説明

イカ類を原料とするすり身の製造方法

【課題】アメリカオオアカイカ(Dosidicus gigas)やトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)など塩化アンモニウムを含むイカ類を原料として品質の優れたすり身を製造すること。
【解決手段】塩化アンモニウムを含む冷凍イカを凍結状態のまま1.5〜3cmの塊状に切断し、これをクエン酸ナトリウム水溶液中に浸漬・攪拌して水晒しを行ないすり身を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アメリカオオアカイカ(Dosidicus gigas)やトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)など塩化アンモニウムを含むイカ類を原料として品質の優れたすり身を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚肉をミンチ状にし、良く洗浄(晒し)、脱水したものに、糖類、ポリリン酸塩その他の添加物を添加して凍結したものが、一般に冷凍すり身として流通している。
【0003】
上記の冷凍すり身に塩を加えてさらに擂潰、成形、加熱凝固させたものがかまぼこなどの練り製品であるが、すり身原料としては未凍結の新鮮な魚肉を使用する必要があり、冷凍魚では十分な弾力が得られなかった。
【0004】
このような問題を解決する方法として、冷凍魚肉の解凍を瞬時に行い脱水する方法(特許文献1)が提案されている。この方法によれば、冷凍介魚類を原料として優れたすり身を製造できるので、生鮮魚が入手可能な時期に限られていたすり身製造が時期に関係なく行なえるようになった。
【0005】
しかしながら、世界的なすり身の需要の拡大には追いつかず、特に、上記練り製品用のゲル化能の優れたすり身の原料となるスケトウダラなどの捕獲量は年々減少しており、冷凍すり身価格の急騰を招いている。
【0006】
また、未利用魚、低利用魚の有効利用によるすり身製造の開発も進められているが、ゲル化能の優れたすり身を製造することは困難であった。
【0007】
近年、中南米の西海岸沖に生息するアメリカオオアカイカの漁獲量は1990年以降、急激に増加し、年間80万トンにも及んでおり、しかも、資源量が豊富で今後も安定した漁獲量が見込まれている。
【0008】
しかしながら、アメリカオオアカイカは、異味異臭の原因となる塩化アンモニウムが含まれているため、食用には濃厚な味付けを必要とし、主に惣菜や珍味化工品用に利用されているに過ぎず、漁業の採算性の低さが問題となっており、その有効利用、特に、すり身への利用の開発が従来より行なわれている。
【0009】
特許文献2では、イカの未利用部位である(鰭と頭部)の皮剥きを自動化したうえですり身(潰し肉)にする技術であり、非常に皮が剥きにくい鰭や頭部の皮剥きを自動化したものである。
しかしながら、この方法では、45〜55℃の温湯中で剥皮することを必須の要件としており、加熱すれば筋肉タンパク質の変性は避けられず,タンパク質分解酵素による分解もかなり進むので、蒲鉾などの練り物の原料となるようなゲル化能の優れたすり身とはならなかった。
【0010】
特許文献3では、ソデイカをクエン酸やフィチン酸などのキレート剤を含む水で晒すことにより冷凍すり身を製造するものであるが、従来のすり身製造方法を採用し、肉をミンチ状にして水さらしを行い、その後遠心脱水しているため、この方法によっても、ゲル強度が非常に低いものしか得られていない。
【0011】
特許文献4では、南米遠洋産の大王イカと称するイカを利用し、すり身やかまぼこを製造するとしている。この方法では、約2時間周期で交換され且つ0〜8℃に維持された浸透溶液に約6〜8時間浸透させ、蛋白質の変性を防止すると共に塩化アンモニウムの濃度を下げるものであるが、浸透溶液として蒸留水しか開示されておらず、得られたかまぼこがどの程度のゲル化強度を有するかも開示されていない。
【0012】
以上のように、アメリカオオアカイカなど塩化アンモニウムを含むイカ類を原料として、スケトウダラのすり身と同等にゲル化能に優れたすり身を製造する方法は知られていない。
