって、感光体に電荷を移動させ、目的とする表面電位となるよう帯電させる。この方法はオゾン発生が比較的少ないという特徴を持っているが、一方で、感光体表面にごく小さなピンホールや結晶物質などの不均一な欠陥があった場合に、導電性ローラーから感光体表面のピンホール、欠陥部に多量の電流が流れてしまう。これにより感光体が絶縁破壊を起こし、従来の性能を維持することができず、画像形成に多大な影響が出ることがあった。
【0006】
このローラ帯電方式をさらに改良を加えた方式としては、一次帯電のローラと、更に感光体との間に二次帯電ローラを追加した方式が知られている(特許文献3参照)。ここで、二次帯電ローラは、一次帯電ローラから感光体へ電荷を運搬する役割を担っており、前述した感光体のピンホールや欠陥による電流リークの問題を解消している。しかしながら、この方式においても、帯電は二次帯電ローラと感光体との間で微小な放電を起すことから、帯電時に発生するオゾンやNOXを完全に除去するには至っていない。
【0007】
また、カーボンナノチューブを帯電器に応用したものが、例えば特許文献4、特許文献5などにより開示されている。カーボンナノチューブを用いた接触型帯電器においては、感光体で周擦を繰り返すうちに、チューブそのものが物理的な破壊を受けやすいこと、さらには大気中で高電圧をかけると先端部分から徐々に消失してしまいエミッターとして利用するには耐久性に欠けるという根本的な問題があった。これは、一般に良く知られた現象であるが、カーボンナノチューブは比較的低電圧であっても、その高いアスペクト比からチューブ先端に電界が極端に集中し、この先端部分においてのみ、電界による電子放出、またこれに伴う空気イオン化が起こるとされている。従って、実質的にカーボンナノチューブの先端部分は、常に高電圧にさらされていると考えて良く、電荷放出部の損傷が激しい。また大気中で電荷放出を開始する際にはコロナ放電を起すことがあり、これによって更に大きな損傷を受けることがある。このようにして損傷を受けたカーボンナノチューブでは、著しく帯電付与能力が低下するという問題があった。
【0008】
電荷電子放出の原理を利用した帯電装置が特許文献6に開示されている。これは、MIS(金属−絶縁体−半導体)構造を有する電子放出素子を用いた帯電装置であるが、この電子放出素子は、電子の加速電界を形成する薄膜電極が多孔質半導体層の表面側に設けられており、多孔質半導体層に電子を注入する電極が多孔質半導体層の裏面側に設けられている。この素子を用いた帯電装置においては、電子放出素子から放出された電子による電子付着のみを利用して負イオンを発生することできるため、放電現象を伴わない。従って前述の方法のようにオゾンやNOxを原理的に発生させることがない。
【0009】
しかし、この多孔質半導体層を用いた電子放出素子においては、特に大気中への電子放出動作時に引き起こされる電子捕捉により、多孔質半導体層を構成するナノサイズの半導体微粒子に蓄積した電子が、多孔質半導体内部の電界を不均一にすることにより電子の加速を抑制する状態になり、経時によって電子放出量を大きく低下させてしまうという問題があった。電子捕捉によりナノサイズの半導体微粒子に蓄えられた電子は不揮発性を示すため、一週間以上も半導体微粒子が帯電していたという実験結果さえある。このような現象が起きると、大気中で本素子を駆動した場合に、この電子捕捉により3分程度の連続駆動でも電子放出素子からの電子放出が完全に停止してしまうという問題があった。
【0010】
長期の放出安定性を改良する方法としては、多孔質半導体層の表面に炭素数7以上の直鎖状あるいは分岐状の非環式炭化水素層を構成した電子放出素子が、特許文献7に開示されている。半導体層表面に有機化合物の層を設けることで、半導体表面を安定化させ、半導体表面に大気中の気体分子が吸着することを阻止することで、電子放出の劣化を抑制することに成功している。しかしながら、アルゴン雰囲気下での安定性は極めて良好な結果であるものの、大気中では放出開始時から数分での電流変動が大きく、実用化には未だ問題があった。
【0011】
【特許文献1】特開平9−114192号公報
【特許文献2】特開平6−324556号公報
【特許文献3】特開2001−296722号公報
【特許文献4】特開2001−281964号公報
【特許文献5】特開2008−159431公報
【特許文献6】特開2001−331017号公報