【特許文献1】特開平1−337064号公報
【特許文献2】特開昭57−177678号公報
【特許文献3】特開2008−22710号公報
【特許文献4】特開2003−102441号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のことから、本発明は、中南米沖で安定的に捕獲されるアメリカオオアカイカなど塩化アンモニウムを含むイカ類を原料として、ゲル化能に優れた冷凍すり身を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
イカ肉は、水に晒すと内在性酵素により筋肉蛋白質が分解されてしまい、ゲル可能が低下してしまうという問題があった。
【0015】
本発明者らは、イカ肉をミンチ状とせず、冷凍状態のまま適切な大きさのサイコロ状に細断して、ただの水ではなく、内在性タンパク質分解酵素の活性を抑える作用を有するクエン酸ナトリウムを溶解した水溶液を使用することにより、晒し工程中に起こる蛋白質の分解を抑制できるとともに、異味異臭成分である塩化アンモニウムも除去できることを見出し、本発明に至った。
【0016】
本発明は、捕獲されたアメリカオオアカイカを冷凍状態のまま1.5〜2.0cm程度のサイコロ状に切断したものを、クエン酸ナトリウム溶液中に投入して晒し処理を行ない、圧搾脱水することにより、異味異臭の原因となる塩化アンモニウムの含有量が低減した、ゲル化能に優れたすり身を製造するものである。
【0017】
すなわち、本発明は以下の態様を含む。
(1)塩化アンモニウムを含むイカを冷凍状態のまま1.5〜3.0cmの塊状に切断し、これをクエン酸ナトリウム水溶液中に浸漬・攪拌して水晒しを行なうことを特徴とするすり身の製造方法。
(2)塩化アンモニウムを含むイカが、アメリカオオアカイカ(Dosidicus gigas)またはトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)である(1)記載の製造方法。
(3)クエン酸ナトリウム水溶液が、処理すべきイカの3〜10倍量である(1)または(2)記載の製造方法。
(4)(1)ないし(3)の何れかに記載される方法で得られたすり身。
(5)(4)に記載されるすり身に、砂糖・糖アルコール、重合リン酸塩、セリン系プロテアーゼインヒビターを含む食品素材を混合したものを冷凍させて得られる冷凍すり身。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、従来と比べ短時間に塩化アンモニウムが除去でき、しかもゲル化能に優れた冷凍すり身を製造することができる。
本方法によれば、冷凍原料から冷凍すり身を製造することができるので、原料の長期ストックや原料を水揚げ地から離れた場所へ冷凍輸送することが可能となり、遠洋漁業資源を国内のいかなる場所でも加工することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明における原料は、中南米沖で捕獲されるアメリカオオアカイカであるが、同様に塩化アンモニウムを含むトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)などの外洋性大型イカ類も原料とすることができる。これらのイカは、最大で、500〜800mg/100g程度の塩化アンモニウムを含有する。
【0020】
原料となるイカは冷凍状態のまま、1.5〜3cmのサイコロ状に切断する。切断は周知の細段手段を使用することができる。
【0021】
本発明で使用する晒し液は、クエン酸ナトリウムを0.2〜3%(w/v)水に溶解したもので、0.5%程度のものが好ましい。0.1%未満では、内在性タンパク質分解酵素の活性を十分抑えることができず、3%を超えると筋肉蛋白質の溶解による歩留まり低下という問題を生じる。
【0022】
晒し液の使用量は、イカ肉に対し3〜10倍量、好ましくは5倍量程度である。3倍量未満では、十分な肉晒しが行なえず、10倍量を超えても効果は変わらずコスト高となってしまう。
【0023】
水晒し工程は、攪拌手段を備えた槽内で行なう必要がある。攪拌手段としては周知のものが使用できる。
【0024】
水晒しに要する時間は水晒し行程から脱水行程の時間であり、好ましくは45分〜3時間であるが、撹拌状況によっては短縮も可能である。晒し液の交換は、晒し時間にもよるが、約30分毎に3回以上交換することが好ましい。
【0025】
晒しおよび脱水工程を終えたイカ肉は、適宜の手段で擂り潰し、通常のすり身と同様に、ソルビトール、ショ糖、ポリリン酸などの添加物を加えて冷凍すり身とすることができる。
【0026】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0027】
[冷凍すり身の製造]
−30℃に冷凍したアメリカオオアカイカを、包丁を使用して一片1.5〜3.0cm程度のサイコロ状に細断してから、5倍量の0.5%(w/v)クエン酸ナトリウム水溶液の冷水中に投入し攪拌した。30分毎に晒し液を3回交換し、延べ1時間半晒し処理を行なった。
晒し処理、サイコロ肉をガーゼで包み、さらに紙製タオルで包んでから、プレス脱水機で圧搾し、肉眼で水分が浸出しなくなるまで30分間脱水した。
脱水終了後、4%(w/w)ソルビトール、4%ショ糖及び0.2%ポリリン酸ナトリウムと共にフードプロセッサーで約7分間擂り潰してすり身とした。
得られたすり身をチャック付ビニール袋に入れ板状に薄く延ばした状態で封をし、−30℃に急速凍結した。
【0028】
[かまぼこの調製]
上記した冷凍すり身を1辺3cm程度に割ってから、フードプロセッサーで3分間ほど擂った(荒擂り)。荒擂り後、3%(w/w)NaCl及び1%(w/w)乾燥卵白を添加してから、さらに5分間擂り潰した(塩擂り)。塩擂り終了後の糊状となったすり身を折り径47mmの塩化ビニリデンチューブに充填し、両端をステープラーで結索した。これを85℃の湯浴中で30分間加熱した後、氷水中で急冷し、かまぼこを得た。
【0029】
[アンモニウムの測定]
原料肉、すり身の試料を10倍量の蒸留水とともにカップ型ホモジナイザーでホモジナイズし、えられたホモジネートを10,000×g10分間の遠心分離して得られた上清を5倍に希釈してから、アンモニウムイオン計(NH4−1F、笠原理化製)でアンモニウム濃度を測定し、同時に水分を測定し、乾燥試料100g当たりのアンモニウムイオン含有量(mg)を求めた。結果を表1に示す。
【0030】
[ゲル強度の測定]
平成6年水産庁魚政課長通達(6水漁大1065号 平成6年4月1日)「冷凍すり身の品質検査基準の設定について」に基づき、調製したかまぼこを高さ25mmの円柱状に切り出し、5mm球形プランジャーを1mm/秒で押し込んだときの破断強度を測定した。結果を表1に示す。
【0031】
[比較例1]
実施例1と同じアメリカオオアカイカを冷凍状態のまま、厚さ1.5〜2.0cm、4×10cm程度の直方体に切断し、4倍量(v/w)の蒸留水に浸漬して連続的に攪拌した。2時間毎に蒸留水を4回交換し、延べ8時間晒し処理を行なった。晒し終了後、肉を取り出し、紙製ふき取り布で表面水分を完全にふき取り、厚さ3mmほどに裁断してからフードプロセッサーで2分間擂り潰した。擂り潰した肉に、実施例1と同様に添加物を加えて冷凍すり身を製造した。
【0032】
この冷凍すり身から、実施例1と同じ製法でかまぼこを調製し、実施例1と同様な手法で、すり身のアンモニウム濃度、またかまぼこの破断強度を測定した。結果を表1に示す。
【0033】

【表1】

【実施例2】
【0034】
[細断粒度実験]
ゲル化能に対する細断粒度の影響を調べるため実施例1と同じアメリカオオアカイカを、以下の3つの条件で細断した。
条件1:半解凍後、出口プレート目穴径5mmのミンチ機で潰した。
条件2:凍結状態のまま、包丁で平均0.5cm角のサイコロ状に細断した。
条件3:凍結状態のまま、包丁で平均1.5cm角のサイコロ状に細断した。
これらの条件で細断した各試料を、3倍量0.5%(w/v)クエン酸ナトリウム水溶液の晒し液を使用して、実施例1と同様に晒し処理を行い、実施例1と同様な方法でゲル化させ、かまぼこを調製した。
条件2及び条件3の方法で細断した冷凍イカから得られたかまぼこを実施例1と同様な方法で、その破断強度を測定した結果を図1に示す。条件3の1.5cm角に細断したものは、スケトウタラのすり身を原料としたものと同程度のゲル化能を有することがわかる。なお、条件1のものは、ゲル化しなかった。