【特許文献7】特開2004−327084号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記事情に鑑みて、本発明の主たる目的は、オゾンやNOXなどの放電生成物を発生することなく、長期間安定してイオンを放出することができるイオン放出素子とこれを用いた帯電装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題は、本発明の(1)「表面に、共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかを含むイオン放出性材料が層形成された導電性基板に、正あるいは負の直流電圧を印加することにより、極性分子が溶媒和することで発生したクラスターイオンが導電性基板表面の前記共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかの前記イオン放出性材料層表面から放出されることを特徴とする正あるいは負イオン放出素子」、
(2)「表面に、共有結合性とイオン結合性の両方を含むイオン放出性材料が層形成された導電性基板に、正あるいは負の直流電圧を印加することにより、極性分子が溶媒和することで発生したクラスターイオンが導電性基板表面の前記共有結合性とイオン結合性の両方を含むイオン放出性材料層表面から放出されることを特徴とする正あるいは負イオン放出素子」、
(3)「共有結合性材料の中に、イオン結合性材料が分散してなることを特徴した、前期第(2)項に記載のイオン放出素子」、
(4)「前記第(1)項乃至第(3)項のいずれかに記載のイオン放出素子と、これに接触することなく対向して設置されている被帯電体とを含むことを特徴とする帯電装置」、(5)「極性分子が大気中の水であり、イオン放出素子のイオン放出面の温度を露点温度以下にし、結露した水によりクラスターイオンを発生させることを特徴とする前記第(4)項に記載の帯電装置」、
(6)「極性分子を、イオン放出素子のイオン放出面に液体で供給し、クラスターイオンを発生させることを特徴とする前記第(4)項に記載の帯電装置」により達成される。
【発明の効果】
【0014】
以下の詳細かつ具体的な発明から明らかなように、本発明によれば、オゾンやNOXなどの放電生成物を発生することなく、長期間安定してイオンを放出することができるイオン放出素子と、これを用いた帯電装置を提供できるという極めて優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について例をもって詳細に説明するが、これにより使用する材料、素子構成、条件を限定するものではない。なお、本明細書の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0016】
図1に本発明のイオン放出素子の代表的な構成例を模式的に示す。
このイオン放出素子(1)は、導電性基板(2)と、それに接合してなるイオン放出性材料層(3)により構成される。導電性基板に電源(4)により直流電圧を印加すると、正電圧の場合は正イオンが、また負電圧の場合は負イオンが、イオン放出層の表面(3)から放出される。
【0017】
図2及び図3に本発明の帯電装置の代表的な構成例を模式的に示す。
この帯電装置(10)は、イオン放出素子(1)と、これに接触することなく対向して設置されている被帯電体(11)により構成される。イオン放出素子から電圧印加により放出されたイオンを、この構成により、対抗する位置においた被帯電体(11)は放出されたイオンを効果的に受け、被帯電体(11)を帯電させることができる。従って被帯電体(11)はアースに接続され閉回路を形成することが望ましいが、アースに接続することは必須条件ではない。また被帯電体がポリマーのような絶縁性材料のような場合は、図3に示したように、被帯電体の裏側に導電性材料(12)を設置した構成をとることができる。
【0018】
導電性基板(2)には、Cu、Ni、Ti、Co、Cr、Mo、Nb、Mn、Si、Fe、Alなどの金属及びそれらを含む合金を利用することができる。また、ガラスやセラミックスなどの表面に金属や導電性物質を担持させたものでも良い。導電性物質の代表例としては、ITO、ZnO、SnO2、TiO2、などの金属酸化物、カーボンナノチューブ、フラーレンなどの炭素化合物が挙げられる。