【実施例3】
【0035】
[クエン酸ナトリウム濃度実験]
ゲル化能に対するクエン酸ナトリウム濃度の影響を調べるため、0%、0.5%、1.0%及び2.0%(w/v)クエン酸ナトリウム水溶液を用意した。
実施例1と同じアメリカオオアカイカを1.5cm角に細断し、3倍量の上記各濃度のクエン酸ナトリウム水溶液を使用して、実施例1と同じ条件で晒し処理を行い、実施例1と同様な方法でゲル化させ、かまぼこを調製した。
得られたかまぼこを実施例1と同様な方法で破断強度を測定した結果を図2に示す。実験結果から、0.5%程度の濃度としたときに破談強度が最大となることが判明した。
【実施例4】
【0036】
[卵白濃度実験]
ゲル化能に対する卵白濃度の影響を調べるため、実施例1における塩擂り時にNaClと同時に添加する乾燥卵白を0,1.0、2.0%に変え、晒し液を3倍量とした以外は、実施例1と同様な条件でかまぼこを調製した。
得られたかまぼこを実施例1と同様な方法で、その破断強度を測定した結果を図3に示す。卵白添加濃度1%で破断強度が最大となることが判明した。
【実施例5】
【0037】
[晒し回数実験]
アンモニア濃度に対する晒し回数の影響を調べるため、3倍量0.5%(w/v)クエン酸ナトリウム水溶液の晒し液を使用し、晒し回数を0回、3回、6回行なったものと、2回晒した後に脱水してから再度2回晒したものの4条件で行った以外は、実施例1と同じ方法でかまぼこを調製した。
原料のアメリカオオアカイカ肉、中間生成物のすり身、及び得られたかまぼこを、カップ式ホモジナイザーで5倍量の蒸留水で、擂り潰しまたは攪拌分散させた後、遠心分離で上清みを採取し、アンモニウムイオン測定器(NH4−1F 笠原理化製)でアンモニウムイオン濃度を測定し、アンモニウムイオンの残存率を求めた。同時に水分を測定し、試料の乾燥重量を求め、各製造段階ごとの歩留まりを求めた。結果を図4、5に示す。
3回以上晒し処理することで、60%以上のアンモニウムイオンが除去できること、及び晒し回数が増えても歩留まりには殆ど影響がないことが判明した。
【実施例6】
【0038】
[晒し時間実験]
アンモニウム濃度に対する晒し回数の影響を調べるため、晒し回数3回で1回当たりの晒し時間を15分間、30分間及び60分間行った以外は、実施例5と同様な方法でかまぼこを調製し、中間生成物のすり身、及び得られたかまぼこに残存するアンモニウムイオン濃度及び破断強度を測定した。結果を図6、図7に示す。1回あたりの晒し時間は30分程度が効果的であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】細断粒度実験結果
【図2】クエン酸ナトリウム濃度実験結果
【図3】卵白濃度実験結果
【図4】晒し回数実験結果(アンモニウム残留率)
【図5】晒し回数実験結果(歩留まり)
【図6】晒し時間実験結果(アンモニウム残留率)
【図7】晒し時間実験結果(破断強度)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化アンモニウムを含む冷凍イカを凍結状態のまま1.5〜3cmの塊状に切断し、これをクエン酸ナトリウム水溶液中に浸漬・攪拌して水晒しを行なうことを特徴とするすり身の製造方法。
【請求項2】
塩化アンモニウムを含むイカが、アメリカオオアカイカ(Dosidicus gigas)またはトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
クエン酸ナトリウム水溶液が、処理すべきイカの3〜10倍量である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3の何れかに記載される方法で得られたすり身。
【請求項5】
請求項4に記載されるすり身に、砂糖・糖アルコール、重合リン酸塩、セリン系プロテアーゼインヒビターを含む食品素材を混合したものを冷凍させて得られる冷凍すり身。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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