【0019】
極性分子としては、水、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなどのアルコール類、アセトン、酢酸エチルなどを利用することができる。
【0020】
本発明における共有結合性材料とは、化学結合様式が専ら共有結合である材料一般を示す。即ち、低分子有機化合物、高分子有機化合物、無機化合物であり、これらの化学結合様式であれば、例外なく本発明のイオン放出現象を発生させることができる。確認した中で、特にイオン放出現象が顕著な代表的化合物として、低分子有機化合物であればトリフェニルアミン、長鎖アルキル化合物、高分子有機化合物であればポリスチレン、ナイロン、ポリエステル、ポリオール、ポリカーボネート、PTFEの如きフッ素系樹脂、シリコーン樹脂、セルロースなどが挙げられる。無機化合物の例としては、6方晶窒化ホウ素に代表される硼素化合物、窒素化合物、リン化合物などが挙げられる。これらの材料を導電性基板に層形成する方法はどのような方法でも良い。可溶な溶媒に溶解した後に、塗布し乾燥する方法が簡便であるが、ポリマーであれば熱溶融して塗布することも可能である。低分子有機化合物や無機物を薄膜形成する場合は蒸着を有効に利用することができる。層の厚みは、導電性基板に直流電圧を印加した場合に、イオン放出面に同極の電荷が誘起される厚みであれば特に限定されない。絶縁性材料の場合は余り層が厚いと、誘起されなくなるため100μm以下にすることが望ましく、20μm以下がより好ましい。導電性材料の場合は厚みの影響は殆どない。
【0021】
イオン結合性材料とは、化学結合様式が専らイオン結合である材料一般を示す。即ち、珪酸ガラス、アルミナ、塩化カルシウムなどの無機化合物が例示される。中でも、塩構造をとるもののイオン放出が顕著である。この場合も蒸着が利用できるほか、ゾルゲル法による薄膜層形成も有効である。水に可溶な塩の場合は、水に溶解後に導電性基板上に塗布し、これを乾燥するだけで良い。この場合も、先ほどと同様に、層厚は導電性基板に直流電圧を印加した場合に、イオン放出面に同極の電荷が誘起される厚みであれば特に限定されない。ガラスのような絶縁性材料の場合は層があまり厚いと、電荷が誘起されなくなるため30μm以下にすることが望ましく、更に2μm以下がより好ましい。塩のようなイオン導電性材料の場合は厚みの影響は殆どない。
【0022】
共有結合性材料の中にイオン結合性材料を分散する方法は、どのような方法でも良いが、例えばポリマーを熱溶融したあとに、イオン結合性材料を添加、混練し、イオン結合性材料を微細化し、均一分散させる方法が好ましい。あるいは、共有結合性材料はポリビニルアルコールのような常温液体であっても良いため、イオン結合性材料を細かく砕いた後に、ポリビニルアルコールに分散し、分散液を導電性基板に塗布するだけでも良い。
【0023】
本発明は、これまでに一般的に知られている放電現象とは全く異なる原理でイオン化が行われる。特徴は、パッシェンの法則に基づく放電開始電圧よりも低い電圧においてイオン放出を行うことができることにあり、これにより低電圧で効果的に被帯電体を帯電することができるようになる。
【0024】
パッシェンの法則(以下パッシェン則とする)では、火花放電電圧Eは気体圧Pと電極距離dの積に比例する。パッシェン則は平行平板電極を対向配置させ、均一電界を加えた際に放電開始、すなわち明確に電流が流れ出す電圧を示した実験式である。平行平板電極間に電圧を印加させた場合、パッシェン則で示される電圧まで増大させると電極間の絶縁が破壊され空気の絶縁破壊が起き、火花放電が観察される。
【0025】
一方、針状電極や針金上電極を用いたコロトロン、スコロトロンでは、局所的に高い電界強度が加わる不均一電界をつくり、見かけ上はパッシェン則で示される電圧より低電圧でコロナ放電を開始する。この際の電流は数〜数十μA以上であり、電流波形にピークの鋭いパルス状波形がみられる。また、電極周辺にはコロナと呼ばれる発光を生じる。見かけ上パッシェン則より低電圧で放電を開始するものの、パッシェン則を電界強度で整理し直すと、電界強度は気体によって定まる定数と電極間距離で定められ、コロナ放電開始電圧は火花放電開始電圧に比例することになる。本発明においてパッシェン則に基づく放電開始電圧とは、コロナ放電開始電圧以下と同義として使用する。
【0026】
本発明の場合、0Vを中心として、印加する電界の電圧が極端に低いと、イオン放出量が急激に減少する閾値を有し、実質的に被帯電体への帯電が起こらない非帯電領域がある。この領域は前述の測定方法で求めることができ、これを測定した結果の一例が図4となる。イオン放出面を構成する材料にも依存するが、正負の印加電圧に対し、おおよそ約400Vまではイオンの放出が見られないことが多い。従って、この場合では400V以上でなければ被帯電体を帯電させることはできないことになる。本発明では、この閾値を最低イオン放出電位(V)と呼ぶ。
【0027】
電子写真方式の複写機やプリンタで使用する感光体を帯電させる場合は、プロセス上の制約から、帯電位を200Vから1200V程度の範囲に制御する必要がある。従って、オゾンやNOXの発生がなく且つ充分な帯電位を得る範囲としては、少なくとも最低イオン放出電位から放電開始電圧の間で使用する必要がある。繰り返し実験を行なった結果、放電開始電圧に対して30〜99%の範囲、好ましくは80〜95%の範囲とするのが、帯電効率面でバランスがよいことが判った。放電開始電圧を1%でも下回れば、オゾン及び放電生成物は、検出限界以下になっており、殆ど発生していないことを確認している。特にオゾンの発生は、ごく微量でも独特のオゾン臭として感知することができる。また、この範囲であれば、完全な暗所で確認しても、コロナに伴う発光は全く確認されない。
【0028】
極性分子の供給手段として用いる装置は、液体状態で直接、イオン放出面に供給する装置が利用できる。ポンプなどで送液しても良いし、イオン放出面に細孔部を設けるか、あるいは液貯蔵部から布などを経由して毛細管現象を利用して供給しても良い。さらには、液体を微粒化し噴霧し、あるいは飛散させることによっても液供給は達成できる。また、液体を一度加熱し蒸発させ、送風してイオン放出面に衝突させてもよく、この場合、超音波などを利用した公知の加湿器などを転用することもできる。
【0029】
噴霧装置を利用する場合、有極性分子の分圧を測定できるセンサを付設することが好ましい。これは、有極性分子が水の場合には湿度センサ、アルコールの場合にはアルコールセンサを用いることができる。これらのセンサの情報に基づいて、有極性分子を付与する装置の有極性分子の放出量を適度にコントロールさせることができる。
【0030】
有極性分子の大気中の割合は、少なくとも0.5vol%以上、好ましくは1.0vol%以上が良い。例えば水の場合、20℃の温度の場合であれば、相対湿度で30%以上、できれば50%以上となるようにすることが好ましい。
【0031】
極性分子が水の場合は、大気中に含まれる湿度(湿気)を利用することができる。この場合、イオン放出素子のイオン放出面の温度を露点温度以下にすることで、イオン放出面にミクロに結露した水によりクラスターイオンを効果的に発生させることができる。露点温度以下にする冷却方法は何でも良いが、ペルチェ素子を利用することが望ましい。導電性基板の裏側に当接設置することができるため、帯電器として利用する場合、小型化が可能となる。通常環境であれば、冬場の乾燥時でも−10℃〜−17℃まで冷却すれば、充分な水分が確保でき、極めて安定した連続駆動を達成することができる。
【0032】
次に、本発明のイオン放出素子の動作及び動作条件を示す。
【0033】
ここで、図1に示すイオン放出素子(1)においては、直流電源(4)によって導電性基板(2)に、正負いずれかの電圧が印加される。これにより、導電性基板(2)には、印加した電圧の極性と同極性の電荷が過剰に存在することになる。更に、導電性基板(2)に層形成されたイオン放出性材料層(3)は、導電性基板(2)に接合しているため、放出性材料層表面にも、やはり印加した電圧の極性と同極性の電荷が過剰に存在することになる。これは、電圧印加状態で、イオン放出性材料層(3)の表面電位を観測することでも確認できる。正電圧印加時には正電位、負電圧印加時には負電位が観測される。この場合、イオン放出性材料層表面では、過剰な電荷は全てイオンとなっている筈であるが、この状態で極性分子がイオン放出性材料層表面近傍に多量に存在すると、過剰なイオンを包み込むように、極性分子がイオンを溶媒和する。こうして極性分子がクラスター状態になると、イオンはイオン放出性材料層からクーロン反発で離脱することになり、イオン放出することになる。
【0034】
ここで、本発明においては、直流電圧は正負のいずれでも良く、それぞれの極性のクラスターイオンを発生させることができることが特徴であるといえる。カーボンナノチューブやMIS構造の電界電子放出素子では、電子しか放出させることができないことから、正荷電を放出させることは原理的に不可能である。本発明の場合、直流電圧が±400V近傍でイオン放出を始めることが多いが、これは電圧量に比例してイオン発生量が増加するためと考えられる。また、クラスターイオンを形成した後に、イオン放出材料の親和力を超えて、表面から離脱する必要があるが、これには、イオン放出層表面とのクーロン反発力を利用するため、ある程度の電荷がないと離脱ができないためと考えられる。
【0035】
このように正の直流電圧を印加した場合には、正イオンが放出され、負の直流電圧を印加した場合には、負イオンがイオン放出面から放出されることになる。正イオンが放出される場合の連続駆動の安定性を示したものが図5であり、クラスターを形成するために必要な極性分子の供給が行われてさえいれば、電流の変動は殆ど見られない、非常に安定したイオン放出を行うことが可能となる。また同様に負イオンの連続駆動の安定性を示したものが図6であるが、この場合も同様である。極性により差は全く見られない。
【0036】
ここで、本発明のイオン放出素子からクラスターイオンが放出される原理について説明する。簡単にするため、イオンをプロトンとし、極性分子を水にした場合を例にする。
【0037】
導電性基板に印加した正電圧は、導電性基板上に過剰の正荷電を有した状態を作ることになる。導電性基板の表面に層形成した共有結合性あるいはイオン結合性材料の表面には同様に正荷電が誘起されることになる。共有結合性あるいはイオン結合性材料の表面に誘起された正荷電が何であるかを測定することは難しいが、正イオンと考えるのが妥当であろう。なぜなら、共有結合性あるいはイオン結合性材料表面に正孔が生じるとは思えないためである。
【0038】
ここで発生した正イオンと導電性基板上の共有結合性材料あるいはイオン結合性材料との間には強いクーロン斥力が働くから、エネルギー的に見れば、空中へのイオン放出は数keVの発熱反応となる。ここでイオンが放出されないのは、イオンと共有結合性材料あるいはイオン結合性材料との間に強い親和力が働くからである。
【0039】
仮に誘起されたイオンがプロトンとすると、これと共有結合性材料あるいはイオン結合性材料との間には最大で8eV程度の親和力が働くから、電荷はクーロン力の影響を受けることなく共有結合性材料あるいはイオン結合性材料に固定されることになる。水分子のプロトン親和力は7eVの程度だから、水1分子だけではプロトンの水和は吸熱的である。しかしながらこれにさらに水分子が付加すれば1eV、もうひとつ付加すれば0.6eV、さらに一つ付加すればさらに0.4eVという具合に、小さくかつ極性が高い水分子は次々にプロトンに付加し、これを発熱的に水和することができる。
【0040】
プロトンの強い親和力は、付加分子への電荷非局在に拠っているから、プロトンの溶媒和は、帯電物体との親和力を遮断することとなる。このため水和プロトンは帯電物体を離脱し、クーロン斥力によって大気中に移動することとなる。このように、水分子がプロトンを包み込み、クラスターイオンとなることで、大気中へ放出されるのが、本発明のイオン化の原理である。
【0041】
一方金属表面からはいかなる金属であっても本発明の現象は全く発生しないが、これは金属の見かけの静的誘電率が無限大であるから、水分子による溶媒和を生じさせることがなく、結果、イオン放出がないないものと考えられる。
【0042】
本発明のイオン放出の現象は、プロトン以外でも発生し、例えば水酸化イオンなどの負イオンでも発生する。また水以外の極性分子でも同様に生じさせることができ、アルコールやアセトン、酢酸エチルなど極性分子であれば何でも良い。逆にベンゼン、シクロヘキサンなどの無極性分子雰囲気下では、イオン放出現象は全く起きないことが判っている。
【0043】
上述したような本発明の帯電装置(1)および電子放出装置(10)は、オゾンや放電生成物の発生が全くなく長期間安定して駆動可能であることから、特に電子写真方式の複写機、プリンタ、ファクシミリ等の画像形成装置に好適に用いられる。
【0044】
本発明のイオン放出素子及びそれを利用した帯電装置は、電子写真プロセスを用いた画像形成装置に用いることも可能である。その一例を図7に示す。この画像形成装置(30)には、本発明の帯電装置(10)の他に、帯電装置により一様に帯電された感光体20に光を照射して静電潜像を形成する露光部(21)、この静電潜像にトナー(22)を供給して顕在化する現像部(23)、これを記録紙に転写する転写部(24)、感光体上に残存するトナーを除去するクリーニング部(25)、転写された像の定着部(26)などが設けられる。本発明の帯電装置(10)によって帯電させることのできる感光体(20)は、従来の複写機、プリンタなどで使用されている公知のもの全てが使用でき、代表的なものとしては有機感光体(OPC)、α−Si感光体が挙げられる。
【0045】
また、本発明のイオン放出素子及びそれを利用した帯電装置は、オゾンの発生が全くないことから、除電器などに利用されるイオナイザーに用いた場合でも、人体に対する影響を考慮する必要が無く、好適に用いられる。
【0046】
今回開示された実施の形態については、全て特徴を示した例示であって、これによって制限を受けるべきではないものと考える。また、クラスターイオン発生の原理に関しては、現時点で得られたデータから考えられる推定であることから、本発明の範囲はあくまで特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図されるものである。
【実施例】
【0047】
(実施例1〜5)
図3に示した帯電装置を用いて、イオン放出層(3)と被帯電体(11)との間隔を10mmに設定した。ここでは、電流測定を行う実験のため、被帯電体は導電性のある真鍮を用いた。
閉回路中に電流計を接続し、電流値を計測した。測定は全て、大気圧下、温度は27±1℃の範囲で行なった。実施例1〜5では、表1に示す極性分子を使用した。極性分子は、相対湿度13%RHの雰囲気に、超音波霧化器を使用し極性分子を噴霧することにより供給した。導電性基板は真鍮板を使用し、これにイオン放出材料としてPTFEを5μm層形成したものをイオン放出素子とした。導電性基板に、直流電圧−1.8KVを定電圧で印加し、連続駆動10分後に観測された被帯電体(真鍮)に流れる電流値、同じく10時間後の電流値を計測した。またこれに先立ち、最低イオン放出電圧を測定している。更に10時間連続駆動した後のイオン放出層周辺でオゾン臭がするかどうかを判定した。結果を表1に示したが、実施例1〜5のいずれも、最低イオン放出電圧は±400V程度となった。また10時間後の電流値も10分後電流値の25%以内の低下にとどまった。
【0048】
(比較例1〜2)
前述の実施例1で用いたと同じ方法により、極性分子を非極性分子に変えた以外は全て同条件にして比較を行なった。結果を表1に示したが、比較例1、2のいずれの場合においても電流が流れることはなかった。
【0049】
(実施例6〜17)
イオン放出材料を表2、表3に示したものに、それぞれ変更した以外は、全て実施例1で用いたのと同じ方法により行なった。但し、ここでは極性分子としては水を使用している。超音波加湿器を利用して、相対湿度を60%に制御した。結果を表2、表3に示したが、実施例13、14が約倍になったことを除き、残りの実施例では、±400V前後になった。また、この場合も10時間後の電流値が10分後電流値の25%以内の低下にとどまった。
【0050】
(比較例3〜4)
前述の実施例1で用いたのと同じ方法により、イオン放出材料を金属に変えた以外は全て同条件にして比較を行なった。結果を表2に示したが、比較例3、4のいずれの場合においても電流が流れることはなかった。
【0051】
(実施例20〜25)
イオン放出材料を表4に示したように2種類とし、イオン放出材料(A)中にイオン放出材料(B)を3wt%分散させたこと以外は、全て実施例1で用いたのと同じ方法により行なった。但し、ここでは極性分子としては水を使用している。超音波加湿器を利用して、相対湿度を60%に制御した。結果を表4に示したが、実施例25が500Vを超えた以外、残りの実施例は±400V前後になった。また、この場合も10時間後の電流値が10分後電流値の20%以内の低下にとどまった。
【0052】
(実施例26〜32)
極性分子の液供給方法を表5に示したように変更したこと以外は、全て実施例1で用いたのと同じ方法により行なった。但し、ここでは極性分子としては水を、イオン放出材料としてセルロースを使用した。実施例26では、スポイトを使って手動で水を供給した。実施例27では、これをチューブポンプに変え自動供給した。実施例28は水貯留部から麻布を経由して毛細管現象で液供給した。実施例29は超音波加湿器で湿度80%RHとなるよう制御した。実施例30は霧吹きを用いて、10分ごとに0.2ccの水をイオン放出面に吹き付けた。実施例31はペルチェ素子を導電性基板の裏側に設置し、イオン放出面の温度が−10℃となるように設定した。実施例32では、実施例31と同様であるが、温度を−5℃となるように設定した。結果を表5に示す。結果を表5に示したが、いずれも、最低イオン放出電圧は±400V程度となった。また10時間後の電流値も10分後電流値の25%以内の低下にとどまった。実施例27あるいは実施例31は、10時間後でも電流値の低下が見られず優れた安定性を示した。
【0053】
【表1】


【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
【表4】

【0057】
【表5】


【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明のイオン放出素子の好ましい一例の模式的概念図である。
【図2】本発明の実験において用いられたイオン放出素子と対向電極の模式的概念図である。
【図3】本発明の実験において用いられたイオン放出素子と対向電極の別形態の模式的概念図である。
【図4】本発明の電子放出装置の大気圧中における印加電圧とイオン放出電流量との関係を示した図である。
【図5】導電性基板に正電圧を連続して印加し続けたときの経過時間に対する正イオン放出電流量の推移を示した図である。
【図6】導電性基板に正電圧を連続して印加し続けたときの経過時間に対する負イオン放出電流量の推移を示した図である。
【図7】本発明の帯電装置を利用した画像形成装置の一例の概略構成図である。
【符号の説明】
【0059】
1 イオン放出素子
2 導電性基板
3 イオン放出性材料層
4 直流電源
10 帯電装置
11 被帯電体
12 導電性材料
20 感光体
21 露光部
22 トナー
23 現像部
24 転写部
25 クリーニング部
26 定着部
30 画像形成装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に、共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかを含むイオン放出性材料が層形成された導電性基板に、正あるいは負の直流電圧を印加することにより、極性分子が溶媒和することで発生したクラスターイオンが導電性基板表面の前記共有結合性あるいはイオン結合性材料のいずれかの前記イオン放出性材料層表面から放出されることを特徴とする正あるいは負イオン放出素子。
【請求項2】
表面に、共有結合性とイオン結合性の両方を含むイオン放出性材料が層形成された導電性基板に、正あるいは負の直流電圧を印加することにより、極性分子が溶媒和することで発生したクラスターイオンが導電性基板表面の前記共有結合性とイオン結合性の両方を含むイオン放出性材料層表面から放出されることを特徴とする正あるいは負イオン放出素子。
【請求項3】
共有結合性材料の中に、イオン結合性材料が分散してなることを特徴した、請求項2に記載のイオン放出素子。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のイオン放出素子と、これに接触することなく対向して設置されている被帯電体とを含むことを特徴とする帯電装置。
【請求項5】
極性分子が大気中の水であり、イオン放出素子のイオン放出面の温度を露点温度以下にし、結露した水によりクラスターイオンを発生させることを特徴とする請求項4に記載の帯電装置。
【請求項6】
極性分子を、イオン放出素子のイオン放出面に液体で供給し、クラスターイオンを発生させることを特徴とする請求項4に記載の帯電装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−73356(P2010−73356A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−236893(P2008−236893)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】